Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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DECORATION DAY

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無教育な娼婦達が、言語に絶するひどい暮らしの中で生きぬいていくのを、わたしはこの目で見てきた。麻薬で脳が燃えつきた人たち、自分の身になにが起こったかに気づくだけの思考力は残された人たちの顔を、この目で見てきた。切りぬけられないものを切りぬけようとする不器用な努力を、この目で見てきた。




 ― Philip K. Dick ―



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雨だれ/ブラックバード

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旅をしよう


まだ終わらないものを   終わらせないために



もっと健康的に死ぬために



    

       ― 吉原幸子 『だるい朝』



憐れみとゲヴァルト 日曜の外科手術

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The metaphor of unavoidable murder enables small number of indirect homicides.

It is not a problem in him like the correspondence etc. of ethical logic.

The excuse because of no expulsion in public appearances is fabricated, and he
sends applauding like the storm to an indirect homicide.




鬱の周期

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ティム・オブライエンの、『ニュークリア・エイジ』を読んでから、ずっと調子が悪いのです。


きっと本のせいじゃなくて、うつの周期に入っているのでしょう。



最近のわたしのテンションは阪神のナイター観戦のときしか機能していません。


鳥谷くんがサヨナラホームラン打ったとき、ブログを書こうと思いましたが、

昨夜は先発・福原の四球連続の自滅ゲームを見てすっかりダウナーモードに陥って、ついつい早寝しちゃいましたよ。。。わたし。。。




『ニュークリア・エイジ』についてはそのうちちょこっと感想を書こうと思いますが。。。。





どうでもいいですけど、サラリーマンからあらゆる控除を減額する税制は、何を考えてるんでしょうね。。。

少子化を憂いながら、年金支給のために扶養者控除を削減してりゃあ、誰も子供つくらんて。。。。



独身のわたしが憂いて、どないするねん。。。。




Good night Moon

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やけっぱちなあたしへの罰は   誰かの罪に消えた。


才能のある男の子  ハンドル握って隣の席に滑り込む


運んできたのは借用書  踵まで包むのは真夏のシーツ


劇的なものが時折必要に思えてくる


カッターナイフのエッジの上で燃え上がる月の晩


チンコとマンコの殺人的メロドラマ  生きて帰ったら  


二人のインスピレーションが昼間の屋上で出会うから


魂の発育不全なんて  誰かのママの試験管に忘れた。


忘れ去るために お昼寝するの


未来をむさぼって お昼寝するの


TVゾーンの向こう側 あなたを釘付けにする舗道の上の出来事


あたしの罰は やけっぱちなあなたの罪をクーパに乗せる。


日が暮れたら  夜はいつだって襲い掛かってくる


不吉な予感とふざけた裏切りが 嘲笑いながら交尾してる


逃げ出さなきゃ  いってしまわなきゃ


おやすみのチューは なしくずしの満月に十字を切ってから


エンジン燃え上がって 半永久に包囲し尽くすマシンガン



ここから


あっちから。









BGM : “GOOD NIGHT MOON” Shivaree

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タランティーノと『キル・ビル』

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Vol.1-2003年 Vol.2-2004年
製作・監督・脚本 :クエンティン・タランティーノ
出演:ユマ・サーマン、ルーシー・リュー
ダリル・ハンナ、デヴィッド・キャラダイン
サニー千葉、ジュリー・ドレフュス、栗山千明





わたしは貧乏なので、映画は映画館ではめったに見ません。。。
レンタルビデオ化されても新作料金のうちは借りません。。。
したがって、わたしの映画レヴュー、すべて必然的にリアルタイムを逃しまくり、ってわけで。。。。



なぜ突如タランティーノかというと、梶芽衣子の『女囚さそり-701号怨み節』を借りてきたから♪



タランティーノは『キル・ビル』と『パルプ・フィクション』以外、見ていません。

なぜかっつーと、最初に見た『パルプ・フィクション』がカンヌでパルムドール取ったことと、作品の内容がわたしの中で変な異化作用を起こしたからなんですね。。。。

お得意の時間軸飛びまくりのシナリオ効果、『パルプ・フィクション』見たときには、「自主映画小僧の難解ホークス」にしか思えなかったんです。面白くなかった。音楽も今でこそアル・グリーン聴いてますが、当時は全然趣味が合わなかった。台詞の使い方とか、ジャームッシュみたくカッコいいユーモラスになり損ねたコテコテのダサ気に感じたし。。。。 

あの時間軸テクの必然性が全く感じられなかったんですよ。



『パルプ・フィクション』、あんまりにもわたし的にイケてなかったので、ことごとくタランティーノ作品、忌避し続けちゃいました(だって、レンタル料金ひねり出すのもケチる貧乏性だし)。



『キル・ビル』はブルース・リーもどきのコスチュームと、ウェディングドレスの日本刀、あのスチールで、きちゃいました。。。。


『キル・ビル』が面白いと思えたのは、まさにあの時間軸ずらしがピタッとはまって、物語の語り口にこれしかない!ってな妥当な効果を感じたからに他なりません。

ビルを殺す― まさにそれ一本調子で頑なにストイックに貫かれただけのテーマのシンプルさ加減によって、あの映画の仰々しい過去作品パロディの連発やら、千葉真一の不自然さやらを何とも思わせないほどスムーズに感じさせられたんでしょうね。


Vol.2が特に好きなんですが、劇場公開の興行収入の問題で2部作に分けられちゃってますが、あれが1本にまとめられても多分退屈しなかっただろうな。Vol.1の過剰演出はきっとこれが1本の映画として上映される想定で考えられた、物語序盤の起伏の部分だからだと思われます。

わたしはビルの結末(てか、結末にブライドが用いた手段)以外はすべて話が読めてしまいましたが、あの結末だけは思いつきませんでした。

やっぱ、『死亡遊戯』のコスチューム、伊達にパロッただけじゃなかったんですね。。。伏線だったんですな。。。。



Vol.2のラストのモノクロのスタッフロール、ボーカル曲のBGMとあの演出、どっかで見たような気がすると思ってたら、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のラストのスタッフロールに雰囲気が似てるように思えたんです。

あのオリバー・ストーン作品、実はわたし、だいっっきらいなんですが。。。。

あの、なんつうか、殺しまくりの映画に申し合わせみたいなマスコミ批判みたいなテーマ性、ユル~いカンジでぶつけんなよ!!!つぅ~んでしょうか。。。

あの映画と『キル・ビル』はどこか相似性を感じさせながら全く別物のように感じられるのは、「殺す」だけの映画なんだけど、「殺すだけ」ってことにどれだけストイックでありながらいろんなものをぶち込めて鑑賞に堪えうるものにするか、ってところに全然違いがあるんですね。

社会派オリバー・ストーンは、「殺すだけ」を満たすほどのものがなかったから、妙なマスコミ叩きを不自然にくっつけちゃって、タランティーノと決別してしまったのかもしれません。


「殺すだけ」の物語の中にどれだけの膨らみ、人間の彩をひっそりとしのばせるか。。。

ビルの元を去ったブライドの理由、ビルがそれに対して行った理由、ビルの結末に込められた、ブライドの秘密が、語られない話の饒舌に語り尽くすありふれた“Love Story”の切ないカタルシスを、憎らしいほどの愛しさで「殺すだけ」に込められた「殺すだけに終わることの出来ない殺しの理由」となってわたし達を満たしてくれる気がします。



ユマ・サーマンは「わたしは少しばかり悪い女だから・・・」と告げますが、ここにいたって、本当に、いい女、可愛い女としてわたしはブライドに惚れちぎってしまいましたのですよ。。。。




『ナチュラル・ボーン・キラーズ』はタランティーノによってメガホンが取られていたら、もっと別の映画になっていたかもしれません。



『ナチュラル・ボーン・キラーズ』にある意味で「挫折」したタランティーノが、更にストイックに純化して昇華させた“Love Story”の結晶が『キル・ビル』だったのかもしれません。



この映画がパルムドールでもわたしは全く構わないぐらい、クラシックな仕上がりの名作だと思うんですけどね。。。。



余談ですが、『キル・ビル』に感化されまくったわたしがその勢いでオマージュなんか捧げちゃうノリで作った詩が「待伏せ地獄篇ワルツ」なのでした。。。。(こちら-IEで見れます




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淋しさの科学レース

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この間、精神障害者の福祉施設である地域生活支援センターに行ってきた。

通院している病院の持っている施設だ。


恐らくソーシャルワーカーではなく看護師と思われる女性に施設を紹介してもらいながら、取るに足らない身の上話を聴いてもらった。



若い女性と話すのは久々で、わたしは非常に緊張して、頬の筋肉が激しく痙攣した。対面恐怖の現象である。



鬱病が慢性化してほとんど寝込んでいる生活が長く続き、ほとんどこれは引きこもり同然の生活ではないかというような日常が3年ばかり続いている。

わたしは高校時代まで友人は少なかったし、8年近い大学生活とその後の専門学校進学で、ほとんど10年近く実家を離れ県外で暮らしていた。だから、今暮らしている地元では全く友人がいない。

友人もいなければ、無職で、寝たきりが週の半分、といった生活なので、久々に人と会って、自分のことを語るような、例えばコンビニの店員と話すようなのとは違う「中間的な対面」に向き合うと必ず対人恐怖の身体症状が、わたしの意思に反して、起こる。



そういうことを克服するために施設を利用しようと思っているのだが。



学生時代なんか、初対面で人と話してもまったくリラックスしていた自分から、半世紀ほども遠ざかった気分だ。





淋しいという気分から逃れるために激しい生存競争を起こした結果が、この病を得る結果であった、という気がする。


今は淋しいということをいとも簡単に耐えられるようになっている。


今のこの境遇よりも、他人とのつながり方を学ぶための、今よりももっと若かった頃の時間の方が遥かに苦しかった。









BGM : “Just like honey” Jesus & Mary Chain

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『蘇る金狼』を観る

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1979年
監督/村川透   原作/大藪春彦
撮影/仙元誠三   音楽/鈴木清司
出演/松田優作、風吹ジュン、千葉真一、
成田三樹夫、佐藤慶、真行寺君枝
制作/角川春樹事務所





長いこと見たかったのだが、「Yahoo! 動画」で流されていた関係か、レンタルビデオ屋さんに行ってもいつもレンタル中だった。



期待が大きすぎて、あまり面白くなかった。。。。



わたしはこの映画を見る以前に、この映画に関するネタはほとんど網羅しまくっていた(てか、この映画の「名シーン」のmpgファイルをストリーミングしているサイトまでみつけて、観まくっていた。。。)



アクション映画に分類されることが多いが、アクションはしょぼい。村川透と松田優作なら、未見の『野獣死すべし』を除けば、『最も危険な遊戯』が最もアクション映画だったと思う。

むしろ『探偵物語』(TVドラマの方ね)に通じるような、松田優作の多彩なキャラのバリエーションの片鱗を見せてくれるような作品という気がする。

一連の優作映画の中で位置付けしてみると、ブルース・リーのフィルモグラフィに喩えて言えば『怒りの鉄拳』に位置するような作品だろうか(なんのこっちゃい、ですね)。『怒りの鉄拳』でブルース・リーが電話屋さんをコミカルに演じたように、松田優作の演技の幅の広さを端的に窺い知ることのできる、最も初期の作品、ということでしょうか。


風吹ジュンの役のラストのオチは意外でしたが。。。 ちょっといきなりウェットに走ってオチをつけたような粗雑さを感じましたが。




なぜだか分りませんが、観賞後の余韻としては、ルイ・マルの『鬼火』を見終わった後の気分と同じ感じでした。激しく種類の異なる映画ですけど。



『鬼火』の持つ、うざったらしい観念性をすべて行動で表現し尽くしたら、松田優作の「朝倉哲也」というキャラに到達する、という感じがしたんです。



それにしても、村川透のブルーはきれいですね。。。


北野武よりも、ジャン・ジャック・ベネックスの『ディーバ』よりも、遥かに先駆的に「都市の青」を表現したのは彼だとわたしは思います。





社会的弱者が「搾取者」に変貌するパラドックス

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障害者自立支援法案というのが国会に上程されている(らしい)。

その関連で、精神保健福祉法第32条の通院医療公費負担制度が無くなるか、「改悪」されるらしい、という情報を人づてに聞いて、慌てた。

わたしは鬱病の治療のためにこの法律の恩恵を受けているからである。



障害者自立支援法案自体をいろいろとネットで調べてみたのだが、いろんな資料を読んでみても、これが全く要領を得ない。意味が分らない。


ただ、各種の障害者の団体や識者の中で反対の論調や、福祉の改悪では
ないかといった意見が目立っている、ということが、かろうじて分る、のみである。


不安に駆られて、自治体の精神保健福祉センターに電話で聞いてみたが、「答えられない」とのことだった。法案がまだ実際に可決されたわけでもないようだし、まだ審議されているかどうかすらよく分らないので、そういう電話の応対しか向こうが出来ないのもやむをえないのではあるが。



わたしが知りたいのは「32条」が今後どのように変わるのか、それだけなのだが、各種のネット資料を読んでも、全然意味が分らない。



数年前、自分が精神保健福祉士養成の専門学校で勉強していたのが嘘みたいである。

あの頃は学校の先生が解説してくれていたから、役所の遠まわしで婉曲な法文も読解可能だった。




今は、わたしは制度の利用者の立場だ。




制度の利用者には、制度の情報は能動的に調べないと、絶対に向こう側(お役所)から教えてくれることは無い。なぜなら進んで教えると、向こうは支出を増やすからである。


福祉のケース・ワーカーは利用者とお役所の調停機関であるが、ケース・ワーカーが役所の所轄に置かれている立場なら元の木阿弥である。病院や社会福祉法人で働くソーシャル・ワーカーは、役所で生活保護行政などに携わるケースワーカーよりは利用者の権利擁護を執行してくれる立場にあるが、実際には、福祉の制度や機関と利用対象者が出会うまでの過程が困難であるのが、この国の福祉の現況なのではないかと思う。







しかし、障害者自立支援法案における「応益負担」という言葉はシニカルな表現だ。





社会的弱者が資本を多くもつ者や国からの「搾取」されることを防ぐために、社会主義思想や福祉制度が発展してきた歴史がある。

しかし、「応益負担」という言葉や、たとえば生活保護受給者に対する「制度に対する甘え」という一部にある事実を最大限の偏見に拡大したプロパガンダを見ていると、まるで、社会的弱者が税金を「搾取」しているかのような、滑稽なパラドックスの構図が展開されてくる。






税金を「搾取」する「社会的弱者」の濡れ衣をかぶせられる「冤罪」に対して、弱者は拳を振り上げることも大声を上げることもできない。だって、疾病で寝込んでたり、障害によって行動に制限が伴うから、抗議のアクションすら起こすことが不可能な場合が多い。


税金を「搾取」する「社会的弱者」という濡れ衣に抗議するほどの力が物理的に抑制されている弱者には「社会的不利」が障害の一要素としてある。弱者が社会的弱者に変貌するのは、弱者に社会的不利が伴う環境が社会の中に発生する時と場において故なのである。





ありふれて蹂躙されるトロツキスト

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朝は憂鬱な雨だったので、物思いに沈む。



ユーリズミックスを聴きながら、「政治的な立ち位置」について思い巡らしてみたりする。





「ネット右翼」という揶揄を使うある種の「ネットサヨ」な人は、警告しようとするけれど、

わたしが彼を信用できないと思うのは、きっと、彼が、オリバー・ストーンみたいなヤツの友人気取りで、自分の番組で対談したりするときに英語を巧みに話して、タメ口で仲良さそうに見せる筑紫哲也、みたいだから、なんだろうな。。。。



仮に百歩譲って、彼の言うように、日本が、安倍晋三の術中にはまって、核武装して、徴兵制を強いて、テポドンやノドンに向かっていくような国になったら、

彼の予言どおりになったら、

彼は亡命でもして、予言が当たった思想家でも気取るのだろうか。。。。



そんな悪夢のシナリオは誰だって望んでいないはずなのに、ある種のネット右翼と呼ばれる人々への憎悪を込めて警告を発する、その、「自分が日本人の当事者ではない、なにか」であるかのような、その立ち位置を、わたしは、きっと、彼をそのように見て、憎む。



わたしは亡命なんか出来ないし、戦争が起これば、台風が上陸するみたいに、わたしはきっと蹂躙される。

大抵の人々の運命もそうだ。



だからこそ、ある種の人々の、下から上を眺めるような視線から、上から下を見下ろすような筑紫哲也、週刊金曜日みたいな連中は、マスの支持を受け取れないんじゃないか。でもきっと、彼らはマスから指示されることより、マスを見下せる、その立ち位置のプライドが大好物なんだろうと思ったりする。



わたしは、トロキツト呼ばわりされながら、なおも不正を告発しながら、いつも泣きながら独裁者の「勝利ジン」に浸りつつ、ジュリアへの裏切りをかみ締める『1984』のウィンストンや、オーウェルの姿の方が好きだし、わたしもそうありたい。



井伏鱒二の『山椒魚』のような愁いを帯びながらも、『黒い雨』の静間重松のように、明日の虹の色に、愛する肉親の運命を託すしかないような、そのようなありふれた人間でしかありえないのだから。




彼を憎む。


憎みながら、


わたしは、彼にとっての、トロツキストになるしかない。








BGM : “Sex Crime” Eurythmics

Eurythmics






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