Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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責任の藪の中属性とか 02/28のツイートまとめ

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@YouTube 動画をお気に入りに追加しました http://t.co/goLb6Wwa The Swinging Blue Jeans - You're No Good
02-28 21:54

明日はデイオフだがマッコリを飲むのを我慢している。新年以降週末になるといつも飲んでる。結構散財した。マッコリが原因かどうか分からんがお腹がポンポン出てきた。10年前に買ったベルボトムのジーンズが穿けなくなりそう。夜中になんか食うのやめよう。抗鬱剤のリフレックスは食欲を催す。
02-28 22:24

府知事時代の公約を殆ど実現させていない橋下に愚民が何を期待しているのか理解できない。市長になる公約だった都構想にも全く注目されずにナントカ八作に視線が集まる。公約を果たさなかった嘘つきの嘘を信用するのか。八作も彼が国政に出れば反故になるだろう。愚民は溜飲を下げる劇場が欲しいだけ。
02-28 22:29

第二次大戦史を紐解いて疑問に思うのは日本は責任の所在が鮮明ではない国である事だ。軍閥だけがあの戦争をやったのではない。代議士や官僚や財閥やメディアも大いに加担している筈。なのに結局裁かれたのは軍閥だけだったから益々分らなくなった。誰がどのように作用させたかを知る事は未来に役立つ。
02-28 22:36

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ツイッターよりタンブラーが面白いとか 02/27のツイートまとめ

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@YouTube 動画をお気に入りに追加しました http://t.co/NPwwPOYh Debussy, Clair de lune (piano music)
02-27 01:44

昨夜はマッコリの飲みすぎで憂鬱で寂しかったのだが海外のペンパルサイトからドイツ人女性が話しかけてきた。彼女は発熱して気分が高揚していたらしい。ドビュッシーについて話した。彼女も寂しそうな感じがした。程好く酔わないと人を求めてしまう。若い頃からの悪い習慣だ。寂しさは互いを吸引する。
02-27 20:58

仕事中イライラが激しくてどうにも我慢できない状態になりかけたので帰りにコンビニでチョコレートを買い食いした。コンビニに立ち寄るのもお菓子を買うのも数ヶ月ぶりだった。僕はドケチだからお菓子などに普段消費しない。ただ抑鬱状態の時は糖分しか頭に作用しないと精神科の医者に聞いていたから。
02-27 21:03

ツイッターをブログに反映し始めて気がついたが個人サイトの最終形態はツイッターではなくタンブラーだ。FireFoxのアドオンを使えばネットで見聞きした全てのメディアをダイレクトに写せて字数制限もなく言葉も書き込める。ブログの様な手間も無い。タンブラーにないのはユーザー間の交流だけ。
02-27 21:20

だからネウヨは嫌われるとか洗脳とか 02/26のツイートまとめ

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韓国人に薦められてマッコリのコーラ割りに挑戦してみたが不味かった。コーラの味のくどさが後味を悪くするようだ。マッコリはサイダーで割るのが一番良さそうだ。サイダーのさっぱり加減と良く調和する。昨夜初めて友人になった韓国女性の夢を見た。彼女とは絶交したけれどまだ忘れられないようだ。.
02-26 04:12

マッコリやら韓国海苔やらいろいろ送ってくれたり釜山の映像を送ってくれたり優しい人だった。旅行前に他愛の無いことで喧嘩してしまったけど金海空港に着いたとき迎えに来てくれた。カサハムニダとお礼を言ったら「どういたしまして」と言ってくれた。僕の事を詩に書いてくれたりもした。いい人だった
02-26 04:20

韓流ごり押しの差異に違和感を感じる人達に欠落しているのはアメリカナイズされた文化をごり押しと感じない点である。韓流を「ごり押し」だと感じた事は一度もない。それは馬鹿だし。それより基地とかTPPをふっかけてくる米国の方が余程ごり押しである。 http://t.co/eUbmLXUN
02-26 22:18

ブータン国王夫妻が来日した時の一瞬のブータンブームは僕にとってごり押しだった。ブータンの負の部分を皆知らないし。でもTV見なかったから平気だった。要するに韓流が嫌いならTV見なければいいのだ。TVは働きかけが強いから苦痛だが見なければ無きに等しい。そんなにTV見たいか?必要か?
02-26 22:26

韓流をごり押しと捉えるのは他人がそれに影響される事まで否定したい欲望から去来しているがこれはファシズム。マッコリや韓国海苔がどのような過程で広まるかまでチェックするのは特高の視線と等しい。だからネウヨはねちっこい馬鹿としか思われずそういうネウヨの関心をまともに論じるのも馬鹿だ。
02-26 22:30

韓流はマーケットの世界の事で需要があるからマッコリを飲むしソウルに行くのだ。それをごり押しとは呼ばない。米国の安保の問題こそがごり押しでグアム移転の費用までたかられる、もっと米を買えと脅す、軍属や兵士にレイプや交通事故で国民を傷つけられてもきちんと裁けない。もうヤクザではないか。
02-26 22:40

島田の論点が壊れてるのは米兵の捕虜が祖国に帰れば洗脳が解けたと言ってるのに中島氏には絶えず霊能師がくっついて影響下から外れられない事を簡単に見逃している点にある。米兵の喩えにある祖国が中島氏の現状には皆無である事に故意に言及していない。 http://t.co/EE5hlnFq
02-26 22:47

洗脳の問題に教育を持ち出すのも粗忽。政治が教育に介入して思想を取り締まる官憲が存在する社会なら幼少期の教育が長期間個人を縛る事は可能だが民主国家では多様な他者が人生の間に入ってくるから個人の思考も変化する要素が残される。島田はそれを述べてるのに教育と洗脳をごちゃ混ぜにしている。
02-26 22:57

洗脳とは変化する余地から個人が隔絶されている事であり必ずしも他者からの暴力性が必要とは限らない。洗脳が完成すれば個人の方から他者に依存的になるからだ。島田はそれを中島の心の問題と言うが要するに中島が自立していないと批判してるだけ。未だに洗脳について知らないオウム御用学者のままだ。
02-26 23:02

僕は洗脳された事はないが自分の恋愛体験は洗脳状態に近いものがあった時がある。冷静に対象を客観視できず絶えず相手の言動と振る舞いによって自分の現在が主体を剥奪されて決定される状態だ。洗脳という言葉を用いなくても中島さんの不自由な非日常は想像できるしそのつらさも少しだけ分る気がする。
02-26 23:07

詩を書いてないと不安になるとか 02/24のツイートまとめ

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ここ最近平日の夜はサイトに新しい詩を加えて休日の夜は星空文庫に詩を投稿している。今のところ53作投稿した。全ての詩を両方のサイトに収めるつもりだが一体どれぐらい今迄詩を書いたのだろう。高校の時に書いたのを含めれば200か300ぐらい書いてるだろうか。新しい詩はさっぱり書けないが。02-24 23:53

震災と原発事故が起こってから何をテーマに詩を書いたらいいのか分らなくなった。僕の詩は近年社会的なものが多くなってきていたがあの日以来社会的なものを捉えきれなくなった。だからとりあえず過去の作品を整理することに努めている。創作をしていないと世界が霞がかって見える。何かしなければ。02-24 23:58

森永卓郎の原発好きとか 02/23のツイートまとめ

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森永卓郎は何故原発に関する話題には保守的なのか?安全な原発など厳密的にはない。防潮堤建設や水素爆発対策を施した原発は数少ない。廃炉の費用だってまさか短期間にコストをかける訳でないのに何故こういうごまかしを言うのか。廃炉費の内訳も示せ。http://urx.nu/BXX
02-23 21:42

未だに森永卓郎が核リサイクルなど考えているのはもしかすると森永は経産省にしがらみでもあるのかと疑う。プルトニウムをどんどん増やして喜ぶのはテロリストだけである。電力は意外に余裕があるんじゃないかと思うが節電を続ける事は意味がある。オール電化みたいなエネルギーの集中化を防ぐ為に。
02-23 21:49



死刑王子念願の死刑とか 02/22のツイートまとめ

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犯罪に共謀性などが含まれないなら留置所で他の犯罪者と接触させてもデメリットは有り得ないのではないか。そもそも未決囚を独房でただ監禁しておく状態でその過程に反省悔悟が生まれることを強要するのは非科学的ではないか。特に少年犯罪の場合人格が未熟なのに成人犯罪者と同じ過程を求めるのは酷だ
02-22 23:48

彼は「自分の考えが誤りであることを教えてくれるのは本の中だけ」と述べている。拘置所が単純に被告を監禁しておくだけの場所なら全ての未決囚は反省悔悟の機会を失われたまま公判に臨まねばならない事になる。刑務所のように他の犯罪者との接触機会や単純作業を希望者に与えるとか必要ではないのか。
02-22 23:43

死刑王子ごり押し裁判で死刑反対意見を出した裁判官の一人は被告が12歳の時点で成長が止まっているなら処刑することは出来ない、そして拘置所で留め置かれるなら反省も悔悟も生まれないと述べてる。拘置所で独房にいる限り職員や弁護士・教戒師としか会えない。反省や悔悟には他者が必要であるのに。
02-22 23:37

ツイートを自動的にブログ記事にする設定を施した。実験的にやってみる。ブログが流行りだした頃はHPと比較してブログに批判的だったがツイッターが現れてブログやHPの良さを再確認した。無名のブロガー達がどんどんブログを書かなくなった現状を憂う。ツイッターの本質はチャットだと思う。
02-22 23:24

時たまツイッターに自分にとって大事な事を書置きしたりするのだがどうやらツイッターは古いツイートは見れなくなっているらしい。だからブログを利用する方が余程大事だと思い始めた。昔頻繁に訪問していたブロガー達はどんどんブログを書かなくなっている。寂しいことだし残念な事だと思う。
02-22 21:04

どれほど自覚していてもTVの編集による世論の牽引には引っ張られてしまうから僕はTVをNHKの野球中継しか見ない。TVで報道された事と反対の事実を話したりすると何故だか不機嫌に言い返してくる人もいる。事実はある時点で固定化される危険性がある。だから絶えず留保を繰り返して僕は思考する
02-22 02:25

08年の判決翌日だったと思うが同僚の女が「死刑になってよかったねえ」と世間話に振ってきて良い気分がしなかった。因みに彼女は日本は電気椅子で処刑すると思い込んでいた。時事的な話題を振ってくる人は好きではない。大体がファナティシズムかルサンチマンに基づいている。皆TVが大好きだねえ。
02-22 02:20

Fragility of liberalism

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 昨年の9月に韓国の釜山に旅行してきたのですが、その時に撮影した映像を複数YouTubeにアップロードしました。その再生リストを作成したのでご紹介します。







 YouTubeのサイトで見るにはこちらです。 My travel to Busan by Hemakovich

 全部で19ファイルあります。「すべて再生」をクリックして自動再生をオンにすると何もせずに順々に全部見れます。

 19ファイルの映像を一つにまとめたムービーもあります。








 

 韓国に持って行ったのは携帯電話と同じくらいの厚さ・大きさの国産ビデオカメラなんですが、それよりも最近親が買った韓国製の携帯電話の動画撮影機能の方が、映像が綺麗だったりするんですよね・・・・・・。





 話は変りますが、最近ちょっと思ったことがあって、いつもならTwitterに書くんですけど、今回はブログで書いた方が良さそうな気がしたので。


 むかし、南京事件ってありましたよね。その資料とか、いわゆる「否定派」の人達への反証を丁寧にまとめた実に骨太なサイトがあるんですね。

 南京事件-日中戦争 小さな資料集

 時々このサイトの更新を調べるために閲覧することがあるんですが、このサイトの管理人さんがこのサイトを作って「否定派」の人達に対して膨大な反証をなぜ行うのか、その動機みたいなことを書かれているページを見つけたのですね。


 休憩室 ちょっと個人的な「おしゃべり」

私が「南京事件」に関心を持ったのは、2001年11月頃のこと。某掲示板で「チベット」の議論をしていて、「チベット 虐殺」で検索すると、なぜか大量の「南京虐殺」サイトがヒットする。
しばらくは「南京」は読み飛ばしていたのですが、何となく眺めるようになり、そのうち、疑問が湧いてきました。
「史実派」「否定派」の描く「南京事件」像が、あまりに違う。これではまるで、パラレルワールドの出来事だ。一体どっちが正しいんだ?
まずはネットのサイトの「読み比べ」から始めましたが、ほとんど何もわかりません。今にして思えば、当時は否定派サイト全盛期で、史実派サイトは、一部を除けば中国側見解のコピーみたいなところが多かったので、どうも話が噛み合っていない、という事情があったのでしょう。
そこで今度は、本の読み比べを始めました。

(中略)

私のサイト製作の動機でしょうか。これ、結構聞かれることが多いのですね。
おそらく聞く方は、例えば南京の被害状況を正しく世の中に伝えたくて、とか、否定論の無謀さに怒りを感じて、とかいう答えを期待しているのではないか、と思います。まあそういう面も皆無とは言いませんが、どうも私の「実感」にしっくりこない。
不謹慎を覚悟で言えば、単純に、面白いから、というのが一番ぴったりきます。
よくテレビで、なんとか王選手権、ってやつがありますよね。世の中には、こんなどうでもいいことにここまでディープに関心を持つ方もいるんだなあ、と思うのですが、私も似たようなものかもしれません。家族には、よくそう言われます(^^;
誤解を恐れずにいえば、私は、ねえ、こんな話知ってる? 面白いでしょ? なんて軽いノリでサイトをつくっているような気もします(^^;
まあそのようなものとして、拙サイトをお楽しみいただければ幸いです。




 僕はこの管理人さんの「動機」の部分にいろいろ思ったことがあったんですね。

 これを読んで別に「不謹慎」だとは思わなかった。このサイトで書かれてある管理人さんの文章をたくさん読んできた僕にはこの「動機」というのは「ああ、なるほど」と腑に落ちるような気もした。

 それと、あくまで僕の個人的な印象として、こういう「動機」のライトでフラットな感じが、リベラルな立場で物を言う人達の大凡のスタンスというか、その代表例であるような、そういうふうに思ったわけです。

 それ自体の是非を問いたい訳でもないんですね。ただ僕が思ったのは、こういうライトでフラットなスタンスというのはどれだけ理路整然とインテリジェンスに物事の是々非々を述べたとしても、右傾化した人達や右傾化未然の大衆のアパシーを捉えることはできないだろうなと、「熱い」人達や「無関心」な人達に訴えかけるものはないだろうなあと思ったんです。
 だからどうした、云う話でもないんですがね。



 南京事件に関して僕が今まで読んだ本の中で一番記憶に残ったのは、笠原十九司氏の『南京難民区の百日―虐殺を見た外国人』です。

 南京攻略戦が始まる前に当時南京に在留していた外国人の宣教師や医者、企業家やジャーナリストが「国際安全委員会」を組織して、南京城内にいる無抵抗な中国の一般市民を守るために「安全区(難民区)」を作ったのですね。その活動に従事した人達の視点から南京事件全体の概観も含めて書かれた本です。

 「安全区」といっても本当は安全と言い切れなかった訳で、区内に入り込んできた日本兵が若い中国女性をさらっていく、さらわれた女性を救出するために武装した日本軍に談判に行く、数日間四六時中レイプされて傷だらけになった女性を保護して治療する、「安全区」を維持するために奮闘した外国人たち(ナチス党員のドイツ人もいる)と被害者である中国人の直面した過酷な現実が、これでもかっていうくらい書かれている、そういうような記録集です。

 南京事件の残酷な実態を知るとともに、僕が注目した一人の人物がいます。中国人を守ろうとした「国際安全委員会」のメンバーの一人で、南京城内の金陵女子大学で教師をしていたミニー・ヴォートリンという女性です。彼女は宣教師でもあったわけなんですが、南京事件が終わった後、諸々の事情により母国アメリカに帰国します。そして太平洋戦争の開戦前の1941年5月に自殺しているんですね。


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Minnie Vautrin 1886 - 1941


 彼女の自殺の原因はいろんな理由があるのだと思うのだけど、笠原氏の上述の著書を読む限りでは、南京事件を体験したそのこと自体だけが原因ではないらしいのです。南京事件の後に金陵女子大学に赴任してきた米国人の同僚との間で、事件を体験したヴォートリンはいろいろと分ち難いギャップを大きく感じたようです。つまり南京事件を体験した彼女の当事者性とそれを体験しなかった人々との間にある深い断絶に関してヴォートリンは苦悩してしまったということがある。そのことが彼女が自殺を招く遠因となったのではないかという点があるようなのです。


 この事に関して僕がつまり何が言いたいかというと、ヴォートリンや中国人の被害者の心象というものがあるとすれば、彼らを傷つけるのは、なにも右翼的な思考だけとは限らないのではないかということ。
 もしかすると、リベラルな側の「ライトでフラット」なスタンスというのも、南京事件の当事者性とか、南京事件の被害者に対して真摯に思いを向けようとする心象に対して、時には冷酷に映ったりするんじゃないかということを思ったりするんですね。

 歴史認識に関する諸事について、僕は今まで右傾化された論調とか良心が閉じられた無関心に関してのみ問題を感じてこなかった。
 でも、リベラルといってもそこにある一定の共感性がなければ、右の人にも訴えかけが不可能であるどころか、真面目に考え過ぎる人達の心にさえ何も届けられないんじゃないかと思うわけです。
 南京事件という非常にシリアスな問題に対して、右派を論破することに満足が留まるなら、却って右派の自己満足とあまり大差のない有害しか残らないというような致命的な欠点が顕在化するのではないかと思うのです。

 こういう事柄に関してもっと具体的に考えてみるならば、アイリス・チャンを例に出して考えてみるのも良いかもしれません。



 右傾化が進む、ハシズムが席巻するといったことがいろいろと話題になるけれども、時に僕が思うのは、リベラルな立場の人達は本気でそういった事態を憂慮しているのか、なんとかしようと真面目に対処しているのかということです。
 僕からしてみれば、リベラルは怠惰であるか日和見であるかのどちらかとしか見えないということを時として感じる。かといって僕自身どうなのかって話になれば、僕も何もないわけなんですが。

 なんていうかな、餓死自殺するような最期を迎えたシモーヌ・ヴェイユだとか、寿命を縮めて血反吐を吐くような惨状で『1984年』を書き上げたオーウェルだとか、彼らのような気概とか危機感がどこにも見当たらないというか、そんなふうに思うわけなんですね。
 今の世相を第二次大戦前に喩える見方はもう随分マンネリ化したようにも思えるんだけれど、当時の恐慌だとかファッショが何かに喩えられるからそうなのではなくて、むしろ危機感の無さとか知的怠惰とか努力の放棄というか、「何もしなかったら気付いたら戦争が始まった」ていう部分で第二次大戦前と似ていたりするんじゃないかと思うんですよね。


 でもかといって、迫ってくるものや既に始まっているカタストロフィに対してより良く真摯に向き合おうとすれば、もしかすると、ミニー・ヴォートリンやシモーヌ・ヴェイユのように個人として限界を来たすのかもしれない。

 ヴォートリンやヴェイユを死に導いたのは、決してファシズムのみが原因なのではなく、本来彼らの味方であるはずの側に対して、彼らが何かしらの絶望を感じた部分もあったのではないか、僕はそんなことも思う。

 だから、真摯でナイーヴな人の心象というのを軽く見積もる上から目線みたいなものが、是々非々をライトでフラットに論ずる立場の人間の中に少しでもあるとするならば、我々はカタストロフィから我々を救う機会を自ら放棄しているのかもしれない、誰かを絶望や自棄に追いやる罪に加担しているのかもしれないと、僕は自らに問い質す必要を感じているこの頃なのです。



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