Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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「あれがファーストキスだったんだけどね」

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四月になった。



桜も見に行けずに、
相変わらず、うだうだと気鬱なままに日中を寝て過ごす日々が続いている。
もう、こうやって、鬱に身を委ねてどのくらいの年数の春を通り越してきたことだろう。
四月が来たところで、
訪れるものは少なく、気だるさにまどろみさえしている。



もう随分長い間、
詩も書いていなければ、映像も作っていない。
全てのライフワークから遠ざかったまま。
生きていくことは鬱と向き合うことであって、
何かを生み出していくことでは、僕の場合、ない。
言葉を吐き出すことさえ苦しく、
失語症のようにさまざまな表現に事欠いたままだ。



数少ない友達に誤解を与えてしまった今夜は、
自分が昔撮ったフィルムを眺めることで、
傷ついた気持ちを癒した。
傷つけた、どっかの誰かに「また気が向いたら話すよ」と雰囲気に任せきった約束を心の奥でしながら。



春だというのに凍える気持ちで、
ずっと先、のことを思う。
予定調和の内にある、ずっと、でも、近い、先。
いずれ落とし前をつけてやるさと、
ずっと先、の先端にある未来に向かって遠吠えをして弱い啖呵を切る。



この間ホテルの一階の喫茶店で昔の女友達と話したときは気分が良かった。
僕が昔振った数少ない女性の一人である彼女は、見違えて綺麗になっていた。
まるで昔の僕にキュートな仕返しをするみたいに、魅力をつけて僕の前に再び現れた。
「京都の駅ビルでキスしたこと覚えてる?」と彼女が言う。
「もちろん」
「あれが、わたしのファーストキスだったんだけどね」
コロコロと笑いながら女友達は、はにかむこともなく昔のことを取り出した。
あれは、そうだ、ちょっと触れるくらいの軽い口づけだったかな。
駅ビルに夕日が差し込む頃合だった。
僕はあの時、彼女のことが好きかどうか試そうと思った。
キスしてみればきっと分かると思った。
不意をついてキスしてみたのだ。
キスは瞬間、興奮も行き先も示さなかった。
だから僕は彼女を振ったのだった。
振られた彼女は何度かの電話の後、程なく僕の前から消えた。



何年かが過ぎて、彼女はもう一度、僕のいる街へ戻った。
今、彼女には男がいて、僕はさもしく独り身だ。
ありふれた恋バナには、時間の長さという必然がまばゆく降り注ぐ。
僕も彼女も年をとった。
ゆっくりとカフェの背もたれで呼吸する。



あれはなんだったのか、それはなんだったというのか、と、人はいつでも卑屈に過去を見積もって帳尻を合わせようとする。
だけど、この世界ではいろんな人間がひしめき合って、
いろいろとおかしな悲喜劇を引き受ける。



「もしあの時、いとこと会う約束がなかったら、あの日の夜はあなたに身を任せてたかもしれないね」と最後に彼女は言って、僕らはカフェを出て行った。



「もしあの時」が何度でも交錯しあう街角で、
僕は、いつも、
幾分マシな生き方はないものかといつだって路頭に迷っている。




春の心地はたおやかで、



夕方はいつだって、人が恋しい。












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