Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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人間はまだ信じるに足るのだ

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 8月6日の原爆の日に合わせて広島ではピースキャンプという無料の宿泊や意見交流の場をつくるという催しがあることを昨日知った。

 これに参加して平和祈念式典に行こうと思ったが、やめた。

 何よりも6日までには時間が残り少ないし、旅行するとなると僕の場合、最低でも3週間前ぐらいから準備したり体力づくりをしないとダメだから。
 あと、昨年のピースキャンプの内容を撮った紹介動画を見て、「なんか自分が入ってゆきにくい雰囲気だな」と思ったのもある。集団の催しの中に入っていくのは昔から苦手なのだ。

 昔から集団の活動が苦手で、就労以外の場で複数の人間と一緒に行動するのは苦痛で仕方なかった。わずか10人弱の大学のゼミですら苦痛で、卒業論文の中間発表の時なんか、途中で自分が何を喋っているのか分からなくなるくらいひどい状態になった。

 大学を卒業して精神保健福祉士を養成する専門学校に行ったが、この頃は人前で意見発表したりグループワークみたいなことをするときは、僕にとって拷問以外なにものでもなかった。学校の帰りに複数の仲間と連れ立って喫茶店とかに行って談笑するのも大変だった。僕は社交的なタイプでもないのに無理して社交の場に出ようとする。そういう時、必ずと言っていいほど対面恐怖に襲われて顔面がひきつったりする症状に悩まされた。

 その専門学校時代にいろいろ頑張り過ぎたから鬱病でドロップアウトして今に至っている。

 基本的に僕は自分の考えとか感情が定まっていて、そういう部分ですごく頑固なものだから、福祉だとか平和を考える意見交流だとか、そういうのには行かない方が良いと思ってる。どんなに自分にとって関心があることでも人が集まってわいわいやるとなると、絶対「自分が浮いてる」という強迫観念に駆られてしまう。

 僕が唯一集団で行動できた実績と言えば、自分の自主映画を作っていたころぐらいだろうか。あれは自分の映画であって、本当に僕を理解してくれた人たちだけが手伝ってくれたから可能だったのだろう。

 だが気難しい僕に付き合ってくれた人たちには、そのころはあまり感謝する気持ちを持っていなかった。今になって、有難みが理解できるようになったのだが。



 NHKのクローズアップ現代で『はだしのゲン』のことが取り上げられていた。普段はあの時間帯はニュースが終わっているのでTVは見ないのだが、偶然にもTVをつけていて見ることができた。

 故・中沢啓治さんの奥さんのミサヨさんが出演していて、非常に貴重な話を聴くことができた。

 僕は中沢さんが出演しているメディア自体、あまり数多く見たとは言えないが、自伝などの類はたくさん読んでいるから、とても気の強い人のように思っていた。だが今日初めて奥さんが話すのを見たが、奥さんもかなり気の強そうなお人柄に見えたのがとても興味深かった。

 どこの新聞社だったか失念したが、かつて中沢さんが奥さんとの馴れ初めについて話されたものを読んだことがある。
 すでに漫画家デビューしていた中沢さんが帰郷した折に、かつての看板屋時代の仲間に女性の知り合いを集めてもらって合コンのようなことをしたらしい。本命の女性と話してみたが相手が暗い感じの人だったので「こりゃだめだ」と思ったが、同席していて本命ではなかったミサヨさんが明るい人で話が弾んで仲良くなっていったのだという。

 プロダクションシステムを嫌った中沢さんが奥さんの手伝いを借りて漫画を描いていたことはよく知られている。だが今日のクローズアップ現代によると、ミサヨさんは中沢さんにとって作品の良き批評者でもあったようだ。
 原爆投下後の物語が暗いエピソードが中心になっていったころ、物語構成に中沢さんは悩んでいたらしいが、ミサヨさんは「話が面白くない」とはっきり直言したらしい。そういうのもあって試行錯誤の結果、「隆太」のキャラクターが登場することになったようだ。

 ミサヨさんによると中沢さんは、「誰かに『さあ描け描け』と言われているような気がすると言っていた。使命感に駆られたようにしてゲンを描いていた」のだという。

 番組では他に、『ゲン』の海外での反響についても取材されていた。ペルシャ語に翻訳されてイランでも読まれているらしいが、彩り豊かなスカーフを巻いた若い女性たちが集まって『ゲン』の「読後感想会」みたいなのをやっていたのは少し驚いた。
 日本であれば『はだしのゲン』と言えば、図書館で10代前後の子供たちが真剣な顔をして恐々と読んでいる、そういう本だとだいたい認知されている。だが番組に出てきた女性たちは20代前後の女性たちで、彼女らは真剣に核兵器と戦争に関して互いに意見を述べ合っていた。大人が読んで批評しあうようなテキストとして取り扱われているのだ。イスラム原理主義のイランで女性たちがこのように政治的な話を交わす光景を見るのも少し驚いた。(ちなみにカメラに映ったイラン女性はみな凄い美人だった)

 アメリカでも事情は同じで、大学生らが授業のテキストとして読んでいた。

 イラク戦争で兵士として戦った青年も『ゲン』を読んで、「戦争についてすべてのことが語られている本だ」と真摯に述べていた。仲間を失ったことやイラクで戦災孤児に出会った経験に触れて涙しながら「イラクに行く前にこの本を読んでいたらどうだっただろうか」と煩悶する彼の言葉が印象的だった。

 中東やアメリカでは戦争との関わりが日本のようにまったくの非日常的なものではなく、直接的であれ間接的であれ、戦争が遠い出来事ではない。
 だからこそ、哲学書を手に取るような年齢の若い人たちにとって、『はだしのゲン』は自らの人生と関係してゆくものとして、批評的に読まれることが可能になってくるのだろう。

 残念ながら日本においては『はだしのゲン』は、子供の頃に読んで消化してゆくものとしてしか扱われていないと思う。
 確かに幼い子供があれを読んで幼少体験としてショックを受けることは大事なことではある。作者の中沢さんもあくまで「児童マンガ」にこだわって『ゲン』を描き続けたから、それは理に叶っていることなのだろう。

 だが海外において、政治や思想について談義するような年代の若い人たちが、『ゲン』を一つのコンテキストとして感想を述べ合ったり批評を行うようなああいう空気が生まれることは、それはとても羨ましいことに思えた。日本においてはたとえ大学生でもああいう風に話し合う空気なんてあまりないようにも思えるから。


 それにしても、『はだしのゲン』がジャンプで掲載されていたのは僕がちょうど生まれたころだ。何十年も経って今でも海外で若い人たちが読んでいて、「面白くて一気に読んだ」というほどの威力を持っていることは異例なことだろう。
 あの当時の日本のマンガが現在のイランの若者に受け入れられていることなど、誰も想像してなかったのではないだろうか。「クールジャパン」と持て囃されて次々に作品が輸出されていっては短いスパンで賞味期限が切れてゆくなかで、「クールジャパン」の曖昧な喧騒とは最も程遠いカテゴリの中にある『はだしのゲン』を、核開発に向かおうとするイランや、イラク戦争で疲弊したアメリカの若い人たちが熱心に読んでいる。

 中沢さんのマンガをもし読んでいなかったら、僕は憲法改正もやむなしと考えるような人間になっていたかもしれない。キノコ雲の下で起こった真実や、被爆者の戦後を知らなかったら、もっと「軽い」人間になっていたかもしれない。

 僕が『はだしのゲン』に打ちのめされ、とても重要なことを頑固なほどにまで自分の信条として打ち立てるほどに影響されたように、海外の彼らもまた、いま衝撃を持ってあのマンガを読みながら自分の考えをいつか打ち立てることになるのだろう。

 被爆体験から原爆に触れることを忌み嫌った中沢さんが、お母さんの死をもってして原爆を告発する決心を持ち、悪夢にうなされながら「誰かに『さあ描け描け』と言われてるような」使命感で、戦争と原爆に遭った人たちの物語を人生を賭して描き切った。

 そして中沢さんが撒いた種子が信じられないような時間の長さを越えて、海外の若者の心の中で実となって、一人の人間が生まれるように受け継がれていく。

 
 日本人の一読者として、それらの一連の過程はすごく感動的な繋がりの力だと思う。

 一人の人間の心の中で起こった固い決意が、長い時間をかけてこれほどまでに人々の連なりを生んでゆく。人間はまだ信じるに足るのだと思える。






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人が人格に根ざして真実を物語る姿

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 昨年の春、人の縁があって2回ほど広島に行った。

 小学校の時の家族旅行や、中学の時にも修学旅行で訪れて、原爆資料館にも2回ほど入っているのだがほとんど記憶がない。
 だから昨年広島に行った時が、なんとなく初めて訪れたような感じだった。

 高速バスの窓から広島城が最初に見えて、それから原爆ドームを見た時はとても強い感慨がこみ上げてきた。『はだしのゲン』や原民喜の詩や小説を何度も読みまくっていたから、自分が思い描いてきた広島の地を実際に足をつけた時は言葉に言い尽くせないような感情が渦巻いていた。

 資料館には入らなかったが、平和公園周辺は隈なく歩いた。
 原民喜の文学碑を見たり、爆心地だったと言われる島病院にも行った。原爆ドームはかなりいろんな場所やアングルから眺めて、それだけで1時間ぐらいは費やしたように思う。

 珍しいT字型の相生橋を渡った時、今はほとんど乗れる機会がなくなってしまった路面電車に乗った時はかなり興奮した。
 2回目のゴールデンウィークに路面電車に乗った時は満員状態だった。同伴の女性が乗車カードを持っていたから不便はなかったが、一人で乗車して現金で運賃を払おうとしたらあれは大変だろうなと思ったりした。

 何十年間もずっと地図の中で眺めてきた広島市だったが、実際に歩いてみたり電車で移動したりしてみると、思っていたよりは随分狭くて小さな街なんだなと思った。
 同伴の女性は原爆ドームからほぼ西に直線で移動したところの太田川付近に住んでいるのだが、高速バスを下車した原爆ドーム付近のバスセンターから、時間的にも距離的にもあまり離れていない気がした。

 「広島市って小さくて、あんまり何もない所ですよ」と女性は言っていたが、本当にその通りのように思えた。
僕が住んでる街や、かつて住んでた京都や名古屋と比べれば、市という自治体にしては実にこじんまりした、たくさん流れる川の面積が広い水の街という感じがした。

 こんなこじんまりした平坦な水の街に住宅が密集して今も昔もたくさんの人々がひしめきあうように生活を営んでいたのだ。原爆が投下されてあれだけの犠牲者が出てしまったのも、広島市を実際に歩いてみるとよく理解できるような気がする。



 ここ数日、YouTubeで登録している「被爆者の声」のチャンネルから、かなりたくさんの動画がアップロードされた。
 幾つかの動画で被爆者の証言を聴いていたのだが、どれも印象深いものだった。

 調べてみるといろんな団体がかなりの数で被爆体験の証言ビデオをアップしているのだが、証言の演出方法によって、視聴する側の者に与える影響力が随分違うように思えた。

 ある外国語大学の証言ビデオでは、たぶん放送部サークルみたいなのが作ったと思うのだが、若い女子学生がキャスターになって被爆者のとなりで司会進行するのだが、なにか興醒めしてしまって途中で見るのを止めてしまった。綺麗な服で化粧した女がキャスターの卵みたく背伸びして司会しようとするのは、被爆者の証言を聴く場面としてはあまりに軽すぎるようにみえて違和感を感じるし、証言する被爆者の独特な雰囲気を殺してしまうように思えたのである。
 (はっきり言えば、女子学生が完全に邪魔なのである。大学名を挙げてもよいぐらい憤慨したが止めておく)

 「被爆者の声」でずっと証言の聞き手を務めてこられた故・伊藤明彦氏は自分が表に出ることはまったくなく(相槌もない)、時折優しくゆったりとした声で、感情が一杯になって黙して目を潤ましたりする被爆者を包容するように続きを促していく。
 伊藤さんの聴き方が本当に寄り添う姿勢が感じられるから、被爆者の人々も躊躇することなく自分の体験を本当の自分自身の姿で伝えようとする。だから視聴する者にしても、一人一人別個に分かれた人格として、その人でしか言い表すことのできない独自なものを受け取っているような思いになるのだ。

 (被爆者の方々がご高齢になって逝去なさっていく現在、広島市では被曝当事者の体験談を当事者ではない後の世代の人が代わりに語り部となって体験を語る、という試みを始めたという話を聞いたことがある。被爆体験を語るという行為が当事者一人一人の人格の姿と同一に根ざしている、という見解からしてみれば、その試みの善意は汲み取れても有効性はありえないような気がするし、そういうことをすべきではないように思えたりする。当事者が証言する姿をメディアで残すことが一番効果的で、語りの内容だけに留まらない真実の光景が宿っているように僕は思う。)



 いろんな被曝体験談のなかで、僕が個人的に特に強い印象を感じたのは、居森清子さんという方のお話だった。

 居森さんは広島市の方で、爆心地からわずか300メートルの本川小学校で被曝された。これほどの至近距離で被曝して生き残ることができた人はほんの僅かな人たちしかいないそうである。

 広島市に行った時に実際に僕は本川小学校を見たのだが、原爆ドームや相生橋のすぐ近く、歩いても数分ぐらいなんじゃないかという距離に感じた。体感でその間近さを感じられたから、居森さんがそこで無傷のまま生き残ったということは単に奇跡という言葉で表現できる以上のことのように思う。

 「被爆者の声」の証言ビデオを見た後、かなり強い印象を感じたので調べてみると、YouTubeで80分ぐらいの長さで証言されてる動画をみつけた。
 何が不具合になってるのか分からないが再生してもすぐにシークバーが終りになってまったく視聴することができない。仕方ないのでダウンロードした(って正直に言えば有罪の証拠になるんだろうか)。

 どうやらシグロという映画配給会社が製作したビデオであるようで、シグロと言えばスティーブン・オカザキ監督のドキュメンタリー『ヒロシマナガサキ』を配給した会社である。居森さんはあの映画に出演されたらしいが不思議に記憶に残ってなかった。

 実に笑顔の可愛らしい方で、語り方もどこかユーモラスな雰囲気があって、惹かれるものがあった。被曝前の家族とのエピソードを話されている部分など、独特の人柄がしのばれて魅力的な方だと思えた。
 結婚してから10年ほど経って原爆症を発病なさった頃からの辛苦の話になると、旦那さんが加わって、この旦那さんもまた温和でユーモアのある方で、お二人が揃って語られる話には夫婦の強い絆の力と優しさが感じられた。人と人が繋がりあって人生の苦闘を長い時間をかけて超えていく根源的な姿の本物を見るような、非常に貴重な場面を見ているような気がした。

 背中の手術できない腫瘍の痛みを取り除くために病院に向かって帰る時、まっすぐに歩けない清子さんは必ず旦那さんと手を繋いで街を歩く。近所の人は「いつまでも仲が良くて羨ましいですね」という風に解して声をかけてくるそうだ。
 「二本の杖を持っているけれど人間様の方(旦那さん)がありがたい」と清子さんが口をすぼめて笑えば、「貴重な体験をした人だからできるだけ大事にしてあげたい。私はこのひとの証言のお手伝いをさせてもらっている」と旦那さん。


 被爆体験という括りだけでは収まらないような、一つの理想的な在るべき姿を教えられたような思いがした。

 生きるってことは一人の人間が頭で考える以上の、思いもよらないような可能性がこの世界で現実にたくさんあるんだと、当たり前のことを久々に伝えられたような気がした。






堀辰雄の作品を狡猾に悪用した宮崎駿の歴史改変の罪

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 僕がどうしても認めたくない、または堀辰雄からの盗用を絶対許せないと思ってる宮崎駿のゼロ戦映画がベネチア映画祭のコンペ部門に出品されるらしい。

 審査員長はベルトルッチ。いったい海外ではどういうふうに評価されるのだろうか。

 実際に映画を観に行った人はどういうふうに感じてるのか知りたくてヤフーのレビュー欄を見ると、実に完全な賛否両論に分かれている。

 宮崎駿の政治的発言に刺戟された人はやはりかなり多いみたいで、イデオロギーの立場で頭からこの作品を全否定しようとするネトウヨたちもいれば、ネトウヨに刺戟されたのか「この映画を批判する人は狭量な心の持ち主」と言わんばかりにレビュアーの人格攻撃までしながら映画を高評価する愚弄な連中もいる。
 戦争という時代を扱っているにもかかわらず「時代の暗さや戦争の悲惨さに対する描写がない」という点で批判する人もいれば、戦争の時代を扱いながら暗さがなく美しく描かれていたことで支持する人もいる。

 今から思えば、宮崎が朝日新聞で映画について述べた談話は「この映画をどのように観れば感動できるか」という観客に作品の感じ方を誘導する目的があったのではないか、クリエイターとして禁じ手とされるべきマーケティング戦略の一環だったのではないかという気がする。
 だから現にまったく同じようなことをレビューに書いて高評価してる人もいるし、もっと踏み込んでゼロ戦を「世界で一番美しい飛行機」と書いてる人もいれば、「国を守ることに必死だった」主人公の描き方を高評価の基準に挙げている人もいる。
 宮崎は堀越二郎の戦争責任を否定する論拠として「一生懸命に生きることが大切」みたいな実にずるい言い方をしているのだが、主人公にそういう姿が感じられない、感情移入できないという意味で低評価する人もいた。

 先日僕が批判したように、堀越二郎の伝記まがいの体裁でありながら堀辰雄の『風立ちぬ』を付け足したことを批判している人、戦争の映画に結核患者との悲恋を持ち込んだことを狡猾な手段だと否定している人も僅かだがいた。

 だが、この映画を完全に堀越二郎の完全な伝記だとすっかり思い込んでる人も多く、この映画を高評価している人にその傾向が顕著だった。中には堀辰雄の『風立ちぬ』は堀越二郎のことを描いた原作と信じ込んでいるのではないかというようなレビューを書いてる人もいる。堀越の妻の名が「菜穂子」だと思い込んでいる伏しのあるレビューも結構見受けられる。
(堀越二郎の実際の妻の名は須磨子。「菜穂子」は単純に堀辰雄の同名小説からの拝借である。堀越二郎の妻が結核患者であったかどうかは分からない。だが少なくとも今回の宮崎映画のヒロイン像は完全に堀辰雄の小説からのパクリである)

 宮崎駿は先日の朝日での談話で「東京は世界一結核患者の多い街だった」というデータに信用の乏しい事柄を挙げて「結核」を強調し、「あの頃は誰も長生きしようとは思ってなかった」などとほとんど宮崎の推測でしかない見方によって「短命」を強調していた。
 ああいう話を全面に出していくと、知らない人にとってはどうしたって堀越二郎の実像と堀辰雄の私小説の中の主人公が同一化されてしまって、虚像の堀越二郎のイメージが定着していく恐れすらある。

 結果的に宮崎ゼロ戦映画を肯定的に受け取るであろう人たちの無知につけこんでいるわけであり、堀越二郎は堀辰雄の小説に現れるような人物として受け取られ、ロマンティックな虚像が堀越二郎に付加されてしまう。
 ゼロ戦をはじめ、多くの戦闘機設計者でありながら戦後も三菱重工業の技術者であり続け、防衛大学校教授という肩書きすら持ち、彼の作った飛行機での特攻で命を散らされた若者とは真逆に78歳の長寿をまっとうした堀越二郎は、宮崎の映画ではどうしたって嘘の姿によって美化されざるを得ない。
 そうなれば、宮崎の目論見どおり、あの映画を肯定する人たちの中で堀越二郎の戦争責任や倫理的問題を追及されるようなことは絶対に起こるわけもなく、不問にされてしまうことになる。

 喩えて言うなら、オッペンハイマーに結核で早世した妻がいたという虚構を実話のように映画で描くことによって、原爆開発を主導したオッペンハイマーの学者としての責任を問うべきではない、というふうにハリウッドの巨匠が言い張るのと同じことである。

 
 ヤフーでの宮崎映画に対する批判的レビューに以下のようなものがあった。

ジブリの「風立ちぬ」を観てきました。大泣きすると思っていましたが、「どこが泣くところだろう」と思っていたら、ラストシーンで、エンディング字幕が出てきて呆然、「ちょとウルッとしたあそこが大泣きするべきところだったようだ」と思いました。
一緒に行った妻は、それなりにそのシーンで感動したようです。私が泣かなかった理由は、思うに堀越二郎と零戦についてある程度知っていたからだと思います。
堀越次郎とその妻の部分はジブリ曰く「オリジナル」で、つまり事実ではないということ。「昭和16年6月22日 ---(中略)--- この日、私はたまたま自宅にいた。生後1年8カ月になる二男が高熱を出し、かかりつけの小児科医が往診中(後略)」(堀越二郎著「零戦 -その誕生と栄光の記録-」183頁 光文社 1970年)とあるから、映画と堀越の家族の事実とは全く違う。 これは、ファンタジーだから、エンターテインメントだから許されるという領域を逸脱し、正しい歴史認識の歪曲です。堀越二郎を偶像化しています。正義感のある、心優しい少年のような心をもった魅力的な技術者という良いイメージで描かれています。
 「反戦?どこが?」という印象を持ちました。日本にも素晴らしい航空技術者がいたということをことさらにジブリのあらゆるアニメーション作成能力を用いて美化しています。それによって、日本も航空機産業は、もっと発展していいのではないかという願望を映画は、私たちに抱かせます。
では、なぜ戦後、YS-11などのターボプロップとしては最高水準の飛行機を造ったりできたのに、日本では航空機産業が発達していないのか?旅客機や戦闘機はみんな海外からの輸入ではないか。同じく戦後作製された三菱T-2戦闘練習機は、純国産で、なかなか優れたものでしたが、日本は航空機開発から手を引きました。なぜかということになります。それは、要するに日本では、戦闘機を造って売ることができないからです。民間の旅客機だけ造っていては、莫大な開発費ばかりがかかって採算が取れないからです。747のボーイングだって、基本的には戦闘機や爆撃機を造っているから会社として成り立っているのです。
「宮崎駿監督の遺作となるのではないか。」と、言われているそうですが、私は、「これは宮崎作品の墓場だ」と思いました。
しばらく前までは禁句であった「ミツビシ」の名も映画では度々強調されています。昔、三菱の車は、憎き零戦と同じマークであるミツビシマークを海外でつけられなかった時期があります。私は、この映画の企画には財界からの大変な支援があるのではないかと勘ぐります。宮崎さんがこれまで培ってきた、アニメーション映画作成の能力すべてを用いて、武器輸出を肯定する雰囲気作りに貢献するためにこの映画はあるのではないでしょうか。「俺たちは武器商人ではないから」というセリフが映画の中にはあります。それは開発者は、その武器が何のためにつかわれようと責任を持つ必要はない。ただ、いいもの美しいものを作ればいいのだというごまかしがそこに明らかにされています。
宮崎駿が大泣きしたのは、アベノミクスのお先棒を担ぐ自らの志と反する作品をここまで美しく感動的に仕上げたやりどころのない無力感ではなかったのかと思いました。アベノミクスの第三の矢は軍事産業の解禁だからです。

― 歴史イメージ歪曲の犯罪的作品 ―



 
 話題になっている『熱風』での政治的発言のなかで、宮崎駿は従軍慰安婦への謝罪と賠償の必要性を説き、従軍慰安婦の強制性すら否定しようとする右翼の歴史改変を手厳しく批判した。

 だが、堀越二郎の伝記に堀辰雄の小説のイメージを塗しつけて実像を曖昧にすることにより、宮崎はゼロ戦そのものが持つ武器としての非人道性や開発した技術者の倫理的責任を不問にしようと目論んでいる。

 これは右翼の歴史修正主義者が常習的に犯している歴史改変の卑怯なやり方と同じではいないか。美しく理想化された作中の堀越二郎に対する宮崎の陶酔っぷりは、まるで右翼が都合よく書き換えた歴史を賛美する自慰っぷりと類似する。右翼の歴史改変を批判する宮崎もまた、歴史改変を映画の中で行っているではないか。


 『熱風』での政治的発言を読んだとき、僕の中で大いに溜飲の下がる快感が生じたのだが、あれすらも映画宣伝のマーケティングの巧妙狡猾な手段の一環ではなかったか、そういうような疑念すら生じてくる。

 ゼロ戦開発者の人生を、文学者の美的作品のイメージで巧妙に虚飾している映画に対する批判は、当然リベラルの側から行われるかもしれないということを宮崎は予測していただろう。
 だからこそ事前にああいうリベラルな立場での積極的な政治的発言でわれわれの溜飲を下げさせ、心証をよくすることによって、事前にリベラルな側からの批判が行われにくい空気をつくろうとしたのではないか。


 基本的に宮崎駿は山師のような気風の男だと認識している僕は、それぐらいの狡猾なことは宮崎ならやりかねないと思っている。







この辺境、惰性の慣性、意味という確証のない病

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 参院選が終わる直前に、できるだけ情緒を刺戟されずに自分の大事な一日を生きていこう、というようなことを、漠然とながらも思いつつ、そうしようと思っていた。

 だが何事も理性的で少しの情緒も平坦であろうとするならば、それはそれで無感動というか無感覚を呼び寄せて、案外苦しいものだ。


 イギリスの王室で子供が生まれたらしいが、英国人がなぜあれほど熱狂できるのか理解し難い。ましてや、なぜそんなことが日本のニュース番組のトップで報道されるのか、なお理解し難い。

 みんな他に感情を燃やしたり、自分のことでいっぱいいっぱいになるような充実感がないのだろうか。

 もしかしたら、ああやって一つの慶事を皆で共有し合う行動の中に自分を充実させられているという確証が得られる気分になるのかもしれない。


 英国の王室のニュースにしろ、参院選にしろ、なんとかミクスにしろ、田舎の辺境で生きて、ツイッターもLINEもやらず、フェイスブックはプロフィール写真すら載せずに放置し、ネットを開けばこのような憂愁の色に閉ざされたようなところで、取り立てて必要のない文章をつらつら積み重ねている僕にとっては、僕以外のどこかに僕が嫌悪するような世界があって、僕だけがこの辺境で虚無僧のように戯れに音のない尺八を吹きながら流離っているようにすら思える。


 最近、夢の中に加藤和彦と安井かずみと中丸三千繪が出てきた。

 どうもその夢が気になって仕方なかったので、いろいろネットを巡っていたら島崎今日子が著した『安井かずみとその時代』の感想ブログに行き着いた。
 
 それを読んでいると、どうも苦しくて。自分の人生のこととか考えてしまって。

 人と強烈に結びつきを持ってこれ以上ないくらい濃密な人生を生き切ることも羨ましいのだが、濃密に繋がっていないと一人の人生が完結しないというのもとても苦しそうで。

 僕なんかは誰かと繋がることが非常に苦しいので、むしろ誰とも繋がらなくても自分がどこまで孤独に耐えうるかを修行するみたいな実験をしている。だが時々、濃密に人と繋がって行くところまで行き切るような人たちが羨ましく思えたりもする。

 誰かと繋がらないまま、僕はもはや成す術もなく、唯一つの自分の人生の事業を成し遂げられたなら、もういつ天に召されても構わないと思っている。
 でも僕はやるべきことの周辺をなぞるだけで、少しもそれを始められずに、時間を無駄に貪って惰性の慣性に日々を任せてしまっている。


 いっそ、英国王子が子供を抱いて病院を出る場面に心躍らされるような人間で在れるなら、どんなに楽なことだろう。

 何もかも「なかったこと」にして、誰でもいいから他人の人生の中に自分の人生を投げ込めたら、どんなに何も考えずに生きられることだろう。


 いったい、僕が選んだ、選び続けているこの人生の中に、意味なんてあるのだろうか。無意味なままに時間だけが減り続けていくだけなのだろうか。






人が情緒のスイッチを欲しがるときの隷従の危うさ

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 自分の中に宿る排他的なナショナリズムや社会的事象に対するヒステリーは、どのように克服されるべきか。

 一つの手段としては、感情障害を治療する際の認知療法をこれらに応用してみることだ。


 メディアに接していて自分とは直接的にも間接的にもほとんど繋がりのないようなことに、人は場合によって自分が当事者であるかのような激しい興奮を呼び起こされたりする。たとえば事件報道に対する義憤だとか。
 義憤はありうるべきものではあるが、それをコントロールできずに理性を失うようになるとするなら、それは単純にヒステリーと看做されるべきである。情緒を刺戟されたら沸騰するやかんのような「物」にさせられているのだ。

 僕のような感情障害の人間は、情緒がコントロールできずに絶えず興奮を強いられるような「物」のような状態にたびたび追いやられる。だからいつも「この激しい感情は人間的なものなのか、病気に由来するものなのか」という問いたてを常に自分に課すような習慣を持っている。

 感情がどこからくるものなのか、どんな作用が働いて増幅されているのか、いま自分は疲れていないか、運動不足に陥っていないか、ゆうべはきちんと適正な睡眠量を摂ったか、腹は減っていないか。

 とにかく、感情に無駄な余計な横槍とか、理性的な状態であればなんでもないことなのか、その「妥当性」を判断しようとする。

 そうすることによって、感情が「正常」なのか、克服できるものなのか、おのずと答えが現れてくる場合もある。たとえば今週は仕事が多くてぐったり疲れているから、中韓のニュースに異常に腹立たしくなってしまうのだ、と分かったとすれば、ではリラックスして余裕を感じられる時に同じことに触れたとしたら怒ったりしないかもしれない、そういう可能性を認識することができる。それが分かっただけで、感情のヒステリーが実に取るに足らないものであることを認識して、くだらないことに捉われなくて済む場合もある。

 あるいは、このような認知療法的なやりとりを試してみるだけでも、人はずいぶんと理性的な存在性を取り戻せる。感情の妥当性を常に吟味する習慣がつけば、一日一日も過ごしやすくなり、本来自分が所有すべき時間を本当に自分自身の時間として過ごせるようになる。「物」にならずに済むのだ。

 とにかく、メディアによって義憤ヒステリーや安物の愛国心の犬のようにさせられないことだ。

 メディアが送り込んでくるものはほとんどが実はそれほど自分に関係ない、必要のないものが多分に含まれているのだけど、これらに反応して怒ったり粘着的に執拗に追いかけることで、人は簡単に情緒のスイッチしかない「物」に転落させられる。

 だがそれは実にくだらないことだ。なぜならわれわれの感情を憂鬱にさせたり怒らせたりすることはメディアの思う壷であって、われわれをが我を失い「物」にさせられることは自分自身でいられる時間を奪われ、惨めに暮らさせられているだけだからだ。

 悪意のメディアの嫌がらせによって彼らに飯のタネを与えている「物」になどなりたくないと強く思うのであれば、不必要なニュースリンクを踏まずに有意義にブログを書いたりできるものなのだ。



 メディアがわれわれの情緒を占有してしまおうとする方法にはいろんな手段があると思うが、僕の場合は「音」に訴えかけられると、途端に感情のコントロールを奪われて自分でいられなくなる。

 だから必要がなければ人が多く集まる所へは行かないし、TVは全然見ない。

 TVは人の声ばかりではなく、むちゃくちゃなくらいの情報量で四六時中「音楽」をわれわれの中に流し込む。音楽とは人を情緒的にする最も有効なメディアであるからだ。
 CMで音楽が流れないものはないし、昨今のTVドラマなんか劇伴の垂れ流し状態で、劇伴が流れない時間なんて1時間ドラマの中で5分もないのではないか。ニュースやドキュメンタリー番組に関しても民放なんかはTVドラマ並みに音楽をぶち込んでいるんじゃないだろうか(音楽が流れないのはコメンテーターが喋る部分ぐらいかもしれない)。

 ニュース映像に音楽と意図的な編集が加わると、簡単に感情を左右させられてしまう。どうでもいいことに怒ったり笑ったりするアホにさせられてしまうのは、編集する側の論理をなぞらされてメディアの意見に誘導されているだけなのだ。だからニュースやワイドショーは絶対見ない。

 TVドラマやバラエティーにしてもそうだ。音楽や録音笑いが大量にぶち込まれなければ、実は全然面白くなかったり感動させられたりしなかったりする。TVドラマに泣く、という神経が僕には理解できない。放映する側はわれわれ視聴者の感情を左右するレベルを本来低く見積もっている(つまり視聴者をバカと看做してる)。だからこれでもかというくらい、とにかく音楽を垂れ流す。

 逆に言えば、音楽や音声がなければほとんどの映像メディアは無意味で下らない絵の羅列に過ぎなかったりする。試しにTVの音声を消した状態でTVの映像だけを眺めてみるとよい。たぶん本当の意味で「無感覚」になれるはずだ。TVの音声がない状態に我慢できなくなってTVの映像を見てなくても音だけ聞こえていれば安心したりする人は、僕からすれば自ら進んで情緒のスイッチだけの「物」の存在になることを欲しているようにみえる。

 僕は不必要に感動したり、誘導させられて感情を他人に動かされることに我慢ならない。バラエティーは勿論の事、TVドラマなんて「ほらほら感動しろ」と自分を見下した連中に投げつけられた安手の芝居に過ぎないと思うようになってから、僕は全然見なくなった。
 TVドラマは僕の感覚で喩えたら、全然セックスしたい気分じゃないのにクリトリスを執拗に舐められたら簡単にセックスしてしまう女への男の愛撫みたいなものである。


 映像なんてものは作るのがそんなに上手でなくても、良い音楽や的確な効果音の組み合わせが加われば、人の情緒に刺戟を与えるのは誰でもできる代物なのである。自主映画やMusic videoを作ってきたから僕にはそれが劣等感に覚えるほどよく分かる。なんでこんなに映像編集が下手で良い映像が作れないのに、音をかぶせたら簡単に他人の好感をもらえることに対して自己嫌悪に陥るときは頻繁にある。
 YouTubeで素人玄人を問わず自分の好きな音楽のMusic videoを見つけたら、試しに音楽をミュートにしてみるとよい。それでも何か感じさせられるものがあるとすれば、そのビデオは映像編集が上手いのだと思う。


 音楽の効果で映像がどうにでも人を操作できるものだと気づいてから、僕は映画をほとんど見なくなった。ハリウッドの映画なんてほとんどが似たようなオーケストラ音楽を使ってるから真っ先に見なくなった。

 たとえばレオス・カラックスの『汚れた血』を僕がこよなく愛する理由は、音楽も少ないしセリフの言い回しもうるさくないからだと感じてる。映像はすごく感覚的なのに加えて、俳優たちの声が実に音量が小さい。現実の日常と同じぐらいの音の量の空間を見ていると感じる。そのリアルさが好きなのだ。(それゆえ僕は演劇は一切見ない人間なのである。なぜならセリフを大声で言うのは非日常的な光景だから限りなく嘘の人間を見てるように感じるからだ)


 映像を見ていて「テンポが良い」と感じるときは、たぶん、われわれの情緒を刺戟する効率が巧みな状態なのだと僕は思う。だからそういうものに出会ったら、少々警戒する。自分が本当に感動してるのかどうか分からないからである。

 「泣ける映画を見たい」という心理は、ファシズム国家のマスゲームで興奮する状態と似通ったものだと思っている。何も泣くことを要する状態ではないのに「泣きたい」というのは「情緒を愛撫されたい」ということである。情緒を刺戟する側の奴隷になりたいというような異常心理だとすら思う。

 そういう欲求を僕は、「怖い」と思う。

 今まで長々と書いてきたが、情緒を刺戟されたいという状態は、自分が要らなくて、進んで相手の思うままになる「物」化を欲する状態だと思う。
 これらは容易に、社会的ヒステリーの素地になりうる。

 だから、怖いのである。


 余談ながら、「泣ける映画を見たい」という女がいるとすれば、その心理は結局のところ「勃起できるAVが見たい」という男の欲求と同じなのではないかと思ったりする。




 
 

 

いっそ憲法改正してしまうのが民度の低さには良い薬

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 結局、前回の総選挙に引き続いて、今回も選挙区・比例ともども共産党に投票した。

 今朝の新聞にも公約が載っていたのでもう一回読んでみると、共産党は「将来的に医療費の窓口負担を無料にする」とか、大企業の内部留保の数パーセントを賃金だかなんだかに回すことで内需を刺激させる(数字は忘れた)と書いてあって、「前向きじゃないか!」と思ったので共産にした。

 医療費の窓口負担無料なんて絶対実現しないだろうが、そういうことでもやらない限り、今後どんどん増えていく貧乏人はにっちもさっちもいかなくなるだろう。というか、今回の参院選で日本は終わったと半分思っている。

 前にも書いたように、僕は「自分が日本人であるという決めつけのアイデンティティは捨てる」という方針で生活しようと考えている。だから自民が圧勝しようが、近所に住む民度の低い自民支持のバカ百姓どもがそのうち悲惨な目に遭おうが、知ったことではない。
 たとえ友人であろうとも自民に投票したような奴なら、いつかそいつらが経済的に困窮しようとも「自業自得じゃん」と談笑しながら、お手頃な太さのロープでも差し上げようと思ってる。

 国民同士の間に分断を強いて弱者叩きをするような国にしたのは官僚や政治家だろうが、日本人の性懲りのなさはちょっと、業病だと思う。



 
 スタジオジプリが作ってる小冊子『熱風』というのがあって、今月号は「憲法改正」について宮崎駿や高畑勲が語っているらしい。

 なかなか評判だったようで部数を全部売り切れたので、特別にPDFで配布しているのだという。

 こちら (IEなら右クリックで「対象をファイルに保存」でダウンロードして読める)

 昨日は宮崎駿をケチョンケチョンにこき下ろして、あんな兵器ヲタは一回戦闘機の機銃掃射で内臓をぶち抜かれたり、焼夷弾の束で身体を串刺しにされでもすれば、ゼロ戦ヲタが治るんだ、この堀辰雄の盗用ジジイが、というふうに腹が立って仕方なかった。

 ネトウヨの掲示板でこの小冊子の内容の抜粋コピペがあって、かなり言ってることが政権に攻撃的な内容だったので読んでみた。
 たぶん、『熱風』の中で書いてることが本当なのだろう。
 
 宮崎は商魂の油がギトギトしてるような山師みたいなところがあるので、時には先日朝日のオピニオン欄でぶち上げたような論理の整合性のない乱暴な物言いをするときがある。

 『熱風』の中で、「自分の命よりも大事な大義があるんじゃないかと思ってそのために死のう」とするような、軍国少年のような性分があるとも自らについて評している。おそらくこの部分が僕には受けつけられない脂ぎった暑苦しさなのだと思う。

 他のことでは宮崎と僕の間にあまり大した考え方の違いはない。むしろこの時期によくぞここまで言ってくれた、と少し愉快で溜飲が下がる思いがした。


 だが実際に戦争が始まったりしたものならば、この男の考え方は180度回転して、真っ先に戦争礼賛を呼びかけるんじゃないだろうか。やはり脂ぎった山師ゆえに信用できないジジイだという疑念も感じている。




 従軍慰安婦だとか南京大虐殺だとか、規模はどうであれ実際に起こった事実に基づいて祖国を批判されることが耐えられない、というような人が大勢いるらしいのだが、その心象が僕には理解できない。

 普段はリベラルな平和主義者の母が、ついこの間韓国の裁判所で日本の強制連行に対する賠償を認める判決が出たとき「いまだにこんなことが起こるのか」と怒ってたりしたが、僕は「当たり前だろう」と単純に思った。花岡事件のようなことがあったぐらいなのだから知性で考えて「ありうべきこと」だと認識しているからだ。

 もっと極端に、「広島長崎に原爆落とされたことだって自業自得ではないか」と考えるときだって3年に一回ぐらいはある。
 むごたらしい戦争を始めた方が悪いのだし、「最後通牒だ」と批判されてるハル・ノートの内容だって「侵略された側からすればこれぐらい当たり前」と思うし、アメリカと戦っても勝てないと分かってたのに無責任に多方面戦争に入り込んだバカが悪いわけで、戦争の終わらせ方だってもっと賢く終わらせる方法もあったのに終わらせずに沖縄を犠牲にしただから、本土が原爆攻撃されるのも無理からぬ話ではないか。そう考えるときもある。

 今だって同じことだ。ジリ貧状態の実体経済をほったらかして量的緩和という机上の実験で誤魔化しているに過ぎないのに、「これで何かが変わる」というような神頼みのような空疎な確信にすがるからこそ、格差を拡大させるだけでしかない自民を助けている。これで都合が悪くなろうとも民度の低いバカが全部悪いのである。

 だからバカ勝ちした自民が憲法改正に成功して、徴兵とか特高が復活して、息苦しい時代が戻ってきたとしても国民が悪い。もう一度震災が起こって原発がやられて大勢人が暮らしを奪われても、脱原発を止めた自民にすがった連中が悪い、東北を見捨ててきた報いじゃないか、結局そういう理屈ではないだろうか。

 別に僕は自民信者が報いを受けるようなカタストロフィを願望しているわけでもない。ありうるべき可能性を淡々と推測しているだけのことである。


 どうしてもっと、乾いた知性で、自分たちの将来をクレバーに考えられないのか。中国や韓国に情緒的に反発するような頭をもっと突き放して賢くなれないのか。それが全然理解できない。


 じゃあ、なぜ僕は日本だとか自分の周辺のローカルに冷め切った頭で「ありうるべき災厄」のことばかり考えるのか。なぜ、コンプレックスの強い連中の自慰史観なんかに引っ張り込まれたりする人間ではないのか。

 それもあんまり大した理由がないような気もする。

 取りあえず、今日のNHK大河みたいな暑苦しい演出に感動するなどというトチ狂った化学反応が僕の中で怒らない限り、僕はいつまでも今のままなんだろう。あれを見て「泣いた」とかいう朝日記者の情緒の暑苦しさが信じられなくて困る。

 僕は見てなかったのだが耳の遠くなった両親が大音量で見ていたので、あの砲弾の音の気持ち悪さが気になって仕方なかった。

 僕が情緒的に反応するとすれば、あの生理的に受けつけられない砲弾の音をTVで聞かされるようなときぐらいかもしれない。

 ドラマとはいえああいう気持ち悪い砲弾の音を生理的に慣れながら、なお戦う「大義」とかなんとかを振り回すヒロインのドラマに泣ける神経の方がずっと怖い。







名作の盗用すら辞さない兵器ヲタ宮崎駿の自信喪失

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 地元紙の一面全部に幸福実現党の広告が載って、大川隆法の談話記事が書かれてあった。

 昨今の脱原発や再生可能エネルギーへの転換の動きについて、大川は「原始的」とか「まるでルソーの『自然に帰れ』みたい」と述べていて、絶句させられた。

 東大の法学部出てるくせに、俺よりオツムが相当悪い人間が、ルソーの「自然に帰れ」の意味を全く知らずに勘違いしてるなんて。
 それとも、あれか、意味は知ってるけど、ジョークのつもりでわざと言ってるのか?

 もしルソーの言葉の意味も知らずに使ってたとしたら、こんなに思想史に無知すぎるオツムでも教祖になれたり、日本中にこんなのについていく愚弄な信者がいるってことだ。

 大学で真剣に宗教学を勉強していた俺とか他の奴らなんて、世間的な価値観からすればまるでバカみたいじゃないか。




 いよいよ参院選投票日だが、共産党と社民党、それとみどりの風のうちの、どこに投票するか迷っている。

 俗世間的にはみどりの風が一番「中道」ってところかもしれないが(俺は全然そう思わないが)、未だ海のものとも山のものとも分からない政党であり、左派勢力の中で一番(わずかに)勢いに乗ってるのは共産党かもしれないが、未だ「確かな野党」を脱し切れておらず、与党の政策の批判や否定を選挙公約の大部分を占めていて建設性に疑問がある。
 結果、俺の考えに一番近い政党はというと、日本の中では社民党がぴったりではあるのだけど、今まで一回も社民に入れたことがない。理由を世論調査っぽく述べるなら、瑞穂ちゃんの「人柄に期待が持てない」からなのだ。

 自称アナキストの俺の政治信条は実のところ社会民主主義なのだと思っている。日本の社民党の政策は俺の思想にリンクする部分が多い。でも、土井さんが党首だった頃から好きではなかった。女の所属議員ばかり集めてコーラスやってたりするような空気が大嫌いだった。

 社民だろうがアカだろうがミドリだろうが、もはや左派と中道左派政党の間では政策的にあまり隔たりはなくなっている。無意味に党派性にこだわってるうちに、この国からリベラルが消え失せていってしまったなら、戦前の左翼や戦後の新左翼と同じ過ちを繰り返すだけのように思う。

 この際、速やかに「反ネオリベファシズム・左派及び中道左派連合市民戦線(愛称:ストップ・ザ・アベゴミクズ)」みたいなチームを組んだ方が良い時期なのではないか。




 俺はスタジオジプリの映画が大っ嫌いで、無料でTVで流してくれても絶対に見てやるか!と思ってるのだが、宮崎駿の志向性みたいなものには若干の興味がある(否定的な意味で)。
 今朝の朝日のオピニオン面に載った談話なんて、ひどすぎるという意味で大変面白いものだった。

 ゼロ戦を作った堀越二郎を主人公にしてるせいか、記者から問われもしないのに技術者と戦争責任の関係性について弁護するような話を続けて、左翼時代の過去のことまで自己批判的に持ち出して毛沢東の顔の悪口まで言う。是が非でも映画を売りたいために「なんでも言ってやる」状態なのだ。

 軍事ヲタである自分の資質を「幼児性の発露」だと率直に認めたり、大学で戦争経済の破壊性を学んで衝撃を受けたとか、堀越二郎の天才的な成果を軍事ヲタの愛国心やコンプレックスの捌け口から取り戻す、とか威勢のいい言辞を述べたりするのだが、これはたぶん平均的な平和主義観を持った人々に対しての「言い訳」だと思う。

 だがどうしても宮崎自身の中に前の大戦の兵器技術者を主人公にしたことへの「引け目」みたいなものがあるらしく、「堀越二郎らは美しい飛行機を作る夢を追いながら戦争の過程を一生懸命生きた」ということでしか肯定性を導き出せない論理の稚拙さが見えすぎて、正直痛々しい。

 堀越二郎の補佐をした技術者である曽根嘉年が、ゼロ戦が特攻兵器に使われたことに触れて技術者としての懺悔の念を述べたことについては「後になって曽根さんは『自分が関わることではない』『仕方がなかった』と思ったに違いない」などと、宮崎は勝手な推測を強弁する。曽根がゼロ戦を作らなかったら「もっとつまらない人生だったと思います」とまで言い切るが、何の権利があって沢山の人を死なせてしまった自責の念に対してたかだか幼稚な軍事ヲタにここまで矮小化される所以があるというのか?

 堀越二郎については「一人の日本国民として戦争責任はある」と言いながら、「一人の技術者が歴史全体に責任を持つ必要はない、責任を問うのはくだらない」という、この矛盾して詭弁じみた論理が宮崎の見解らしい。
 普通の飛行機と堀越らが作ったゼロ戦を一緒くたんにして「飛行機は美しくも呪われた夢」などとレトリックに酔っているが、ゼロ戦が呪われざるをえないのは人を殺傷する戦闘機だからという単純な解答を宮崎は誤魔化している。
 ゼロ戦がそうなのだったら、アメリカ人がエノラ・ゲイをも含めたB29を「美しくも呪われた夢」と独り善がりに修辞しても、それは肯定されて良いものだろうか?
 堀越の技術者としての責任を問うのは「必要ない。くだらない」と言い切れるなら、たとえば原爆開発したオッペン・ハイマーとか、原爆開発に加担した世界最初の原子炉「シカゴ・パイル1号」を作ったエンリコ・フェルミなどの責任を問うのも「必要ない。くだらない」と同じ結論を宮崎は貫徹できるのか? 「B29や原爆・原発はゼロ戦に比べて美しくない」とでも二枚舌で言い逃れるのだろうか。

 だいたい、技術者の責任という高度に倫理的な命題を持つような話を、宮崎のように「時代の中で精いっぱい生きた」なら「これが良くてこれが悪いなんて時代の中で誰にも偉そうに言えない」というふうに済ましてしまえるなら、すべての行いに対して「何も言うな」という結論でチャラにできる、無茶苦茶な暴論の世界しか生まれないだろう。
 たぶん、宮崎はそういう粗雑で暴力的に社会とか歴史を扱うような人間ではないと思う。主人公がゼロ戦開発者である映画を作ったゆえに、一回限りでこんな無茶苦茶なことを言ってるのであり、映画を売りたいがこそ、「初めて泣いた自分の映画」だとか毛沢東の顔が嫌だったとか低俗なレベルまで落ちて観客に媚びられるのだ。エコロジストの宮崎のことだから、たとえばゼロ戦と原発を同じように技術者を免責して済ませるはずもなく、だから今回の作品に関する「弁明」には嘘臭いものしか匂ってこない。

 ヲタの執着とは無縁な俺から言わせれば、ゼロ戦ってそんなにすごいか? 「大量生産に不向きでややこしい」とは宮崎も認めているが、熟練の飛行士による操縦を必要とするような兵器なのに防御性に欠けているなんて、ウイルスに脆弱なのに設定のややこしい無線LANみたいなものではないか。要するに「使えない電化製品」であり、平時なら全く需要が見込まれず返品の山を積むだけに違いない。

 ゼロ戦と同じような話を司馬遼太郎が陸軍の戦車についてエッセイで書いている。
 やはり運転が難しくエンジンの構造が複雑なくせに敵弾を簡単に貫通させるようなものに乗る戦車兵だった司馬は、著書『歴史と視点』の中で乾いた口調で客観的に批評している。「戦争さえしなければ世界一優美なのは日本の戦車」という皮相な物言いが実際にそれと共に戦争へ向かわせられた悲愴なリアルを暴いている。
 
 司馬の戦車に対する口調と宮崎のゼロ戦マンセイの酔狂っぷりを喩えるなら「使えない電化製品」と心中させられる運命を強要された兵隊の惨めさと、ゼロ戦で特攻に行かされる者の惨さを絶対に自分と置き換えたりしない幼稚な兵器ヲタのネット上の空論、というようなものだろう。
 
 結局のところ、ネットの軍事版に常駐するような兵器ヲタの空疎な愛国心と、そういう連中から「堀越二郎を取り戻す」などと子供じみた修辞でムキになる宮崎は、俺からすればどっちもどっちでしかない。




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 だが、宮崎をさんざんからかって「アホだなあ」と笑えても、俺がこのゼロ戦称賛ジプリ映画に対して「絶対に許せない」とこだわってしまう点が一つだけある。


 それはこんな宮崎自己満映画(原作も含めて)を売るために、堀辰雄の名作を独善的に利用したことである。


 堀辰雄の小説『風立ちぬ』の文学世界と、宮崎自己満映画の間には何の関連性もない。自己満映画を見た兵器ヲタがうっかり『風立ちぬ』を読んでしまったら、水(小説)と油(自己満映画)の混濁で腹痛でも起こしそうだ。

 主人公が『風立ちぬ』を読んでいて、「……いざ生きめやも」とか空襲下の夜に呟くとか、そういう演出で引用するなら(相当ありきたりだとは思うが)あっても良いかもしれない。
 だが戦争とか人殺しの兵器と何の繋がりもない、静寂な森やサナトリウムの空気と時間の中で人の生死について凝視するような物語のタイトルと、有名なヴァレリーの訳詞をそのまんま使うなど、はっきり言って「パクリ」である。
 堀辰雄が知ったらきっと不快になるに違いない。描く世界像に互いに何の関係もないからである。単純に結核患者を話に出したら関係が生まれるなんていう下劣な思惑など通用しない。
 
 俺はジプリ映画なんてまったく関心のない事柄だから、今までジプリ映画を批評したりしたこともないし、宮崎駿について述べたことすら記憶がないほどである。
 だが、堀辰雄のタイトルをパクッたことを知ったとき怒りが沸騰した。「いざ生きめやも」とオレンジ色のゴシック体でポッと置かれたジプリの絵を見たとき「なんて安っぽい盗用を……」と絶句させられた(いつのまにか明朝体に変わってた)。「そこまでやらなきゃ売る自信がないのか」と軽蔑もした。

 結局のところ、自己満ゼロ戦マンセイ映画に『風立ちぬ』をパクッたのは「敬意」など微塵もない。兵器ヲタが兵器ヲタ全開の(侵略)戦争映画を作ることにさすがに作者自ら不安を感じたので、女子供や固定ファンに付いて来てもらうために姑息に『風立ちぬ』の「純愛」だとか「生死観」のエキスをちょこっと混ぜたかっただけなのだろう。タイトルまで借用したり、ヴァレリーの訳詞を宣伝コピーに使ったり、わざわざ堀辰雄に敬意を表すなどと「証拠」のようにポスターにまで書いておいたりするのは、結局はゼロ戦開発者を主人公にしたり侵略戦争を背景に置くことに宮崎が「それほどまでに自信がなかった」表れでしかない。

 今朝の朝日でも「あの頃は健康で長生きしようなどと誰も思っていなかった」だとか「東京は世界で一番結核が多かった街だった(データでもあるのか?)」とかわざわざ『風立ちぬ』に阿るようなことを強調したのは、これは『風立ちぬ』みたいな要素もある映画なんだと売り込むための姑息な付け足しである。

 「あの頃は健康で長生きしようなどと誰も思っていなかった」などとよくぬけぬけと言えるもんだな。生きたくても生きられなかったんだよ、てめえが絶賛するゼロ戦に乗って特攻させられたり、負けるのが分かってた戦争のせいで空襲やなんかで殺されたり、飢餓や病気に苦しんでな。戦争体験がないてめえが見てきたように「長生きしたくなかった」なんてよく言えるよ。美談みたいに言いやがってよ。てめえにとってはあの戦争は「天才のひらめきの成果」であるゼロ戦の戦闘実験の場ぐらいにしか思ってないんじゃないのか? 本当のところ「負けるだけではなかったただひとつの存在」であるゼロ戦と、負けるしかなかった戦争で殺された人たちとどっちを大事に思ってんだよ、クソジジイが。

 宮崎は本当に『風立ちぬ』を最後まで読んだのか? 飛行機の話だから単純に「風」が欲しくて、「堀越二郎だけじゃなくて堀辰雄にもちゃんとリスペクトしてますよ」という嘘に関する「アリバイ作り」として「結核患者」が欲しかっただけなのではないのか?(わざわざ堀の他の作品の登場人物を引っ張ってくるところが嫌らしい)

 『紅の豚』では加藤登紀子演ずるジーナに『さくらんぼの実る頃』を歌わせて当時の時代の理想と受難をそっとさりげなく織り込むなど、あの頃の宮崎は引用的な演出も随分巧みだったものだ。

 それが今回に至ってはタイトルをパクる、わざわざ堀辰雄の名前をポスターに銘打つ、あの時代には当たり前の死病だった結核の話やら、毛沢東の顔が嫌いだったとか「左翼卒業」みたいな話まで喋って、ごく平均的な映画ファンや兵器ヲタのどっちにもいい顔をして宣伝する。
 小説の有名な文句を全然関係ない分野の話に混ぜ込むなど、クリエイターのやることとしては下の下である。宮崎自己満ゼロ戦ヲタ映画の『風立ちぬ」に対するような盗用が許されるなら、佳子さまヲタの皇室マニアが「生まれてすみません」というキャッチフレーズで『二十世紀旗手』というタイトルで昭和天皇を主役に映画を作ったってオーケーなわけである(無論、佳子さまに似たような実在しない皇族とか華族の令嬢が設定されて、ポスターには「陛下と太宰に敬意を込めて」と書くべきだろう)。

 そんなバカバカしいジョークみたいなレベルのことをやらずにおれなかったのは、宮崎駿の作家としての劣化ぶりを如実に示している。


 どこか世相が右寄りになって、国民が自国の優位性を確認したいような願望に捉われる排他原理の疼くこの時代だからこそ、兵器ヲタが心おきなく兵器ヲタ全開の自己満映画を安心して売って金儲けする決心がついたのだ。


 ゼロ戦パイロットを「歴戦の勇士」と持ち上げるだけで、そのゼロ戦によって殺された者やゼロ戦で特攻させられた者たちの悲惨さへの思い至りなど微塵もない。

 自分の映画に対する宮崎の弁明と、靖国に参拝する政治家どもの理屈はあまり大きな開きを感じない。

 
 宮崎駿のヲタ自慰映画なんか見る気もしないが、子供の時に見た『零戦燃ゆ』は本当に誠実な映画だった。

 ヲタがマスかくような稚拙さでゼロ戦を賛美するような描写はまったくなかった。

 ゼロ戦に魅せられた兵士の捨石のような運命、背景に置かれた貧困、ジリ貧でしかない現実の戦争。願望の入り込む隙間すらないリアルな映画だった。







「かんたん設定」という理不尽な悪意への「かんたん」な殺意

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 15日の昼間、激しい雷雨に襲われた。

 落雷が特別にひどかった。ピカッと光った瞬間にドドーンという感じで、雷光と落雷音の合間がほとんどなく、どうやらこの街の周辺が集中的に落雷を浴びたようだった。
 まるで爆撃のようであった。

 夜になって雷も大雨も嘘のようにすっかり収まって、パソコンをつけてみるとインターネットが繋がらない。無線LANをいじくったりモデムを初期化したりまで試したのだが、全然初期ページが開かない。

 どうやら落雷のせいだろうと思いつつパソコンショップに電話してみると、僕の住む街の近辺一帯、朝から同じような修理依頼が殺到しているとのこと。

 「とりあえずモデムが無事かどうか確かめて欲しい」と言われたのでプロバイダーに電話。オペレーターの指示に従っていろんな配線を抜いたり挿し込んだり、30分くらいいろいろやらされた結果、やはりモデムが壊れているということで、新しいモデムが配達されたのが昨日の夕方だった。

 モデムが着いたのはいいが、今度は無線LANのルーターがまったく設定できない。

 今まではパソコンショップの店員に出張で設定してもらっていたのだが、去年の年末に一度不通になって以来、どういう経緯か知らないがショップの店長が我が家の担当になった。

 この店長がまた作業をしながらよく喋る。パソコンの難しい話やら、どこかの会社との過去の商談の話やら、訊いてもないのにうんざりするほど喋る、喋る。終いにはプロバイダーを変えろとか相談してもないことまで踏み込んでセールスしてくる。対応していると、最後にはぐったり疲れ果てる。

 去年の年末以前まで我が家に来てくれていた店員さんは無駄なことは全然話さなかった。設定の方法もきちんとしていて、何度か我が家の無線LAN設定に訪れて非合理的な設定をしでかしてネットを繋がり難くした店長の尻拭いまでやってくれて、分かりやすく合理的に説明してくれていた。

 彼は去年の末以前にいつのまにか辞めてしまっていたらしい。だからアホ店長が我が家専属みたいになってしまったのだが。きっと店長がアホ過ぎるので、彼は居場所がなくなったか、衝突でもして辞めたのかもしれない。

 その、よく喋って煩わしいセールスまでしてくるのに、ネットが繋がり難かったりするような設定をするアホに来て欲しくなかったので、昨日の夜からずっと自力で無線LAN設定に取り組んでみた。「無線LANのかんたん設定」とかいう名の薄っぺらい説明書どおりにきちんとやってみるのに全然繋がらない。どこが「かんたん」なのか、理不尽で仕方がない。
 昨日の夜に風呂も入らず5時間ぐらい汗だくで取り組んで、ようやく僕のパソコンとモデムとルーターを有線設定するところまでこぎつける。一番簡単なことなのに、説明書どおりやってみて成功せず、自分の頭でいろいろ考えて別のやり方を試みて繋がったが、5時間かかったのである。
 あとでその無線LANルーターの発売元をグーグルで検索してみると、同じ悩みを抱えたユーザーの質問ページが数多く列挙して出てくる。発売元がネットで説明しているのを読んでみると、商品の箱の中に入った薄っぺらい説明書とは全然違うことが書いてあったりする。ネット接続のために何か他のアプリケーションをダウンロードするように指示してあったりもする。

 今日は僕のパソコンに繋いだルーターの親機と、甥のパソコンの無線機能を繋ぐ作業に没頭させられたのだが、これは5時間かけても全然できなかった。疲れ果ててしまった。

 いったい、どこが、「かんたん設定」なのか。

 ルーターの商品箱の中には説明書は薄っぺらいものしか入ってないくせに、設定の「出張サポートのご案内」なんかはやたら詳細だったりする。値段をみると1万円ぐらい取られるらしい。

 なんか、ごく「かんたん」な悪意を見せつけられているようで、こっちもほとんど「かんたん」に殺意すら湧いてくる。



 ネットに接続できなかった2日ばかり、ヒマなときはやることがなくて困った。やることがない、ということがやたらと情けなく感じたりもした。

 他のモバイル端末は何も持っていないのでネットには完全に繋がれなかった。仕方ないからパソコンの中に秩序もなくどっさり溜まっていたファイルを整理したりDVDにバックアップしたりしていた。
 
 音楽ファイルが残っていたので聴いてたりしていると、なんかすごく幸せな気持ちになった。CDラジカセ等は壊れたまま放置して、CDすらも押入れの奥にしまいこんで容易に取り出せない。音楽は車の中で聴くだけで、部屋にいるときは専らYouTubeにばっかり依存しているから、ネットに繋がれなくても音楽を部屋の中で聴けるという単純なことにものすごく至福を感じた。

 
 DVDを整理していたら、かなり以前に友人にもらった『マルサの女2』をみつけたので、高校生以来ぐらいのスパンで再見したが、すごくカタルシスを感じさせられた。初めて見たときは全然感動も何もなかったのに、『マルサの女』よりもすごい映画だと圧倒的に納得させられた。

 高校ぐらいの頃よりは少しは政治経済に関する知識も増えたのもあるだろうが、普遍的な題材であるように思えたし、今またリアルタイムの日本を見ているような感じもして、泣かされそうになった。

 国税庁査察部という「権力」の立場から、政治家や大企業という「権力」に向かっていく「反権力的」な映画なんて、伊丹十三以前に誰も作らなかったし、これからもそんなトリッキーな発想を持った人は現れないだろう。

 それにしても、『マルサの女2』の徹底された巨悪の暴き方は凄絶というしかない。

 伊丹は自殺したんじゃなくて殺されたんだという説があるけど、殺されてもおかしくないほど、リアルな凄絶さだ。





生存が困難ならば国家への帰属性など何の価値もない

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 昼間、母と政治の話をする。


 アベゴミクズや極右が大嫌いな母は「行くとこまで行かへんと日本人は分からへんかもしれんな」というので、「もう一回、東海地方から日向灘まで連鎖するような震災が起こらな、あかんな」と答えたら、「そんなん言うもんでない。日本があかんようになったらどうするんや」という。噛み合わない会話である。

 母にとっての「行くところまで行く」というのは、どのような状態を想定しているのか分からない。だが僕にしてみれば、震災か原発事故でも起こらない限り、日本人の「なんとなく景気が良くなる」ような幻想は終わらないだろうし、経済さえ回復するという幻想が維持される限りは日本人は憲法さえ犠牲にすると思う。

 中国が攻めてくるとか絶対ありえないし、戦争が起こらないならば日本人が変わるきっかけは東南海大地震ぐらいしかないだろう。つまりそれぐらい「行くところまで行かないと」日本人は変わらないと僕は理性的に判断しているのだが。

 だから僕にとっては「行くところまで行く」というのは「日本があかんようになる」と同じ意味なのである。

 僕と母の違いは、母は感情として株価が大暴落するぐらいは許容できても日本のカタストロフを恐れているのであり、僕は単純に客観的な思考から株価の大暴落ごときで変化は考えられず徹底的なカタストロフ以外に変化はありえないと信じているのだ。

 「日本が住めんようになったらどうするんや」と訊かれたので、「難民になって外国に行く」と答えた。

 経済がどうなろうと、憲法が変わろうと、どでかい震災が来たとしても、選択肢などあるわけがないではないか。日本が住めないほどに破滅したら外国に行くしかない。

 要するにアイデンティティの問題なのである。

 母にしてみれば自分が日本で人生を帰結する日本人としての前提が当たり前であるのだが、僕は日本人というカテゴリは容易に変わりうるものだと思ってる、そういう違いなのである。


 リベラルな人間にとって、戦後以来、今の日本ほど生きにくい国はないだろう。

 だが、単純に経済苦を除いてみれば悩む必要など何もないのである。だから元公務員の夫婦であるリベラルな両親が、今の日本の政治状況に悩むなら、自分が日本人であるという前提を捨ててしまえば、ほとんどの場合、苦悩する必要などなくなってしまうのである。


 たとえば独立して証券業とか営んでいて、日本だけでなく海外にも株とか土地とか外貨を持っていて、一年の半分くらいは外国で暮らしているような人が現にいるわけだが、彼らは日本が右翼的な憲法に改正されたとしても、それで悩んだりするだろうか。
 そういうセレブは政治的変動に伴う株価や為替相場の混乱には悩むだろうが、憲法が改正されたとしてもその事のみを持って憂国の情を抱くなどとは、僕には考えられない。憲法が変わって抑圧的な国になったとしても、平和さえ保たれているならば、極右政権ですら応援するだろう。


 僕はたぶん、この先もずっと貧乏人だと思うので、そういうセレブたちのようにはならないだろうけど、もし資産さえあるならば、民度の低いポピュリズム国家の祖国が極右に牛耳られてしまうときは、さっさと日本人をやめようと思っている。

 今日の朝日新聞を読んでたら、中村うさぎが「こんな国と関われないと思ったら香港人の夫と一緒に香港に行く」というような趣旨のことを書いていた。まったく同感である。


 国家に帰属性を持つから苦悩せざるを得ないのであるが、言い換えれば帰属性なんてのは平和な先進国民にとって贅沢な感情でしかないのである。

 自分がたとえば、90年代以降ソマリアに生まれたとか、ダラムサラ以外の土地で生まれ育ったチベット人だとか、どこかの政情不安定な国の山岳国境地帯で活動する反政府ゲリラの親から生まれたとか、そういういろんな環境で生まれた人のことを想像してみたら、確固とした国民国家への帰属性なんてものは、もしかすると完全に保ちうる人間の方が世界では少数であるかもしれない。

 
 極右どもに迫害されて日本で生きることが政治的に困難になれば、日本を捨てるという選択もあってよいと思うし、他国で自分が日本人の血統を持っているということで迫害されるならば、日本で日本人として生まれてしまったという属性を「別に関係ないやん」と思ってくれる人々の国に向かえばよい。

 自分の生存が困難ならば、国家への帰属性など、何の価値もないのである。


 僕が子供のころ、一時期ベトナムからボートピープルと呼ばれる難民の人たちが話題になっていた。

 彼らはとても貧乏だったからそういう意味で幼い僕の心に蔑みの感情があったのだが、同時に、「国を捨てる」という行動に対しても子供が理解出来うる限りの部分において、僕の中に蔑みがあったことはなんとなく覚えている。
 だが今にして思うなら、政治的に抑圧的である共産圏から出て行くということは当たり前のことなのだ。


 日本に自由が失われていって、そのことを嘆くぐらいなら、苦悩の根源である日本人であるという帰属感情を捨てる。


 そんなに簡単なことではないんだとしたら、たぶん、僕は本当の意味での愛国者であったりする可能性もあるかもしれないが。






 
 

クーラーがなくて地下鉄の通路で過ごしたころのこと

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 診察の帰りに院外処方の薬を受け取りに、薬局に行ったときのこと。

 とても細やかにいつも応対してくれる薬剤師が「最近お変わりはないですか?」と問うので、

 「家にクーラー置いてないので、夜が暑くて寝苦しいです」

 そう答えた、ほんの一瞬、薬剤師の表情が少しだけ曇った。

 たぶん、(この患者さんは経済的に困っているからクーラーを買えないんだ)と彼女は了解したのだと思う。そうではないのだが、いろいろ説明するのは面倒なので、誤解されたまま会話を続けた。


 僕の家はクーラーは2つ置いてある。ただし1つは、30年くらい前に生前の祖母が買ったもので、もう何年も使っていない。もう1つは京都の大学時代に僕が買って下宿に取り付けていたものだが、これなどは帰省して以来、引越しのときに取り外した状態のまま、放っておいてある。

 つまりクーラーはあるのだけど、使っていないだけなのだ。でも、「クーラーはあるのだけど使ってない」と言うのが一々面倒になってしまって、「クーラーはない」で済ましてしまっている。



 僕の両親は信じられないくらいドケチなので、夏はクーラーを使わずに過ごすようにしている。そんな生活を、大学のときに下宿していたときを除いて、ずっと僕はそういうふうに夏を過ごしている。

 そういうふうな話をすると大体の人が「よく耐えられますね」というふうな反応をするけれど。

 猛暑になると、昼間は家中の北側(玄関の反対側)の窓は全部取り外す。南側の窓やドアは普通の網戸よりも目が大きい、運動場なんかのバックネットみたいな網を上から垂らしている。そうすることで、できるだけ風の通り道を作ることで涼しくなるようにする。
 夜になると、日中に外しておいた北側の窓を全部元通りに取り付ける。これが大変な手間がかかるのだが、うちの両親はとにかくドケチなので、クーラーで電気代を吸い取られるよりも、一日の間に窓を外したり取り付けたりするような、まるで年に一回の大掃除のときみたいな手間の方を選ぶのだ。

 もう、生まれたときからそうやって夏を過ごしているので、クーラーの冷風が寒く感じたりするような身体になってしまっている。
 職場なんかで設定されているクーラーの温度だと少し寒いので、長袖を持っていったりする。それとかスーパーの生鮮食売り場なんか、寒すぎて、10秒もそこでじっとしていられないくらいである。

 
 そもそも実家の周りは西隣に家があるだけで、他方は田畑に囲まれているような閑散とした僻地である。すぐ近くに大きな川が流れている。だからすごく風が流れやすく、熱が溜まりにくい環境に住んでいる。
 家の周囲は西隣と北側に低い壁があるだけで、南側、玄関のある方は生垣で囲われている。生垣とかいっても、もうずいぶんそういう家はなくなってしまったので説明しがたいのだけど、まあこんな感じである(ネットで見つけた画像で、うちの垣根じゃないです)。

 どういう原理なのかは分からないけど、生垣は風を通しやすくなっているので、近所の川からの涼しい風がそのまま入ってきて、南から北へ開け放たれた家の中を突っ切るように吹いてくる。

 そういう田舎に住んでいるから、どんな猛暑でもクーラーなしで過ごすという、あまり信じてもらえない生活を営むことができる。


 実家で夏を迎えると、毎年思い出すのが、京都で下宿していたころの暮らしである。

 京都は盆地なので夏の猛暑はすさまじい。僕は8年近く大学に行ったのだが、最初の3年ぐらいはクーラーなしで暮らしていた。最初に住んでいたアパートは周囲が木で囲まれたような造りだったせいか、それほど暑いとは思わなかった。

 3年ほどしてオートロックのリッチなマンションに引っ越したのだが、僕が入居したときには最初からエアコンが壊れていた。すぐに大家に言えばよかったのだが不精してしまい、そのまま夏を迎えると、それはもう、信じられない暑さで、日中はもちろんのこと、夜になっても全然温度が下がらなくてすごかった。

 昼間は学校とかに行けばエアコンはあるけど、夜になっても部屋にいるのは苦しいぐらいの熱さなので、コンビニに行ったりしたけど、ずっとコンビニで立った状態でいるのも辛い。幸いにも近所に地下鉄があったから、地下道の通路に座ったりして避暑していたこともあった。電車が走るたびに地下鉄の通路は駅全体にどこに位置していても風が通り抜けることを、そのころ初めて知った。

 
 結局、オートロックのリッチなマンションの最初から壊れてたエアコンは、自費で修理せざるをえなかった。

 当時付き合っていた彼女と部屋でセックスしていると、二人して滝のような汗だらけになってしまっていた。だがこんな暑苦しい状態でセックスしてたら、気持ちいいけれど、最中に熱中症になって互いに腹上死(って言葉でいいのか?)してしまうんじゃないかと、真剣に考えたりしていた。
 ユニットバスで冷水のシャワー浴びながらセックスしたりもしてたけど、最終的には、

「クーラー治してくれないとセックスしない」

 そう言われて、親譲りのドケチの僕も、しぶしぶクーラーを数万円払って修理した。

 
 こういう話をすると、「嘘やん、ネタちゃうの?」と言われてしまうのだが、実話である。


 ということで、毎年猛暑を迎えると、死にそうになりながら、必死で愛撫したり腰振ったり振らせたりしながら、ベッドが滝の洪水みたいな大量の汗で錆びるんじゃないか、そんなことを真剣に考えて過ごしていた、オートロックのマンションでの若かりしエッチをいつも思い出すのである。







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