Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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Traitor of pain I will always be

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 自殺を覚悟するとみな一種の狂人か、放心状態に陥る。これが僕には不快なんだ。

 ただただ不快なんだ。


 さういふ状態になつて自殺するのは決して自殺とは言へないんだ。それは殺されたのだ。病気に、運命に、殺されたのだ。

 僕は自殺を希んでゐるけれど、殺されるのは断じて嫌だ。僕は自殺したいんだ。死の瞬間まで、自己をじつと見つめて、理性で一切を統禦する時、初めて「自殺」は可能なのだ。それは理性によつて運命を、病気を、征服したことなんだ。

 勝つにはこれ以外にない。


 どんな、どん底の人間だつて希望は残つてゐる。さう、それは正しい。どんなどん底の人間も希望を失ふことが出来ないのだ。それが生命の、いのちある証拠なのだ。判るか、俺の言ふことが――。

 人間は生きてゐる限りこの希望といふ生物(いきもの)を背負ふべき宿命をもつてゐるのだ。だが、さう言つたからつて、どうして人生が明るいと言へるんだ。どうして幸福だと言へるんだ。

 俺は希望を憎悪する。俺は希望に、希望あるが故に、苦しみ悶えてゐるのだ。ああ俺が、全き絶望に陥ち込むことが出来たらなあ、その時こそ、俺は自殺が出来るのだ。


 俺はなんだつて小説なんか書く気になつたのだらう。小説を書いて、それが何になる。生きるために書く、そんなことはみな嘘だ。小説を書いたとてこの俺の苦痛はやはらぎはしない。

 朝から晩まで一室に閉ぢこもつてゐると、夕方には激しい孤独を覚えて、居ても立つてもゐられなくなる。神経は妙に鋭くなつて、ちよつとした物音にも、空気の動きにもぴりぴりと顫へる。そして無精に人間が恋しくなる。

 窓下でことりと下駄の音がすると、俺のところへ来るのではあるまいかと緊張し、非常に、それが来訪してくれることを希みながら、しかし来ることが、腹立たしく不快になる。そしてこの孤独な気持を乱されるのが恐しく思はれる。

 そのくせ下駄音が窓下を素通りしてしまふと、たまらなく失望した気持になる。その音の消えるまで耳をすませながら、なんとなくうらめしいやうな気持さへ味ははずにはゐられない。もうじつと坐つてゐるのに堪へられなくなり、立ちあがつて部屋の中を歩き廻る。

 しかしどこへも行きたくはない。行つたとて愚劣だと思つてしまふ。


 やがて日は暮れてしまひ、電燈の光りだけになると、少しづつ気分が落着き、静かな、平和な気分になる。

 そして暫くじつと目を閉ぢてゐると、なんとも言ひやうのない満ち足りた法悦境に這入つて行く。その時には自分のまはりのものが凡てなつかしい。凡て好きになる。一つ一つ手にとつて接吻してみたくなる。

 インクスタンドも、灰皿も、ペンも原稿紙も、凡てがたまらないほどなつかしく、恰も命あるもののやうに見え、つい話しかけてみたくすらなつて来る。花瓶にさした草花など特にさうだ。一切のものが自分の兄弟か何かのやうに見え、自分と血を分け合つたもののやうに見えるのだ。凡てが良い。宇宙に向つて感謝し、神の御心を感じる。

 とはいへ、それだけではない。もつと恐しいことも感じる。そしてあるものは自分だけとなる。激しい、強い、力を感じる。何もかもが可能と思はれる。お望みとあれば即座に自分の心臓にメスをぶち込むことも出来さうになる。また即座に人を刺し殺すことも出来さうに思へる。

 美しい、まだ十五六の少女が現はれる。この少女を直ちに殺すことも、また限りない愛情をもつて抱きしめることも、可能となる。しかも凡ては美しく、なつかしい。


 聖書は何にも増して我々に源泉の感情を示してくれる。我々が現代において欲するものは何よりもこの感情、源泉の感情だ。


 俺は俺の苦痛を信ずる。如何なる論理も思想も信ずるに足らぬ。ただこの苦痛のみが人間を再建するのだ。


北條民雄 『断想』 (改行は一部引用者による)






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この際、破滅するまでやってみてはどうか

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 京都から帰ってきて、昨日から激しい鬱に襲われている。


 昼間に起きているだけで苦しいのである。物事を考えないようにしているのだが、そんなことは関係なく苦しさが襲ってくる。
 この苦しさというのは、何千回体験しようが描写することができない。

 昨夜はパソコンもいじらずに、早々に就寝した。だがどれだけ身体を休めたところで、なかなか改善されない。

 おそらくこの鬱には、あまり明確な心因はないと思われる。それよりも、僕の日常の半年分くらいを京都で歩いたこと、外国人と道中を共にしたことによる緊張感、そういった疲労が鬱として現れているのだろう。

 
 メイ・ティンとは四条河原町で待ち合わせる予定だったのだが、旅行前に僕がややこしいことを言ったために、彼女は京都駅で僕を待っていた。

 僕がそのことに気づいたのは、京都駅からバスで河原町五条まで至ったときで、すぐに下車して、不慣れな英語で必死に電話したのだが、ちょっと混乱していて、中央口で待ち合わせようと思ったが「烏丸口で待っていてくれ」と言ってしまった。京都駅に烏丸口というエリアは存在しない。

 人だかりが普段の数倍以上の中央口で彼女を探したが、烏丸口が存在しないのだから見つかるわけがない。結局メイ・ティンが僕を待っていたのは反対側の八条口だった。

 そのあと、河原町丸太町にある僕のゲストハウスにチェックインして、徒歩で四条木屋町まで歩いて居酒屋に辿り着いたとき、もうその時点で吐き気と不安発作が始まっていた。


 2年前に韓国に行ったときや去年広島に行ったときは、こんな激しい鬱が旅行後に現れた記憶はない。

 翌日には普通に仕事に行ってたように思うのだが、やはり休職状態なので体力が衰えていたのだろう。
 家族以外の人間と接するストレスも感じていなかったから、対人関係のストレッサーも限界を来していたのだと思う。

 こうやってブログに書くことで、原因をはっきり認知したところで、抑うつは一向に和らいだりはしない。ただ、無意味なことを無益に悩んだりすることなどが起こらないというだけである。


 
 特定秘密保護法案だったっけ、もう名前すらどうでもいい感じなのだが。

 新聞が「数の暴挙」だとかなんとか言ったところで、自民党が正当な手続きを踏んで衆院通過させたことには変わりはない。審議時間が足りないとか、そういうのも言いがかりでしかないと思う。

 国民が今更どうこう言おうとも、結局のところ、昨年の衆院選で自民を勝たせたことがすべての誤りなのだ。

 福島の公聴会でいろいろなことが言われたようだが、法案を担当したのは福島選挙区選出の森雅子である。核武装すら否定しないような代議士をなぜ福島県民は選出したのか。

 株も持っていない庶民が株価が上がっただけで糠喜びして、ねじれ国会を解消させたのである。

 将来に対する責任は極右代議士にあるというよりも、極右を選んだ国民が全部悪いとしか言いようがない。

 下痢男が総理になれば、政治的に右寄りで自由が統制されていくことは、誰の目にも明らかだったはずである。民主党がちょっとしくじったからといって、ファシストを総理にしてしまうような選択を安易に行った国民がバカすぎる。

 日本人は天皇制ファシズムを体験してはいるけれど、ナチスのような民主主義を起源とするファシズムは体験していない。

 良い機会である。破滅するまでやってみてはどうか。





その日常は僕にとって本当に生きるべき道筋なのかどうか

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 先週末の連休期間、3年ぶりくらいで京都に行ってきた。ネットで知り合った香港の女性、マク・メイ・ティンが訪日したので、彼女に京都を案内するためだった。


 一ヶ月前から予定していた旅であったにもかかわらず、田舎暮らしの車頼りの生活で運動不足である僕は、まったく旅行に備えた運動をしなかった。だから徒歩とバスによる観光地めぐりは極度の疲労を伴って、疲労のあまりに吐き気に襲われて、ろくに食えなかった。疲労に伴う不安感情にも苛まれ、絶えず頓服薬のデパスを摂取していた。

 メイ・ティンとは話の行き違いで、京都駅で待ち合わせることになってしまったが、これが完全にまずかった。彼女はテレホンカードを使って僕の携帯に電話してくるのだが、ヒアリング不足の僕の英語力ではまったく意思疎通ができず、なかなか会えなかった。

 駅ビル・インフォーメーションセンターの女性の通訳のおかげでやっと会えた、初めて見るメイ・ティンは、とても美人だったのだが、僕の2人の姉に酷似していて、不思議な感じがした。彼女はむかし、「無名のモデル」だったという。


 最初の一日は八坂神社・知恩院の夜景を観に行って、翌日は一日かけて、銀閣寺から哲学の道をつたって南禅寺へ、最後は清水寺と、予定していた拝観スケジュールはほぼ達成したが、ガイドである僕は地理を忘れていて、よく道に迷った。
 トラブル続きの強行軍で、連休中の東山一帯は溢れかえる人だかりで、人混みに酔わされた。


 クンデラやサルトルが好きだというメイ・ティンは知性的で、なおかつ勝気で好奇心に富み独立心旺盛で、朗らかで屈託のない女性だった。
 完全にヒアリング不足の僕のために、コミュニケーションは不完全ではあったが、文化や社会に関する話題から宗教や政治に至るまで語り合った。話が行き詰ったら、漢字による「筆談」を行った。

 “Bad girl”だと自称するメイ・ティンは恋多き女性で、また恋による抑鬱を甘受する人であった。過去の恋愛によって自傷した手首の傷まで自ら僕に見せた。その同じ腕には英語のタトゥーが彫られていて、意味を尋ねたら「無常」と描かれているとのことだった。

 岡崎を歩いているときに動物園を紹介したら、「動物園は嫌い」だと答え、僕の知らないジョン・ロスという哲学者の思想を説いた。また僕が差し出したウェット・ティッシュは絶対に受け取らず、レストランでは雑穀のライスを好んで注文した。

 モデルだったという割にはまったく飾り気がなく、華美を欠いたカジュアルな軽装で、わずかな荷物を入れた布地のリュックはどこにも売ってなさそうな貧相なものだった。そのリュックの中に、彼女が好きだと言う吉野弘という詩人の“Life”という作品を持ち歩いていた。僕が銀閣寺で拾った真っ赤に色付いた紅葉の葉を、大切にスケジュール帳に挿んで入れた。

 僕が鬱であることはよく知っていたのだが、さかんに“Be happier”と言われた。もっと運動をしろ、太陽を浴びて暮らせと、母のような口調で言う。

 哲学よりも詩によって生きる方がいいと言うと、なぜ詩集の本を出そうとしないのか問われた。僕の作品は僕が死んでから必要なら誰かが読む、それでいいと答えたら、それではあなたのことをよく知る人たちがあなたの詩を読めないではないかと反駁されて、その理屈の新鮮さに僕は圧倒された。 もっとも、彼女がそのように言ったのは僕がスザンヌ・ヴェガの『ジプシー』について語り聞かせたからかもしれない。


 結局のところ、僕はメイ・ティンの人格的な魅力にすっかり魅了されて、好意を感じた。もし君が日本人だったら、僕は必ず“I love you”と言う、そんなことまでメイ・ティンに告げた。

 実際、僕が本当にメイ・ティンに恋愛感情を持ったのか、それはよくわからない。数日も経たない記憶の中の出来事を振り返ること、ましてや旅先での思いを記述することには抵抗を感じる。そういった短期間での回想には、必ず都合の良い事実の改変が行われると思うからだ。

 
 ただ別れるときに言葉にならない寂しさを感じたのは事実だった。ガイドである僕だったが、旅行者のメイ・ティンにバス停まで送ると言われたが、僕は一人で帰る、“You are my best friend”、握手を交わして離れた。
 ゲストハウスまで帰りながら「死にてえなあ」と言葉に出しながら、むかし学生時代にバイトしていた界隈を夜の帳の中で歩きながら、希死念慮に似た寂しさを感じた。どこかで一杯飲みたかったが、何処のバーにも行く気がしなかった。

 こういう希死念慮に似た寂しさに絶えず襲われながら、本当の希死念慮に襲われて自らを制御できなかった二十代の自分に、僕は半分だけ還ったように思った。希死念慮に似た寂しさ、それを日本語では「切なさ」と呼ぶべきものなのだと思いながら、「切なさ」を完全に対応させた英単語はないんじゃないかという気がした。


 メイ・ティンに会って、僕は自分を閉ざしながら生きている日々を考えた。死臭のするような諦念と失望、終わりへのゆっくりとした自覚に塗れた僕の日常のことを思った。

 京都には大学を中退して20年近く下宿で引き篭もってる友人がいる。僕はメイ・ティンと別れた翌日、彼を訪問する予定だったのだが、僕は荒れ始めた感情を電話で彼にぶつけてしまった。
 何の遠慮もなく、暗い話や旧友への悪口や、政治的な感傷を語った挙句、翌日の訪問を彼から拒絶された。

 僕は彼を傷つけたかもしれないと思いながら、数年ぶりに話した彼と自分との間に引かれた隔たりの大きさをも感じていた。今は絵も描いていないし、音楽もまったく聴いていないと彼は言った。日本が右寄りを歩いていると話しても「そう思えない」と返された。ボルヘスやカフカの短編を読むけれど、昔のようには何かを感じないと、不惑をすでに迎えて、孤独を続ける彼は、あまり抑揚もなくそう語った。


 翌日ゲストハウスをチェックインして、夕方の帰りの高速バスに乗るまでの長い時間の間、僕は河原町丸太町から京都駅までの間を、ほぼ完全に歩いて辿った。

 暖かな日差しと、鴨川の流れを眺めることだけが、自分を制御できなくなった僕の混沌から、どうにか僕を救ってくれた。
 むかし初めての彼女とよく通った四条木屋町のソワレに立ち寄ったけれど、魅惑に感じられた群青一色の照明の店内も、自分の病みきった感情に対応した蒼白に感じられ、息苦しかった。ウェートレスの美しさも、僕の孤独感をいよいよ追い詰めるだけでしかなかった。

 河原町五条まで下りてきて、古都にあまりにも似つかわしくない、大型車がひっきりなしに大きな騒音を立てて高速で行き交うマテリアルな光景を眺めながら、僕はなぜ自分がこんなに感情を取り乱して苦しくなったのか、訳も分からないまま考えた。

 交差点の信号の変化を待つ白人のカップルが前にいた。肩を絡み合わせるように上半身を密着させて、彼らは互いに睦言か何かを囁きあっているらしかった。

 うしろにいた疲れきった日本人の男の姿に恥らいながらも、彼らは斜めに顔を傾け寄せ合いながら口づけをした。夕方の日差しのシルエットに映えた白人カップルの、あまりにも完璧すぎる映画のようなキスの情景に、僕は妬みもなく、むしろそのあまりにも完璧すぎる美しさを呆けるように眺めた。彼らの生への充実感の高揚と比較させながら、自分の死臭に満ちた心の廃墟を思い、その対比の隔たりの深さに感嘆せざるをえなかった。


 高速バスに揺られて、極度の疲れと硬いシートによる背中の痛みに耐えながら、僕は本当にメイ・ティンに惹かれたのだろうか、それを何度も疑いながら、でも違う他の一定の魅力を持った誰かが、僕が自分を閉ざしきった日常をノックしてきたら、僕はこの死臭に満ちた日常を抜け出そうとばかりに惹かれてしまうのかもしれない、そう思った。

 学生の頃、親しい女友達が僕のことを「女の影がいつもくっついている」と辛口にからかったことを思い出した。自分のことをもてない男だと自認していたから、そう言われるのがいつも非現実的な形容に思えて抵抗を感じていた。

 二十六歳のメイ・ティンから感じた情緒の激しさと生への充実を思い出しながら、学生の頃の僕もまた、他人の眼から見れば、若いメイ・ティンと同質のものを僕は満ち足りながら生きていたのかもしれない。
 ただ当時の僕はもっと自傷していて、直接的に死に近く、元気に壊れていた。それは男女の性差に根付いたものかもしれないし、単純に昔の僕のノルアドレナリンはデカダンスに充実していただけかもしれない。

 ただ、数年間閉ざし続けた失望の沈黙をこじあけたのがメイ・ティンであることは確かだった。

 彼女の持ち合せたものが僕の条件に叶うことも確かで、昔なら必ず恋人にしようとした試みたものが彼女にはあった。

 そして僕は日本人で、彼女は香港の中国人であり、その土地から縛られて生きざるをえない人間にすぎない。


 家路に着いて、僕は久しぶりに音楽を聴いた。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの“Famme Fatale”を聴きながら、「タフな君はニコみたいだ」と、ヴェルヴェッツを知らないメイ・ティンに言ったことを思い出した。


 自作のビデオ作品を眺めながら、僕は少し落ち着きを取り戻した。

 でもその落ち着きの先にあるいつもの日常が、僕にとって本当に生きるべき道筋なのかどうか、それは分からなくなってしまっていた。





今の僕は日本人という総体を何一つ信用してはいない

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 「アウシュビッツ以降」は詩を書くことが野蛮だ、と誰かが言っていたような気がするが、個人的には「アベゴミクズ以降」はブログに日記を書くことのほうが詩を書くより遥かに野蛮だ、という思いが、僕の中にはある。

 誰かの言葉の引用やら、詩を書くことが多くなったのは、もはやどんな言葉を使おうが、分からない人間には分からないし、人々の関係が引き裂かれ、他人が相互に信用できなくなる社会のなかで、社会的な言葉を駆使することに意味があるのか、そんなことを思う。



 初めてユニクロ・オンラインストアを利用して、ソフト帽っぽい帽子を注文してたのが今日届いたのだが、ダンボールを開いて驚愕したのは、赤色(wine)の帽子を注文したはずなのに、黒(black)の商品が入っていたからだった。

 呆れるというより、絶句した。伝票を見たら“wine”とちゃんと書いてある。

 初めての服飾品のネットショッピングで、いきなり返品させられるとは……。頭がクラクラしながらじっくり商品を確認してみたが、なんと伝票だけでなく、黒い帽子なのに“wine”の値札がついてある。
 目眩がしてきた。ネットでもう一度自分が買った商品を確かめた。画像を見てみると、誰が見ても鮮明な赤色の商品であるはずなのに、現実に届いた帽子は鮮明な赤色ではないのである。どうしても黒に見える。

 俺が色盲でなければこれは黒のはずなんだが……しかしじっと眺めてみればなんだか「思いっきり暗い赤色」に見えないこともないような気がして不安になってきた。別の部屋で明るさを変えて調べたが、どう考えてもこの帽子の色と、ネットの画像にある俺が注文した“wine”とは「違う」としか俺には考えられなかった。

 しかし伝票はともかく、黒色の帽子に赤色の帽子用の値札を取り付けるバカがいるだろうか。伝票に書かれた色と全く違う色の商品を詰め込むような色覚異常を持った者を、ユニクロが雇用したりするだろうか。仮にまったく別の色の商品を送ってしまうような在庫管理をしてるなら、過労死寸前のような働かせ方をされてるとしか、他に原因を想定できない。

 そして何よりも、黒色にしか見えない帽子に赤色の値札がついていることに対して、「もしかして俺の方がどうかしてるんじゃないか?」と疑ってしまう自分が、俺のなかに在った。
 もしかして俺のPCは彩度が極端に映るんじゃないのか、そんなことすら思った。

 そして、その帽子は俺の頭には少々サイズが小さかった。

 とにかく返品するしかなかったから、送料400円超で佐川急便で送られてきたものを、ゆうパックで送り返したら送料が千円もかかった。客に瑕疵があった場合、ユニクロは客に送料を負担させるのである。

 「もしかして“wine”というカラーの商品は、こんな黒っぽい赤色に見えるような商品なのかもしれない」という観念に縛られた俺は、ユニクロに瑕疵があるなら着払いで送れ、とユニクロのサイトに書かれてあるのに、「もしこれが赤色の帽子ではなく黒色の帽子なら返送料込みで返金してください」とメッセージを書いて自腹を切ってしまった。

 おかんに言うと「アホか!」と散々叱責され、俺の世間知らずを罵倒された。

 よく考えてみれば、自分に瑕疵があるのに相手のせいにして着払いで送り返す奴なんて、世間にごまんもいるだろう。何より、俺の場合は、俺のPCがいかれてるか俺の頭がおかしくない限り、俺には「黒色の帽子」としか見えなかったのである。とりあえず着払いで送り返してやるほどの強引さがなければ、舐められるだけである。

 だが、最後の最後まで、俺は自分の感覚の正常さよりも「俺が間違っているんじゃないのか?」という確実性のない観念の方が勝ってしまった。

 まるで、ビッグブラザーに「いちたすいちは、いちにもなるし、さんにでもなる」と、耳元で囁かれながら拷問されてる気分だった。不条理だった。



 今日の朝日朝刊の声欄で「語り継ぐ戦争」特集の投稿を読んで。

 投稿者は長崎県生まれの方だが、学校で海や川などの景色を描いてくるようにという絵の宿題を課されて、丘陵から佐世保港を見下ろしながら写生していた。
  鉄条網が錆びていて「立ち入り禁止」の立て札が落ちているのを知らなかったが、入港していた駆逐艦などをスケッチしていたら、背後から忍び寄ってきた男に捕まった。特高だった。 

 学校からの宿題であることを告げると、確認させられた教師は、そんな宿題は出していないと言ったという。奥歯が損傷するほど殴られるような拷問を受け、数日拘置され続けた。自室を捜索されて、かつて親戚の者から貰った英語の本が出てきたので、よりしつこく嫌疑がかけられたという。

 投稿者が特高に捕まって、謂れのない罪で拷問を受けたとき、彼はまだ9歳の国民学校の生徒だったという。


 「アベゴミクズ以降」に置き換えて言うならば、今まさに可決寸前の秘密保護法案が施行されて、さらにアベゴミクズ的に強化されれば、「何の秘密なのか分からない」秘密に加担した罪によって、小学生が公安に引っ張られて拷問させるのと同じことだといえるだろう。


 何の罪なのかを判断するのは首相が権限を持つのだという。

 アベゴミクズとは結局のところ、そういうことなのである。


 そういう独裁的な男を代議士に選出したのは山口県民である。そういう無茶苦茶な政治家が党首である政党を第一党に選挙で選んだのは、日本各地の津々浦々の有権者たちである。

 アベゴミクズが国民の自由の統制を始めたり、他国と戦争を始めたとしても、悪いのは山口県民であり、日本国の国民である。
 つまり、ナチスを合法的に選出したドイツ人の罪と同じく、すべての結果は国民自身にある。誰一人、言い逃れなんてさせはしない。


 最近、僕と父が口癖のように言ってることは、「行くところまで行かなきゃ日本人はわからない」ということである。

 TPP参加を「第二の開国」などと言いやがった政治家たちがいるが、関税の完全撤廃を迫られるTPPなんぞ僕にしてみりゃ「第二のハル・ノート」みたいなものである。
 食糧自給力をほとんど完全に失って、どんな環境異変が生じても食糧不足など絶対にないと言い切れる官僚や政治家どもは、かつて十五年戦争に日本を引っ張り込んだ官僚や戦犯と同程度に「発狂者」であるとしか言いようがない。


 第二の東京オリンピックが開かれる(かもしれない)頃の東京は、どんな姿であろうか。

 フィリピンのレイテ島を襲った強力な台風や地震で廃墟になっているなんて未来の予想を、誰も打ち消すことなどできやしない。

 世界同時的な気象災害で食糧不足に陥って、東京都民はみな過疎地の農村に買出しに出かけているかもしれない。
 それは決して「想定外」の蓋然性ではない。三流大卒の僕にでも想像できうることなのだが、同じく三流大卒の下痢病の為政者には、そういう最悪の未来すら「完全にコントロールできる」という虚偽の過信妄想を、弱いオツムの中で下痢のように流してるかもしれない。

 いま、TPPに是が非でも日本を引きずり込もうとする東大卒の霞ヶ関官僚やら大手メディアのマスコミどもは、カタストロフに日本が襲われたときには、もはや日本にはいないかもしれない。


 泣くのはいつも庶民ばかりなのかもしれない。

 だがその愚民どもが選んだのがアベゴミクズなのである。


 いずれ破局が訪れたら、農家のせがれである僕は、愚民が食料に困れば彼らの超高級品とせいぜい雀の涙ほどの米一升を物々交換してやってるかもしれない。

 たらふく愚民どもから、かつて「たけのこ生活」のように搾り取って、愚民の悲惨を余興に楽しむのを残生の楽しみとしているかもしれない。





Opening to the end of beginning from now on

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これから永久に始まってゆくことの 永久にずっと続く 終わりの始まり。 




男たちは

 企ての無くなったコロニーで 死んで


女たちは

 氷の上で アンニュイな小言を持て余して

 不幸な見栄のふっ切れた化粧を願うだろう。



 地上のフェリー・ポートは    混んでいる。
    
    
    
    終わることのない戦闘で洗い流されるものと 

    その束の間の安息で
         喪失してしまうもので。






とっくの昔に無生物の管理ドームは見離され

  取扱書がなくなって いまでは誰も顧みない。




 新しいタイプの伝達コピーが乗っ取られていく。



新生児たちはネットワークを焼き切るだろう。


パスを持たない子供のみんなは それぞれの空で

 インスピレーションの偶然と暮らして


放牧された感性の産物を慈しみ

 軌道の途中 どこかの恒星系で出会った

   こだわりの魂のために人生を投げ込んでゆく。




  散り散りの世紀に
                何の惜しげもなく。




あなただけだ、 最後までロマンティックだったのは。





歴史が転落したとき

      希薄な同時性の屍だったわたしは




 少年たちのブルドーザーの音を 遠くに感じて

 忘れ去られた事象を見つめていた。



センサーの光だけが わたしの棄民コクピットから放たれ


ブルーな靴音の マルチプライスにまみれて

 天井にある自死放送モニターの                       
               遺骸ジャンキーになっていた。

   


   多くのエモーションが

   わたしに見届けられて  終わっていく


   一粒の 痕跡も

   残さずに。




わたしは疲れていて

   あらゆる救難信号に うんざりだった。

 



 どのような神話も

 幸福な 最後通牒だったから。


   



   終わりのシナプスへの虐待が 終わったら

   黒天使のあなたに おしゃべりをしに行こう。

    翼が燃え爛れた あなたの
    肩の付け根の  羽の痕

     
    


好きだ、あなたが、

         あなたって  とっても醜いから、  


               わたしと おなじくらいに。 

               はかなげに。

               ずっと    
                     永久に。






Life's significance in the tenet of contradiction

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 足利尊氏は、日本歴史に於ける背教者ジュリアンだった。

 彼のすべての悲劇は、本来哲学者であるべきものが、誤って武門に生き、生涯を戦場に駆り立てられたことにあった。

 彼は夢窓(疎石)国師について禅を学び、早くからアナアキスチックな虚無哲学を体得していた。そこで戦場にのぞむごとに、彼は嘆息して左右に言った。

 自分は叛乱を欲しない。けれども人々が私に迫り、時代の避けがたい濁流が、自分をそれの指導者に担ぎあげる。自分は意志を持たない偶然である。よし! 運命のままにやってみよう、と。

 そして戦うごとにいつも破れ、破れるごとに新しい勢力を加えていった。彼にとっては、一切が止むを得ない必然であり、不可避の宿命的な修羅道であると考えられた。

 
 それ故に尊氏には、敵という観念すらが殆んど無かった。

 敵とは ― 彼自身と同じように ― 不可避の運命の決定から、偶然にも自分と争うようになったところの、不幸な犠牲者の一群である。それ故に尊氏は、いつでも敵に対して寛大であり、一も憎悪の情を示さなかった。どんな怨恨の深い敵でも、直ちにその幸福を受け入れて優遇し、味方として信頼した。

 彼の最後の敵、楠正成が戦死した時、尊氏は左右に向かって嘆息した。

 「私はこの結果を願わなかった!」 と。

 それから丁寧に首を洗い、礼遇を尽して遺族に送った。


 尊氏は平和を愛した。それにもかかはらず、彼の一生は不断の争闘の連続だった。

 正面の敵が滅びた後にも、彼は絶えず臣下と戦い、骨肉の兄弟らと戦わねばならなかった。何故なら彼も最も信頼したこれらの人が、いつでも彼に叛逆して、不意に殺虐しようとしたからである。
 常に一生を通じて、尊氏は人々に裏切られていた。彼は何人をも信頼した。そしてまた何人にも失望していた。

 彼の人生観は楽天的で、同時にまた厭世的であった。彼は野心家であって平和を望み、殺戮者であって人道家であり、英雄であって宗教家であった。
 尊氏の全性格は矛盾であった。しかも彼は矛盾を認め、矛盾原理の中に人生の意義を肯定しつつ、最後まで悲壮な戦を戦い続けた。

 ちょうどアレクサンドロス大王が、その師アリストテレスに対してしたように、尊氏もまた師の哲学を自分に取って、これを争闘原理の自我的な解釈に導き入れた。
 それ故に夢窓国師は、彼の権力ある弟子に対して遠慮しながら、しばしばその人物批判の言葉の中で、不幸な教師の嘆息を洩らしている。
 表面では尊氏の人物を賞賛しながら、内密の心の蔭で、夢窓国師はこう言っていた。

 「この人を見よ! 戦いの中に血まみれており、痛ましく傷つきながら、永遠に安眠のできない不幸の人を。彼は私の愛弟子であり、しかも仏教の外道である。この傷ましい悲劇人を見よ!」



萩原朔太郎 「足利尊氏」 『絶望の逃走』所収 (改行は一部引用者による)




 僕が尊敬する日本の近代詩人は金子光晴だけである。なおかつ、概してアフォリズムだとか格言集のような類を僕はほとんど嫌っている。

 『侏儒の言葉』だとか『もの思う葦』だとか、そういうのは大概退屈なものとしか読めない。ツイッターで上手いことを言う奴がほくそ笑むごとき下劣な言い捨てに似たようなものだ。頭が悪い奴が懸命に思想しようと必死こいてるのがアフォリズムである。嘘だと思うなら、それらとシモーヌ・ヴェイユの『重力の恩寵』(これはアフォリズムの体裁を取った思想書だが)と読み比べてみるがいい。

 萩原の『絶望の逃走』とて同じことだが、例外的に、この足利尊氏に関する小文だけは面白いと思った。いや、ちょっと感動してしまった。
 僕の思い描いていた尊氏像をまさに言い表されているかのような思いがした。

 僕は足利尊氏が好きだとは言えないと思うが、尊氏の人生に深く共感する。もっと正確に言えば、太平記で描かれた南北朝時代を生き抜いた人々を、有名無名を問わず僕は共感を寄せる。

 なぜなら南北朝時代の、その「確かさ」の混迷こそが、いま自分が属している時代の色彩と同じもののように思えるから。
 

 信じられうるものの蓋然性すべてが引き裂かれたとしても、わたしたちは引き受けなければならない。

 信じることや肯定することに賭けなければならない。人生を賭して、懸命に、ぶざまで、哀れに、矛盾のまま、完成させなければならない。
 




All my fortune in this naked body

Posted by Hemakovich category of Mind on


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 気温が急激に低くなって、抑鬱に陥りやすくなった。

 土曜日に疲労を感じて、日曜日に易怒性が敏感に現れ、月曜以降に易怒性の影響による抑鬱が始まり、水曜から木曜辺りまで深刻な無気力・極度の疲労感が続く。

 最近の抑鬱パターンはだいたいこんな感じで、10月に一度抗鬱剤を減薬した時期からこのパターンが2週間置きぐらいで反復して現れる。

 たぶんこれは冬季うつに間違いないと思うが、ここ近年の冬季うつと比べれば、かなり重症の部類に入る。去年までは仕事をしていたからこれほどの重症は免れていたか、もしくは誤魔化して過ごせていたのだろうが、今は無職状態だから冬季うつも重症化する。

 かといって、いま仕事を始めたら冬季うつが軽減されるとは考えにくい。いずれにしろ、休職状態の解除は冬を越してからになるだろう。今はともかく、客観的に自分の抑鬱パターンを観察して、観察という行為によって余計な負のサイクルに認知が歪むことだけを避けて過ごさねばなるまい。


 冬は大嫌いである。もし移住が可能ならずっと夏ばかりの国の方がいい。

 いま、こうやって、ずっと長い時間パソコンの画面を眺めているのだが、抑鬱という事実を認識すること以外、なにも思い浮かぶことがない。刺戟に鈍感で無気力・無思考であるのだから当然ではある。だがブログに書く言葉すら何一つ浮かんではこない。

 政治とか社会現象について認識はあっても思考が反射することはない。YouTubeでこんな動画を見たとか、こんな音楽を聴いたとか、そういうのをランダムに書き連ねることすら無意味に感じられる。そもそも音楽とか抑鬱時に聴くことなんかそれほどできない。

 新聞を読んだり、くだらないネットサーフィンをして、くだらない時間の潰し方をしているのだけど、情報が多すぎるとすぐに疲労を感じる。そうすると睡魔がやってきて、僕をベッドの上で死人同然のような石ころ状態に陥らせる。

 食欲はまったく訪れない。そのかわり睡眠前に抗鬱薬のリフレックスを飲めば、副作用でものすごい食欲に襲われる。寝る前にバカ食いする。そうすると胸焼けが怖くて、胃腸薬を飲んで寝るしかしょうがなくなる。まったく馬鹿げている。

 
 抑鬱状態のときの自分は、「生きる」ということが剥き出しになった姿のように思える。

 たとえ希死念慮が訪れたとしても、だらだら生き延びるのである。ボロボロの球体人形のようなろくでなし状態であっても、ともかく生きている、生きようとするのである。

 どこに向かっているのか分からなくても、とりあえず生きるのである。無生産の無駄な有機物と成り果てても、ナメクジのように横たわったまま、無意味に意図もなく、生きる。

 剥き出しに生きるということは、生きるということ以外、もはや意味するものがないということである。生きることに主題など無く、生きることに目的が無く、生きるということが在る、ただそれが意味も無く、在る、そういうことなのである。


 生きることに苛酷さを感じるとき、それは剥き出しに生きているということである。

 だが不思議なことに、その苛酷さの中に在るということが、一番自分の本来性を見るような思いがするときがある。

 これこそが自分なのだと、訳もわからないまま、そのために生きているという無茶苦茶な定義、そんな本来性が、ふと気がついたら訪れている。

 僕の苛酷さや苦痛には使命もなく、殉難ですらない。

 だが、「このような人生を引き受けている」という一点において、本来性が生じる。

 僕だけではなく、たぶんそれが人が生きていく上での普遍的な事実なのだろう。





Wrapped around your winter

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流氷    に    浮かんだ    世界    の    涯ての    国 に    いる    君    が


   いまは    僕以外の     何に    出会っているだろうって    思いながら 
   

きょうも    僕は    都市の    ビルの    7階で    世界が    終わる話    の    映像を    つないでいる


    世界の終わり    と    名づけた個展    までの    時間を   追いながら


    君のことばかり考える    眠りを遺失した    僕が    いる    デパート    の    屋上から    眺めた    成層圏    を    辿ってゆけば


    凝固した    水    の    ある    風景を    キャンバスへ    向かう    君    の    あの    いつまでも    互い    を    ぶつけ合った    白い肌    と

    奪い合う    身体     の     名前     ともに    痙攣    する    唇から    吐き出された    白い息     が    見えるような


     そんな     感傷   を    キャメル    の    火    と一緒に     焦がして    


いつまでも    死にたくなる    愚か者    たちの   不健康    と    失望    が    積み重なっていく    この    20世紀    の    終わりに


    黄昏とは    どこか    隔たりながら佇む君の    どこから    来たのかわからない    善意    と    かるはずみな    挑発からこぼれでた笑い声が


    そんな    いろんな     時間     が    君が    通過した時間    が    過ぎ去った    いま    


魂の殺人    から    何番目かの    宿命    出会ったのか    を   僕は知る


    山積みになった    自死    を待ち望む詩    や    冷却する感情    の    スパイ戦    とは無縁だった    君

    そんな    君の    僕    や    誰か    に    与えていく    愛    と


    そんな君の    悲劇的なくらい   優しかった    愛    が   産み落としていった    いつだって    なにか    儚く    ヒロイック    な匂いのした    事件を



    記憶して    僕   は    ずっとここで生きているよ    滑り落ちてゆく    世界のコップの底で    


君が    ブルーちゃん    って名づけた    僕の    悲観の地上で     なにか    君と    結んだ    約束    を    ・・・・・かたくな  に    守り    続ける     かのように




  ね。







だからいつだって日常は“New Sensation”を待ち望む

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 我が家の近所には「エホバの証人」の教会がある。そのため、たまにチラシ配りの信者さんが訪問してくる。

 中学のころだっただろうか、やってきた信者さんと玄関で「論争」したことがある。

 当時のエホバの信者さんたちは家にやってくると長話に引き込もうとする人たちが多かった。ある日やってきたおばさんは、人間は最初から今のような姿で神さまによって造られたというので、僕が進化論の話をすると、まるで問答集で用意してきたかのように、巧みに進化論批判を繰り出してきた。
 10分ぐらい玄関で立ち話をしていたのだが、どういう決着に至ったのか覚えてはいない。ただし、その「論争」がきっかけになったのか、それ以来、エホバの人たちがかなりの頻度で我が家を訪れるようになった。

 当時、うちの姉は不登校で家に引きこもっていた。だから姉がエホバの信者さんに会う回数が多くなったのだが、どういういきさつでそうなったのか分からないが、姉は新約聖書を彼らから購入していた。
 姉は信者になることはなかったが、その新約聖書はどういうわけか、最近部屋を改装するときに大掃除をしていたら僕の部屋から見つかった。

 昨日も数ヶ月ぶりにエホバの信者さんが来たのだが、とても若く、非常に美人で声の綺麗な人だったので、応対したアラフォーの僕は久々に女性に対してドキドキしてしまった。

 たいてい家にやってくるエホバの信者さんはおばさんで、子育てを半分終えたような、少しくたびれたような感じの妙齢の女性が多いのだが、昨日訪れた女性は「たぶん素顔は無茶苦茶綺麗なんだろうな」と感じさせるようなメガネ美人で、羽織ってるコートもシックな感じで、全体的に実に整ったお洒落を施した、こんな田舎にこんな美人がまだいたのか!というような、ハッとさせられるような美しい人だった。

 思わず母に、「いっぺん教会に行ってみようか」と言ってたしなめられる始末。

 「なんであんな美人が何を求めてエホバに入信したりするんやろか」

 「あんたもきれえな女の人だったらそれでええんか?」

 「あたりまえやん!!」

 そんなバカ話をしていたのだが、「あんたもきれえな女の人だったらそれでええんか?」という母の言葉がなんとなく気になるように僕の中に残った。



 ルー・リードのアルバム『ニュー・センセイション』のレビューをアマゾンで読んでいて、このアルバムがルーやヴェルヴェットの一般的なファンたちから酷評されていることを知って、軽い衝撃を受けた。

 僕はこのアルバム、というか、タイトル曲の“New Sensation”がルー・リードの曲の中でベスト3に入るぐらい大好きなので、酷評されてるというのが理解できない。

 なんでだろ。すごくいいアルバムだし、“New Sensation”はルーの代表曲の一つだと思うんだけどな。

 どうも僕は一般的な彼に対する評価と多少ずれてる部分があるみたいだ。『トランスフォーマー』は確かに代表作で、“Walk on the wild side”は大傑作だと思うけれど、あまりにこのアルバムにいれこんでる人を見ると、なんか冷めてしまう。
 『ベルリン』はとてつもなく鬱のときに聴くと感情と調和するけど、世間が言うほど傑作だとは思わない。『ニューヨーク』は僕が好きなのは最初の数曲だけ。歌詞を読み込むと深いアルバムだと思うけど、最初の神懸り的な数曲以外はキャッチーな感じがしないので全然聴かない。『ブルー・マスク』に至っては、なんでこれが評価されるのかまったく理解できない。

  “New Sensation”では、麻薬だとかセックスだとか暴力だとか、そういうルー・リードの十八番みたいなアイテムには全然触れられていない。当時の彼の日常を淡々と綴っているような私小説っぽい歌だ。

 二年前のクリスマスは逮捕されたりしたけど、俺は痛みは嫌いだし結婚したままでいたい、悲観的なことを言うのは簡単だけど、そんなの一晩中聴いていたくないし、すべてのネガティブを俺の中から抹殺したい、そんなこと思いながらバイクでちょっと旅行に出て地図を見ながら、こっちからここまで行こうと走ってて、お腹がすいたから途中の田舎町の食堂に入ってハンバーガーとコーラを飲んでたら、地元の連中が誰が死んだとか誰が結婚したかとかって話題に夢中で、俺はジュークボックスで田舎の歌謡曲に聞き入って、みんながフットボールの話題を始めてから店を出た俺はまたバイクに乗りながら、とても暖かい気分になった、このGPZってバイクがほんとに好きだ、キスしたっていいくらいだ。

 “New Sensation”で歌われているのはおおよそこんな内容。ここには「ワイルドサイドを歩け!」という挑発や「おれはヤクの売人を待ってるのさ」みたいな衒いは、どこにもない。

 あるのは"feeling warm inside"(暖かい気持ち)と、"new sensation"(新しい感覚)を待っている、穏やかな安定感、そういった誰にでもあるような、普通の日常だ。

 サビの部分で"Talkin' 'bout some new sensations"と繰り返されるたびに、スランプやアルコール依存に陥っていたルー・リードが「このままで終わるもんか、今に見てろよ」という気概を、落ち着いた姿勢で歌ってる、僕はいつもそんなイメージでこの曲を聴いている。

 再生への祈りを、穏やかな日常の中から見つけようとする、そんな朗らかさ、暖かさを感じるのだ。

 ベースラインがなんとも心地よくて、シンセや女性コーラスを含んだ明るいメロディに、都会的な80年代の明るさが垣間見えて、上昇する気分のなかでカタルシスを得られる。このいかにも80年代っぽい明るさも、80年代フリークの僕が“New Sensation”を偏愛する大きな要因でもある。

 三人称による物語的な語り口調や、内面世界を深くえぐり込むような特徴をもつ歌詞から離れ、自分の身の回りや社会的な事柄に関して視野を移して写実性を重視して詩を描き始めたのも、このアルバムからではないだろうか。『ニュー・センセーション』の歌詞世界でそういった「新しい感覚」をルー・リードが得ることがなかったなら、後の『ニューヨーク』という代表的名作も生まれることはなかっただろう。


 “New Sensation”を聴いていると、いつも昔の恋愛を思い出す。片思いの状態から付き合うところに至るまで、自分が精一杯頑張ってるときに、頻繁にこの曲を聴いていたからだろう。

 なぜなら新しい恋というのはいつでも、それまでの自分からの新規更新みたいなもので、新しい人との間から生まれる幸福は“New Sensation”という言葉に結実するような喜びだったから。

 今はとても歳を食ってしまったけど、今でもこの曲を聴いていると、若かった頃の向こう見ずな上昇する気分が思い出されて、懐かしさの中から力が湧いてきて、新しいステップに向かうような高揚感を僕に与えてくれる。

 僕にとって、「青春のルー・リード」みたいな位置づけにあるのが、この“New Sensation”であり、だから一生忘れられないような名曲なのだ。


 GPZというのは、やっぱり川崎のバイクのことなんだろうか。バイク乗らないから全然わかんないけど。

 



"Shape Of My Heart"という我々の儚い愚かさ

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 最近、気のせいかもしれないが、どうも禿げてきたような気がする。


 前髪を上げて、額を鏡に映すと、額の左右両極がだいぶ広がってきたように見えて、前髪の生え際の根元がなんとなく、萎れた短い髪の毛が病んだようにポツリ、ポツリと点在する。

 これは禿げの始まりなのではないかと感じている。

 昔は剛毛で縮れ毛で、もっと太い髪の毛だったと思うのだが、年とともにクセ毛のクセがだんだん無くなってきて、細い直毛になってゆきつつあった。

 昨年のいつごろからだったか、ヘアカラーを使わなくなった。茶髪がカッコ悪いと思い始めたからだ。
 染めてた時は全然気にならなかったのに、黒髪に戻してからは、どうも額が随分広くなってきたと思うようになった。


 額から禿げていくぶんには全然構わないのだが、頭頂部から後頭部に向かって禿げていく禿げは嫌だなと思う。
 高橋幸宏や竹中直人みたいになっていったら、ベリーショートにするか、帽子をかぶるようにすればいい。

 禿げは僕にとって、まったく恐れるものではない。

 禿よりも怖いのは中年太りである。一時期下腹がぽっこり膨らみ始めたときは衝撃を受けて、すぐさま筋トレを始めた。

 筋トレしても体型が変ってこないので苦慮していたところ、知人が「米を食べる量を減らせば簡単に痩せる」というので、発芽玄米の食事量を減らしたところ、いとも簡単に体重が落ちた。
 そのまま玄米の量を制限したままで過ごしたら、今度は二十代の頃のように40キロ代後半まで痩せてしまった。今度はズボンのベルトの穴が足りなくて困っている始末である。

 
 もし神さまが、禿げか中年太りのどちらかを「免除」してやるから、どちらかを宿命として受け入れろ、と言ったとすれば、僕は絶対に禿げの方を選ぶだろう。

 中年太りの場合、以前の服を着れなくなるから経済的に負担が生じる。自慢だが、僕はまだ二十代前半の頃に買った服が今でも着れる。だから服飾費はほとんど金をかけてない。



 最近、ルー・リードかポリス、スティングのソロのどれかを集中的に聴いている。

 スティングのソロでは“Shape Of My Heart”という曲があるが、この曲のCDも持ってるし歌詞も知っているのだけれど、長年僕はこの曲が嫌いだった。
 最近これを聴き直すようになって、この曲を好んで聴くための「作法」のようなものが分かってきた。

 それはごく簡単なことで、要するに“Shape Of My Heart”を聴いてる時に映画『レオン』の映像を頭に思い浮かべなかったら良いのである。

 リュック・ベッソンは好きな監督だが、『レオン』は胸糞悪い映画だと思っている。この映画に“Shape Of My Heart”を使われていなければ、僕はこの曲を嫌うことにまで発展しなかっただろう。“Shape Of My Heart”を聴いていると、どうしても胸糞悪い『レオン』の映像が一体化されてしまうので、それ故にスティングのこの名曲を嫌わざるをえなかったのだ。

 なぜそこまで『レオン』が胸糞悪いかと言えば、これが中年オヤジと少女との恋愛映画だからである。

 この映画でのナタリー・ポートマンはあまりに幼く見えすぎて、僕には小学生ぐらいにしか見えない。ナタリーがジャン・レノに処女を捧げようとするエピソードがあるが、これが僕には男の側の幼児性愛の嗜好を助長するような印象を受けてしまって、幼児性愛者をファシストやオタクと同じくらい忌み嫌って気持ち悪く感じる僕には絶対に受け入れられない。

 『レオン』は女性の映画ファンにも好まれる映画ではあるが、あれはジャン・レノが美しい中年男だからであって、現実世界でレノと同じくらいの年齢の中年太りしたキモヲタと、あの当時のナタリー・ポートマンみたいな幼さを持った少女との恋愛構図を考えてみれば、多くの女たちが「気持ち悪い」と思うに決まっている。

 だが、『レオン』という幼児性愛推奨映画の主題歌として使われた、という一点を完全に頭から消去してしまえば、“Shape Of My Heart”はスティングのソロ作品の中でもかなりの上位に食い込む名曲だと思う。

 あまり知られていないと思うが、“Shape Of My Heart”を主題歌に使ったのは『レオン』だけではない。『スリー・オブ・ハーツ』(Three of Hearts)というアメリカ映画の方が一年早くこの曲を主題歌に使っている。

 最近になってこの未見映画のあらすじをネットで調べてみたのだが、『スリー・オブ・ハーツ』の方が断然“Shape Of My Heart”を主題歌にするのに値するストーリーを持った映画だと分かった。また僕の大好きなケリー・リンチもこの映画に出ている。
 だから“Shape Of My Heart”を聴きながら『レオン』のイメージが頭に襲来してきたら、まだ見ていない『スリー・オブ・ハーツ』のあらすじを念じるように思い出せばよい、そういうふうな「作法」を為せば“Shape Of My Heart”を心地よく堪能できると分かったのである。

 
 “Shape Of My Heart”の歌詞の中でどの部分が一番好きかと言えば、導入部の、男がカードを配ることの理由を描いた部分である。

He deals the cards to find the answer
The sacred geometry of chance
The hidden law of a probable outcome
The numbers lead a dance

彼がカードを配るのは答えを見つけるためさ
運という名の神聖なる配列
起こりうる結果の裏にある隠れた法則
その数字に人は翻弄される




 ここではカードを配る行為が、そのまま恋愛のメタファーになっている。

 二十代のときに初めて“Shape Of My Heart”の歌詞を読んだとき、僕は自分が恋愛に対して思ってるものがここに書かれていると思った。

 恋愛というのは基本的に「なるようにならない」もので、上手くいかない経験を闇雲に積み重ねていく途上の中では、そこには自分の知らない「原理」のようなものが働いてるように思うようになってしまう。本当は何もそこには作用していないのだが、どうしても「見えざる手」のようなものを想像してしまうのだ。

 そういったことがこの歌詞の中での「答え」であって、「運という名の神聖なる配列」であって、「起こりうる結果の裏にある隠れた法則」という比喩に描かれている。でもやはり人の一生の中で相手のいる行為の中に作用してるものなんて何もないのだけど、暗示とか偶然の中に何かを必死で見つけようとする。そういう、ある意味での儚い愚かさこそが「その数字に人は翻弄される」ってことだと思う。

 サビで歌われる名文句、"But that's not the shape of my heart (それは僕のハートの形とは違う)"というところで、「どうにもならない恋愛でのどうにもならない自分の性」のようなものを強調されていると思う。それは"The mask I wear is one(僕が被っているマスクは一つだけ)"というところにも表れる。それはたとえ恋愛に何かしらの作用が働いていると仮定しても、それに行き着く人間なんて誰一人いなくて、誰もが自分の人生の中で必死に生きていくしかない、というようなことだと僕は思う。

 
 『スリー・オブ・ハーツ』のあらすじを読んでいると、実際の映像はどうであれ、“Shape Of My Heart”はこのストーリーのためにこそ描かれたような歌だと、実にストーンとピースが正確に挟まるような共通性を感じられずにはいられない。

 実に、スティングらしい名曲だと思う。

 リュック・ベッソンは『レオン』なんかより、『サブウェイ』の方が実に良くできた映画なんだけどね。





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