Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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For All We Know・・・・・・

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今年の1月10日、従姉妹(母の姉の長女)が自殺した。
40歳、独身だった。








父親は早世しており、母親と、兄と弟は僕の実家の近所で住んでいる。
20年以上東京で独り暮らしで、看護学校を出てから死ぬまで看護師をしていた。
ジャズが好きで、ブルーノートみたいなところでお酒を飲みながら演奏を聴くのが好きな美人だった。







今月に入ってから、東京都から伯母さん宅へ電話があった。
死んだ従姉妹の今年の住民税が45万円あるから払って欲しいとのことだ。



伯母さん「うちの娘は今年に入って10日しか生きていないんですよ。死んでいてもうこの世にいないのに住民税を払わなくちゃいけないんですか?」

都職員「昨年の所得に対する税金ですから」

伯母さん「昨年の所得って言ったって、うちの娘は私から自立して暮らしていたんですよ。私と娘はお互い世帯を別に暮らしていて、独立していたんですよ」

都職員「でも、遺産は相続されたわけですよね」

伯母さんは従姉妹が自殺したのち、従姉妹が勤務していた病院から退職金を400万円渡された。
また、従姉妹が死んで生保の死亡保険が1千万ほど支払われたらしい。

念のためにもう一度書くが、
東京都が請求しているのは従姉妹の死に関する相続税ではない。今年1月10日に死んだ従姉妹の今年の住民税である。

伯母さん「娘はもう東京にはいないんですよ。生きていないんですよ。それでも住民税を娘は払う義務があるんですか。それで残された私たちが払う必要があるんですか?」

都職員「そういうことになっています」

伯母さん「払わなかったらどうなるんですか?」

都職員「滞納しているわけですから延滞金がペナルティとして課されます」

伯母さん「仮に私が死んでも娘の兄弟達に払えって言うんですか?」


伯母さんにそう言われて、相手は黙ったらしい。





母は僕にその話をしながら、ぼやいた。

「自殺までして死んだのに。せこいことするわ。世知辛いなあ」


後でネットで調べてみたら、生命保険には税金がかかるらしい。
ウィキペディアによると、

【生命保険には税金がかかる。以下の例は夫が保険金3000万の被保険者で生命保険以外の財産が無い場合

* 夫が契約者で受取人が妻の場合は、相続税の対象になるが税額の軽減の制度があるために税金はかからない
* 妻が契約者と受取人の場合は、所得税と住民税の対象になるために妻の所得が800万では合計約433万円となる
* 妻が契約者で受取人を子供にしている場合は、保険金は贈与税の対象となり約1374万円となる】


従姉妹の加入していた生命保険の概要は知らない、しかし上記の事例を踏んで考えるなら、
従姉妹の死亡保険を受け取った伯母さんは、伯母さんが契約者であるなら、保険金による伯母さんの所得は伯母さんの住む自治体に対しての税金であるわけで、東京都から徴収される謂れがあるのだろうか。

それに都職員が言ってる従姉妹の住民税は「昨年の所得」に対するものである。
東京で死んだ従姉妹の「昨年の所得」と、四国に住む伯母さんの「遺産の相続」に、東京都の住民税がどうやって割り込んでくる算段なのか。

それとも都職員の言う「遺産を相続されたわけですよね」というのは、税金のディティールに無知な市民から手っ取り早く徴収するための単なるフェイクなのだろうか。





どうでもいいことなんだが、死んだ従姉妹は美人だった。
もし従姉妹でなかったら求婚したかもしれなかった。相手にされなかっただろうけど・・・・・・。
マーヴィン・ゲイやコルトレーンについて話が出来る僕の数少ない人間関係の中の一人だった。
でも例えば僕のようにコルトレーンも好きだがトイ・ドールズも大好きだったら従姉妹は自殺しなかったかもしれない。
彼女はオーティス・レディングの歌のように、純粋な魂のような女性だった。

従姉妹は美人で、僕と同じくオーソドックスな洋楽好きであったが、親戚の中で唯一僕と同じく、20代の前半に自殺未遂を経験した人だった。
僕は彼女のその前歴もあって、特別に従姉妹に親近感を持っていた。



究極の底まで手を触れながら、生き残って、何事もなかったようにその後の人生を有意義に生きていた。
僕にとっては、従姉妹は身近なsurvivor(生存者)として、僕がこれから生きていく上での指標のような立派なお手本だった。
いや、指標とか、お手本とか、そういうものでもないような・・・・・・。
「ああいうことがあっても帳消しにして生きれるんだ」みたいな、「Yだって生きてるんだから」みたいな、「同志」だった。「戦友」と形容してもいい。




自殺未遂をしてからまた生き続けるのって、それなりに難しい。それなりに複雑な「生存戦」だ。
それが分かり合える、そういう辛酸を別々に共有しているという意味での「戦友」だろうか。
そういうことを彼女が生きている間に分かち合ったことは一度もない。
従姉妹の前歴は本人やその家族に対しては「口にしない事項」だった。
まして、僕と従姉妹は、それぞれ成人してから、3度しか会っていない。
ただ、僕の母と伯母さん家族がいろいろと近かったこと、そういう事情から親戚間ではほぼシークレット事項であった従姉妹の未遂歴を僕が知り得たこと、
そして、僕が服毒自殺を図って病院に運ばれた時、母と一緒に瀕死の僕に傍らに付き添ってくれたのが伯母さんだったこと、
そういう細い糸のような他愛の無い事情から、僕が特別に従姉妹へ絆を感じていた所以だった。



東京の寒空の下、新年も明けたばかりの頃、独り暮らしの従姉妹は、密葬にすることと部屋の品々を全て処分することを託した遺書と一緒に預金通帳一切をそろえ、二種類の薬を混ぜて静脈に注射し、同僚の人たちに発見された時は注射針を利き手と逆の手のひらに突き通した状態で自死を遂げた。
警察が言うには薬を注射している途中で意識を失って倒れた結果、そういう状態で残されたのだろうということだった。
だから、本当に死ぬつもりである意味用意周到な最期だったということだろう。


だが、そこまで確実に完遂した従姉妹も、
まさか死んでから半年も過ぎて、都が住民税の請求の電話を母親にかけてくることまで想像してなかっただろうな・・・・・・。




僕は時々、暇があったら誰に請われるでもなく、ただ一人で従姉妹の眠る近所のお墓に出かける。

伯母さんは頻繁に供花を変えているらしく、いつも新しく、花弁が美しく開いた花が手向けられている。










       昨年の4月に会った時はチャカ・カーンの話をしたよな。

       アビー・リンカーンの“For All We Know”は聴いてたのかな。

       あれ、いいよ。

       なんかね。

       たぶん、Yちゃん、好きだと思うよ。

       
      
       車で聴きながら、

       今日もまた終わったよ。











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