Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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「辞めようか」と、ついに思ってしまった

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 8日のブランクを経て作業所に復帰する。非常に疲れたので出来るだけ起こった出来事をありのまま書き記したい。

 ゴーグルのケース入れの作業を指示されたのだが「手袋をつけてやってくれ」という。先月辞めていったIさんが責任者だったときは、ここ近年手袋をつけて作業したことはない。
 僕が先日ケース入れを手がけた商品に対するクレームが僕が休んでいる間に来たのかと訊ねたら、「そうではない。これからはゴーグルを扱う時は一律に誰もが手袋をすると決まった」のだという。
 最初は手袋をつけてケース入れを行っていたが、気がつくと、僕にケース入れを頼んだ指導員は手袋をつけずにレンズの検品をしている。

 「素手でやるならどの箇所を触らずにゴーグルをケースに入れたらいいのか、教えてほしい」と言うと、いや、絶対に手袋をしておいて欲しい、もう決まったことだからとしか言わない、「でもOさん、あなたは手袋をつけていないじゃないですか?」と詰問すると、「僕が手袋をつけたらSさんも手袋で作業してくれるんですか?」というようなことを言ってくる。

 もうここからは僕とOワーカーの「手袋をつけろ」「いや、つけない」といったやり取りの応酬である。30分くらい続いただろうか。
 手袋をつけても作業は可能である。譲ってもよかったが譲りたくなかった。なぜIさんがいなくなっただけで、これまで上手くいっていた作業の段取りを変えなくてはいけないのか、合理的な根拠が欲しかった。

 「Sさん、もし皆が手袋で作業していてあなただけが素手で作業していて、納品してクレームが返ってきたら、あなたに問題があるということになるんですよ」

 たかが3週間ぐらいしかゴーグルに触れたことのない新米ワーカーの脅しもどきに屈したくなかった。

 「僕はいつだって精一杯の緊張感を持ってこの作業をやってる。何度も訓練に訓練を重ねて素手でレンズを扱えるほどまでに頑張って到達した。もしそれでミスが起こったら僕は自分の方法を変える」

 「でもね、ほんの一回でもミスをして仕事をくれなくなったら、どうしますか、困るでしょう?」

 僕は新米のこの男よりも物凄くずっとずっとずっと長い間、発注先の人とIさんを通して間接的に関係を持ち続けてきた。ミスがなかったわけではないが、それ以上にクオリティの高い仕事を何年も懸命にこなしてきたつもりである。
 いや、僕だけじゃない、この作業所に来てるメンバーみんなそうだ。みんながそれぞれにできることを分担して懸命にやってきたからこそ、何年も注文をくれるのだ。

 「それを認めてくれないのですか?」「いや認めていないわけではないんですよ」

 認めるも認めないも、この男は僕らを否定的にも肯定的にも判断する材料などない。だから「認めていないわけじゃない」なんてことを言う権限がそもそもない。
 
 応酬を続けていくうちに抗コリン作用が強くなってのどが渇き、だんだん気持ちが苦しくなって、8日前の悪い状態に押しやられていく。これは「支援」されているのか、ハラスメントなのか。

 結局「自分のの一存では判断しようがない」というので、「じゃあ他のワーカーに伝えてくれ。こういうことは徹底的に話し合うべきだ」と促すと、渋々といった感じで彼は階下の事務所に向かっていった。


 事務所からはなかなか応答が来ない。仕方ないから別の作業をしながら他のメンバーの考えをそれとなく伺ってみた。皆、はっきりとしたことは言わない。ただ、この状況をしょうがなく受け入れている形で、ただIさんがいなくなってから「あまり良好ではない」状況に作業所が変わっていることだけは理解して、嘆息しているようだった。

 ある仲のいい女性メンバーが
 「なんか道具になった気がする」というので、驚いて聞き返すと、

 「人として扱われてないような・・・・・・ゴーグルを作る道具みたいに使われてる感じがする」

 なぜそこまで思うようになったのか。もっと僕は話を聴きたいと思っていたところで、Iさんに代わって作業の責任者になった女性ワーカーが入室してきた。

 
 僕には素手でケース入れの作業をしてもよいと言う。ただしこれからは商品の構造によっては自分の指示に従ってもらう、そのような話に付け加えて、彼女のウィークポイントと言える「余計な話」がメンバーみんなの前で開始した。


 「Iさんはもういなくなってしまった人なんでね、Iさんの頃のやり方と違うことはこれからもあるかもしれないけど、だからといってIさんが帰ってくる訳でもないので。今月に入って2回注文をくれましたけどね、まあ向こうからは良くできていると評価してもらいました」


 誰かに注意したり何かを押し付けるやり方でもなく、それでも皆を自然と作業に集中させる環境を上手く作っていたIさんがいなくなって、「気が抜けた」と言うメンバーは存在した。遅刻を繰り返す人もいる。
 商品に貼り付けるシールを、まったく致命的なミスと言えるほどの貼り間違いをしたメンバーもいた。そのとき彼は笑いながら仕事をしていた。正直僕は物凄く怒っていた。
 だが、その時に作業に集中させる環境をワーカーが作っていたとは思えなかった。緩い空気の中でメンバーが緊張感もなく作業してしまう場を放置していた責任は指導員の瑕疵でもある。指導員同士でお喋りしていたら、メンバーが冷めてしまい緊張が緩むのも当たり前だ。だから僕はワーカーに対しても怒っていた。

 Iさんがいなくなって空気が緩んだのであれば、それを引き締めるような環境を構築するのが筋である。なのにどういうわけか、仕事の段取りや作業の手法など、Iさんがいなくなって瑕疵が見つかったわけでもない「上手くやれてる部分」に執拗に手を加えようとするから、真面目に仕事してる人までが不条理な思いをさせられる。

 われわれが作ってる水泳のゴーグルは加工の過程で、どうやったって作業者の指紋がついたりもする。手袋をつけたって汚れはつく場合もある。だから加工の過程で表れる汚れは、ケースに納品する前に検品して払拭するのが指導員であるワーカーの仕事だが、彼らはそれを素手で行っている。
 絶対に触ってはならないレンズの裏を触った者は最近いたわけでもないし、レンズの扱い方がそれほど著しく悪くなったとは思えない。僕からすれば、今まで事務所にこもることの多かったワーカーたちが単純に検品作業に不慣れであるだけであって、彼らの効率の悪さをいきなり「メンバーの瑕疵」と転嫁させて、「Iさんがいなくなった空白」の部分をすべてメンバーのせいにして不当に劣等感を与えてるように見える。

 (実際のところ、Yが責任者として納品した仕事は「よくできている」などとお褒めの言葉をもらえるようなものではなかった。幾つかのシールの貼り間違えのあった商品を正直に発注先に申告しなかったどころか、Yは業者の抽出検品を免れようと、わざわざいろんな化粧箱・ダンボールにバラバラに振り分けるという下手な細工を弄した。Yはメンバーにそれを笑いながら見せて「最初が肝心」などと低堕落っぷりを披露した。消費者がロットナンバーを照会して苦情を言えば一発でこの作業所だと割れるというのに・・・・・・)


 「Iさんは今まで発注先から苦情が来て、製品を送り返されてきたのを一人で持ち帰って手直ししたりしていたこともあるんです。夜中の一時とかまで起きていてね。それでもIさんはそういうことは言いません。Iさんはそういう人です。
 わたしはIさんみたいなことはできません。子供もいますしね」


 僕はYワーカーのこの発言に、その時はあまりその意味を考えることはできなかった。ただ、「なにか違うのではないか」という思いがした。

 Iさんが仕事を持ち帰ってしていたことは僕もはっきり覚えている。ただし、あれはわれわれの作業所が初めて水泳用ゴーグルの製作を受注するようになって間もない頃、数年前の頃のことではなかったろうか。近年、Iさんがそういう働き方をしていたとは、どうしても思えない。Yワーカーはずっと過去のことを「この場の方便」として持ち出したのではないか。だが、「なにか違うのではないか」と思ったのはそれではない。

 そういう話の後、僕は普段どおりに作業していたのだが、そのうち8日前から溜め込んでいた怒りがどうしても収まらないようになった。

 Yと新米ワーカーは部屋全体に響くほど談笑しながら、素手でレンズを検品していた。

 「Yさん、ちょっと言いたいんですけどね」 僕の怒りは嫌になるような冷静さに変わっていた。

 「Yさん、この前作業してた時に僕とTさんに今までと違うやり方を指示したでしょう? ああいうのは僕は譲れるんです。
 でもYさん、あのときアニメの話しながら検品してたでしょう?
 みんなにそれほどシビアなものを求めるんなら、雑談しながら検品するのもやめてくれませんか?」

 結局僕は8日間休むに至った、実にくだらない、アホくさい怒りの根拠を、ごく簡単に吐き出した。
 「アニメの話?」 ニタニタしながら、Yはそれすら覚えていないかったんじゃないだろうか。「わかりました」

 ワーカーはほとんど無言で真顔になり、作業所に重い空気が澱んでいた。

 嫌な気分にむしゃくしゃしていたが、仕事の終わり頃になって、僕は自分がメンバーみんなの前でYの矛盾を突いて、彼女のポカを糾弾していたことに気づいた。「誰かの溜飲が下がればいいや」。そう思って帰宅した。

 
 Iさんが皆に話さずに苦労していたことを、Yが自分の立場を弁明するために、あんな形で言ったのは実に「ずるい」と思う。ゴーグル作業の初期の頃、、実際Iさんが持ち帰って仕事してたことはYに言われずとも数人のメンバーが知ってる。ただ、ああいう言い方はIさんの人の良さを利用しているとしか思えない。

 それにYはIさんの事情を話すことで、どんなプレッシャーをメンバーに与えているのか、分かっているのか。ああいうことを話すのはメンバーを信頼していないことを露呈させたり、これまでメンバーが懸命にやってきたことを実は全然評価していなかったと、Yが公言しているようなものである。

 Yは自分が言ってることの重みを考えているのか? Yが産休で休んでいる間も皆がどれほど悪戦苦闘して、どんなに頑張った結果でもって、発注先から継続して仕事をもらえるようになったか。Yは今までメンバーの何をみてきたのか。軽すぎるその言葉がどれほど皆からの信頼を喪失させ、自分を孤立に追いやっているのか、Yは全部わかっているのか?

 20歳の時から鬱病を病んで、僕はいろんな病院にも行ったし、いろんな医療従事者を見てきた。同じ精神疾患に苦しむ人たちを助けたいと思って、僕は名古屋の精神保健福祉士の専門学校に行って、多くの作業所やデイケアを見学したりボランティアを重ねてきた。いろんな民間病院を見てきた。閉鎖病棟を見てきた。断酒会のピアカウンセリングにも行って様々な人の人生を見てきた。いま僕が働いてる作業所と同じようなところで、いろんな場面、いろんな言葉、いろんなやり取りを見てきた。

 プライベートを持ち出し、「自分の子供」を理由にして、患者や福祉サービス利用者に「要求」をするソーシャル・ワーカーを、今までの経験の中で僕は初めて見た。びっくりした。あまりにもびっくりした。

 「なにか違う」と瞬間に悟ったのは、Yの「子供もいますしね」というその一言だった。

 自分の仕事の本質が分かっているのか? Yは本当にワーカーなのか?

 僕の姉は社会福祉協議会で働いてる社会福祉士だ。毎日いろんな相談者に会って、いろんな障害者に面談して、いろんなケースワークをこなしている。

 だが僕の姉は、福祉利用者に無関係な話を持ち出して「要求」をぶつけたりしないし、プライベートを絡ませたり、「自分の子供」のことを利用者の責任か何かのようになすりつけるような仕事をしたりなんかしない。

 姉はシングルマザーであり、定時で帰れるYのようなぬるい仕事でもない。時には利用者のために県外に飛んだりすることも普通にあって、甥はいろいろ思いながらも、姉の仕事を理解しているし、姉の分、二番目の姉や僕や両親が親代わりになってサポートもする。それでも何年がむしゃらに働いても姉は非正規職員で、ボーナスも昇給もない。

 だからといって、困っている福祉利用者の人たちに、姉は一度も「自分の子供」を理由にして不満を理不尽にぶつけたりしたことは一切ない。

 というか、普通の職種の人たちだって、普通はそうなのである。マクドナルドの店員が「子供のために早く帰宅しますから、ご注文は5秒でお願いします」とか言うだろうか?

 僕の作業所に来る人たちは、みんな多かれ少なかれ、精神疾患がハンディとなって、「一般的」な人生のライフサイクルから外れてしまった人が多くいる。
 病気が理由で会社に就職できなかったり、家から出られなかったり、学校を辞めてしまったり、兄弟や親の縁を失ったり・・・・・・・・病気のために結婚することも、子供を産むことも、断念せざるを得ない人たちがいるのである。

 今まで散々傷ついてきて、そういう底辺から懸命に這い上がって、懸命に自分なりの人生を模索している人たちに、Yは自分が結婚して子供がいることをわざわざ突きつけて、「ちゃんとやれ」と言ってるようなものである。
 病気が理由で自分の子供を得ることが出来ない福祉サービス利用者に、「自分の子供」を誇示するソーシャルワーカーなど見たこともないし、僕が精神保健福祉士の専門学校で学んだ限りでは、Yの言い方はワーカーとして「失格」どころか、傷に塩を塗るような最低のやり方である。


 アホ過ぎて泣けてくるよ。どこまでバカなんだよ、おまえ、なんの仕事やってんだよ。


 メンバーのみんなは、常日頃、Yについて「厳しい」とか「きつい」とか愚痴っている。だが僕からすれば、Yの仕事ぶり、程度の低さ、モラルの希薄さには「ユルイ」というか、「バカか?」と言うレベルで、自分に甘いとしか言いようがない。

 職員同士でディズニーランドの話だとか松ケンがカッコいいだとか、皆が黙々と仕事してるのにケラケラ笑って思わず激怒したこともあった。
 ずっと昔に、メンバーみんな揃って茶話会をやっていて、プリウスの話題になった時に、その金額に関して「私の車の何分の一の値段で買えるんだ」と放言したこともあった(生活保護受給者で車を持てない人だって作業所にはいるのに)。

 今までいろいろあったけど、僕だってYにお世話になってきたんだから、互いに気持ちよく仕事が出来ればいいや、と思ってたし、今日もみんなの前でそんなことも言った。

 だがIさんを自分の弁解のために利用したこと、自分の子供を理由にしてメンバーに不満をぶつけたこと、これらは絶対に許すことができない。

 
 「辞めようか」と、ついに思ってしまった。

 
 6年だか7年だか、とにかくあの作業所が出来て一番長く働いてる立場にもなって、ずいぶん病気も寛解してきた。週に半分寝たきりだったような生活から、今は多少なりとも家の仕事も手伝えて微力ながら親孝行もできるほどまでなった。ひとえに作業所のおかげだと思っている。みんなに会えたからだと、いろいろ教えてもらったおかげだと感謝している。それは本当に本当だ。

 だが、自分のために働いてるのか、Yのために働いているんだか、今日、もう分からなくなった。

 僕はただ普通に働きたかっただけである。ドラゴンボールの話を自分からメンバーに振って、仕事のクオリティが下がったら、「子供がいるから」などと居直るバカ女の給料のために、僕は福祉を利用しているんではない。

 あと、数日働いたら、僕の貯金は一応の目標金額に到達することになる。それだけもぎとったら、あのバカ女の仕事を「支援」するようなサービスは辞めてやろうと思った。



 「人として扱われてなくて、指導員のための道具になってしまった気がする」。そう言ったメンバー仲間の言葉が気になってならなかった。

 作業所を帰ろうとして二人で煙草を吸ってたとき、「ミスチルの彩りって歌、聴いてください」と呟いた。

 「どんな歌なの?」

 「最近よく聴いてるんです。これを聴いて、就労支援、頑張ろうって。Sさんがいないとき、作業所の時間がいつもより長くて、しんどかった。でも彩りって歌は、わたしの『就労支援ソング』だって決めて、それで頑張って黙々と仕事してた」

 帰宅して、YouTubeで聴いた。

 歌詞を読んでたら、なんか、泣けてきた。いい曲だけど、泣けてきた。つらくなった。

 これって、本当に、精神障害者で作業所で働いてる、僕や彼女やメンバーみんなのために作ってくれたような歌に思えた。

 いい曲なのにつらかった。もっと早く聴いておきたかった。

 Iさんが去って、僕らが失ったものだから。
 ついこの間まで、当たり前に享受していた、僕らのささやかな幸福、ほんの日常。
 そして、どっか、いってしまった、かつての僕らの姿だったから。


僕のした単純作業が
この世界をまわりまわって
まだ出会ったこともない人の
笑い声を作ってゆく

そんな些細な生き甲斐が
日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に
少ないけど 赤 黄色 緑







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『真夜中のカーボーイ』に現れるニューヨークが一番好きかもしれない

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 10数年ぶりに『真夜中のカーボーイ』を見る。

 以前この映画を見たとき僕はどんな感想を感じたのだろうか。複雑な気持ちだったから今までもう一度見ようと思わなかったのだろうか。ただ確かサントラを輸入盤で買ったような気もする。中古屋に売り払ったと思うが。

 なんとも切ないというか、苦しくなるというか、物悲しくなる作品だ。この映画が人々に理解されてアカデミー作品賞を受賞したのが少し信じられない気もする。
 ニューヨークを舞台にした映画はたくさん見たように思うけど、この映画ほど「ニューヨークなんか絶対行きたくもない」と僕に思わせる映画は他にない。
 そしてこの映画ほど、「ニューヨークって本当はこんなにも無名の寂しい人々が懸命に頑張って生きようとしてる街なんだろうな」と感じさせてくれるようなリアルな映画も他にはないように思う。

 マーティン・スコセッシの映画『タクシー・ドライバー』に出てくるニューヨークは乾き切った感じがするし、ルー・リードのアルバム『ニューヨーク』の客観的描写は冷たすぎるような気がする。
 『真夜中のカーボーイ』で描かれたニューヨークは殺伐としていながら、底辺で生きる人々の息遣いがきちんと伝わってくる感じもする。イギリス人が監督した映画だから、案外この作品がニューヨークを描写するのに最低限必要な要素をきちんと切り取っているのかもしれない。無論、僕はニューヨークなんて行ったことがないから本当のことなんか分からないけれど。

 今まで、僕の中ではダスティン・ホフマンが演じた映画は『クレイマー・クレイマー』と『トッツィー』が一番好きだったけれど、『真夜中のカーボーイ』のリコはホフマン以外、誰も演じることが不可能な作品だったように思う。とにかく煙草の火の点け方から盗む指先の仕草まで、細かいところまで完璧に演じきってる。

 口が達者で油断のならないペテン師で、いつも髪をバックに梳いて少し品のあるような雰囲気を漂わせながら、閉鎖されたビルで最下層の貧困に喘ぎ、足が不自由で肺を病んでいる。言ってることが誇大でクールに気取ろうと大きく背伸びするのに、全然地に足が着いてなくて、酷薄な現実の中で必死に生きざるを得ない孤独な哀しみが洩れ出てくる。こんな底辺剥き出しの人間を露骨に描き出せるハリウッド俳優はホフマンぐらいじゃないだろうか。
 地下鉄の通路で靴磨きをする場面や、父親の墓に行って捨ててあった花を手向けるシーンとか、スクリーンに映らない過去に背負ってきた人生を何気なく垣間見せるくだりの演技は本当に上手い。
 病魔がいよいよ深刻に襲ってきて「歩けなくなったらどんな目に遭うんだろうかと思って怖いんだ」とボロボロ泣くところなんか、リコの人生がどれほど荒みきった孤立の中を生きてきたのかが、あの場面だけで見る者の想像を膨らませる。

 ダスティン・ホフマンとジョン・ボイトの名コンビを見ていると、「なんか他にも見たような・・・・・・」と思っていたら、『スケアクロウ』のアル・パチーノとジーン・ハックマンを思い出した。

 『真夜中のカーボーイ』と『スケアクロウ』はほぼ同時期の作品で、ひょんなことから知り合って芽生えた友情から始まって、相棒が最後に哀しい末路を辿る、というストーリーの伏線がまったく同じである。微妙なキャラクターの違いはあるが、コンビのスタイル(粗暴な大男と智恵で立ち回る小男)は完全に踏襲されている。

 ただ『スケアクロウ』のジーン・ハックマンの役回りをジョン・ボイトが演じられるとは思わないし、『真夜中のカーボーイ』のホフマンと『スケアクロウ』のパチーノが入れ替わって演じることは絶対不可能だと思う。
 ニューヨークの虚飾をクールに抉り取った『真夜中のカーボーイ』の幻惑の雰囲気と、どこまでも土臭いアメリカの土壌を粘っこく映す『スケアクロウ』のドキュメンタリーのような視線は、まったく相容れる要素がない。
 酷似しすぎるストーリーの伏線をたどりながら、スタイルが根本的に異なる両者の映画が、一方はアカデミー作品賞を取って、もう一方がカンヌでパルムドールを獲得しているのは面白い。僕はどちらも、同じ程度に好きな映画だけれど。

 男娼のジョン・ボイトが初めて客を取るくだりのサイケデリックなパーティーのシーン、十数年前に見たときはあの場面があまり面白く感じられなかった。今回見てみると、あのパーティーのシーンこそがニューヨークの如何わしさと虚飾の極致であるように感じられた。

 アンディ・ウォーホルの「ファクトリー」の人物たちがあのパーティーのシーンに出ていることは知っていたが、あのパーティー自体が「ファクトリー」が主催したものであるという設定を今回初めて知った。

 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの音楽が映えそうなあのシーンの映像の撮影手法や編集は大好きなのだが、見ているうちになにか虚ろな荒みが感じられて空しくなってくる。ジョン・ボイトがパーティーを抜け出して、インポになりながらも客と一夜を共にした後、客の女の豪華な住まいを見ていると、ボイトやホフマンの喘ぐ貧困と露骨に対象化されてしまう。底辺で寒々と生きる人の生があれば、どこからともなく金が流れ込んで華奢で如何わしいパーティーのような暮らしに耽溺する人の生がある。ウォーホルがシルクスクリーンで描いた有名人の絵と、激しくクラッシュした悲惨な交通事故の絵、その両方を見ているような都市の幻惑がそこにある。

 パーティーの場面や真夜中の街頭を撮ったカット手法の冷徹な感じに、僕はなんとなくガス・ヴァン・サントの映画とよく似ているような感じがした。彼は『真夜中のカーボーイ』に触発されたところがあったのかもしれない(彼のデビュー作は『ドラックストア・カウボーイ』である)。

 そういえば、『真夜中のカーボーイ』の監督ジョン・シュシレンジャーもガス・ヴァン・サントもゲイである。なんとなく両者に感じられるフィルムの要素を挙げてみれば、哀切なほどヒューマニズムに人物を造形しながらも、社会派的な冷徹な視点で人の置かれた環境の酷薄さを抉り取る、そんなギャップを併せ持つスタイルが感じられる。それは都市や群衆の中で棲息するように生きるゲイという属性だからこそ、酷薄な社会と人の情愛を対照的なインパクトで対置する視野を彼らに与えさせるのだろうか。そういう解釈は穿ちすぎなのだろうか。

 
 余談ながら、ジョン・ボイトの初めての客となるシャーリーという役名の女優がなんとも妖艶な雰囲気で印象に残った。
 ネットで調べてみたら、ブレンダ・ヴァッカロという名の女優さんで、誕生日が姉と同じだった。

 なんか、そういうのが最近よくある。





作者の人生の虚実に触れたくなくなるとき

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 このブログの過去の記事を「手動」でバックアップし始めて何日経ったか。2011年までの記事を保存、メインサイトに移動完了させた。

 いま2012年分の記事を保存しているが、この頃から僕のブログはほとんど全部がツイッターのツイートを反映させたものばっかりになっている。
 ツイートが収めた記事は読み返して全然面白くない。

 当時、一つの長文を要する事柄を書くときもツイートを「連投」させて書いていたのだが、最初からブログで書いたものと比較したら、ツイートで書いたものは本当に下らないものばかりだ。
 ツイートの読み手が幾つかの「連投」ツイートのうちの一つしか読まないかもしれない、ということを念頭に入れて、一つの事柄について「連投」しながらも140文字の一つのツイートを結論めいた書き方で収めようとしているのだが、それに無理を感じるから面白くないのだと思う。

 日常の他愛のない事柄、たとえば「ダーリンがセックスしてくれなくて淋しい」とか「ハゲ上司がバカすぎて糞ムカつく」とか、そんなことはツイッターで十分だ。
 だが「『主権の日』の式典開催に危惧を感じる」とかいう内容は140文字制限のツイートを「連投」させても全然面白くない。「連投」は読みにくいし、一つのツイートで長文の一部の要素をなんらかの読み応えある形にするなんてことは相当技術が要る。
 ツイートをアフォリズム形式で面白く読ませようとする人もいるかもしれないが、短文で一つの事柄を断言して言い切るというのは、読んでいて面白いときもあるが、危険性を感じるときもある。アフォリズムと短いフレーズを繰り返すプロパガンダは表裏一体のようなものだ。
 世の中には、長文でじっくりときちんと起承転結を使って説き聞かせないといけない事柄は存在して、長文でなければ書いてはならない(短く言い切ってはならない)ものはたくさんあると思う。

 だが短く断言する使い方に非常に効果があるから政治家やメディアはツイッターを人々に率先して薦めているのであり、だから僕はずーっとツイッターは危険なツールだと思っている。
 でも多くの人はブログで自分の考えてることを掘り下げて書いたりするのは苦手で、そもそも単純に作用する情緒でしか反応しない頭で日々を生きてるから、短い断言形式は読んでいて分かりやすく時にはスカッとしたりする。
 だからオピニオンリーダーを沢山フォローしながら、単純な情緒をゴミを掃き出すようにダーリンがセックスしてくれなくて淋しい」とか「ハゲ上司がバカすぎて糞ムカつく」とかツイートしてるのである。ツイッターが「バカ増殖工場」であるのは以上の理由に因る。



 今日の朝日の読書欄では、島崎今日子・著の『安井かずみがいた時代』が紹介されていた。

 安井かずみという作詞家を初めて知ったのは、彼女の二番目の夫である加藤和彦が作曲した『ニューヨーク・コンフィデンシャル』を矢野顕子がカヴァーしたのを聴いてからだ。
 そのアルバム『Piano Nightly』は僕にとって特別なアルバムで、大学のときにとても好きだった女性がプレゼントしてくれたものだった。その頃は彼女と付き合ってはいなくて片思いしてた時期で、ちょうど冬だったけど、矢野顕子によるピアノだけの『ニューヨーク・コンフィデンシャル』のカヴァーはその片思いで過ごした冬の寒さと調和するように寂しく、心に沁みた。

 彼女と別れて、服装に気づかいもなく、一緒に行ったなじみの店にも行きづらくて、彼女の口癖だった「ケセラセラ」がほろ苦く思い出されて、だからといって旅にも出かけたくはない、彼女のいるこのニューヨークを離れられない。

 「なんて俺みたいな芸術家気取りの男の、染みったれた感情をリアルに言い尽くす歌詞なんだろう」

 安井かずみという人が大好きな加藤和彦の奥さんだった、ということも関心を引いた。まるでこの曲はサディスティック・ミカ・バンドのころ、当時の妻だったミカさんがクリス・トーマスと浮気して離婚したときの加藤さんの気持ちみたいだ、などと勝手に想像したりした。
 姉貴に、安井かずみという作詞家を知ってるか訊ねたら、「ああ、あの病気で死んだとき旦那さんがTVで泣きじゃくってた、あの人ね」と返ってきて、安井かずみという人がすでに物故者であることと、加藤和彦が泣きじゃくっていたらしいことに驚いた。姉貴が知ってるほど有名なエピソードなのか、とも驚いた。

 時間を経て、安井さんという人が『ジャスト・ア・Ronin』の作詞者であったことにびっくりし(子供のときから好きな曲だった)、加藤和彦と夫婦の作詞作曲で出したアルバム『あの頃、マリー・ローランサン』や、80年代のきらびやかさそのままを映すような桐島かれんのボーカルのミカ・バンド曲『ダシール・ハメット&ポップコーン』の素晴らしさにものすごく感動した。

 安井さんという人をウィキペディアで調べると、これがまたすごく奔放な人生を歩んだ伝説の女性であることにもびっくりして、「どんなに魅力的な人だったんだろう」と想像して、ニコニコ動画で初めて安井さんという人を見たとき、僕の想像と全然違う、すごい濁声で喋るおばさんだったのにも本当に驚かされた。
 加藤和彦が死んだとき、二人で出た料理番組の映像も見た。とにかく凄そうな人だ、こんな凄そうな女性が過去に存在していたのかとしみじみ思った。

 以上が僕が今まで知ってきた安井かずみさんという人のすべてだ。『安井かずみがいた時代』という本に僕が関心を示さない訳がない、でも新聞の読書評を読んでると、「読まない方がいいかも知れないな」となんとなく思った。

 僕にとっては『ジャスト・ア・Ronin』や『ダシール・ハメット&ポップコーン』を作詞した人、加藤和彦とおしどり夫婦で素晴らしいアルバム『あの頃、マリー・ローランサン』を作った人、それだけの「安井かずみさんという人」で良いような気もするのだ。

 別にジュリーの歌の作詞家とか本当にどうでもいいし、加藤和彦と結婚する前の、奔放でゴージャスでキャンプな生活を送っていた頃の話も深く知らなくていいように思う。
 まして、安井かずみが死んだ後に加藤和彦がすぐ結婚したのは、彼女が闘病している頃から浮気していたのではないか、といった憶測話は絶対読みたくもない。著者の書き様によっては本を燃やしたくなるようになるかもしれない記述には触れたくない。加藤和彦の自殺がまだそれほど昔とは言えない現在、彼の人生に泥を塗りかねないような憶測をスキャンダラスに扱っているとしたら、僕はすごく気分を害すると思う。
(島崎今日子という著者については、朝日のTV番組評を読んでるからどんな人かはだいたい分かってる。島崎氏については好感を感じる時もあるが、その真逆の場合もある。だから「信用しがたい」というのもある)

 
 『あの頃、マリー・ローランサン』のタイトル曲を聴いていると、加藤和彦との生活を描いた私小説のような感じがする。まるで安井さんが死んだ後に加藤さんが結婚生活を思い返しているような、幸せな歌なのにどこか儚さや哀しみが入り混じっている感じがして、とても不思議だった。僕は加藤さんが自殺したとき、この歌を何度も聴き返した。あの世で加藤さんが安井さんと再会してるのかなあと思って、しみじみ彼の自殺のショックを癒したものだ。

 ただ、前言と矛盾しているかもしれないけど、『あの頃、マリー・ローランサン』や『ダシール・ハメット&ポップコーン』の美しさの中に垣間見る安井かずみさんという人のいた光景、その美しさだけで十分だという気もする。
 僕の中で、安井かずみさん「という人」という、いつまでも限定しない存在のままで思い描いていたい、そんな願望も感じるのだ。

 作品があまりに美しすぎると、かえってその作者の人生の虚実に触れたくなくなることって、そういうことなんじゃないだろうか。


 


みんなは尾崎豊ではなくて香山リカに共感したくないだけなんだよ、きっと

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 香山リカについては、失礼だが「更年期障害がひどいのか?」って言うぐらい、もう言ってることが滅茶苦茶で、ヘタレハシシタにすら余裕で反論かまされて涙目になるような人だから、完全スルーして全然支障がない、むしろ「かまってやらない方がいい」と思うのだが、少しだけ。

 朝日新聞デジタル:(いま子どもたちは)さとり世代:3 尾崎豊、ピンとこない 2013年4月26日

 こんな記事が小さく朝刊に載っていて、「まだこんなこと言ってるのか」「まだ朝日は、とち狂った香山にかまってやってるのか」とうんざりした。
 朝日はケチなので上記リンクでは、香山の妄言のすべてを読むことはできない。いろいろ調べたら、朝日以上に香山の妄言を大層に取り上げてる日経のバカ記事があった。

 尾崎豊に共感しない若者たち ~対談・香山リカ - ヒット研究所 - 日経トレンディネット 2013年4月26日

 朝日での妄言もほぼ同じ内容と解釈してよい。むしろ香山の支離滅裂にまじめにお付き合いしてる日経、どんだけヒマなんだか。記事の日付が朝日と日経、両方とも同じである。大学の新学期が始まって講義をやるのがさぞ憂鬱で体に堪えるのだろう、香山はあっちこっちで「尾崎を聴かないなんてけしからん!」とヒステリーを撒き散らしているらしい。

 香山の八つ当たりとしか言いようがないヒステリーに相当我慢しながら、日経の記事を3分ぐらいで流し読みした。僕が知りたかったのは、「なぜ香山にとって杓子定規が絶対に尾崎豊でなければならないのか?」というその一点だけだった。なぜなら若者論をぶちまける香山の文句に尾崎豊を引き合いに出すのは、もう何年も前からずっと果てしなく繰り返されてるからである。
 だが「尾崎豊でなくてはならない絶対的条件」は何一つ書かれていない。だから「香山は尾崎豊が好きでたまらなくて、演歌好きのオヤジみたく、尾崎豊を若い連中に押しつけたくて仕方ないんだな、そうかそうか」で終わるしかない。

 香山は性懲りもなく毎年毎年、講義で学生に尾崎豊を自己満足で聴かせながら恍惚としてるんだろうな。んで、学生から期待に反したリアクションが当然のように浴びせられると、「ムッキーーーッ!!(○`⊿´), 」みたいになって、単位やらなかったりもするんだろうか。立教大学の学生よ、尾崎をベタホメしてやったら、香山先生から単位をむしりとれるのは必定である。


 今の若者に共感するわけでもないが、むかし若者だったときの僕も、やっぱり尾崎豊は嫌いだった。高校のとき、現国の何かの作文で「学校のガラスを割ることがステイタスみたいに歌うショボいやつは嫌いです」とかいうことを書いた覚えがある。

 かといって、当時の僕が真面目だったとか従順だったとか全然そんなわけはなく、高校は大嫌いでクラスメートも大嫌いで、体育教師に至っては仇のように憎悪していた。だが、「権力や大人は悪だ」とか、香山の描くような紋切り型の思考も「気持ち悪い」と思っていた。

 高校ぐらいの若いときって、権力とか大人とか、具体的に悪を決めつけるように観念的な反抗って、あまりしないものじゃないですか?
 とにかく自分の中から沸き起こる意味不明の衝動みたいなのに突き動かされて、「訳わかんないけど、むしゃくしゃする」ってのが真実であって、学校のガラスを割るだとかは「こじつけ」とか「風俗」とか「スタイル」みたいなものでしょう。
 つまり誰にでも若者の「初期衝動」みたいなのはあるけど、だからといってガラス割ったりバイク盗んだりするようなのは程度が低い、って他人の反抗スタイルをバカにする人には、別の違う反抗の形とか、あるわけでしょう? たとえばやたらと尾崎豊だけを推しつけてくる訳わかんない大人の啓蒙に「尾崎なんて論外でしょ?」と言ってやる反抗とか。(尾崎豊が好きかどうか以前にゴリ押ししてくる先生がウザイ、ってのが真相かも)


 ここからがようやく本論です。

 田舎の情報弱者の高校生だった僕の場合は、若者特有の初期衝動を発奮させるために聴きまくったのは、ローリング・ストーンズとかドアーズとかセックス・ピストルズでした。

 邦楽なんてひとつも聴きませんでした。大嫌いなクラスメートが聴いてたから。でも田舎の情報弱者だったから、突然ダンボールとかボアダムスとか知る機会もありませんでした。大学に入って大勢のボアダムスファンと知り合いましたが、奴らはスノッブだと嫌悪してました。だからストーンズとかピストルズが最初から最後まで僕の青春演歌でした。

 実はトーキングヘッズとかベルベット・アンダーグラウンドとかも高校の時から聴いてたんですが、あれは高校生が少しでも背伸びしたいスノビズムとか、知的ステイタスを満たすために聴いていたようにも思います(どちらも今では大好きなバンドですが)。
 セックス・ピストルズには本当にお世話になったように思います。高校時代のすべての衝動はピストルズによって満たされていたように確信しています。

 ですが、なぜ僕にとってはピストルズだったのか、それを意味づけするのはあまり根拠がないように思います。それを始めると僕は香山リカと同じになるわけで。

 80年代が大好きでしょうがない香山にとっては、尾崎豊ってのは相対化できない対象なのでしょう。「若者だったら尾崎に共感して当たり前」みたいな香山の妄信は、80年代が別に特別なものではないってことを香山が受け入れない限り、香山の「若者叩き」に終わりは訪れないでしょう。

 彼女の「若者論」が「今の若者の全否定」の程度でしかないのは、単純に世代別の志向から生じる齟齬でしかないと思います。香山にとって青春の一部として尾崎豊が絶対的なら、エヴァンゲリオンとかスカイ・クロラが自分の世代の象徴だ、みたいな人たちもいるわけで。
 「エヴァンゲリオンばっかりで全然尾崎の名曲に振り向いてくれない」とか妬みが始まったら、エヴァンゲリオンの世代のすべてが否定の対象になってしまうんです。香山がゲームだとかネットだとかを引き合いに出して若者を否定するのは、「尾崎に共感してくれない世代の嗜好には欠陥がある」ってような単純な私憤、根も葉もない粗探しに過ぎないと思います。巨人ファンと虎キチが絶対に折り合いがつかないのと同じような次元の話ですね。


 最初っから時代の流行と無縁だった僕なんかは「世代べったり」みたいな青春期を送ってきませんでした。90年代初頭に70年代末期のピストルズとか、60年代末期のストーンズばっかり聴いてたわけですから。

 自分と同じ世代のヒロイズムを自分は共有出来ていない、ということは、長いこと僕にとってはコンプレックスでした。ボアダムスだとかエヴァンゲリオンだとか、まあ人生長いから、この先関心を持つかもしれないけど、「何がいいんだ、どこがいいんだ」と蔑視していましたね。
 「世代べったり」とした流行の音楽や映画を絶賛している同世代を「ミーハーな連中だ」と軽蔑しながら、

「エヴァンゲリオンの良さが理解できない俺は頭悪いのか? 時代の先端に生きていないのか? 実は俺って古風な人間なのか? ダサいのか?」

 そんなふうに孤立感や劣等感を感じることは近年まで頻繁にありましたね。「スタジオ・ボイス」とか「Cut」とか、ああいう先端を扱うサブカルチャー雑誌は僕にとって「悪魔の書」でした。今でも美容院で髪を染めてる間にそういう雑誌を持ってこられると、頭がクラクラしますしね。

 
 ここ最近になってからですかね、僕の中で「世代べったり」に対する孤立感や劣等感が消えたのは。

 Beckやリタ・ミツコの再評価マイブームが起こって、夢中でむかしの映像、YouTubeで見たりしてたら、

 「そうか、別に自分の世代に阿る必要はないんだ、時代の先端に気を配るとか面倒なことはしなくていいんだ、懐古趣味でもそれでもいいんだ、いま、好きなものが好きで、それでいいんだ」

 そう思えるようになって随分気が楽になりましたね。「レディオ・ヘッドのどこがいいんだ」とか、はっきり自覚できるようになりましたね。
 自分が夢中になれるものが古いものでも自分の懐古趣味でも、夢中になれる事自体、なかなかないことですしね、アラフォーには。
 自分が好きなものや関心について、自分の過去の経験と結び付けられるような要素を見つけ出せたら、それはそれで、一つの文化論となって誇ってもいいんじゃないかと。そんなふうに思います。


 話が最初に戻って「尾崎に共感できない若者」云々の「捏造若者論」ですけれども。

 尾崎が生きてた時代に、尾崎が歌っていることが若者のすべてだ、みたいな共通のコンセンサスがあったわけではない。新聞発行するならそれぐらい踏まえて香山リカの暴走をスルーしなくちゃ、ですね。

 尾崎豊が香山リカの「世代べったり」嗜好の中で、若者とか青春の代名詞みたいに権威づけられて平気で偶像化された代物だと、若い人たちが感覚的に悟ったとするならば、香山に向かって「尾崎なんてショボイよ」ってはっきり言えた学生たちの感性は正常だと思いますね。権威や偶像に対してちゃんと相対的に見る視線があるわけですから。
 むしろ、香山の「こじつけ若者論」に至る妄想と、それを手放しで載せるメディアがステレオタイプの「権力」とか「大人」の片鱗であるというか。よくある話ですね。

 セックス・ピストルズのアナーキーなカッコよさを他人に理解してもらうことなんて、僕は高校時代から諦めてるから、今さら若者がどうこうとか言い出すの、不毛ですよね。

 ただ、「ワンピース」はいつまでたっても読む気にはなれなさそうですが。





就活ごときで『何者』って、そんな大袈裟な・・・・・・

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 主治医との診察後、作業所のメンバーと会って話す。
 「Iさん(先月辞めたワーカー)がいなくなってから、作業所の雰囲気がたるんでしまった」と嘆息している。僕からすれば普段あんまり熱心に仕事しているようには見えなかった彼がそう愚痴るので少し驚いた。

 われわれの仕事は楽しいものではないが、やる気とか自主性を尊重してくれたIさんは、ある程度やりたいようにやらせてくれる裁量を与えてくれていたように思う。それが少しばかりでも「生産した充実感」を僕が得られる根拠になっていたように思う。

 現在の女ワーカーが責任者みたいな位置に立ってから、新羽の使い方や商品のケースの詰め方まで、細かいところまで煩く指示するようになって、裁量が失われた。その結果、なんとなく「働きがい」を感じられないようになってしまった。

 お金を得る、ということを度外視して考えるなら、いったいわれわれは、何のために働いているのだろう。働く喜びは、どんな瞬間に表出するのか。

 Iさんがいなくなってから、そんな本質的なことまでふっと考え込む僕が時々いる。



 今朝の朝日の高橋源一郎による論壇時評を読むと、朝井リョウって人の『何者』という小説が面白いらしい。

 「これはもしかすると新しい時代の『プロレタリア文学』みたいになる小説だろうか」と思いつつも、僕はほとんど読む気がなかったらしい、ついamazonのレビューを見てしまった(レビューを見るという行為は僕の場合、内容よりもリアクションに関心があるので、読むところまでに至らない)。

 レビューを読むと『何者』の印象は、高橋氏の論壇時評で語られた労働と自己同一性の問題という切り口から完全に外れて、これはネット時代と深く関わったもっと醜悪な要素を含んだ自己同一性について語っている作品なのかもしれないと想像した。というか、作品以前にレビューを読むのがなかなか面白かった。

 『何者』の中では、ツイッターやらSNSを小道具として使っているらしいが、こういうのを素材にした小説を読む行為自体、苦痛ではないのだろうか。おそらくこの小説を読む人たちはツイッターやフェイスブックを駆使している人たちだろうけれど、あまりにそれらにある種「耽溺」しまっていて距離感が近すぎたら、逆に苦しくてしょうがないと思うけど。僕はレビューを読むだけでそれらが想像できて苦痛を感じた。

 ある人が『何者』について「この本のコアは“設定した自己像との剥離や他者からの承認”にある」と書いていれば、また別の人は、「この本のレビューをネットに書くということが、この本の提示した罠に嵌っている証拠」というタイトルで、

テクノロジーとか就活とか、他人の設定した条件によって、不自由になってしまっている人たちの話。



 というふうに端的に断じている。僕はこの一行に思わず唸ってしまった。長い間、ブログからSNSまで入れ込んだ挙句に、僕が批判的に感じ取った事柄がこの一行にさっくり書き出されていたから。
 一度はフェイスブックやInterPalsのような「自己紹介型」ツールのアカウントを消した理由は、他人が設定した条件の中でしか自分を表出できない、そういうものでしか自分が認知されないことを僕が嫌悪しているからだ。ネットの使い方はいろいろあるんだから、わざわざSNSの型に拘束されるのは不自由だし、SNSで「自己紹介」させられることが「すべて」のようになってしまったら、他者を深く知らずに使い捨てる社会の悪癖を助長させるとしか思えない。

 (もっとも、僕が日常で知ってる人たちの大半は、ツイッターやフェイスブックなんて使ってない。スマートフォンにおってネットのインフラは加速的に整備されたけど、ネットや新聞で言われてるほど人々がツイッターやフェイスブックに興じているとは僕は思わない。ネットを経由した自己同一性が主題になるのは、まだまだごく一部の人々の間でしか共有されないと思う。問題が生じてくるとすれば、携帯電話がそうであったように、ネットを使えなかったら日常の些事に関与できなくなることの方が懸念される)


 朝井リョウ氏の『何者』には次のような件の文章が出てくるらしい。

どうして就職活動をしている人は何かに流されていると思うのだろう。(略)
自分はアーティストや起業家にはきっともうなれない。だけど就職活動をして
企業に入れば、また違った形の「何物か」になれるのかもしれない。(略)
「就活をしない」と同じ重さの「就活をする」決断を想像できないのは
なぜなのだろう。決して、個人として何者かになることを諦めたわけではない。
スーツの中身までみんな同じなわけではないのだ。



 この部分を取り上げて、中高年層と思われるレビュアーが次のように批判的に論じている。

「作家の言葉にかぶせれば、『会社を辞め(適業・独立す)る』と同じ重さの『会社を辞めない』決断を想像できないのはなぜなのだろう、と思う。」
「20代は「何者か」になることで必死であり、それでいい。しかし30代、40代ともなると、『何でもないもの』としてどう生きるかというもっと難しい問いが待っている。そこまで書きこんでほしかったとは言わないけれども、同質的な登場人物のなかに、異質な他者の存在が少しでも垣間見ることができたなら、もっと奥行きのある作品になっていたと思う」

 小説とは関係のないところで、「じゃあ、このレビュアーが想定している『何でもないもの(者)』ってどんなやつのことを言うんだよ」と僕は思ってしまった。

 ざっくり言ってしまえば、僕が今まで出会ってきた精神障害者の多くは、「何でもない者」だと思う。もっと切実さを込めて言うなら、「『何者』にもなる機会を失われた者」だと常々思っている。

 福祉の専門学校をドロップアウトしてから数年間の僕は、「療養」という建前で実質「ニート」の生活だった。いや、ニートならまだマシだった、ニートという定義によって安心する手立てもある。毎日病気と交際することが全部だったときの僕には、「生活」すら感じ取ることはできなかった。
 ボランティアをしてみるとか習い事をするとか、ニートで居続けるとか、それらは人々の選択行為であるが、週の半分は苦痛で寝込む僕には「選択」する能力すら存在しなかった。

 社会的入院で何十年も精神科で暮らす人々や自分の体験を経てきて、いつしか僕の中では「何者」かという自己規定は、就活で成功するとか失敗するとか、会社で居続けるか転職するかとか、そういう次元で諦めたり努力したりするようなものではなくなった。

 病気になってからの僕は、「いつになったら自分は『何者』であるか社会から意識されるほどの人間になれるのだろうか」という思いで生きてきた。

 就労支援を何年か続けてきて寛解した今の僕は、「こんな自分でも社会生活していて世の中に一応貢献してる普通の『何者』かになれるとしたら、どの程度の『何者』なんだろうか」という問いの中で生きている。

 そう思いながらも、僕は完全な意味での「何でもない者」、異質な存在の他者となってしまった人の生を見つけ出していないのではないかと、自分の社会的な意味での視野狭窄を恐れている。



 社会的な被承認欲求を得られ難い社会は、それはそれとして社会的な問題だと思う。失業者をなくすことや、障害者が社会参加できる機会を増やすことは政治的課題である。

 だが、人がどのように世界と向き合って、自分の存在に意味を見つけて、自己同一化された人生を獲得するかどうかというようなことは最も困難な人生の作業だろう。

 しかし、人々がいつも内なる根底で望んでいるようなことは、たぶんそういう高次な存在の意味だと思う。

 自分の中にそういう欲求が有ることを知ってしまったとすれば、それがたぶん、幸福な状態なのだろう。





現状報告

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 作業所を休み始めて5日目。なんだかつい先週の話が3週間ぐらい以前のことに思えてくる。

 夜はブログのバックアップを黙々とこなして、朝食を食べて眠って、夕方からバリバリ家事をやる。夕食を済ませる辺りから抑鬱が始まり、バックアップを始めると「明日も休もうか」というパターンに収まる。

 冬季うつがよほどひどかったのもあるかもしれない。冬に薬を増やして4月になって減薬したら調子がまた悪くなった。ただ、食事が取れないほど悪いわけではない。障害年金はもらってないが、金銭面で特に困ってるわけでもないので家事手伝いはすんなりやれている。

 3月に辞めていったワーカーに僕は全幅の信頼を置いていたようだ。彼がいなくなると、作業所のくだらないところばかりが目に映って、嫌なことばかり見てしまうようになった。
 新しく作業の中心に立つようになった女のワーカーを完全に軽蔑してしまっている。人徳がない人間ってのはああいう女のことだと思っている。

 こんなことを書いている、ちょうど今の時間帯は、ここ最近の僕にとって悪夢のように認知が歪む。だからこんなことを書いているわけだが抑鬱に思考を歪められていることは差し引いて考えねばならない。


 だけど、いろいろ、疲れた。




クールなジャズとはアンナ・カリーナやジェーン・フォンダが演じる街娼のイメージである

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 作業所を休んで3日目。夕方に起きて、小まめに家事をする。

 夜はここ最近、このブログの記事をメインサイト"-2 Vich"の方へ保存する作業に没頭している。

 考えてみれば普通のHPは自分の手許にファイルが残っているが、ブログは何のバックアップもしないまま書き続けていることになる。
 様々な理由で、もしも突然このブログが読めなくなったり、書き続けられない事情が発生したときのために、一番確実な方法として、再編集しながらファイルをPCにデータ保存しながら、ホームページで閲覧できるようにしようと対策を取ることにした。
 FC2のブログはデータのエクスポートもできるようだが、記事を再現できるかどうか不安もあり、手間はかかるが別のファイルに書き写す方法を選択した。

 いま、2005年から2009年までのブログ記事をHPに保存完了している。整理がついたらメインサイトの方で過去の日記を読めるようにコンテンツを設けようと思っている。



 朝日新聞では月に一回、歴史上の人物を特集する記事があるのだが、今月はマイルス・デイビスだった。

 初期の名作アルバムとして"Kind of Blue"というのが挙げられていたので、YouTubeで聴いてみたら、これがまた物凄くかっこいい作品だった。

 ジャズのカテゴリとか歴史とか全然分からないのだが、僕の中で基準があって、ジョン・コルトレーンとビル・エヴァンスによく似た雰囲気のジャズは傑作だという決め事がある。"Kind of Blue"はまさにその基準に適合して、なおかつコルトレーンやエヴァンスとは全く違う作風を感じた。

 自分の好きなジャズの特徴を説明する比喩や形容を僕はほとんど持ち合わせていない。「とにかく聴いてみてくれ」としか説明しようがない。
 敢えて説明しようとするなら、フランスの50年代後半のヌーベルバーグに使われてそうな、ゴダールの『勝手にしやがれ』のジーン・セパーグを美しく見せるような、そういう映画の劇伴として映えそうなジャズこそが僕にとってはクールと言えるのだ。といっても、ゴダール映画はほとんどジャズなんか使ってなかったように思うが。

 マイルス・デイビスがサントラを担当した『死刑台のエレベーター』すら僕は見たことがない。デイビスのサントラは昔聴いたことがあるけど、そんなにインパクトは感じなかった。
 僕の中でコルトレーンは常に絶対的だけれども、ジャズ全般に関しては「これがいい」と指南してくれるようなバイヤーズ・ガイドとかジャズ好きの友達を今まで持たなかった。
 何かのロックの本に、「マイルスは"On The Corner"がすごい」というのを読んで聴いてみたけれど、これはジャズではなくて変てこなファンクだった。十数年前にこれを一回聞いた限りで、僕はジャズミュージシャンとしてのマイルスを敬遠していた。なんとなく「裾野が広すぎる」ような人に思えたからだ。(On The Cornerはそれなりに気に入ってるけど)

 ジャズ自体、そもそも好きではない。むかし名古屋に住んでいたとき、ジャズ好きの年上の友人がいて、時々ジャズ喫茶に連れて行ってもらったが、その店に行くといつも陰鬱な気持ちになっていた。飲んでるブラックコーヒーまでもが悪酔いしそうな酒みたいに感じられた。
 友人は幾つかのジャズアルバムを貸してくれたが、彼が「名盤だ」と推奨するアルバムほど不思議なほど陰鬱に感じられた。この「陰鬱」とは僕にとって「物憂げ」とか"feel blue"というニュアンスとは程遠い。鬱病に堕ち込みそうな意味で「陰鬱」なのだ。
 そのうちに「僕はジャズが好きなのではなく、コルトレーンやビル・エヴァンスが好きなのだ」という結論に達して、ジャズに深入りすることはなくなった。

 だがこの"Kind of Blue"は本当にいい。映像が浮かんでくる。ほとんどのジャズは僕にとっては映像を想起させない、というか、映像がなんとなくアメリカ的で、演歌と同じくらい下世話なものに映る。







 この"Kind of Blue"やコルトレーンが想起させる映像は50年代末期のヨーロピアンなのだ。『女と男のいる舗道』でアンナ・カリーナがジタンを吸いながら客を取るような、ああいう路地の雰囲気なのだ。僕はジャズに関しては一貫してそういうイメージだけを求めているのだ。


 そういうふうに思いながら、YouTubeでジャズのフルアルバムの動画をいろいろと見ていたら、またしても名盤を採掘してしまった。

 チェット・ベイカーの"Let's Get Lost"である。

 僕はチェット・ベイカーは"Sings"しか聴いたことがなかった。これも何かのロックのバイヤーズガイドに「バイセクシャルな声がすごい」みたいに書かれてたので一応買ってみたのだが、あんまり聴いていない。恋人が泊まりにきたときに雰囲気づくりとして流したような記憶しかない。

 大学一年で無茶苦茶に遊び歩いていた折、京都の某ジャズバーでチェット・ベイカーを初めて聴いた。バーのママがすごいブスで口が悪いババアで、僕のことを「歯が汚い」とか「女もゲイも近寄ってこなさそう」だとか散々罵倒した挙句、チェット・ベイカーの話になったら「そらもう最高やで!!」と店で流した。チェット・ベイカーはそれなりに良かったが、ママやホステスはそのうち貧乏学生の僕らを相手にしなくなり、仕方なく店を出ようとしたら、びっくりするような金額のチャージを生まれて初めて取られた。以降、ジャズバーなどは行かないようにしている。

 
 "Let's Get Lost"は一曲目の"Moon & Sand"で完全にやられてしまった。なんなんだ! この気だるさを通り越して死にたくなるようなアンニュイは! 甘さを通り越して自暴自棄に走りそうなこのデカダンスは!

 "Sings"とは全然違うじゃないか。こんなの流しながら恋人と一緒にいてもセックスどころか唐突な別れ話に発展しそうな倦怠に取り込まれるじゃないか。

 今までいろんなボーカル曲を聴いてみたけれど、この"Moon & Sand"の物憂げさは誰も真似できないんじゃないだろうか。セクシャルのボーダーを取り払ったような憂鬱感だから、余計に訳の分からない沈鬱に落ちていってしまいそうだ。
 だが、この頽廃がいいのだ。映像を想起させるなら、70年代の「ハノイ・ジェーン」と罵倒されていた頃の髪の短いジェーン・フォンダ(むっちゃアメリカだが)みたいな、そんな埃っぽい街の中で安物の毛皮を着て客を取るような、ジェーン・フォンダみたいな感じが良い。

 アンナ・カリーナといい、ジェーン・フォンダといい、僕にとってクールなジャズとは街角の売春婦を連想するようなイメージなのだろうか。

 むかしの売春婦を扱った映画はどれも良かった。夕方の都会の街角みたいだった。この「夕方の都会の街角」という比喩は、僕の中で良質なジャズを形容する上で、かなり的確かもしれない。





10年以上経ってやっと池波正太郎の仕掛人・藤枝梅安にハマる

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 木曜にむかつくことがあって、金曜と土曜、作業所を休む。明日も行くかどうか分からない。

 僕の中に不本意や異議申し立てがあったとしても、それが正しいのか、僕の了見が狭いだけなのか、それはどうにも分からない。
 ただ、むかつくことを抱えたままで仕事に行くのも、病気の都合上、苦しくなるだけである。
 就労「支援」という名前の訓練なのに、「支援」されてるのかどうか客観的によく分からず、主観的には「支援」どころか、どうしてこんなに追い詰められた気分になるのだろう、という不条理な気持ちがあって、敢えてサボっている。夜になると悔しくなったり、責任感と拒否感情の狭間で苦しくなったり、どうにもやりきれない。

 しょせん、僕が思っていることがあったとしても、それは僕の中の思いだけであり、すべてが敵であって、すべてが僕を責め立てることだってあるのである。
 
 だが、この世のすべての人間に否定されようとも、僕の心の中だけは誰も変えられないし、僕が捨てきれぬものだってあるのだ。

 誰にも理解されなくても、僕が思っていることを、神さまだけが分かってくれれば、それで良い。

 人間は誰しも「単独者」であり、そうやって生きていくしか仕方がない。親鸞やキルケゴールもそうやって苦しんだのだから、生きるということは、そういうことなのだろう。




 池波正太郎の仕掛人・藤枝梅安シリーズ一作目『殺しの四人』を再読して感銘を受ける。

 この本を買ったのはどのくらい昔だったろうか。以前は全然面白いと思わなかった。TVの必殺シリーズと比べればショボすぎると思ってた。
 木曜に鬱になってから食欲が絶えた。それで池波正太郎を手にとってみた。藤枝梅安シリーズは鬼平シリーズなど他の池波本と同じく、料理の描写に味があって、これでも読んでみたら食欲が湧くだろうかと思ったのだ。

 だが久々に読んでみたら料理の描写以外にも、物語そのものが初めて面白いと思った。




 この本を買う以前から、TVドラマの必殺シリーズは大好きだった。
 だが僕が好きなのは『仕事人』ではなく、それ以前の『新・必殺仕置人』とか『必殺仕業人』なのだ。いわゆる「前期必殺」とファンの間で呼ばれている作品群である。

 「前期必殺」の面白さは『仕事人』にありがちの分かりやすい勧善懲悪(異論はあろうが僕から見れば勧善懲悪なのである)などではない。善と悪の境界が定められぬこの世の不条理とか、人の命を奪う重い業を背負って明日をも知れない命の日々を生きる殺し屋の悲哀とか、そういうシリアスな物語性にこそ「前期必殺」の意味の深さがあった。
 
 『殺しの四人』も基本的に同様の色彩を放っていて、文庫の解説にもあるように、良質のフランス映画のフィルム・ノワールを彷彿とさせるような物語の雰囲気は、TVの「前期必殺」と共有されていると思う。

 ただ、僕は元々、殺陣の独特の耽美性とかカメラアングルの斬新さ、照明による陰影の妙といった、映像としての素晴らしさから「必殺」に開眼したのだった。元来が文章よりも映像による表現の方に美意識を感じるタチなので、池波本の「仕掛人」に今までは入って行けなかった。文章の中に映像を読み取るのが苦手なのもある。

 今になってようやく『殺しの四人』に読み応えを感じたのは、「前期必殺」シリーズの美的映像に少々食傷気味になっていたのかもしれない。フィルム・ノワールのような重厚な物語の部分に飢餓感を感じていて、それを池波版「仕掛人・藤枝梅安」の文学性の中に見い出すことができるような過程に至っていたのかもしれない。


 最近、三國連太郎が亡くなったこともあって、三國氏が悪役を演じた『必殺仕掛人』の第6話「消す顔消される顔」を久々に見た。

 三國さんの怪演技もさることながら、シナリオのディティールへのこだわりに圧倒された。
 緒方拳演じる梅安が三國氏演じる放火魔を殺そうとするのだが、火事場装束を着ているので得物の針を通すことができない。そこで様々な工夫を凝らそうとする。
 ネタバレになるので結末は書けないが、最終的に梅安は火事場装束に針を通し、なおかつ敵に一言も悲鳴を上げられることもなく殺しに成功する。

 徹底的にリアリズムを追求して、そのリアリズムの面白さを視聴者に感じさせようとする作り手の試行錯誤がよく分かる。必殺仕事人シリーズになると、そういうのは皆無になる。飾り職人の秀とか三味線屋の勇次は、人一人の命を何の悪戦苦闘もなく、ごくごく簡単に殺せてしまう。
 「前期必殺」や池波版「仕掛人」の味わいに感動してしまったら、必殺仕事人など何の工夫も感じられず、子供が見る戦隊シリーズよりお粗末で予定調和の惰性ドラマに貶められてしまう。

 今度図書館に行ったら、藤枝梅安シリーズの続編を借りてきて、たっぷりと堪能するつもりである。





救われるために映画を撮っていた頃

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 非常に疲れた精神状態でYouTubeを開くと、僕の登録チャンネルに誰かがアップロードしたYMOの静止動画があった。リンクを開いてみると、1979年のアトランティック・ツアーのライブ音源だった。

 ニューヨークの有名なライブハウス「ボトムライン」での演奏なのだが、既存のCDに収録されたものではなく、初めて聴く演奏だ。ものすごく音質が良い。はっきり言って、今までCD発売されたものよりずっとクリアーな音だ。

 幾つかの曲を聴いていると、自然と疲れを忘れられた。


 僕は現在のYMO(HASYMOと名乗ってるユニット)には、まったく関心がない。正直、HASYMOは大嫌いである。
 特にここ10年くらい、坂本龍一は極めて大嫌いである。この間の衆院選で、なんて党名だったっけ? 小沢と滋賀県知事が組んだやつ、あの党の推薦人だかなんだかに坂本が名前を連ねたのを見たときは、虫唾が走った。見事にあの党が議席を大幅に減らしたとき、「ざまあみやがれ」と溜飲が下がった。

 だが1980年代前後のYMOだけは今でも好きだ。特にメンバーが「赤い人民服」を着ていたアトランティック・ツアーの演奏は死ぬほど好きだ(他のライブ音源など論外である)。

 初めてアトランティック・ツアーの公式音源CDの『パブリック・プレッシャー』を聴いたときは、京都の大学時代で、確か僕が一作目の自主映画のフィルム編集作業をやっていた頃だ。むちゃくちゃ暑かった夏だったような気がする。フィルムの切り貼りをしながら"The End of Asia"や"Solid State Survivor"を何百回と聴いた。

 YMOを聴き始めたころは対人関係や恋愛が破綻しまくって、生まれて初めて「他人が怖い」と思い始めた、命がけで生きようと始めた時期だった。
 アトランティック・ツアーのライブ音源を聴いていると無性に切なくて仕方なくなってくる。命のやり取りをして生きるか死ぬかみたいなところにいたころの物は、生き延びることができた今になって手にとってみると、なんでも切なくて愛しく感じられるものだ。

 あれはたぶん、片思いだった、地味な黒髪の、今から思うと「なんであの女だったのか?」と過去の自分を疑うような、そんな女の子と鴨川上流の河川敷に一日二人だけで過ごした、日照り雨の降った日だったかもしれない。

 それからすっかりなにもかも「ありえない日常」が襲ってきて、学校行かなくなって、毎日12時間ぐらい電話して、毎日誰かと大喧嘩して、罵倒して、大泣きして、薬を飲んで、吐いて、傷つかなくてもいいのに傷ついて、誰かを攻撃して、誰かに裏切られたと妄想して、また薬飲んで、またトイレで嘔吐して、もう消えようと思って、かかってくる電話取らなくなって、下宿に帰らず彷徨い歩いて、突如電車で和歌山まで意味もなく出かけて野宿して、友達が騒ぎ始めてようやく「発見」されて、泣いて、自信なくして、死ぬつもりで溺れたくて、セックスしたけどもっと他人が怖くなって、裏切られるのが怖くなって、友達に電話して「これから死ぬわ」って言ったら友達は「いま、彼女とそうめん食べてて・・・・・・」と言われて、ああ、もう、本当に死ななきゃと思って、喘息の薬を焼酎と一緒に飲んで、最後のオナニーしたら吐き気がして、吐いてるうちに、新・必殺仕置人の山崎努の死に様を思い出して、ようやく死ぬのが怖くなって、母親が帰って泣いて膝にすがって事情を話して、「死にたいの!!? 生きたいの!!?」と訊ねられたから「生きたい」と言ったら救急に運ばれて、胃洗浄、解毒剤、人工透析、なんとか生き延びたとき、あの優しかった看護婦さんがとても綺麗に見えて・・・・・・

 これらが、僕がYMOのアトランティック・ツアーの音源を携えて生きていたころの全部の中の一部分に過ぎないのだが、要するに、"The End of Asia"を聴いていて思い出すのはそういう光景だ。


 思わず当時の詩集ノートを取り出すと、あ、今日はみつけられた、音信不通の星二郎くんが「これが一番好きだ」と言ってくれた詩。

 あのころはいっぱい詩を作って、電話で誰かに読み聞かせてた。みんな、うんざりしただろうな。僕も明日を生きるのにうんざりしてたから。

 星二郎くんが好きっていってくれた詩、僕は、ちっとも、好きになれなかったけど。






   救われないのか、 と疑って

  救われる理由がないんだ、  と覚悟して

  救われるための  映画をつくる


  本当は

    救われなさを  

             絶叫しながら     嘔吐しながら



     あなたのことを

     救いようのない 僕が   あなたのベッド で  死に損なう



     あなたに

     救ってもらえない  僕が           


                             待ち侘びる。








※この動画をYouTubeのサイトで見ると、各曲の頭出しができます。【概要】の「もっと見る」をクリックして、曲リストのタイムリンクをクリックします。

もし食糧危機が来たら、とりあえず朝日の記者にだけは米も野菜も売ってやらない

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 朝日新聞の熱心な読者である僕の家は名ばかりの兼業農家で、細々ながらの農作業で、一応農産物はある程度「自給」している。

 朝日の4月17日付け朝刊の「教えて!TPP 関税が守られればコメは安泰?」を読んだが、朝日はバカなのか? 詐欺師なのか? 言ってることが全然理解できん。

 コメの生産量が減っていったのは減反政策のせいであることは分かる。だが「だから収入を増やそうと農家が高いコメばかり作るようになった」とあるが、これは印象操作ではないのか? 全国のコメ農家がどのような「高いコメ」をどれぐらいの割合で作ってるのか、資料を出すべきだ。少なくとも、うちの町内で高価な有機米を作ってる家は1軒しかしらない。

 そもそも減反政策を課せられてるのにコメの値段を農家の責任に転嫁するような物言い自体が、「農家叩き」のようにも思われるが。
 
 コメの消費量に関しても、この記事では一方で「パンなどを食べる人が増えてコメの国内消費が落ちた」と言っておきながら、「働く女性が増えて、弁当屋や惣菜、レストランなどの外食が広がると、安いコメが求められるようになった」とも書いてある。
 これは意図的に矛盾した書き方をしてないか?
 要するにコメの消費量はともかく、需要は減っていないということではないか。
 だったら農家に努力を求める前に、減反政策の是非こそ考えるべきじゃないのか。

 農家の戸数が減ったことを農業衰退の要因のように朝日は書いている。
 だが、朝日や自民党が言ってるように農地を集めて大規模化することは、力を持った農家とそうでない農家を分けて淘汰することであり、それ自体が農業従事者を減らしてしまい、生産力をよけいに不安定化させることになりはしないか?

 農家の「コスト」を減らすために水田をやめて、土に直接モミを蒔け、とまで言っているが、言ってることの重要性を認識して書いているのか? 単にTPPを推進したいがために、「コストを減らす方法」の一例を安直に挙げているのではないのか?
 それよりもまず、水田は「コスト」なのか? 初めて聞いたよ、そんなこと。

 水田耕作が「コスト」になる理由を教えろ。分からないなら「コスト」なんて書くな。

 
 同じ日に共同通信の「論考2013」の中で、萱野稔人は興味深いことを書いている(たまに正論言うよな、萱野よ)。

たとえば農業は農産物を生産すると同時に、環境保全や国土整備などの役割も同時に担っている。ちょうど林業が衰退すれば、山林が荒れ、山の保水力が低下し、土砂の流出や洪水が起こりやすくなるように。



 農業を評価することは経済上の金額だけでは表されない、と萱野は述べる。稲作の水田が「コスト」だと妄想している朝日には、水田がなくなった後の環境アセスメントなんかどうでもよさそうであるらしい。
 
 「食料の中で生命維持にとりわけ重要なのは穀物」とした上で、萱野は農産物の貿易において圧倒的に有利なのは輸出国だと書く。

 そりゃあどう考えたってそうだ。彼の言う通り、農産物の生産は自国民への食糧供給を一番に優先する。そして余剰分を輸出したり、不作ならば逆に国外に輸出を禁じて流出しないようにする。
 子供でも分かることだが、農産物を輸入に頼る国は食糧供給を他国に依存しているわけである。不作になれば、自国民を飢えさせてまで食糧を日本に高く売ってくれる国など、絶対にありえない。

 しかも食糧輸出国は、輸入国への輸入数量制限を撤廃させたとしても、日本が望むように輸出数量の制限撤廃をしてくれることなど考えられない。自国民への食糧供給を第一とするのがどこの国でもコンセンサスだからである。自国民の食糧供給を保証できないまま、農産物はどんどん買うから自動車買ってくださいなどという倒錯した亡国論理で平気でいられる日本が狂っているのである。

 食糧生産に関しては加工貿易とか国際競争力の論理は完全に通用しない。

 食糧は他国に依存できない唯一の資源である。

 食糧自給能力を保持することは、軍隊を持つことよりも国を守るための必要最低限の戦力なのだ。


 日本は第二次大戦の戦中戦後で、あれだけの飢餓を体験しておきながら何も学んでいないのだろうか。食糧不足は何も戦争から始まるとは限らず、飢餓は容易に勃発しうる。
 食糧自給率を代償にしてまで自動車を買ってくださいと平気で言える日本の倒錯は、特攻兵器で戦況を挽回できると信じた時代の倒錯を完全に引き継いでいる。食糧がなくなったら、自動車でも食うのか?

 以前、朝日はオピニオン欄で、社ののTPP推進論を京大の佐伯啓思に徹底的に論破された挙句、苦し紛れに「TPP参加は中国に対する外交カードに使える」などと、TPPの貿易メリットの本質からまったく逸脱した恥ずかしい言い訳をした。

 朝日はこんなアフォな言い訳で読者をミスリードできると本気で思ったのか? 朝日はジャーナリズムなのか? ジャーナリズムとは政治家のように詐欺的言動で誤った道へ庶民を誘導するような亡国行為を働くことなのか?



 


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