Hemakovichの半永久的平坦な戦場

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レイ・マンザレクとドアーズ、不確かな未来を初めて知ったころのこと

Posted by Hemakovich category of Music on   2 comments   0 trackback


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 新聞の訃報記事はあんまり読まないので、あやうく見逃すところだったが、姉が、

 「ドアーズのメンバーが死んだんやて」というので、

 「ええええええ!!!! だれぇええええ????」

 「なんや、れ・い・ま・ん・ざ・れく?っていう人やて」

 「えええええぇえええぇえぇえ!!!!!!!」

 レイ・マンザレクが死んだこともびっくりしたが、僕がドアーズを好きだということを姉貴が覚えていたこともびっくりした。洋楽の話なんか、ここ10年くらいで話したのは、ノラ・ジョーンズのことぐらいだったと思うが。


 ドアーズを聴く前は、洋楽といえばビートルズとサイモン&ガーファンクル、それにポップス路線だった頃のデビッド・ボウイ。それくらいだった。高校3年になったばかりの頃だ。
 そういう口当たりのいい、洋楽好きの中二病が聴くようなものばかり聴いていたところへ、ドアーズを聴いてしまったのだ。その衝撃は、初めてセックスしたときの感覚以上のものだった。

 僕が彼らの音楽を初めて聴くきっかけになったのは、オリバー・ストーンの伝記映画『ドアーズ』だった。

 "Light My fire"をラジオで最初に聴いた時、ちょうどストーンの映画と同じ頃に上映されていた『レナードの朝』の主題歌だと僕は勘違いした。健康的なハリウッド映画の主題歌と勘違いするくらいポップだと感じた。だがもちろん、レイ・マンザレクがオルガン演奏するあの長い間奏はラジオでは流してくれなかった。

 ストーンの映画の宣伝映像を見た瞬間、なんか、今までの人生で見たことのないようなものを見てしまったような、何ともいえない感覚を味わった。そしてその映画『ドアーズ』を見たときは、なんか物凄く長時間の映画を見ているような、そういう重量感があった。映画を見終わったとき、ぐったりしていた。あの、席を立って上映ルームを出たときの、あのぐったり感、今でもはっきり覚えている(そういう瞬間の感覚を何十年も覚えているって案外珍しいことだとアラフォーになってみて気づいた)。

 あのときの感覚は、あのときそれを形容する言葉はなかったと思うが、今から思い返せば、

 「なんか、俺の人生、変わってしまったんじゃないだろうか・・・・・・」

 そういう徒労感だったと思う。

 そして、確かに、変わったのかもしれない、と思う。


 今からすればオリバー・ストーンの『ドアーズ』なんて、結構チンカスの部類に入るような映画だと思う。僕がそのころすでにドアーズを知っていて、ある程度の年齢であれを見たら、たぶん怒ったと思う(現に村上龍は怒っていた)。だがビートルズやサイモン&ガーファンクルしか知らないような高校生が見るぶんには、あれは凄まじい「デカダンス入門映画」だったのだ。

 単純にドアーズが描かれただけではなく、アンディ・ウォーホルまで登場した。ジム・モリソンにあの銀髪のカツラを取られる場面は、田舎の高校生には訳の分からない人たちを見る思いだった。
 
 田舎の童貞の高校生には映画だけでも凄すぎたのに、僕はサントラまで買った。オリバー・ストーンが抜け目のない商売人だったのは、ドアーズのサントラにベルベット・アンダーグラウンドの曲まで挿入したことだ。"Heroin"を聴いて、僕はドアーズの曲よりそっちの方に引っ張られてしまった。だから高校卒業するまでに僕はベルベットのCDからルー・リードのソロまで買っていた。

 ストーンの映画に登場したあのアンディ・ウォーホルって人のキャラが凄すぎて、僕は彼にもハマってしまった。偶然、高校3年ぐらいのときに県立の美術館が完成して、なぜかウォーホルのシルクスクリーンが所蔵されていたことに田舎の童貞少年は狂喜して、郊外にあるその美術館に無人駅から徒歩で1時間ぐらい歩いて見に行ったものだ。
 さらに「機会」の巡り会わせというのは不思議なもので、ストーンの『ドアーズ』を見てしばらく後、そのウォーホルの絵を置いてあった美術館に、今度はアンディ・ウォーホルの巡回映画展というのがやってきた(なんでこんなクソ田舎にそんなレアすぎる巡回展が来たのか。今でも不思議すぎる)。
 だから僕は若干18歳にして、すでにウォーホルの『チェルシーガール』を見ているという、物凄くスノッブな童貞芸術少年になっていた。

 だが、すべての始まりは、やはりドアーズであり、ジム・モリソンの詩であり、レイ・マンザレクの妖艶な電子オルガンだった。


20130522-2hema.jpg

 

 大学に入ってからの僕はルー・リードの詩に影響を受けたが、高校のころはジム・モリソンの詩の方が僕にはしっくり受け入れられるものがあった。「親」とか「家族」という概念が希薄だったからだろうか。それとも体育会系の進学校という、あまりに生きにくい世界に身を置いていたから、初めて実感する負のベクトルの志向に光明を感じたからだろうか。
 ジム・モリソンの未発表詩集まで買っていた童貞受験生の僕は、全然勉強しなくなった(それ以前もしてなかったが)。モリソンのせいで、「ハイウェイ」という言葉をやたらノートに書き殴るようになった。僕が詩に覚醒したきっかけはボードレールでもランボーでもなく、ジム・モリソンだった。大阪芸大の文芸学科の推薦入試の合格したのもモリソンに影響されて即興で長編詩をすらすら書けるようになったからだと信じている(入学しなかったけど)。

 そして、レイ・マンザレクのあのキーボードのメロディ。あれを「サイケデリック」と表現する人がいるけれど、僕にはそのニュアンスがよく分からない。あれは「退廃的」だと比喩する感覚の方が理解できる。
 頽廃といってもベルベット・アンダーグラウンドが表現したような、都市的なノイズや暴力の洪水みたいな頽廃ではなくて、もっとヨーロピアン・ニヒリズムみたいなもの。第一次大戦後のパリでロストジェネレーションの若者が聴いていても違和感が無さそうな、ボヘミアンな頽廃。そんな感じがする。

 高校のときに買ったジム・モリソンの伝記本には、ドアーズの1stアルバムを評して、こんなフレーズがある。

 「不健康な音色で純真な多くの若者の未来を暗いものにしたレイ・マンザレク」

 これ、すごくよく分かる。

 この場合、「未来を暗いものにする」というのは、古典的に言うならばダリやムンクの絵に出会ったり、ヘンリー・ミラーの『北回帰線』を読むことによって、「不確かな世界の彩」の片鱗を目撃してしまう、そのようなものだと思う。

 つまり「美しいことが健康や健全に宿るとは限らない」という人生の自明の理に気づくということだ。

 そんなことを知らずして大人になって潔癖なチンカスウヨになるような連中がこのごろ多いので頭がおかしくなりそうだが、そういったことは当たり前のことなのだ。そして僕もマンザレクの調べによって未来を暗いものにされた若者の一人だと堂々と言おう。

 

 ドアーズを語る人々は世界にごまんといるので、僕なんかがドアーズの音楽を評価するなんて、あまりにもおこがましいとさえ思うのだが、僕が一番好きなドアーズの曲は、すごく有名なものでは"Riders on the storm"だ。小品という感じの作品では"Blue sunday"といったところが好きだ。

 レイ・マンザレクのキーボードはすごく女性的な感じで耽美性を持っていると思うけど、僕が好きな意味での耽美を感じるのは上記の2曲が象徴のように思う。

 ただ、名作だけを挙げろと言われたら、やはり"The End"だろうか。コッポラの『地獄の黙示録』でナパームが炸裂してゆく冒頭でこれを聴いたとき、音楽の怖さというか、悪魔みたいな恐ろしさを感じさせられた。

 マンザレクのキーボードが一番特徴的な作品を教えてと言われたら、間違いなく"Light my fire"を挙げるしかないだろう。しかもライブ版。

 訃報記事のヤフコメを読んでたら、"Light my fire"でのマンザレクのオルガン間奏は、コルトレーンの演奏に影響を受けている、という「それマジ?」みたいなこと書いてあったけど、言われてみれば共通するような気もする。コルトレーンのサックスの即興演奏はジャズファンでない僕でも「劇的な流れに連れ去られて最後は美しく成就する」、そういう感じがするけれど、マンザレクのオルガンもそうだ。どんなに長くても飽きなくて収まるべきところにきちんと収まる。
 
 "Light my fire"では彼のオルガンとそれに続くロビー・クリーガーのギター間奏が、実に上手い具合に流れをバトンして、最後のジムのボーカルへこれ以上ないぐらい劇的な展開で繋いで最上のカタルシスを生む。ライブだとそれがもっと顕著なのだ。下手に長いプログレ聴くより、10分以上の"Light my fire"を聴く方がよほど感動させられる。

 
 最後に、その"Light my fire"の一番素晴らしいLiveバージョンを紹介して、この記事を終えようと思う。

 マンザレクのオルガン → クリーガーのギター → モリソンのポエトリー・リーディング、そしてボーカルという流れが奇跡的なほどすべてが調和した名演奏だと思う(ジョン・デンズモアのドラムもいいのもお忘れなく)。


 「不確かな世界の彩」を僕に最初に教えてくれた彼らの音楽に出会えたこと、あの高校3年のときのすべてのいろんな巡り会わせがあって、僕はここまで来た。

 僕がこんな人間になったのはドアーズのせいで、僕をこんな人間にしたドアーズにつくづく感謝している。





Comment

Hemakovich says... "はじめまして"
nicoさん、どうもはじめまして。
拙ブログをお読み頂いてありがとうございます ^^
すてきなハンドルネームですね。僕は「チェルシーガール」、大好きです。
どうか今後ともよろしくおねがいします。 ^_^/
2014.02.17 20:12 | URL | #- [edit]
nico says... ""
どこから迷いこんだか覚えてないのですが、何となく素通り出来ずblogを遡って読んでました。ドアーズ、ベルヴェッツときてやっぱり!ってw
たまに覗かせて頂きます(^-^)
2014.02.17 13:02 | URL | #- [edit]

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