Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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もうあんな時代は、僕が生きている間には二度と、この国に訪れないだろう

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 『ギュンター・グラス 「渦中」の文学者』を読み始める。

 グラスが高知の桂浜に来ていたことは興味深かった。ただ、著者が筋金入りのグラスのファンなので、ファンではない僕のような読者に向けられて配慮されているとは言い難い書き方。グラスが大好きでしょうがないという人しか興味が持てない評伝かもしれない。

 僕が図書館でこの新書を借りたのはグラスの『女ねずみ』を読んでみたいと思ったから。人類滅亡後の世界を女ねずみが語る物語、という寓話性に以前から興味を持っていたからだ。この評伝の中で『女ねずみ』がどのように解説されてるか知りたかった。だが僕はギュンター・グラスには関心がない。

 グラスの代表作を映画化した『ブリキの太鼓』は2回見た。高校の頃に初めて見たときは、どう解釈したらいいのかわからなかった。つまり感動しなかった。

 大学の時にドイツ文化概論(というような名前だったのだろう、たぶん)の講義を受けた。日本語が得意ではないドイツ人の先生で、厳格な外国人講師ばかりの大学の中ではずいぶん親切でフレンドリーな人だった。ドイツ映画を中心にした講義とあって、映画好きの僕には唯一楽しみだった授業だ。
 先生はヴェンダースの大ファンらしく『都会のアリス』『アメリカの友人』とかを見させて熱っぽく語った。、他にはタイトルも分からないファスビンダーの初期の作品とかも教材に扱われた。レニ・リーフェンシュタールの『意思の勝利』もその授業で初めて見た。

 フォルカー・シュレンドルフの『ブリキの太鼓』はその授業で二度目に見た。ドイツ人の先生が思い入れたっぷりにこの映画を授業に使ったのは、彼がこの映画の舞台であるダンティヒ(現在のポーランド領・グダニスク)の生まれだったからだ。

 相変わらず「どう解釈したらいいのかわからない」映画だったが、第二次大戦末期の後半辺りからだんだん心が動かされ、ソ連兵が地下壕に入ってきて主人公オスカルの知り合いのおばさんをレイプするところからだんだん感情移入していった。
 ソ連兵に射殺された父を埋葬した後、故郷のダンティヒを追われるように、オスカルが祖母の名を叫びながら旧西ドイツへ列車で移動していくラストでは号泣していた。

 ベルリン陥落からラストへの流れが、日本の敗戦の光景と同じように感じられて、僕のカタルシスを揺さぶられたのだ。見たわけではないけれど、あれは満州から祖国へ命からがら逃げ落ちてゆく居留民の姿と重なって感じられたのだ。

 それは僕にとって、断じて愛国心の発露などではなかった。ただ僕はシンプルに日本人を愛していただけだったのであって、その感覚は今も僕の中にある。同胞を愛してかばう気持ちは、国のためにどうこう思って働くとかいう安っぽいものとは、そもそも本質が違うのだ。

 号泣はしたのだが、それから今に至るまでグラスの小説は一冊も読んでいない。


 この一週間ぐらい、通勤の往復にずっとリタ・ミツコを車の中で聴き続けている。

 つい先日、ボーカルのカトリーヌ・リンジェが僕と同じ誕生日だとウィキペディアで知って、以前より格段と彼らに親近感を感じ始めた。ちなみに僕はキース・リチャーズやスピルバーグとも同じ誕生日だが、彼らには全然関心がない。
 
 昨夜、"Andy"のPVを繰り返して見ていたら、「なんてかっこいい曲なんだろう」と高校以来聴き始めてようやくこの曲のポップさが理解できた。このPVの感覚が分かってくると、実にお洒落でセンスのいいバンドだったのだと再認識させられた。

 "Andy"のPVは実にポップで、僕はこれに似たイメージのフランス映画を覚えている。その映画は見たことはないのだが、大学の頃に見ようかどうかいつも悩みながら、結局見ないまま今に至ってる。だけどビデオのパッケージから受けたイメージを思い描くと、映画の内容はたぶんこの"Andy"のPVのような感じだったのではなかろうかと推測する。
 ただ、その映画のタイトルが全然思い出せない。あれほどレンタル屋で借りるかどうか悩んだのに思い出せない。思い出せないのが居心地悪い。

 今とは全く異なる、バブリーな時代だった日本のフランス映画ファンの嗜好を代表するような作品であったのではないかと思う。つまらない時代になったもんだ、今の日本は。
 まだ若くて生きるのが苦しかったけど、あの頃の日本は「政治とか関係ない」ってスタンスで、心や身体が気持ちよくなるイメージを至高として、センスのいいアウトキャストを自認して好きなように生きる自由があった。

 もう、あんな時代は、僕が生きている間には二度と日本に訪れないだろう。





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なぜ死に魅せられてしまってはならないのか

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 図書館から借りてきた水木しげるのマンガ『総員玉砕せよ!』を読む。水木氏が一番好きな自作とのこと。彼が南方に出征した戦争体験がモチーフとなっていて、内容の90%が事実だそうだ。

 総員玉砕せよ! あらすじ - ウィキペディア

 指揮官の戦死に対する感傷のために、部下が道連れに無理心中させられる話である。その無理心中から生き残った兵士たちに「すでに死んでることになってるから、生きていては困る。もう一回死にに行け」と命令する、近代国家でほとんどありえないような愚劣な軍隊の真実を描いた作品である。

 あまり有名な作品ではないと思うが、旧日本軍の非人間性、というか、もはや正常な思考では考えられない、白痴じみた組織の白痴的行為を淡々と描いている。特異な話だが、物語自体は「無理心中と処刑行為」という明確なラインがあるのでテーマがはっきりしている。
 前の戦争で日本がどれほど狂っていたのか、その発狂ぶりがこの一冊で端的に示されている。戦争というより、集団自殺に近い。勝つことよりも「美しい負け方」に執着する。近代的な軍隊とか国家の姿がない。カルト的な宗教団体とか、帳尻合わせのために人を粛清する官僚組織のような姿である。

 日本本土が爆撃されているのに、意味もなく定められた場所の死守を命じられ、一日でも長く戦闘を続けるためという論理によって戦力から外され捨てられるという奇妙な論理。だんだん兵士たちは「何のために戦っているのかわからなくなる」状態で自殺を強要されて死んでゆく。

 それは、「なぜあんな絶対負けるための戦争をしたのか」という、昭和の十五年戦争の「単純な奇妙さ」の歪な縮図を表される。



 この物語の中で僕が一番共感した登場人物は、石山軍医という人である。

 最初の玉砕から逃れて、部下を連れて生き残ってしまった将校たちが、やがて訪れる2回目の玉砕命令(というより味方殺し)を待ちながら途方に暮れる。虚無感に陥った彼らの中で、この軍医だけがただ一人、上官たちの命令の反倫理性を告発する。

将校A 「生きながらえてみたところで・・・・・・・」

将校B 「こんなに苦しいものなら、いっそあのとき・・・・・・」

軍医 「生きながらえてみたところでと言いますけどね、人生ってそんなもんじゃないですか。つかの間からつかの間へ渡る光みたいなもんですよ。それをさえぎるものは、なんだろうと悪ですよ。制度だってなんだって、悪ですよ。生きるのは神の意志ですよ。自然の意思なんですよ」

(中略)

将校B 「軍医どの、我々は虫けらとしか思われていませんよ」

軍医 「虫けらでもなんでも、生きとしいけるものが生きるのは宇宙の意志です。人為的にそれをさえぎるのは悪です」

将校B 「だって、ここは軍隊じゃあ、ありませんか」

軍医 「軍隊? 軍隊というものがそもそも人類にとって最も病的な存在なのです。本来のあるべき人間の姿じゃないのです。澄みわたる空や、鳥や、島の住人のような健全さは、どこにもありません」



 この、「つかの間からつかの間へ渡る光」という命に対する形容は、なんと説得力をもった表現だろう。

 戦争とは関係ないところで、軍医のセリフの重さは僕の中でとても明瞭に浸透するような力を感じる。

 20代の頃に一度服毒自殺を図った時のことを思い出した。胃洗浄を受けて大量の水を吐きながら、もう何も残ってない胃の中に解毒剤を飲まされ、人工透析でなんとか生きながらえたときに僕が思ったのは「人間が死ぬってことは簡単なことじゃないんだな。死のうと思っても人間の身体は生きるために徹底的に反抗するんだな」というようなことだった。
 人間の身体は「生きる」という強いベクトルに向かって、いつも突き進んでいる。それを身体の持ち主が身体を殺そうとしても、死ぬために費やす膨大な人間の行為の力と同じくらいに、「生きろ!」という必死のエネルギーで反発しようとするのだと。人間の身体に宿った「生きろ!」という自然の意思が、人間の思考に向かってくるのだと。

 事故や戦争や、自殺によって、人間の命は外見上は非常にあっけなく奪われ、いかにも脆く失われるように見える。
 でも、生から死へ移ってゆくその過程の中で、人間の身体の内側や、人間を取り巻く環境の中で、絶えず人を生きさせる何かがあって、その何かを「意志」と形容するなら、その意思は絶対的なベクトルとして人の命を、次の時間へ、もっと次の時間へと引っ張ってゆくこの世の原理のように一瞬一瞬常駐しているように感じられる。
 
 「人為的にそれをさえぎるのは悪です」― この言葉は一種の自明の理のようでありながら、「なぜ殺してはならないのか」とか「なぜ死に魅せられてしまってはならないのか」といった命題に対する明快で強固な回答のように思われる。


 『総員玉砕せよ!』は数年前にNHKでドラマ化された。『鬼太郎が見た玉砕 ~水木しげるの戦争~』というタイトルだったが、評判がよかったのか、再放送の後にDVD化されている。



 原作と同時にこちらの方もぜひ見て頂きたいと思う。

 水木氏を演じるのは香川照之。絶妙な演技である。『ゲゲゲの女房』でも彼に水木氏を演じて欲しかったと思えるほどだ。
 原作の内容はかなり省略されて、「原作を製作する水木氏の現在」と過去の戦争の場面が交互に現れるという方法が取られている。
 クライマックスで戦死した上官が水木氏の前に霊となって現れるシーンは感動的だ。原作の主題が見事に昇華されたドラマオリジナルのエピソードである。僕はここで泣いてしまった。





国家が自滅を支援してくれて、メンヘラ暮らしは気楽な稼業ときたもんだ

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 障害者自立支援法に変わって障害者総合支援法が既に民主党政権下で可決されていたことなんて、うかつにも全く知らなかった。だから4月からそれが施行されることも昨日になって知った。

 そして、民主党がマニフェストに明記していた自立支援法の「応益負担の廃止」を見事に翻して、総合支援法で応益負担が残されていたこと、つまりまたしても、民主党が公約破りをしたことも昨日知った。


 応益負担とは福祉サービスを利用すれば利用した分だけ、その利用料を支払うという意味である。これだと障害の程度が重い人ほど福祉を利用するとお金がかかる。
 僕の言い方でいえば、「障害者はろくに役に立たないくせに、財政の足手まといをしやがって。世話になるなら金かかって当然だろ、お荷物だから生まれてくんな!」という理屈である。

 民主党が公約にしていたのは、こういった差別的な自立支援法を撤廃して、新しい法律で応益負担から応能負担に変えるという話だった。応能負担とは障害者のいる世帯の所得に応じて、それに見合う程度の利用料を払ったり、若しくは減免されるという制度である。
 僕の言い方でいえば、「障害が重いか軽いかで経費が違ってくるのは優生主義でありこれは絶対に許されません。ただし障害があっても働ける人には社会の一員として所得の再分配に応じてもらいます」という意味である。

 
 僕が利用している福祉サービスは就労継続支援B型というものだ。

就労継続支援B型事業とは

 通常の事業所に雇用されることが困難であって,雇用契約に基づく就労が困難である者に対して行う就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の必要な支援事業のこと。  就労継続支援どっとこむより



 僕に「就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供」をしているのは、通院している病院の医療法人が経営する福祉サービス支援センターである。だからブログで「仕事」と書いたりするけれどそれは説明が面倒だからで、本当は「訓練」なのである。

 僕がやってる「就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練」とは、水泳用のゴーグルの組立作業とか広告折り(半分に折るだけ)、造花、その他いろいろあるが、要するに内職のような手作業である。「訓練」ではあるが一応「工賃」は出る。時給400円程度。一日に3時間までしか働けない。

 6年ほど前にこの「訓練」を始めた当初、悪名高き「自滅」支援法によって僕も応益負担による「利用料」を取られた。一日3時間で月20日前後ほど働けば2万円ぐらいになるのだが、「利用料」はその半分持っていかれた。つまり、半月分の僕の仕事はタダ働きさせられていたことになる。
 それが下痢首相の前政権のころ、自民党が参院選でボロクソに負けたときには「利用料」は1000円ぐらいなった。「自滅」支援法を取りまとめたと言われる村木厚子が逮捕されたのも同じころだった。「ざまあみやがれ、グロマン野郎」。大いに溜飲が下がった。
 漢字が読めない人が首相だったころは、「利用料」はなくなっていた。扶養者が働いていて収入のある障害者は依然取られていたが、扶養者が高齢で年金収入しかない世帯から「利用料」を毟り取るようなマネを政府はしなくなった。
 あの当時は障害者仲間同士で自民党政権がぶっ壊れることを真剣に祈っていた。民主党が政権を取れば公約通り「自滅」支援法も一緒にぶっ壊れて、扶養者が働いていても所得制限以下ならば「利用料」を取られなくて済む(すなわち応能負担)ようになることを願っていた。


 あのころを思い出せば、今は「隔世の感がある」と言うよりも、「なんでこんなことになるのよ」である。

 自民党ではなく、他でもない民主党である。あらゆる公約を踏み倒していったあの民主党が「応益負担」を存続させて、実質的に「自滅」支援法を生き残らせた。名前だけは障害者「総合自滅」法になったわけである。

 それが4月から施行される。


 「やらない」と言っていた増税を決めて、沖縄の希望を踏み躙った民主党政権だったが、それでも彼らが下野に至った大きな原因には震災と原発事故が関係していると思う。誰が為政者であってもあの災厄に対して「不手際」だと看做されていたと思う。ましてや原発災害は、これまで原発政策を推進してきた自民党の責任が一番にある。
 だから年末の衆院選後から昨日まで、国民が早々に民主党政権に見切りをつけたのは、少々「薄情」だという思いがあった。

 しかし今回の「総合自滅」法の件を知るに至って、彼らが国民から致命的な「懲罰」を与えられたのは、ある意味理に叶ってるかもしれないと思った。沖縄ですら彼らに踏み躙られたのだ、愚弄な民主党が姑息な厚労官僚に阿って障害者を踏み躙るぐらい、なんの痛みも感じなかっただろう。

 先の衆院選で共産党に投票したことは、僕にとって、ミジンコのようにかすかな「救い」である。



 僕が毎日やってる、水泳のゴーグル組立てとか、広告折りとか造花なんかは、はっきり言って「就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練」という建前から全く逸脱した作業だろう。
 身体障害者がパソコンを使った仕事を覚えてゆくのに比べ、われわれのやってる作業はもはや発展途上国の労働者もやってないような、もっと言えば刑務所の懲役囚ですらやってないような仕事である。本当に「就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練」なら、精神障害者より刑務所の囚人の方がまだ就労に必要とされて結びつくような実技を覚えている。

 もし、町工場なんかで、就労継続支援B型の精神障害者と、刑務所で懲役に服して釈放された前科者と、どちらかが採用されるという場面があれば、前科者の方が採用されたりするかもしれない。

 それでも僕は、水泳のゴーグル組立て作業なんかは好きでやってる。手作業とはいえ、不器用な人間にはできない。ピアノをやってた僕は一番手先の器用さを求められる工程を任せられる。
 僕らの作業所にこの仕事を発注してくるのはメーカーの下請けの会社で、だから世間の経済活動にちゃんと貢献しているわけだ。下請け会社の社長さんが時々われわれの作業を見に来るが、長年ずっと納期を守って質の高い仕事をやってきたから、「ここに仕事任せても全然心配ない。完璧だ」と誉めてくれる。

 あるとき市役所の税務課に所得の申告に行ったときに「就労継続支援B型を受けている」と言ったら、なんのことか分からないと窓口で困惑された。課の中で事情通のような中年男が「障害者がやる軽作業みたいなもんだよ」と窓口の女に説明するのを聞いたときはかなりムカついて、「座ってるだけのおまえにはできない軽作業だよ」と言い返してやりたかった。


 ただ、「総合自滅」法を知ってから今日になって、僕は中国人実習生による広島の殺人事件を思い出していた。
 彼のやってた仕事は「研修」とは名ばかりの、それを覚えて母国に帰ってもなんのスキルアップにならない、いわば中国でも当たり前にやってそうな仕事であった。「研修」でなくて単なる「出稼ぎ」なのに、「実習」という名前詐欺をやることで、彼らの労働力を体良く安く買い叩いているのである。

 「就労支援」「訓練」という名目で、就労にもスキルアップにも結びつかない、刑務所の囚人すらやらないような単価の安い仕事をやってる精神障害者も、結局、外国人研修生と似たような立場なんじゃないか。ふっとそう思った。


 だからといって、僕の中で、何かが変わるわけではなく、何も変わらず僕は変らない日常を快く受け取ってゆくのだけれど。

 もし、僕がいま生きているところが、たとえば“辺境”だとか、“底辺”だとか、そう僕によって名づけられるような時間であるならば、

 たぶん、一回限りの長い人生の中で、僕は紛れもなく、稀有でありながら、より本質的な濃度の中で、確実な時間を生きているのだろう。

 ごく普通に、そのように、本心から思っている。





本当はpm2.5ごときより頭上のオスプレイの方が恐ろしい

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 ぜんそく持ちの僕はあのpm2.5に関するニュースを初めて聞いたとき、かなりビビってしまった。だが煙草の煙にもpm2.5が含まれていると聞いて「たいしたことないやん」と印象が変わった。ただ、春のうちは韓国に行かない方が良いのではないかと考えたりもしていた。

 しかし今日の朝日朝刊で小田嶋隆のオピニオンを読んで、すっかりpm2.5に関する恐れの憑き物が落ちた。

 確かに日本人が北京に旅行するなら注意は必要だろうけど、常識的に考えて北京の大気汚染が海洋を挟んだ日本人の健康に影響があると思うのは「どうかしている」と思う。それほどひどい大気汚染なら、発生地の北京は人が住めなくなるほど深刻な被害が生じると思うが、事実はそうではない。ちょっと考えたら小学6年生でも分かる話だ。

 小田嶋氏も指摘していたが、pm2.5に関する報道には日中関係の悪化による反中的な傾向が非科学的論調を起こしていると、少し割り引いて見た方がよいかもしれない。
 確実に言えることは、北京の大気汚染を中国に対する敵愾心に転化させるような物言いには、理性的にちゃんと考えて、引っ張られないようにすべきだ。

 pm2.5がそんなに恐ろしいものなら、青森六ヶ所村の核再処理工場の排煙から出ている放射性物質は怖がらない日本人は頭がおかしいと思ってよい。排煙から大気のみならず、回遊魚の棲む海洋にまで放出されているストロンチウムやプルトニウムの恐ろしさはpm2.5など比べ物にならない。

 ぶっちゃけざっくり言えば、だいたいさ、福島第一原発の事故当初、韓国の小学生が学校休みになったりしたとき、ほとんどの日本人が「おおげさじゃないか」と不快感持ったはずじゃない? なのにpm2.5ごときで「外出を控えるべき」とか真面目に考えてる頭も「ちょっとおかしい」と自覚してしかるべきじゃない?





あらゆる過剰な表現の喧騒に疲れてしまった人へお薦めする「ポスト動物映画」

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 溜まった冬季うつの疲れをほぐすために、仕事の帰りに整体に行く。

 鬱の代替医療として整体がある種の効果があることは経験的に分かっている。ただし、整体といっても「流派」のようなものが数多くあるので注意すべき。
 僕は数年前に交通事故で鞭打ちになったとき、通院していた整骨院で整体治療もしてもらった。以来、精神的にも調子がよくなったので、時々通っている。

 鬱がひどい時は猫背になって身体が前かがみになっていく。これを無意識のうちに続けていると、僕の場合、背中が慢性的に痛くなってくる。
 2週間ほど前に自分の姿勢が崩れていることを、不意に自覚した。猫背を正すことを意識するだけで気分も少し変わってくる。そして整体に行って身体の傾きを矯正してもらうと、幾分、気分の方も中庸な状態に変わっていくわけだ。


 数ヶ月前に友人から借りた映画のDVDを昨夜ようやく見た。19996年のロシア映画で『こねこ』という作品。

 最初借りた時にレーベルのデザインとタイトルを見て、「もっとマシな邦題はつけられなかったのか?」と思った。借り手を取捨選択させてしまうタイトルだと思う。僕のように「ありがちの動物映画」が大嫌いな人間は絶対レンタル屋で見ても借りないだろう。
 だが、さきほど原題の"котёнок"を翻訳してみると、やはり「こねこ」だった。amazonで検索すると『こねこ - 旅するチグラーシャ』という邦題のバージョンも存在する。パッケージのデザインも3種類ある。どのデザインのDVDを棚に置くかによって、レンタル屋での人気度が激しく乱高下すると思われる。

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 ディズニーみたいなバカみたいに明るすぎる映画だったらどうしようと思った。ジプリのファンが喜びそうな感じの映画だったら途中でやめようと思いつつ見た。結果として僕が大嫌いなその二つのどちらとも違う作品だった。
 『こねこ』は、まさしく「これぞ東欧」っぽい雰囲気の映画で、上記のパッケージデザインを見て「うそ!これかわいい!!」と思ってレンタル屋で借りるような人たちの期待を大きく裏切ってくれるような、つまり僕の好きなタイプの映画だった。パッケージの、“これぞネコ映画の決定版!!”というコピーに釣られたらアホであって、バカ配給会社の販促用バカコピーに東欧映画ファンは挫けてはならない。

 「チグラーシャ(ロシア語でトラ猫のことらしい)」と名づけられた仔猫が、トラブルによって飼い主の下からはぐれてしまい、さまざまな経緯を辿って再び飼い主のろころへ帰ってくる。ストーリーは大筋でそれだけである。詳細な話はここでは面倒なので書かない。
 確実に断言できることは、僕のブログをわざわざ読みに来てくれるリピーターのような方たちには自信を持ってお薦めできる作品である。「映画なんかもう見飽きた」「ジプリなんざくそくらえ」と思ってる僕の同志のような人は、軽い気持ちで見て欲しいと思う。上映時間も84分とお手頃である。

 この映画のみどころは、なんといっても、猫なんかより飼い主になる少女の方が断然可愛いという点にある。この少女の愛らしい顔をアップで撮るカットが頻繁に続く最初の5分ぐらいで、「あ、これはもう僕的な映画」だと思った。ロシア映画の特徴である「女は若ければ若いほど美しい」というポイントを冒頭でしっかり押えてる。
 猫を買い求める冒頭の市場(みたいな)のシーンからふんだんに流れる音楽は、パスカル・コムラートとヤン・ティルセンを彷彿させる、あの楽しいのか切ないのか暗いのか分からないような感じのイメージである。この切ない甘さの雰囲気で「あ、これはもう最後まで見れる」と安心できる。

 「動物映画」のようでありながら、実質は人間のユーモアとペーソスを基本にした「ポスト動物映画」、あるいは「動物映画ではない普通の映画」である。
 ざっくり言えば、アキ・カウリスマキの映画のような作品。人々のささやかな哀歓を控えめに描写した作品、といった感じ。
 
 この映画を見て、猫を実際に飼っている人なら「ちょっと猫っぽくないよな」と絶対思ってしまうような、猫の生態の描き方をしている。猫を10匹飼ってる僕はそう思うのだが、その猫らしくない描写が猫をよく知らない人たちの心を物語に引っ張り込む。かといって、猫をよく理解してる人が見ても違和感にしらけるわけではない。この映画は犬や小鳥やイグアナでは絶対成り立たない。

 途中からかなりたくさんの猫が登場してくるが、はっきり言って可愛い(顔の)猫はごく僅かである。少なくとも猫を10匹飼ってる僕はそう思うのだが、猫が可愛いか可愛くないかはどうでもいいのである。ここでは猫さえもがカウリスマキの映画に出てきそうな人間に見えてくるのだから。
 たとえば、チグラーシャがいなくなって泣いてしまう少女の泣き方が、全然わざとらしくない。猫を10匹飼ってる僕みたいな実にさえない男が出てくるが、これがまた良いキャラで、そういうのが映画に食傷気味の人のツボを「きゃ!」って感じで突いてくる。だからカウリスマキのような映画なのであって、これは「飼い主をひたすら愛した猫たち」を素材にしながら、実は「猫をひたすら愛した人たちの人生模様」がメインの物語なのである。

 ストーリーをうっかりネタバレしそうになるが、84分の映画とあって、無駄な挿話はほとんどない。セリフも本当に必要なものしかなく、饒舌ではない(ハリウッドやジプリに辟易する方々にはここが重要)。
 言葉よりもカット割やカメラのアングルで語らせるような、玄人好みの映像表現で進行する。猫が擬人化するとか間違ってもそんなバカ演出はないし、猫が喋らない分、映像も寡黙である。
 だから寒々としたロシアの都市風景を淡々とわれわれの眼に注ぎ込んでゆく(1990年代のロシアというのはこの映画にとって最適の舞台に感じられる)。それは決して美しいとは言い難いのだが、人々の生活がしっかりと描きこまれてある。その生活の姿がなにやら愉快でなにやら物悲しくて「は?これは社会派映画なのか?」と一瞬錯覚しそうな、東欧の映画らしいリアリズムが映る。
 そういう硬派な作風があるからこそ、人や猫のリリカルな姿が強調されるわけで、そこが「101匹わんちゃん」のような喧騒に疲れ果てた映画マニアの渇望を満たしてくれる。

 とにかく、一切の「過剰な表現」というものに疲れてしまった人、見て下さい。“これぞ脱・人気映画の決定版!!”ですから。

 ヒューマンドラマという言葉に虫唾が走るような人のためのヒューマンドラマです。ていうか、アキ・カウリスマキの映画が好きだったら絶対ハマる映画です。逆に言えば、この映画が好きでカウリスマキを知らない人なら、彼の映画を見るときっと好きになるでしょう。

 なお、DVDでは吹き替えがデフォルトになってるみたいですが、吹き替えなんかで見たら独特の雰囲気が絶対ぶち壊しになりますので、字幕で見ましょう。「チグラーシャ」というカタカナ表記を出演者たちが「ツィグゥラーシァ!」と叫ぶ、あの聞き慣れないロシア語の発音を、ペチカで温まるような心地で味わいましょう。




人生に費用対効果を望むなら、人生は僕に「無意味」を着払いで届けるんだろうな

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 夕刻にいつものように10匹の猫の餌やりを始めてしばらくの後、パニック発作の予期不全のような苦痛に陥る。
 夕食をすぐには食べられず、自室でひっそり橋本治の『夏日 小論集』を読みながら回復を待つ。数ページをゆっくり読みながら安静になって、食事を摂る。

 『夏日 小論集』は橋本治の評論・エッセイの中でもとかく過激とも言える内容を扱った所収が多い。過激と言ってもそれは「暴論」を意味しない。タブーに触れかねない素材を扱ったものもあるが、橋本氏自身の個人的な事柄からシリアスな筆致で根本的な話を書く、と言った具合で、あまり知らなかったこの革命的啓蒙作家の背景を知ることができる。

 今日はユペール・モンティエという小説家の『ネロの都の物語』の文庫解説を読む。読みながら全然関係のないことを想像して、なぜ僕が韓国に再訪しようと思いながらなかなかいけないのか、それが分かった。

 結局、旅先に「期待」をするから行くことができないのだ。費用対効果として何かを望むから行けない。そりゃ行けるわけなんかない。自分が知らない土地と人々のところへ行くのに、期待しすぎるほどの期待を満たすことなど幾ら想定しても上手くいくかどうかなんて分からない。だって「知らない」ところなのだから。旅先に対する想定が自分の思うように定まらないからといって旅を延期し続けていれば、延期だけが時間を食っていくだけである。

 前回のプサン旅行は当地の女性とネットで知り合ったことから始まった話だった。だが飛行機もペンションも確保した旅行の十日前、僕は彼女と喧嘩してしまった。一緒に泊まる予定だったペンションは彼女によって一方的にキャンセルされてしまった。
 それでも飛行機のチケットはあるし、旅行のためにパスポート発行に始まって多額のコストを既に投資してしまっていた。現地のガイド役となってくれる彼女がいなくなっても、是が非でもプサンに行かなければそれまでの準備の労苦が全くの水の泡に帰すことになる。それは絶対に嫌だから、全くの一人旅でも頑張ってプサンへ行こうとした。
 ある意味、仕方なくても行かなくてはならない旅だったから、僕はプサンに行ったのだ。

 とにかく是が非でもプサンの土を踏んで、後は2泊3日の予定全部をホテルに籠って過ごしても構わないと割り切って飛行機に乗った。それでも現地に着いてみるとホテルに籠らずに済み、いろいろと観光名所を当日に決めて出かけるという大胆な行動も取れて、結果的に「もう一度行ってみたい」と思えるような思い出の土産を手に入れることができた。
 
 このように仕方なく行かなくてはならない旅でも、事前に意図しなかったものを手にすることがあり得るのだ。

 人間の行動は往々にして偶然性が結果の多くを占めるものだろう。人はそのことをいつも忘れてしまっているだけだ。われわれは人生の結果のディティールを行動の前から完全に掌握できることなど絶対にありえない。

 昔から旅が人生の喩えとして頻繁に用いられるのは案外そういう理由があるからかもしれない。何処へ向かうにしても、何処かに期待を埋めるために向かってはならないのかもしれない。何処かへ行くなら、それは単純に、何処かへ行きたいというシンプルな動機に基づかなければ、人に迷いが生じる。

 そして何処へも行けなくなるのだ。




Homage to Les Rita Mitsouko - リタ・ミツコに関する些細な思い出

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 母が町内会に行ってもらってきたアサヒスーパードライの黒ラベルをくれたので、1年ぶりぐらいでビールを飲む。
 向精神薬を飲んだ直後だったので、酔いが高速に身体を回って、ブログが書けず、無為なまま時間を無駄にネットサーフィン。ビールよりやっぱりマッコリがよい。

 先日気まぐれに検索して見つけたリタ・ミツコの"Singing in the Shower"を前のブログで掲載したが、今日になって何度も繰り返し見入ってしまった。
 彼らの音楽を高校の頃から聴いていたが、その頃はYouTubeなんて便利なものはなかった。だから聴覚でしか捉えることができなかったが、こうして視覚的に堪能してみると、リタ・ミツコがヴィジュアルにおいても面白いことをやる連中だったことがよく理解できる。

 リタ・ミツコのCDを18の時ににTSUTAYAで見つけたのは偶然だった。名前がとても気に入った。まったく情報がないままに借りて聴いてみると、今までこの世で聞いたことのない変な音楽だった。テープにダビングして歌詞カードをコピーして、大学の下宿に持って行った。後になって80年代のニューウェイヴを大量に聴いていくうちに、リタ・ミツコが実はとんでもなくクオリティの高い音楽性を持ったバンドだと、だんだん認知するようになった。

 彼らの奇妙に捻じ曲がったポップは、トーキング・ヘッズとか日本のショコラータと似ていると思う。それは音楽性においてもヴィジュアル表現においてもだ。トーキング・ヘッズのデビッド・バーンの個性に大きく影響を受けたのと同じく、僕はリタ・ミツコからもかなり感化されてしまった。僕の自主映画の幾つかはリタ・ミツコの音楽をイメージしたものであったり、劇中に歌詞を引用したりもしてる。僕の詩作の中で『小さな列車』という作品があるが、これはそのまんま、リタ・ミツコの"Le petit train(邦題:小さな列車)"という曲からインスパイアされたものだ。
 
 僕は彼らのアルバムをほとんど全部持っているが、大学の頃に中古のレコード屋さんで買ったもので、多くが絶版状態になっていた(今でもamazonで入手できないアルバムもある)。2ndの"No Comprendo"は当時輸入レコードを探しても全く手に入らなかった。そこへ大学の先輩がフランスに行くと聞いたので、「ぜひ買ってきてくれ」とお願いして、フランスのCD屋さんで直接購入してきてもらったほどだった。





 リタ・ミツコのMusic Videoを見ていると、ゴダールが映画『右側に気をつけろ』に彼らを起用した理由がなんとなく分かる。一応ジャンルはロックなのだが、イギリスやアメリカのそれに似ていないというか、ロックの本流に全く媚びていないような感じなのだ。独特の世界観というか、絶対誰も発想しなかった雰囲気というか。ゲンズブールが描くようなフレンチポップとも完全に隔絶された独自性を感じる。ある意味「異端」と呼んでもいいスタイルが、映画の本流に全く媚びないゴダールの興味を引いたのだろう。
 因みに「ゴダールの再来」と呼ばれた僕の好きなレオス・カラックスも『ポンヌフの恋人』でリタ・ミツコをエンディングで流している。だからリタ・ミツコとの出会いは「必然的な偶然」のように僕は感じている。

 リタ・ミツコはフレッド・シシャンとカトリーヌ・リンジェという夫婦のデュオで構成されたバンドである。と、ここまで書いて気づいたのだが、トーキング・ヘッズのドラマーとベーシストのバンドであるトム・トム・クラブも夫婦だった。リタ・ミツコと同じくらいエキセントリックなバンドを敢えて挙げるなら、全然音楽性が異なるけどトム・トム・クラブが双璧をなすと言えるかもしれない。

 ただしボーカルのカトリーヌの特性は、地味であまり目立たないティナ・ウェイマス(トム・トム・クラブ)のそれよりも、デビッド・バーンの発声と似ていると思う。聞きなれない奇妙な発声なのだが、ライブなんかで聴くとそこはかとなくソウルフルに訴えかけてくる力がある。フロントとしてのステージパフォーマンスも似てる。どちらも正統派のクールではなく、ちょっと気持ち悪いというか、マニアックなカッコよさなのだ。
 この、ちょっと気持ち悪いカッコよさ、という点において、僕の創作は大いに彼らの影響を受けてしまった。だから僕の映画とか詩作も、なんか気持ち悪い冗談が絡まないと僕は満足できない。世間に通用しないような冗談をシリアスとして描くような、そういう品の悪さをどうしても強調したくなる。敢えてそういうことをするので、真面目な人にはあまり僕の作品は評価してもらえない。こうなったのもデビッド・バーンとリタ・ミツコのせいである。

 もうあまり若くなくなるにつれて、ニューウェーヴから僕は遠ざかっていった。全然聴いてなかったリタ・ミツコを数年前にネットで調べていたら、旦那のフレッドが53歳で病死してしまっていて、かなりショックだった。今日になってYouTubeで検索してみると、カトリーヌがソロで活動しているビデオが幾つか見られて、少し感動してしまった。

 "Marcia Baila"でヒットした頃の若いカトリーヌはコケティッシュという文字を身体で表したような女だ。ああいうファムファタルと出会いたかったとPVを見るといつも思う。もしかしたら出会ってたのかもしれないけど、やっぱり出会わなかったのかもしれないけど。

 因みにゴダールの『右側に気をつけろ』は全然意味が分からんかった。あの映画を見なくてもPVに現れるカトリーヌとフレッドがすべてだと思う。

 すごく久しぶりに聴いていたら、若い頃の自信を思い出して、少し元気になった。

 なんか、韓国に行くよりフランスに行きたくなってきた。僕はその程度に単純な生き物だから。




貯蓄の恐怖

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 些細なことがきっかけで、帰宅してから鬱病のイライラに襲われて、レボトミン(強力精神安定剤)を飲む。

 仲が良かったワーカーが辞めることで、僕の精神の均衡が崩れつつある。作業所で働く意欲が激減しつつある。いっそ長期に休んで気持ちを切り替えたい。休んでしまったらどうなるか分からないが、後のことを考えずに休んでしまいたい。

 去年の今頃も、冬季うつの蓄積でボロボロになって、2週間ほど仕事を休んだ。あの頃は広島の人と交際していたので広島に行ったりして気分を簡単に変えることができた。だが、今はそういうきっかけがない。

 もう一度韓国に行くことを以前からかなり考えているのだが、なかなか決心がつかない。理由は2つ、1つは、どうせ行くならあっちで知り合いを作っておきたいと思っていること。ソウルには長くメールのやり取りをする知人が出来たが、プサンではなかなか知り合いが出来ない。プサンにこだわりを持つのは、実際に行って本当に愉快な街だと思ったから。
 もう1つの理由、ただ単純に金を使うのが怖いから。韓国旅行を想定して無駄遣いを全くしていないから(昨年買った服はユニクロのTシャツ一枚だけ)金銭的余裕はある。しかし、いざ使うとなると、「いきなりパソコンが壊れたらどうしよう」とか、「後から映像編集の費用に困らないだろうか」とか、さんざん心配して、この心配が果てしなく続いてしまうのである。

 僕は若い頃から散財しまくって、貯金というものがなかった。今だって大してあるわけじゃない。同世代の一般勤労健常者と比べれば寂しい限りの懐具合だと思う。それでもここ数年、そこそこそれなりに働いて、独身で実家暮らしなので、これまでの僕の半生の中では「奇跡の高度経済成長」と言えるぐらい財政事情は好調だ。自分でもドケチだと思うぐらい徹底して消費しなかった。

 だが不思議なもので、お金はそれなりに貯まれば今度は使うのが徹底して怖くなる。ある種の潔癖症かと思うくらい買い控えが病気のように取り付いてしまう。必要さえなければ100円すら使うのが怖くなる。
 しかも貯まった金額に比例するかのように病的なドケチになってゆく。今より貯金が少なかった頃には美容院に行って髪を染めてたのに、今は全国チェーンの激安理容店に行って、無論カラーリングなど頼まないし、自分でヘアカラーを買ったりもしなくなった。
 僕はここ近年、コンビニで煙草以外の物を買った記憶がない。商品の誘惑が怖いので、コンビニすら寄らない。家電量販店など絶対に行かない。アヘン中毒者がアヘン窟に行くようなものだと思ってる。徹底された緊縮財政の中、僕が恒常的に買ってしまうのは煙草とガソリンのみである。ガソリンにしても、用がなければ休日は一切車に乗らない。煙草はキセルを1日3回掃除する手間をかけながら、一ヶ月に2千円で抑えている。

 金持ちはケチだと昔から言われるが、金持ちでもなく、月の収入が最低賃金以下の僕は金が貯まると余裕よりも不安がよぎる。このご時世だから、僕のような低所得者が金銭的不安を常に持っているのは不思議でもなんでもない。
 だが、僕は作業所がたとえ潰れたとしても、それはそれでどうにかなるさと非現実的に楽観している。なのに、今使ってるこのパソコンがぶっ壊れても買い換えることは容易なのに、お金がどんなに貯まってもパソコン買い替えの頃について果てしなく思い悩んでしまう。金銭に関する不安の対象がまったく合理的に的を得ていないのである。

 僕が働いてる作業所の精神障害者は、裕福な人はそれほどいない。僕よりも金銭的に余裕のない人はいる。

 よく不思議に思うのだが、みんな「金がない」と言ってる割にはコンビニで買い食いしたり、毎日外食していたり、ビールを飲んでいたりする。一番すごい例を言えば、毎日昼間から刺身を食ってる人もいる。彼は時々「風俗にも久々に行ってみたい」と言うので、刺身を半月分我慢すれば3ヶ月に1回くらいは風俗にも行けるのではないかと提案すると、「刺身より風俗を我慢する方がいい」と言う。刺身と風俗の妥当性はともかく、とりあえず短期的目標の消費を優先するのが彼にとっては満足であるらしい。
 昨夏、ビールを一滴も飲まなかった僕なら長期的に資金を貯めて風俗に行く方を選択するが(無論、仮に風俗に行きたくなったらの話である)、目標の射程を短くするか長くするか、それはもう価値観の違いでしかないかもしれない。


 僕は時々、考える。本当に韓国に行きたいのか? だったらいつ、そのために金を使うのか? 

 いや、いったい、僕は、何のために、金を貯めるのか?


 
 激しく、どうでもいいことを長々書き連ねてしまった。数時間前、なぜあの程度のことでイライラに陥ったのか、すっかり忘れてしまった。
 

 


あまりにもアベノミクスの評判良いのが嬉しすぎて思わず下痢をお漏らしする

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 「最近、アベノミクスで景気がいいから」と、作業所の同僚が何かの会話で話していて、不気味な違和感を感じた。

 いつから日本は景気が良くなったのか? 今日、日銀のトップが変わっただけで、まだ金融緩和も何もしていないではないか。景気が良いような雰囲気を作り上げているだけではないか。円安や株高がわれわれ一般庶民の生活に変化をもたらしただろうか。下痢坊が好きなことを言い放題言ってるうちに変わったことと言えば、円安のために石油価格が余計に上昇して冬場の灯油の値上がりに難儀しただけである。

 先日、朝日の声欄に『賃上げに隠された物ないのか』という、こんな投稿があった。

「春闘回答、春の兆し」といった見出しが躍る景気のいい回答を見て、
組合が勝ち取った成果と受け止めた人はほとんどいないだろう。
実際、安倍政権が産業界に賃上げを要求したことが重要な判断要素だった、と経営側も認めている。
 だが、円安や株高がどれだけ持続的な効果があるのか。
「アベノミクス」のどこに、経営者たちを気持ちが悪いほどのお人よしに変える力があるのだろうか。



 この続きに投稿者は、民主党政権の時より経団連とグルである現政権で良い回答を出して置く方が「アベノミクス」に良い雰囲気をもたらすと企業が判断したのではないか、と疑っている。非正規労働者がすべての労働人口の3人に1人を上回る現在、トヨタやローソンの正規社員のボーナスが上がることにどれだけの意味があるのか。

 今日のNHKのニュース7では、円安傾向で海外の投資家が日本のアートの収集に熱心になったとか、まったくどうでもいいチンカスのようなニュースを流していた。昨日は資産を2倍に増やそうとかなんとかいう投資セミナーがどこかで開かれたとかいうニュースがあった。小金持ちの妙齢のおばさんが、やはり「アベノミクスで景気がいいですから」と答えていた。セミナーの最後に出席者みんなで「エイ、エイ、オー」と叫ぶのを見てウチの親父は「阿呆か」と呆れていた。
 メディアがバカになったのか、俺がバカになってしまったのか分からんが、世間ではどうやら実体経済とか関係なくて、この程度の「好景気の雰囲気づくり」で「景気が良い」と定義付けするようになってるらしい。

 ついこの間の3月11日に、更地だらけの被災地を見たばかりではないか。みんな、アベノミクスに洗脳されて頭の中が下痢まみれになったのか?



 昨日、小出裕章氏の『原発はいらない』を読了する。僕が今までに知ってる反原発論者の中で唯一、エネルギー依存を減らすために実質的な生活レベルの引き下げを提唱している。



 約2年前の本なので、福島第一原発に関する記述は変更があるかもしれないが、原発全般に関することなら平易な書き方で面白く読める。小出氏によると、日本は核リサイクルに失敗し続けながら大量のプルトニウムを抱えてしまっているらしい。そのままでは核不拡散の国際条約に違反してしまうので、プルトニウムを減らすためにプルサーマル(ウランを原料とする原子炉にプルトニウムを混ぜる発電)をやってるらしい。その程度の破局的杜撰さでも国家が国家足りうるのは、戦時中とあんまり変わっていない。
 
 100万キロワット発電する原発一基が一年に燃やすウランの量は1トンで、広島原発に使用されたウランは800グラムだという。
 顰蹙を買うのを承知で単純に言ってしまうなら、広島原発を一年間毎日爆発させるほどのウランがあっても、原発を一年間運転させるには、なお足りないということになる。

 ちなみにウィキペディアで「小出裕章」の項目を読んだら、震災まもない頃、香山リカが言わなくてもいいような愚かなことをあいもかわらず失言して謝罪したらしいのを見つける。もうこの人、「精神科医」の肩書きを外した方がいいのではないか。リベラルな立場からすれば、もう「いなくていいから、かんにんして」というレベルの足を引っ張る人でしかない。




コルトレーンの"Aisha"を僕に薦めてくれたT君は果たして生きているんだろうか

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 仕事に対するモチベーションが著しく低下する。一番信頼していたワーカーが退職することが余程ショックだったらしい。
 「この作業所を始めてから、自分を成長させたいと思ってる人に仕事をどんどん頼んできた。その中であなたが一番成長したと僕は思う」。最後のアセスメントでそのように言われた。

 まもなく冬が終わろうとしているが、冬季うつで随分疲れが蓄積されてきているように思う。少し休んでいろいろ考える時間が欲しいのだが、時間はまったく、ゆとりをくれない。

 何か区切りをつけるために旅にでも出たい心境だが、一番目指していた韓国旅行もなにかモチベーションが低下している。旅行というのは、なにか「勢い」のようなものに引っ張られないと旅立つ気になれない。
 



 知り合ってまだ間もない友人が「好きなジャズを教えてくれ」というので、いろいろ考えていたら2時間ぐらいかかって好きなナンバーのリストを完成させた。
 「好きなロックは?」と訊ねられると途方もないが、ジャズは大体決まった人しか関心がない。




 
 ジャズに関しては好きな映画に使用された曲が多い。ビリー・ホリデイはアキ・カウリスマキの『コントラクト・キラー』、アビー・リンカーンはガス・ヴァン・サントの『ドラッグストア・カウボーイ』、ブルージェイズはニール・ジョーダンの『クライング・ゲーム』、ガトー・バルビエリは曲名通りでベルトルッチの映画、という具合だ。
 
 僕は基本的にジャズは好きではない。ジャズではなく「ジョン・コルトレーンとビル・エヴァンスが好き」と言い換えた方がよいほど、この二人の曲しか聞かないし、この二人の作品は大体好みである。チェット・ベイカーはボーカル作品のみが好きだ。

 「ジャズのアルバムの中で好きなアルバムを挙げろ」と言われたら、コルトレーンの"Ole Coltrane"と、ビル・エヴァンスとジム・ホールの"Undercurrent"だと答える。

OleOle
(2010/03/16)
John Coltrane

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UndercurrentUndercurrent
(2002/06/13)
Evans、Hall 他

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 "Undercurrent"は数年前にビル・エヴァンスを知ってハマってた頃、YouTubeで偶然見つけた。"Dream Gypsy"を聴いてむちゃくちゃにやられてしまった。捨て曲なんて一つもない。ジャズというカテゴリを越えて、人類が創造した最も美しい音楽アルバムの一つだと思う。それぐらい絶賛しても全く惜し気のない作品。

 "Ole Coltrane"は大学時代の友人のT君に教えてもらった。彼は特にコルトレーンのファンでもジャズのファンでもないが、ジャズのガイドブックの中に「名作」と評されていて買ったらしい。
 T君は僕に多大な影響を与えてくれた人で、彼の薦めがきっかけで、僕は岡崎京子とシモーヌ・ヴェイユを読み、コルトレーンやフリッパーズ・ギターを聴き、『三月のライオン』や『存在の耐えられない軽さ』といった映画を見た。
 コルトレーンのこのアルバムを聴くと、ヌーベル・バーグと呼ばれた映画作品の絵が頭に浮かんでくる。60年代のヨーロッパの舗道だとか、古いプジョーの車だとか、ジタンを吹かす男女だとか、ゴダールのモノクロ映画に出てくるようなアイテムや風景が現れてくる。僕の好きな映像をこれほど喚起させてくれる作品も珍しい。
 挿入曲の"Aisha"を聴いていると昔の思い出と一緒に、T君のことを思い出す。僕の自主映画に出た女の子と付き合ったが別れて、そのショックで大学の研修旅行でインドに旅立ち、帰ってくると「インドへバックパッカーするために金を貯める」と言って大学を辞め、派遣のバイト生活を始めるが、なかなかインドに行かずに労働に明け暮れた挙句、どういうわけかアムウェイにハマって、僕も含めた友人一人一人を勧誘したが、しつこい勧誘のために友人を一人残らず失ってしまったT君。今、生きてるんだろうか。




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