Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

スポンサーサイト

Posted by Hemakovich category of スポンサー広告 on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鬱病患者に「がんばれ」と言ってはならない合理的根拠

Posted by Hemakovich category of Mind on


20140901-53hema.jpg



 菜種梅雨なんだろうか。ずっと晴天が続いていたのに、ここ数日雨ばかりで、先日久々に抑鬱で調子を大きく崩されてしまった。

 どうも鬱というのは低気圧だとか前線と相性が良いらしく、天気が崩れると抑鬱状態も発生しやすい。今回の鬱は2月後半ぐらいに終わっていた冬季うつ以来のものである。

 鬱というのは継続して続いていると多少慣れる場合もあるのだが、久々に発作が起こると、まるで初めて経験するかのように苦しめられる。

 だから20年ぐらいずっと病んでいるけれど、鬱に慣れるということは絶対にない。

 おまけに鬱だけでなく、今回はパニック障害の3歩手前のような、不安症状も伴っている。不安症状が出たのは数年ぶりで、前に、いつなったのか、思い出せない。
 原因に心当たりはないわけではないが、なぜそれがこうなるのか、理解できない。理解できないから病気なのだが。

 
 以前、InterPalsにハマっていたとき、鬱の状態であることを相手に知らせたら、決まって言われたのが、“Cheer up”だとか、“Try to feel good”なんていう言葉だった。
 鬱病の人を気軽に励ましてはならない、という禁忌は、僕の知る限り、日本人の間での方が浸透しているらしい。

 というか、インドネシアとか中東辺りの国の人には、鬱病が理解できない人が多いのらしいか、身近にそういった哀れな知人がいなくて、よほど重篤な人しか鬱病患者がいないようだ。
 それはそれで、幸せなことだが。

 最近になって「新型うつ病」なるものを提唱する人々が現れたが、彼らによると「新型うつ病」の患者は嫌なことは避けるのに好きなことはやれるという「なまけもの」のような存在なので、少しぐらい叱咤激励した方が患者のためだ、みたいな情報を垂れ流している。

 (確認しておくが、「新型うつ病」なんてものは一部の医者が言い出した概念で、医学界で認められてなんかいない。ICDやDSMのような国際的な指針の中にも「新型うつ病」など存在しない)

 「がんばれ!」と言われても、頑張るための対象や頑張れる要素がなかったら、相手の激励に親切は感じても困惑してしまうといった経験は、鬱病ではない人でも多少は経験したことがあるのではないか。

 ましてや鬱病患者は頑張るための目標を何もかも喪失しているか、頑張ることができる力がないのである。それに向かって「がんばれ!」というのは、無責任というか、非合理的でしかないではないか。

 「神風は絶対吹くから戦え!」と言っているのと同じようなものである。僕は合理性を欠いた精神主義やら人を闇雲に追い詰めるような放言には、発言者に対する殺意すら覚えることがある。

 人は誰でも、明確で、達成しやすく、より現実的な範囲での可能性に対しては、努力することができる。相手が達成可能な契機を持つ場合に限って、「がんばれ!」という言葉は精神主義ではなく、合理的な言葉になる。

 明確で達成しやすく現実的な範囲での可能性というのは、短期目標とも呼ばれる。たとえば、仕事にはいけないが、せめて今週は3日くらい、食器の皿洗いだけでもやってみようとか、さして重要ではないことが目標に設定される。

 生き方を変えようとか、人生を根本的にやりなおそうとか、そういうあやふやで、長期的に取り組まざるをえないことは目標としては忌避されなければならない。
 そんなことはやれる人がやればいい。気弱な人や鬱病患者にそれを課すのは、殺すのと同じである。

 目標を設定するのは医者とかワーカーでもなく、家族でもない。本人が自発的に決めることである。周りがやるべきことは本人が長期目標に突っ走ろうとするのを避けさせることだけである。

 目標が設定されて、それでもやはり「がんばれ!」と言ってはいけない。自信を喪失した人が自ら決めた目標に失敗すれば、自分に嫌悪や責任感を背負わせるだけだからである。
 「出来なかったら、また休めばいいよ」とか、その程度の言葉で、目標に重さを与えないことが、予防的で安全だし、むしろ現実に本人が達成できるような助力になりうる。

 
 鬱病であっても、本人がやりたいと望むことは、それが娯楽であっても、基本的に容認して何でもさせてあげるべきだと思う。

 「鬱病のくせに、仕事は行かなくて海外旅行には出かけるなんてけしからん」みたいなことを香山リカあたりがよく放言している。仕事しないならやりたいことは何もするなという論理は、ブラック企業と同じ論理なのだが、エセ左翼の香山は平気でそういうことが言える。
 (確認しておきたいが、本当に臨床を積んでる精神科医は香山リカの臨床経験をほぼ確実に疑っている)

 やりたくないことよりも、やりたいことの方ができるというのは、鬱病じゃない人でも同じではないか。この国のネオリベ論理によれば、生活保護受給者はパチンコ厳禁で、鬱病者は自宅で軟禁されなければいけないものらしい。

 僕が初めて精神科に入院したとき、大学は当然休学したが、バイトも何の挨拶もなく無断でやめて、金銭の絡んでくる行事を約束していた友人にも何も告げず、要するに何もかも放り出して病院に入った。

 3ヵ月後に退院して僕が初めてやったことは、生まれて初めての海外旅行だった。

 タイ、ネパール、ブータンと渡り歩いて、ずいぶん精神的に良好な状態に戻れた。大学は後期から復学したが、海外旅行でのリフレッシュがかなり効いて、半年で卒論を原稿用紙200枚書くという荒業を成し遂げた。
 退院した後に、自宅軟禁みたいな状態で過ごしていたら、そのまま大学はドロップアウト、その後は長期の引きこもりニートになっていたに違いないと、ふりかえってみて思う。


 やりたいことがなくなって、やりたいことがあってもやれなくなるのが鬱病患者なのである。

 やりたいことがあって、しかもそれがやれることなら、このうえなく幸せなことではないか。

 



スポンサーサイト

どうでもよいが辟易させられる年賀状とフェイスブックの共通点

Posted by Hemakovich category of Mind on


20150102-22hema.jpg



 先週の金曜日から、毎年恒例の「年末年始激鬱祭り」が始まっている。

 ただでさえ冬季うつが2週に1、2回のペースで起こっているのに、年末年始の鬱は症状が重く、状態も普段より長引く。しかもどういうわけか、毎年この時期になると、必ず激しい発作が訪れる。

 鬱病患者にはよくある話だが、行事だとか節目の時期になると思わぬ形でひょっこり病がやってくるというケースは非常に多い。僕にとってそのパターンは年末年始が当てはまる。
 なぜそれが年末年始なのか、直接的な理由は自分でもよく分からない。
 だが間接的な理由を考えれば、昔から年末年始には自分が嫌ってきたアイテムが集中しているから、ということが考えられる。
 紅白歌合戦だとか、年賀状とか。おせち料理とか。
 特段、「おめでたい」という理由が個人的に持ち合わせているわけでもないのに、世間からの同調圧力で「おめでたい」時期なのだということを受け入れさせられる。
 そういうのが昔から嫌で嫌で仕方なかった。

 だが、そういう嫌悪感を「世間が勝手に騒いでいること」として理解することで大人としての克服が出来るようになってからも、身体的には結果として毎年やはりこの時期には重い鬱が反復的に襲ってくるのである。

 大嫌いな紅白は見なければ済む。だが、おせちと年賀状というアイテムは逃れようがない。

 鬱病患者仲間の一人はある年から徹底して返事を書かないようにしたら、まったく賀状が来なくなって「気が楽だ」という。だが義理とかしがらみを妙に大事にしてしまう僕には、まだそこまでするほどの勇気はない。

 しかし実際のところ、自分の子供を写したテンプレのような年賀状を、激鬱状態のときに見ることほど苦痛なことはない。子供を見せて、何を思えというのか。ああいう賀状の意味は子供を持たない僕にはどうにも理解しがたい。あれって、やっぱ、自慢めいた心情が働いているのか?

 僕のことをほとんど知らない人は仕方ない。でも、ルサンチマンと言われたって構わないが、僕の生活状態をうすうす理解していながら、妻子のいない僕に子供を大写しにした年賀状よこすのって、「俺を自殺させたいのか???」という被害妄想が起こるほど、不条理極まりないものなのだ(だいたいそういう賀状に限って手書きの添え書きなどがない)。
 そりゃあ、普通は年賀状のテンプレを一つに統一して出すものかもしれないけどね。俺は出す相手の個別な事情に配慮してデザインとか変えたりしてたけどね。

 だいたいさあ、俺は年賀状をくれる相手と関係性があるんであって、その子供だとか配偶者とかどうでもいんだよね。なのに絶対子供の写真付けて送ってくるのって、あれ、フェイスブックに自分が食べたものの写真をアップする自己満足と同じだよね。

 人並みのことをしていないと不安になる人って、友達にしたくないタイプなんだけど、どいつもこいつも子供が出来たら僕に見せたくなるんだから、うんざりだね、ったく。

 あと、うちの親父なんかもそうだけど、手書きを入れない程度の相手ばかりなのにやたら大量に賀状を出すのも、SNSで友達の数を競う心理と似てるよね。
 親父なんか退職してもう10年近いのに、いまだに100枚ぐらい刷ってるよ。ええかげんにしろや。


 
 大晦日に上姉とつかみ合いの大喧嘩をする。

 姉の言葉の暴力に完全に切れてしまい、2、3発平手でしばいて、髪の毛を掴んで振りまわした。姉は110番したが、母が電話を代わって、留置所に入らずに済んだ。
 仲直りどころか、あの日以来、まだ姉の姿すら見ていない。

 喧嘩の理由なんて具体的なことは大したものでもないが、要するに積年の憤りが年末にメガトン級の大爆発を起こしたのである。
 母や次姉から暴力を責められたけれど、だいたい女なんてのは言葉の暴力がどれだけ人を傷つけるか意識せずに肉体の暴力だけを問題視する。だから女たちは、いつまで経ってもねちっこい動物のまま、進化しないのだ。

 親たちが死んだら、姉どもによって家から追い出されて、医療保護入院か生活保護の暮らしに追いやられるかもしれない。

 それまでにネットに詩を全部アップして、作りかけの自主映画を完成させて、あとは気楽に野垂れ死にしよう。

 葬式では『お富さん』を友人に流してもらって、「死んだはずだよ、ひまこさん♪」てな感じで、にぎやかに見送ってもらおう。





まるで滝行でもやっているかのような無依存

Posted by Hemakovich category of Mind on


20140528newhema.jpg



 一日の最高気温が一桁になってから、冬季うつが一段とひどい状態になってきた。

 本当は鬱のことなどブログに書きたくないし、もっと他に書いておきたいことがあるのだが、思考力が落ちて混迷している頭では、気分を抜きにして物事を理性的に考えるのは困難である。

 最近は週に3~4日くらい抑うつに襲われるパターンが、2週間おきぐらいのペースで反復される。抑うつになるのは決まって週末である。
 今回の総選挙だが、13日から鬱が襲ってきたため、14日の投票には行けなかった。期日前投票を済ませてこなかったことが悔やまれる。選挙権を行使しなかったのは今回が初めてだ。

 
 今年を振り返ると、2014年は「孤独症」的傾向がより増加した一年であったように思う。

 「孤独症」というのは便宜的に名づけているのだが、要するに、人に会わないし連絡を取ろうともしない状態、そんなコミュニケーション不足の状況に自らを追い込もうとしてしまう、自虐的悪癖のことを指す。

 いわゆる「引きこもり」とは少しニュアンスが違う。用事があれば外出するし、自分に必要なことは自分でできるし、そのために必要な社会的コミュニケーションには何ら困るところはない。精神保健福祉的な言い方をすれば、SSTを必要としないだけのスキルはあるということだ。

 ただ、友達を求めようとしないし、旧交を温めることもしようとしない。ネットであっても「人を求める」ことをしない。

 むしろ、自ら率先して自分を孤独な状態に置いておこうとしてしまう、そんな自虐行為である。

 InterPalsのアカウントを消してから、ネット上の知人とは誰とも話さなくなったばかりか、リアルの友人とも一名を除いて交流しなくなった。その一名は病院の患者仲間で、通院日に必ず会うから話しているという消極的理由しかなく、家族以外の他人ではその患者仲間と主治医以外とは、対話といえる会話をしていない。
 
 旧友からメールが来ても数ヶ月ぐらい返事を出さない状態で、関係が自然消滅しそうでヒヤヒヤしているのだが、それでも返事を書こうとしない。
 メールでも出して近況を聞きたい人はいるのだが、こっちから全然メールを出さないから、相手からも来ない。

 なぜそういう「孤独症」に陥るかというと、自分が自分をそういう状態に置いておこうという意思が働いてることに他ならない。
 別にそうしようとする積極的な理由も欲求もないのだが、気がついたら、誰とも対話せずに数ヶ月経っている、結果的にダラダラとそういう状態で過ごしてしまった、そんな感じなのである。
 それに、交友関係を絶って「鎖国状態」に自らを置くことに対して、僕はまるで滝行でもやっているかのような、修行をしている感覚がある。それが美徳のように感じているわけではないが、苦しいときや寂しいときほど独りで耐えることが最善であるかのように頭にインプットされてるような節がある。


 僕は人間嫌いではないし、むしろ他の人の数倍くらい寂しがりやの性格である。それなのに「孤独症」に陥ってしまうのは、その原因もやはり鬱病がベースとなっている。

 元来は社交的で、友達関係を築くのが苦手というわけではない。むしろ、学生時代はたくさんの友人に恵まれたと思うし、大学以降も新しい環境ができれば、それなりに人間関係が自然と構築できてこれたと自負はある。

 ただ、学生のときに鬱病が発症して、その苦痛を他人に依存することで逃れようとして、さんざん多くの人に迷惑をかけた挙句、自殺未遂やら入院に至ってしまった。
 そのころの顛末がトラウマになって、自分から人を求めようとすることに怖気つくようになったといえるかもしれない。

 自分が一人でいて安定に努められているときはそのことが嬉しいと思ったりするし、鬱病で苦しいときは、苦しければ苦しいほど、ますます自分は一人で自分を救わなければいけないと思う。

 だが苦しいときに自分で自分を救うということと、一人でいようとするということは、本来無関係なことであるはずである。

 鬱病歴も長くなってくると、大抵のことは自分でケリをつけられるようにもなってくる。

 以前ならパニックのように発作的苦痛に襲われたら、必ず誰かに電話しようとした。だがそういう時に友人を頼りにする自分がだんだん嫌になってきて、一人で耐える方がマシであるように思うようになってきた。

 この2、3年、僕は人と電話で喋ったのは2回ぐらいだと思う。最後に電話で喋ったときは、ただの携帯電話だが、喋った後に端末の重さが原因で、翌日軽い筋肉痛になったぐらいだった。
 むかしはものすごい電話魔で、夜の9時ぐらいから翌朝まで話したりすることは頻繁にあった。通話料も最高で一ヶ月に18万円に達したこともある。

 そんなことも手伝って、人と電話で話すことが危険なことのように感じるに至っているのかもしれない。


 父の従兄弟が孤独死(餓死)で死んだとき、僕は自分の将来を見る思いでそれを受け止めた。

 そのおじさんのような死に方が存在することは、ある意味社会全体が病んでいる兆候であるとも思うし、そういう社会の質的貧しさを僕は絶対に肯定することはできない。

 しかし、僕はあまりにも多くの、長く精神病を患った人の孤独な終末の迎え方を見過ぎてきた。

 そして、自分を否定させないためと自分を覚悟させるために、孤独な終わり方をして逝ってしまった人の生に尊厳を見つけようとして、あらゆる生の形に結果としての肯定を付与していこうと思い続けてきた。

 そういう話をずっと前の彼女に話したら、「あなたの考え方は死に向かってる考え方だ」と言われて、今でもそう言われたことを腹立たしく思っているけれど、悲観に過ぎると思えば、たしかに僕の考え方は実際そうかもしれない。

 
 僕が患ってる気分変調症の一般的な傾向として、自分にとって特別な人間関係に関して常にカタストロフィックな際に立って気分が流されて、諦観・厭世的な思考となって反映されるという部分はある。

 だが、自分が把握している現実の悲観的諸相がまったく事実と相反しているとは、どちらかといえばリアリストの僕にはそうとは思わない。

 おおざっぱに表現して、「世界は哀しすぎる」ものだと、基軸でそう捉えて、そこからいつも僕の感性が始まっている。





死ななかったら、もう一度メイ・ティンに会おう

Posted by Hemakovich category of Mind on


20140901-24hema.jpg



 今朝、久しぶりに希死念慮に襲われる。

 ここんとこ、ただでさえ常時憂鬱なのに、朝刊を読み終えた後はその憂鬱がぐっと増幅される。だったら新聞なんか読まなきゃいいのに読んでしまうのは親譲りの悪癖である。

 テレビ欄を見ていると、BSプレミアムで映画『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』が放送されることを知る。

 高校時代に見て、とても感動したので原作本まで買ったスウェーデン映画(たぶん)。一度見たきりでそれ以来である。

 この映画でも見て気分を変えようかと思ったが、とても感動した映画なのでそれだけ僕の中で重要であって、「こんな荒くれた気分の状態では見たくない」と思った。
 この薄汚れた感情を貴重な作品と再会することで生半可に癒されたくはないと思った。

 それで見ないことに決めたのだが、その後で、「今後の残りの人生で、僕はもう一度『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』を見る機会に遭遇するだろうか」という疑問に囚われてしまった。

 何を見ても感動できた幸福だった若い頃に見た映画や音楽はたくさんあるけれど、どんなに感動した作品でも日常に埋没していればその存在を案外忘れれているものである。

 それにとても感動した映画なんかは、もう一度見る機会というのはそのときの自分のタイミングに左右される。
 たとえば「死ぬまでにもう一度みたい作品リスト」みたいなものを作っておいたとしても、感動した度合いが大きければ大きいほど、なかなか簡単にはもう一度見る気にはなれないものである。
 
 ある意味でイノセンスな時期に感動させられた作品というのは、作品そのものだけではなく、作品を見たときの過去の自分というものを背負っている存在だ。
 だからその作品をもう一度見るということは、過去の自分のイノセンスと再会するという行為を含んでいる。
 それゆえに、暇つぶし的な気分でうっかり再会することは禁物なのだ。若い頃の自分に出会うという行為が必ずしも単純なノスタルジーの至福に満たされるということではなくなった、この年齢になってだんだんそういうことに気づき始めた。
 作品の媒体が映画である場合、そういったことは僕の場合は特に顕著である。

 「もしかしたら、もう一度『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』に出会うことなく、僕の人生はこのまま終わってしまうのではないか」、そういうことを考え始めたら、苦しくなってきた。

 人生に限りがあることは不幸なことではない。

 だが残りの人生のなかで、もはやどんなものに対しても、感動したり愛したりすることができないであろう自分が薄っすらとこの先に透けて見えるように感じられる、そんな自分しか予想できないということ、それは僕にとって、何よりも不幸なことなのである。

 映画に感動したり、女性を愛したり、自分が書いた詩に自分が満足したり、そういうことはこの先ますます失われてゆくのではないだろうか。

 もしそうだとしたら、じゃあ何のために毎日精一杯頑張って生活して命を繋ぎ続けているのだろうか。

 無意味ではないのか。

 そこまで考えたとき、死んでしまいたく感じた。

 かといって、何度も経験したことなので、どうせ死にやしないままにだらだら生き続けることはわかってる。僕がいつも怖れているのは、限界が恐怖を駆逐してしまう瞬間のことである。


 寝逃げの深い午睡の後、夕方に目覚めて家事の支度を始めながら僕が思い出していたのは、『必殺仕事人』第一話で元締・鹿蔵が中村主水に語り聞かせた言葉だった。

 殺し屋稼業をやめてしまった主水を、もう一度殺しの世界に還らせようと鹿蔵が説得する場面の台詞なのだが、数十年続いた必殺シリーズのなかで、屈指の名場面であり名台詞であったように思っている。

 主水
 「この江戸に仕事人なんかもう一人もいやしねえ。みんな死んじまいやがった。・・・・・・ドブ川の中で女房もろともズタズタに斬られて死んでいった奴。市中引き回しの上獄門さらし首になった奴。綺麗な死に方した奴は一人もいやしねえ・・・・・・。みんな苦しみながら闇ん中へ消えて行きやがった・・・・・・。俺はその仲間の死に様をこの目で見て来たんだ。・・・・・・やだやだ・・・・・・俺は金輪際そんな生き方したくないんだ」

 鹿蔵
 「三途の川の水音がすぐ側で聞こえるようになってくると、人は皆、昔のことを考えるものだ。わしは何をやってきた、今までわしは何をやってきたのだ、とね。そんな時、冥土へ持っていく土産がないというものは、ひどく淋しいものなんだ。中村さん、お前さんは気の毒なお人だ。何もかもなくしてしまったらしいが、わしにはある。胸を張って冥土へ持っていく土産がね。これだ。この手は叶屋を殺った手だからよっ」


 「綺麗な画面作りだなあ」と、むかしは漠然とその美術に感動していただけのシークエンスだったが、このごろになってこの場面が示唆するどんな人生にも普遍的なものがだんだんわかってきた気がする。

 元締・鹿蔵を演じたのは中村玉緒の父であった二代目中村鴈治郎で、第一話を飾る重要な役柄であったにもかかわらず、わずか数話のレギュラー出演で終わっている。

 だが初回のわずか数分の演技で、必殺シリーズすべての中でも名場面とされるシークエンスを創造してしまったのは、上手いというのを通り越してなにか神懸りなものを宿らせたような、そんな畏怖の念を僕は感じている。

 
 TVドラマや映画を見ても、最近は実存的な苦悩に訴えかけてきてくれるようなこういうものに、まったく出会えなくなってきている。
 僕の感性の感度が鈍ってしまったのか、僕が求めるようなものが世間には需要がないのか、それとも僕のような悩み方を可能にするほど人々がヒマではなく、もっと現実の方が殺伐してるのか。
 いや、そういう考え方を組み立てるのは、やめておこう。

 今日もとにかく、命を永らえた。

 意義があろうと無意味であろうとも、過ぎていく時間の積み重ねだけが事実である。時間が終わっていくことが絶対的であるこの世界のなかで、意義とか無意味とか、どんな感じ方も相対的な価値以上のものではない。

 もし死ななかったら、香港に行って、もう一度メイ・ティンに会おう。

 そんな確率の低い予想で日々を戯れに埋める程度でも、人生の一部は成就する、そう思い込んで、また、明日。

 



Isolation, Confusion, Love Adiction and Suck and Me

Posted by Hemakovich category of Mind on


20140421-4hema.jpg



 大阪でストーカー殺人事件があったが、先日朝日新聞で精神科医が犯人の人物像からストーカー心理を解説する記事があった。

 ストーカー、凶行の兆候は 大阪の殺人、精神科医が分析 - 2014年5月12日05時30分


 今日はひどく気分が悪い一日だったのだが、抑うつ状態の合間にこの記事のことを思い出して、余計に苦しくなった。

 この記事の全文を読んで、この犯人の心理の6割ぐらいは理解できる思いがあった。なぜなら今よりずっとずっと若い頃、僕もストーカー行為と判定されるような行動を取った経験があったからである。

 僕が犯人の心の内から理解できないと思った4割の部分については、たぶんそれは相手に対する殺意とか無理心中のような誘惑の有無の部分だと思う。
 僕は自分の未来を自ら破壊してまで相手の未来を奪おうとするような欲望は起こらなかった。

 だがそれ以外の部分では、犯人の感情が自分の感情として理解することができてしまったのである。このことは僕にとって案外と衝撃的な事実であったようだ。

 今日、気分が悪いときに僕が想像してしまったのは、この犯人と同じ歳くらいになったときに、自分の身辺がどんなふうに変わってしまっているだろうか、そういうことだった。

 むかし主治医に、「ストーカーしてしまうかもしれないと恐れてるぐらいなら大丈夫ですよ、本当にやる人は恐れる前に行動してますから」と言われたことがある。
 ただ、抑うつ的な頭の中で考えたのは、人間は条件さえ揃ってしまえば、簡単に状況へと押しやられてしまうんではないか、ということだった。

 
 もしストーカーやら加害的愛憎の方へ流されないとすれば、そのかわりに自殺の方に向かってしまうかもしれないとも考えた。
 身近な関係の中に実際にそういう例があった。かつて僕はそれらの心理も十分に理解してしまうことができた。

 
 なにがどうして、そういう破滅的な結末ばかり考えてしまうのかというと、それは抑うつ状態だったからという大きな前提があったわけだけれども、「孤独」と「年齢」と「痛み」や「情愛」が比例して絡まりあって時間が過ぎるということは、僕のような人間にとっては決定的なカタストロフが常にイメージとして頭の中に横たわって動かない、という現実があるからである。

 つまり、やがて訪れる、致命的な隔絶。



 話は転じて、Interpalsについてだが、最近どうもこれに毒されてしまっていて、自分がどうもconfusionしてしまってるように思えて、あんまり良くない。


 主治医には「利用してやるって思いでやれるならSNSは利用できる代物だ」みたいなことを言われたことがあった。

 最近、持病の気分変調症による対人障害のメカニズムが自己認知できるようになってきたので、自分と相手を試して遊んでみるつもりでやっていたら、自己認知に限界が生じてきてしまった。

 ネットで出会った英国人少女に言わせれば僕はLove adictionを持ってるカサノヴァみたいな人間だそうなので、遊んでいるつもりであっても、どこかで狂いが再開するのかもしれない。

 「僕が誰かを愛することなんて、しょせんはLove adictionかもしれないよ」とメイ・ティンに言うと、彼女には「全然意味がわかんない」と返された。
 ミラン・クンデラの愛読者で、是枝裕和の映画に希望を見出すような彼女だから、きっとメイ・ティンにはアディクションなんか無縁で、本当か、本当じゃない愛しか彼女の中には存在しないのかもしれない。


 以前、このブログにも書いた日本マニアのフランス人少女に「最近の日本に僕は失望してしまっている」というと、「日本に失望するくらいならフランスでは生きられないよ」とからかい半分みたいな調子で冷やかされる。

 たぶん冷やかしだったんだと思うのだが、真面目に突っ込み返すと、本当に自分はそういうふうに考えてる、「日本での生活はフランスで生きるよりもベターだ」と主張する。
 以前から彼女の祖国への侮蔑が青臭く感じられて疎ましく思っていたから、「たった一分間でも日本で生きたことがないお前に、なんで日本よりフランスの方がいいなんていう比較が可能なのか?」と徹底的に問い詰めた。

 彼女はいつまでもどこまでも、フランスへの汚い悪口しか僕に対する反証を提示できなかった。英語が苦手なくせに、やたら“suck”を連発しながら祖国を誹謗する。

 前にポーランド女性のことをここで書いたけれど、ヨーロッパの、ある特定の性格を帯びた若い女たち(男もそうかもしれないが)は、欠落した部分を論理的に埋め合わせて相手に納得させるという極めて西洋哲学的な方法を行使できなかったりする。
 フランスで高等教育を受けているということがどれだけの知的スタンスなのか知れないが、ほぼ“suck”オンリーで、僕の与えた命題に対してディベートみたいな感情的やり取りしかできない、日本の大学生でもそんなアホはやらないんじゃないかと唖然とさせられる。

 「天賦人権論を否定しようとするような国を、基本的人権の発祥国で生まれた君はあえて選ぶのか?」と質すと、「ああ、そういう国が大好きだ。あなただってそういう国でも愛国心を感じてしまうって言ったよね、だからこんな無駄口はもうおしまい」と捨て台詞のように“suck”されたので、それでぜんぶ終わる。

 2年程度、この人にかかわってきた自分はどこまで“suck”だったのか。いや、すべて、そんなものは、ネットがもたらす擬似的なフレンドシップであって、不確かさを泳いでいるだけに過ぎないのかもしれない。


 「あなたはネットで何かしらの人を探してはいけない。不確かさの中で戸惑うだけだから」と、ロシア人の高校生に冷静に言われる。


 まったくそのとおりだろう。


 でも、なにがどうやって、本当の何かがあるように見えてしまうのだろう。


 仲良くなって、スカイプで話す、「あなたと話すのが好きだ」と言われ、自分もむかしからずっと友達だったかのように思えたりする。

 でも、なにかが嘘くさい。

 嘘くさいどころか、物事の始まりと終わりまでもが、始まった直後に全部透けて見えてしまう。

 Interpalsでconfusionする“suck”である僕と、水商売のお姉さんに現実離れしたところまでトチ狂う無理心中妄想のオヤジとの間に、どれだけの距離があるというのだろうか。


 最近フォトコラージュを作っているときによく聴いている80年代のキング・クリムゾンだが、このごろこういう心境になって、「“Hearatbeat”って、こんなに切なくて、優しい曲だったのか」と、思わず慰められるようにしながら自分の心の内のように聞こえてくる。

 高校時代、初めて聴いたときは「なに、この捨て曲」って程度だったのにさ。


   田村隆一の詩を教えてくれたイメンの言葉を思い出す。

   行ったこともない彼女のいるチュニジアを思う。

   
   彼女の言葉の中から、切羽詰った現況からの救いを思い、切実な“Heartbeat”に寄り添おうとする。


i understand hemakovich-san, but don't worry! i want to be your friend and i think friendship is more important than love and lasts more

you know? i used to have love addiction

and get easily attached to anyone

but i understood

that it's because we feel lonely

and want to share our life with someone

so anyone would do

i don't want you to worry, and i want us to enjoy our good friendship

hemakovich-san, i promise you you won't loose me as a friend



 僕は、無垢で無邪気なままに、そこへ入ってゆきたいと思った。

 でも、無垢であることが怖いと思った。そして、無垢を、僕は否定し切れない。



 そうであることが、人にとって、幸せなことなのか、不幸せなことなのか、僕にはわからなかった。





他にどんな人生が在りえたというのか

Posted by Hemakovich category of Mind on


20140129hema.jpg



 自分の病気に関してブログに書いたりするのは、他人からしてみればどうでもいいことだろうと思うので、あまりこの話題に触れないようにしている。

 だがネットサーフィンをしていて、今日思いがけない「発見」をしたので、備忘録代わりにそれを書き留めておきたいと思う。


 僕の精神障害は「うつ病」ではあるが、うつ病と一口で言ってもいろいろな分類がある。

 主治医からは、もう何年も前から言われてることだけど、ICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)に照らし合わせるならば、僕の正式な病名は「気分変調症」である。

 気分変調症というのをネットで検索すると「ディスチミア親和型」だとかいう言葉が現れて、生来わがまま勝手な人間が罹るような、いわゆる「新型うつ病」として説明されていることが多い。
 だがそれらは悪質なデマであり、不当な貶めであるので、気分障害を知らない人はこれらの情報を信用しないようにして頂きたい。

 「新型うつ病」とか「現代型うつ病」というのは一部の精神科医が提唱しているものであって、精神医学界で認められた疾病ではない。ICD-10にもDSM-5(アメリカ精神医学界のガイドライン)にもそのような定義は存在しない。海外で広く見受けられるような病態でもない。

 まずそのことをはっきり断言しておきたい。


 では、気分変調症とはどういうようなうつ病なのか。

 説明するのは非常に難しい。明確に言えるのは、普通の一般的なイメージとしてある「うつ病」とは違う、それだけのことしか言い表せない。

 昨夜ふと何かの拍子になんとなく久々に自分の病名を検索してみたら、「まさに自分自身のことを言ってるんじゃないか」というぐらい的確にそれを述べられているサイトを発見した。


 性格と間違われやすい「慢性のうつ病(気分変調性障害)」について - 対人関係療法による治療

 まさにこのサイトのタイトルが、この病気の事実の半分ぐらいを端的に説明している。

 よくうつ病に対して「こころの風邪」という比喩が用いられるけれど、気分変調症というのは僕に言わせれば、「こころの糖尿病」だと思う。
 つまり、病名そのものが具体的な病状を示しているわけではないが、慢性的な疾病であり、他の直接的な病気を併発しやすいリスクを抱えたものであり、気分変調症というのはそういう意味で糖尿病みたいなもんだと感じている。

 そして普通のうつ病と完全に異なるのは、劇的に病気が始まるわけではないということ。

 思春期だとかにひっそりと発症するもので、それが成人になっても持続してゆくものだから、多くの場合、「病気ではなくて性格の問題」ではないかという受け取られ方をされたり、人格障害と「誤診」されてしまったりすることがある。

 うつ病というのは病気前と病気後では「自分が変わった」というのは顕著に分かるらしいが、僕にはそういうものがあまり明確に感じられない。「憂鬱な気分」とか「不安」だとかいうものが切れ目なく、ずっと続いてきて、それのどこまでが「性格」で、どこからが「病気」なのか、それが判別できない。

 けれどこのサイトによると、気分変調症は性格ではなく、治療可能な病気であるらしい。

 詳細なことはこのサイトに全部書かれてあるけれど、僕が今回新鮮な情報として取り分け目を引いたのは、次のような事柄である。

『慢性うつ病の精神療法』の著者であるマカロウは、慢性うつに陥っている人に特徴的な現象として、対人的認知に関わる思考が、通常の因果的系列を構成しないことを指摘しています。たとえば、慢性うつ病(気分変調性障害)の人はある出来事から、読唇術的に他人の思惑を勝手に読み取り、"自分が特別に否定されるべき存在だ"というような客観的視点からかけ離れた結論を導き出す傾向にあるといいます。
マカロウは、このような特徴をピアジェのいう『前操作的段階』、つまり他者の視点・立場から物事を考えることが難しい、客観的根拠のない直観的思考の段階にとどまっているといいます。

このような『前操作的理論』と関連しているのが、慢性うつ病の人に特有の認知の枠組みで、常にそれを通して世界を見る「すりガラス」のように、頑迷に保持していると言われています。その結果、さまざまな出来事は、結局この「すりガラス」の正しさを裏づけるものとして彼らの前に立ち現れることになります。それどころか、彼らは、実際の対人関係がこの「すりガラス」を裏づけることになるように自己と他者にひそかに圧力を加えてさえいるといいます。

慢性うつ病の患者は、常に抑うつ的なわけではありません。あたかも非連続的な段差が存在しているかのように急に深い抑うつの中に陥ったかと思うと、いつの間にか元の状態に戻る、という変動を繰り返しています。このような変動が、双極性に見えなくもないわけです。

周囲の出来事や彼ら自身の思考が独特な認知の枠組みに関わる内容(=「すりガラス」)に触れたときに、カタストロフィックな変化が生じ、「前操作的」思考と抑うつ状態が現れると推測されています。


 対人的認知の中で、読唇術的に他人の思惑を勝手に読み取り、カタストロフィックな変化が生じる。

 この「カタストロフィックな変化」というのは、まさに言い得て妙である。この言葉を目にしたとき、「俺の人生のすべてではないか」という感じで、言葉の写実の力を久しぶりに思い知らされた。

 じゃあ、具体的にはどういうことなのか。

たとえば。
ある女性Aさんは、最近太ったのではないか?と一日に何度も体重計に乗っていました。
体重は正常でも日内変動がありますけど、体重計の針が朝より増えていたとき、Aさんは愕然として、彼氏のBくんに聞きました。

A「私、太ったでしょ?」
B「そうかなぁ?変わらないけど。」
A「うそっ!太ったでしょ?!」
B「見た目は全然変わってないよ。」
A「だって体重が増えてたのよ!」
B「ほんの少しだろ?太ってないってば。」
A「でも体重が増えたってことは太ったってことよ。」
B「うるさいなぁ。太ったって言って欲しいの?」
A「やっぱり太ったんだ。。。私、もう死にたい。。。」


独特な認知の枠組みである「すりガラス」の正しさを裏づけることと、対人操作という圧力ってこんな感じです。わりとよくある話と思いませんか?

却説(さて)、このような認知の枠組み(すりガラス)と社会的同一性の獲得には関係があり、彼らの独特の世界観が、社会的同一性の獲得・維持を押しとどめていたり、阻害していたりする場合が少なくないといわれています。


 ちょっと例が大雑把過ぎる印象は拭えないが、大体まあこんな感じなのである。僕はこれまでの人生で、このような類の思考パターンでもって恋愛を幾つも自滅的に破壊してきて今に至っている。

 気分変調症の人たちには、僕のように疾病が関係して独身であり続ける人も多いらしい。


 「カタストロフィックな変化」という表現に僕が反応させられたことには、単純な理由が存在する。大学時代に自主映画を作っていたころの作品の一つに『カタストロフィ』と名付けた映画があったからだ。

 そのタイトルは詩人の伊藤比呂美の作品名から拝借したものなのだが、僕がこの言葉を自分の映画のタイトルに引用したのは、当時の僕の日常における、僕の心理的な風景のパターンとそれによる結果のすべてを総称しているような、そういう決定的な意味合いがこの言葉から感じられたからである。

 『カタストロフィ』という映画は幾つかの自作の中で、一番気に入っている映画なのだけれど、それは僕がそれまで辿ってきた乗り越え難い「隔絶」のようなものを、露骨な骨組みのままで曝け出した作品であったからだろう。

 「難解な映画だ」といろんな人から言われたりもしたけれど、それは僕が自分の乗り越え難いものを「説明」せずに「造形」したからである。
 変な言い方だけど、この『カタストロフィ』を見れば、僕のことが全部分かってしまう、それぐらいシンプルな作品だと思っている。


 それで今回上記のサイトを見て思ったのだけれども、僕はその『カタストロフィ』という映画の中で、まったく意図して造ったわけではないが、これは「気分変調症患者の人生」を描いたような自作だったのではないだろうかということだった。

 あの当時、僕は自分自身に起こっていることを全然客観的に理解することが出来ずに、盲目的にもがき苦しんでいたけれど、あれはぜんぶ、気分変調症の表れのすべてであったのではないか。
 僕はそれを客観的な概念として識ることはできなかったけど、僕は自分の気分変調症が織り成す世界観を、病に振り回されながらも必死で言い表そうと詩や映画を作っていたのではないか。

 そんなことに思い至ったわけなのである。


 長い年月の結果として、僕は自分なりのペシミスティックな世界観や、人生に対する自分なりの諦観を築いて、ここまでの現在に至っている。

 僕はそれを自分の性格に由来するものだと考えたことは一度もない。

 いろんな人と出会って、いろんなものを見てきて、その結果として僕が辿りついた結論、相対的な真理の一つのようなものと考えている。

 でも、もしその世界観や諦観が一つの疾病によって導き出されたものであるならば、僕はこれまでの人生のいろんな場面を検証し直して、軌道修正すべき部分を必要とするのだろうか。

 もし、いつの日か、僕の疾病が僕自身の客観的な考証によって翻されるべき結論が生じてきたとするならば、そのとき僕にはどんなものが見えてくるというのだろうか。


 たとえ、僕が長い時間をかけて考えてきたことには疾病の影が彩られていたのが事実だとしても、僕は今まで見てきた自分以外の姿を想像できそうにない。

 他にどんな自分が在り得たのだろうか。

 そんな本質的な問いを、悩まない程度に想像してみたい、そんなことをこの人生で初めて思ってみたのが昨夜の出来事だった。





All my fortune in this naked body

Posted by Hemakovich category of Mind on


20131113-2hema.jpg



 気温が急激に低くなって、抑鬱に陥りやすくなった。

 土曜日に疲労を感じて、日曜日に易怒性が敏感に現れ、月曜以降に易怒性の影響による抑鬱が始まり、水曜から木曜辺りまで深刻な無気力・極度の疲労感が続く。

 最近の抑鬱パターンはだいたいこんな感じで、10月に一度抗鬱剤を減薬した時期からこのパターンが2週間置きぐらいで反復して現れる。

 たぶんこれは冬季うつに間違いないと思うが、ここ近年の冬季うつと比べれば、かなり重症の部類に入る。去年までは仕事をしていたからこれほどの重症は免れていたか、もしくは誤魔化して過ごせていたのだろうが、今は無職状態だから冬季うつも重症化する。

 かといって、いま仕事を始めたら冬季うつが軽減されるとは考えにくい。いずれにしろ、休職状態の解除は冬を越してからになるだろう。今はともかく、客観的に自分の抑鬱パターンを観察して、観察という行為によって余計な負のサイクルに認知が歪むことだけを避けて過ごさねばなるまい。


 冬は大嫌いである。もし移住が可能ならずっと夏ばかりの国の方がいい。

 いま、こうやって、ずっと長い時間パソコンの画面を眺めているのだが、抑鬱という事実を認識すること以外、なにも思い浮かぶことがない。刺戟に鈍感で無気力・無思考であるのだから当然ではある。だがブログに書く言葉すら何一つ浮かんではこない。

 政治とか社会現象について認識はあっても思考が反射することはない。YouTubeでこんな動画を見たとか、こんな音楽を聴いたとか、そういうのをランダムに書き連ねることすら無意味に感じられる。そもそも音楽とか抑鬱時に聴くことなんかそれほどできない。

 新聞を読んだり、くだらないネットサーフィンをして、くだらない時間の潰し方をしているのだけど、情報が多すぎるとすぐに疲労を感じる。そうすると睡魔がやってきて、僕をベッドの上で死人同然のような石ころ状態に陥らせる。

 食欲はまったく訪れない。そのかわり睡眠前に抗鬱薬のリフレックスを飲めば、副作用でものすごい食欲に襲われる。寝る前にバカ食いする。そうすると胸焼けが怖くて、胃腸薬を飲んで寝るしかしょうがなくなる。まったく馬鹿げている。

 
 抑鬱状態のときの自分は、「生きる」ということが剥き出しになった姿のように思える。

 たとえ希死念慮が訪れたとしても、だらだら生き延びるのである。ボロボロの球体人形のようなろくでなし状態であっても、ともかく生きている、生きようとするのである。

 どこに向かっているのか分からなくても、とりあえず生きるのである。無生産の無駄な有機物と成り果てても、ナメクジのように横たわったまま、無意味に意図もなく、生きる。

 剥き出しに生きるということは、生きるということ以外、もはや意味するものがないということである。生きることに主題など無く、生きることに目的が無く、生きるということが在る、ただそれが意味も無く、在る、そういうことなのである。


 生きることに苛酷さを感じるとき、それは剥き出しに生きているということである。

 だが不思議なことに、その苛酷さの中に在るということが、一番自分の本来性を見るような思いがするときがある。

 これこそが自分なのだと、訳もわからないまま、そのために生きているという無茶苦茶な定義、そんな本来性が、ふと気がついたら訪れている。

 僕の苛酷さや苦痛には使命もなく、殉難ですらない。

 だが、「このような人生を引き受けている」という一点において、本来性が生じる。

 僕だけではなく、たぶんそれが人が生きていく上での普遍的な事実なのだろう。





この辺境、惰性の慣性、意味という確証のない病

Posted by Hemakovich category of Mind on   0 comments   0 trackback


20130724hema.jpg




 参院選が終わる直前に、できるだけ情緒を刺戟されずに自分の大事な一日を生きていこう、というようなことを、漠然とながらも思いつつ、そうしようと思っていた。

 だが何事も理性的で少しの情緒も平坦であろうとするならば、それはそれで無感動というか無感覚を呼び寄せて、案外苦しいものだ。


 イギリスの王室で子供が生まれたらしいが、英国人がなぜあれほど熱狂できるのか理解し難い。ましてや、なぜそんなことが日本のニュース番組のトップで報道されるのか、なお理解し難い。

 みんな他に感情を燃やしたり、自分のことでいっぱいいっぱいになるような充実感がないのだろうか。

 もしかしたら、ああやって一つの慶事を皆で共有し合う行動の中に自分を充実させられているという確証が得られる気分になるのかもしれない。


 英国の王室のニュースにしろ、参院選にしろ、なんとかミクスにしろ、田舎の辺境で生きて、ツイッターもLINEもやらず、フェイスブックはプロフィール写真すら載せずに放置し、ネットを開けばこのような憂愁の色に閉ざされたようなところで、取り立てて必要のない文章をつらつら積み重ねている僕にとっては、僕以外のどこかに僕が嫌悪するような世界があって、僕だけがこの辺境で虚無僧のように戯れに音のない尺八を吹きながら流離っているようにすら思える。


 最近、夢の中に加藤和彦と安井かずみと中丸三千繪が出てきた。

 どうもその夢が気になって仕方なかったので、いろいろネットを巡っていたら島崎今日子が著した『安井かずみとその時代』の感想ブログに行き着いた。
 
 それを読んでいると、どうも苦しくて。自分の人生のこととか考えてしまって。

 人と強烈に結びつきを持ってこれ以上ないくらい濃密な人生を生き切ることも羨ましいのだが、濃密に繋がっていないと一人の人生が完結しないというのもとても苦しそうで。

 僕なんかは誰かと繋がることが非常に苦しいので、むしろ誰とも繋がらなくても自分がどこまで孤独に耐えうるかを修行するみたいな実験をしている。だが時々、濃密に人と繋がって行くところまで行き切るような人たちが羨ましく思えたりもする。

 誰かと繋がらないまま、僕はもはや成す術もなく、唯一つの自分の人生の事業を成し遂げられたなら、もういつ天に召されても構わないと思っている。
 でも僕はやるべきことの周辺をなぞるだけで、少しもそれを始められずに、時間を無駄に貪って惰性の慣性に日々を任せてしまっている。


 いっそ、英国王子が子供を抱いて病院を出る場面に心躍らされるような人間で在れるなら、どんなに楽なことだろう。

 何もかも「なかったこと」にして、誰でもいいから他人の人生の中に自分の人生を投げ込めたら、どんなに何も考えずに生きられることだろう。


 いったい、僕が選んだ、選び続けているこの人生の中に、意味なんてあるのだろうか。無意味なままに時間だけが減り続けていくだけなのだろうか。






そうか・・・・・・。僕って情熱的な性格だったんだ

Posted by Hemakovich category of Mind on   0 comments   0 trackback


20130706hema.jpg




 嫌になれば日本人をやめればいいんだと思ったので、そういう感覚を思い描きながら、ここ数日暮らしてみた。

 自分は今は在日外国人として日本に滞在してるのであって、税金を払ったり医療費の公助を受けてたりしているけど、これはたまたまいま現在日本で暮らしているから、受けるサービスの対価として金を払っているのだと、そういう風に考えたりしていた。

 そういうふうに考えてみれば下痢男が参院選で圧勝して、消費税が上がろうと憲法が改正されようと、しょせんは「日本人がバカだから悪いのだ」と思えても、「仕方ない」とは考えなかった。「仕方ない」というのは当事者の感慨であって、外国人には関係ないから。

 一番不思議に感じられたのは、自分を「非日本人」と規定して考えていると、天皇制に対して、なんともなく感じられるようになってきたことだ。

 地元紙に天皇を讃えるような投書が載っていたが、「どうでもいい」というような「除外」的な思考ではなく、「日本人って戦前と変わってないよね、バカじゃねえの」というような侮蔑的な思考が働いた。

 日本人である意識が根底にあると、天皇制というのは無意識に抑圧として作用するか、「考えないでおく方が楽」というような、何かしらのひっかかりとして常に考えてしまうようである。
 だが「日本人をやめればいい」とするならば、神聖性が途端に消えてしまって、「万世一系とか信じるのってアホじゃねえの」というか、自分より無条件に上の位に人がいる抑圧感がなくなって、なんとなく気が楽になったりするものだ。

 つまり、少なくとも僕の場合、日本人が日本人であることを否定すれば、天皇制など真っ先にくだらない対象に陥るという限りの存在なのである。


 京都や奈良の伝統的な神社仏閣が消失しようと、歌舞伎とか能だとか伝統芸能がなくなっても全然かまわない。それぐらいのものだから、天皇制がなくなったって、日本人をやめてしまえば全然僕には関係のないことなので、困るものでもない。

 神道だとか浄土真宗や、「もののあわれ」だとか、一斉に消えちまっても全然okeだと思う。


 もしも僕の中で最後まで日本人としてのアイデンティティが残り続けるとするならば、そんな抑圧的伝統とはまったく別種の事柄であるだろう。

 仮に僕が外国で暮らしているとして、沖縄での米兵の性犯罪だとか広島・長崎の原爆投下を外国人が「しょうがない」とか正当化したりすれば、絶対に僕は相手を許さないだろうと思う。




 昨日だっただろうか、親が見てるBS民放の歌番組にテレサ・テンの映像と一緒に、「時の流れに身をまかせ」が流れてきた。

 ふっと、大学時代に医大の精神科に入院したときのことを思い出した。


 僕はテレサ・テンのことはよく知らないし、彼女の他の曲も関心がない。でも「時の流れに身をまかせ」だけは好きで好きでしかたないのだ。

 精神科に入院していたとき、毎週月曜日だっただろうか、レクレーションでカラオケ大会をやっていた。

 当時は「歌を歌う」とかできる状況ではなかったので、看護師に薦められても絶対に歌わず、他の患者さんが歌っているのをただ聞くだけで時間を潰していた。
 なぜかよく分からないが、「時の流れに身をまかせ」は患者仲間の中で人気曲だった。毎週誰かが必ず歌っていた。何回も聞いていたので自然と僕の中にこの歌が入ってきて、病室でベッドに横たえながら、ふと何気なく口ずさんだりしていた。

 入院生活が一ヶ月以上経ったころだっただろうか、ようやくいろいろ考え事をしたり、患者仲間と普通に言葉を交わしたりできるようになってきた。そんなころのカラオケ大会で、初めて僕が歌った曲は「時の流れに身をまかせ」だった。

 あんまり歌詞を意識したりしていなかったのに、自分が歌うとなると歌詞の言葉の一つ一つが身に沁みこんでくる。最後まで歌い終えたとき、ものすごく気分が上気していた。

 みんなが拍手してくれて、司会進行役の看護師さんが「この歌を選ぶなんて、S君は情熱的な性格なのかな」とおどけて冗談を言ってきた。


 「そうか・・・・・・。僕って情熱的な性格だったんだ・・・・・・」 

 情熱的、という言葉が、「自分のための形容詞」だと、以来ずっとそう思うようになった。


 大学病院に入院したのは失恋が原因だった。生まれてこのかた、「こんなに好きになったことはない」という人との恋愛が消えて、「歌を歌う」なんて状態がありえないぐらいになって、僕は閉鎖病棟に入った。

 僕は情に脆いし、「好きになったら必ず負け」の立場に立ってしまう人間だった。すごく相手に優しくなるけれど、相手に対する思いが強すぎて、そのために相手を困らせてしまって、だから自分の思いの強さがどうしても許せないと考え続けてきた。


 でもカラオケ大会で「時の流れに身をまかせ」を歌って、「情熱的な性格だ」と冗談めかして言われただけで、「情熱的なのだったら、仕方がない」と、ふっと自分の性を受け入れてしまえるような思いになった。

 
 もうあれから10年以上経って、いろんな感慨深く、昨夜はYouTubeでこの歌をずっと聴いていた。

 テレサ・テンってすごく日本語上手いけど、サ行を発音するときに少し訛りが現れる。それが艶に感じられて、ふっと切なくさせられる。


 「綺麗になれたそれだけで いのちさえもいらないわ」だなんて、今では絶対にそこまで人を好きになることはないけど、自分の人生の一時期、そういうものがあったんだ。
 いっぱい苦しんだけど、捨て身に人を愛せるような時間が確かにあったことが、今では財産であるように思えた。


 「いまも あなたしか 愛せない」と、戯れに口ずさんでみた。ほんの戯れだ。







そのうち「うつ病でやせるダイエット」についてでも書いてやるよ

Posted by Hemakovich category of Mind on   0 comments   0 trackback


20130504hema.jpg



 3日の明け方ぐらいから物凄い抑鬱が久々に襲ってきた。

 先週から作業所関係の出来事ですごいプレッシャーを抱えていて、気を強く持って大きな決断をした。毎日神経がピリピリと張り詰めて四六時中思考していた。だから久々にこれほどデカい鬱が襲ってきてもまったく意外ではない。

 日本ハムの試合映像を見たりとかリタ・ミツコを聴きながら、なんとか押しつぶされる気分を誤魔化そうとする。だが刺戟を加えてみたところで、明け方や翌日の夕方になれば、また同じ気分が玄関を叩くようにして身体の中に入り込んでくる。見えるものは、みな、悲観の入り口だ。

 躁鬱病だったといわれるチャーチルは鬱のことを「黒い犬」と呼んでいた。「黒い犬が立ち去るのをじっと耐えて待つ」と抑鬱状態を表現していた。つくづく上手い表現だと思う。
 「黒い犬」は寄って来るのではないから、噛み付かれるわけでもない、ただ、じっと、そこにいるのである。「黒い」っていうのは、別に「赤い」でも構わないような気もする。「黒い」っていうのは単純に「形容のなさ」を表現するのに「黒」が一番使いやすいからかもしれない。

 形容とか説明だとか、そういうのがどうでもよくなったら鬱の傾向である。自分が伝えることに全く意味を見い出せないどころか、「どうでもいい」のである。
 気晴らしに何か映画を見たとしても、感想とか「どうでもいい」のである。他人に言い表したい自分の中の刺戟があったとしても、それをブログで3行ほど書いたところで、無価値に思えてきて、削除する。感想が無価値なのではない、自分が繰り出す言葉が無価値に思えて「どうでもいい」となるのである。

 言葉が無価値になるのは抑鬱の重要な傾向である。言葉が無価値になるからこそ、他者や事物との交流が遮断される。言葉は交流の基礎アイテムだからである。
 言葉が意味を持たないから思考が働かないのである。考えるということは言葉によって構成されなければならないからである。

 つまり、言葉が無価値になるからこそ、自分が主体的に無価値に映ることになる。自分以外のものからの反応に作用されず、自分を作用させる作業が失われたら、どうやっても価値ある自分を見い出せない。というか、「生きていない」のである。言葉がないということは「生きようがない」自分の状態が在るということである。

 ヘレン・ケラーが"Doll"という言葉をサリバン先生から受け取ることによって、彼女が啓蒙されていったという事実は、われわれがこの事実を一般的に評価している以上に、人生にとって重要な意味が含まれてると考えざるをえない。

 抑鬱によって言葉が失われるなら、抑鬱を逃れるためには一つの方法しかない。抑鬱以外のものを対象化せず、抑鬱の本体そのものと向き合って、抑鬱だけを対象化することである。抑鬱本体を言葉で言い表そうとすべきなのである。

 だからチャーチルにとって、抑鬱が「黒い犬」なのか「まだらの猫」なのか、それはどうでもよいのである。抑鬱に「黒い犬」という言葉を与えることが一番意味のある行為なのである。

 実際のところ、抑鬱状態が言葉を本当になくすものなのかどうか、はっきり分かっていない。だがそれでも良いのである。なぜなら抑鬱だろうがなんだろうが、なにもないところから「生きている」状態に回帰するには、抑鬱を対象化するしかない。だから抑鬱を定義することだけは、他のどのような絶望的な思考の反復を繰り返すよりは、はるかに意味があるからである。

 だから「抑鬱は人間に言葉を失わせる」という今の僕の定義が間違っていたとしても、それは全然構わないのである。抑鬱が千日来訪すれば、千通りの定義があっても良いし、極端な話、嘘だろうがペテンだろうが、抑鬱を対象化するためには虚言さえもが許されてよいということになる。

 なぜなら、抑鬱であったとしても、ブログは書かないよりも書いた方がマシだからである。

 抑鬱状態でブログを書くなら抑鬱以外のことを語ってはならない。

 抑鬱を語ることのみが、抑鬱状態下における唯一正しい認知であり生産なのである。






PAGE TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。