Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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アナスタシアからの便り

Posted by Hemakovich category of Poetry on


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君は本当に怒ってるのreasonが多分その人が嘘使ってるだからじゃないかも

それは多分君はexpectationが持っているだろう

本当は私は君と同じぐらいなmindがあった時いたんだよ




There is a habit that I have.

昔から私は自分とか私のお母さんをletter writeするんだよ

お母さんはも生きてないだけどな

昨日かな

全部openした

多分4 yearsでfirst time私はその全部openした

Then there was only one question in my mind

"誰だこれ?( ゚д゚)"




で私は全部思い出した

本当は私はずっとこんな感じの人間だった

Playとcreateするのが好き

自由の中で生きてる

だけど4 years前は

あーこれ全部悪いですねって思った

私が悪いですねって思った

だから自分をlockした

で新しい自分を作った

そのmailたちの中で私は誰かと話してた

その人をいつも"you"って言って

"You know it right"

"He has the same aura as you"

その"you"が誰だろうって思った

やっと思い出したわ

それは私だ




今の私

本当の私

その時over confidentとnarcissistな私が毎日

"Just destroy me already"って書いたわ

私の中でhappinessがなかった

その時私はtendency to dependがあった

誰かと一緒にいて自分を忘れたかっただけ

だけどそれは恋とか愛じゃないな




好きになるとか恋がattractionだよ

愛がGiveとcreateだわ

今君は多分自分の世界しか見えてない

今は君その人にemotionally dependしてるでしょう?とかしてただろう

だからloveとかlikeがnaturalじゃなくてneedになったでしょう?(^^ )




君は本当はextremely kindだからね

君がそばにいたらその人は多分healされる

その人をhealできたら君もhealedになる




彼女も自分の痛みの中で生きてるだろう

君がいればきっとなんとなくなるな







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PC遠隔操作事件を利用した人々の罪責

Posted by Hemakovich category of Politics on


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 PC遠隔操作ウイルス事件に関して、被告人と弁護士の詳細なやり取りがネットで公表されている。

  「先生すみません。自分が犯人でした」 カギになった「onigoroshijuzo2」 - ITmedia ニュース 2014年05月20日 15時49分

 警察が発見したスマホと被告がログインしたアカウントの関係などを読む限り、被告人がやはり最初から犯人だったという事実は確定したと見るべきだろう。

 1年前、この事件の話題がきっかけになって、僕は左側セクトに関係するある東京在住のホモの友人と絶交した。その事情に関しては当時のブログ記事にも書いてある。

 片山容疑者に関する報道を批判する連中は、これまでも一貫した行動論理を貫いてきたのか? 2013.2.16

 ところが先日、知り合いの左側のセクトに関わる人がメールを送ってきた。メールには、片山って人を援護するために遠隔操作事件の罪責を矮小化したり、冤罪を蒙った人を「掲示板などで不用意に遠隔操作プログラムに感染するような地雷URLをクリックした負い目がある」などと侮辱した上で、「だれがこの事件の直接被害を受けたというのだろうか」などとのたまう文章が書かれてあった。

 「それはちがうだろう」と思い、僕は片山って人が犯人かどうかは関心がない、裁判が始まるまで何も分からないから、と断った上で、

「この事件の真犯人がやったことは大迷惑どころか、他人の人生を狂わせて、とても『お騒がせ』などという軽い言葉で済む次元の問題ではないと思う。どんな事件であれ、いったん『容疑者』にされてしまった苦痛は、事件が殺人であれ業務妨害であれ、程度に差はない」

「警察の冤罪の問題を糾弾するために、遠隔操作事件の悪の程度を軽く見積もるような見方をするのは、必ず反発を喰らう」

 ・・・・・・・という趣旨の返事を返した。


 左側セクトのホモは激怒して、

 「『片山が、極悪人のように、サルベージされているのは、リンチではないか』と、マスコミ批判をしなかった僕をクソミソに罵倒した。前科者でもある片山って人の肩を大いに持つ割には冤罪被害者に関して『すでに彼らは社会的に復権しているし、国家から相応の賠償を受けているではないか』などと被害者傷の重さを『もう終わったこと』のように書いて」

 僕にメールをよこした。

 サルベージって・・・・・・その後、僕は何度も国語辞典で調べたけれど、ホモが言いたかったであろうような意味の語彙はついに見つけることは出来なかった。
 思い出せば、やたらと難解・意味不明な言葉を連発するのだが、間違いを指摘されると火がついたように瞬間で怒るような人だった。

 
 PC遠隔操作事件に関しては、やたらと左側セクトの人たちが警察・検察批判の絶好の機会として、やたらとのめり込んだ発言が際立って目立った事件でもあった。

 類似するような冤罪の可能性のある事件は幾らでもあるのに、この事件に限って、当たり前のような批判を特別に公言する人たちを多く見かけて、その態度に一貫性の欠如を僕は感じた。そこに不快感を覚えたりした。

 過去の記事でも述べたけど、左側セクトのホモがこの事件に限って僕に怒りをぶつけてきたのも、左側の中心人物の人たちによる公言に影響されて倣った行動の結果であったのだろう。


 今頃、ホモとかヒューマンライツ・ナウの伊藤和子は、この事件の結末をどのように考えているのだろうか。単なる俗悪なケースの一つに過ぎなかった、彼らはその程度の総括で終えてしまうような気がする。

 絶交したホモは今でも「片山が、極悪人のように、サルベージされているのは、リンチではないか」と思っているのだろうか。
 今でもそういうふうに思っていなければなにもかも嘘のような気がするし、彼にはそう考え続ける義務と責任があるように思える。

 ヒューマンライツ・ナウの伊藤和子は過去のブログで、被告によって冤罪に陥れられた犠牲者に関しては何の言及もしなかった。
 東京在住のホモは、「すでに彼らは社会的に復権しているし、国家から相応の賠償を受けているではないか」などと被害者傷の重さを「もう終わったこと」であるかのような軽口を叩いた。

 彼らの態度は僕にとって、罪なき人を冤罪に陥れた後も通り一遍の反省しか示さない警察の態度と、いみじくも同じ要素を持っているように感じられた。


 結局のところ、被告人がそうした人たちを利用して無罪に持っていこうと策略したのと同じように、左側セクトの人たちもこの事件の被告人を自らの主張のために利用したに過ぎなかったのだと思う。

 そういう意味ではなんとも後味の悪い事件ではあったとだけ、僕は解釈している。





ネットを信頼する人間ほど信頼できない相手はいない

Posted by Hemakovich category of Diary on


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 つい先日、このブログに書き記したチュニジア人女性との関係が壊れ、あっけなく終わった。

 「物事の始まりと終わりまでもが、始まった直後に全部透けて見えてしまう」と表現していたが、まさにそのとおり、予期していたような雰囲気が完璧に実現して、想像通りに終了した。

 相手にも僕自身にも崩壊の理由に関して瑕疵があるのだが、最後の方で英語で感情的な口調を叩きつけられると、もうそれ自体がトラウマのようになってしまっていて、なにもかも放り投げてしまいたくなった。

 そして僕はやはり気分変調症的な破壊の誘惑を阻止することが出来なかった。

 『周囲の出来事や彼ら自身の思考が独特な認知の枠組みに関わる内容(=「すりガラス」)に触れたときに、カタストロフィックな変化が生じ、「前操作的」思考と抑うつ状態が現れる』状態を、見事なまでに忠実に果たしてしまった。


 相手との関係において、僕は終始、受身の立場に徹した。話しかけてきたのは向こうからであったし、僕の方から働きかけたことはほとんどない。
 だがスカイプを始めた時点で、僕は自分の心理的状況を受身のままに貫徹することは不可能になっていった。そりゃそうだ、相手の笑みに反応することは相手に情を感じてしまうことなのだから、それを防ぐことの方がずっと難しい。

 彼女が双極性障害だと知ったときから嫌な予感はあった。まして、大学を休学してほとんどニートのような状態であることを知ってからは、不安の方が先立ち始めて、スカイプを続けることが少しずつ苦痛になってきた。

 よせばいいのに、彼女のポエトリーリーディングの作品作りに関与したことで、僕は自分のペースを失い、自分のフォトコラージュ製作も行き詰って、閉塞した中でだんだんと感情的になってきた。
 
 最初の喧嘩が起こったのは僕の方が相手に不信感を持ち始めたからだろう。仲直りしたときに、僕が作ったポエトリーリーディングの加工ファイルを聴かせたら、彼女はボロボロ涙を流した。あれは完全に良くなかった。

 僕は実に短絡的で衝動的な感情に負けてしまう愚かな人間だが、直情さと裏表のような形で人一倍情にもろい体質を持っている。
 だから女の涙というのは僕にとって地雷のような危うさがある。結果的にその後の僕の解決策はそれで問題を放棄して、全部チャラにしてしまうのだから。

 女の涙に関してはこの歳に至るまでまったく学習能力がなかったということを、今回のことでようやく自覚することができた。
 他の男はどうか知らないが、僕に関係してくる女性のほとんどは、みんな、必ず早い時点で、さっさとボロ泣きする。思い返せば今までずっとそんな人ばっかりだった。
 逆に言えば、安直に泣いてしまわないような女性の一部とは、僕は上手く友情関係を作ることが出来たとも言える。

 とにかく、女が簡単に泣くのは反則である。そこに何らかの意図的な狡猾が存在するように思えて、結果として僕は不安を持ち、不信感を抱く方向に向かってきたからだ。


 安直に涙を見せて瑕疵をチャラにしてしまうような女は、理詰めで相手に反証しなければならない立場に立ったとき、必ず逆ギレと変わらない感情的な勢いで、ちゃぶ台をひっくり返すような原理主義で相手を叩いてくるような輩である。
 「わたしは完璧な人間でもないし絶対にミスを犯さない人間でもない(それを求めるお前が悪い)」という物言いに走る。そんなことははなっから求めてもない、こちらが分からないことに論理的に答えれば納得できるというのに。

 今回のチュニジア人の場合は、自らの少しの瑕疵でさえ彼女は絶対に認めようとしなかった。無論、僕の方にもそこへ追いやった瑕疵はあるわけで、彼女の非に対して僕は通信のブロックという極端な形で応えた。
 ブロックが十分でなかったからいろいろ言われて抑鬱に陥ったのだが、ブロックに踏み切ったときは「もうどうでもいい」という投げやりな気持ちしかなかった。相手を思いやりたくなかった。

 何もかもすっ飛ばして結果論を導き出すならば、僕は全然彼女を信頼してなどいなかった、ということなのだろう。

 ではどの時点から信頼していなかったのか。それはたぶん最初からである。物凄くウェットで非論理的な文学性を帯びた長文メールを何度も送られて、僕はすでに無理をしてしまっていた。

 彼女が好きだという『走れメロス』をスカイプで朗読してあげたら涙を流されたり、そういった細かな事象が「やはり信頼できない」という結論を徐々に補強していったわけだ。

 先日のブログにも載せたけれど、「どんなことがあってもずっと友達でいる」と言われることほど、僕を恐れさせる無邪気さはない。この場合の無邪気というのは「何にも考えていない」という根拠を示す。

 もう少し踏み込んで言えば、ネットで繋がる世界の中で、なんの特性もないのに「ずっと友達でいる」などと、一度も会ったことがない人間に平気で言える感性は、それ自体がもう病的だと断定するほかない(それに対して甘言で応えた僕もアホの極みではあるが)。

 チュニジア人は21歳だったけれど、その世代なんてのはネットの人間関係が異質なものであるということを前提としない人が大勢いる世代である。

 ここらでもうすべてを総括してしまえば、IntePalsなどというサイトは、異質を異質とは思わないようになった新しい人間たちの倫理的欠落によって成り立っている場所なのである。
 だから、そういう気持ち悪い欠落加減に人間社会の退廃が進んでいるようなアノミーを感じてしまうならば、とっとと退場して、忌まわしいものを振り払い、自分の倫理観は失うまいとするのが、理解できる人間としては最善の道なのである。 

 「自分には本当の友達はいない。いつも家の中でいる」という彼女に「本当の友達」だと言われたとき、笑って礼を言いながら、「その先」がなかった。
 見知らぬ人間とのチャットやスカイプをする欲望というのは、どれもこれも、「その先」がない。何の未来もない。

 だが「その先」がないことによって、かえって安心する人が多いのがネットだと思う。

 「その先」にあるものというのは、虚像を操る人間の現実的な日常である。当たり前のことを言っているようだが、虚像と現実の乖離が際立つことが問題なのである。

 ネットをやる人は誰しも、特定されない相手にとっての理想的な自分を演出している。「自分は非リア充である」として自分を見せているとしても、知られたくないことを廃棄しながら相手に対する見せ方を量産していく。
 フェイスブックでユーザーが紹介している写真の数々を凝視してみればよい。どれもこれも、ある種の演出のテンプレートが散らばっていて、それに当て嵌めているだけであって、独自性など何もないことがわかる。

 自分には好きなものがあって、それを欲望している。そういう限りの、唯一つの属性。それがその人の輝かしい全てのように見えてしまうところにSNSの落とし穴がある。
 好きなものがあるだけなら子供と同じレベルである。だが、好きなものを示すだけでそれ自体が才能のように見えて、実質は単にそれだけ、それ以上の説明を省く怠惰を許してしまうからこそ、SNSに並んだ人々の顔はコンビニの棚に並ぶ商品と同じくらいにしか扱われなくなってしまう。


 話が非常に脱線してしまった。

 チュニジア人が激情に駆られた英文を波状攻撃のごとく叩きかけて、うんざりした。「僕が悪かった。うん、僕が全部悪い、僕が良くない人間だから」という、論理を放り出したペテンのごとき言い訳しか、したいとは思わなくなった。

 「あなたはそんな人間じゃない!」などと手のひらを返されると余計に何もかも嫌になった。

 試しに「別れの言葉」を言ってみたら、「あなたとの楽しかった思い出は永久に忘れない」などと、普通の頭では絶対に考えられないようなことを返されて、実に、なにもかもがチープだと感じた。
 この人はこういった不確かなものしか今まで見てこなかった。そしてこれからも、こんなふうに人間を使い捨てていくのだと思えた。

 引き返すことも出来たが、自分が爛れていくような腐臭しか感じられなかったので、何もかも捨てた。


 元を質せば、少しばかり自分のことが分かったからといって、遊び半分の気持ちでInterPalsに戻ってしまったのが良くなかった。
 あんなところに何もないことは学習したはずなのに。

 チュニジア人と交流して良かったと、感情抜きで認められる点。

 英語を習ったこと。外国にも引きこもりは普通に存在するのだと分かったこと。英語が言葉の暴力になるときは、やたらとアルファベットの大文字を叩きつけられるのだということ。
 大学で映画を勉強してる彼女よりも僕の方がポエトリーリーディングの加工製作が上手かったと証明されたこと。
 もうしばらくは英語の暴力に悩まされずにすむのだということ。

 もし外国人と交流していて躓いて、「もう、この人、どうにか始末して離れたい」と思ったら、最後に母国語の長文で相手を散々罵倒して終わらせるのが最適である。

 外国人からその国の言語を学んだり、語学の優秀な人に語学を教わるということは、それだけで全てのコミュニケーションにおいて、半分以上はイニシアチブを握られてしまう。

 間違っても媚びてはならない。





Untitled work 91709991

Posted by Hemakovich category of Poetry on


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I never want to believe inadvertent imagination I love someone lately.


Suchlike "Love someone" is a brazen dead language, we live silly times now. 


You love anyone? To tell the truth, your selfishness, your addiction, you're afraid of yourself.


I never want to see love inavertent, netherless I've loved my stories I loved someone easily for a long time.






救われなさを 感じながら



あげられるものがない 手持ち無沙汰が



とても  とても



寂しい。






あなたは  あなたで    救われて、



ぼくは   ぼくで     救われなくてはいけないってのに  ね。






別々の時間で




        別々の場所で。







Isolation, Confusion, Love Adiction and Suck and Me

Posted by Hemakovich category of Mind on


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 大阪でストーカー殺人事件があったが、先日朝日新聞で精神科医が犯人の人物像からストーカー心理を解説する記事があった。

 ストーカー、凶行の兆候は 大阪の殺人、精神科医が分析 - 2014年5月12日05時30分


 今日はひどく気分が悪い一日だったのだが、抑うつ状態の合間にこの記事のことを思い出して、余計に苦しくなった。

 この記事の全文を読んで、この犯人の心理の6割ぐらいは理解できる思いがあった。なぜなら今よりずっとずっと若い頃、僕もストーカー行為と判定されるような行動を取った経験があったからである。

 僕が犯人の心の内から理解できないと思った4割の部分については、たぶんそれは相手に対する殺意とか無理心中のような誘惑の有無の部分だと思う。
 僕は自分の未来を自ら破壊してまで相手の未来を奪おうとするような欲望は起こらなかった。

 だがそれ以外の部分では、犯人の感情が自分の感情として理解することができてしまったのである。このことは僕にとって案外と衝撃的な事実であったようだ。

 今日、気分が悪いときに僕が想像してしまったのは、この犯人と同じ歳くらいになったときに、自分の身辺がどんなふうに変わってしまっているだろうか、そういうことだった。

 むかし主治医に、「ストーカーしてしまうかもしれないと恐れてるぐらいなら大丈夫ですよ、本当にやる人は恐れる前に行動してますから」と言われたことがある。
 ただ、抑うつ的な頭の中で考えたのは、人間は条件さえ揃ってしまえば、簡単に状況へと押しやられてしまうんではないか、ということだった。

 
 もしストーカーやら加害的愛憎の方へ流されないとすれば、そのかわりに自殺の方に向かってしまうかもしれないとも考えた。
 身近な関係の中に実際にそういう例があった。かつて僕はそれらの心理も十分に理解してしまうことができた。

 
 なにがどうして、そういう破滅的な結末ばかり考えてしまうのかというと、それは抑うつ状態だったからという大きな前提があったわけだけれども、「孤独」と「年齢」と「痛み」や「情愛」が比例して絡まりあって時間が過ぎるということは、僕のような人間にとっては決定的なカタストロフが常にイメージとして頭の中に横たわって動かない、という現実があるからである。

 つまり、やがて訪れる、致命的な隔絶。



 話は転じて、Interpalsについてだが、最近どうもこれに毒されてしまっていて、自分がどうもconfusionしてしまってるように思えて、あんまり良くない。


 主治医には「利用してやるって思いでやれるならSNSは利用できる代物だ」みたいなことを言われたことがあった。

 最近、持病の気分変調症による対人障害のメカニズムが自己認知できるようになってきたので、自分と相手を試して遊んでみるつもりでやっていたら、自己認知に限界が生じてきてしまった。

 ネットで出会った英国人少女に言わせれば僕はLove adictionを持ってるカサノヴァみたいな人間だそうなので、遊んでいるつもりであっても、どこかで狂いが再開するのかもしれない。

 「僕が誰かを愛することなんて、しょせんはLove adictionかもしれないよ」とメイ・ティンに言うと、彼女には「全然意味がわかんない」と返された。
 ミラン・クンデラの愛読者で、是枝裕和の映画に希望を見出すような彼女だから、きっとメイ・ティンにはアディクションなんか無縁で、本当か、本当じゃない愛しか彼女の中には存在しないのかもしれない。


 以前、このブログにも書いた日本マニアのフランス人少女に「最近の日本に僕は失望してしまっている」というと、「日本に失望するくらいならフランスでは生きられないよ」とからかい半分みたいな調子で冷やかされる。

 たぶん冷やかしだったんだと思うのだが、真面目に突っ込み返すと、本当に自分はそういうふうに考えてる、「日本での生活はフランスで生きるよりもベターだ」と主張する。
 以前から彼女の祖国への侮蔑が青臭く感じられて疎ましく思っていたから、「たった一分間でも日本で生きたことがないお前に、なんで日本よりフランスの方がいいなんていう比較が可能なのか?」と徹底的に問い詰めた。

 彼女はいつまでもどこまでも、フランスへの汚い悪口しか僕に対する反証を提示できなかった。英語が苦手なくせに、やたら“suck”を連発しながら祖国を誹謗する。

 前にポーランド女性のことをここで書いたけれど、ヨーロッパの、ある特定の性格を帯びた若い女たち(男もそうかもしれないが)は、欠落した部分を論理的に埋め合わせて相手に納得させるという極めて西洋哲学的な方法を行使できなかったりする。
 フランスで高等教育を受けているということがどれだけの知的スタンスなのか知れないが、ほぼ“suck”オンリーで、僕の与えた命題に対してディベートみたいな感情的やり取りしかできない、日本の大学生でもそんなアホはやらないんじゃないかと唖然とさせられる。

 「天賦人権論を否定しようとするような国を、基本的人権の発祥国で生まれた君はあえて選ぶのか?」と質すと、「ああ、そういう国が大好きだ。あなただってそういう国でも愛国心を感じてしまうって言ったよね、だからこんな無駄口はもうおしまい」と捨て台詞のように“suck”されたので、それでぜんぶ終わる。

 2年程度、この人にかかわってきた自分はどこまで“suck”だったのか。いや、すべて、そんなものは、ネットがもたらす擬似的なフレンドシップであって、不確かさを泳いでいるだけに過ぎないのかもしれない。


 「あなたはネットで何かしらの人を探してはいけない。不確かさの中で戸惑うだけだから」と、ロシア人の高校生に冷静に言われる。


 まったくそのとおりだろう。


 でも、なにがどうやって、本当の何かがあるように見えてしまうのだろう。


 仲良くなって、スカイプで話す、「あなたと話すのが好きだ」と言われ、自分もむかしからずっと友達だったかのように思えたりする。

 でも、なにかが嘘くさい。

 嘘くさいどころか、物事の始まりと終わりまでもが、始まった直後に全部透けて見えてしまう。

 Interpalsでconfusionする“suck”である僕と、水商売のお姉さんに現実離れしたところまでトチ狂う無理心中妄想のオヤジとの間に、どれだけの距離があるというのだろうか。


 最近フォトコラージュを作っているときによく聴いている80年代のキング・クリムゾンだが、このごろこういう心境になって、「“Hearatbeat”って、こんなに切なくて、優しい曲だったのか」と、思わず慰められるようにしながら自分の心の内のように聞こえてくる。

 高校時代、初めて聴いたときは「なに、この捨て曲」って程度だったのにさ。


   田村隆一の詩を教えてくれたイメンの言葉を思い出す。

   行ったこともない彼女のいるチュニジアを思う。

   
   彼女の言葉の中から、切羽詰った現況からの救いを思い、切実な“Heartbeat”に寄り添おうとする。


i understand hemakovich-san, but don't worry! i want to be your friend and i think friendship is more important than love and lasts more

you know? i used to have love addiction

and get easily attached to anyone

but i understood

that it's because we feel lonely

and want to share our life with someone

so anyone would do

i don't want you to worry, and i want us to enjoy our good friendship

hemakovich-san, i promise you you won't loose me as a friend



 僕は、無垢で無邪気なままに、そこへ入ってゆきたいと思った。

 でも、無垢であることが怖いと思った。そして、無垢を、僕は否定し切れない。



 そうであることが、人にとって、幸せなことなのか、不幸せなことなのか、僕にはわからなかった。





電子広東少年的情歌

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     テクノロジーのベッドで目覚めたら 
 
     あなたは精神性の食事をします。


 

   
   

     打ちひしがれた僕のノートの上には
 
     あなたの髪のことが描かれています。


   
   

   
   
           石炭みたいに黒い髪のこと       地図になった髪のこと。


   

  
   

        こんな雨のない 朝の色に
           
                      あなたは 広東の男の子を思います。


   


   
      
     葦毛の馬の 轍の涯てで
           
                      行き着く市場の 広東少年を思います。


   

     
   

                油絵に座る カントニーズ・ボーイ。
  




                農場を見捨てた カントニーズ・ボーイ。


   

      
   

                あなたを横たえた 
                 
                          草原の日の入りを見届けて、


   

   
      

            羊の群れを追う子供の口から流れはじめた  

                          草原の恋唄に身を焦しながら、


   
   

      

                 わたしは 血統のない静物を夢見ます。


   

    
   
            これは 脈絡のない始まりです            


   
         

                   これが 断罪の終わる夜なのです。



   




我 de jeter un regard 돌이키다 at his back 寂しい気持ちで

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晚飯後我們分手,走的時間握了手。我回頭偷看他的背影,這輩子不會再見了吧。我和這人的交集蠻美好。





Après le dîner, nous avons rompu, prendre le temps de lui serrer la main. Je me tournai coup d'oeil à son retour, cette vie n'est pas un adieu il. L'intersection de ces personnes et très beau.





저녁 식사 후 우리는 그의 손을 흔들어 시간이 걸릴 헤어졌다. 나는 그의 뒤에 슬쩍되어,이 생명은 작별 없습니다.이 사람들의 교회법 및 매우 아름다운.






After dinner we broke up, take time to shake his hand. I turned to peek at his back, this life is not goodbye it. The intersection of these people and quite beautiful.






夕食を食べて、何事も起こらず、離れ離れに。手を握りしめ続けるのに時間がかかって、何度も手を振った、しばらく遠ざかっていくふりをしながら、もう一度ふりかえって、雑踏に消え入る背中を盗み見る。再び会えなくても、会えなったかもしれない人生を思い、これは決して哀切ではなく、その交錯の美しさ、ふとすべてを希望できる自分がそこにいた。








数キロバイトの整数量に怒り狂う人々の終わりなき彷徨

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 海外のメル友検索SNSサイトのInterPalsで、昨夜、20代のポーランド人女性にケンカを売られた。

 女性は既知の友人などではない。昨夜、初めて知った女性だ。

 しかも話しかけてきたのは向こうからで、僕が一度でもメールを送ったわけでもない。


 ポーランド人女性は、僕のプロフィールアルバムにある一つの写真が気になったらしい。それは数年前、僕の恋人であったある人妻と旅行したときに、泊まったビジネスホテルで撮ったものだ。
 
 別に裸が写っているわけではない。窓際でぼんやり座っている僕を恋人が写した真昼の光景だ。

 セックスが終わって、これから街に観光に出かけようか、というタイミングでの撮影だったと思う。僕が座った窓際の椅子の、すぐ隣のテーブルの上に、彼女のブラジャーが置いてある。
 要するに、僕の恋人は意図的に写真のフレームの中に、僕と自分の下着を一緒に収めようとして写した。

 彼女は写真を撮るのが趣味だったから、そのブラジャー付きの写真もなかなかアーティスティックに仕上がって、写真写りを非常に気にする僕もその一枚を気に入った。
 だがブラジャーと一緒なのはちょっと嫌だったから、フォトショで窓の光に合わせたグラデーションを滲ませ、ブラジャーをぼかした。彼女の承諾を得て、もう何年もサイトに公開している。
 彼女と別れた後も、彼女の了解の上で、その彼女の作品を使わせてもらっているわけだ。

 InterPalsでもエキセントリックな志向を好む外国人はいるから、その写真に幾らか好意のコメントが寄せられた。そのレスのなかで、僕はmy old girlfriendが撮ってくれたと説明してあった。

 
 昨夜、一方的に話しかけてきた20代のポーランド人の僕への質問は、そういう経緯を持った写真に対する彼女の好奇心に基づくものだった。

 だが一方的な好奇心を直接ぶつけられることほど、迷惑極まりないものはない。

 結果的に僕はポーランド人女性の無神経なあつかましさに不快感を感じた。


Polish woman said;
can i ask you a question? It's quite personal i think but i would like to know it


Japanese man said;
Nice to meet you, what kind of question do you ask me?


Polish woman said;
it's about your picture, I read one of your pictures was taken by your ex girlfriend. I wonder, why you broke up? Was it her who left?


Japanese man said;
Sorry, do you ask me the reason why I separated from a girlfriend?


Polish woman said;
yes


Japanese man said;
I separated from her several years ago. She was a other man's wife. So our relationship was a illicit love affair. We might enjoy to only making love. One day, I met new girlfriend. So She became depressive. After then, She came back to her husband.
But our sexual relations still continued for 2 or 3 years. She was divorced from husband. After then, you know there was big earthquake in Japan. I and her was not be able to meet because of it.
Sorry, My English is bad.


Polish woman said;
oh i understand, it is quite weird to me. Actually i wanted to know that because i have been seeing someone but it is difficult and these days it makes me quite tired. I thought i could learn from you why people break up there usually.But your relations were quite different. Thank you for your answer and I am sorry I asked about it.


Japanese man said;
Did you want to know why people go to couple's hotel? If not right, sorry


Polish woman said;
no, i didnt want to know that. Actually love hotels are only in japan. besides i didnt even know the picture was taken in such place


Japanese man said;
I don't know what you want to learn from me...


Polish woman said;
hehe it;s ok


Japanese man said;
Did you think quite weird about the relationship between I and my old girlfriend?


Polish woman said;
yes, i dont understand why married women have love affairs with other men. But it happens everywhere, here too. I just don't know why


Japanese man said;
There are many reason people has love affairs with someone. The reason of these is very personal. But you don't know about me and my old girlfriend. I'm stranger for you. So you have no right express our relationship like "weird".



 つまりこういうことだ。

 写真の中のブラジャーが気になって仕方ないオボコい21歳カトリック教徒の外人女が、それを気づかれまいとしながら、僕の大昔の女性関係について余計な詮索をしてきた。

 彼女はブラジャーが気になって仕方なかった。「昔のガールフレンドが撮った」写真のなかにあるブラジャーがガールフレンド自身の物だと知って、余計に気になってしまった。
 なぜなら彼女には日本人男性のボーイフレンドがいて、いま現在難しい状態の関係にあった。

 彼女は非常に心配した。
「もしかして日本人の男って、カノジョのブラジャーと一緒に写真を撮りたがる嗜好があるの? そんな変態なの? しかも別れた後までそんな写真持ってるの?」
「別れた後まで自分のブラジャー入りの写真を持たせておくなんて、どういうことなのよ??? そういう日本人の女ってどんなやつなの? いったいどういう付き合いで始まって別れたっていうのよ???」 
 
 だが彼女は愚かな正直者である僕の口から、僕の恋人が不倫という「罪」を犯しているような「下らない女」だということを聞き出すことに成功した。

 だからポーランド人女は日本人ボーイフレンドへのいぶかしみを解消して大いに安心した。

 そして、「腐った汚いセックス関係」にあった僕の過去と、僕の過去の女性を容赦なく罵倒した。


 以上は無論、ポーランド人女性とのその後の会話の中から再構築した事実を彼女の視点から描写している。そして言うまでもなく、僕はその視点にまったく同意してはいない。

 その後長い時間に渡って彼女が僕に対して絶対に認めさせようとしつこく時間を費やしたのは、「不倫は人種や宗教を問わず、世界中で腐った汚い不正なのだ」という彼女のモラルに僕を服従させたかったからゆえであった。

 彼女との議論は、僕にとって時間の浪費と僕自身の消耗以外、なにものでもなかった

 日本のネトウヨ並みにしつこい女性だった。稚拙な事実認識や論点ずらしの幼稚な手段もネトウヨとほとんど変わりなかった。
 ラブホテルは日本にしかないと言い切った点に対する反証として韓国や香港のcouple's hotelの例を指摘すると、まったく別の話に平気で切り替える(ちなみに写真の場所はビジネスホテルである)。
 「フランスが婚外恋愛に寛容なのは知らないのか」と指摘すると、フランスはEUだから法律も全部同じだと小学生みたいなことを言う。じゃあフランスの民法を調べてみたら?と返す他ないが、「おまえはあたしの小学生の甥みたいに気ままな人間だ」と、今度は中傷に移る。
 「議論する相手を中傷するほど僕は愚かではない」と撥ね付けると、「あたしはあんたの悪口なんて言ってない、あんたの性悪女の不潔さを責めたのよ」と、開き直る。

 僕もいちいち相手にすることはなかったのに、暇だったし、昨夜は他に嫌なことがあって少々攻撃的だったし、不毛な言い争いの相手が生まれて初めての「通りすがりの外国人」だったことで、その気になってしまった。
 相手が日本人だったら、さっさとスルーしただろう。英語だったから痛くもかゆくもない、その感覚が不思議で乗り気になった。

 どこまで相手の存在性を否定せずに論理的整合性を守りきれるか、相手に釣られず相手を同じ土俵から逸脱させないか、そういうことを試す思惑もあった。


 だが、ぶつかった相手がひどすぎた。

 ポーランド人女性のヒステリー、異文化への故意の知的怠惰(怠惰はいつも故意に基づくが)に圧倒されてしまった。日本のネトウヨが可愛らしく思えるくらい、その可愛い顔をしたポーランド美女の固定観念は醜悪に対抗論者への憎悪に満ちていた。


Japanese man said;
One morals is not a common world standard.
There are many reason people has love affairs with someone. The reason of these is very personal. But you don't know about me and my old girlfriend. I'm stranger for you. So you have no right express our relationship like "weird".
The person is judged only for a law. Your morals is not always a common world standard.
You cannot convict another person by your morals.
Can't you still understand why low is important more than ignorance or prejudice or self‐righteous thought?


Polish woman said;
my moral is world standard. In Japan it is like that too. I think, in Japan most of all. Japanese would never forgive a girl if he found she cheated on him. I have already learnt that.



 ポーランド女性の知的薄弱極まりない独善性がはっきりと馬脚を現して、「今までこの程度の知性と向き合い続けてきたのか」と、深い疲労感に襲われた。

 そうして僕はようやく、彼女のアカウントをブロックした。


 なぜ彼女はこんなに怒るのだろうか? 不思議でならなかった。

 彼女にとって僕は、正体不明の、地球のどこかにいるかどうかも定かではない、雑魚のような赤の他人である。僕のアカウントは詐称されたものだとしても不思議なことではない。

 だが僕がほとんど自分を試すために彼女と時間を共有したに過ぎないのとは逆に、彼女は猛烈に、ガチで怒り狂って、理性を取り乱していた。
 そんな自分が滑稽だと思わないのだろうか。

 自分の考えにそぐわない見ず知らずの人間に激怒し、自分の育った環境の価値観を強要し、服従させようとするのは、ある種の西洋人にみられる「劣等国」への無知と差別感情に由来するものなのか。

 それとも、そもそもインターネットというものが、会ったこともない他人の人生や環境やさまざまな事情のすべてを把握しているかのように人々を錯覚させ、身近な人間を糾弾するかのように赤の他人への攻撃を仕向けさせるシステムであるのか。


 一つだけ言えるのは、インターネットによって、人々は仮想的な人間関係をまるで隣近所の人間を相手にするかのように錯覚して、安易に感動したり、罵倒したりして、それが現実的なコミュニケーションを貧しいものにさせたり、仮想的世界の中での出来事が現実的世界に影響を及ぼすようになった、ということだろう。

 つまり、現実と仮想の境界が失われていく時代に我々は生きている。


 インターネットとは基本的に、人間にとって憂鬱な事物にほかならない。

 この憂鬱な事物によって世界はコンパクトな大きさで人々を近づけたのだろうか。

 ネットはむしろ、人々を、互いに遠ざける、関係を八つ裂きにする。





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Posted by Hemakovich category of Poetry on


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苦しむ



証明しようとする



僕自身に



僕の結論が



もっと  根本的な災厄に根ざしていることを






   だから  薬を飲んだ。



   電話で  泣いた。






いまは  もう



  投げやりに  言葉を投げない



  遠まわしに   スパイをしない。






プライドをこめて、



愛さないと  布告しよう、



  心から  愛するつもりで、



  
            そんなことは  絶対に嘘だ。









会いにきてくれないか?






まるで「水晶の夜」を見ているような気がした

Posted by Hemakovich category of Politics on


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 ひさしぶりにNHKニュース7を見たのだが、ウクライナ情勢のニュース映像を見てびっくりした。

 親ロシア派武装集団が、ウクライナ東部の市庁舎の窓を叩き割りながら、乱入していた。マスコミを含め、周囲に大勢の人々がいるのだが、なすすべもなく暴力を眺めている。

 僕は普段TVを見ないから、ウクライナ関係のニュースも専ら新聞に頼っていた。

 だから白昼の公然とした暴力テロの映像を見て、生理的に衝撃を受けた。

 まるでナチスの「水晶の夜」を見ているような気がした。

 彼らのバックにプーチンの作用が働いていないとは考えづらく、ロシア軍や諜報機関の暗躍があるとするならば、これは旧日本軍の中国への度重なる謀略の歴史とまったく同じではないのか、今日になってそんなふうに思った。


 最近、InterPalsでロシア人の高校生の少女と友達になった。

 僕のブログに“プッシー・ライオット”のメンバーの写真を使ったコラージュがあったことがきっかけで、あまり気の進まない政治の話になったのだが、ウクライナ情勢の話になって、彼女は「ネオナチ」という言葉を盛んに使い始めた。

 最初、僕はそれをロシア軍のことについて言っているのかと思って聴いていたが、なんと彼女はウクライナ人の反ロシア志向について「ネオナチ」と名指ししていたのだ。

 ウクライナ共和国ではロシア語を使うことを禁じるようになって、「人権侵害だ。ナチスだ」と彼女は言うのだが、僕が今まで新聞を読んできた限り、ウクライナ政府がそのようなことを政策として決めたという話は聞いたことがない。僕が読み落としたのだろうか。

 とにかく、ロシア人の少女の言うロシア系ウクライナ住民へのウクライナ共和国の迫害というのは、過激で暴力的な意味合いの話が多いのだが、日本の新聞から僕が知っているような、ウクライナの議員や市長を殺傷している親ロシア派武装勢力の蛮行については彼女の口から出てこない。

 日本人の僕の視点からすればロシアのファシズム的侵略行為のようなものは、ロシア人高校生の彼女によって語られる話からは、それが完全に逆転して、ウクライナこそが「ネオナチ」でありファシストなのだというエピソードに置き換わってしまう。

 たぶん、親ロシア派武装勢力がウクライナの公人を襲ったり、外国人を拘束したりしている事情を彼女は知らないのだと思う。
 ロシアに一定の報道の自由が保障されているわけではないし、僕が知りうるその高校生の人柄からすれば、彼女はプーチンを信じているのだと思う。


 彼女の話によると、プーチンは戦争を望んでいないが、「ネオナチ」であるウクライナ政府によるロシア系住民への迫害は続くだろうから、プーチンは必ず彼らを助けに派兵するだろう、だから戦争は避けられない、とのことで、強権国家ならどこにでもあるような侵略肯定のシナリオのようなもので、なんとも凡庸極まりない。

 なぜプーチンが嫌いなのかと問われたので、「独裁的だから」と言うと、彼は独裁者ではなく“Sillent Killer”だ、ロシア人の生活を向上させたのは彼であって、プーチンは決してモンスターではない、という。そして「私がプーチンを嫌いかどうかは言うことが出来ない」のだという。

 ちなみに彼女の祖父母夫婦は、ウクライナに住んでいるらしい。夏休みになると子供のときから、いつも祖父母の家の庭で遊んで過ごしてきた、と語ってくれた。


 あまり中途半端な理解で国際政治に触れたくはないし、なるべくSNSで知り合う外国人とは政治的な話をしないようにしている。

 それでも親ロシア派武装勢力が白昼堂々と市庁舎を襲撃する映像と、ロシア人の少女がウクライナ政府を「ネオナチ」と呼ぶ現実のインパクトは、あまりに衝撃が強い。

 言葉に詰まって、「正義なんてどこにあるか分からないね」などとお茶を濁すようなことしか彼女に返せなかったが、そんなことしか言えない自分が、うすのろの頭しかないバカのように思えてしまった。


 僕の根底にある最低限の倫理への信念とはなんなのか。それが明確に表れなかったことに、うすのろなりの危機感を感じた。





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