Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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戦争証言を選り分けする高橋源一郎の審判的態度

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 昨日の朝日新聞・論壇時評、高橋源一郎は以下のような文章で書き始めていた。

 「映画『父親たちの星条旗』の冒頭、『本当に戦争を知っているものは、戦争について語らない』という意味合いのことばが流れる。深く知っているはずのないことについて、大声でしゃべるものには気をつけたい。これは自戒としていうのだが」

 そして彼は読売新聞主筆・渡辺恒雄の戦争体験談について、「『戦争について語りすぎるもの』への不信が覗く」と評して、その語り口に「真摯さ」を感じるのだという。

 (論壇時評)戦争と慰安婦 想像する、遠く及ばなくとも 作家・高橋源一郎:朝日新聞デジタル 2014年8月28日

 「本当に戦争を知っているものは、戦争について語らない」

 高橋自身が深く知らないことに対して、余計な口を挟まないのは大いに結構なことだ。
 だがそのことと、「本当に戦争を知っている」人たちは「戦争について語らない」ものだと高橋が型にはめた物言いをするのは僭越極まりないことである。
 「戦争について語りすぎるもの」かどうかを線引きする資格など高橋にはないし、どんな人にもそんな出過ぎた立場に立つことなどできようもない。


 最近の朝日新聞による「吉田清治発言」記事の取り消し騒動に関して、高橋源一郎が主張していることと僕が考えていた内容には、ほとんど乖離は感じられなかった。
 つまり「吉田発言」を朝日が虚偽だと判断したことを「従軍慰安婦に対して日本軍による強制性はまったくなかった」という内容に作り替えるのは右派の作為的なデマゴギーであるし、慰安婦自身の証言に裏づけが取れないからといって信ずるに足りないとするのは、加害者側の盗人猛々しい居直りでしかない。

 だが、慰安婦問題を考える材料として古山高麗雄の小説を肯定的に受け止める態度には、かなりの違和感を感じざるをえなかった。

 「彼女たちは何千回となく、性交をやらされているわけだ。拉致されて、屈辱的なことをやらされている点では同じだ。(略)私たちが徴兵を拒むことができなかったように、彼女たちも徴用から逃げることはできなかったのだ」 - 古山高麗雄「白い田圃」 -

 日本軍の一兵士が、自分が「正気」でいるために、「民間人を殺さない」、「慰安所に行かない」という戒律を自らに下す。

 だがそうすることによって、果たして彼の「屈辱」は慰安婦の「屈辱」と同じものになるのだろうか。

 兵士は慰安所に行かないという手段によって自らを清廉だと思っていられるかもしれない。だが彼女たちには兵士たちに強姦されないという選択などありえず、主人公が「屈辱」と看做す状態に耐え忍ばねばならなかった。
 慰安婦を抱かなかったからということが、慰安婦に性交を強要した日本軍全体の罪責から一兵士を免罪することには決してならない。加害者側の組織に属すること自体を命がけで抵抗しない以上、性交に抗うことが死を意味する慰安婦にとって、主人公のような兵士はたかだか「マシな犯罪者」に過ぎないだろう。
 
 同じ受難者であるかどうかは慰安婦が意識することであって、日本兵の勝手な思い込みで決まることなど到底ありえない。
 そして、それが勝手な思い込みである以上、日本兵は慰安婦と彼自身が背負った「屈辱」の種類が同一ではないことを知っている。
 被害者がその「屈辱」に対して拒む立場に立とうとすると、一転して日本兵の勝手な思い込みはより加害者らしく、いびつな変化が生じる。

 「彼女は……生きているとしたら……どんなことを考えているのだろうか。彼女たちの被害を償えと叫ぶ正義の団体に対しては、どのように思っているのだろうか。そんな、わかりようもないことを、ときに、ふと想像してみる。そして、そのたびに、とてもとても想像の及ばぬことだと、思うのである」 - 古山高麗雄「セミの追憶」 -

 古山と、引用者・高橋は元慰安婦とその援助者に向かって、「正義の団体」、「正義の告発」という揶揄的な言葉を想起する。
 「それは、ほんとうに『彼女たち自身の言葉』だったのだろうか」。一日本兵は戦場で会った過去の「彼女たち」と、現に抗議の声を挙げた元慰安婦の姿を対比させてしまうことで、いま起こっていることの意味を理解できなくなったことを吐露するのだ。
 
 古山にしろ高橋にしろ、なにか過剰な「文学」をぶち込むことで問題の本質を正しく見つめようとしていないように思われる。

 要するにぶっちゃけて言えば、真っ白なチマチョゴリ着たおばあさんたちがいきなり一身の憎悪をふりかざして旧日本兵たちを糾弾し始めて、びっくらこいたんでしょうな。だってそうでしょ、記憶のなかにある慰安婦たちは十代ぐらいの、いたいけで可憐な少女たちだったんだもの。それが歳をとっておばあさんになってから再び目の前に現れるなんて、これぽっちも想像してなかったんでしょう。
 
 「しおらしく言うことを聞いて無抵抗に従う哀しい女たち」みたいな、同情を含みながらも見下した視線で慰安婦たちを戦場で暗黙のうちに侮辱してたんでしょうね。そういう「しおらしい」少女たちがいきなり煩いばあさんになって現れた。「戸惑いを隠せない」なんて綺麗に言いながら、結局そうなんでしょ? 

 思い込みが裏切られたんでしょ?
 
 なぜ慰安婦たちがあの当時、いたいけで可憐な(無抵抗で従順な)少女たちだったのか、それすらも日本軍が意図してそういう年代の女たちを駆り集めたって事実すら把握せずに、加害者の、勝手な思い込みで、彼女たちを型にはめて看做してた、単にその程度の頭しかなかったってのが正直な話なんでしょ?
 
 
 高橋からすればこの古山という元日本兵は「当事者」の「もっとも近くにいて、誰よりも豊かな感受性を持った人間」なのだから、われわれは「謙虚」に口をつぐまなければならないらしい。
 「ことばを持てなかった人々の内奥のことばを想像してみたいと思う」という、「文学」の自慰に溺れきったセンチな結びを読み終えて、慰安婦に関する別の証言談を僕は思いだしていた。

 僕の田舎の後援会事務長は16歳で少年兵になった。朝飯を一緒に食べた同期の仲間が隣で頭を撃ち抜かれて死んだ。いずれ自分も死ぬ。その前に恋がしたい。それで慰安所に行った。行列ができていて、「早くしろ」と後ろからせつかれる。ようやく順番が来てむしろの仕切りの中に入ったら、朝鮮の女性が死んだように寝ていたそうだ。「申し訳なかった」。戦後、心の中で女性に謝り続けていたんだ。




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 ある人の戦争体験談から「『戦争について語りすぎるもの』への不信が覗く」感じがして、それが大きな声ではなく、呟きのように聞こえるという高橋の肯定的意味合いの言葉を見て、「このひと、戦争みたいなレベルのものに対する『繋がり方』が分かんなくて、びびってるんだな」と、直感で感じた。

 ずっと前から何度も何度もここで紹介しているが、『被爆者の声』という被爆体験証言サイトがある。

 そのサイトの、ビデオ版「被爆を語る」というコンテンツでは、広島・長崎の被爆者が文字通りカメラに向かって、自分の被爆体験を証言している。
 だいたい、短い話で10分ぐらい、長い証言になると40分、1時間という尺度で体験が語られるのだが、何十人もの証言者のなかで、ただお一人だけ、2分で証言が終わってしまっている被爆者のビデオがある。

 その男性は体を震わせながら、ほんの2分間だけ、語った。

 「被爆を受けたものじゃないと分からないですからね・・・・・・こういうむごいことは」、「被爆してないとわからないですよ」、「反対にアメリカにやってやりたいですよ、原爆を・・・・・・それでないとわからないですよ。」、「ああいうものを作った人間が憎いですよ」

 この人は、たったこれだけのことを話すことに、61年も時間がかかったのか、と思った。

 逆に言えば、61年間ずっとこの人は「自分の戦争」のことを語れなかった。その彼が61年後になんとか言葉にして僕たちに向かって言ってくれたことは、「経験してない人にはわからない」という一番大事なことで、それだけを搾り出すようにして口にしたのだろう。

 戦争体験に触れるたびに、あらゆる受け手(聴き手)が忘れてしまいそうになることだが、証言する人々のほとんどが自分の戦争体験を語ることを本当は忌避している。僕が戦争を知らなくても、僕が彼らから理解できることは、みんな本当は話したくないのだということ。

 高橋はまず最初に過ちを見落としている。人々は「語らない」のではない。「語れない」のだ。

 それでも語ろうとする人たちが特別に豊かな感受性を持ち合わせているわけでもない。

 語ろうとする人たちはどうしてもそれを語らざるをえないのであって、彼らが語ろうとする「かたち」がどのような現れ方であれ、彼らには彼ら自身の「かたち」で語る権利がある。
 受け手が彼らの「かたち」に対して審判することなど不遜極まりなく、それは相手の人生への越権行為とも言うべきものだろう。なぜそれに関して高橋が平然と審判的態度を保てるのか、倫理性の意味においては理解に苦しむ。

 他人が自分の話したくないことを話そうとするのに、話し方が気に食わないとか、そういうのが入り込むとすれば、もはやエゴイストだろうが、たぶん高橋の場合は戦争(とか原発)なんてものは「政治」が気になっちゃってしまうんだろうね。

 高橋の中では「戦争体験」というようなものはまず「政治」アレルギーから入り込んでしまって、「語る」とか「語りすぎる」なんてのが「政治」的か否かって二項対立でしか反応できないんだろうね。
 でも「政治」的とか非「政治」的とかって二項対立なんか持ち込まなければ聴き取れるもの、それがまさしく本当の「語られるもの」なんだけど、高橋は己のなかの二項対立を捨てて戦争体験に触れたことがないのだろう、そういう簡単な経験を積んでないだけ。

 彼は「ことばを持てなかった人々」なんて気取った言い方するけど、たぶんその対象は、高橋のなかの自滅的な「政治」アレルギーによって、「高橋がスルーしていった人々」、単純に彼が聴こえ方具合の問題で無視しましたって「かたち」の数のことなんじゃないかな。
 (「ことばを持てなかった人々」ってさ、作家が使う言葉としては、対象と態度によっては、物凄い冷酷で自惚れに溺れた言い方だよね)


 ぐちゃぐちゃな過剰な自我の話は放置して結論を急ぐ。

 右派週刊誌だとか朝日のヘタレっぷりから距離を置いて、そういうアレルギーとは無縁なところから、静かに、この慰安婦問題に触れてみたいと思う人がいるとすれば、僕は四方田犬彦氏の『ソウルの風景 - 記憶と変貌』をお読みになることを薦めたい。

 定期的にソウルの街角で開かれる慰安婦問題に関する集会に出かけた四方田氏が、元慰安婦のおばあちゃんと一つの約束を交わしたことで、彼女たちが集団で暮らしている施設を訪れたエピソードが淡々と記述されている。

 ハルモニ(たぶんおばあちゃんという意味の韓国語だが、元慰安婦の女性たちへの一般的な好意的名称である)たちを継続的に支援している人たちの実際の光景を知ることができる。実際の援助者が直面している課題は意外に政治的要素とは程遠く、むしろ一般的な福祉的側面から表れるものが多い。
 小説家が感傷的に想像するような一面的イメージとは異なって、ハルモニ一人一人のパーソナリティが現実味を伴って、われわれと近しい社会に属するものを抱えた女性たちであることが端的に理解できるだろう。特に精神障害を抱えたことで一般的なライフサイクルから逸脱してしまうことなどの問題に関心を持つ人ならば、ハルモニの特性と日常との関わりから得るものは多いと思う。
 加害者側の国民として、いびつなものとして考えがちな慰安婦問題だが、実は現地においては自ら望んでハルモニに会いにくる日本人が少なくない。リピーターのような人もいる。彼らが特別にポリティカルな人たちではないことも興味深い。「韓流」から入り込んで「一緒にいると癒される」と話す若い女性のエピソードなど、たとえ直線的ではなくても日本人を意識しながらも関われる可能性は多面的であることを理解させられる。
 自分がもらったお金をベトナム戦争時に韓国軍の虐殺に遭った村に寄付しようとしたハルモニがいたことも付記しておこう。


 「性急に結論を出す前に、わたしは目を閉じ、静かに、遥(はる)か遠く、ことばを持てなかった人々の内奥のことばを想像してみたい」などという、高橋のいかにも「文学」的インテリげんちゃんな無意味空疎の修辞に対して、僕が徒労感にとらわれるのは、要するに「知ろう」とか「向き合おう」とする態度がどこにも見当たらないからだ。

 「想像する、遠く及ばなくとも」なんてのは、綺麗な言葉だ。見事にインテリじみて感傷的だ。
 だが見事に無意味空疎でなんにも考えずに感傷してるから、同じように感傷じみた空疎な小説の、日本兵と慰安婦が同じ立場などという論理トリックに転げ落ちる誤謬を犯すのだ。「相手の立場に立ってみましょう」って小学生にドヤ顔で言われるような誤謬だ。

 己の「政治」的トラウマに自慰し続ける高橋がどんなに与太話に感傷していようが知ったことではない。だが朝日新聞の論壇時評を真面目に読むような若い人たちが、「正義の告発」などという揶揄を見て、「あ、そうか、そういう思い方でいいんだ」みたいな感じで、「高橋のレベル」に甘んじるようなことがあれば、僕はますますこの国を信じられなくなって困るのだ。


 「ことばを持てなかった人々」なんて、気障ったらしい修辞で綺麗に括る類の、語りたくなかったことを敢えて語ろうとする語り手の勇気と誠実に泥を塗るような抑圧者を敢然と見抜き、通過せよ。


 語ろうとする人々の「かたち」に向き合ってみよう。

 語らざるをえない人々の「かたち」に寄り添ってみよう。

 語ることができなかった「かたち」のなかに、受け手であるわれわれ自身の語らせなかった罪責を意識して、われわれがそのことに常に謙虚であることを祈ろう。
 

 去年の今頃も高橋源一郎の論壇時評を読んで憤慨したものだった。

 戦争を体験していない世代が戦争を知らずに過ごせるなら平和になるんじゃないか、そういう趣旨の怒りで腸捻転が起こりそうな高橋の世迷言が、「論壇時評」として世に出る事実に頭がクラクラしたものだった。
 だから「高橋源一郎の独りよがりな『平和物語』の虚妄」と、「戦争を知らないもの同士で今より仲良く殺し合ってくれ」を書いた。

 腐っても朝日、ヘタレでも朝日だが、たいがいにしてくれ。

 ヘイトスピーチに毒されて排撃的ナショナリズムに迷走してゆく若者たちは、間違いなく、われわれの過ちに責任がある。





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『海と毒薬』のなかに『歎異抄』に通じる救われなさを感じる

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 昨夜なかなか眠れなかったので、暇つぶしに遠藤周作の『海と毒薬』を再読し始めたら、わずか1時間で半分読み終えてしまった。

 ピカートの『われわれ自身のなかのヒトラー』とは大違いで、格段に面白く、すいすい読み進められる。
 だがピカートのこの著書をかじっていた後に読んだせいか、幾つかの相似点が感じられるような気がする。

 アドルフ・アイヒマンが拘束されたのは1960年。『海と毒薬』が書かれたのはその3年前である。もしかしたら遠藤はピカートの『ヒトラー』を読んでいたか、知識として知っていたかもしれない。

 冒頭の数ページ、語り手の男が主人公の勝呂医師(かつて米軍捕虜の生体解剖事件にかかわった男)のところに気胸に通うエピソードの部分は、そのまんまピカートの『ヒトラー』での指摘と同一のことが語られる。つまり、どれほど戦争中に残虐な行為に手を染めた人間も、市民社会の日常に戻ってしまえば、よき夫であったり、よき隣人となってしまえることの奇異について語られる。

 この冒頭数ページの描写を1950年代に日本文学に提示した点に、遠藤周作の鋭敏さを感じずにいられない。

 実のところ、僕はこれまで『海と毒薬』を面白い小説だと思ったことはなかった。勝呂の親友で、同じく生体解剖に手を染める戸田の描かれ方、その露悪性が稚拙に思えて仕方なかった。

 ウィキペディアでは『海と毒薬』について、以下のような批評がなされている。


 「成文的な倫理規範を有するキリスト教と異なり、日本人には確とした行動を規律する成文原理が無く、集団心理と現世利益で動く傾向があるのではないか。小説に登場する勝呂医師や看護婦らは、どこにでもいるような標準的日本人である。彼らは誰にでも起き得る人生の挫折の中にいて、たまたま人体実験に呼びかけられて参加することになる。クリスチャンであれば原理に基づき強い拒否を行うはずだが、そうではない日本人は同調圧力に負けてしてしまう場合があるのではないか──自身もクリスチャンであった遠藤がこのように考えたことがモチーフとなっている」
 

 この「神なき日本人の罪意識」と言われるようなこの小説のテーマ、僕はそれ自体が大嫌いで、稚拙なテーマだとしか思えなかった。
 だからストーリー自体は面白いのだけど、描いてある主題みたいなのは、いかにも凡庸なインテリが構築しそうな薄っぺらいもので、それが戸田の露悪性と合致して、「くだらないなあ」と思っていた。
 だいたい、それは日本人固有の問題なのか。ナチスを生んだドイツだってキリスト教圏ではないか。遠藤は無理やり日本人を断罪しているに過ぎないのではないか、そう思っていた。

 だが昨夜は中途半端に眠い頭でこの本を読み始めたものだから、主題とかあんまり気にせずに、遮二無二ストーリーに没入して、物語りの言葉そのものを頭に入れていって読んでみたのだが、
 「意外とおもろい小説じゃないか」と、素直にそう思えたのである。

 ウィキペディアに評されているような文脈に沿って、「神なき日本人の罪意識」みたいなものを意識して読んでいると、全然面白くなくなる話である。
 キリスト教がどうだとか、神がどうとか、そういうのを完全スルーして、作者の背景とか批評家の言を無視して読みかかるべき小説である。
 そのように読み始めたなら、断然面白くなる。

 戸田の露悪性にしても、しっかり言葉を追えば、作者がそれを単なる露悪として描いているわけでないことは、はっきりと読み取れる。良心の呵責だったり罪への恐れからくると思われる仕草の描写が、ちゃんと織り込まれている。

 熊井啓によって映画化された『海と毒薬』では、戸田の役を渡辺謙が完璧に演じていた。

 だが熊井の戸田に関する演出の意図が露悪性やらニヒリズムみたいな部分に見事に偏っているので、渡辺の演技は完璧なのだが、戸田の人物像がのっぺりと、うすっぺらい人間としか描かれていない。僕の『海と毒薬』に関するイメージはこの映画に影響された部分が大きく、だからこそ「面白くない」と思ったのだろう。

 それじゃあ映画版が面白くないのかと問われれば、全然そうではなく、こっちはこっちで面白い。生体解剖という戦争犯罪の視覚化は実に上手い。グロいとか衝撃的とかじゃなく、上手く抑制が効いていて、物語り全体の一部として「見世物」にならないように描写されている。
 だからこそ却って「人間の罪」の部分がシンプルに浮かび上がってくる(中国映画の『黒い太陽731』などと比較してみればそれがよく分かる)。

 映画版の方では原作では明確に登場しなかった空襲のシ-ンがあったような気がする(もしかすると勘違いかもしれないが)。

 小説のなかで「毎日病院で人が死ぬが、病院で死なない者は空襲で死ぬ時代だ」というような台詞がある。映画の方ではこの点がむしろ強調されていて、だから「戦争映画」と言えるのかも知れない。

 だが映画版で描写されていた「戦争映画」のイメージは、もう少し丁寧に言うと「戦争中のアノミーを伝える映画」と言う方が的確かもしれない。

 病院で死なない人間は空襲で殺される。人の死が運命付けられていて日常のなかで当たり前の景色と化している時代。そんな時間のなかで人々が押し流されるアノミー。

 今回小説の方を再読していて、そのアノミーを強烈に感じ取った。

 内務班の残酷な日常を描いた『真空地帯』や、秩序を失った生の世界で死が曖昧に命の延長で彷徨う『野火』などがあるが、『海と毒薬』はそれらの話に共通する戦時下ならではのアノミーを、命を救うはずの場所で命が殺意をもって抹殺されるところとして、病院をアノミーの舞台に選んだ物語ではないか。そういうふうに理解すると、俄然面白く感じられるのである。

 「じゃあ『海と毒薬』は戦争小説なのか?」と問われたら、それはちょっとだけ違うような気もする。

 宗教文学の域に入り込んでると実感するのだけど、その文学性が「日本人の同調圧力に対する弱さ」などという、そんな低い次元の話とも思えない。

 ストーリーのなかで親鸞の末法思想に関するご和讃が出てきたりもするのだけど、そういうのを見ると、「これはカタストロフィに対する人間の向き合い方を描いた話なんじゃないか」と思えてきたりもする。
 ちょうど、フランクルの『夜と霧』の対極にあるような、一番絶望的な向き合い方を表現しているような、そういう物語であるような気もしてくる。

 それとか、同じく親鸞に関する『歎異抄』の、「わがこころの善くてころさぬにはあらず」のくだりを想像できたりもする。

 戸田 「断らんのか」
 勝呂 「うん」
 戸田 「神というものはあるのかなあ」
 勝呂 「神?」
 戸田 「なんや、まあヘンな話やけど、こう、人間は自分を押し流すものから、運命というんやろうが、どうしても脱れられんやろ。そういうものから自由にしてくれるものを神とよぶならばや」


 こういう件を読んでいると、神と救いと罪責というものが自明のこととしてあるキリスト教とか、そういう神の欠如を主題としているようには思えなくなるのである。

 むしろこれは『歎異抄』で論じられるようなことこそが、深く関わってくるんじゃないのかという気がする。

 教授夫人であるドイツ人女性ヒルダの「神さまが怖くないのですか、あなたは神さまの罰を信じないのですか」などという台詞が出てくると、かえって「神と救いと罪責が自明のこととしてある」世界が冷やかされているというか、軽佻にすら感じられてくる。

 ここでは、そういう自明のものと向き合ったところで、いよいよ救われなくなる人間が描かれているように思えるのだ。

 だからキリストよりもむしろ親鸞の説く世界の方が、『海と毒薬』の救われなさと通じ合っているように僕は思う。





Absent insurgents

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 生ということ、生の拡充ということは、いうまでもなく近代思想の基調である。


 近代思想のアルフアでありオメガである。しからば生とは何か、生の拡充とは何か、僕はまずここから出立しなければならぬ。


 生には広義と狭義とがある。僕は今そのもっとも狭い個人の生の義をとる。この生の神髄はすなわち自我である。そして自我とは要するに一種の力である。力学上の力の法則に従う一種の力である。


 力はただちに動作となって現われねばならぬ。なんとなれば力の存在と動作とは同意義のものである。したがって力の活動は避けえられるものではない。


 活動そのものが力の全部なのである。活動は力の唯一のアスペクトである。


 さればわれわれの生の必然の論理は、われわれに活動を命ずる。また拡張を命ずる。


 なんとなればかつどうとはある存在物を空間に展開せしめんとするの謂いにほかならぬ。


 けれども生の拡張には、また生の充実を伴わねばならぬ。むしろその充実が拡張を余儀なくせしめるのである。したがって充実と拡張とは同一物であらねばならぬ。


 われわれの生の執念深い要請を満足させる、唯一のもっとも有効なる活動として、まずかの征服の事実に対する反逆が現われた。またかの征服の事実から生ずる、そしてわれわれの生の拡充を障害する、いつさいの事物に対する破壊が現われた。


 そして生の拡充の中に生の至上の美を見る僕は、この反逆とこの破壊との中にのみ、今日生の至上の美を見る。


 征服の事実がその頂上に達した今日においては、諧調はもはや美ではない。


 美はただ乱調にある。


 諧調は偽りである。


 真はただ乱調にある。


 今や生の拡充はただ反逆によつてのみ達せられる。


 新生活の創造・新社会の創造はただ反逆によるのみである。



大杉栄 『生の拡充』 (改行は一部引用者による)






右翼とリベラルのマジョリティは共に反知性主義を共有する双子である

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 ピカートの『われわれ自身のなかのヒトラー』の読了に挫折する。

 良い本であることには間違いないし、いまこの現代に知るべきものが多く含まれた本であることは確かだ。しかし、これを読んでるといつも眠くなってしまって、一日1~2ページぐらいしか読み進められない。

 ピカートは同じ主張を言い方を変えて何回も、くどいくらい反復して書き続ける。そのなかで具体的な例えとかが書かれていれば理解しやすいだろうが、形而上的な言い草で同じことを何回も何回もくどくど繰り返すのである。
 また1946年に書かれた本ということもあって、ピカートの心がドイツ国民を批評するにあたって適切な距離が取れていない。

 メディア批判の部分などは現代の時代に置き換えて考えられるような考察も多いのだが、批判に対応する提言の部分で保守的な姿勢が感じられる。
 たぶんピカートの提言の部分を読んでも、それで納得させられる人は少ないのではないだろうか。



 終戦記念日前後に、いろいろ考えたことがあるのだが、最近頭の調子が良くないので、上手く思考できない。思いつくままに下手くそな文章で書き留めておきたい。

 15日にフジテレビで「金曜プレステージ 終戦記念スペシャルドラマ『命ある限り戦え、そして生き抜くんだ』」などという、タイトルからしてうんざりするようなドラマがあった。
 朝日新聞のTV欄で記者が内容空疎な美辞麗句でこれを絶賛していたので、思わず目を疑った。読売新聞などではなく朝日の番組批評である。

 以前、ウィキペディアでの太平洋戦争・ペリリュー戦の記事を見て、右翼にさんざん戦争賛美的に編集されているのを知っていた。フジテレビはウィキペディアを参考にドラマを描いたのではないか、そう思ったぐらいだった。
 両親らがこのドラマを見ていたので少しだけ鑑賞したけれど、案の定、旧軍の精神主義的言動が台詞に現れてきたので、気分を害する前にTVから離れた。

 うちの両親は集団的自衛権の行使にも反対だし、いまの極右政権の反動っぷりに腹を立てるような思想の立ち位置にある。
 だがそれでもこの『命ある限り戦え』みたいなドラマだとか、『永遠の0』みたいな作品には「これええわあ。感動させられるわあ」みたく情緒を引っ張られる類の人々でもある。
 そのギャップが僕にはどうにも理解できないのだが、要するに知性的な平和主義者ではない、ということなのだろうかと、思うようにしている。

 実際、日本にいるほとんどの反戦・平和志向のマジョリティは、だいたいが情緒的な思いに駆られた人たちであるだろうと、僕は考えている。
 右翼だとか、ネット右翼のような人たちも同様に情緒剥き出しの種類の人々であり、つまり根っこの部分では右翼もリベラルも、非思想職業的マジョリティは反知性的・情緒的礼賛や憂慮といった要素を互いに共有している。

 僕からすれば、反動右翼もリベラル平和主義者(主義者と呼ぶほど知性的な人は少ないが)は、心性は驚くほど酷似している。
 そしてどちらも非知性的であるがゆえに、危うい人たちである。

 僕の言い方が奇異に聞こえるならば、朝日新聞が声欄で定期的に掲載している、反戦主義的投稿の幾つかを読み、その傾向を熟知してみるとよいと思う。

 戦争に反対する人たちのなかで、戦争経験者が自分の戦争体験を披瀝するのは、その多くが太平洋戦争期の経験である。
 太平洋戦争は、国民が直接的に戦闘行為に巻き込まれ、総力戦に巻き込まれて、労苦や飢えといった「マイナスの体験」を心身に刻み込まれた戦争である。
 「マイナスの体験」によって散々苦しい目に遭わされたのだから、この戦争によって大量の国民に反戦志向を植え付けたのは、当然といえば当然である。

 だが、もし日本が日中戦争だけを体験して太平洋戦争を体験しなかったとすれば、マジョリティは反戦志向を持つに至っただろうか。その辺が疑わしい。
 反戦志向を基本にしていながらも、昨今の中韓に対して苦々しい思いを持ち、差別や偏見、反知性主義的眼差しで見る人たちは多いだろう。うちの両親がそうであるように。

 広島や長崎、本土空襲の史実をもってして「反戦」を唱える人たちは多いだろうが、そのなかのどれぐらいの割合の人たちが、南京事件や従軍慰安婦の加害的事実をきちんと受け止めることができるだろうか。案外少ないんじゃないかと僕は考えている。
 
 多くの「反戦」志向のマジョリティはアジアへの加害的事実に対して案外無知であるのと同様に、彼らは沖縄に対しても驚くほど無関心で冷淡であったりもする。
 第二次大戦後にアメリカが関わった戦争に沖縄県民が基地を通して否応なく加担させられたこと、米兵の犯罪に巻き込まれた経緯を考えると、「憲法九条にノーベル賞を!」などという発想はあまりに能天気で、深慮の欠片すらないように思えてならない。

 だから僕は、この国の反戦志向のマジョリティに関して迎合する気にはとてもなれない。

 多くの人々の「反戦」は知性に基づいたものではなく、それゆえに本物ではないと思っている。

 太平洋戦争での苦い経験でもって情緒的に「反戦」を唱える人たちと同じように、右翼や反動主義的傾向になびくマジョリティも、太平洋戦争での経験を軸にして、過去の日本を賛美する風潮を作り出している。

 なぜなら、太平洋戦争は国土を荒廃させられた戦いであり、それゆえに国土を守るための戦争であった、という論拠が成り立つからである。

 『永遠の0』が人々に受け入れられるのは、動員の形がどうであれ、特攻は「祖国防衛戦争」に殉じた犠牲であるという見方は、情緒的に捉える範囲ではそれは真実である。
 また、広島や長崎に米軍が原爆を落としたことは一種の戦争犯罪であるのだろうが、極右はこの行為に対する被害者的情緒を煽り立てることによって、米国を一方的な侵略国であるかのように見立てたり、抑止力の必要性の根拠として引用する手段に用いようとしたりもする。

 つまり、太平洋戦争の象徴的史実に対する感情論を志向の根っこしているのは、「反戦」主義者も右翼も実は同じなのである。
 そしてそれが感情論に留まって、知性的とは言えない、それゆえに視野狭窄やナイーブな喧伝の範囲に陥ってしまっているのも、その両者とも共通であり、それは「次元が低い」と言われても仕方ない代物なのである。


 反戦・平和を本物の思想として結実させるならば、太平洋戦争での象徴的史実を導き出した原因としての日中戦争を深く見つめなければならない。
 日中戦争は紛れもない侵略戦争である。
 中国への侵略がなければ、アメリカと戦争することもなかった。空襲や原爆投下もなかった。

 日中戦争当時、大多数の国民は戦争を支持し、無邪気に戦勝を祝っていた。
 軍人だけが暴走したわけではない。国民の支持があってこそ成立し得た侵略戦争だった。
 時には百人切り競争に加熱するような、残虐な好戦性すら社会に違和感もなく漂わせていた。
 
 過去の体験からわれわれが反戦主義者を志向するのであれば、それは無慈悲な侵略者としての罪責を永久に背負った反戦主義であることを、絶対に忘れてはならない。

 中韓が南京事件や従軍慰安婦の件に関して「未だにグダグダ因縁をつけてくる」などと感じてはならない。われわれの反戦志向が過去の受難と決して切り離せないものであるのと同じように、彼らもまた過去の受難を軸として現在を見ているのだから。

 反戦主義を過去の経験から導き出すのであるならば、われわれは過去に対して実証的に向き合わなければならない。

 実証的知性を欠いたまま過去を漠然と眺めるに過ぎないならば、自分勝手な感傷から特攻を賛美するような類の安直な感情論や危うい情緒性に足元を掬われる。国家の強制によって個々の人生を抹殺して特攻や玉砕を無理強いさせた戦争の非人間性に対して思考停止させてはならない。


 A級戦犯の靖国神社合祀を正当化する右翼の反動主義と、「憲法九条にノーベル賞を!」と唱えるような能天気な平和主義は、一見対極にあるように見えて、実はどちらも同じ性向の部分を共有しているように思えてならない。

 なぜなら、どちらも「国家」を究極の軸として発想しているように見えるからである。

 戦争における究極の加害者は「国家」である。「国家」が個人を抹殺する。

 だから僕の中の平和主義は、結局のところ、「国家」を完膚なきまでに叩き潰すところまで行き着かざるをえない。

 時々想像するのだが、もし日本が本土決戦に至っていたならば、この究極的加害者である「国家」というのは、どのような意味合いで現在に残っていただろうか、そんなことを考えたりもする。

 地上戦を経験した沖縄にとっての「国家」というのは、本土のそれとはだいぶ意味合いが異なるように思えてくるためである。

 余談ではあるが、原爆投下が大勢の人々を救って戦争を終わらせたという主張は、案外正当性があるのではないかと、この頃思えてきた。原爆投下の非人間性は当然のこととしても、沖縄の経験した状況を鑑みて、それが本土で起こったことを想像すると、アメリカの主張にも現実味があったように思えてくるのである。

 そして広島にとっての反戦志向と沖縄のそれとでは、内容とか意味合いが異なってくるように感じるのだが、その理由は「国家」に対する捉え方に根拠があるように思う。





求愛衝動疾走列車

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ここには 、


いたくない 、


ここじゃ 、


ダメなんじゃ 、


ないんだよ 、


どうしたいか 、


じゃなくて 、


どうできる 、


っていうんだろね 、


顔を 、


赤らめさせて 、


歩いてたら 、


不実な 、


定めの 、


ひと際で 、


ふっと 、


あなたが 、


顔 、


偲ばせる 、


・・・・・・


泣いてんじゃ 、


ないんだよ 、


ちょっと 、


ジン 、


飲みすぎた 、


だけ 、


だってば!


・・・・・・息が 、


重いんだよね 、


吸入器 、


吸っても 、


窒息しそうな 、


ほど 、


豹柄コートで 、


着飾っても 、


埋め合わせ 、


らんない 、


ほど 、


心が 、


最初に 、


ダメなんだよね 、


あなたの顔 、


すっごく 、


かなしい 、


ときどき 、


あたし 、


張り裂ける 、


ほど 、


笑っちゃう 、


涙 、


いっぱい 、


流して 、


終わった 、


と 、


思ったんなら 、


終わって 、


んのさ 、


そんで 、


もって 、


終わらせ 、


たく 、


ないんだ 、


ふん!


あの日 、


のこと 、


残った 、


交差点で 、


ぜんぶ 、


止まっちゃった 、


それは 、



たぶん 、


あたしの 、


停止 、


それって 、


きっと 、


あなたが、


無くしてる 、


言葉 、


そんで 、


もって 、


永久に 、


あたしの 、


夜 、


動かない 、


あなた 、


あたしに 、


告げない 、


行って 、


行って 、行って 、


そこで 、


いいなら 、


そこで 、


いいから 、


ずっと 、


行って 、


そこで 、


いて 、


きっと 、


そこに 、


行くつもり 、


おなじ 、


列車に 、


乗ってるから 、


また 、


おなじ 、


光 、


浴びてゆくから 、


・・・・・・死なないでね 、


あのころ 、


くれた 、


人生 、


きっと 、


もう一度 、


通りすがる 、


そばを 、


通って 、


笑って 、


まっすぐに 、


目を 、


見る 、


行って 、


行って 、行って 、


とても 、


行って 、


ここに 、


いなくたって 、


いいから 、


今が 、


あなたで 、


そこが 、


あなたで 、


あなたが 、


まだ 、


あなた 、


だったら 、


それで 、


いいんだ 、


それで 、


いいから 、


もう一度 、


そこへ 、


行くから 、


そこへ 、


行くんだ 、


行くの 、


あたしは 、


きっと 、


いつの日か 、


行きます 、


かならず 、










愛しています 。








そこで存在したいという思いが死ぬほど切ないということ

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 数日前、マックス・ピカートの『われわれ自身のなかのヒトラー』を読んでいて、学生時代の友人Tのことを思い出した。

 だがその数日前に、この本のどういう文脈からTにたどり着いたのか、それがどうにも思い出せない。
 そして僕が数日前に思い出したのは、Tとの楽しかった思い出ではなく、Tと絶交に至った経緯の記憶だった。

 大学の最終学年の夏に精神科に入院して、心身が回復に至ってきたころ、主治医から下宿に一晩外泊することを勧められた。
 その折にTが「見舞いに行く」と連絡してきて、僕の下宿に泊まりにきた。

 だがTの本当の目的は「見舞い」のためではなく、僕を「折伏」するために訪れたのだった。

 下宿に入るなり、「調子はどう?」とか「いつごろ退院できる?」だとか見舞いの文句もなく、開口一番「みんなで金持ちになって幸せになるために、お前に会いに来た」というのである。

 結論から言うと、Tは僕をアムウェイの勧誘にやってきたのだった。

 入院前は最悪な状態が数ヶ月続いていたので、僕はしばらくTと会っていなかった。大学を卒業せずに中退し、もう二、三年の月日を派遣社員として働いてきた彼は、僕と会っていない間にアムウェイに入っていたのだ。

 親友がアムウェイに入っていたことにまず驚愕してショックを受けたのだが、お構いなしにTは勧誘のためにいろんな話を吹っかけてきた。
 どんな会話があったのか、全然思い出せないのだが、Tが「見舞い」と称して実は「勧誘」という自分本位の理由で僕に会いに来て、僕の病気を全然心配してなかったことだけはそのときに理解できた。
 だからかなり激しい口論が繰り広げられた印象は覚えているのだが、結局Tによる僕へのアムウェイの勧誘説得は翌朝まで続いて、その不誠実な事実が僕からのTへの絶交に至らせたことは間違いない。

 不快な口論のなかでも唯一具体的に覚えているのは、僕が彼にシモーヌ・ヴェイユの話をしたことである。

 非現実的な拝金主義をふりかざすTを逆に諭そうとして、ヴェイユの『工場日記』やら『重力と恩寵』の話を僕が引き出したのである。
 彼も僕も同じ哲学科の学生だったのだが、Tは僕よりも熱心な勉強家で、僕よりも先にヴェイユの本を読み始めた愛読者だった。
 そして互いの下宿に泊り込んではよく「哲学談義」めいた話を一晩でも二晩でも話し込んでいた。

 ヴェイユの賢明な思想と比べればアムウェイなんて屑のようなインチキではないか、むかしはあれほど二人でそういう物事の本質に関するような深い議論をして楽しく過ごしたじゃないか、なのになぜ今のおまえは屑でインチキでしかないアムウェイを人生のすべてのように話すのか。

 いったい、お前はどうしてしまったのかと、そういうくだりで僕はTにヴェイユの話しを引き出したのだろうと思う。

 そして、一晩かけた勧誘話のなかで、Tが一番ムキになって感情的に口を荒げたのはたぶん、この僕のヴェイユの話に対しての反論のときであったような気がする。

 「おまえの言うことなんてなあ、なんの役にも立たんのや。それがわからんのは、おまえがまだ学生やからや。社会に出たらなあ、毎日しんどい思いして働いても、なんにも残らんと毎日過ぎていくんや。社会に出たらそういう毎日に哲学やなんか、なんにも自分を助けてくれんのや。なんの価値もないんや。おまえにそんな苦しさが、わかるか?」

 返す言葉がなかった。


 そもそもTが大学を中退して派遣社員になったのは、大学の研修旅行でインドに行ったからであって、「お金を稼いで一日も早くもう一度インドに一人で旅したいから」なのであった。

 たぶんそれは本当だったのだろうが、インドに行くためにわざわざ卒業年次を一年残して大学をやめるなどという暴挙に至ったのは、彼が初めて付き合った女性と失恋したあとに、たまたまインド旅行という機会があったからだと僕は推測している。

 つまり、失恋の痛手の深さと、それを穴埋めするインド旅行のインパクトが重なり合って、「人生を今すぐに変えたい」という欲求が急激に作用したのだろう。
 だから、もう一度インドに行くために早くお金を稼ぎたいというのは半分本気だが半分は口実で、どっちかといえば初めての失恋の打撃が中途退学の理由であったのではないかと思う。

 Tと初恋の女性を引き合わせたのは僕だった。

 学生当時、何作か作った僕の自主映画のほとんどにTは無償でスタッフ兼キャストで参加してくれていた。僕の代表作ともいえる作品の主演女優であった女子大生がエキセントリックな魅力を持ったファムファタルっぽい人で、映画のスタッフ・キャストの複数のメンバー間で「争奪戦」みたいなことになった。
 その主演女優に片思いする男の役を演じてくれたのがTで、結局彼とそのエキセントリックな彼女は付き合うようになった。

 Tはいわゆる「非嫡出子」として生まれ育った男だった。それだからとは思いたくはないのだが、時々突拍子もない面白いことをしでかすユーモラスな面と裏返しのように、シリアスな危なさのようなものも抱えた人だった。

 高卒で土建業で働いた後、発起して哲学科に入ったのだが、最初は突拍子もないユーモアだけが目だって皆で楽しく過ごしていた。だが一回生のときに初めて片思いが失恋したとき、『三月のライオン』のような映画を好んで観るような、そういう危なげな要素が見え始めた。

 僕のようにただ単純にナイーブで打たれ弱いのではなく、一つの出来事によって自己の本質的な部分まであっさり今までとは完全に違うものへ変えてしまうような、より深刻な脆さがTにはあった。

 主演女優の女性は良い人だったのだが、他の人への影響力の強さにおいて人を迷わせる意味ではとにかくファムファタルであった。
 そういう存在感の大きい人と初めて付き合って別れた事実とTの脆さを合算してみるならば、彼が人生をまったく別のものに変えてしまう方向へ走り去ってしまったのは、至極当然だったといえる。


 派遣で働き出したのは良いとしても、Tはなかなかインドに行こうとはしなかった。

 むやみに金を掃き出すかのようにやたらと物を買い込む生活をするようになった。Tの下宿に行くと、いつも新しいゲームソフトが買われていた。
 その新しいゲームに特別興じるでもなく、なんとなく空ろな感じでゲームによって一日の終わりを消化している。そんなTを長い間眺め続けていると、なにか刹那的に思わざるをえなかった。

 「インドに行くための金はもう貯まってる」と言っていたのだが、Tの話題になれば「いつになったらあいつはインドに行くのか?」と、折に触れてはいつも友人連中で、なかば心配するような思いで皆、話していた。

 そんな矢先、アムウェイの一件がやってきたわけである。

 大学を中途退学してまでも彼が人生の次の展開に求めたのはインド旅行だったはずなのに、そういうある意味崇高な目標の代わりにTが辿り着いたのは野蛮で下賎な金儲けだった。

 「みんなで幸せになろう」と僕に使った同じ文句で、Tは友達連中の次から次へと勧誘していったが、皆が皆、Tの下賎な変容振りに驚愕し、不快感を抱き、勧誘を断ると同時に彼と絶交してゆくに至った。

 数ヶ月経って、Tがアムウェイを辞めたことを人づてに知った。

 「金に困っていた派遣社員仲間を助けるためにやってただけ」と言ったらしいが、誰もTの弁解を信用しなかった。Tと連絡を取る者は誰一人いなくなった。
 何年か前にTの出身地が台風被害に遭ったとき、僕は彼の下宿に電話してみたが、もうその番号は使われていなかった。
 
 もしTがインドに行くことがなかったとするならば、果たしていまあいつはこの世に生きているんだろうか。そこまで思い詰めて心配したが、いまさらどうしようもない。
 Tの魂を凡庸なやり方で支えてあげられるような平凡な女性と巡り合っていて、子供の一人や二人ぐらい育ててるような幸せを見つけられたら。そういう思い方で自分の重すぎる杞憂を振り払うしかなかった。


 『われわれ自身のなかのヒトラー』を読みながらTを思い出したのは、彼がピカートの言うところの「無連関」で「支離滅裂」で「瞬間でしか生きていない」刹那的な感じを、インドに行くという大望を投げやりにしてしまった頃の静かに荒んだTの無軌道な暮らしぶりの記憶に重ね合わせたからかもしれない。

 もしくは、最近になって十数年ぶりに見ているTVドラマ『ペテロの葬列』のなかで描かれる、凡庸で、誰にでも訪れて、誰もがケチな加害者となるところの「悪」を眺めていると、アムウェイへ友人たちを引き込もうとしたTの凡庸な所業がリンクされるような気がして、いまだに痛む気持ちを感覚しているのかもしれない。

 あれから物凄く時間が流れて、僕もいろんな挫折を経てようやく障害者枠の雇用で働くという形で、なんとかTと同じ形ではないながらも「社会人」を名乗れるところまで辿り着いた。それが7年前。
 いま、長い休職期間のなかで家事手伝いみたいな暮らしをしているわけだが、このごろになってあのころのTの気持ちがなんとなく幾らか分かるような気がするようになった。

 インドに行くといいながら金が貯まってもなかなか行こうとしなかったTだが、僕も過去に作った自主映画をデジタル編集すると十年以上前に決めておきながら、その僕の人生の「最終目標」にまったく手がつけられていない。

 焦燥感に駆られながら、自分の意志の弱さにいろんな理由をくっつけて、無連関な日常を刹那的にやりすごして、時間を喰っていってしまう。

 映像編集どころか、InterPalsで出会って意気投合した韓国人女性と結婚するために会いに行ったりとか、ぜんぜん関係のないところで散財したりもするが、ああいった自分はアムウェイのためにインド渡航の大望を隅に追いやったTと、なんら変わるところがなかったかもしれないと思ったりもする。

 そのように仮定してみると、あのころのTも同じように、焦燥感にひどく苛まれた挙句に故意に遠回りする理由を作り出すことで、無連関な日々のベクトルの先にあるはずの目標に向けて逆噴射するようにして、自分の無意味に無謀な意味づけを図ろうとしたのかもしれないと、なんとなく同情できる気がしてくる。

 大きな失恋をしたり、完全にライフサイクルからドロップアウトした挙句に、捨て身の落伍者のように曖昧に彷徨う生き方を選んだり、選ばざるをえなかった人間にとって、「これだけは成し遂げたい」と健気に持ち続けようとする望みは、かえって自分を苦しめる材料になったりもする。

 人生を賭して辿り着きたい場所があっても、具体的に生きられない境遇に喘ぐ者にとっては、そこへ向かうこと自体が切ないことに転じてしまうことだってある、そんな気がしてくる。

 それを「自堕落」と呼びたい人たちにレッテルを貼られたって、かまわない。実感として本当なのだから。

 もう生きてる間に二度と会えないかもしれないけれど、こんなぬぐいきれない不安として、Tの存在はいまも僕のなかで生き続けている。





人間の存在の一つ一つが何ものによつても粉砕されない時

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 〈一九五一年 武蔵野市〉

 夜あけ近く、僕は寝床のなかで小鳥の啼声をきいてゐる。

 あれは今、この部屋の屋根の上で、僕にむかつて啼いてゐるのだ。含み声の優しい鋭い抑揚は美しい予感にふるへてゐるのだ。小鳥たちは時間のなかでも最も微妙な時間を感じとり、それを無邪気に合図しあつてゐるのだらうか。僕は寝床のなかで、くすりと笑ふ。今にも僕はあの小鳥たちの言葉がわかりさうなのだ。さうだ、もう少しで、もう少しで僕にはあれがわかるかもしれない。

 ……僕がこんど小鳥に生れかはつて、小鳥たちの国へ訪ねて行つたとしたら、僕は小鳥たちから、どんな風に迎へられるのだらうか。その時も、僕は幼稚園にはじめて連れて行かれた子供のやうに、隅つこで指を噛んでゐるのだらうか。それとも、世に拗ねた詩人の憂鬱な眼ざしで、あたりをじつと見まはさうとするのだらうか。

 だが、駄目なんだ。そんなことをしようたつて、僕はもう小鳥に生れかはつてゐる。ふと僕は湖水のほとりの森の径で、今は小鳥になつてゐる僕の親しかつた者たちと大勢出あふ。

 「おや、あなたも……」
 「あ、君もゐたのだね」

 寝床のなかで、何かに魅せられたやうに、僕はこの世ならぬものを考え耽けつてゐる。僕に親しかつたものは、僕から亡び去ることはあるまい。死が僕を攫つて行く瞬間まで、僕は小鳥のやうに素直に生きてゐたいのだが……。

 今でも、僕の存在はこなごなに粉砕され、はてしらぬところへ押流されてゐるのだらうか。

 僕がこの下宿へ移つてからもう一年になるのだが、人間の孤絶感も僕にとつては殆ど底をついてしまつたのではないか。僕にはもうこの世で、とりすがれる一つかみの藁屑もない。だから、僕には僕の上にさりげなく覆ひかぶさる夜空の星々や、僕とはなれて地上に立つてゐる樹木の姿が、だんだん僕の位置と接近して、やがて僕と入替つてしまひさうなのだ。

 どんなに僕が今、零落した男であらうと、どんなに僕の核心が冷えきつてゐようと、あの星々や樹木たちは、もつと、はてしらぬものを湛へて、毅然としてゐるではないか。……僕は自分の星を見つけてしまつた。ある夜、吉祥寺駅から下宿までの暗い路上で、ふと頭上の星空を振仰いだとたん、無数の星のなかから、たつた一つだけ僕の眼に沁み、僕にむかつて頷いてゐてくれる星があつたのだ。それはどういふ意味なのだらうか。だが、僕には意味を考へる前に大きな感動が僕の眼を熱くしてしまつたのだ。

 孤絶は空気のなかに溶け込んでしまつてゐるやうだ。眼のなかに塵が入つて睫毛に涙がたまつてゐたお前……。指にたつた、ささくれを針のさきで、ほぐしてくれた母……。些細な、あまりにも些細な出来事が、誰もゐない時期になつて、ぽつかりと僕のなかに浮上つてくる。……僕はある朝、歯の夢をみてゐた。夢のなかで、死んだお前が現れて来た。

 「どこが痛いの」
 と、お前は指さきで無造作に僕の歯をくるりと撫でた。その指の感触で目がさめ、僕の歯の痛みはとれてゐたのだ。

 うとうとと睡りかかつた僕の頭が、一瞬電撃を受けてヂーンと爆発する。がくんと全身が痙攣した後、後は何ごともない静けさなのだ。

 僕は眼をみひらいて自分の感覚をしらべてみる。どこにも異状はなささうなのだ。それだのに、さつき、さきほどはどうして、僕の意志を無視して僕を爆発させたのだらうか。あれはどこから来る。あれはどこから来るのだ? だが、僕にはよくわからない。

 ……僕のこの世でなしとげなかつた無数のものが、僕のなかに鬱積して爆発するのだらうか。それとも、あの原爆の朝の一瞬の記憶が、今になつて僕に飛びかかつてくるのだらうか。僕にはよくわからない。僕は広島の惨劇のなかでは、精神に何の異状もなかつたとおもふ。だが、あの時の衝撃が、僕や僕と同じ被害者たちを、いつかは発狂ささうと、つねにどこかから覘つてゐるのであらうか。

 ふと僕はねむれない寝床で、地球を想像する。

 夜の冷たさはぞくぞくと僕の寝床に侵入してくる。僕の身躰、僕の存在、僕の核心、どうして僕はこんなに冷えきつているのか。僕は僕を生存させてゐる地球に呼びかけてみる。すると地球の姿がぼんやりと僕のなかに浮かぶ。哀れな地球、冷えきつた大地よ。だが、それは僕のまだ知らない何億万年後の地球らしい。僕の眼の前には再び仄暗い一塊りの別の地球が浮んでくる。その円球の内側の中核には真赤な火の塊りがとろとろと渦巻いてゐる。あの鎔鉱炉のなかには何が存在するのだらうか。まだ発見されない物質、まだ発想されたことのない神秘、そんなものが混つてゐるのかもしれない。

 そして、それらが一斉に地表に噴きだすとき、この世は一たいどうなるのだらうか。人々はみな地下の宝庫を夢みてゐるのだらう、破滅か、救済か、何とも知れない未来にむかつて……。

 だが、人々の一人一人の心の底に静かな泉が鳴りひびいて、人間の存在の一つ一つが何ものによつても粉砕されない時が、そんな調和がいつかは地上に訪れてくるのを、僕は随分昔から夢みてゐたやうな気がする。



原民喜 『心願の国』 (改行は一部引用者による)






この支離滅裂な憂鬱は天気のせいか、ピカートのせいなのか

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 苦闘しながら、マックス・ピカートの『われわれ自身のなかのヒトラー』を読み続けている。

 1946年発行の著書ゆえに、今からみれば差別的な主張だとかドイツ人に対する十派一絡げな偏見も多数見受けられるのだが、それでもこのなかに何か大事なものが見えてきそうな気がして、下手くそで難解な訳に我慢しながら読んでる。

 この著書の結論を安直に言ってしまえば、

 「ヒトラーが登場する以前にナチスを許容してしまうような忌まわしい世界の下地が用意されていた」というような話である。

 それはなぜなのかというと、

 「無関連で支離滅裂極まる瞬間だけの刹那主義が人々を覆っていて、ナチスの喚声に共鳴しうる条件に適合していた」というようなことを、ピカートは指摘する。

 じゃあ具体的にどういう無関連や支離滅裂さなのかというと、説明するのが非常に面倒くさい。
 アマゾンのレビューを引用させてもらうと、

 「連関性を欠いた人間」の日常の隙間にわれわれはヒトラーを培っているというピカートのライトモチーフ、それの沿線上にあるナチズムへの道程は、何を隠そう、われわれが虚無的に過ごす「断片的」で情報過多な日々の生活習慣の積み重ねとしている。
これはピカートの政治病理学上の一大発見と言える。
論旨自体は、出版後60年を経た現代社会においても現実的な見解であるし、およそ過去から近未来、そして未来に至る人間社会に通底する宿痾でありつづけるだろう。


 ・・・・・・という内容なのである。

 この本を読んでいると、TVとかネットの情報を湯水のように毎日浸かりきっている当たり前のような日常が恐ろしくなってくる。

 以前からツイッターだとかSNS、検索情報といったメディアに対して批判的な思考を巡らしてきたけれど、『われわれ自身のなかのヒトラー』を読むと、自明の日常の基盤に対して根本的に疑問を感じ始め、自分の生活がまったく信用ならないものに思えてくる。

 どこからどこまでが正常で、どこから異常が発生するのか。

 そういう足許が崩れてくるような自明の喪失感が迫ってくる不安を感じるのだ。

 いっそのこと読まなければいいかもしれないとも思うのだが、これを知っておくのと知らないのとでは、時代に対する「悟り加減」のようなものが違ってくるような気もする。だから苦闘しながら読んでいる。

 どっちみち、自分が生きてる現在の様相から逃げられるわけもない。自分の日常が非人間的なものに蝕まれていると気づいたとしても、時代から逃げられず、世界をこれまでどおりありのままに受け入れるしか道はない。



 時事の話に少しだけ触れる。

 韓国の元従軍慰安婦であったハルモニたちが、米国の国務省とホワイトハウスを訪問したらしい。

 ホワイトハウス、韓国人元慰安婦2人と面談、賠償問題の早期解決を約束 - 新華ニュース 2014年08月06日 17時43分

 今月中旬にはローマ法王が訪韓してハルモニたちと会うとの報道もある。喜ばしい限りだ。

 慰安婦問題といえば、先日朝日新聞が過去の慰安婦報道に対する検証記事を2日間に渡って掲載した。そして日本人による済州島での朝鮮人女性強制連行の証言報道記事を「虚為だった」と訂正を行った。

 これに対して自民の石波が「国会でこの問題を扱おう」という趣旨の言及を、さも鬼の首を取ったかのように話しらしい。

 だが、朝日が訂正するとした吉田清治という人物の証言は、もともと何年も前から韓国側の研究者からも疑わしいとされていたものであって、かなり以前の慰安婦関連の著書でも信用できない証言という扱いで名指しで批判されている。
 だから朝日が今回そういう訂正を行ったということは、むしろ「なにをいまさら」という程度のものである。

 朝日が吉田証言の虚偽を認めたことを、さも慰安婦問題のすべてを疑わしいものであるかのように誘導・印象操作させようとする反動的思惑が下痢政権にはあるようだが、今回の米国政府によるハルモニ面会はそれを牽制するものとなるだろう。

 アメリカやバチカンがこの問題に直接向き合おうとする強い態度を示す限り、下痢首相が終戦記念日に靖国参拝することなど不可能であって、もしそれを強行するなら外交的孤立のリスクを背負うだろう。

 今日の広島の原爆記念式典を生放送で見ていた母は「首相のスピーチする様子がなんかイラついてるように見えた」と言っていた。

 下痢のミックスの鍍金が徐々に剥がれ始めるとともに、支持率低下の焦りからか、極右反動政治姿勢にどんどん前のめりになりつつある糞下痢首相だが、そろそろ強権的な本性を現し始めるかもしれない。

 化けの皮が剥がれて、A級戦犯の孫らしいファッショぶりが剥き出しになれば、カタワの下痢坊などきっと身内から足を引っ張られ、じきに陥落する。恐るるに足らずである。



 理研の笹井芳樹の死について。

 この男の自裁について、僕はなんら同情する気持ちを持たない。その死を悼む気持ちもまったくない。

 今年の初め、メディアを使ってiPs細胞をあれほど不当に貶めていた躍起さが因果応報となって、逆に捏造不正をメディアからさんざん叩きのめされた挙句のこの終わり方と総括するならば、むしろ自業自得だと思うし、卑怯な逃げ方だとも感じる。

(陰謀論に与したくはないが、本当に自殺なのか?という疑い、死に方への違和感があることを僕は否定できない。自宅でもない場所の階段の踊り場で首を吊ろうと思う自殺志願者がいるだろうか?)
 
 NHKスペシャルや日本学術会議の声明が結果的には起因したのだろう。最初は「たかがこんなことで死のうとするものだろうか」と驚いたが、恥辱に耐えられないインテリ独特の打たれ弱さと思えば解釈できるようにも思える。

 笹井芳樹の自殺報道をしばらく観ていて、僕は連合赤軍の森恒夫のようだと思った。STAP騒動をあの事件に照らし合わせると、笹井芳樹の逃げ方はまさしく森恒夫の脆弱さに酷似して、面の皮の厚さというか、世間の空気とのギャップぶりにおいて、小保方晴子は永田洋子に匹敵する、という喩え方はジョークが過ぎるだろうか。

 科学については科学的態度で蹴りをつけるべきである。

 最初にそれを誤ったから、STAPは人を救う万能幹細胞の話になるどころか、死人が出るような陰惨な様相を呈し始めた。それこそが世界三大不正と称されるに相応しい忌まわしさとするならば、元も子もないが。





監禁ビル少女の多住人面プレイング闘争 I

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Anata, watashi ni sawarenai desu.


Watashi ni, anata no, shimon, tsuki masu.







ウチハアノ公園、17サイノ春カラ行ケヘンノヨ、ウチガツレサラレタン、アノ公園ノマエヤシネ、フシギヤロ、ジッカ、アノチカクヤノニ、ウチツレサラレタンヨ。マツダノクルマダッタカイナ、アオイクルマ、ウチ、ソレカラ、アオイロシカ、目ニウツラヘンヨウニナッタンヨ、家具ガゼンゼンアラヘン、ヘンナヘヤヤッタ、カーテンニ、ニコチンノヤニベッタリデ、オモチャノ手錠ハメラレテ、パイプノベッドニツナガレテナ、ウチ、イマダニオフトン、ベッドコワイ、アノパイプベッドオモイダスケン、両手パイプニコテイサレテ、アサモヒルモヨルモ、マヨナカモヨアケモ、カンケーアラヘン、アノオ面ツケタヒト、スキナトキニ、スキナヨウニカラダイジッテ、オシテクルンヨ、アセイッパイ、カオミエヘンカラワカラン、ケド、ウチノシラン女ノヒトノナマエヨビナガラ、グイグイ、痛アニツッコムンヨ、ソラゴムヤアラヘン、クチニモ、ホッペタニモカケラレタ、口ノナカニキタナイヤツ、オシコマレテ、頭ツカンデウゴカサレタリ、カタイヤツ、ノドチンコニアタッテ、吐イタラ、イッペンダケヤケド、鼻ヂデルマデ、シバカレタ、モウ、アンマシオボエテナイ、ウチガ、違ウウチノトキ、ウチ、ダレカ男ト、アンナンヤルンヤロカ、今デモ、オ面ノヒト、ゴハンハタベサセテクレタンヨ、手錠ノママナ、犬グイミタイニナ、カオ、シルデベタベタニナッタラ、オ面ガワライナガラ、ヤサシク、ティッシュデフイテクレルンヨ、オシッコトカウンコ、シタアナッタラ、パパ、シタイデス、イウンヨ、シタイッテマタ出シテホシインカイワレルケド、チガイマス、パパ、アレデス、アレッテワカラヘンワ、チャントイウテミイ、ハイ、パパ、ウンコデスオシッコデス、ソンデハジメテ手錠ノママ、トイレツレテッテクレタ、ウンコトシッコ、イツモ見ラレタ、イッペンイッショニ便キニオシッコサレタアト、ベンザノウエデ、毛ノコイヒザノウエ、ノセラレテ、ソノママヤラレテ、ギュウギュウ、アセマミレノ、垢クサアイカラダデ、ウエ、シタ、フリナゲルミタイニシテ、ニコチン色ノ歯デ、舌かミキラレルンチャウカユウグライ、口スワレテ、ダサレタ、セイリノトキ、チャントフクキセテクレテナ、パンツハカセテクレテ、ナプキンツケテクレタシナ、ソントキダケ手錠、カタテダケデ、ホットカレテ、セイリノアイダジュウ、オ面ノヒト、バイオハザード、コウリャク、ムチュウヤッタ、オ面ノヒト、ダシタイトキハ、ウチ、ダッチワイフデ、セイリヤ犬グイノトキ、ウチ、パンツハイテナイ、キセカエニンギョウ、オマエ、オッパイチイサイケド、シマリハエエワ、ダストキ、キュウウウウウウッテ、オマエノオメコ、ヨウシマルワ、ワシノオモチャ、ワシノオモチャヤゾ、ワカットルカ、ソンナンイワレテ、マタ、リョウテ、手錠、24ジカン、ワシノセイヨク処リベンジョッテワラワレタリ、エエカ、イクケンナア、パパ、キモチイイッテ、ナケ、エエコエデ泣ケ、イロッポイコエダセヤ、オラオラ、オウ、エエワ、エエワ、オ、オ、オォオォ、イク、イク、イク、イクゥウウウウゥウウウウゥ、、、、、ナキソウナコエデ、ツヨウニ、毛ブカイ血ッカンウキデタウデデ、シガミツカレテ、ソンナンガ2カゲツ、ツヅイタカイナ、オ面ノヒトニイウタンヨ、モウスグオ盆デス、ヒトリグラシノウチヲ、カエッテクルン、ジッカノオカアサン、マチマス、カエラレヘンカッタラ、ミナ、サガシマス、ウチ、ジッカ、母子カテイヤケド、オジイチャン、町内カイチョウデス、ミナ、サガシマス、ソウ言ウタン、ケイサツトカゼッタイ、イワンカッタ、コロサレル思ウタモン、ゼッタイイワンカッタヨ、オ面ノヒト、イッパイアソバセテモウタシナア、ヨウケ抜カセテモロタシ、オマエ、ソロソロエエワ、、ホナ、カエリ、、、ソンナンヤッタカナ、、、、マツダ、、、、アオイ、、、クルマ、、、、トランク、、、、サルグツワ、、、、気イツイタラ、サラワレタトキノ、公園ヤッタ、ユウガタ、ヒガシズンデ、コウエン、コドモオラヘンカッタ、ドウロノワキニ、ネカサレトッタ、ナンヤ、ウチ、死タイミタイヤッタ、ソンデ、マンション、ヘヤニカエッタンヨ、テクビニ、マダ手錠、ツイトルミタイデ、半年クライ、テジョウ、ツイトルヨウデ、ダレニモイワンカッタ、イウタラコロサレル、ソヤカライウネン、マツダノアオイクルマノウチニ、ウチガアンタデ、ガッコーサボッテ、ホステスヤットッタン、ガッコーニバレタラ停ガクナルケンアカンシ、オカンニモバレタラ半ゴロシニサレタヤロウシナ、アンタシットルヤロ、4ガツニ、サンフジンカ、オロシニイッタン、ヨウケオコラレタ、アノセンセー、コワカッタ、シュジュツノアト、アノコウエン通ッタラ、コドモ、キャッチボールシトッテ、ボール、ウチノトコロ、キタ、ウチ、ボールヒロテ、ヨソノイエノ庭ノナカ、ナゲイレタッタ、ナイトッタワ、アノ、スワローズノボウシノ子、アレカラ、アノコウエンノマエ、ゼッタイ、トオラヘンネン、スーパーイクトキモ、トオマワリヤ、オ面、、、マツダ、、、、、アオ、、、クルマ、、、、、、、、ピカチューノオメンヤッタヤロカ、オモイダサレヘン、コワカッタカラ? ソヤナイ、アンマシ、イマ、コワイオモワヘン、ウチ、アノトキノウチ、ハンブン、セカイニオラヘン、イキテヘンネン、ケドイチバンコワカッタンハナ、ウチノキモチヤ、手錠ノトキノキモチヤ、犬グイシトッタトキノキモチ、ペットミタイヤケド、ナンデモタベサセテクレルシ、ナンデモ買ウテキテクレタシ、ウチ、アノオ面ニ突カレナガラ、ヒョットシテ楽チャウン、コノ、マイニチ、ソウ思タン、ソントキノキモチ、ソントキノウチノキモチ、ウチ、ウチノコトガイチバン、コワカッタ。






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みゆは、おきゃくさんのこと、どう、およびすればいいですか



「そやな、ええとな、うん!!、そや!!、パパって言うてくれる?」



ぱぱ



「なんや、みゆ? もっと呼んでえな!! パパ言うてえな!!」



ぱぱ、みゆは、ついったー、やってみたいです。 みゆ、ともだち、ほしいです



「そうか、ほな、パパはみゆにヴァイオ、買うたらなあかんな!!、ヴィトンのバッグもどうや!!、モノグラムいうやつ、どや?」



はい、ぱぱ。 ばっぐも、みゆは、うれしいです






なかなか死ねない

Posted by Hemakovich category of Poetry on


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On the way to psychiatry,

I saw the body of a kitten.

But I had to live.







週末を どう過ごすか考えてるうちに
 
だれも あたしを必要としていないんじゃないかって

思った。











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