Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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あれはジェーン・バーキンの「無造作紳士」のせいだったのかもしれない

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 たぶん21世紀が始まったころのこと。


 何度目かの精神科病棟への入院の冬。閉鎖病棟のなかの夜。


 入院して数日経ったころ、両親がラジカセを病室に持ってきてくれた。カーディガンズの「カーニヴァル」だった気がするけど、もしかしたらジェーン・バーキンの「無造作紳士」だったのかもしれない。


 自殺念慮が続いた一ヶ月ぐらいの間、ひとつも音楽を聴けなかった。


 人の声を久しく聴きながら、開かない窓から夜の月を眺めていた。過呼吸のうちに息詰まるような抑鬱による混沌とした意識、一瞬、パッと明確になったのを覚えている。


 その瞬間に、ようやく心に激しい情緒が頭を貫くように健康的に戻ってきた。


 一人の女性のことだけが、そのとき思い出された。


 彼女と交情した時間のイメージが唐突に心に宿った。


 彼女と愛し合ったいくつかのセックスの中で、一番気持ちよくて、一番奔放に明るく交わったある夜のことが、思考の脈絡もなく、突然に、病棟で月夜を眺める僕の情緒を、やわらかく、支配した。


 「あのひとのことを、僕は今までの人生で、一番愛したのだ」と、一瞬に、思い込んだ。


 「あのひとと交わった、あの日のセックスが、一番今までで幸せなセックスだったんだ」と、脈絡なく、無理やり悟らせるように、思った。




 あの閉鎖病棟の一夜から、長い年月を経たけれど、あのときに思ったことを、僕は今に至るまで覆すことができない。


 それが正しかったのかどうか、それもよくわからない。


 だけど、現実として、その人以上に人を愛することは、とうとうできないままに、ここまで来てしまった。


 自分を故意に犠牲にしてまで人生を投げ出すように、人を愛することは、とうとう出来なくなってしまった。


 でも、もしかしたら、あのとき頭に宿った支配的な思い込みは、カーディガンズの「カーニヴァル」だったか、ジェーン・バーキンの「無造作紳士」のせいだったのかもしれない。







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死ななかったら、もう一度メイ・ティンに会おう

Posted by Hemakovich category of Mind on


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 今朝、久しぶりに希死念慮に襲われる。

 ここんとこ、ただでさえ常時憂鬱なのに、朝刊を読み終えた後はその憂鬱がぐっと増幅される。だったら新聞なんか読まなきゃいいのに読んでしまうのは親譲りの悪癖である。

 テレビ欄を見ていると、BSプレミアムで映画『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』が放送されることを知る。

 高校時代に見て、とても感動したので原作本まで買ったスウェーデン映画(たぶん)。一度見たきりでそれ以来である。

 この映画でも見て気分を変えようかと思ったが、とても感動した映画なのでそれだけ僕の中で重要であって、「こんな荒くれた気分の状態では見たくない」と思った。
 この薄汚れた感情を貴重な作品と再会することで生半可に癒されたくはないと思った。

 それで見ないことに決めたのだが、その後で、「今後の残りの人生で、僕はもう一度『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』を見る機会に遭遇するだろうか」という疑問に囚われてしまった。

 何を見ても感動できた幸福だった若い頃に見た映画や音楽はたくさんあるけれど、どんなに感動した作品でも日常に埋没していればその存在を案外忘れれているものである。

 それにとても感動した映画なんかは、もう一度見る機会というのはそのときの自分のタイミングに左右される。
 たとえば「死ぬまでにもう一度みたい作品リスト」みたいなものを作っておいたとしても、感動した度合いが大きければ大きいほど、なかなか簡単にはもう一度見る気にはなれないものである。
 
 ある意味でイノセンスな時期に感動させられた作品というのは、作品そのものだけではなく、作品を見たときの過去の自分というものを背負っている存在だ。
 だからその作品をもう一度見るということは、過去の自分のイノセンスと再会するという行為を含んでいる。
 それゆえに、暇つぶし的な気分でうっかり再会することは禁物なのだ。若い頃の自分に出会うという行為が必ずしも単純なノスタルジーの至福に満たされるということではなくなった、この年齢になってだんだんそういうことに気づき始めた。
 作品の媒体が映画である場合、そういったことは僕の場合は特に顕著である。

 「もしかしたら、もう一度『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』に出会うことなく、僕の人生はこのまま終わってしまうのではないか」、そういうことを考え始めたら、苦しくなってきた。

 人生に限りがあることは不幸なことではない。

 だが残りの人生のなかで、もはやどんなものに対しても、感動したり愛したりすることができないであろう自分が薄っすらとこの先に透けて見えるように感じられる、そんな自分しか予想できないということ、それは僕にとって、何よりも不幸なことなのである。

 映画に感動したり、女性を愛したり、自分が書いた詩に自分が満足したり、そういうことはこの先ますます失われてゆくのではないだろうか。

 もしそうだとしたら、じゃあ何のために毎日精一杯頑張って生活して命を繋ぎ続けているのだろうか。

 無意味ではないのか。

 そこまで考えたとき、死んでしまいたく感じた。

 かといって、何度も経験したことなので、どうせ死にやしないままにだらだら生き続けることはわかってる。僕がいつも怖れているのは、限界が恐怖を駆逐してしまう瞬間のことである。


 寝逃げの深い午睡の後、夕方に目覚めて家事の支度を始めながら僕が思い出していたのは、『必殺仕事人』第一話で元締・鹿蔵が中村主水に語り聞かせた言葉だった。

 殺し屋稼業をやめてしまった主水を、もう一度殺しの世界に還らせようと鹿蔵が説得する場面の台詞なのだが、数十年続いた必殺シリーズのなかで、屈指の名場面であり名台詞であったように思っている。

 主水
 「この江戸に仕事人なんかもう一人もいやしねえ。みんな死んじまいやがった。・・・・・・ドブ川の中で女房もろともズタズタに斬られて死んでいった奴。市中引き回しの上獄門さらし首になった奴。綺麗な死に方した奴は一人もいやしねえ・・・・・・。みんな苦しみながら闇ん中へ消えて行きやがった・・・・・・。俺はその仲間の死に様をこの目で見て来たんだ。・・・・・・やだやだ・・・・・・俺は金輪際そんな生き方したくないんだ」

 鹿蔵
 「三途の川の水音がすぐ側で聞こえるようになってくると、人は皆、昔のことを考えるものだ。わしは何をやってきた、今までわしは何をやってきたのだ、とね。そんな時、冥土へ持っていく土産がないというものは、ひどく淋しいものなんだ。中村さん、お前さんは気の毒なお人だ。何もかもなくしてしまったらしいが、わしにはある。胸を張って冥土へ持っていく土産がね。これだ。この手は叶屋を殺った手だからよっ」


 「綺麗な画面作りだなあ」と、むかしは漠然とその美術に感動していただけのシークエンスだったが、このごろになってこの場面が示唆するどんな人生にも普遍的なものがだんだんわかってきた気がする。

 元締・鹿蔵を演じたのは中村玉緒の父であった二代目中村鴈治郎で、第一話を飾る重要な役柄であったにもかかわらず、わずか数話のレギュラー出演で終わっている。

 だが初回のわずか数分の演技で、必殺シリーズすべての中でも名場面とされるシークエンスを創造してしまったのは、上手いというのを通り越してなにか神懸りなものを宿らせたような、そんな畏怖の念を僕は感じている。

 
 TVドラマや映画を見ても、最近は実存的な苦悩に訴えかけてきてくれるようなこういうものに、まったく出会えなくなってきている。
 僕の感性の感度が鈍ってしまったのか、僕が求めるようなものが世間には需要がないのか、それとも僕のような悩み方を可能にするほど人々がヒマではなく、もっと現実の方が殺伐してるのか。
 いや、そういう考え方を組み立てるのは、やめておこう。

 今日もとにかく、命を永らえた。

 意義があろうと無意味であろうとも、過ぎていく時間の積み重ねだけが事実である。時間が終わっていくことが絶対的であるこの世界のなかで、意義とか無意味とか、どんな感じ方も相対的な価値以上のものではない。

 もし死ななかったら、香港に行って、もう一度メイ・ティンに会おう。

 そんな確率の低い予想で日々を戯れに埋める程度でも、人生の一部は成就する、そう思い込んで、また、明日。

 



もう仕事はいいから、こっちへ来て

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 美智子さん、あなたが考えていた革命とはどのようなものでしょうか。


 私もまたカクメイを考えています。もう一度〈世の中〉とか〈人間〉とかの言葉を臆面もなく使って、ものを考えなくなっています。


 この二十年という変化の激しい時を生き、今は母親となった私は、片足は現代人の岸に片足は生物の岸にひっかけ、急速に離れていく両岸のために股裂きになりそうになりながら、女性性器に力をこめて踏み耐え、失語症的奇声を発するこっけいな女性闘士にならざるを得ません。


 アァウゥアァウゥアァゥウゥ、


 何かをもう一度もとのところから考え直そうよ。


 アァウゥアァウゥアァウゥ、私はあなたが好き、男が好き、仕事も認めている、働いてくれて有難いとも思っている、でも、もう仕事はいいから、こっちへ来て……。


 けれど美智子さん、情報の時代の人間である私は、女たちが言葉にならない言葉で訴えようとしているアァウゥに対する、背筋も氷るような一つの、そして最もあり得るかもしれない応答も知っています。
 主婦症候群という心や体の変調に陥った女たち、寂しさから浮気に走った女たちのレポートの中で、一人の夫が言った言葉です。


 〈私はもう妻が何を考えているのか、いちいちかかわりたくありません。だが、私が一生懸命働いている間に、妻が暇をもて余してわけのわからないことを考えていたのかと思うと、すべてが虚しくなります〉


 けれど多くのあり得る応答の中から、答を言ってくれるのは生きた人間の声です。


 日々生きている人間は、まだプログラミングされていない、思いがけない応答を返してくれるかもしれない。私たちはもっともっと惑乱して、男たちに語りかけるべきなのでしょう。


 私たちは男たちに、ではなく、私は夫に。



干刈あがた 『樹下の家族』 (改行は一部引用者による)





ハナタラシパトリズム

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How fortunate for governments that the people they administer don't think.





 半分   死んでやる



 オチのないシフト人生   109円21銭で自爆




 忌しく植毛頭だけ   公安がダッチオークション




 亡国強度は   イマラチオで矯正中




 カットした手首から    打ち首走馬灯競争




 日本語をしゃべるが    顔なんてない。







神は始めに退屈を感じたにちがいない

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 自分はなんだ?……という疑問に対して一切で無であるという定義は同時になんの定義でもあり得ないが、それ以上に明確な答はあり得ないのだ……矛盾ということはまた一切であり、同時に無だという意味を含んでいる。


 一切の現象はそれが、現象である限り、悉く矛盾しているのである。矛盾は現象を成立する根本原理に他ならない。


 細胞は無限に分裂する……一切の現象は無限に分裂する---自己もまた無限に分裂する純粋な認識は神のみが出来る、茲に神というのは常識的な言葉を偶々借用したまでである。


 神は矛盾と分裂とを意識しないのである。


 純粋な認識に近づくことは神に近づくことである。


 解脱は逃避ではない。純粋な認識に近い状態を指すのである。


 完全な無智は純粋の認識と等しい。維摩の最後の答は「黙」である。不答に等しいのである。


 退屈は一切の能動の母胎である。始めに神は退屈を感じたにちがいない。


 一切の理想主義はそれ自から人間の悪業の一切を造作するものである。その最も下劣なるものは人間によって造作させられたる「律法」である。



辻潤 『絶望の書』 (改行は一部引用者による)






アホみたいな電力会社とアホみたいなネオナチ政権を見限る自由はないものか

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 風邪をひき続けている。

 「ひき続けてる」というのは、ここ二週間あまり、風邪が治ったり再発したりを繰り返している、ということ。昨夜も猛烈な咳で目が覚めた。
 点鼻薬なんて、生まれてからずっと使ったことなんてなかったのに、数週間前に処方されてから手放せない状態が続いている。

 だがそんな身体の虚弱状態とは無関係に、体重だけは増加して今月だけで5キロ太った。現在57キロだがこの重さは生まれて以来最大記録だ。
 20代のときに買ったジーンズが次々と穿きにくくなっている。



 「吉田調書」を読んでいて分かったことは、東京電力福島第一原発の故吉田昌郎元所長なる人というのはメディアが形成したような、なんか偉い人だったらしいというイメージとはだいぶ程遠い人物だったということ。
 調書にはいろいろ問題を感じる部分が多いのだが、以下の責任転嫁ぶりを読むと、やはり東電社員の上層部らしいというか、早世したという一点のみで美化された人物像が捏造されてきたんだなと、そういうのが分かる。

 〈東電の試算で事故前の08年、第1原発に大津波が襲来する可能性があるとの結果が得られ、幹部に報告されていたにもかかわらず、具体的な対策は取られなかった。吉田氏は当時、本店の原子力設備管理部長だった〉

 ―女川原発では869年の貞観津波を考慮している。第1原発ではどうだったか。

 「福島県沖の波源(津波の発生源)というのは今までもなかったですから、そこをいきなり考慮してやるということは、仮想的にはできますけれども、原子力ですから費用対効果もあります。お金を投資する時に、根拠となるものがないですね。それだったら極端なことを言えば、福島沖にマグニチュード9の地震が来ますとなったら、20メートルぐらいの津波が来る。だから起きようによっては、いくらでもあの計算からすれば来るわけです。何の根拠もないことで対策はできません」

 ―防潮堤を20メートルにかさ上げすると設備投資がかさむ。

 「20メートルの津波といった時には、基本的に廃炉にしないと駄目です。あの立地だと、抜本的に駄目です」

 ―別の原発で貞観津波を考えているのに、第1原発で考えないのはおかしいとは思わないか。

 「貞観津波を起こした地震よりももっと大きなものが来たわけですから。日本の地震学者、津波学者の誰があそこにマグニチュード9が来るということを事前に言っていたんですか。貞観津波を考えた先生たちもマグニチュード9は考えていないです。それを言い始めると、結局、結果論の話になりますと言いたいです」

 「貞観津波の波源で考えたときに、うちの敷地は3メートルか4メートルぐらいしか来ないから、これは今の基準で十分もつという判断を1回しているわけです。貞観津波の波源のところにマグニチュード9が来ると言った人は、今回の地震が来るまでは誰もいないわけですから、それを何で考慮しなかったんだというのは無礼千万だと思っています。そんなことを言うんだったら、日本全国の原子力発電所の地形などは関係なく、全部15メートルの津波が来るということで設計し直せということと同じことですね」

 「今回2万3千人死にましたね(実際は死者・行方不明者計約1万8千人)。これは誰が殺したんですか。マグニチュード9が来て死んでいるわけです。こちらに言うんだったら、あの人たちが死なないような対策をなぜその時に打たなかったんだ。そこが論理飛躍して東京電力のここの話だけに持ってくるのはおかしいだろう。これは日本人の財産と生命を守るための基本的なあれだと言うんだったら、中央防災会議で取り上げて、市町村も含めて対策をしないといけない話です。そこが国はなっていないわけです」



 東電やサンケイ、事故調は皆グルになって管元首相が第一原発現場に直接向かったことが「過剰介入」であり、まるで一番の戦犯行為であったかのように、責任をなすりつけている。

 だがもしも菅さんが「行かなかった」としたら、それはそれで別の理由をこじつけて叩くやり方を彼らは低脳な頭を必死に巡らして考えていただろう。

 要するにこの事故の責任を民主党政権に転嫁させちまおうという魂胆を考えうる、それが彼らの「人種」的特性であるということは、今の朝日新聞に対する執拗なリンチを見る限り、容易に想像できる。

 今回、朝日が叩かれている「所長の命令違反の現場撤退」報道の話だが、確かに朝日には反原発の立場から故意にイメージをネガティヴに反映させようとする編集方針があったことは否めないだろう。

 ただ、事実の方はどうだったのか。

 上記のリンク先を見れば分かるが、調書の中で吉田氏は、

 「1回退避させようと言って、2F(福島第2原発)まで退避させようとバスを手配した」
 「バスで退避させました。2Fの方に」
 「本当は私、2Fに行けとは言っていないんですよ」
 「福島第1の近辺で、所内にかかわらず、線量の低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しょうがないなと」
 「確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」


 上記のごとく、調書の短いやり取りのなかで頻繁に彼の発言が「どっちやねん」てな感じで変遷しているので、素人としてはこれをどう考えたらいいのか、よく分からない。

 この辺のやりとりと、東電本社が言い出したという「全面撤退」の証言が入り込んでくると、素人としては、じゃあ事実としては原発を預かる人間のなかで誰が一番福島の人たちの身の安全に関して無責任で自己保身オンリーの背反行為を犯したのか、一番知りたいその部分についての真実から目晦ましされてるような気分になる。

(僕には原発職員に「逃げるな」とは言う資格はないかもしれない。しかし一般の被災者よりも多くの情報を有している立場でその人たちよりも我先に逃亡して原発のコントロールを完全に放棄するような連中が現れる可能性があるならば、そもそも初めから彼らに原発を保有させること自体を排除すべきだと思う)

 一番知りたいことが放り出されたまま、朝日の記事を叩かれてることだけしか把握できないのである。

 だったら、吉田調書によって、菅直人元首相が事故現場に来たことでベントが遅れたという産経のスクープ(実際は安倍晋三のメルマガの丸写し)が嘘だったことが判明したんだから、当然産経と安倍首相も記者会見を開いて国民にデマを拡散したことを謝罪すべきというのが本当なら、そっちも相当悪質で「そりゃそうだ」と思わざるをえない。

 
 だいたいさ、管元首相が現場に行ってどんな叱咤激励をしたのか、その事実が錯綜したとしても、僕は今だから思うけれども、第一原発に行った彼の行動は少なくとも大いに批判されるべき類の行為だとは、僕は思わないけどね。
 「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」(東電発表)ってのが事実でも、為政者として「言ってしかるべき」だったということは、その後の東電の無責任ぶりがいみじくも、その発言の的確さを証明してると思うよ。

 実際のところ、あのときの時点で急性の放射線障害で首相に死なれちゃあ政府としては困るんだろうが、そのくらいの気概が一国の宰相にあったんだということは、責められる話じゃないだろう。
 まるでハリウッド映画に出てくるアメリカ大統領みたいじゃねえか、俺はそういう印象を今なら感じるけどね(現実問題としてはアメリカの大統領はメルトダウン寸前の原発になぞ絶対に行かないだろうが)。

 俺は菅さんを持ち上げるつもりはないけどさ、少なくとも「大好きなゴルフ」と「セレブなお友達との別荘での晩餐」のために、数日経ってノコノコ被災地に行くような、腰砕けの下痢野郎よりは、「首相の格」が違ったよね。

 「愛国心を実行する勇気」の度合いは、愛国にうざい下痢と管さんじゃ、計り知れない自覚の重みが比べようもないね。


 風邪によくないから、くだらないことに激高するのはこの程度にしておきたいのだが、しつこく一つだけ加えておきたい。

 13年目の9月11日、欧州イギリスのニュースサイトでは、日本の現職内閣閣僚が過去にハーケンクロイツを表紙に飾ったヒトラー礼賛本に推薦文を寄せていた事実を報じていた。

 ところが同じ9月11日の極東日本では主要メディアはどこも国益を損じるこの驚愕的真相に触れず、代わりに国内で最もマシな意味でのリベラルな新聞社が「国益を損ねた」という理由で国中から袋叩きに遭っていた。

 誰のための国益なのか?

 われわれがたった今、一番心を傷つけている対象に位置している本当の人々は、いったいどこにいるのか?


 アホみたいな国のアホみたいなネオナチ政権と、アホみたいな電力会社のアホみたいな原発、その両方に抑圧されざるをえない今の状況ほど、その最も傷つけられている人々にとって不幸なことはない。





「トカトントン」なのである

Posted by Hemakovich category of Diary on


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 数日前から「トカトントン」状態である。

 太宰治の愛読者なら、この「トカトントン」状態の意味を了解してくれると思うが、もし何のことかさっぱりわからないという方がいらっしゃれば、青空文庫で太宰の小説『トカトントン』をお読みになることを推奨したい。

 あの小説で描かれた意味の「トカトントン」と、僕が用いる意味での「トカトントン」が同一であるかどうか、わからない。

 だが、とにかく、「トカトントン」としか形容できないのが僕の今の状態なのだ。


 先日、朝日新聞掲載の高橋源一郎の論壇時評をクソミソに批判した。

 そのブログ記事を掲載後に、論壇時評に関係する高橋のツイッターでの発言を目にしたのだが、どうもその辺から今回の「トカトントン」状態は始まっているらしい。

 ブログのなかで吐き尽くして処理してしまいたい内容はほぼ明確に分かっているのだが、それを書くことにあんまり意味がないんじゃないか、どうでもいいんじゃないか、そういう思いになるあたりが「トカトントン」の表れ方であるようだ。

 社会的なことを書こうとすると「トカトントン」なので、詩作をアップしようと思うのだが、こちらはより深刻で、もはや「トカトントン」以上のものが意欲を削ぎ、僕を呑みこもうとする。


 中学時代に『トカトントン』という小説を初めて読んだとき、僕はこれがどういう意味合いの話を書いてるのか、ほとんど理解できなかった。
 太宰が自身を描いていると思われる物語の終わりに出てくる作家の謎かけのような解答(イエスの言葉を引用した部分)も、全然意味が理解できなかった。

 作家の解答の方は今でも意味が分からないが、「トカトントン」が聞こえてくる男の心情の方はここ近年になって、なんとなく、本当になんとなくでしかないが、共感しているかもしれないという気持ちの段階に至っているような気もする。

 「人生というのは、一口に言ったら、なんですか」

 『トカトントン』の主人公はこんなことを伯父さんに質問してみたりするのだが、本当に「トカトントン」なら、こんなことは訊かない。
 この部分は小説としてのサービスであって、太宰自身も書いててアホ臭いと思わなかっただろうかという風にも思う。

 だが主人公の質問に対する伯父さんの答えが揮っている。

 「人生、それはわからん。しかし、世の中は、色と慾さ」

 もっと若かったころの僕なら凡庸で通俗的だとしか思えない台詞なのだが、久しぶりに読んでみると、いやあ、まったくそうだよなあ、と思えてくる。

 僕には「色と慾」のような、ガソリンみたいな燃料と発火装置を失ってしまっているのである。

 ガソリンを爆発させて活発になって、積極的になにかに関与していったり饒舌に話してみたりしたところで、その関与とか饒舌さ自体がすでに空しく思ってしまうのだが、それを空しいと思ったりしないことが羨ましい(皮肉ではない)。

 関与したり饒舌であったりするからには、関係性のレスポンスを得る機会が増えるわけだが、そういう刺激のシャワーを気持ちよく浴びられる貪欲さに未だのめり込められること、それが信じられないのだが、とにかく元気なのだからその元気は羨ましい。


 これはニヒルだとか怠惰とは違うし、蓋然性に対する期待値の喪失でもないと思う。歳をとったり、ハンディが増えたとしても、ガソリンがあれば元気だし、発動するかぎり動くことはできるのである。

 だがガソリンスタンドへ向かうことの意味すら自分なりの説明がつかないので、「トカトントン」としか言いようがない。

 ただ僕の場合の「トカトントン」に僕自身危うく思えたりするのは、変に「トカトントン」の苦悶に耐えていよう、我慢しようなどと、「トカトントン」に耐久することが他の事よりもマシであるかのような気分になってしまったりすることである。

 「トカトントン」を気取れるのならばそれは虚無の魅惑のようなものであって、若いときは仲間のうちにそういう連中はたくさんいた。実は全然「トカトントン」でもなんでもなくて、「色と慾」にはちゃっかり反応できるような連中。

 僕は全然「トカトントン」を演じられるような人間ではなかったので、そういう気取り方ができるのがとても羨ましかったのだが、今では重篤の「トカトントン」を一日三食毎食後服用するほどにまで至ってしまった。


 小説『トカトントン』の結末に記される「無学無思想の男」の言葉、これは太宰自身の自虐と自己愛が混ぜ込んで投影された言葉だと解するのだが、こういうオチになる範囲では、未だ本当に「トカトントン」なのではなく、どこかに気取っていられる余地というか、落ちつく場所が残されている、まだ救いのある「トカトントン」であるように思えてならない。

 何かに身を投じたり、人生に対して自分が英雄的に存在したと思えるようなことによって「トカトントン」が消えるとするならば、それは本当は「トカトントン」ではないのではないか、そんな気がしてくる。
 人生は時に長く鈍重なもので、世界が移ろいゆくなかで、自己の問題が易々と締めくくられる機会はそれほどありえない。
 「トカトントン」とは、「トカトントン」に終わりが見えないからこそ、「トカトントン」なのである。

 太宰が心中した年齢を追い越してしまった僕は、そのことをだんだん気づきつつある。

 そして、僕の認知にそれほど誤りがないとするならば、この「トカトントン」はもしかすると人生に対して最も真実味を帯びた肯定的な態度であるのかもしれないとも考えたりもする。

 これは救いのなさなのだろうか。

 それとも、逆説的な救いなのだろうか。


 
 僕は充足しているのだろうか。





もし俺が朝日新聞なら池上彰ごとき電波芸者に言われたくない

Posted by Hemakovich category of Politics on


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 以前にもブログに書いたが、従軍慰安婦に関する吉田清治氏の証言は、慰安婦問題がクローズアップされてきた1990年代の時点で、すでに虚偽ではないかと指摘していた人たちがいる。

 旧日本軍を告発する側の人たちからでさえ、氏の証言を疑問視する見方はあって、日本側の研究者だけでなく、韓国で元慰安婦の女性たちを救援しようとするグループの著書の中にも、吉田氏への懐疑の言葉が90年代からすでに記述されていたりもする。

 むしろ、慰安婦問題に触れ始めたごく初期の時点で、吉田証言を傍証として軍の関与を告発した書物は案外少なく、僕が読んだ幾つかの関連本のなかで彼の言葉を紹介したものは一冊しかなかった。

 つまり何が言いたいかというと、吉田証言なるものは当初から慰安婦問題を告発する側からしてみればほとんど無視してきた瑣末なものであり、日本軍の関与を立証する者にとって「なくてもよいもの」、むしろ迷惑なものとして扱われてきた代物なのである。
 だから現在に至って吉田証言が虚偽だったという者が現れても、本当なら「なにをいまさら」という程度で話題にすらならない。
 
 それなのに極悪ゴシップ誌などがまるで「歴史が塗り替えられた」かのように意図的に扱って朝日や韓国を貶めるプロパガンダの材料として大いに利用している。

 今回の騒動は、その程度の次元なのである。だから日本国内以外、どこの国もまともに相手にしていない。


 それはともかく、朝日新聞が吉田清治氏の証言を過去に掲載したことについて、それは現在において謝罪する責務のある類の問題なのだろうか。

 下品なゴシップ週刊誌が朝日の謝罪をけたたましく喧伝しているのは除外するとして、池上彰が朝日に謝罪を求めるエッセイを書いたことについては、僕は違和感を持っている。

 素人考えではあるが、完全に裏が取れている情報のみをメディアが報道しているとはいえないことは、普通の常識を知るものなら誰でも知っていることだ。
 たとえば冤罪事件の報道などはその典型といえるが、ほとんどのメディアは官憲側からの発表をまず最初に信用する姿勢で事件を報道し、犯罪の度合いによっては官憲以上に冤罪を強化するような形で被疑者に社会的制裁を加えたりもする。
 後の公判によって被疑者の無罪が確証されたとき、メディアはそれを美談のように過剰なくらい元被疑者を持ち上げたりするものだが、自分たちが過去に官憲側に持たれかかって無実のものを有罪に煽り立てるような報道をしたことをいちいち生真面目に謝罪するような、そんな奇特な新聞や雑誌はどれほど存在するのか。

 例を変えてみる。

 小保方晴子一派がSTAP細胞の件を発表したとき、ほぼすべてのメディアはその「功績」を疑ってかからず無批判に賞賛した。
 後になって論文不正などが明るみにでて疑惑が生じてからは一転して手のひら返しにメディアは小保方一派を批判したわけだが、すぐに明るみになる程度の疑惑に関してまったく裏を取らずに、小保方氏をミーハー的に持ち上げた軽佻さについてメディアは反省を述べただろうか。僕が知る限り、お詫びらしき文言を示したのは共同通信だけであった。


 もしも朝日新聞がこれまで慰安婦問題について触れたとき、繰り返し繰り返し吉田証言を傍証として引用し続けたのであったならば、虚偽と認めながら長期間に渡って読者を欺き続けたのだから、謝罪する責務に説得性もあるだろう。だが事実はそうではない。

 他の新聞や雑誌ですら無視して通り過ぎるような倫理観を朝日にだけ強要しようとするのは、単純に朝日に対して敵意を持った他社の下卑た品性しか伝わってこない。
 おたくらはそんなに、いつもいつも高潔で清廉な姿の新聞であり雑誌なのか? 

 朝日が吉田氏と結託して、嘘であることを事実としてニュースを作り出したならば、それこそ言い逃れできない罪を有しているといえるだろうが、朝日がやったことは彼の話をある一時期取り上げたことに過ぎない。

 そのレベルの瑕疵をもって、朝日に対して「みんなに謝れ」といえるほど、池上彰は偉いのか。

 
 世間はかなりこの人を高く評価しているみたいだが、僕は池上彰が正しくきちんとしたことを言っていると思ったことはただの一度もない。

 書名は失念したが、彼が第二次大戦以降の現代史について「分かりやすく」説明した本を初めて読んだときの驚愕を、今でもはっきりと覚えている。

 ベトナム戦争が終結したとき、陥落した南ベトナムのサイゴンに入城した南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)は北ベトナム軍であった、南ベトナム国民によって編成された軍隊ではなく、越境した北ベトナム軍こそがベトコンの正体だった、だからみんなは驚いた、そんなたぐいのことを池上は書いていたのだが、そのあからさまなミスリードの著述ぶりに僕は一番驚いた。

 たしかに評判どおりに「分かりやすい」文章だったのだが、読者が事実を誤解して理解してしまう「分かりやすい」誘導ぶりに反共的プロパガンダの作為が「分かりやすく」見て取れて、「池上は信用ならない」と僕は分かりやすく理解させられた。

 TVは見てるとバカになるから全然見ないが、一度だけ「世界一受けたい授業」なる番組で、池上彰がやはり驚愕すべき珍妙な発言をしていたのを目撃したことがある。

 数年前、国内で「格差」という言葉が頻繁に言われ始めたころで、池上は「日本は格差が広がっているのか」という題目を扱っていた。

 その当時から誰でも認識していたことではあるが、格差問題というのは税制の逆累進化や非正規労働人口の増大によって、中間層が没落して貧困化していくなかでの、富裕層に対する意味としての所得格差の問題を意味している。こんなこと、いまさらあらためて説明するほどのことでもない。

 だが番組の中で池上は、この重要な社会問題を「核家族の問題」にすりかえて矮小化し説明するという悪徳ペテン行為を働いた。

実は以前のバブルの時代、日本社会の経済格差は現在のそれより大きく開いていました。
例えば、とある7人家族。三人の収入の合計が1600万円だとする。3世帯が同居するような形態の家族は昔はよく見かけました。しかし現在は、少なくなっています。
家族構成を現代風にしてみますと、息子夫婦はほかの家で暮らし、孫夫婦もまた独立して別の家族を作っています。
このときの3つの家族のそれぞれの年収は、同居していた時代よりもちろん少なくなっています。
時代の流れでできたこの核家族化の状況によって世帯あたりの年収が下がる=格差が広がったという風に認識される。ということになります。


 もう一度「格差」について説明しろと言われたら、池上は上記のような話をもう一度するだろうか? 

 できないだろう。より問題が顕在化して深刻になった現在、こんな調子で話をすりかえたら、どんなにTVを見すぎるバカでも、困ってる人間なら誰もが「バカにしやがって」と怒り出すはずだ。
 そんでもって、おまえはスポンサーに迎合して本当のことをボカすだけの論者だから需要があるんだもんな、お前の存在意義は実のところそれだけだ。

 
 念のために言っておくが、僕は朝日新聞にまったく瑕疵がないと擁護しているのではない。先日の論壇時評には頭に来ている。

 だが、ずいぶん前のわずかな期間、裏が取れなかったことを報道したことを、まるで万死に値するかのように他社メディアが攻撃するのなら、名誉毀損でたびたび敗訴しているようなゴシップ誌などは、日本から消えうせなければならないほどであって、「おまえらに朝日を裁くような品性や倫理が備わっているのか」ということである。

 同様に朝日に謝罪を求めた、世間受けのよいらしいとにかく「分かりやすい」池上彰ですら、上記に記したようなミスリードで世間を欺いた前科の持ち主なのである。
 僕からしてみれば、これほど視聴者をバカ扱いして愚弄した点においては、むしろ朝日の瑕疵以上に罪深く思う。
 こんなものはジャーナリズムではない。

 池上彰よ、「五十歩百歩」っていう慣用句を、今度「分かりやすく」説明してくれ。


 最後にもう一度念押しして、言っておく。

 従軍慰安婦に何の強制も抑圧もなかった、彼女たちは「自由な売春婦」だったんじゃないか、などと思うのなら、じゃあなぜインドネシアやビルマ(ミャンマー)や沖縄のような激戦が行われた戦場の前線近くにまで彼女たちが売春行為のために移動したのか、その疑問についてシンプルに想像力を働かせてほしい。

 命を失う危険性まで犯して激戦の戦場真っ只中に仕事しに行くような売春婦は存在しない。でもなぜ従軍慰安婦はそんな場所にまで行ったのかというと、彼女らの意思に関係なく「強制的に連れて行かされた」からである。
 彼女らへの強制に日本軍が関与したからこそ、戦場での売春行為という異常事態が可能になったのである。

 これが「強制連行」でなくて、いったいなんなのか。

 こんな強制行為に狭義も広義もない。これは完全な「強制連行」であり、「監禁行為」である。

 いまだに慰安婦は強制ではなかったなどという主張が平気でまかり通るのは国内だけである。

 
 吉田証言の虚偽を認めた朝日新聞は、同じ記事スペースで「だからといって慰安婦に軍の関与が強制がなかったとはいえない」という趣旨の発言を付け加えている。

 池上彰よ、おまえはなぜその部分に触れずに安易に謝罪などと言えるのか?

 「ななめ読み」には慰安婦の強制性の有無に対するおまえの見解はまったく書かれてなかったぞ。軍の関与そのものへの総括に言及しない者なんぞに反省を相手に促す資格などあるのか?

 「分かりやすい」しか取り柄がない、ヘタレで腰抜けで付和雷同のコメンテーターは、ジャーナリストではない、

 「電波芸者」っていうんだ。

 わかったか。


<関連リンク>
国連自由権規約委員会における対日審査最終所見(本年7月25日)の「慰安婦」関連部分の日本語訳





飛ばし合い練乳レッドアーミー

Posted by Hemakovich category of Poetry on


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コルセットを解くと      coularの香り。




溺れる キャンバス、




CA-TV23のあなたは       複製量販型ディスプレイからイメージ・コードを貪り廻され、




不特定多数に搾取される難民になる。




タマラ・ド・レンビッカの カラーの色彩を思い




フォードに飛び乗ったまま消息不明に陥る胎児の不安に  むしばまれる






Jesteśmy uchodźcami.

Ona ukrywa tajne spotkanie do sukni.

Pasja uderza niemoralności.

Jesteś niewoli pochłonęła twarzy i głosu.

I pożądał zapach nocnego lotu.







彼女は  12月のクートペから還った殲滅情婦。




君は  ワルシャワで  廉価のコミュニズムをサックに換えて彼女を求めた。




君の 間抜けなアンニュイ  チクロンBで沈めてくれる。




彼女は  唯一で  最期の機密   




乱数で繁殖をしのびあう   最終ゲットー細胞分子







まるで、最初から、この世界に生まれてこなかったかのように

Posted by Hemakovich category of Reading on


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 ある殺人事件の被害者がつづっていた英語ブログを眺めていた。

 ある脈絡から、かつてInterPalsで交流していたフランス人、ちょうど被害者と同じ年齢ぐらいの少女を思い出す。ブログの文章から伺えるパーソナリティが似ている感じがした。

 InterPalsのアカウントを消して一ヶ月以上経つ。いまはフェイスブックも同じぐらい久しく開いてない。スカイプも同様。

 たぶん、数少ない海外のネット友達からコメントが来てるのだが、それに対して返事をする気力がない。だからコメントを見ないために当該リンクも開かないようにしている。

 ネットで人と接触しなくなった。ネットを介して繋がる人間関係への可能性を信用しなくなった。

 昨年11月に京都で会った香港の女性だけは「一応会った」訳だし、印象的な人物だったので、連絡を保ちたいと思っていた。でも彼女とも音信不通になってしまっている。

 日本人で、学生時代の友達にすら連絡を取るのを怠っているのだから、英語でコミュニケーションをすることなど、求める気持ちはあっても気力が伴わない。

 久しく誰にもメールを出していない。たぶんこれは、孤独な状態である。

 だが孤独が生じると、その孤独をどんどん極端に深めていくのが僕の性分である。

 孤独が深いときほど、夢の中で頻繁に人が現れる。それも、みんな、思い出すと微かに痛みが生じるような、僕の中でそういうポジションにいる人ばかり、頻繁に夢の中に訪れる。
 だから目覚めた後は、少しばかりの抑鬱が伴なう。


 生きていることは毎日、相対的である。

 それが苦痛だと思う人もいれば、それが生きていることの本質だと悟ってよいものかと、迷う僕がいたりもする。



 井上光晴の『明日』を再読する。最後に読了したときより、ずっと自分のなかに溶け込んでいくような思いがした。

 著者はこの小説に関して、読者の魂を揺さぶろうとするような意図をもって書いたのだろうか。そんな問いを立てたくなるのは、僕がそうではないように感じられたからだ。

 先日再読した遠藤周作の『海と毒薬』と比べてみれば、ずいぶん「不親切」な小説だと思う。無駄な文章がない。同時に説明的な文章をできるだけ排している感じがする。人によっては読みづらいと思う。

 それでも井上光晴の『明日』の文体には、いたわりのようなものが感じられる思いがある。読者を感動させようというような作為を放棄しているように、「不親切」だと見えるのに、優しい気持ちが感じられるのである。

 1章から9章まで原爆投下前日の人々の生を描写して、最後の「0章」では8月9日当日、原爆投下直前に子供を出産する母の独白体ですべてが物語られる。
 いまにも新しい命が宿ろうとする時間の流れのなかで、母が過去のいろんな記憶を想起しながら、わが子がこの世界へ訪れる瞬間を迎えようとする。
 その独白の流れが美しく、切なかった。何度も中断しながら、ゆっくり一つ一つ言葉をかみ締めるようにしながら、読み終えた。

 霧のごとくに多くの人々の命がかき消され、その連なりが持ちうるものが失われた。その連なりのなかに持ちうるものというのは、一人の人間のなかに宿った記憶であって、人への思いや、思いのなかに生きている人のことだと僕は理解する。

 僕が孤独な日々のうちに頻繁に夢見る人たちのことは、僕一人の命が絶えたとき、もはやそれがこの世界で意識される可能性の一部は途絶えてしまうことになるだろう。

 だが僕一人だけでなく、僕に連なる多くの人々の連なりが一瞬のうちに霧のごとくにかき消されるということは、互いに意識の連なりのなかで共有された人々の思い合う営み全体が、始まりも終わりもまるで存在しなかったかのように、時間の流れから「なかった」もののように、痕跡のすべてを根絶やしに遺失させられることなのだ。

 まるで、最初から、この世界に生まれてこなかったかのように。


 黒木和雄によって映画化された『Tomorrow / 明日』を最初に見た中学生のとき、原爆投下後の長崎がまったく描かれなかったことに違和感を感じて仕方なかった。

 「その日」の後が描かれないことが、物語の力不足であるかのように感じられた。
 原爆の惨状そのものが描かれなくとも、投下されて数年後の人々が描かれたりする形があってもよいのではないか、なぜここでこのまま切れてしまうのか、そういう作品への報われなさみたいなものを感じたりした。

 今になって思うのだが、人と、人の連なりが持ちうるものが、すべてあの時間で根絶やしにかき消されたということを、この物語は伝えていたのだと思う。

 あの物語のなかで描かれた人々はすべて「なかった」ことのように消されたのだと。だから、あの先以上の時間を描くことに意味は見いだされないのだということを。

 しかし、あの先に人々や人々の連なりのなかで生きうるものが立ち消えたからこそ、あの日の11時2分以前に世界と繋がっていた人間たちがこの地平に宿してきた連続的な確かさに対して意味を強調する意義がある。

 それが1945年の8月8日の再現に、ほとんど完全を尽くすかのようにすべてを込めようとした試みの意図であったのだろう。


 堅苦しい言葉しか吐けないことが、じれったく思う。

 生きていることは、毎日相対的なものだと、僕は書いた。

 このように生きていていいのか、このようにしか生きられないのか、通り過ぎていく時間のなかで僕はいったいなにを尽くして生きているのか。
 そのような自問と、主観的な不確かさに終わりがないからこそ、この一日はどの一日と比しても、永久に相対的なのだろう。

 でも、生きていること、その一つがこの世界の自分のすべてに尽きるのだと、それを僕は、いつか、できうるならば幸福なかたちで、理解することができるだろうか。

 懸命に命を次の時間へと繋いで、繋いで、その反復のなかから、気がつけばこの世界のなかで、連なりを日々遺し続けてきたのだと、この命が絶えるとき、僕はそのことをきちんと気づけるだろうか。





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