Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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僕はその程度ぐらいは日本のマジョリティをまったく信用していない

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 政治的な事柄に触れるのは頭が穢れて嫌なのだが、あまり誰も言ってないみたいなので、手短に触れようと思う。

 一連のハシシタの発言に関して。

(従軍慰安婦に関して)
「当時は軍の規律を維持するために必要だった。あれだけ銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、そんな猛者集団というか、精神的にも高ぶっている集団は、どこかで休息をさせてあげようと思ったら慰安婦制度は必要なのはこれは誰だってわかる。 」   

(沖縄の駐留米軍の風俗活用に関して)
「法律の範囲内で認められている中で、性的なエネルギーを合法的に解消できる場所は日本にあるわけだから、もっと真正面からそういう所(風俗業)を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをきちんとコントロールできないじゃないですか。兵士なんていうのは、命を落とすかも分からない極限の状況まで追い込まれるような任務のわけで、どっかで発散するとか、そういうことはしっかり考えないといけない。建前論じゃなくて、もっと活用してほしい」

朝日新聞デジタル 5月14日



 ハシシタの発言の中で特徴的なロジックをなぞってみると、どうやら彼にとっては旧日本軍と駐留米軍は同じ「猛者」集団で似たようなもの、という位置付けであるらしい。

 だから「猛者」の規律を「維持」したり性的に「コントロール」するためには、どっかで「休息」させたり「発散」させるのが必要で、それゆえに旧日本軍にとって「慰安婦」は必要であったらしく、また駐留米軍にとって沖縄の「そういう所(風俗業)」の女性たちは必要になってくる、というものらしい。

 
 つまりこういうことだ、ハシシタにとっては、従軍慰安婦とされた女性と、風俗業に携わる沖縄(限定)の女性は、同じような存在であって、かつては旧日本軍のために慰安婦が必要であった(らしい)ように、今は駐留米軍のために風俗業の沖縄(限定)の女性が必要、と言いたいらしい。

 
 これは従軍慰安婦にされた被害女性に対する強制を肯定すると同時に、沖縄の女性を従軍慰安婦と同じような性的欲求の対象として看做して差別しているのではないか。


 ヘタレハシシタは(東京の猪瀬に張り合って)絶対にアメリカに行きたかったから、駐留米軍の風俗活用発言に関してアメリカ国民と軍に対して謝罪した。

 これに対して沖縄選出の糸数慶子参院議員が「橋下氏がまず謝罪すべきは在沖米軍の性犯罪の被害にあった方、沖縄県民ではないか」と怒るのは当然である。

 ハシシタが慰安婦発言に関して、撤回した上での謝罪を元慰安婦の女性たちにしていない。

 それと同じように、風俗活用発言に関して、米軍に謝罪しても沖縄県民に謝罪しないのは、結局のところ沖縄の女性は従軍慰安婦と似たような立場(兵士の性的欲求のための道具)を担っても構わない、というレベルの認識で、簡単に言えば沖縄を差別しているからではなかろうか。

 今回のハシシタの下品な騒ぎで、彼に「失望した」という話を新聞の投書欄なんかで見かける。

 失望も何も、ハシシタは昔から全然変わってない。最初っから下品だったし心ない発言を繰り返していた。むしろ変わったのはハシシタに対する世間の評価である。

 アメリカが騒ぎ始めたから今回のことが問題視されたんじゃないだろうか。言い換えれば、もしアメリカが怒らなかったとしたら、今のように人々はハシシタを責めたりしただろうか。もしかすると、何もなかったように人々は案外スルーしていたかもしれない。


 僕はその程度ぐらいは日本のマジョリティをまったく信用していない。





 メインサイトの編集を続けている。

 僕のサイトではトップページとホームにフラッシュを二ヶ所おいているのだが、昨夜、唐突にGoogle Chromeでこれらのフラッシュが見えなくなってしまった。

 しかもフラッシュが全然見えなくなったのではなく、両方のページとも、二ヶ所のうちの一つしか見えなくなるという珍現象が起こった。
 ページを開くと二ヶ所のうちの一つしかフラッシュが見えず、再読み込みを繰り返すと、見える方のフラッシュが消えて、見えなかった方のフラッシュが見えなくなってしまう。まことに不思議な現象だ。

 Google Chromeでフラッシュが見えなくなるという現象は割りとあるみたいで、検索結果で得た解決法はほとんどすべてやってみたがダメだった。仕方なくGoogle Chromeをアンインストールして再インストールしてみたが、やはりダメだった。

 僕のサイトには同じ仕様の「海外版」があって、サイトの形式は同じだが言語が日本語でなく英語、というサイトがある。そちらの方を試してみると、トップページは一ヶ所しかフラッシュが見えないが、ホームは二ヶ所ともフラッシュが見える。いったいどういうことなのか?

 もしかしたら僕のブラウザだけでなく、すべてのGoogle Chromeで僕のサイトを見ると同じ現象が起こるのだろうか。

 IEとかFireFoxではそういった現象は見られない。

 念のために、昨夜初めてOperaをインストールして、サイトを見てみた。普通に見えたが、途中からどういう経過をたどったのか、フラッシュを表示する際はいちいち画面をクリックしなければならなくなった。それでも普通に機能している。

 フラッシュにバグを起こしやすいタグを入れたためだろうか、あるいはJavaスクリプトのせいなのか。どうもGoogle Chromeの履歴を消してからこうなったような気がする。





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ハルキ・ムラカミの小説の同調圧力は人気銘柄の株みたいなものである

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 日本が好きで大学院で民俗学を学んでいる、というフランス人大学生とメール交換するようになった。

 リタ・ミツコが好きだと言うと、フランスではすごい人気のバンドだという。
 以前amazonのレビューを読んでると、誰かがリタ・ミツコを「フランスのドリカム」と喩えていた。ドリカムってのは抵抗があるが、まあそれぐらい人気があるということなんだろう。

 どんな曲が好きかとたずねられたので、ぜんぶ好きだが最近は「小さな列車」をよく聞いている、これを聴いていると時々涙が出そうになると言ったら、

 「泣きそうになるってよく分かりますよ。めっちゃ悲しくてが深い歌詞ですよね。第二次世界大戦の残虐非道を排撃しているから」(メール原文)

 やはり、この歌がナチスの迫害を歌っているというのは本当だったのだ。28歳の女の子が知っている程度ほどまでに、「小さな列車」はそういう歌だと認識されているのだ。

 彼女に日本のどんな歌や映画が好きか、と質問したのだが、「恋空」とかONE OK ROCKが好きだという。どちらも全然知らないから困った。
 
 TVドラマなんか、NHK大河の『功名が辻』以来、まったく見ていない。民放なんて日本シリーズ以外はここ数年見たことがない。
 
 ONE OK ROCKの他には安室奈美恵が好きだという。日本文化が好き、という外国人に典型的なパターンだ。なぜかジャニーズだとか浜崎某とかよく知らないビジュアル・バンドはすごく人気がある。映画は絶対に宮崎ジプリが断トツに人気があって(というか、それしか知らない人が多い)、小説は必ずハルキ・ムラカミの名前が挙がる(これもそれしか知らない人ばかり)。

 ずっと前に40代の妙齢のアメリカ人女性からメールが来たが、遠藤周作が好きだと書いてあって、物凄く感激した。遠藤周作を僕も好きなのだが、初めてハルキ・ムラカミ以外の名前を外国人から聞いたからである。

 なんでハルキ・ムラカミがそんなに人気があるのか、まったく理解できない。僕よりずっと前の世代ならたぶんユキオ・ミシマがステイタスだったんだろうけど。どっちにしても、彼らはそんなにすごい作家だろうか? 
 遠藤周作とか太宰治(個人的には嫌いだが)とか小松左京とか安部公房とか、もっと外国で有名たりうる作家はいると思うのだが、なぜかいつもハルキばっかである。大江健三郎とか川端康成を知らない人が多いのも不思議ではあるが。

 日本においてハルキ・ムラカミの人気というのは、一種の同調圧力のバイアスがかかっている要素が高いと、前から僕は思っている。
 ハルキ・ムラカミを読んでなくてはダメだ、話題についていけない、ハルキ・ムラカミに感動できない俺はダメなんじゃないか、そんな同調圧力に駆られて読まされてしまってる日本人は多いと思う。つまりブランド作家なのである。

 日本が好きだという外国人にもそういう人が多いんじゃないか。日本といえばハルキ・ムラカミ、みたいな。日本人のメンタリティー・イコール・ハルキ・ムラカミと誤解してるような。
 もしかすると、本当は井伏鱒二が好きなんだけど、「はぁ、だれ?それ?」と返事が返ってくるのが嫌だから、アイ・ライク・ハルキ・ムラカミと無理やり答えてる外国人も多い、なんてことはないのか?(さすがにそれはないかな)

 こんなにもハルキ・ムラカミを僕が否定するのは、絶対にノーベル文学賞を取るような作品を描いてる人じゃないからである。
 なぜ莫言とかバルガス・リョサにハルキが負け続けたか、理由は単純で、ハルキの小説はしょせん先進国のプチブル市民の感傷をくすぐる程度のものしか書いていないからである。リョサや莫言は第三世界の人々にも通じる普遍的な価値を持った作品を書いていて、その違いなのである。

 だからハルキ・ムラカミのセックス小説でノーベル賞とれるぐらいなら、遠藤周作の『沈黙』なんかノーベル賞を10回ぐらい獲得できてもおかしくなくて、ハルキはなんかというとセックスとか神経症だから、ノーベル賞を受賞基準からすれば視野狭窄としか映らないわけなのである。


 それぐらい僕はハルキ・ムラカミに関する同調圧力を嫌ってるから、親日的な外国人には「ハルキよりリュウの方がまだほんの少しマシだ」とはっきり答えている。


 どこかに池澤夏樹の小説と金子光晴の詩が好きで、コーネリアスの"Point"をいつも聴いてて、伊丹十三の『マルサの女』とか押井守の『アヴァロン』って最高だよね、みたいな、20代後半ぐらいのフランス人女性とかいないだろうか。





もう一度会えるかしら 昔のように 同じ列車で通りがかって

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 前にも何回かブログに書いたと思うが、僕が大好きなリタ・ミツコの曲の中に"小さな列車"という曲がある。

 最近、特にこの曲を聴くことが多い。Julee Cruiseの"In your world of blue"を自作動画に使って、あの陰鬱なメロディが耳にこびりついて離れなかったので、"小さな列車"を聴いてみたら見事にふっ飛ばしてくれた。

 リタ・ミツコのこの曲を、彼らの最も有名な代表曲とされる"マルシア・バイラ"と同じくらい、いやもしかするとそれ以上かもしれないほど、僕は昔から好きだった。

 この曲のPVの完成度は凄まじい。

 メンバーたちが列車を模したような奇妙なダンスをしているのだが、このPVほど内容がぶっ飛んでいて諧謔が効いてるものは珍しい。
 というか、こんな奇妙なビデオ、アングロサクソンのロックPVでは絶対見ることが不可能なほどエキセントリックだと思う。

 僕はこのビデオのような、リタ・ミツコの故意に屈折したエモーションを愛している。






 "小さな列車”の歌詞はとてもユーモラスでありながら、どこかさりげなくシリアスな要素が混ぜ込まれてある。


 小さな列車が / 平野を遠ざかっていく / 行ったり来たり 雨の中

 曲がりくねった道に沿って

 きれいだ / 太陽が平野を横切って 沈みながら / 列車を真っ赤に染める時



 このような情景描写が淡々と描かれながら、PVにも現れるように列車から眺めているような視点で農村の景色が映される。


 農婦たちの帽子が / 風に波打っている

 彼女たちは 時々 涙が出るほど笑う / 恋人のことを夢見て

 もう小麦は取り入れた? / 今年は乳牛たちは 100リットルもお乳を出したよ



 このように不思議なユーモアを漂わせながら、サビの部分になると一転してシリアスな言葉が挿し込まれる。


 小さな列車よ どこへいくの / 死の列車よ なにをしているの

 またそれを始めるの?

 

 "小さな列車"の歌詞の内容については邦訳の付いたライナーノーツで音楽評論家によって述べられているように、「小さな列車」というのは単純に人生に対するメタファーで、そこから見つめられる風景のような描写は人生全体の意味合いを表現したようなもの、そういうふうに僕は長い間、理解してきた。

 ところが不意に興味が湧いてこの曲について検索してみたのだが、実に興味深い日本語サイトを見つけることができた。

 Les RITA MITSOUKO Le petit train - フレンチポップス100年史
 
 上記のサイトによると、実はこの曲、André CLAVEAUという男性歌手が1952年に発表した歌の、歌詞を少し改変したカヴァーなのだという。
 
 そんなことは全然知らなかった。で、さっそくそのAndré CLAVEAU氏の原曲を探してみたらすぐ見つかった。






 ・・・・・・なんか違う。確かに同じメロディだが、キーが違う、っていうか、こっちの方が歌詞のイメージ通りに牧歌的なんだが、リタ・ミツコのPVにあるような変な不気味さが微塵も感じられない。リタ・ミツコのカヴァーは原曲を完全に作り直している。

 さらに驚くべきことを知ったのだが、実はこの曲の裏のテーマはドイツやポーランドで走っていたナチスの強制収容所に向かう列車のことを描いているのだという。
 リタ・ミツコのボーカル、カトリーヌ・リンジェの父は、なんと第二次大戦中にドイツの収容所に連行されていたのだというのだ。

 全然知らなかった。これを知って、かなり衝撃を受けた。

 言われてみれば、確かにそういう解釈で受け取ることは可能なのだ。「死の列車」と表現されていたり、PVの中で、黒い服を着たカトリーヌがなぜか涙を流しながら歌っていたりもする。


 誰ひとり そこで起こってることをしらない

 見なければならないものを 誰も信じようとしない

 でも わたしはそこにいる

 もう一度 会えるかしら  昔のように あれと同じ列車で通りがかって

 答えるのは わたしじゃない



 先ほどの列車から眺めているような農村の情景描写や、サビの部分で歌われるこの歌詞を、強制収容所に送られる列車に乗せられた者の内面として置き換えるならば、かなり切実であり過酷だとも思える。
 「でも わたしはそこにいる」「答えるのは わたしじゃない」のフレーズは、なんと痛ましい事実の突きつけ方だろうか。


 今までの僕はこの歌詞を自分の恋愛について仮託させるようにして聴いてきた。

 「もう一度会えるかしら」と相手に問いを向けながらも、「答えるのはわたしではない」と可能性を即座に主観の中から打ち消してしまうのは、普通に聴いてみれば一見奇妙な感じもする。

 だが、僕の恋愛経験の中ではずっと長い間このフレーズはリアルだった。僕は誰かを愛してしまったら、いつも自分を殺して相手に向き合おうとしてきたから。

 恋愛の次の展開を開くのは自分ではなく、相手だと思ってきた。それは受け身と言うような評価とはまた違って、僕は自分を完全に抹殺していたから、恋愛のすべての過程のなかで、僕は主体的に生きることはなく、一瞬一瞬が降りてくる運命でしかなかった。僕はどこにもいなかった。

 
 ごくありふれた平凡なイメージとして、人生というのは、自らが選択した結果のようでもありながら、もしかしたら一方的に投げつけられて降りてくる運命に迷ってしまった事柄の所産に過ぎない、と考えるとしたら、それはあまりに悲観に過ぎるだろうか。

 人生に期待すべきものがなく絶望へ向かうのではなくて、むしろ人生からの問いかけに対して自分が主体的に答えようとする、そういった実存的な存在論を説いたのはV・E・フランクルだった(彼はナチスによる強制収容所での自らの体験を告白した『夜と霧』の作者である)。

 僕は時折、それにそってイメージを描きつつも、途中で逆転させて考えるときがある。つまり、いまこのようにここでこうして僕が在る、ということは、僕が人生に対して答えてきた集積のように僕が思っていながらも、実は同じ結果が間を置いて同じ悪夢として僕を連れてきたものでしかないのかもしれない。

 僕が最も恐れる闇の僕が不意に線路に横たわる。馴染みの絶望が永久に繰り返す動作としての人生のイメージ。僕はそこにずっといるだけなのかもしれない。


 小さな列車よ / 彼らを炎のもとへ 連れて行け / この平野を横切って



 降りてくるかもしれない運命の予感に怯えながら、人生の讃歌をいつだって信じようと決意する。

 そんなイメージを思い巡らせながら僕は、ありうるかもしれないすべての過程のことに覚悟しながら、あまりにも儚くこんなにも小さな列車の、次の展開を見ようと心に決める。





とても安心した

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 韓国の元従軍慰安婦だった女性たちがヘタレ市長と会うのを拒否した。

 橋下氏との面会中止…元慰安婦「パフォーマンス」と反発

橋下氏は旧日本軍の従軍慰安婦をめぐる発言を撤回しない一方、面会を報道陣に公開し「強制連行の有無にかかわらず、元慰安婦に謝らないといけない」と述べ、謝罪する意向を示しており、2人はこれに反発。24日、「謝罪パフォーマンスを拒否する。市長に会う価値も理由もない」とするメッセージを公表した。

 支援団体「日本軍『慰安婦』問題・関西ネットワーク」も記者会見で「言ったことを言っていないと言い、責任をメディアや市民に転嫁している」と橋下氏を批判する声明を発表。「面会を利用して名誉挽回を図ろうとしている」と強調した。同ネットワークは、こうした内容の抗議文を大阪市幹部に手渡した。



 このニュースを聴いて本当にホッとした。安心した。僕が心配していたことを女性たちや支援者らも認識していたのだ。

 「沖縄の風俗を活用しろ」と言いながら、旗色が悪くなると風俗は必ずしも買春を意味しないとデタラメを言い、挙句の果てに自分がさも沖縄の性暴力に立ち向かう英雄であるかのように振舞う、ウソ・大げさ・紛らわしいの三拍子揃った三文役者のヘタレっぷり。朝令暮改の日和見市長と会う必要などなかった。政治利用されるだけだっただろうから。


 今に限ったことではなかったが、今は誰の目にも嘘つき市長は2万%ブレまくっている。


 たとえ訪米しても、誰も相手にしないし会いもしないだろう。


「神の懲罰」とか「天佑」とかより、もっと重要な悲劇の絶対性について

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 調子が悪かったので、株が暴落したとか韓国がなんか言ったとか、全然知らなかった。ニュースの詳細もはっきりよく分からない。

 ただ、「原爆は神の懲罰」と韓国の新聞で論説委員が書いた件にだけ触れてみようと思う。


 韓国の大手新聞、原爆の投下は「神の懲罰」 日本政府が抗議


 「侵略の定義はいまだ定まっていない」という首相の発言は、向こうの人間にしてみれば今回の発言で日本人が怒るのと同じくらい憤りを感じるものだと思う。首相が極右であるということや、ヘタレハシシタの醜悪な一件があったことを伏線として冷静に考えなければならないところはあるだろう。

 「731」って番号の練習機に乗った? それ一つ取ってみれば僕は首相の周辺や防衛省の連中は「あふぉなのか?」と思わざるをえない。

 歴史認識の事情は差し置いて、まさか、旧日本軍の731部隊の話を知らないやつばっかりだったとしたら、それこそ防衛省の木っ端役人どもはアホだと思うし、なんで他にも飛行機はあるだろうによりによって「731」だったのか? その点を後々外国につけこまれるってことを予想できなかったなら、明日にでも辞表を提出すべきレベルのアホさ加減だと思う。

 そして「神の懲罰」という発言についてだが、最初に言っておくが僕個人としては感情の部分においてはあまりその論説委員に腹が立つ思いはない。在日コリアンを「殺せ」と言って練り歩く連中のヘイトスピーチが向こうで知れ渡ってる事情を考えれば、韓国の一部の人間がこのような暴言を応酬として書きたてることは十分予想できた事柄だからである。
 だがもしアメリカ人がこの発言をしたということだったとしたら、僕は感情の部分で絶対に許せないと思っただろう。原爆を投下したのはアメリカである。韓国が落としたのではない。感情として怒らない理由は単純にそういう差異の問題である。

 ただ倫理的な思考で「神の懲罰」発言を捉えるならば、「広島と長崎に来てみたらどうか?」と言わざるをえない。その論説委員に僕が持っている「はだしのゲン」全巻を送ってあげてもよい。

 一言で片付ければ韓国人だろうが日本人だろうが、絶対に言ってはいけないことをあえて口にするようなチンカス野郎はどこの国にでもいるということで、チンカスを相手にしていたら外交はできないということだ。
 問題はそういう低脳なクズのヘイトスピーチにあるのではなく、日本人総体と韓国人総体の中で、チンカス野郎のバカ発言がどのように影響するか、その一点に尽きる。


 僕が非常に杞憂を感じるのは、原爆を投下されたことの残虐性や被爆者やそれに寄り添う人たちのメンタリティを、侵略された韓国人のメンタリティに対して、理解されることはどれだけ可能なのか、ということだ。
 こちらにとって原爆投下が特別に琴線に触れることであっても、彼らが植民地時代に味わった苦痛を持ち出したなら、相殺されてしまうのではないか、実はこっちの方が歴史にずっとついてまわるずっと複雑な問題のような気がする。
 相殺される事柄なんて実際は一つもあってはならないことであるはずなのだ。あらゆる抑圧や戦争犯罪は、当事者にとっては絶対的な苦しみなのである。
 ただ、ナショナリズムが悲劇に介入してくると、どんな当事者の苦しみの絶対性も、相対的な事実として矮小化されてしまう(軍隊の性暴力はどこにでもあったというヘタレハシシタの放言はまさにこれに当たる。奴にとっては矮小化された相対的事実に過ぎないから沖縄の風俗を活用しろなどという醜悪なことが言えるのである)。

 だから、ナショナリズムと離れたところで考えなければならないのである。先に「被爆者やそれに寄り添う人たちのメンタリティ」と僕が言ったのはそういう理由からだ。また、広島・長崎の原爆投下についてどれだけ日本人が真剣に考えているのか、それに対する懐疑もある。
 
 原爆症認定訴訟は泥沼に陥っていつまでたっても解決することがない。原爆を落とされたことを怒るくせに、国内では被爆者差別についてどれだけ真剣に今まで熟考されてきただろうか。福島の被災地に対する差別の現状を鑑みれば、実は今まで広島・長崎の被爆者に対してもわれわれは無知と偏見で遠ざけてきたのではないかとすら思ってしまう。
 何も広島や長崎に限ったことではない。「受忍論」という上からの勝手な言いがかりによって戦略爆撃の被害者の犠牲に対してずっとこの国は放置を続けてきた(旧軍人に対しては恩給を出しているにも関わらず)。サイレントマジョリティによる戦争被害者への無視という問題を挙げるなら、沖縄の基地問題ほどそれに相応しい冷酷さは他にないだろう。

 原爆に対していろいろ言う前に、この国の人々は身内の被害当事者に対してずいぶん冷たいと僕は思う。

 結局のところ、バカな韓国の論説委員のポカ発言で怒ってみたところで、「相手を叩く上手い口実ができた」という下劣なレベルで、しめしめと思っている程度なのではないか。
 相手に植民地支配や慰安婦の問題で糾弾されることに対して、原爆投下や被爆者を「反論のための錦の御旗」として利用しているに過ぎないのではないか。
 相手がポカをやってくれたことを内心喜んでいて、腐臭のするナショナリズムに加担してますます愚劣な極右の犬に成り下がっているのではないか。いったい、こんな不毛を誰のために繰り返しているのか?


 「懲罰」という言葉にこだわるなら、原爆を落とされたことは誰からによる罰だとも僕は今まで一切考えたこともない。そもそもあんな極限の無慈悲を罰として下す権利は絶対にありえないと思う。

 しかしもし日本があの十五年戦争を起こさなければ、原爆を落とすことを正当化される理屈は生まれなかったし、原爆も落とされず、あんな悲劇が起こることもなかった。この解釈は正しいと思う。

 「満州は日本の生命線である」などという理不尽極まりない暴論によって勝手に他人の国を侵して(「尖閣は○○の生命線である」と置き換えてみればいい。侵略以外なにものでもない)、泥沼の戦線を何の見通しもなく杜撰に拡げ切った挙句に、勝てるわけもないとはっきり計算が出されていたアメリカとの開戦に突入して、太平洋全体に兵隊を配りまわって、資源のない国の他正面戦争という、理性のある人間がちょっと考えてみたらぞっとするような展開に至って、当たり前のように負けまくって、絶対防衛圏という絶対を崩されたら本土決戦という亡国論を叫びだす、その末路としての原爆投下なのである。

 「原爆投下はソ連に対する牽制であって、必要のない作戦であった、アメリカは原爆を人体実験として投下したかった」等々の歴史学者側からの主張は確かに否定できないだろう。

 ただし、何度も言うが、戦争さえなければ、1945年の広島と長崎の悲劇はなかったのである。われわれが戦争を起こしたことによって、アメリカに原爆投下を正当化させるような論理の「つけいる隙」を与えたことは、アメリカ側の戦争犯罪以前に、当時の日本の戦争指導者に重大な戦争責任があったからなのだ。


 
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 韓国の新聞が「神」という言葉を持ち出したことを聞いたとき、僕が最初に思い出したのは当時の日本の戦争指導者の考えていた事柄についてだった。
 
 より明確に言うならば、例えば終戦時の鈴木貫太郎内閣の海相であった米内光政が、原爆投下を「天佑」として考えていたこと、その内心を後に彼が告白したことについてである。

 米内や近衛文麿が最も恐れていた終戦のプロセスは「国内情勢」によって国が瓦解すること、明確に言えば何らかの国民の暴発や革命が起こることで戦争を継続する国家自体の存続が危ぶまれる事態を恐れていた。もっと言えば、国体である天皇制が革命によって失われることを一番に腐心していたのである。

 なぜ原爆投下が「天佑」だったのか。それは「原爆という新兵器まで使ってきたのだから戦争をやめる」と国民に「言い訳け」できたからである。食糧事情が困窮し「国は戦争を続けられるのか?」という疑心暗鬼の中で、もしも暴発や内戦の勃発やその気配によって戦争をやめるというならば、終戦後の政治機構に大きなリスクを背負う。第一次大戦時のドイツや、ムッソリーニを打倒したイタリアのような終戦だけは避けたかったのだ。

 だからこそ「原爆を落としてくれた」おかげで、「これではもう勝てない」という雰囲気を利用して終戦に持ち込むことができる。本土決戦、徹底抗戦を叫んでいた軍部だって、「新型爆弾まで使われたら勝てようがない」と言い訳けすることで、彼らが一番誇示するところの「精神」ではなく「科学に負けた」とすることでメンツすら守れる。原爆を落とされたことは為政者たちにとって戦争遂行上の問題だったのではない。自分たちの戦争遂行で疲弊した国民たちに対して、国のメンツを保ったまま終戦を切り出すための国内事情の機会だったのだ。

 天皇の玉音放送の中で「敵ハ新ニ残虐ナル爆彈ヲ使用シテ・・・・・」のフレーズがあるのは単純に「状況」を示した訳ではない。「億兆ノ赤子」という絶対統治者の目線から「皇祖皇宗ノ神靈」の絶対性を保ちながら、「原爆のために戦争をやめる」という「お上が決めた終戦」という態度を示すために、原爆投下は都合のいい口実だったのだ。

「終戦の責任を原子爆弾だけに負わせればいいのだ。これはうまい口実だった」(迫水久常)

「陛下や私が依って得た感じは、待ちに待った終戦断行の好機を此処に与えられたと言うのであった。それらの心的衝撃を利用して此の際断行すれば、終戦はどうやら出来るのではないかと考えたのだ。私ども和平派はあれに拠って終戦運動を援助して貰った格好である」(木戸幸一)

 
 僕にはもはや何も言うべき言葉をもたない。

 確かなことは、広島・長崎の両市を合わせて一瞬にして20万人以上の人を無慈悲に殺戮されたことを「天佑」と捉えた為政者がいたこと、そして彼らが戦後になってそうした内心の事実をあからさまに国民に向けて軽口を叩いたということ、そういうことである。

 上記の迫水や木戸の発言ソースを引用させてもらった論者の言葉の中にこんな言葉があった。原爆に対して、または沖縄に対して(そして今後の福島に対しても、なのかもしれない)日本人が取ってきた態度の最も日本人的な心象がここにはっきり切り出されているように、僕には思えてならない。


戦後の日本人がアメリカの「公式見解」(原爆投下が戦争終結を早めたとの論理 - 引用者注)の発想と論理に鋭く切り込むことができないのは、日本側にも原爆投下が戦争終結につながり、敗戦後の日本人の生活は戦前の日本人の生活よりも裕福になったことによって、被爆者に負い目を感じながらも、その「公式見解」を支えている自分をどこかに見出しているからではなかったか。戦前の自分たちを肯定したくないために、戦後の自分たちを否定したくないために、戦前の自分たちを否定するかたちをとったものとみなされる原爆投下や、それを正当化するアメリカの「公式見解」に切り込む気分が湧き起こってこなかったのではないか。おそらく、戦争終結のために原爆投下を「天佑」とみなしたのは、日本の支配層の和平派だけではなかった。原爆を投下された日本の多くの民衆も、心のどこかで「天佑」とみなしたのではなかったか。原爆投下を免れた地域の人々は、自分たちに被害がなかったことに安堵しながら「天佑」を感じたし、投下された広島・長崎の人々もまた、我が身に被害を受けながらも、複雑な思いで「天佑」を仰ぎ見ざるをえなかったのだ。

                               ― 「底が突き抜けた」時代の歩き方 ―




 最初の方にも書いたが、原爆投下を「神の懲罰」という放言も、侵略の定義は定まっていないという二枚舌も、本質的にわれわれにとって重要なことではない。狂った排外主義や重病の偽装愛国心にかすめとられた世間の狂騒は一過性のものに過ぎない。


 以前にも紹介したことがあるが、284人の被爆者の証言を集めた「被爆者の声」というサイトがある。

 単純に証言を並べたようなものではなく、一人一人の肉声テープによる証言の重要部分を断片的にを取り出して時系列的に並べて、あの1945年の8月5日の晩から終戦に至るまでの期間のうちに何が起こったのかを、被爆者の一つ一つの声の連なりによって細部に至るまで完全に再現させようとするかのような効果をめざして構成されたサイトである。
 まだ訪れたことがない人は、ぜひこのサイトを閲覧してほしい。

 一人一人の独自性のある声と語り(証言しながら号泣して声にならなくなる人たちもいる)が繋がって聞き手の想像の中に入ってくる感じなので、凡庸なドキュメンタリー以上に頭の中で「あの日」のイメージをリアルタイムに受け取っているような、そんな感覚に襲われてくる。

 今まで自分としては人よりも数多く原爆関係の文献やメディアに触れてきたつもりだったが、このサイトで「あの日」を仮想的に体験するような思いになって、実は全然自分が何も知らなかったのだ、少なくとも「知っているつもりで思い込んでいた」ということを、完全に自覚させられた。真剣に考えている人なら、何にも増してこのサイトで耳を傾けることをお薦めしたい。


 心ある人ならば、一つの悲劇が常に絶対的なものであり、それを他と比べたりすることはできないし、ましてや他を論破するための材料になどそんな愚劣な手段に用いることなどできはしないことが分かると思う。

 悲劇は常に絶対的であって、相対的ではない。それを十二分に理解する段階を経てからこそ、他者の悲劇の絶対性を認識して、その重みを理解して尊重することが可能になるのだと思う。


 「神の懲罰」とか、そんなことはどうでもいい。悪罵は畜生同士でやらせておけばよい。

 昨年のちょうど今頃、2回ほど広島に行ってきた。原爆ドームをゆっくりとまざまざと見つめて、いろいろと思うところがあった。

 ヘイトスピーチは所詮愚弄な者の遠吠えにすぎない。

 もっと本質的なことを考えたいと思って、この長文の記事を書いた。





レイ・マンザレクとドアーズ、不確かな未来を初めて知ったころのこと

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 新聞の訃報記事はあんまり読まないので、あやうく見逃すところだったが、姉が、

 「ドアーズのメンバーが死んだんやて」というので、

 「ええええええ!!!! だれぇええええ????」

 「なんや、れ・い・ま・ん・ざ・れく?っていう人やて」

 「えええええぇえええぇえぇえ!!!!!!!」

 レイ・マンザレクが死んだこともびっくりしたが、僕がドアーズを好きだということを姉貴が覚えていたこともびっくりした。洋楽の話なんか、ここ10年くらいで話したのは、ノラ・ジョーンズのことぐらいだったと思うが。


 ドアーズを聴く前は、洋楽といえばビートルズとサイモン&ガーファンクル、それにポップス路線だった頃のデビッド・ボウイ。それくらいだった。高校3年になったばかりの頃だ。
 そういう口当たりのいい、洋楽好きの中二病が聴くようなものばかり聴いていたところへ、ドアーズを聴いてしまったのだ。その衝撃は、初めてセックスしたときの感覚以上のものだった。

 僕が彼らの音楽を初めて聴くきっかけになったのは、オリバー・ストーンの伝記映画『ドアーズ』だった。

 "Light My fire"をラジオで最初に聴いた時、ちょうどストーンの映画と同じ頃に上映されていた『レナードの朝』の主題歌だと僕は勘違いした。健康的なハリウッド映画の主題歌と勘違いするくらいポップだと感じた。だがもちろん、レイ・マンザレクがオルガン演奏するあの長い間奏はラジオでは流してくれなかった。

 ストーンの映画の宣伝映像を見た瞬間、なんか、今までの人生で見たことのないようなものを見てしまったような、何ともいえない感覚を味わった。そしてその映画『ドアーズ』を見たときは、なんか物凄く長時間の映画を見ているような、そういう重量感があった。映画を見終わったとき、ぐったりしていた。あの、席を立って上映ルームを出たときの、あのぐったり感、今でもはっきり覚えている(そういう瞬間の感覚を何十年も覚えているって案外珍しいことだとアラフォーになってみて気づいた)。

 あのときの感覚は、あのときそれを形容する言葉はなかったと思うが、今から思い返せば、

 「なんか、俺の人生、変わってしまったんじゃないだろうか・・・・・・」

 そういう徒労感だったと思う。

 そして、確かに、変わったのかもしれない、と思う。


 今からすればオリバー・ストーンの『ドアーズ』なんて、結構チンカスの部類に入るような映画だと思う。僕がそのころすでにドアーズを知っていて、ある程度の年齢であれを見たら、たぶん怒ったと思う(現に村上龍は怒っていた)。だがビートルズやサイモン&ガーファンクルしか知らないような高校生が見るぶんには、あれは凄まじい「デカダンス入門映画」だったのだ。

 単純にドアーズが描かれただけではなく、アンディ・ウォーホルまで登場した。ジム・モリソンにあの銀髪のカツラを取られる場面は、田舎の高校生には訳の分からない人たちを見る思いだった。
 
 田舎の童貞の高校生には映画だけでも凄すぎたのに、僕はサントラまで買った。オリバー・ストーンが抜け目のない商売人だったのは、ドアーズのサントラにベルベット・アンダーグラウンドの曲まで挿入したことだ。"Heroin"を聴いて、僕はドアーズの曲よりそっちの方に引っ張られてしまった。だから高校卒業するまでに僕はベルベットのCDからルー・リードのソロまで買っていた。

 ストーンの映画に登場したあのアンディ・ウォーホルって人のキャラが凄すぎて、僕は彼にもハマってしまった。偶然、高校3年ぐらいのときに県立の美術館が完成して、なぜかウォーホルのシルクスクリーンが所蔵されていたことに田舎の童貞少年は狂喜して、郊外にあるその美術館に無人駅から徒歩で1時間ぐらい歩いて見に行ったものだ。
 さらに「機会」の巡り会わせというのは不思議なもので、ストーンの『ドアーズ』を見てしばらく後、そのウォーホルの絵を置いてあった美術館に、今度はアンディ・ウォーホルの巡回映画展というのがやってきた(なんでこんなクソ田舎にそんなレアすぎる巡回展が来たのか。今でも不思議すぎる)。
 だから僕は若干18歳にして、すでにウォーホルの『チェルシーガール』を見ているという、物凄くスノッブな童貞芸術少年になっていた。

 だが、すべての始まりは、やはりドアーズであり、ジム・モリソンの詩であり、レイ・マンザレクの妖艶な電子オルガンだった。


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 大学に入ってからの僕はルー・リードの詩に影響を受けたが、高校のころはジム・モリソンの詩の方が僕にはしっくり受け入れられるものがあった。「親」とか「家族」という概念が希薄だったからだろうか。それとも体育会系の進学校という、あまりに生きにくい世界に身を置いていたから、初めて実感する負のベクトルの志向に光明を感じたからだろうか。
 ジム・モリソンの未発表詩集まで買っていた童貞受験生の僕は、全然勉強しなくなった(それ以前もしてなかったが)。モリソンのせいで、「ハイウェイ」という言葉をやたらノートに書き殴るようになった。僕が詩に覚醒したきっかけはボードレールでもランボーでもなく、ジム・モリソンだった。大阪芸大の文芸学科の推薦入試の合格したのもモリソンに影響されて即興で長編詩をすらすら書けるようになったからだと信じている(入学しなかったけど)。

 そして、レイ・マンザレクのあのキーボードのメロディ。あれを「サイケデリック」と表現する人がいるけれど、僕にはそのニュアンスがよく分からない。あれは「退廃的」だと比喩する感覚の方が理解できる。
 頽廃といってもベルベット・アンダーグラウンドが表現したような、都市的なノイズや暴力の洪水みたいな頽廃ではなくて、もっとヨーロピアン・ニヒリズムみたいなもの。第一次大戦後のパリでロストジェネレーションの若者が聴いていても違和感が無さそうな、ボヘミアンな頽廃。そんな感じがする。

 高校のときに買ったジム・モリソンの伝記本には、ドアーズの1stアルバムを評して、こんなフレーズがある。

 「不健康な音色で純真な多くの若者の未来を暗いものにしたレイ・マンザレク」

 これ、すごくよく分かる。

 この場合、「未来を暗いものにする」というのは、古典的に言うならばダリやムンクの絵に出会ったり、ヘンリー・ミラーの『北回帰線』を読むことによって、「不確かな世界の彩」の片鱗を目撃してしまう、そのようなものだと思う。

 つまり「美しいことが健康や健全に宿るとは限らない」という人生の自明の理に気づくということだ。

 そんなことを知らずして大人になって潔癖なチンカスウヨになるような連中がこのごろ多いので頭がおかしくなりそうだが、そういったことは当たり前のことなのだ。そして僕もマンザレクの調べによって未来を暗いものにされた若者の一人だと堂々と言おう。

 

 ドアーズを語る人々は世界にごまんといるので、僕なんかがドアーズの音楽を評価するなんて、あまりにもおこがましいとさえ思うのだが、僕が一番好きなドアーズの曲は、すごく有名なものでは"Riders on the storm"だ。小品という感じの作品では"Blue sunday"といったところが好きだ。

 レイ・マンザレクのキーボードはすごく女性的な感じで耽美性を持っていると思うけど、僕が好きな意味での耽美を感じるのは上記の2曲が象徴のように思う。

 ただ、名作だけを挙げろと言われたら、やはり"The End"だろうか。コッポラの『地獄の黙示録』でナパームが炸裂してゆく冒頭でこれを聴いたとき、音楽の怖さというか、悪魔みたいな恐ろしさを感じさせられた。

 マンザレクのキーボードが一番特徴的な作品を教えてと言われたら、間違いなく"Light my fire"を挙げるしかないだろう。しかもライブ版。

 訃報記事のヤフコメを読んでたら、"Light my fire"でのマンザレクのオルガン間奏は、コルトレーンの演奏に影響を受けている、という「それマジ?」みたいなこと書いてあったけど、言われてみれば共通するような気もする。コルトレーンのサックスの即興演奏はジャズファンでない僕でも「劇的な流れに連れ去られて最後は美しく成就する」、そういう感じがするけれど、マンザレクのオルガンもそうだ。どんなに長くても飽きなくて収まるべきところにきちんと収まる。
 
 "Light my fire"では彼のオルガンとそれに続くロビー・クリーガーのギター間奏が、実に上手い具合に流れをバトンして、最後のジムのボーカルへこれ以上ないぐらい劇的な展開で繋いで最上のカタルシスを生む。ライブだとそれがもっと顕著なのだ。下手に長いプログレ聴くより、10分以上の"Light my fire"を聴く方がよほど感動させられる。

 
 最後に、その"Light my fire"の一番素晴らしいLiveバージョンを紹介して、この記事を終えようと思う。

 マンザレクのオルガン → クリーガーのギター → モリソンのポエトリー・リーディング、そしてボーカルという流れが奇跡的なほどすべてが調和した名演奏だと思う(ジョン・デンズモアのドラムもいいのもお忘れなく)。


 「不確かな世界の彩」を僕に最初に教えてくれた彼らの音楽に出会えたこと、あの高校3年のときのすべてのいろんな巡り会わせがあって、僕はここまで来た。

 僕がこんな人間になったのはドアーズのせいで、僕をこんな人間にしたドアーズにつくづく感謝している。





物憂げなMy self‐portraitのアパシー

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 ホームページを「ぷち更新」する作業を少しずつ続けている。

 jqueryだとかmootoolsだとかCSS3なんていう、全然知らなかったものと格闘している。こつこつ作業することで、なにかしらの感情の沸き起こりを抑制して、平板化して生きている。

 感情が平板化しているせいか、ブログに書くネタがなくて困っている。

 中庸でフラットを保つことは僕の病気にとっては良いことだが、「書くこと」に関してはまったく困りものである。起伏がないということは、文字にして叩きつけることがない、というか、重要な関心が生まれないということである。

 思い浮かぶことがないわけではないが、「ブログに書くほど大したことではない」と思ってしまう。本当は大したことではないこともないのだが、「大したことではない、ということにしておく」というふうにしてしまうのである。なぜなら平板な状態が一番平和だから。

 作業所に行かなくなってストレスがほとんどなくなった。というか、作業所に短時間いるだけで、なんであれほどストレスが生じて苦しまねばならなかったのか、そっちの方が奇異というか、不条理である。



 今は、ホームページの「自己紹介」にあたる部分に、いろいろ手を加えている。

 別になくてもいいのだが、「あったとしても面白いかもしれない」と思って、「自己紹介のビデオ」を作った。

 「自己紹介のビデオ」といっても、単純に「自分が映っているだけ」なのである。フェイスブックなんかでプロフィールの部分に自分の写った写真をアップロードしたりとか、多くの人がそういうのをやっている。あれをビデオで作ってみただけなのである。

 自分の映像以外は、自分が今まで作ってきたビデオ作品のカットを適当に取り出して前後に散りばめた。あんまり複雑なことは考えず、遊びのつもりで、適当に作った。

 それが下記のビデオである。







 作った直後に、音質が悪いのが気になって、どうも我慢できなくなった。

 たぶん音声ファイルのビットレートと、編集してエンコードする際の音質設定が間違っていたのだろう。だが、僕のメインサイトのトップでいつも流れてるファイルを使っているのが、どうも気に食わなくなった。

 「遊び」で「適当」のつもりだったが、「作り直そう」と思った。

 なにか良い音源ファイルはないだろうかとハードディスクを隈なく探してみたが、どれも時間が長い。長い時間のクリップを作ろうとすると、それこそ「遊び」で「適当」の領域を超えてしまう。

 ふとYouTubeをいろいろ見ていたら、Julee Cruiseの"In your world of blue"を使うことに思い当たった。

 YouTubeで流れているこのビデオは彼女のマキシシングルのPVで、絶対にCDを買わせるために、PVなのに使用されてる音は実際のCDの最初の1分だけである。

 I分だけならなんとか「遊び」で「適当」の領域で作れるかもしれない。もう一度再編集を始めた。

 自分の映像だけでなく、過去に写した写真まで静止画で使うことにした。そうしないと1分持たない。

 「自己紹介のビデオ」なのだが、1分持たすために過去のいろいろなソースを詰め込んだ挙句、完成したものは「現在の僕を自己紹介するビデオ」ではなくなってしまった。20代の頃の映像ソースまで持ち込んでしまったから。

 いろいろと「遊び」で「適当」の領域で四苦八苦した挙句に、出来上がったのが下記のビデオである。











 結局、「遊び」で「適当」にやるつもりが、僕の完璧主義を呼び起こしてしまって、2つのバージョンを作ってしまった。

 2本の違いはカラーの場面が多いか少ないかの違いで、カットの内容はほぼ同じである。

 他人がどう思うかは別として、Julee Cruiseの音楽は主観的には「ハマってる」ような気がしてならない。なにせ、曲タイトルが"In your world of blue"なのだから。
 僕のルックスがもっとセクシーであれば、さぞかしもっとアンニュイで気だるい「自己紹介ビデオ」ができたことだろう。

 昨夜から編集をしているが、"In your world of blue"が耳にこびりついて離れない。物憂げで甘く頽廃的なJulee Cruiseのセクシーボイスが、「ブログなんて書くのやめて、薬を多目に飲んで一日ベッドで半分死んでみない?」と誘ってくるようで、平板化した僕は平板を通り過ぎて、形がなくなってしまいそう。


 さて、どっちをホームページに載せるべきか。


 
 動画のエンコードを待ってる間に姫野カオルコのブログを読んでいた。ハシシタの発言について書いてて、いろいろ思うところがあったのだが、「ブログに書くほどのものじゃない」という例の無気力が襲ってきた。だから書かないでおこうと思う。

 しょせん姫野カオルコごときだから、彼女の妄言は大勢に影響もないし、まあ昔はよく読んでた作家だったけど、彼女と彼女のファンによるある種の攻撃性が嫌になったから疎遠になった。それも10年近く前の話だ。

 それにしても、作家のくせに毎日ブログ書いたり、ハシシタのことなんぞを話題に取り上げたり、よくそんな世俗的体力があるよな。感心するよ。



 僕のアパシーは僕の憂鬱なポートレイトビデオのように、フラットだ。平板だ。

 なにもないのだ。



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それ自体、生きてることの儚さだと思う

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 昨夜、ホームページの編集をやっていたらネット上の表示が狂ってきてしまい、長いこと奮闘した挙句、「どう考えてもブラウザが壊れてるんじゃないか?」という結論に達した。

 そこでFireFoxをバックアップを保存してから、アンインストールして完全に削除してから、再インストールしてみた。するとホームページの表示が完璧に見れるように治った。

 FireFoxの再インストールについては、下記のリンク先を参照。非常に役立った。

 Firefoxをクリーンに再インストールしてみた - ichitaso's back of flyer



 先日、数ヶ月ぶりぐらいに体重を計ってみた。49キロだった。

 昨年の夏ごろは53,4キロぐらいあって、下腹が出てきて、「ついに中年太りが始まったか」と非常に焦って、腹筋や腕立て伏せといった筋トレに熱心だった。

 だが何の拍子にそれを思いついたのか、今まで食べてきた発芽玄米の量を半分ぐらいに減らした。そしたら簡単に体重を落とすことができた。が、数ヶ月経って、50キロを切るとは思ってなかった。

 

 いつも、朝、目が覚めたときに「これを日記に書こう」という題材が浮かぶ確率が一番多い。

 今飲んでる抗鬱薬は眠りを強くする効果があるのに、レム睡眠の状態が起こりやすい性質があるようで、毎晩夢を見ていて起床したら明確に内容を覚えている。

 最近の夢は妙に感傷的なものが多い。昔の甘い記憶に基づいていたり、好きだった女性が頻繁に出てきたり。

 目が覚めてから、何らかの感傷的な思いで暫く時間を過ごし、夢の内容を反芻しながら、その内容からいつも何らかの人生に対するイメージが生まれて、「これを書けば物語みたいなブログが書けそうだ」と感じる。
 ただし、それは目覚まし代わりに朝刊を読んでいると、昨日もヘタレハシシタが自爆発言で墓穴を掘った、などという世俗に対して頭が接触してしまうと、いつのまにか、急激に、思い描いた人生のイメージがすぅぅーーーっと、薄明かりが消えるように薄れて、昼間の太陽のなかでそれが消えてしまう。

 それは僕にとって非常に残念なことであるが、毎日イメージが生まれながら、誰に告げるわけでもなく、自分すらも関わりあうことなく、一瞬で世界から消えるのは、それ自体、生きてることの儚さだと思う。



 誰も知らない  いま 私のしていること

 誰も知らない  わたしが なにをしてきたのか

 母さんは夢の片隅に消えていった

 だれも そこに行った者はいない



                                    ― from  Les Rita Mitsouko






時事的なことをブログに書かないように今は練習をしている

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 作業所に行かなくなって、今までやろうとしてやれなかったことをコツコツやるようになった。

 今はホームページをいろいろといじっている。決して効率的な作業ではないが、モラトリアム状態だから「明日の夜にまたやればいい」と思えて、すると明日の夜が楽しみになってくる。以前にはなかったことだ。

 だがホームページをいじるようになって、あまりブログに書きたいことがなくなってしまった。というか、作業所に行ってたころは、ホームページをいじったり動画を編集したり、そういう生産的なことができなかったから、せめてなにか、という感じでブログを書きまくっていたように思う。

 だいたい、時事関係に頭を突っ込まなくなると、ブログに書くことは半分減る。

 ツイッターをやってたころは、時事についてばかり書いていたから、ブログに回帰しても暫くの間は時事関係について「書かなくてはいけない」というような強迫観念があった。
 だが、最近今までの日記をサイトに移設・保存の作業をするようになって、一番特徴を感じたのは、政治とかリアルタイムな事柄を書いた日記は、後から読み返して、本当に「面白くない」ということだ。それが分かってから、ヘタレハシシタが暴言で自爆しようとブログ的には「どうでもいい」と思って扱わなくなった。

 それよりも、ある程度の文量で過去の経験から感じた自分の人生観だとか、ふっと思い出して何気なくつらつらと書き連ねる長いスパンでの日常的事柄とか、そういうものは後から読み返しても自分を満足させるほどの生産的内容として残っている。

 だから時事関係には沈黙して、なるべく後から読み返して意味のあるようなことを探そうとするんだけど、そういうことは簡単に忘れてしまう。家事をやったり急いで風呂に入ったりしていると、すぐに忘却の彼方だ。つまり今のようなモラトリアム状態ではなくて仕事と疲れに追われてる状態では、意味のあることは忘れるように身体が機能しているのだ。

 ツイッターをやりすぎてしまうと、ブログに回帰しても、ついつい時事的な事柄を書いてしまう習性が残ってしまう。だから短期的な世俗の移ろいに捉われないように今は練習をしている。



 そういえば、動画関係で最近気づいたこと。

 僕の感覚的な印象に過ぎないのだが、あらゆる動画共有サイトの中で一番綺麗な画質で載せられるのは以外にもFacebookだと思う。

 なにかアップロードした際の処理に違いがあるのかもしれないが、YouTubeよりもはるかに高画質で動画を保存できるように思う。確か以前にもそれを感じたので、僕はFacebookをいったんやめたけど復活させた。

 動画編集というのはそれこそ何十回と編集素材をじっと見続けているので、自分の動画に関しては、動画共有サイトでどれだけ綺麗に反映されているかは感覚的に分かる。

 Facebookが一番綺麗で、YouTubeとvimeoはどっこいどっこいというところか。視聴者に画質調整の手間を負わせないことを考えると、発信側としてはYouTubeよりvimeoで自作動画を見てもらいたいと思う。ただしvimeoは一週間に投稿する動画量に制限があるから、その点ではYouTubeが良いとは思うけど。





福祉なんかじゃなく映画とか詩が人を救うんだ

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 最近、感銘を受けた言葉。

 アルチュセールからフーコーへの助言。あらゆる創造的な活動こそが実存的意味である。

 

 フーコーの学生生活は同性愛者としての苦しさと、エリートとしての息苦しさにより不安定で、1948年、自殺未遂事件を起こす。1950年大学教員資格試験に失敗。同年6月17日には再び自殺未遂事件を起こす。
 この時期の失意と精神的混乱にあったフーコーを助けたのが高等師範学校の哲学の復習教師をつとめていたルイ・アルチュセールである。
 アルチュセールは医務室をフーコーの個室として手配する措置をとるなどして、フーコーは危機を乗り越えた。アルチュセールはフーコーに、「精神分析によってではなく、仕事によって病気を乗り越えるように」とアドヴァイスしたという。

 ミシェル・フーコー - Wikipedia



 むかし、名古屋の精神保健福祉士の養成学校に行くことを決めたとき、すでにこの職に就いていた友人がこう言った。

 「言っとくけどな、人を救うのは福祉なんかじゃないぞ。おまえが今まで作ってきたように映画とか詩が人を救うんだ」

 この言葉が10年以上、僕の中に残り続けてきた。

 頭の中はずっと空虚が続いているが、意味によって生かされるなら、どんな境遇も淡々と向き合おうと思っている。






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