Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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唐突に再現された魚屋の娘

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 大学生の時にバイトをしていた魚屋さんの家の娘が、けさ夢に出てきた。

 彼女は僕とあまり年が違わず、片方の耳が聴こえない、芸大に通う女性だった。日本画だったか洋画だったか、とにかく絵を描いてて、店に作品が飾られていた。
 最初、キリスト教系の某有名大の哲学科に入ったのだが満足できず、浪人して国公立の芸大に入り直したのだという。

 バイト先の魚屋夫婦はあまり性格が良いとは言えず、最後まで馴染めなかったのだが、どうしてあんなあくどい商魂の塊の性悪夫婦から、哲学とか芸術に美意識を見出そうとする内省的な娘が生まれたのかと、常に不思議に思っていた。器量もよく、なかなかの美人さんだったから、バイト仲間たちは皆、彼女のことを口にせずとも意識していた。

 どんなふうに繋がりが生じたのか覚えていないが、僕はその魚屋の娘といつしか言葉を交わすようになっていた。

 自主映画の上映会をやっていたときに、彼氏さんを連れて映画を見に来てくれたことがあった。後日、映画の感想を書いた手紙をもらって、その手紙自体は紛失してしまったが、文面に関しては内容を今でもよく覚えている。それだけ嬉しかったのだろう。
 上映会を経て新しい作品を作ろうとしたとき、主演で出てもらおうと思って頼んだのだが、学業が忙しいとかでこちらは断られた。その電話の折に、自主映画で使った音楽の音源が欲しいというので、テープにダビングして渡したりもした。

 それなりに仲良くなった人ではあったのだが、魚屋のバイトをちょっとしたトラブルを抱える形で辞めてしまったので、もったいないことだが交流はそれで切れてしまった。

 けさの夢の中で現れた彼女は、実際の人物とはまったく異なる容姿をしていたのだが、なぜか夢の中で僕は彼女を魚屋の娘として認識していた。その代わり、バイト先の魚屋の店内は夢の中でもほとんど違わない光景として現れた。
 魚屋夫婦は夢の中で「店は改装した」と言っていたが、僕がバイトしていた当時よりひどい内装であった。

 夢自体はそれなりに楽しい夢だったのだが、目覚めてから最初に思ったのは、「なぜあの娘が僕の夢の中に出てきたのか?」ということだった。なぜなら、ここ一年くらい、覚えている範囲では、バイト先の魚屋のことを思い出すことはあっても、その娘のことが僕の意識に現れたことは、たぶん、一度もなかったからである。

 「夢判断」だとか、そういう類のものを非科学的だと考えているので、夢と現実がどのように相関するのか、僕にはまったく知識がない。
 でも、最後に思い出して意識したのがいつなのか分からないような特別ではない人物が、ある日唐突に夢の中に現れるというのは、夢というものが自分の操作が働かない性質のものだと分かっていても、不思議なことだと思う。
 僕の夢というのは基本的に、直下の現実に即した事柄がアレンジされて現れることが多い。たとえばある人物が夢の中に現れたとするならば、僕は必ず、その人物のことをその最近に大なり小なり何らかの形で必ず意識したことがあるはずなのである。

 だからこそ、けさ唐突に魚屋の娘が現れたことはなおさら不思議に属する出来事であった。

 「人生のテーマ」みたいなものの中で、僕の場合「恋愛」が多くを占める経験や思考をたくさん積んできたせいか、良い夢でも嫌な夢でも、とにかく目覚めた後にも憶えていてブログに書ける内容のものには、必ず女性関係が絡んだ内容が多い。
 恋愛状態の有無に関わらず、一番多く見るのはたぶん恋愛の夢だと思う。

 ただ最近になって、恋愛の夢を見ることが夢の良し悪しに関係なく、だんだん苦痛になってきている。

 恋愛という行為も久しくなってきているし、年齢的にも何の思慮もなく簡単に人を好きになることが可能な状態ではなくなってきた。このごろは時々、もはや次の恋愛はないのではないかというような断念の境地に至りかけることもある。
 
 むかしは僕にとって恋愛というのは単純に「わざわざ自分から苦痛に足を踏み入れる」ような行為以外、なにものでもなかった。
 だが恋愛することに理性的なリスクや年齢的条件などが重なって、その経験がだんだん不可能になってくると、苦痛であった行為が今となっては憧憬の対象にすらなりつつある。

 僕の夢の内容というのは、直下の現実に関連するもの以外では、過去のノスタルジーに浸ったような類のものが多い。ノスタルジーというのは同じ経験が反復可能である場合や、今の現実にそれに代替する快が存在するという前提の範囲内においては、それは甘く快い情動の機会となりうる。
 だが、現実に望みを抱いていなかったり、代替する快が欠落した状態のなかでやってくるノスタルジーというのは、時折残酷であって、痛みを与えられたりもする。

 恋愛から遠ざかってゆくなかで、過ぎ去った遠い過去から女性たちの思い出が自分の意思に関係のないところで想起されたりするのは、だんだん快いものではなくなってきている。

 20代の頃の、死ぬほど苦しかった時代にすれちがった人たちのことが、今では憧憬の対象のようにさえ感じられたりもするのは、そこに不可逆的な機会の喪失があるからだけではないと思う。

 むかしは苦痛でしかなかったことは、たぶんよほど自由でありえたから、苦痛に対しても向かい合うことができたのだろう。

 いまは、苦痛が現実を支える上であまり意味がないと思ったら、わざわざリスクを抱えることはしない。 だがそこに意味を持ち出したりするということは、僕が「思いの放縦」のような自由から自分を制限するようになったということだ。

 数年前はそういうことが「やっと大人になれた」と思える嬉しいことだった。

 でも最近はその不自由が寂しいことのように感じる。


 ついでながら、夢の内容について言えば、20代前半までは核兵器が投下される街の中を逃げ回る夢と、姉と近親相姦する夢、この二つをもう本当に「たいがいにしてくれ」というくらいさんざんに見さされた。
 それに代わって、30を過ぎてから今に至るまでは「大学を留年して高校からやりなおす」というストーリーの悪夢に頻繁に襲われている。
 実際に大学には卒業までに7年半も費やしたし、通った高校は学校と名の付くものの中では人生で最も劣悪な環境であった。

 核兵器と近親相姦もひどいもんだが、大学留年と高校生活の再来という悪夢ってのも嫌なもんだ。目覚めた後は、何時間も過酷な肉体労働をした後のような疲労と徒労感が、ぐったりと伴う。

 寝てる間も働かされてるみたいだ、まったく。





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Capital is becoming more and more cosmopolitan

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 いったいコスモポリタンという言葉の正確な意義はどういうのだろう。私にはまずこの疑問が起こった。そこで『井上英和辭典』を引いて見ると、こうある。

 名詞 = 四海を家とする人。一所不住の人。世界的の人。世界主義者。
 形容詞 = 世界主義の。宇宙的。非地方的。四海を家とする。一所不住の。一視同仁の。国家的観念を超脱せる。

 これで大抵分かるには分かったが、さらにセンチュリー・ヂクショナリーを引いて見ると、こうある。

 名詞 = One who has no fixed residence(一定の住所を持たぬ人)、one who is free from provincial or national prejudices(地方的または国家的偏見を離脱した人)、one ewho is at home in every plac(いかなる場所をも我が家とする人)、a citizen of the world(世界の民)。
 形容詞 =〔一〕Belonging to all parts of the world(世界すべての部分に属する)、limited or resitricted to no one part of the social, political, economical, or intellectual world(社交界、政治界、経済界、または知識界のいかなる部分にも制限されざる)、limited to no place, country, or group of individuals bu common to all(いかなる場所、国、または個人の集団にも制限されず、その一切に共通なる)。〔二〕Free from local, or national ideas, prejudices, or attachments(地方的または国家的の思想、偏見、または愛着から離脱したる。〔三〕Widely distributed over the globe, said of plants and animals(広く全地球上に分布されたる。植物及び動物について云う。)

 これだけ読んだのでこの言葉の意義内容が私の頭の中にハッキリしてきた。大和魂を表象する、朝日に匂う山桜がコスモポリタン植物でない事は無論である。大日本の妾宅用に制限された狆君が、コスモポリタン動物でない事もまた無論である。日本主義者、帝国主義者、国家主義者、愛国者、国自慢者などがコスモポリタン人でない事もまた実に無論である。

 しかし私自身はどうだ。コスモポリタンか否か。

 私は今、私の少年時代の事を思いだす。明治十九年、私が初めて九州から東京に遊学に来た時、私の友人や先輩の学生間に、よくこういう話のあった事を覚えている。『あいつは他国人に交際している。』『あの男は他県人と懇意にしている。』そしてそれがいつも批難の意味を含んでいた。しかしそのころはもうそういう事で他人を批難するのは馬鹿馬鹿しいという意見を持っている学生の方が多かった。ただ旧藩の因縁に執着する元気な豪傑連や、小さな愛国者達が、他の墮落したコスモポリタンを批難するのであった。私はいつのまにかそのコスモポリタンになって、同郷人とよりも、他国人と、よけいに交際するようになっていた。私はそのときまさに、日本国という範囲内にあっては、同郷、同藩、同県などいう地方的偏見から離脱したコスモポリタンであった。

 しかし日清戦争の起った頃には、私は一個の愛国者であった。『同郷』『同藩』という事からなんらの利益も保護も受けなくなると共に、日本国内におけるわたしのコスモポリタニズムはいよいよ徹底していたが、世界列国というものに対しては、依然として多量の排外的感情を持っていた。もしそのとき『日本帝国』からなにほど利益と保護とを受けているのかと問われたら、返事には当惑するほどのミジメな貧乏生活を送っていたくせに。

 ところが、それから十年経って日露戦争が起こった時、わたしはすでに非戦論者として愛国心を嘲笑していた。わたしは日本国民として、日本国土の極小の一部分すらも分かち与えられていないを知っていた。もっとも、わたしの父は初め小さな士族として、家屋と、宅地と、その周囲の少しの山と、金祿公債証書の何(なん)百円かを所有していたが、わたしが家督を相続した頃には、公債が無くなったばかりでなく多少の借金があり、家屋と地所とは全部で金七十円に売却したのであった。だからわたしがそのとき、日本国民として所有する物は、ただ僅かの家具と、僅かの本と、僅かの衣服類とに過ぎなかった。そして僅かに文筆労働によって衣食するのであった。したがってわたしは、その以前に同郷的愛着、同藩的偏見を失つたと同じように、今は次第に国民的愛着、国家的偏見を失うしなったのであった。そしてその後、現在に至るまで、この本当のコスモポリニズムは私の心中に層一層の徹底をなし来たっているのである。

 センチュリー・ヂクショナリーに、形容詞としてコスモポリタンという言葉の用例が挙げてある。

 Capital is becoming more and more cosmopolitan ―― J. S. Mill.
 資本はいよいよますますコスモポリタンとなりつつある。ジエー・エス・ミル。

 資本がコスモポリタンとなれば労働もコスモポリタンになるはずである。資本の勢力、資本の搾取力がコスモポリタンになれば、それに対抗する労働運動も同じくコスモポリタンになるはずである。したがってってまた労働運動者の心理がコスモポリタンになるのは当然である。

 ただし、資本は一面においてなお大いに国家的であるから国際戦争も起こり、したがってまた、国家的社会主義者もあり、コスモポリタンに成り得ざる心理の働きがそこに在る。アメリカの資本家に搾取されるのも、日本の資本家に搾取されるのも同じわけだが、日本の労働者としては、まったく『同じわけ』にいかない心理が残っている。だからまだ世間に半煮えのコスモポリタンが多い。

 私自身としては、まさに一個のコスモポリタンだと信じている。しかしわたしは『一所不在』でない。あきらかに日本東京に居住している。また海外に旅行した事もほとんどない。『四海を家とする』ほどの広い心持ちもない。国語と風俗と人種人種との関係上、世界のあらゆる国民、あらゆる人種に対して、『一視同仁』というほどの、まったく同じ親しみを感じ得るとは言えない。したがってまた、『地方的または国家的の偏見』からは離脱しているつもりだけれども、日本人と、日本語と、日本の風俗と自然とに対して、まだかなり多くの『愛着』を持っている事は争われない。



堺利彦 『櫻と狆と愛國心 コスモポリタンの心理』 
(改行の一部・新字新仮名変換は引用者による)






それのどこが「大人の態度」なんです?

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 長く生きているので、今までにいろんな悪いことはそれ相応にしてきたけれども、殺人と窃盗と非合法麻薬、それにギャンブル、そういうのには未だ手を染めたことはない。

 ギャンブルに関してだが、競馬や競艇はもちろんのこと、パチンコも今まで一度もやったことがない。友人がやるのについていって一回だけ入店したことはあるが、自分では玉は買わなかった。だからパチンコ屋の店内の景色だけはどんなに頑張っても頭に思い浮かべることができない。

 かつてギャンブル依存症の友人がいたことがある。

 パチンコがやめられないということを初めて彼から打ち明けられたとき、その友人が別の友人から十数万もの借金をしてまでのめり込んでいたことを知らされて、「それほどまでしてやってしまうものなのか」と、大層驚かされた。
 一年ほど大学のスクールカウンセリングに通って治療を試みたが、結局彼の状態は改善されず、パチンコ依存が原因となって恋人とも別れ、下宿を引き払い、田舎に帰ってしまった。

 生年月日が同じである小学生からの友人がいたが、その男もかつて深刻なパチンコ依存に陥っていた。音大を出た後、バイオリンだかピアノだかを教える教室に勤めていたのだが、給料をまるまる注ぎ込むほどの荒れた生活を送った挙句に、とうとう職場の楽器を盗んで売り払ったのが露見して逮捕されてしまった。

 ギャンブル依存のために派手に人生を破綻させた友人が2人もいるというのは、レアなケースかもしれないが、ともかく周囲にそういう例があったために、煙草はやめられなくてもギャンブルには一歩も立ち入らないようにしようとする自覚が、いつしか僕の中に芽生えていた。


 現政権がカジノを日本にも作ろうと考えているらしい。

 とりあえずは外国人のみが利用できるものを作ろうとしているそうだが、一度カジノを作ってしまったら、そのうち日本人も入場できるようにハードルを下げることになるだろう。

 朝日新聞オピニオン面で、『カジノと民主主義』というタイトルで、内田樹へのインタビュー記事が掲載されていた。

 僕はこれに関して自分の意見を持っていないのであまりよく分かっていない。だからカジノ法案に対する内田の見解にはただただ「なるほどなあ」という感じで、ぼんやりと眺めていた。

 内田の主張を端的に言えば、パチンコのように既存の賭博業がすでに存在していることと、国が堂々と公認して賭博業を産業として認めることは、その意味合いが全然異なり、後者に関しては賛成しないということ。
 なぜなら本来賭博は不幸になる人が増えていくことで利益を増やすビジネスモデルであるから。パチンコのようにあくまでグレーゾーンに留めおかれていることで足かせとなっているものを、為政者が国策として押し進めるのは節度も謙虚さもない、それは国がやるべき「経世済民」の理念から反している。
 福島の原発問題や震災復興、沖縄の基地問題など、他に優先順位の高いことがたくさんあるのに、なぜ金儲けの話ばかりになるのか。
 以上が内田の主張の大雑把な要約になるのだが、興味がある方は上記のリンクから詳細を読んでみてほしい。なかなかいいこといってると思う。

 このインタビューはカジノの話を次第に脱線して、現政権と民主政治の反映といったようなテーマにシフトしていくのだが、僕が興味を持ったのは実はそっちの方だった。

 現政権が一定の支持率を保っていることについて、内田は国民が「こむずかしい政策論争よりも民生の安定を望んでいる」のにもかかわらず、それをメディアが「有権者は経済成長を望んでいる」という話へと矮小化し、「有権者は何より金が儲かることを望んでいるというふうに世論を誘導していった」のだとして、メディアの責任を激しく糾弾する。

 「武器輸出も原発再稼働もカジノも『金が儲かるなら、他のことはどうでもいい』という世論の形成にあずかったメディアにも責任の一端があります。メディアはなぜ『金より大切なものがある』とはっきり言わないのか。国土の保全や国民の健康や人権は金より大切だと、はっきりアナウンスしてこなかったのはメディアの責任です」

 
 この、内田の「金より大切なものがある」に朝日の記者は反応したのだろうか。
 「理想を高らかにうたうのは大切だと思いますが、成熟した大人にとって、現実的な議論とは言えないのではないでしょうか」などと嘯くのである。

 これに対して、内田は猛然と、キレる。

 「それのどこが『大人の態度』なんです? 人間は理想を掲げ、現実と理想を折り合わせることで集団を統合してきた。到達すべき理想がなければ現実をどう設計したらいいかわかるはずがない。それとも何ですか? あなたはいまここにある現実がすべてであり、いま金をもっている人間、いま権力を持っている人間が『現実的な人間』であり、いま金のない人間、権力のない人間は現実の理解に失敗しているせいでそうなっているのだから、黙って彼らに従うべきだと、そう言うのですか」


 この部分を読んだ直後、僕は不覚にも、ちょっとだけ泣きそうになってしまうぐらいの激しい情動におそわれた。

 感動してしまった。

 「金より大切なものがある」というのは実に稚拙ではある。だがそれを「成熟した大人にとって、現実的な議論とは言えない」などと上からの態度のごとく言い捨てる記者の反応もまた、稚拙かつ紋切り型のものであって、いつもどこかで見慣れたようなものである。

 だが、

 「あなたはいまここにある現実がすべてであり、いま金をもっている人間、いま権力を持っている人間が『現実的な人間』であり、いま金のない人間、権力のない人間は現実の理解に失敗しているせいでそうなっているのだから、黙って彼らに従うべきだと、そう言うのですか」

 この言葉も当たり前のことのようであるが、ここには「人を救う」ものが宿っていると思った。当たり前のようなことでありながら、誰も見向きもしないものであり、誰も口にしないような言葉だ。
 だがこんな言葉を、愚直であろうとも、敢然と言い放つ、その態度に、僕は賢明さの希望を感じた。

 
 僕は朝日新聞と地方紙しか読まないから他の新聞のことは知らない。だが比較的リベラルである朝日に対して時々怒りを感じてしまうのは、「理想を高らかにうたうのは大切だと思いますが、成熟した大人にとって、現実的な議論とは言えない」などと嘯く態度のごとく、スノッブなエリート感情というか、われわれ読者を見下した意識を紙面から感じ取るときがあるからだった。

 それに対する内田の半ば義憤に駆り立てられたような応答は、僕のような人間にとって、「誰か代わりに言ってくれないだろうか」と切実な感情に寄り添ってくれたものであり、僕が僕の怒りに対して言葉にしようとしても言語化できない感情を説明してくれたような言葉でもあった。

 今まで内田樹に対しては良いイメージを持っていなかった。

 彼の物言いは時として、日本を批判するときに自分が当事者である日本人であることを欠落させたような印象を感じて、「嫌な奴だ」と思ってきた。
 「スノッブは嫌いだ」と言いながら内田自身がスノッブに感じるときもあるし、洗練された話し方を意識しているような感じも伺えて、高橋源一郎と似たような鼻持ちならない知識人特有の悪臭を感じるときもあった。実際、この「カジノと民主主義」の文中でもそういう内田節は健在で、僕は全面的に評価しているわけではない。

 だが上記に引用した内田の発言は、本当に見事に感動させられてしまった。こんな愚直で誠実な言葉を吐いてくれるような人だと思ってなかった。こんなことをいう日本人を久々に見た思いがした。

 ちょっとだけ彼を見直した。

 この紙面を読み終えたとき、いつも過ごしている朝の時間が、いつもと違って、なにか特別なものと向き合っているような、そんな美しい朝に感じられた。





殲滅リーチェ #2

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前髪を


執拗に


切り揃えるような


不安


人生は


積み重なった


パンケーキのよう


愛の 一つ


毛皮の アンニュイ


日溜りで


髪をすかしながら


からかう


コミューンの少年


愛しあうソファの上の選択権


プライドに跨り


短剣の発熱


もはや


気だるげに


冷めてしまった


求愛のシエスタ


考える。








            殲滅リーチェは哀れな金持ちの女の子だった。
           殲滅リーチェは晴れ着のドレスを運河に投げた。
       殲滅リーチェは15分間のフィルムを略奪したヒロイン。
         殲滅リーチェは悶絶するスカトロジストに君臨する。
        殲滅リーチェはモロッコでかどわかされた律動人形。
        殲滅リーチェはサロンで踊れなくなったヒップな道化。
殲滅リーチェはペーパーバックのタイトルを乗り換えるPUNK Doll。
            殲滅リーチェはパルチザンの少年を裏切った。
         殲滅リーチェは逆オリエンタルに溺れられた愛人。
    殲滅リーチェはベッドサイドのBeauthy#2に暴かれた少女。
      殲滅リーチェは誰も愛さないフレンチポップ・シングル。
      殲滅リーチェはNYのアップタウンのことなんか知らない。
              殲滅リーチェは時間をジンビームに沈める。
      殲滅リーチェはバスルームのアヘンの火に未来をくべる。
        殲滅リーチェはもはやリムジンの恋人へは帰らない。
        殲滅リーチェはいつか君の衝動に刺殺されるだろう。
            殲滅リーチェは誰かの憂鬱と道連れに死んだ。








世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも
世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも
世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも
世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも
世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも世界はあまりにも







世界 が


あまりにも








農業、反革命、マイノリティと、いつか見た破局

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 うちの家は小規模な兼業農家で、減反やら本業の多忙が理由でもう20年以上稲作は休耕したり専業農家の人たちに収穫してもらっている。
 だがここ近年、年老いた両親は「将来かならず食糧不足がやってくるから、今のうちに稲作を覚えて米を作れ」ということを息子にさんざん言い聞かせている。それがどうも僕には煩わしい。

 今日も昼食を食べながら、母と戦時中の食糧不足の話題になって、同じ枢軸国でもドイツは日本のように農家まで無差別大量に徴兵に狩り出したりしなかったから日本ほど深刻な食糧不足に陥らなかった、というようなことを話すと、
 「なんでそんな身近ではない大きな話ばっかりで、おまえはもっと地に足つけて米を作ろうとは思わないのか」と、激怒するように言われたので、ちょっと面食らった。

 僕の人生は根本的に地に足ついていないというスタイルでここまで来てしまっているので、そこのところを突かれると、まったく反論しようがない。自分ながら困った人である。

 だが、ただ単純に米を作っていたら食糧不足の時代が来ても多少は有利に生きられる、というような母の妄信的な発想を聞いていると、それが大局的に血に足ついているといえるのか、こちらとしては大いに疑ってしまうので煩わしく感じるのである。

 自民党の大規模集約的な農業政策が現実になれば、別に戦争が来なくても小規模農家が生産するのは赤字で身を切るような立場に追い込まれていくだろう。
 だが自民党的な政策が実現してしまうと、生産の多様性が失われて、凶作や経済恐慌に見舞われてしまうと米のような主要作物でも輸入に頼らなければ切り抜けられない、そういうちょっとした危機にも脆弱な食糧供給の時代がやってくるだろう。

 では、どんな形であれ農家を今の規模と数で維持され続けて、ただ漫然と農家は米や野菜を作り続けていれば、危機の時代に都市住民が食糧供給に困り果てても農家の人間はやりくりできるだろうという予想が正しいかどうかと問われれば、それもずいぶん認識が甘いというような気もする。

 戦争末期に生まれたうちの両親の世代は、終戦直後に都会の住人が田舎に食料を得るために物々交換に訪れて農家はそれなりに得をした、というような、そういう子供時代の漠然としたイメージから未来の食糧不足へのシュミレーションを発想しようとする。
 だが戦時中には農家は働き手を兵役に取られて生産に苦労した上に、自分が食べていくにも困難なほどの作物の供出を国から強要されて難儀したというような事実は、歴史の本をかじってない漠然としたイメージからは想定することはできない。

 ロシア革命が起こって後、内戦やら他国からの軍事的干渉に遭って食糧不足に陥ったソ連では、都市のプロレタリアートである工業労働者が武装して、地方のプロレタリアートである農民たちを襲って無理やり作物を収奪した。逆らえば富農(クラーク)という現実の反したレッテルを貼られ、反革命的として殺された。

 何が言いたいかというと、日常が地に足ついていない僕のような人間はこういう話を本で読んで現実に対してシニックな怠け者であるからこそ、「ただ米・野菜さえ地道に作っていれば大丈夫」というような、母の猪突猛進型の発想を聞かされると漠然とした楽観思考に感じられて、どうしても冷笑的に返してしまうのである。

 最近になって両親は休耕地に大量にソーラーパネルを設置することで農業に代わる現金収入を得ようとする、巷で流行りだした案に傾倒しつつあるけれど、これにしたって自然災害に襲われるとパネルを修理したり処分させられるコストが発生するリスクがあるから、現実に地に足ついていない僕は反対している。


 大局的発想ばかりに没頭して身近な日常に還元しないと、よく批判されるけれども、近眼視的な想定に埋没していると何だか大きな存在の手によって希望を裏切られる気がして仕方ない。

 僕が地道な努力に基づく楽観的期待に対して怠惰かつシニックであるのは、知性を信頼しているからではあるけれど、それは「頭がいい」とかいうことを意味してはいない。

 僕の知性の目的やベクトルが弱者としての自分が生存するという方角に向けられているからである。

 弱者に求められる資質として「安易に期待しない」ということも大事ではあるが、「袋小路であろうとも小路を敢えて選ぶ」ということがより重要である。そのためには強度の大きな情報も、その裏返し的な陰謀論も、両方とも排除することが可能な知性が必要になる。

 そういう知性は、たとえ地に足ついていたとしても思考が自立してないと意味がない。

 思考が自立しているということは、基本的には、自分の目的と他人の意図を穿き違えないということである。

 朝日新聞の「誤報」騒動が始まって以来、とりわけそのことを意識せざるをえなくなった。右の人間は捨て置いたとしても、リベラルな側の人々にそういうことへの脆弱性をしばしば感じさせられるようになった。

 だが多くの場合、物事に対する単純な情報を獲得していれば容易に乗り越えられるものなのである。それなのに単純に知らないにも関わらず、むやみに語ろうとしたり情緒で突っ切ろうとする無防備な人たちがやたら多い。
 少なくとも自分の意図を他人の意思に取り替えようとする右側の人たちの方が、自分のやっていることに自覚的である。その分においては彼らの方がより「知っている」と言える。

 リベラルであるということとマイノリティであるということは、似ているようであるが現実にはほとんど一致していない。だから知らないことまで語ろうとして墓穴を掘るリベラルな人たちの無様さ、言葉の意味のなさは、見ていて滑稽である。

 知らないことは語ることを律儀に保留しておけば、本意の所在を見失うことにはならない。

 僕は社会的に弱い立場の人間という意味でマイノリティであるが、弱いからこそ自分の意思にないことにはとりあえず暗黙する。
 話さないことはともかくそれが自分の意思を示さないことにはならないし、他人のそそのかしで自分の意思を間違えることにはならない。
 話さずに考え続けることは、時々何もしないように誤解されることにもなるが、日々を継続させる努力以上に必要なものなど何もない。それ以上に安易に足を踏み入れてしまって最初に失うのは、純粋な自分の意思である。

 日々を継続させる努力という地道さと、大局的というほら吹きのような立場は相似していないように見受けられるかもしれないが、自分の意思の在り処を確保するには容易に答えないことへの時間の長さを必要とする。大局的というのはとどのつまり、そういう類の時間の長さを許容するスタンスとほぼ同義なのである。


 話を最初の地点である農業のところへ強引に戻すならば、漫然と米を作ることよりも大胆にソーラーパネルを据え付けることよりも、とりあえずそういう類の時間の長さを確保して防衛するためには、ともかく、地面を無作のまま耕し続けておけばいいのである。
 それが近視眼的でもなくただの怠惰でもほら吹きにもならずにすむ、必要に足りる日々の継続だと僕は思う。

 大部分の農家が弱者になりつつある現状で、自分の意思を持っておく百姓が他者的な意図として介入してくる政治と対決するには、自分が持つ田畑の土の具合から常に解離しないことである。

 
 もしこのままの状態が続けば日本の農業から多様性が失われる、と僕は上述した。

 この多様性というのは一口に軽々しく説明できるものはない。気力があればそのうちこれについて記事を書こうかと思うけど、農業に寄り添って生きたことのない人間にはたぶん説明するだけでは理解できない。

 だがその多様性が失われたとき、農業だけでなく、すべての事柄において破局は始まるだろう。





反逆は絶望に対して絶望はしない

Posted by Hemakovich category of Quote on


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 ごく大雑把にそして極めて素朴に、人間の生活の理想的な在り方を考えてみる。――週に六日、毎日六時間ばかり、何等かの社会的な生産的な勤労に徒事し、それで生計を立て、その他の時間を、随意に自由に使用する。そして勤労によるこの生計は、僅かに生存を維持するだけのような低級なものではなく、必要にして充分な余裕を持つ程度のものであらねばならぬ。随って、其他の時間の任意な使用は、原則的に、報酬を目差すものではなく、各人各種の技能の花を咲かせるものとなる。時間は充分にあり、高度の技能も練磨される。芸術もこの中の花の一つに位置する……。

 以上、理想的な考え方で、今日ではまだ空想の域を脱しない。然しながら、理想は目標であり、ここに理念の基盤を置くべきであろう。同時にまた、目標はそれ自体が吾々へ近寄って来るものではなく、吾々の方からそれへ向って歩いて行かねばならぬもの故、到達までには、努力奮闘の務が吾々に負荷される。ここに今日の条件がある。――芸術もさまざまの花の一つだというのは、遙か彼方の社会に於けることで、現在では、今日の条件がいつも重大に付きまとう。

 そこで、早速に言う。文学は衆人に奉仕してその慰安娯楽となるべきであり、文学者は畢竟戯作者たるべきである、というような説、つまり、現実肯定の幇間的立場、それに私は反対する。反対するばかりでなく、そんなものはすべて下らないと軽蔑する。現在吾々が置かれてる現実そのものが、すばらしく立派なものであるならばとにかく、実に下らないものであるからして、それに阿諛するものはすべて下らないのだ。

 文学が現実の再現であろうとする企図が遂に失敗に終ることは、既に経験ずみである。文学は現実の転位の世界に於ける営みであって、この営みでは、常に現実に対して何かがプラスされる。そのプラスが文学の生命とも言える。近代の文学はそのプラスに眼をつける。近代の文学者はそのプラスに身を投げ込む。小説の批判性や思想性はそこから生ずる。――近頃の小説が如何に評論に近づいているか、如何に多く評論的要素を取り入れているかは、周知の通りである。

 また一方、純然たる評論や論説の形式による建造が、可なり頼りないものであること、殊に社会的変動期に於て頼りないものであることを、多くの人々は感じている。そして小説的思考形式、つまり小説的建造の方が、より多く安定で頼りになるように思われてくる。抽象的な思想的な建造にも、建築物的な堅固さが要望される。二度の大戦の激動によって、多くの信条、多くの信念が、次々に崩壊してゆくのを見た後のことだ。而もまだ戦争の闇雲は晴れていない。その上に原子力時代に突入している。不安な思惟はなるべく堅固な建造形式を模索する。ここに小説が新たな役目を提供する。そしてこの役目から、小説にはまた別種のプラスが付加される。

 右の二種のプラス的要素は、それ自体の性質上、現在を基盤にして将来を指向する。そしてこのプラス的要素が主要な創作モチーフである小説も、現在を基盤にして将来を指向する。取材は現在の事実であろうと或は過去の事実であろうと、息吹きは将来へ通う。つまり現実の中に将来が萠芽されるのだ。――ここにレアリズムの限界があり、レアリズムの自己崩壊がある。

 そこで、私はまた早速に言う。写実主義の文学、現実の赤裸々な相貌を呈出することだけに止まる文学を、私は軽蔑する。もとより、文学は単なる夢物語であってはならず、現実の裏付けがなければならず、素材は現在や過去やまたは歴史上のいずこに求めても構わないものであり、自叙伝の存在理由も充分にあるものだが、然し、常に将来への指向を内蔵しているべき筈であり、内蔵していなければならない。この将来への指向を、日本の文学は喪失しがちであったし、また喪失しがちである。極言すれば、それを獲得することに怠慢であるとも言える。――現在、戦争中のことや戦後のことが数多く書かれている。いろいろな面が発掘され曝露されている。だが、ただそこだけに閉鎖されているものが何と多く、将来へ息吹きを通わしているものが何と少いことか。思想性の貧困はその当然の結果である。

 如何に徹底した写実も畢竟はフィクションによって歪曲されるということは、既に自明の理である。そしてこの事情の下に、現実そのものに対比して文学自体の無力が承認されている。然しながら、文学自体のこの種の無力さを、現代の文学者は問題としない。そのようなことはどうでもよいのだ。重要なのは建設にある。将来を指向するその線に沿って如何なるものを建造するかにある。而もこの建造に対して、至るところに障碍がわだかまっている。至るところに障壁がつっ立っている。それを打破しようと文学者は血みどろになって闘う。

 それらの障壁こそ、実は現実なのである。現実のもろもろの形式であり、甲殼である。それを突き破らなければ、将来への息吹きが通わない。それ故文学者は、現実に対する反逆児となり、現実との格闘者となる。

 そこで、私はまた早速に言う。右のような反逆や格闘を内に秘めていない文学を、私は低俗なものとして軽蔑する。もとより、日の光りを楽しみ、自然を愛し、人間を慈しみ、生きてる悦びを歌う、そういう文学は、美しいものであろう。然しそういうことが、今日の条件に於いて果して可能であろうか。可能だとするには、白痴的なものが必要であろう。白痴は精神の一種の麻痺だ。麻痺から覚醒した精神は、今日の条件では、反逆児になり格闘者たらざるを得ない。――それほど大袈裟に言わずとも、一歩妥協して、文学は美しいものであれかしということを是認してみよう。ところで、作品の美しさそのものに、古さと新らしさとを吾々が感ずるのは、何に由来するのか。美に新旧はない筈だ。この問題を追求してゆくと、反逆的な何物をも持たない作品はすべて古く、反逆的なものを持つことの多い作品ほど新らしい、ということが発見される。そして現在、古い感じのする作品が、新人たちのそれにさえ、何と多いことであるか。

 今日の条件、この言葉を私は何の説明もなしに度々使った。そして茲で一言すれば、冒頭にのべたような遙か彼方の社会、私の謂わばユートピア、それの実現をはばむあらゆるものの現存を、私は今日の条件と言うのである。人は誰でもそれぞれのユートピアを持っているに違いない。そしてその種類によって、今日の条件も異った性質となるだろう。然しながら、今日の条件そのものの存在は否定出来ない。そしてこの条件を前にして、絶望が生れる。而も今日の条件は深刻に悪化している。現代の絶望ということが説かれる所以である。

 だが然し、文学に関する限りに於いて、私はそのような絶望に対して絶望はしない。絶望と希望との関係は、文学の場にあっては、偶然と必然とのそれに似ている。時とすると、両者入り交って見分けがつかない。絶望の文学と称せらるる作品を仔細に読んでみるがよい。少くとも私は、それらの絶望が如何にほのぼのとした明るみを湛えていることを大抵は感ずる。その明るさは希望のそれに似ているのだ。もしも希望の文学と言えるような作品があるとするならば、そしてそれが立派な作品であるならば、恐らくはその底に、絶望のそれに似た暗さを湛えてはいないだろうか。――このことは、人間的なもの、人間の本性、それに起因する。文学は常に人間そのものを凝視するのだ。

 それ故に私は、今日の条件というものを、政治的に理解されることを忌避する。もとより、現在から将来に亙る人間の考察に当っては、孤立した個人を抽出することは殆んど不可能であり、個人は常に、何等かの集団の一員、社会の一員として、不可分に存在するものとして理解されなければならない。だから人はみな、広義の政治の中に生きている。けれども、現在の一般通念としては、政治は権力観念と不可分の関係にある。そしてこの権力観念こそは、今日の条件のうちの最悪なものの一つなのだ。文学はそれに反抗する。つまり、所謂政治の線に沿っては進まないで、別なコースを取る。――所謂政治の線にのみ沿って進む文学が、人間的血液の乏しい傀儡ばかり跳梁する拵え物に、ともすると転落する例は、あまりに多く見られた。政治を権力観念から解放することも、文学の一つの仕事であらねばならぬ。

 彼方の社会、そこでは文学が無償のものとなり、数々の技能が咲かせる花の一つとなる、そういう社会が実現するまでは、文学は、私の要望する文学は、常に苦難の途を辿り、反逆闘争の歩みを続けねばならないだろう。そしてそういう文学を背負い込む宿命を甘受する文学者に、私は同感と敬意とをこめた握手の手を差出す。



豊島与志雄 『今日の条件』 (改行は一部引用者による)






ノーベル平和賞の選考審査を各国持ち回りでやってみてはどうか

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 マララ・ユスフザイさんのノーベル平和賞受賞について、内藤正典という同志社の教授が朝日・大阪本社版で批判と懸念を示すコメントを寄せていて、いろいろ考える。

 「受賞するには若すぎる」という一般に多くみられた異論はおおむね正しいと僕は思う。

 平和賞なんてものは貰った時点こそその権威性によって人々からの尊敬からくる庇護のようなものを受けられる。だが何年も経ってしまえば受賞者を取り巻く政治的状況は過去に受賞したことなど何の意味もなくなってしまう。ダライ・ラマ14世や劉暁波の現在に目を向ければよく分かる。

 もしマララさんがタリバーンに銃撃されて死にかけなかったら、彼女は平和賞をもらうことなど絶対なかっただろう。

 彼女に「ヒロイン」の名を付与したのは迫害の受難者であったことに尽きる。もし迫害の実行者がタリバーンではなくイスラエル政府で、マララさんと同じような少女が「子供たちが平和的に教育を受ける権利を」と唱えて無差別に打ち込まれる砲弾で傷ついても、「ヒロイン」に祭り上げられるどころか、単なる無名の「負傷者」として数字上の存在に貶められていただけだろう。
 政治的意味合いで大変都合がよかったから、マララさんは「ヒロイン」に祭り上げられると同時に、欧米の政治的正統性を喧伝するための「マスコット」の役目も与えられた。タリバーンに殺されかねなかったら、英国女王や合衆国大統領と面会する機会も設けられなかっただろうし、国連で演説するほどの権威も与えられなかっただろう。

 子供の就学の権利は無論否定されるべきではないが、宣伝塔の役割以外にまだ何もやってないに等しいマララさんへの授賞がある意味「強行」されたのは、パキスタンなどへの米国の無人機空爆への免罪符的意味合いや、イスラム原理主義の脅威への対決姿勢といった西欧社会の個的都合が反映されたから、それだけに過ぎないと思う。

 マララさんの受賞は要するに、彼女が欧米の論理と都合に抱き込まれたという事実しか意味しない。

 開発途上国の貧困や人権問題に関して、欧米各国の為政者連中がシリアスな問題意識を持っているとは単純には信用できない。

 パレスチナの状況を挙げるまでもなく、タリバーンやイスラム国ほどではないにしろ、やはり抑圧的な性格を持つイスラム諸国、たとえばサウジアラビアなんかの親欧米的な国々への欧米のぬるさ加減はそれを如実に示している。
 西アフリカでのエボラ出血熱の蔓延にしても、篤志的で勇気と使命感を持った一部外国人の懸命な活動は素晴らしいことだが、それら個人の英邁さに比して、先進諸国全体の反応はずいぶんとアフリカに対して冷淡に感じられてしまう(自国で発生した患者に対する蔑視的扱いとかは露骨である)。

 「パキスタンタリバンに襲撃されたことでノーベル平和賞の栄誉に輝いた彼女とは対照的に、アメリカの攻撃で命を失ったアフガニスタンやイラクの少女たちは何の賞賛も償いも受け取ることはなかった。私はこのことを不公正だと思う」との内藤氏の指摘には、一定の範囲で理にかなったものだと僕は思う。
 (イスラム主義そのものが必ずしも就学侵害の理由となっているのではないのにそういう印象が形成されている、との内藤氏のこちらの指摘も必見)

 
 もういいかげん、ノーベル平和賞を世界標準の良心とか倫理のお手本みたいな見方で権威性を持たせるのは卒業したほうがいい。
 欧州の人たちの中には、一部ではあるが、なにかというと自分たちの物の見方が世界標準であるかのような未熟な思考を持ち、異なる文化の多様性に対して攻撃的なまでの排除心を向けるような人たちも見受けられる。InterPalsでどれだけ多くそういう連中に出くわしたことか・・・・・・。

 平和賞をこの先も存続させていくつもりなら、ノルウェーとスウェーデンが特権的にそれを決めるものではなく、オリンピックみたいに各国持ち回りで審査授与国を毎年変えていくようにしてはどうか。
 たぶん、各国の思惑や主観が影響して毎年びっくり驚くような選考が行われて、受賞者発表の記者会見で異議罵声が飛び交うようなものになるかもしれない。

 でも各国選考持ち回り平和賞なんて方が現行方式よりもずっとエキサイティングで面白い。それに自分たちの志向と違う人物を他者が選考するという「不条理」を味わうことによって、世界が一様ではないという当たり前の現実を温和な形で知る機会となるのではないか。
 少なくとも、西欧的倫理を一方的に異文化に対して示すという独善性が排除された平和賞となるだろうし、びっくり驚くような選考が起こる権威が形骸化したエンターテイメントと化すことによって、一部の人間が勝手に平和賞を決める行為なんてのは絶対的なものなど創りえないんだよ、という当たり前の事実を人々が理解する気づきの機会になるかもしれない。

 就任したばかりのアメリカ大統領が
 「僕ねえ、いつになるかわかんないけど、まあそのうちに核兵器全廃とか、そういうことあったらいいな、とか思っちゃってるの、なんちゃって」
 みたいなことを口にしただけで、核弾頭一発すら減らしてないのに貰えちゃったりするのが、ノーベル平和賞の次元の低い相場なのである。
 日本の文学賞でいえば、芥川賞みたいな具合にもはや重みが零落したものであり、ちゃんちゃらおかしい。

 僕はマララさんがイスラム世界のすべての子供や女性たちの置かれた現実からの叫びを代表した存在だとは、これぽっちも思ってはいない。
 まだ17歳に過ぎない彼女にこのような権威性を授与する暴挙は、社会的権力を持った大人たちが自己満足を満たすだけの愚行でしかないと感じている。
 自分たちが17歳だったころを思い出してみるがいい。そのころの知識や人間性の未熟さや浅薄さを思い出せば、たかだか17歳の子供が世界的権威を箔付けされてオピニオンリーダーの役目を担うことの重圧や危うさを容易に想像できたはずである。

 平和賞を授与されたこと自体や、それに突き動かされるように彼女自身が先鋭化したりするならば、マララさんがこの先も命を狙われてしまうかもしれないことは十分に有り得る。
 そのようにして彼女がもし非業の死を迎えたとするならば、そのときマララさんはノーベル平和賞を彼女に授与した者たちによる論理や政治的意図を背負ってしまったゆえの殉難者となったと言えなくもないだろう。

 「ヒロイン」とか「マスコット」的存在でしかない成熟途上の子供に偉人のごとき称号を与えることなど、それこそ大人が子供を自分たちの行為に酔いしれるための玩具のように扱っていることの証左である。
 ノルウェー・ノーベル委員会には「恥を知れ」と、猛省を促すべきである。

 
 ちなみに「憲法9条を保持する日本人」に平和賞が与えられなかったことは幸いであった。慰安婦問題やヘイトスピーチによって国連人権委から糾弾されているような国がノーベル平和賞なんて、洒落にならない。

 極右の連中がまさにそうであるのと同じように、この国のリベラルな市民を自負する者たちもこの国が世界からどのように見られているかという切実な現実を直視することに関してまったく怠惰であると言うほかない。
 本当に「日本人」に対しての平和賞が欲しいというならば、慰安婦問題やヘイトスピーチの克服は勿論のこと、米軍基地を押し付けた沖縄の現状に冷淡である自分たちの瑕疵に正面から向き合うべきである。

 自分たちが戦争をしてこなかったつもりでも、沖縄に居座り続けた米軍は絶えず戦争に直結してきた事実がある。この程度のことすら認識を欠いているのであれば、なんとも能天気でおめでたいかぎりである。

 日本のリベラルがその程度の低水準ならば、「憲法9条を保持してきた日本人」よりも先に、「積極的平和主義」を提唱して実行した下痢政治家の方がノーベル平和賞を獲得するなんてこともありうるかもしれない。





殲滅リーチェ #1

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黒と赤を纏った殲滅リーチェのことを考える。
息のきれいな39℃の呟き。あのころはスペ
ースとリタリンを二人で分け合っていた。ごち
ゃごちゃとした粗雑なレイヴハウス。窓ガラス
の砂塵が吹き飛んだ後のレバノンのホテルの
ような夜。皆は床の上でスピード漬けになった
中枢神経をさらして眠るただの子供だった。モ
ニターのPVではデビッド・バーンの顔がぐるぐ
る回る。君はゆっくりと起き上がり金髪の鬘を
取り、フィッツジェラルドが囁くイミテーションの
繁栄を踏みにじった。ハウスを出た君のシボレ
ーK型のエンジンに世紀末の灯が点っていた
っけ。アウトバーンに出るともうそこはレンヴィ
ッカも描かないベルリンの夜明けだ。カー・ラ
ジオを捻れば流れてきたのはサロメの愛した
海岸にサマードレスを脱いで溺れ行くクライム
・アンド・ザ・シティソルーション。たかがオール
ディーズ。殲滅リーチェは闇雲に夜明けを疾走
する。失うことと生き延びることは等分の運命
のファンタジーだ。もう何も告げない。もう何も
明かさない。彼女は透徹したリアリティーの衛
星しか愛さない。君に出会えない、こんな勤労
スカトロジアな都市のジェノサイド。救いではな
く、祈りでもなく、詩を告げる、天上の神ではな
い、君に、君の石炭色の巻き毛、伏せ目がちな
その漆黒の瞳。







いつか見た屋上へ行ってみる。
あたしが生れ落ちた屋上へ。
海からの巡礼者に髪をたなびかせていた
その至高聖所に佇んでいた、ただの「あたし」の中に、
あたしがいた。


経血は、重力で、
あたしの嘘が、あなたを9月の雨に凍らせた。


あなたはいつも観念的なアジトに潜む。
ひ弱な子供、いたいけなシンジケート、
イメージコードに揺れる銃座を据えた赤色兵士。


あたしは、あなたのマジノ線に挑まない。
紙袋の爆弾が炸裂した混乱する広場の
オープンテラスであなたを売った。


都市のヴィジュアル・フローの中であたしを探す
あなたのモニターに、
わたしは北京に向かう軍用トラックから
なけなしの微笑のmpg映像を転送しよう。


あたしと、あたしたちの世界の凝結した渾沌に
あなたはフリーズされる。


あたしは覚醒した新生児のようなCUEを待ち望む。


それがたとえあなたが選び出すことを拒む世界の果て
であったとしても。







レトロウイルスの殺戮が始まったワルシャワの
場末の地下Barで僕たちは奇妙で不貞な言葉
殺しに興じていた。殺戮の戦況について話し合
っていたのだ。ジンを交し合い、ジタンを吹かす
煙の中。君だけが怯えていた。君はパリのホテ
ルで別れてきた男の残した言葉について語って
いた。まるで原子力衛星の落下する週末の世界
の終りを予言するかのように。君にとっては全て
の黙示録、もはや帰ってこないあの言葉が君を
虚ろな試験管胎児にする。


やがて戦闘が終わり、生きて帰ってくるならば。
僕がインスピレーションの詩心を信じるならば。


君と僕を分け隔てる罪の落とし子。
予定調和に怯えながら僕は尋ねたのだ。


「君の温度が感じられない。君は一体どこにいるんだ?」


中央ステーションの爆撃が激しさを増した。
グラスがテーブルから落ちる。仲間の女が
失神する。モニターの首相が警告する唇を
痙攣させる。そんな戦慄を遠くに感じていな
がら君がゆっくりと告げたんだ。


「わたしはどこにもいやしない。わたしはただの殲滅リーチェ。それだけ」


一番罪深い半永久の眠りに世界が降下していこうとしていくその瞬間、
君の言葉はピグミー族の恋歌のように儚く切なげな染みに残った。








「チンポの切なさ」に対する敬意と愛としての社会的視線

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 初めて洋楽のラヴソングを聴き始めたころ、僕は田舎の進学校に通う、うぶで純朴な童貞高校生だったから彼女はいなかったけど、好きな女の人はいた。

 うぶで純朴である上に潔癖症でもあったから、クラスメートの女子とは話しかけることも話しかけられることも皆無なほどなかったから、僕が好きになったのは学校の前にあった市立図書館で働いている司書のお姉さんであった。

 必ず一時間が始まる前に窓からダイハツの黒いミラパルコで出勤してくる司書さんを眺めて、放課後はミラパルコの司書さんに会いにいくためだけに毎日図書館に通って、本棚の間をうろうろしながら陰からこそっと司書さんの顔をうっとり眺めるような、僕はそんな田舎の進学校の友達が少なく女子と話せず勉強のできない童貞高校生だった。

 黒いミラパルコに乗っていた司書さんは田舎の商業科高校でよく見かける感じの、ちょっと早熟で不良みたく言われる種類の色気を醸し出す雰囲気の女の子が大人になったみたいなタイプのお姉さんで、そういう色気が普通科に通う純朴な童貞高校生の僕の気を誘ったのかもしれない。
 一度お昼休みの時間に純朴な田舎で唯一カクテルをメニューに出す小洒落たカフェで司書さんを見かけたとき、彼女がタバコを吸っているのを目撃した。僕が今に至るまで喫煙者になってしまったその最初の喫煙の動機は、ひとえに大好きな司書さんがタバコを吸っているのに憧れたからなのである。

 一度に本を20冊ぐらい借りて司書さんの気を引こうと、涙ぐましく精一杯の滑稽な努力を重ねるような童貞高校生だったが、クラスメートの女子とは話せなくても司書さんにはほんの少しだけ他愛のない世間話(「今日は寒いですね」といった程度の)は出来た。だからまったく好意の片鱗すらアピールできなかったというわけではない。

 高校を卒業して県外の大学に進学することが決まって、童貞の僕は一晩かけて便箋30枚くらいのどえらく長文のラヴレターを書いて、司書さんに渡した。
 「最後の思い出づくりのために、一回だけ二人でお昼ご飯を食べてください」と、童貞なりに精一杯の勇気をこめて面と向かって頼んだら、司書さんは大人の女性のはにかみ方で微笑しながら承諾してくれた。

 だが当日になって家に電話かけてきて「ごめんなさい、やっぱり行けないです」と優しくやんわり断られた。理由を聞くと、来月に結婚するからだという。

 失恋と呼ぶまでの大層な体験でもなかったが、その日僕はそういう類の感情のほろ苦さと物悲しさを生まれて初めて味わったのだった。

 前置きがずいぶんと長くなった。

 ここから本題なのだが、僕がカルチャー・クラブの音楽を愛するようになった最初のきっかけは、僕が好きになった司書さんと、 “kissing to be clever”のジャケに写ったボーイ・ジョージの顔が、おどろくほどそっくりだったからである。


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 最近久々に僕の中でボーイ・ジョージがブームになって、往年の名曲をよく聴いている。

 童貞のころに好きだった人に似ているから、というわけでもないが、カルチャークラブはかなり有名でもボーイ・ジョージのソロはさっぱり知られてない日本において、彼のソロアルバムもかなり買い揃えている。

 映画の主題歌になってスマッシュヒットしたジョージのカバー曲“Crying game”を聞いたことがある洋楽ファンでも、「ジーザス・ラヴズ・ユー」といえば、「なにそれ、ジーザス・ジョーンズじゃないの?」って返されるだろうけど、ボーイ・ジョージが一時期名乗っていたソロユニットの名称である。
 知名度の低さに相応してまったく売れず、アルバムも一枚しか出して終わったユニットなのだが、そのなかのシングル曲“Generations Of Love”は、むかしちょっとだけお気に入りだった。

 ニ、三日前YouTubeで“Generations Of Love”のPVの一つを初めて見た。PVはどうも2種類あるらしいのだが、フィルムで撮られたものらしいそのバージョンは今まで部分的にしか見たことがなかったのだが、今回ついにその全編を視聴することができた。

 YouTubeでタイトルに"uncensored"(無検閲、または無修正の意)と添え書きされたそのPVは、僕の中でボーイ・ジョージに対するイメージを少しだけ修正させるような、意外とも思える代物であった。

 ロンドンなのかどうかさだかではないが、ある都市の、いかにもアンダーグラウンドでいかがわしい裏通りの夜の光景を延々とざらついた映像で流し続ける作品。立ちんぼの街娼やら、無表情のホームレスやら、プラカードを持った宣教者、警官、喧嘩する女たち、ファーストフード店で働く東洋人、けばけばしいメイクで高級車に乗り込む男か女かわからないヒップな人たちなどが入れ替わりに現れる。
 一応ストーリーらしきものはあって、太った黒人の女が仲間とファッションヘルスみたいなことをやってて、街で客を誘いに怪しい界隈を歩きながら、声をかけたり誰かをバッグで殴ろうとする。しがない中年男みたいな客を拾って映画館に連れ込み、ポルノを見せながら、こすったり舐めてやったりして射精させてやる。ただそれだけ。
 7分ぐらいの尺でボーイ・ジョージは瞬間的に3~4カットぐらいしか現れない。しかも目許だとか後頭部だけの後ろ姿がチラッと映るだけ。注意していないと気づかないぐらいのわずかなコマのカットである。

 口パクするミュージシャンが一切現れないビデオという意味でもちょっと珍しいのだが、これがあのビジュアル系ボーカリストのボーイ・ジョージのMusic videoなのだからかなり違和感がある。
 映されている光景は要するに、たとえばルー・リードの歌詞の中に描かれている世界のようなもので、ルー・リードなら敢えて映像で表現しない素材であり、その手のファンからすれば「ベタ」の一言で済むのかもしれない。

 だが“Generations Of Love”の歌詞が私的な恋愛ではなく社会的視野について物語る非常にシリアスな歌なので、たとえ「ベタ」な光景であっても、このなかにボーイ・ジョージらしいピュアな意味での"Love"という語のパーツを埋め込もうとすると、なにやらとても切ない気持ちで夜の人々が映ってくる。

 その切なさというのは、ルー・リードの歌世界で乾いて描写されるヒップなエキセントリシティとは情景の意味が全然異なる。
 “Generations Of Love”の場合、視点が俯瞰的にはならないのである。人々の生が詩人のアクセサリーとはならず、切実な痛みとして理解されうるものになる。



 「詩人であることは生き様だ。それは人生への愛だ、それは人生への敬意だ、それは『生』との率直な関わり合いなのだ」

 最近ネットでこんな言葉を拾ったのだが、この言葉を通して“Generations Of Love”のPVを見ていると「なるほどなあ」としみじみ感じ入る。

 ポルノ映画館のあまり暗くない陰りのなかで、ペニスをこすったり含んでもらったりする男が娼婦のおっぱいを目を閉じていとおしげに揉むのだが、その表情から受ける感覚は、ルー・リードやスザンヌ・ヴェガが描く裏世界には存在しないもののように思う。
 彼らが描く都市世界は彼らのアイデンティティそのものであって、そこにはその世界に必要なものが何でも足りているように、世間的には評価されているのだろう。
 だが専門的なものというのは専門家にとっては時として、俯瞰的に、マクロに捉えられるものであって、そのことによって見逃される事象というのは当然生じる。

 端的に言えば、怪しげでくたびれた中年男が金を払ってペニスをいじってもらってるときに、刹那な快楽とはいえ、思わず無防備に娼婦にすべてを預けてしまって甘えるようにしておっぱいの愛撫を欲するような、そういう一見みずぼらしい姿はリードやヴェガの洗練された都市世界の表現においては、主観的に切実な思いとして共感されることは少ないのである。

 ボーイ・ジョージがゲイだからってふざけてるのではない。だが、しがないチンポの刹那な恍惚のなかにも、切実なものたちの人生への敬意がきちんと宿っているところに、僕はジョージにとっての"Love"の本分を見る思いがする。

 彼のラヴソングはどれもこれも彼自らが述べているように「小学生のように」、シンプルであり一途で不器用な懸命さを精一杯訴えかけるように表現されている。
 本当に優しい。そして、傷つきはとてもいたたまれない。
 息を吸うように愛したり傷ついたりしたことしか、ジョージは基本的に歌にはしてこなかったと思う。

 そんなボーイ・ジョージの表現が多くの他者をみつめる高みにまで至ったとしても、彼はなにも特別なことはしない。

 詩人が詩の中で自分以外の世界と関わるとき、自信のある人ほど冷淡に映るような俯瞰的な視野を崩さないものだが、愛が本質であり、それゆえに痛みにも包み隠さなかった者にとっては、無防備ではあろうとも懸命な生に対してのいたわりこそが、特定されないレベルにおける他者と交わるための資質となる。

 それが稚拙だと嗤う者は嗤っておけばよい。

 それでしか生きられない人にとっては、それが『生』との率直な貴い関わり合いなのだから。



 余談ながら、田舎の純朴な童貞高校生だった僕の失恋のその後について。

 大学に進学後、あるとき帰省した折に地元のスナックに飲みに行ったら、司書さんと高校の先輩後輩の仲だったというホステスさんと知り合った。田舎はこんなふうに世間がシンプルなものである。
 ホステスさんから驚愕の真実を聞いたのだが、僕が惚れた司書さんは高校時代に女友達の父親と関係を持ってしまい、以来ずっと不倫を続けてきていたらしい。
 むろんそれは露見したので親友とは絶交に至り、親友の母やら親族やらから怒鳴りこまれるような擦った揉んだの挙句、一時は別れたらしいが別れきれず、10年以上も親友の父との関係が続いているとのことだった。

 もしあのころに、デビュー当時のボーイ・ジョージにそっくりなあの司書さんと出会わなかったら、多感な時期にジョージの音楽の影響を受けるという素晴らしい機会は訪れなかっただろう。
 だから、今でも僕はあの人にとても感謝している。

 右も左も知らない僕の「思い出づくりデート」の誘いを一度は応じてくれながら、「結婚するんです」というありえない嘘でもって断った司書さんの気持ちは、当時の彼女の年齢をとっくに通り越した今では、よく理解できるような気もする。

 僕が永久に見ることができない司書さんの人生について、僕の辿った右も左も空中分解のごとく生きてきた半生に見立てながら思いを馳せる。

 「まゆさんも、きっと切ないひとだったんだろうな」と勝手に決め込んで、本日のテーマソングは“Generations Of Love”にする。





恐怖は判断の基準についての確信を動揺させる

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 恐怖は判断の基準についての確信を動揺させる。


 世界に共通の判断基準がなくなれば、あらゆる議論は反対側にとって、考慮の対象ではなく、挑戦とみなされるようになる。


 そうなれば理性はその役割を果たさず、歴史は人間の思考及祈念を押しのけて自動的に破局へと転回していく





 岐路における選択の片方は、つねに死である。如何なる場合にも、人は生を選びえなければならぬ筈である。


 木垣には、一九五〇年の七月某日、喫茶店の椅子にぐったり腰を落しているのは、木垣幸二という特定の人物ではなくて、どこの誰でもいい任意の人物のように思いなされた。


 人は選ぶことによつて数学の単位のような任意の存在から、意味をもった特定の存在になるのである。彼の周囲では、選択は畳み込み追い込むように行われていた。


 新聞も経済も戦争の方に張り込み、輿論調査と称するものによれば、国民の大部分も決定をしたことになっている、たとえそれがかりそめの恐怖にもとづくものであろうとも。


 木垣は自分の手を凝っと見詰めた。彼の手も汚れているのだ。


 そしてその汚れこそが真に彼自身にほかならぬのだ。


 しかしその汚れを正当化し、口実をみつけるために選ぶこともまた、己れを裏切ることにほかならない。


 彼は再び、放出のコーヒーやチーズやバターを行商してあるく、近所に住む追放された党員のKを思い出し、また先夜の特需景気に酔った労働者を思い出した。


 絶対に手を清くする純粋の道徳----そんなものは存在しない。


 だとすれば、あの労働者の赭ら顔こそは健康なものであって、椅子の上に〈死んでいる〉木垣こそは、実に本当に死んでいるのではないか。


堀田善衛 『広場の孤独』 (改行は一部引用者による)






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