Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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大人になったら、直情パンクではなく混沌ファンク

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 新しいコラージュの発想も全然浮かばないし、ブログに書くネタも特に思いつかない、政治のことなんか書いてもクソなので、今日は最近偏愛する音楽のことについて触れたい。


 まず、ザ・ポップ・グループの“Where There's a Will”について。

 彼らの曲で最も好きなものを挙げろと言われたら、以前は“Justice”だったのだが、今は断然この曲なのである。

 数ヶ月前から重宝して利用している音楽サイトGroovesharkで、僕はこの曲を再生リストに入れてなんとなく「いい曲だ」と聞き流していた。
 だが最近になって、過去にベルギーの“Generation 80”というTV番組で彼らが“Where There's a Will”を演奏している(エアだが)のを見て、完璧にこの曲に取り憑かれてしまった。

 ちなみにこのベルギーの番組ではキリング・ジョークだとかスリッツだとか、やたらオルタナティヴなバンドばかり取り上げて出演させている。
 だが、ポップ・グループの演奏映像が断トツにかっこいい。
 軍服を着たマーク・スチュワートやメンバーたちのアクションもさることながら、彼らのパフォーマンスをシルエット映像にしてバックに投影させている演出が実にクール。なんてこともない演出なんだろうが、僕はこういう金のかからない範囲で最大限に魅せるニッチな工夫には敏感に反応させられる。

 歌詞の内容なんてネットで調べても分からず、ポップではないポップ・グループの曲の中でも、名前も挙がってこないレアな曲なのだろう。シングルでの発表当時、アルバムにも収録されなかった。

 でも、彼らの作った曲の中で、一番「踊れる」という意味でファンキーで、かつ攻撃的に感じられるのは僕にとって“Where There's a Will”なのである。

 ポップ・グループといえば、“Y”と、“For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?”の2枚のスタジオアルバムしか残していないが、僕は断然、混沌じみたファンクが顕著である後者派で、“Where There's a Will”もその系統に位置づけられるナンバーであり、彼らの編み出したファンクの最終完成形とも呼びうる代物だと思う。
 (余談ながら、“For How Much Longer”は今でさえ入手困難なアルバムだが、僕は20年ほど前に限定販売されてなんとか購入したものを、大学の友人に借りパクされてしまったという無念な思い出がある)

 アマゾンのレビューでも誰かが書いているが、とにかく腹が立つこと、政治だとか社会的不条理にぶつかって、なんとも晴らしようのない怒りに燃えたら、とにかくポップ・グループを聴くべきである。
 僕なんかは、最近アベゴミクズの下痢野郎の顔なんかをTVで運悪く見てしまったら、その不浄感をポップ・グループを聴くことで殺菌している。

 十代の頃なんかはセックス・ピストルズやクラッシュを聴くことで発散できたものも、三十代過ぎると、パンクでは薬効が足りなくなってしまう。
 大人になったら、パンクではなくファンクなのである。
 それも、ポップ・グループのようなミクスチャーな混沌ファンクでなければ駄目なのである。

 彼らの音楽について、ある程度インテリジェンスな論説で理解したいと思う人には下記のサイトを推奨したいと思う。主だった代表曲の訳詩も紹介されている。

 訳詞と考察 ‐ The Pop Group/Mark Stewart






 アビー・リンカーンの“For all we know”について。

 詳しいことは知らないが、この曲は有名なジャズナンバーであるらしくって、有名どころではナット・キング・コールが歌ってたりしている。
 だがこの曲を聴くときは必ずアビー・リンカーンのバージョンだと決めている。アビー・リンカーンなんて全然知らない人だし、彼女の他のナンバーは一曲たりとも聴いたことがないのだけれども。

 この曲を初めて聴いたのは、ガス・ヴァン・サント監督のデビュー作『ドラッグストア・カウボーイ』を見たときである。

 この映画、実に選曲のセンスが最高の映画なのだが、僕は長い間、この映画に使われた曲名やミュージシャンの名前を知らないまま、十数年過ごしていた。というのも、『ドラッグストア・カウボーイ』のサントラCDは(どうやら)日本では発売されなかったらしいからである。

 高校のときから何回もこの映画を観るたびに、最後のエンドクレジットをブラウン管に目をくっつけるように注視していたのだが、字が小さすぎて全然読み取れなかった。
 21世紀になってインターネットでなんでも分かる時代になり、あるとき、この映画の英語解説サイトを閲覧してみたらあっという間にすべてのサントラの曲名が分かって、それをYouTubeにコピペしたら拍子抜けするほど簡単に長年焦がれた曲が聴けたので、驚愕させられた。まったく、良い時代になったものである。

 主題歌であるデズモンド・デッカーの“Israelites”もそうだが、この“For all we know”も、映画の中でラストシーンや主人公のマット・ディロンがヤク断ちをして堅気の暮らしを始めるシーンなど、良い挿入がなされている。
 高校時代からずっと忘れられないほどにまで恋した曲で、今でも折に触れて、頻繁に聴いている。

 最近は、近頃ハマってるブラックニッカ・クリアなんかをハイボールで飲む深夜に、つまみのチョコレートをかじりながら聴いていたりすることが多い。

 世間の洋楽ファンが一人で夜中に洋酒を飲んだりするときには、ウェットが好きな人ならチェット・ベイカーとかビル・エヴァンス、ルーズ志向の人ならルイ・アームストロングやトム・ウェイツだとかを聴いたりするのが、たぶん定番であるように想像したりする。
 だがウェット型の僕の場合、日頃大好きなトム・ウェイツの1stアルバムとかカウボーイ・ジャンキーズの『トリニティ・セッション』を飲んでるときに聴いてしまうと、なんかどこまでも酒の方に飲まれ、抑うつが発生しそうな不安を感じたりする。
 (それでも大学時代はアーリータイムズを飲みながら『トリニティ・セッション』を聴いて、失恋の痛みを慰められる毎日があったものだが)

 “For all we know”も随分ウェットで、外国のチョコレートみたいに甘すぎな曲だと思うのだが、これを飲んでるときに聴いても憂鬱に塞ぎ込まされそうにならないのは、やはり『ドラッグストア・カウボーイ』での印象と、アビー・リンカーンの歌声に拠るものなのだろうか。

 映画のラストシーンで「生きていたい・・・・・・」とマット・ディロンが呟くシーンと、そのバックで流れるこの曲の主題のようなものは、互いに呼応しあうように完全に調和している。
 ラストシーンにこういう内容の歌詞の曲を持ってくるのは幾分ベタ過ぎるようにも思えるのだが、ガス・ヴァン・サントの8ミリハンディカメラの演出、それと歌の内容を自分とは突き放すように歌うかのようなアビー・リンカーンの雰囲気が、甘くならない不思議な哀愁を生み出すことに成功しているように思える。ナット・キング・コールだと、こうはならないかもしれない。

 哀愁とは本来それを感じようとする者による甘い主観だと思うのだが、ある種類の感性をもった歌姫がそれを語ろうとするとき、哀愁は人間の本性にとって普遍的な存在論を奏でる響きとなりうるのかもしれない。

 Yahoo知恵袋で名もなきの詩人が訳してくれたこの歌詞を眺めながら、僕は今夜もブラックニッカとチョコレートで存在論に思いを馳せることになるだろう。
 
たぶんきっと。

きっと、僕らはもう二度と会わないかもしれない。
君が去る前に、もう一度優しい時間を過ごそう。
僕らは、最後の最後まで、「おやすみ」は言わない。
僕は君に手を差し出す。
そして、その手の中には、僕の愛がつまっているだろう。

きっと、これはただの夢なのかもしれない。
さざ波のように、僕らは出会っては、別れていく。
だから、今夜は僕を愛して。
誰かのために、明日はあるんだろうけど、
明日なんて永遠に訪れないかもしれない・・・・・・きっと。






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ウイスキーでの晩酌の肴にはこれを聴く

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 両親が『マッサン』を見ているとき、少しだけちょろっと一緒に見ていた影響で、ウイスキーを飲み始めている。といってもまったくの初心者なので、国産ウイスキーを銘柄二本しか飲んでいないのだが。

 初心者ながら気に入っているのはブラックニッカクリア。
 特にニッカにこだわったわけではなく、安売りスーパーで635円で陳列してあったから買ったのだが、これが大当たりだった。
 香りも味もすっきりと落ちついている感じがする。ライトな感じで飲みやすい。酔いもそれほど深くなることなく、まろやかな気分で飲める。僕はまだおこちゃまなので、キリンレモンかジンジャーエールのハイボールで飲んでいる。

 もう一つ飲んでるのは宝酒造のキングウイスキー凛。ドラッグストアで、ブラックニッカ並みの量ながら500円台で売っていたので飛びついた。
 香りの方はブラックニッカよりも際立っているのだが、ネットで読んだとおり、ハイボールにした場合に味の方は炭酸の味に消されているようにも思える。
 そしてなにより、これもネットで指摘されているが、ブラックニッカと同じ程度にアルコール濃度が低いのだが、凛の場合、ぐいぐい飲んでいくと、短時間で急激に酔いがまわる。
 あと、ブラックニッカとの比較においてだが、ボトルのラベルのデザインが、どうも、ダサい。

 酒肴はもっぱらチョコレート。安売りのピーナツチョコとショコラの大袋入りを愛好している。

 主治医に聴いた話だが、甘いもの、特にチョコレートのような類は僕のような鬱病患者にとって、脳の疲れを緩和させる効果がある程度期待できるらしい。
 逆に言えば、抑うつ状態のときは甘いものしか脳に働きかける作用がないともいう。昔、TVドラマの『西部警察』で、ヤクが切れたヘロイン中毒の女に寺尾聡がさかんにチョコレートを食わせるシーンがあったが、あれは案外嘘でもなかったんだな。

 ハイボールの知識がまったくない僕がキリンレモンを選んだのは、三ツ矢サイダーやコーラを混ぜるより、ウイスキーそのものの味が感じられる気がしたからだ。
 「大人のキリンレモン」なる商品も出回っているが、こちらの方はレモンスカッシュの味が結構強いので、これはこれでカクテルみたいな趣向を味わえる。
 
 ネットでも散見するが、ジンジャーエールはスーパーでもコンビニでも全然売ってなくて、今のところ専門の酒屋でしか見かけたことがない。
 種類についてもよく分からないのだが、カナダドライは飲み始めは少々甘すぎる感じがした。慣れてくると生姜の味が分かるようになって、キリンレモンよりもハイボールには合うように感じられ、今では欠かせなくなっている。


 ウイスキーを飲む時間は、ブログの更新等を含めて、一日のすべての作業を終えてからなので基本的には何もしていないのだが、ひたすら音楽に耳を傾け、聴き入っている。

 もしかしたら、酒を飲んでいるときが一番僕にとって、音楽に浸りうることが出来る時間なのかもしれない。

 少し前にGroovesharkという再生リスト作りに適した音楽サイトを見つけたので、YouTubeよりも重宝して活用している。
 酒を飲んでるときにも、やはりそれに「適した音楽」というのがあって、自分にどういうのが見合っているのか、それがだんだん分かってきた。

 最初はいかにも酒飲みの音楽のようなトム・ウェイツとか、ダウナー系のカウボーイ・ジャンキーズを聴いていたのだが、ああいう情緒が洪水のごとく流れ出るのは、意外と酒に合わなかったりする。
 情緒的ではあるが一定のストッパーが効いてるもの、ある程度のソリッドな知性の部分、飲んでる間も考えさせてくれる作用のある音楽が、僕にとっての酒飲みタイムのBGMに適しているように思える。

 それらの、幾つかの音楽の中で紹介したいひとつは、ノラ・ジョーンズの“Little Broken Hearts”。


Little Broken HeartsLittle Broken Hearts
(2012/05/01)
Norah Jones

商品詳細を見る


 発売当初、初めて収録曲“Happy Pills”のPVを見たときは、全然感心しなかったのだが、最近音楽だけでなんとなく聴いてみたとき、「名曲だ」と思った。

 アマゾンで見つけて、「かっこいいジャケだな」と見惚れて眺めていたら、プロデューサー名にデンジャー・マウスの名前があったので、そりゃ名曲が生まれるはずだと得心した。彼のことはほとんど知らないけど、同じくプロデュースしたBeckの“Modern Guilt”を僕はBeckの最高傑作と評価していたからだ。
 PVなんて割りと当てにならないということの証拠の一例が、僕にとってはこの“Happy Pills”なのだろう。

 どちらかといえばジャズ寄りのノラ・ジョーンズの割には、まったくのロックなのだが、低音の使い方が極めて野太くて、その流れ方が美しく、デンジャー・マウスの特徴がここにも生かされている。
 歌い方もどことなくロックしていて、時折しゃがれ声だったりするのだが、“Say Goodbye”などを聴くと、それが良い効果を生んでいる。
 

 僕が初めてノラ・ジョーンズを聴いたのは京都のショットバーだった。

 そこでは大きなスクリーンがあって、music videoをプロジェクターで映していたのだけど、数年前に彼女のLiveビデオを眺めながらキューバリブレを飲んでいて、いたく感動してしまった。
 当時の僕はビール以外はカクテルしか飲めなかったけど、ノラ・ジョーンズのジャジーなナンバーは、僕の中では「カクテル的な音楽」という感じで、そういうライトな感覚で気持ちよく聴いていたように思う。

 だがアルバム“Little Broken Hearts”でノラ・ジョーンズのキャリアは、かなりの転換期に至ったのではあるまいか。
 太くてずっしりくる美しい低音をバックに、以前よりどことなく奔放というか、以前の自身のイメージを激しく突き放すが如く、新たな音楽的荒野への広がりを見せている。

 前のように伸びやかで丁寧な歌い方ではないけれど、しゃがれた感じで人生の負の部分をも圧倒的な肯定性で物語ろうとする。
 ここにはかつてのような「カクテル的な」緩やかな甘さはなく、これこそウイスキーに見合う深みのある味わいに浸らせてくれる音ではないだろうか、と勝手に僕は独断するのである。

 “Little Broken Hearts”のLive映像などを見ると、デビュー当初のイメージと完全に真逆なほどにポッチャリちゃんになってしまったノラ・ジョーンズ。『マイ・ブルーベリー・ナイツ』に感動した僕の姉などは嘆いているのだが、今ぐらいの彼女の方が僕は美しいと思う。

 ちなみに“Happy Pills”ってのは「鎮静剤」とか「精神安定剤」っていう意味があるらしい。僕はまっさきにあの危険なプロザックを想像したのだが、そういうイメージであの曲を聴くと、ぎりぎりの危うさを力強い肯定性で圧倒させるような、そんな感じの魅力を与えてくれているような気がする。

 最初は「幸せな経口避妊薬」って意味だと思って、なんてすげー斬新なタイトルの曲なんだと驚愕したけれどもね。そっちの意味だったら、なお面白い曲だとも思うけどね。





「チンポの切なさ」に対する敬意と愛としての社会的視線

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 初めて洋楽のラヴソングを聴き始めたころ、僕は田舎の進学校に通う、うぶで純朴な童貞高校生だったから彼女はいなかったけど、好きな女の人はいた。

 うぶで純朴である上に潔癖症でもあったから、クラスメートの女子とは話しかけることも話しかけられることも皆無なほどなかったから、僕が好きになったのは学校の前にあった市立図書館で働いている司書のお姉さんであった。

 必ず一時間が始まる前に窓からダイハツの黒いミラパルコで出勤してくる司書さんを眺めて、放課後はミラパルコの司書さんに会いにいくためだけに毎日図書館に通って、本棚の間をうろうろしながら陰からこそっと司書さんの顔をうっとり眺めるような、僕はそんな田舎の進学校の友達が少なく女子と話せず勉強のできない童貞高校生だった。

 黒いミラパルコに乗っていた司書さんは田舎の商業科高校でよく見かける感じの、ちょっと早熟で不良みたく言われる種類の色気を醸し出す雰囲気の女の子が大人になったみたいなタイプのお姉さんで、そういう色気が普通科に通う純朴な童貞高校生の僕の気を誘ったのかもしれない。
 一度お昼休みの時間に純朴な田舎で唯一カクテルをメニューに出す小洒落たカフェで司書さんを見かけたとき、彼女がタバコを吸っているのを目撃した。僕が今に至るまで喫煙者になってしまったその最初の喫煙の動機は、ひとえに大好きな司書さんがタバコを吸っているのに憧れたからなのである。

 一度に本を20冊ぐらい借りて司書さんの気を引こうと、涙ぐましく精一杯の滑稽な努力を重ねるような童貞高校生だったが、クラスメートの女子とは話せなくても司書さんにはほんの少しだけ他愛のない世間話(「今日は寒いですね」といった程度の)は出来た。だからまったく好意の片鱗すらアピールできなかったというわけではない。

 高校を卒業して県外の大学に進学することが決まって、童貞の僕は一晩かけて便箋30枚くらいのどえらく長文のラヴレターを書いて、司書さんに渡した。
 「最後の思い出づくりのために、一回だけ二人でお昼ご飯を食べてください」と、童貞なりに精一杯の勇気をこめて面と向かって頼んだら、司書さんは大人の女性のはにかみ方で微笑しながら承諾してくれた。

 だが当日になって家に電話かけてきて「ごめんなさい、やっぱり行けないです」と優しくやんわり断られた。理由を聞くと、来月に結婚するからだという。

 失恋と呼ぶまでの大層な体験でもなかったが、その日僕はそういう類の感情のほろ苦さと物悲しさを生まれて初めて味わったのだった。

 前置きがずいぶんと長くなった。

 ここから本題なのだが、僕がカルチャー・クラブの音楽を愛するようになった最初のきっかけは、僕が好きになった司書さんと、 “kissing to be clever”のジャケに写ったボーイ・ジョージの顔が、おどろくほどそっくりだったからである。


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 最近久々に僕の中でボーイ・ジョージがブームになって、往年の名曲をよく聴いている。

 童貞のころに好きだった人に似ているから、というわけでもないが、カルチャークラブはかなり有名でもボーイ・ジョージのソロはさっぱり知られてない日本において、彼のソロアルバムもかなり買い揃えている。

 映画の主題歌になってスマッシュヒットしたジョージのカバー曲“Crying game”を聞いたことがある洋楽ファンでも、「ジーザス・ラヴズ・ユー」といえば、「なにそれ、ジーザス・ジョーンズじゃないの?」って返されるだろうけど、ボーイ・ジョージが一時期名乗っていたソロユニットの名称である。
 知名度の低さに相応してまったく売れず、アルバムも一枚しか出して終わったユニットなのだが、そのなかのシングル曲“Generations Of Love”は、むかしちょっとだけお気に入りだった。

 ニ、三日前YouTubeで“Generations Of Love”のPVの一つを初めて見た。PVはどうも2種類あるらしいのだが、フィルムで撮られたものらしいそのバージョンは今まで部分的にしか見たことがなかったのだが、今回ついにその全編を視聴することができた。

 YouTubeでタイトルに"uncensored"(無検閲、または無修正の意)と添え書きされたそのPVは、僕の中でボーイ・ジョージに対するイメージを少しだけ修正させるような、意外とも思える代物であった。

 ロンドンなのかどうかさだかではないが、ある都市の、いかにもアンダーグラウンドでいかがわしい裏通りの夜の光景を延々とざらついた映像で流し続ける作品。立ちんぼの街娼やら、無表情のホームレスやら、プラカードを持った宣教者、警官、喧嘩する女たち、ファーストフード店で働く東洋人、けばけばしいメイクで高級車に乗り込む男か女かわからないヒップな人たちなどが入れ替わりに現れる。
 一応ストーリーらしきものはあって、太った黒人の女が仲間とファッションヘルスみたいなことをやってて、街で客を誘いに怪しい界隈を歩きながら、声をかけたり誰かをバッグで殴ろうとする。しがない中年男みたいな客を拾って映画館に連れ込み、ポルノを見せながら、こすったり舐めてやったりして射精させてやる。ただそれだけ。
 7分ぐらいの尺でボーイ・ジョージは瞬間的に3~4カットぐらいしか現れない。しかも目許だとか後頭部だけの後ろ姿がチラッと映るだけ。注意していないと気づかないぐらいのわずかなコマのカットである。

 口パクするミュージシャンが一切現れないビデオという意味でもちょっと珍しいのだが、これがあのビジュアル系ボーカリストのボーイ・ジョージのMusic videoなのだからかなり違和感がある。
 映されている光景は要するに、たとえばルー・リードの歌詞の中に描かれている世界のようなもので、ルー・リードなら敢えて映像で表現しない素材であり、その手のファンからすれば「ベタ」の一言で済むのかもしれない。

 だが“Generations Of Love”の歌詞が私的な恋愛ではなく社会的視野について物語る非常にシリアスな歌なので、たとえ「ベタ」な光景であっても、このなかにボーイ・ジョージらしいピュアな意味での"Love"という語のパーツを埋め込もうとすると、なにやらとても切ない気持ちで夜の人々が映ってくる。

 その切なさというのは、ルー・リードの歌世界で乾いて描写されるヒップなエキセントリシティとは情景の意味が全然異なる。
 “Generations Of Love”の場合、視点が俯瞰的にはならないのである。人々の生が詩人のアクセサリーとはならず、切実な痛みとして理解されうるものになる。



 「詩人であることは生き様だ。それは人生への愛だ、それは人生への敬意だ、それは『生』との率直な関わり合いなのだ」

 最近ネットでこんな言葉を拾ったのだが、この言葉を通して“Generations Of Love”のPVを見ていると「なるほどなあ」としみじみ感じ入る。

 ポルノ映画館のあまり暗くない陰りのなかで、ペニスをこすったり含んでもらったりする男が娼婦のおっぱいを目を閉じていとおしげに揉むのだが、その表情から受ける感覚は、ルー・リードやスザンヌ・ヴェガが描く裏世界には存在しないもののように思う。
 彼らが描く都市世界は彼らのアイデンティティそのものであって、そこにはその世界に必要なものが何でも足りているように、世間的には評価されているのだろう。
 だが専門的なものというのは専門家にとっては時として、俯瞰的に、マクロに捉えられるものであって、そのことによって見逃される事象というのは当然生じる。

 端的に言えば、怪しげでくたびれた中年男が金を払ってペニスをいじってもらってるときに、刹那な快楽とはいえ、思わず無防備に娼婦にすべてを預けてしまって甘えるようにしておっぱいの愛撫を欲するような、そういう一見みずぼらしい姿はリードやヴェガの洗練された都市世界の表現においては、主観的に切実な思いとして共感されることは少ないのである。

 ボーイ・ジョージがゲイだからってふざけてるのではない。だが、しがないチンポの刹那な恍惚のなかにも、切実なものたちの人生への敬意がきちんと宿っているところに、僕はジョージにとっての"Love"の本分を見る思いがする。

 彼のラヴソングはどれもこれも彼自らが述べているように「小学生のように」、シンプルであり一途で不器用な懸命さを精一杯訴えかけるように表現されている。
 本当に優しい。そして、傷つきはとてもいたたまれない。
 息を吸うように愛したり傷ついたりしたことしか、ジョージは基本的に歌にはしてこなかったと思う。

 そんなボーイ・ジョージの表現が多くの他者をみつめる高みにまで至ったとしても、彼はなにも特別なことはしない。

 詩人が詩の中で自分以外の世界と関わるとき、自信のある人ほど冷淡に映るような俯瞰的な視野を崩さないものだが、愛が本質であり、それゆえに痛みにも包み隠さなかった者にとっては、無防備ではあろうとも懸命な生に対してのいたわりこそが、特定されないレベルにおける他者と交わるための資質となる。

 それが稚拙だと嗤う者は嗤っておけばよい。

 それでしか生きられない人にとっては、それが『生』との率直な貴い関わり合いなのだから。



 余談ながら、田舎の純朴な童貞高校生だった僕の失恋のその後について。

 大学に進学後、あるとき帰省した折に地元のスナックに飲みに行ったら、司書さんと高校の先輩後輩の仲だったというホステスさんと知り合った。田舎はこんなふうに世間がシンプルなものである。
 ホステスさんから驚愕の真実を聞いたのだが、僕が惚れた司書さんは高校時代に女友達の父親と関係を持ってしまい、以来ずっと不倫を続けてきていたらしい。
 むろんそれは露見したので親友とは絶交に至り、親友の母やら親族やらから怒鳴りこまれるような擦った揉んだの挙句、一時は別れたらしいが別れきれず、10年以上も親友の父との関係が続いているとのことだった。

 もしあのころに、デビュー当時のボーイ・ジョージにそっくりなあの司書さんと出会わなかったら、多感な時期にジョージの音楽の影響を受けるという素晴らしい機会は訪れなかっただろう。
 だから、今でも僕はあの人にとても感謝している。

 右も左も知らない僕の「思い出づくりデート」の誘いを一度は応じてくれながら、「結婚するんです」というありえない嘘でもって断った司書さんの気持ちは、当時の彼女の年齢をとっくに通り越した今では、よく理解できるような気もする。

 僕が永久に見ることができない司書さんの人生について、僕の辿った右も左も空中分解のごとく生きてきた半生に見立てながら思いを馳せる。

 「まゆさんも、きっと切ないひとだったんだろうな」と勝手に決め込んで、本日のテーマソングは“Generations Of Love”にする。





Maybe she just wants somebody to wait for her

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 先日、ロシア人の女子高校生とメールのやりとりをしていたときのこと。


 前にブログにも書いたが、チュニジア人女性との関係が破綻した件について、僕はロシア人に説明していた。

 スカイプの約束を自分から取り付けることを望むのに、約束の時間を全然守れないこと。それも1時間や3時間なら良い方で、6時間や8時間も待たされたりしていたこと。
 時間の約束を守れないことをすべて自分の躁鬱病のせいにすること。自分から去っていった人間のことを「病気を決して理解してくれなかった」と言っていたこと。

 6時間や8時間も待たせてしまう可能性を自覚できるなら、なんで最初から約束するのをやめないのか。だいたいそんな感じのことをロシア人に伝えた。

 ロシア人からの短い返答には、こう書かれていた。

 “Maybe she just wants somebody to wait for her. I feel sorry for her.”

 ほんの短いセンテンスではあるが、電流が身体を貫くような思いがした。

 これを読んで、僕は初めて、ロシア人高校生が抱いたのと同じように、あのチュニジア人女性が哀れであるように感じ始めた。

 この件の詳細はもっといろんな事柄が交じり合っていて、破綻の理由にはもっと複雑に入り組んだ理由があった。そのほとんどを僕はいちいち細かく誰かに話しているわけではない。

 だが、“Maybe she just wants somebody to wait for her.”という、短い一節の中に一番大事なことを端的に言い表したロシア人の感性に、僕は敬服せざるをえなかった。

 こういう言い表し方で真実を述べる人と、たまに出会うことがある。

 こういう冷静さで物事を眺めて直射できる人たちの多くは、たいてい生易しくない意味での孤独とか寂しさを感じた経験をもつ人たちであるような、そんな印象を僕は持っている。




 相変わらずキング・クリムゾンを聴きまくっているのであるが、最近になって80年代以前や、90年代以降のクリムゾンも聴き始めるに至った。

 70年代クリムゾンは、『ポセイドンのめざめ』とか『アイランド』なんかまでは全然ダメなのだが、『太陽と戦慄』、『暗黒の世界』、『レッド』の3作は何回も聴いている。
 ジョン・ウェットンのボーカルもいいが、どうやら僕はビル・ブルーフォードのドラミングが好きであるらしい。リムショットを多用したり繊細にリズムを刻み込むようなドラマーが、総じて僕の好みであるようだ。

 80年代バージョンではない“太陽と戦慄パート2”を一回聴いただけで、映画『エマニエル夫人』のサントラとそっくりなクリムゾンの曲というのがこれであることがすぐに分かった。
 デヴィッド・クロスのストリングスに集中していれば、『エマニエル夫人』に夢中になったことがある人なら誰でも気づくだろう。

 エマニエルがタイに着いた直後、単身赴任の外交官である夫と真っ昼間から濃厚に絡み合うシーン、あの部分のOSTと完全に似ている。“太陽と戦慄パート2”のオリジナルを初めて聴いたとき、すぐにあのシーンを思い出してムラムラしてしまった僕は、その後『エマニエル夫人』を久々に見てしまったくらいだ。

 むかしの彼女に貸してもらった大槻ケンヂの本に、「エマニエル夫人を見て興奮した挙句に、ロバート・フリップが思わずこの曲を書いてしまったのではないか」と面白く書いていたが、どうやら『エマニエル夫人』側の盗作であるらしい。

 
 90年代以降のクリムゾンは、『ザ・パワー・トゥ・ビリーヴ』なんかはちょっと重たく聴こえるけれど、『スラック』は完全に僕の好みの中の範疇だ。
 やはりエイドリアン・ブリューのボーカル曲、“ピープル”とか“セックス、スリープ、イート、ドリンク、ドリーム”は佳曲である。80年代より声がウェットになって、上手くなってるように思う。

 重たいと表現した『ザ・パワー・トゥ・ビリーヴ』にしても、静かに危機的な切迫感を伝えてくる“デンジャラス・カーヴス”のようなシリアスな曲など、アルバムの出来はさすがにすごいと思う。
 個人的には“ザ・パワー・トゥ・ビリーヴ2”の祈りと癒しへの希求に満ちた美しさにやられてしまった。

 ブリューが歌詞を描くクリムゾンは、なにか現実に直接根ざした危機感や精神の飢餓感のようなものをストレートに表現する音になってるような気がする。

 デビッド・ボウイの“ヒーローズ”を歌ったライブ曲も聴いたけど、正直、ブリューの方が歌が上手いし、率直な感じで歌の印象を受け取ることができるように思えた。なんかボウイの方は高音の部分になると単純にエキセントリックに聴こえてしまって、その部分が僕にとってこれを「名曲」とする評価の妨げになっている。

 そりゃ、ボウイの低音ボーカルは渋いけどね。

 ブリューが歌っちゃうと素直に歌ってるし声も綺麗なので、歌のイメージとかメッセージ性みたいな部分がダイレクトに伝わってきて、「名曲だなあ」と、淡々と味わえるのである。


 最近、フリップとデビッド・シルヴィアンのコラボユニット曲の幾つかを聴いた。

 完璧である。フリップのファンキーな音楽性とシルヴィアンのニヒルな美声の混じり具合が、完璧すぎるのである。ジャパンの頃にこういうことをやっていたら、シルヴィアンのキャリアは今とは変わっていたと思う。

 だがクリムゾンにもしシルヴィアンが入ったとすればどうかとなると、僕は断然ブリューの方に肩入れしたくなる。

 実際にフリップからクリムゾン加入のオファーがあってシルヴィアンが断った、というエピソードを読んだりした。シルヴィアンとフリップの音楽的相性は的確であるけれど、「なんかちがう」とも思うのである。すごく美しいクリムゾンが出来上がりそうだけど、なんかちがう。

 その理由は言葉で意識しにくいけど、僕がブリュー在籍のクリムゾンを一番評価している理由の根拠と関係しているように思う。
 1stのグレッグ・レイクから始まって、歴代のクリムゾンのボーカリストはシルヴィアンと似たタイプの「耽美派」が多いと思うけれど、彼らが歌う音楽のイメージをあまり僕が好まない、という理由に関係する。

 安直に言ってしまうと、「耽美派」ボーカリストが歌った時期のクリムゾンのプログレ色が好きではないのである。

 ブリューとトニー・レヴィンが加入してからの、ファンキーで「わかりやすい」クリムゾンの方が感情移入しやすいのだ。

 一括りにはできないけど、よくプログレにあるような形而上的なポエジーとか壮大さとか、僕はそういうのをロックに求めない。
 生きている現実に僕がリアルな衝動や心的飢餓感を感じている以上、直截でストレートな現実感で現在を批評しているような、そういう先鋭さを僕は一番に評価する。

 『ビート』の収録曲である“ニール・アンド・ジャック・アンド・ミー”、ああいう感じのロマンチシズムに僕はリアルを感じる。

 “Absent lovers”なんていう言葉は、もうそれだけで最高だ。





80年代キング・クリムゾンはトーキング・ヘッズに似ているのか?

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 ここ一ヶ月ほど、ずっと80年代キング・クリムゾンを聴き続けている。

 
 高校生のときに初めて買ったクリムゾンのアルバムは“Compact King Crimson”である。この一枚以外は今に至るまで何一つ買っていない。
 
 衝動的なジャケ買いであったこのアルバムだが、1stの『クリムゾン・キングの宮殿』と80年代クリムゾンアルバムからの選曲という、誰が何のために作ったのか、まったく意図不明の不思議なベストアルバムである。

 このアルバムのおかげで、僕は80年代結成期のキング・クリムゾンしか聴かない偏愛的なクリムゾンファンになってしまった。
 “Red”とか、“Island”を友達から聴かされたけれども、まったく関心を示さなかった。

 “Discipline”から“Beat”、“Three of a Perfect Pair”へと至る80年代3部作は何回聴いても飽きない。僕にとってキング・クリムゾンはエイドリアン・ブリューのボーカルであり、トニー・レヴィンのベースであり、ビル・ブルーフォードのドラムしかありえないのである。


The Compact King CrimsonThe Compact King Crimson
(2000/01/01)
King Crimson

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 長いこと抱えてきた素朴な疑問がある。80年代キング・クリムゾンを「トーキング・ヘッズに似ている」と言い出したのは、いったい誰なのか?

 外国のジャーナリズムはどうだかは知らない。だが日本の当時のバイヤーズ・ガイドなどを読んでみると、すでに“Discipline”の時点から「トーキング・ヘッズ色が強い」などと、普通に平気で書かれてある。

 どちらも好きなバンドだが、似ているのか? なんか「全然違う」としか思えないのだが。

 試しに実際聴き比べてみたのだが、クリムゾンにハマってる状態のときにトーキング・ヘッズを聴いてみると、全然違う感じがして、違和感しか生じない。
唯一、"I ZIMBRA"は"Discipline"のギターのアルペジオと似ていなくもないと思うが、ロバート・フリップがゲストに名前を連ねている。

 少なくとも“Fear of Music”までのヘッズはクリムゾンに似ているとは思えない。理由は簡単で、ヘッズの方が演奏が下手すぎるからである。

 では“Remain in Light”はどうか。

 僕の単純な聴覚比較では"Listening Wind"のエキゾチックな雰囲気は"The shertaling sky"を彷彿とさせる感じもする。だが、このアルバムでもエイドリアン・ブリューが参加しているから、「似ている」とかいうより、同じギタリストが参加していれば相似点がない方がおかしい、ということになる。

  よく、“Remain in Light”や80年代クリムゾンが批評されるときに「ポリリズム」という言葉が使われるけど、僕はこの「ポリリズム」というのが何のことなのか、全然分かってない。

 ウィキペディアで「ポリリズム」を調べてみると、やはり何のことだか全然分からないのだが、「ポリリズムが使われた楽曲の例」を見てみると、クリムゾンに限らず、サティやドビュッシーやショパン、ビートルズや円広志の名前が出てきて、Perfumeなんかは『ポリリズム』というタイトルの歌まである。

 とりあえず、「ポリリズム」というのが、ヘッズとクリムゾンを直線で結ぶような特殊な代物ではないことは、とりあえず確認できる。


 視点を変えてみる。どういう人たちがトーキング・ヘッズと80年代キング・クリムゾンを「似ている」と言っているのか。

 僕が昔読んだバイヤーズ・ガイドの例では“Discipline”を「トーキング・ヘッズ色が強い」と書いてあったのを見たが、その著者はヘッズのファンの人であって、パンク・ニューウェイブを「プログレッシヴ・ロックやフュージョンなどで硬直化された商業ロックを解体した」という、よくある教科書じみた定説を頑なに信奉する人であった。
 だからこの場合の「トーキング・ヘッズ色が強い」という批評は、プログレの雄たるクリムゾンを最初から揶揄する意図が存在するのであり、ヘッズの音楽性をクリムゾンに当て嵌めてみたという立場での批評でしかない。

 ここでいきなり結論に至ってしまうならば、ヘッズとクリムゾンが似ていると指摘する人々というのは、要するにヘッズの愛好者の場合が多いのであって、ヘッズはよく聴いているけど、クリムゾンを聴き込んだとは到底思えない、そういうパターンが一番顕著であるように思えるのである。

 実際、かつての僕がそうであった。

 トーキング・ヘッズからニューウェイブを入門した者の感覚からすれば、いきなり“Discipline”が「なんとなく」耳に入ってくると、どうしても「似ている」と思ってしまう。
 では、そんなにトーキング・ヘッズが特別な存在なのかと言えば、そこにまったく根拠はないような気がする。“Discipline”を最初に聴き込んだ人間が"I ZIMBRA"を耳にすると、「クリムゾンのパクリやん」ということになってしまうと思う。

 そしてポリスを一番よく聴き込んでる人が初めて"I ZIMBRA"や"Discipline"を聴いたとするなら、「こげん音楽ば、まるでシンクロニシティと同じばい」という感想を持つようにも思えるのである。

 相対的な観点に立てば、とどのつまり、この時代の演奏技術の優れたミュージシャンたちは同じような音楽性を競い合うように創作したのであって、それぞれの楽曲群の一部分が重なり合うものとして聴こえるのは当然の結果と言わざるをえない、というところに落ち着く。


 そういう論理の流れを経て、もう一度「80年代キング・クリムゾンはトーキングヘッズに似ている」という表現の妥当性を確認してみる。
 そこには「最初にトーキング・ヘッズありき」という結論があって、「だからキング・クリムゾンはトーキング・ヘッズの模倣である」という、ヘッズを絶対的前提とした見方が作用しているに過ぎない。
 どちらかを優位において、どちらかをその派生と看做しているだけであって、内実を重視しているわけではない。だから妥当ではない、というシンプルな結果に終わってしまう。

 つまり、あまり意味のある大した命題でもなんでもないのだ。“Discipline”を「トーキング・ヘッズ色が強い」と言ってしまうのは、クリムゾンファンに対して失礼な話、というまったくどうでもいいことだったことだけが分かる。


 僕はトーキング・ヘッズも80年代キング・クリムゾンも、どちらも好きだ。

 だがヘッズを優位に立てる見方からクリムゾンを「模倣」のような言われ方をすると、クリムゾンの肩を持つ方に偏ってしまう。

 渋谷陽一が“Remain in Light”を「黒人ミュージシャンを使って実力以上にファンキーになった」みたいなことをよく言ってたのは有名な話だ。
 確かにゲストミュージシャンを揃えまくった大所帯編成期のトーキング・ヘッズと比べると、たった4人のプレーヤーだけであんなにすごい演奏が出来てしまう80年代クリムゾンの方に優位性を置きたい情に駆られる。

 ヘッズばっかり聴きまくってる間は、デビッド・バーンのステージ・パフォーマンスは他の追随を許さない天才的な変態だと感じられる。

 でもクリムゾンを偏愛している時期に思うのは、似たような変態に見えてもエイドリアン・ブリュ-って声が綺麗で、実は歌がすごく上手いんだなと再確認して、バーンなんてエキセントリックなだけじゃん、という思いになる。


 今は80年代クリムゾンばっかり聴いてるわけだけど、ブリューのボーカリストとしての特性は過小評価されすぎのように思う。

 ロバート・フリップは80年代クリムゾンについて、「保守化した聴衆やメディアから理解・賛同され難いのを承知の上で、偶像調和に反抗して厳しく断ち切り、敢えてなお知性の限界に挑戦するまだ若き熱情」があった、みたいなことを言ってるらしい。

 もし本当にそうだとするならば、僕は一般的なパンク・ニューウェイヴのバンドを愛するのと同じ気持ちの延長で、80年代キング・クリムゾンを愛していたのだ、それがこの頃になってようやく分かった。



 


エヴァンゲリオンに横たわる解離性障害的なもの

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 先日、海外SNSで知り合ったチュニジア人女性との関係がぶっ壊れた話を書いた。

 関係はぶっ壊れたが、唯一、生産的な作業を彼女と共有して残すことはできた。
 彼女のポエトリー・リーディングの編集に、僕が携わったことである。


 チュニジア人女性は英語が堪能で、自分が朗読したものをmpg3などに録音し、音楽をミックスして、SoundCloudという音楽共有サイトにアップロードしていた。
 彼女が朗読に選んだのはシルヴィア・プラスとか、僕の知らない英語圏・フランス語圏の詩人の作品で、使われた音楽はショパンとかピアソラとか、そういう類の曲だった(ちなみにチュニジア人はフランス語を話せる人が多い)。

 僕と出会ってから、彼女は日本人の詩人の作品をポエトリー・リーディングすることを望み始めた。

 最初に彼女が素材に選んだのは田村隆一の『帰途』だったが、あまりに男性的な作品なので、日本語がある程度得意だとしてもチュニジア人女性の声とマッチする感覚を僕は見出すことはできなかった。

 その次に彼女がファイル転送した朗読ファイルが、エヴァンゲリオンの『レイの詩』と題されたものだった。僕はまったく知らないのだが、レイという登場人物のあるセリフの部分をリーディングしたものであったようだ。

 送られてきたテキストを読むと、いかにも今の日本にありがちというか、少し陳腐な感じもしたのだが、これを外国人女性が拙い日本語で表現することによる違和感に芸術性を見出すことができるように思えた。
 また、彼女のポエトリー・リーディングを素材にして、それをサントラにした自分自身の映像作品を作ろうという思惑もあった。

 そういう経緯で僕は彼女がリーディングした『レイの詩』を、加工・編集する作業にのめり込んだ。

 その成果を下記のウェブサイトに整理して残してある。

 Rei's Poem


 また、チュニジア人女性が最終的にSoundCroudにアップロードした作品は、こちらで聴くことができる。


 彼女が最初に吹き込んだ音楽なし・朗読のみの作品は下記のようなものである。

  No music, no editing version







 そして、僕がさまざまな加工・編集の限りを尽くして、最終的に「完成形」にした作品は次のようなもの。

  music : Pascal Comelade - Un portrait de Catherine I







 この完成バージョンに至るまでの間、あらゆる試行錯誤を繰り返して数パターンの録音を作ってみたのだが、それらを全部、上述のサイトで聴けるようにした。
 また、『レイの詩』のテキスト本文も、上述のサイトで読むことができる。


 結果を先に言えば、チュニジア人女性は僕が彼女のリーディング・ファイルを本格的に編集作業していることを認識しておらず、単純に音楽を重ね合わせたものを先にアップロードした。
 「実はいろいろ加工してみた」ということで僕が完成バージョンを聴かせたのは、彼女がSoundCroudにアップロードし終えた直後だった。
 「わたしもこういうのを作りたかったけど、できなかった」と、彼女は僕の作品を認めてくれた。

 当初、チュニジア人女性は『レイの詩』の朗読に、エヴァンゲリオンのサントラをミックスさせようと思っていて、それを聴かされた。オーケストラ演奏の、仰々しくやかましい曲だったので「それはやめておけ」ということで、僕はドビュッシーのピアノ曲のようなものを使うことを代替案に提示した。

 「じゃあ、エリック・サティを検討する」と答えたのだが、まさか彼女があの有名すぎて陳腐さ漂うジムノペディ第一番を採用するとは思わなかった。

 彼女の提案に応じて僕はジムノペディ2番とかグノシエンヌをミックスしてみたのだが、嵌ることは嵌るけれども、サティ自体があまりに有名すぎるので、どうしても陳腐の印象から逃れられない。

 松村禎三の『とべない沈黙』なども合わせてみたのだが、最終的にパスカル・コムラートを採用することにし、これを基に加工・編集を幾つかのパターンで試してみることにした。

 加工・編集といっても、僕がやったのは、朗読音声に間を空けたり反復させたり、エフェクト・フィルターで変形させたり、音楽の長さの調整、ノイズの挿入、これぐらいのことだった。


 大学時代から今に至るまで、僕はエヴァンゲリオンを見たことがない。どういう話なのかも未だに理解していない。

 正確に言えば、大学の先輩の下宿でわずか数分ほど「眺めた」ことはある。その先輩はエヴァンゲリオンの映画版を見て、「二、三日、立ち直れなかった」と衝撃を受けていたが、まったく関心を持つことができなかった。

 だからチュニジア人から創作モチーフみたいなことを聞かされても、なにひとつ把握できるものはなかった。

 ただ、彼女が送ってきたリーディングのテキストを見て、「いかにもエヴァンゲリオンだよな」というぐらいの理解はできた。つまり、エヴァンゲリオンを知らないけれども、それを愛する人たちの心理はなんとなく分かっていた。

 『レイの詩』を一見して、「これは解離性障害の文化的産物だ」という印象を持った。実際に解離性人格障害の恋人がいた時期もあったので(その人もこのアニメが好きだった)、「解離性障害」というキーをなぞれば簡単にそれっぽいものができると確信できた。

 当初はアイデアの中になかった朗読音声のエフェクトも、「これをやらなきゃ解離性じゃないよな」と、ごく普通に思いついた。
 エヴァンゲリオンのサントラを却下したのも「そういうのは解離性じゃない」からであり、サティをやめたのも「あまりにコテコテの解離性すぎる」からで、音数が少なく、ミニマルの中に微小なファンタジーを物悲しく聴かせるコムラートは「解離性としては最適」だったから採用した。

 ノイズの挿入に関しては「やりすぎない」ことだけを頭におきながら、ファイルの破損と思われないように気をつけてバランスよく配置させることを目指した。上手くいったかどうかはわからない。

 朗読音声に間を空けたり、反復させるのも、言葉のそういう「運動」のようなものがメランコリーの操作のように感じられたゆえの演出だった。
 「私でない人を感じる」というセンテンスを最後に反復させたのも、これが一番、『レイの詩』とやらが、いやらしいほどまでに強調したがっている「病状」のように感じたからである。

 ちなみに、「間を空ける」という感性の中に多大な美意識を注ぎ込むのは日本人の特性かもしれない、というようなことを感じた。
 

 このようにして完成させたポエトリー・リーディングであるけれども、僕はこの『レイの詩』は好きではないし、自分の編集作品も、ほとんど愛着を感じることができない。

 チュニジア人女性は自分のことを「実存主義者だ」と表明していた。でも彼女のエヴァンゲリオンに対する愛着ぶりを散々聞かされると、彼女はニーチェが好きなだけであって、実存主義とは違う場所で苦しんでいる人のように思えた。
 同じく実存主義者を自称する僕の眼からすれば、エヴァンゲリオンを愛する人の心象のなかには、実存主義がもはや対応できなくなった、ネガティヴな意味でのポストモダンが横たわっている気がする。

 彼らの中にある心象を、強引に「解離性障害的な文化」と位置づけてみる。これに対して僕が卒論の対象にしたV.E.フランクルの実存分析をぶつけてみる(実存分析がイコール実存主義という簡単な話ではないけれど)。

 だが、「解離性障害的な文化」というのは実存分析がまったく適用できない。

 実存分析が「意味への問いかけ」の前提とする「主体」の存在が、「解離性障害的な文化」においてはぶっ壊れてしまっているのだ。「主体」が曖昧で、意味を成さないのがその本質だからである。

 だからといって、実存主義が今の日本ではもう無効なものなのか、と問われれば、いや、そんなことはない、実存主義的なものよりも解離性障害的なものが、人々の魅惑を誘いやすいだけなのだ、と僕は思う。

 この『レイの詩』をぼんやり眺めているとそれが分かる。

 「わたしはどこから来て、どこにいて、これからどこに行くのか」などというセンテンスは、いかにも暑苦しい。

 「私でない人を感じる」。こっちの方が実にクールだ。あんまりグダグダ考えなくて、センチなポエマーに相応しいじゃないか。


 エヴァンゲリオンにまったく関心を持てないのは『レイの詩』一つとっても面白くないからで、要するに僕が常に必要とする哲学性なんかが微塵もなさそうで、哲学のように見えるポエムの美学が無造作に散りばめられただけ、そういう匂いがして近づきたくないからかもしれない。

 こんなことを言うとたぶん怒られると思うけれど。

 エヴァンゲリオンが存在することはどうでもいいが、エヴァンゲリオンを愛する人たちがいかにそれを愛しているのか、それを語られるのは暑苦しすぎる。

 日本好きのチュニジア娘に、日本がそういうものだと理解されるのも、なんだか癪に障る。





Sound of Silenceに気分変調症的な半生の光景を見る

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 うつ病らしい傾向が発症してからおよそ20年近く経つが、この頃になってようやく自分の病気の全体像がうっすらと見渡せるようになってきた気がする。


 以前に持病の気分変調症に関する新しい発見について書いたが、僕が見つけたこの病気の解説サイトのURLを主治医に教えていた。

 その次週の診察が二,三日前だったのだが、主治医は「治療法の宣伝がかなり入っていたけど、非常に詳細なサイトだし、よく研究されてると思う」と感想をくれた。

 自分の病気に関して、おおむねこのサイトに書かれてあることを信用してもよいと言われた。


 いつからどのようにして気分変調症が僕の人生の中に入り込んでしまったのだろうか。そのことを悩まない程度にいろいろ考えていた。

 いろいろこれまでの人生について思い巡らしていくうちに、最近サイモン&ガーファンクルに没頭して聴き入るようになっていた。

 変な話かもしれないが、サイモン&ガーファンクルの音楽はなんだか僕の精神病人生を言い表しているように思えたからだ。


 中学時代にビートルズを聴き始めて洋楽に嵌まり込むようになって、ビートルズの次に出会ったのがデビッド・ボウイとサイモン&ガーファンクルだったように思うが、どっちが先だったか思い出せない。
 学園祭でアリスの『君のひとみは10000ボルト』を弾き語りした古風な趣味の同級生が、ベストアルバムのカセットを貸してくれたのがサイモン&ガーファンクルを聴き始めたきっかけだった。

 最初はあんまり良いと思わなかったのだけど、だんだん好きになっていって、彼らの翻訳歌詞集まで買って当時はだいぶのめり込んだように思う。
 ずっと後になって、ポール・サイモンの1stソロも買った。

 「ボクサー」とか「スカボロー・フェア」だとか「四月になって彼女は」とか、音楽もさることながら歌詞の文学性の方に特別に魅力を感じた。
 なかでも「アメリカ」はお気に入りで、他の曲は聴かなくなってもこれだけは時々思い出して聴いている。

 ただ、「サウンド・オヴ・サイレンス」だけは、なぜか当時は理解できなかった。

 この曲はいつも飛ばして聴いていた。

 誰だったか忘れたけれど、ある小説家のサイモン&ガーファンクルの楽曲のみを批評するコラム本を読んでいて、「ボクサー」や「スカボロー・フェア」は大絶賛しているのに、「サウンド・オヴ・サイレンス」だけはクソミソに批判していたのを覚えている。
 詳細は忘れたけど、とにかく「青春を稚拙に表現した駄曲」みたいなことを書いてたと思う。

 それに影響されたわけでもないけど、僕も当時は「サウンド・オヴ・サイレンス」だけは好きではなかった。

 映画『卒業』で主題歌に使われていたせいかもしれない。初めて見たときは良い映画とは思えなかった。名作といわれてるけど僕には「稚拙」としか思えなかった。
 何か悩む必要もないのにさも何かが深刻であるような、空疎な映画だと思ってた。主人公と同じ大学生になった頃にもう一度見たときは少し感想が変化したけれども。


 そんな感じであまり好きではなかった「サウンド・オヴ・サイレンス」だけど、最近になってこの曲を久しぶりに聴いてみて、突如、瞬間的にという感じで、すごくこの曲の意味が理解できた。
 あまりに一瞬で「名曲だ」と思えた自分の変化に、自分でも驚いた。


 変な言い方だけど、僕の人生の中に密やかに気分変調症が入り込んで、いつのまにか僕がいろんなことがわからなくなった感覚、そういう雰囲気を代弁してリアルに表現してくれている曲のように思えたのだ。
 もちろん作曲した当事者は、自分の曲がそんなふうに受け取られるなんて、ぜんぜん意図せずに作った曲だろうけど。


Paul+Simon+-+The+Paul+Simon+Song+Book+-+LP+RECORD-456563.jpg



 “Hello darkness, my old friend. I've come to talk with you again”。この歌い出しの感情がなんかすごくリアルに突き刺さるように思えた。
 まるで幾つもの恋愛と出会ったときに、必ず僕の前に現れたカタストロフィックな認知の破壊を比喩しているように、勝手な解釈だけど、とても主観的な意味で切実なフレーズに感じられた(先に挙げた気分変調症解説サイトでの言い方で述べるなら「前操作的」思考と抑うつの対人操作の圧力というやつである)。

 「サウンド・オヴ・サイレンス」の歌詞の中ではいろいろと抽象的な文明批判みたいなことが歌われている。

 たぶん、この曲を「青春を稚拙に描いた駄曲」とこき下ろした作家は、その部分を青臭いと思ったのかもしれない。ポール・サイモンがボブ・ディランみたいなことを歌いたくて失敗したような曲、みたいに批評したいた人もいたけど、とにかくすべてにおいて「あからさま過ぎる」歌詞と言えなくもない。

 でもネガティヴに埋もれた歌詞を直接に触れず、とりあえず無視して、曲全体の醸し出す雰囲気の中に浸ってみようとすると、一人称で歌う話者を外側から観察するような視点が見えてきて、そうするとかなり興味深い曲に思えてくる。

 つまり、もはや自分とか世界の可能性に失望し、カタストロフィックな世界像しか見えなくなってしまった人間の人生において惰性のように繰り返される諦念、そんなところで哀しく生きるしか方法がなくなった人の姿を非当事者の眼から映し出すように触れてみる。

 そのようにして接してみると、「サウンド・オヴ・サイレンス」は、僕にとって「まるで気分変調症者の人生みたいだな」というふうな感慨を思い起こされるのである。
 
 だから“Hello darkness, my old friend”という語りかけは、病気によって彩られた、同じ苦悩の繰り返しの世界と対話している、そんなふうに感じられて、それゆえに切実なフレーズとして受け取れるのだ。
 
 自分が病気によって歪んだ認知に動かされて生きている。そのことを理解して、「じゃあ、今まで僕はどんなところをずっと歩んできたのだろう?」と思い巡らしていくうちに、ふと「サウンド・オヴ・サイレンス」を聴き直してみて、とても懐かしい気持ちになる。
 それは自分が訳も分からずもがき苦しんでいた時期の、その渦中にいた自分の姿を、映画で見ているような気持ちになるからだ。

 「ああ、僕って、そういうことだったんだな」というふうに、今なら納得できる形で過去の自分を理解できるように、そういう感傷的な思いで「サウンド・オヴ・サイレンス」は意味のある曲だと個人的に思えるのである。

 だから、「サウンド・オヴ・サイレンス」というのは、渦中にいるのではなく、自分の過去の時間と出会っているような、そんな曲だと僕には解釈できるような気がするのだ。そういう感覚ってのは、他のサイモン&ガーファンクルの曲とはちょっと違うような感じもする。「ボクサー」とか「アメリカ」の中にはそういう視点は生まれてこないように思う。

 ポール・サイモンの1stソロで言えば、「ダンカンの歌」とか「平和の流れる街」なんかは、「サウンド・オヴ・サイレンス」を聴くときと、同じような感慨で聴ける、似た視点を持った曲のように僕は思うのである。


 まあ、以上の解釈はすごく僕の個人的なものであって、他のファンの人たちからするとまったく無関係で意味のないものでしかないけど。

 でも「サウンド・オヴ・サイレンス」を聴き直してみて、僕は今までの人生を、自分自身から離れたところで初めて直視できたような、そういう今までになかった体験を得たような感じがして、それはとても僕にとって有意義で、肯定的な懐かしさで自分を振り返られた思いがした。


 話は変わるけど、サイモン&ガーファンクルの1stが全然売れなかった時、ポール・サイモンがイギリスに渡って製作したアルバム「ポール・サイモン・ソングブック」のレコードカバーの写真が、僕はとても好きだ。

 最近になって初めてこの写真を見たのだけど、「アメリカ」とかで歌われている当時の彼の恋人キャシーと一緒に写っている。
 「アメリカ」を今まで聴きながら、キャシーっていう女性をいろいろ想像してきたのだけど、彼女のルックスを見て、自分が今まで想像してきたイメージとほとんど違わなかったことに少し驚いた。

 そして、僕にはとても美しい人に思えた。僕が今まで愛してきた女性の幾人かと彼女がなんとなく似ているように見えたかもしれない。

 このアルバムとか最初は売れなかったデビューアルバムでは、「サウンド・オヴ・サイレンス」はアコースティックで歌われているけど、僕はエレキギターやベースをオーヴァーダビングされたヴァージョンの方が好きだ。

 ボブ・ディランの「追憶のハイウェイ61」で演奏していたバックミュージシャンによるダビング演奏だが、こちらの方がシリアスで、普遍的なカウンターカルチャーみたいな聞こえ方がして好きだ。





表現することの絶対的な不可能性を表現する音楽

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 あまり良いとは思えないのに、無理してマドンナの90年代以降のアルバムを聴いていて、嫌悪感が激しくなり、抑うつ感まで現れる始末になった。

 マドンナはやはり、アルバム3作目以降は、名前で売ってるとしか思えない。


 気分を変えるために、一昨日から映画『黒い雨』の武満徹によるサントラを聴いていた。これがすごく良かった。14分の曲を30回以上は聴いたと思う。

 『黒い雨』はずいぶん古い映画となってしまったが、今村昌平の作品の中では、この映画が一番好きだ。今村昌平独特の演出が一番抑制されているように感じるからである。要するに、僕は今村作品は基本的に好きではない。

 武満徹のディスコグラフィーを調べてみたのだが、今村昌平と組んでサントラを作ったのは『黒い雨』だけで、その事実に結構驚いた。もっと一緒に仕事しているのかと思っていたからだ。

 だが、この映画の音楽に武満を起用した今村の感覚は間違ってはいない。むしろ、武満以外に『黒い雨』のサントラを担当できる者が他にいたか、なかなか思いつかない。


 僕は武満徹を論じることが出来るほど、彼の音楽をたくさん聴いているわけではない。だが、結果として僕が見てきた映画のその多くに、伴奏作曲者として武満の名前が連ねてある。たとえば『砂の女』、『他人の顔』、『サマー・ソルジャー』、『東京裁判』、『乱』。

 だがそれらのサントラが際立って優れたものとして感じられたことはほとんどない。大島渚の『東京战争戦後秘話』だけは、まるでドアーズみたいなサイケな音楽だったので驚いた記憶がある。

 だが一番記憶に残り続けてきたのは、やはり、『黒い雨』である。



 今まで見てきた原爆を扱った日本映画の中で、特に僕の印象に残っている作品を挙げると、『はだしのゲン』(アニメ版)、『父と暮らせば』、『この子を残して』、『さくら隊散る』、『Tomorrow/明日』、そして『黒い雨』といったところである。
 このうちで、原爆投下直後の惨劇が描かれている映画、実際に僕がそのシーンを見た映画となると、『はだしのゲン』と『この子を残して』、『黒い雨』だけになる(『さくら隊散る』は後半しか見てない)。

 この3つの作品の中で、被爆描写に耐えうるほどの映画音楽に成功している作品は、『黒い雨』だけであるように僕は思う。

 『はだしのゲン』での羽田健太郎の音楽は好きなのだけど、やはりアニメ映画なので、「わかりやすい」伴奏に留まっているという感がある。
 『この子を残して』のラストシーンは凄まじい地獄絵図描写と共に、峠三吉の詩『にんげんをかえせ』にメロディーをつけた声楽が流れるのだが、僕はこの表現にどうも違和感を覚えてしまう。そもそも永井博士や峠三吉の著作や詩作に違和感を持っているのだが、『この子を残して』のあの強烈なラストは「なんかちがう」と思う。


 武満徹の『黒い雨』がやはり凄いと思うのは、音楽だけで原爆の惨状を語ってしまえると感じさせるような、力量を感じられるところだと思う。

 安易な情緒というか、感情そのものを、まったく安易に寄せつけないような、透徹したものを感じる。実際、情緒的にわかりやすいメロディが流れる部分はごく僅かに留め置かれている。
 
 どれだけのイマジネーションや表現を駆使したところで、あの日の広島を本当に描写できるはずもなく、あの日あそこにいた者以外、あの記憶を他者に理解させることなど完全に不可能なのだ。

 だが武満徹の音楽には、安易に広島を描写しようとするより、広島を描写できないことの、その不可能性そのものを主題にしてサントラを作ったような雰囲気がある。
 だから、音楽だけで原爆描写を語っているような、そういう錯覚を感じるのだ。

 広島を描くということは、広島を伝えるということだけに限らないと思う。広島を絶対に伝えられない、誰も知りうることなんかできない、そういうことも実は広島についての事柄を言い表しているのではないだろうか。
 
 今村昌平の『黒い雨』は被爆直後の惨状を、ある程度のところまで、かなりリアリスティックに描くことに成功していると思う。
 だが武満徹が「広島を描くことの不可能性」を音楽にしてしまうと、音楽に比して映像表現の方がなんとなくチャチなものに見えてきてしまったりもする。


 
 武満徹の『黒い雨』を聴きながら、僕は半年がかりでつい最近すべて視聴し終えた『被爆者の声』というサイトのビデオ証言を思い出していた。

 たくさんの証言ビデオを一つ一つ丹念に観ていくと、思うのは、あの日被爆しなかった我々には彼らが見たものや受けた傷の重さの何十分の一ですら絶対に感じ取ることなど出来はしない、そういう完全な不可能性についてだった。

 ただ、ビデオ証言を見続けながら最後に疑問を感じたのは、日本の加害者的戦争責任について触れた人がたった一人しかいなかったということだった。
 多くの人が戦争や原爆は二度と繰り返されてはならないと言うのだけれど、中国侵略に始まる十五年戦争の延長線上で原爆投下があったという文脈で自分の体験を捉える感覚が抜け落ちていることに、僕は彼らの証言活動の危うさを感じた(抜け落ちていると僕が示唆するのは、日本の加害者性を語った人がきちんと存在したから言うのである)。

 特に、被爆者団体の中心に立って、声高に主張しているような人たち、そういう人々の力強さの中にその危うさを顕著に感じた。

 広島を「非暴力的平和運動の中心地」というように形容する人もいたが、被爆という事実にあまりにも意味合いを持たせてしまうと、逆に日本が南京で行ったことや従軍慰安婦という戦争犯罪が、同一の線上に存在するということを、日本人に忘却させてしまうのではないかという危惧を持ってしまう。

 現在、戦争体験を語り継ぐ世代が戦争当時は子供だった人たちが中心となり、彼らの多くが自分の国がやったことよりも、自分たちがされたことを主として戦争を捉える世代である以上、被害者的側面ばかりが強調されるのは個人としては仕方がないことだと思う。
 だが、一つの団体や自治体が国際的に平和運動を働きかけたり平和都市を標榜する以上、自分たちがされたことだけをもって完結してしまうのは、他の民族からすれば独りよがりに映ってしまう可能性もある。


 そういう危惧をどうしても感じるだけれども、やはり原爆というのは、空襲とか原発事故とはまったく違う次元の特別の災厄である、という認識は僕の中に残る。
 特別というのはその当事者の苦悩を比して次元を分けているのではない。

 ほんの数秒の現象によって、人間から人間らしさのすべてのものを一瞬にして失わせる。このことを明確に理解することは、我々が核兵器の災厄の当事者にならない限り、絶対に不可能だと思う。


 「最も悲惨な真実は、死んでいった人々が持ち去って、永遠に秘されてしまった」

 被爆体験が根拠となって修道女の道を辿ったある人の言葉である。

 
 武満徹の『黒い雨』を聴いていると、彼はそういう主題を基軸にこの音楽を創ったかのように、僕にはそう思えてならない。





マドンナを聴きながら世界の終わり方を思う

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 年末年始は完全に不調だった。

 その間、ずっとマドンナを聴いていた。なぜマドンナだったのか、よく分からない。


 マドンナと言っても、1980年代初頭の頃、デビュー当初から“Who's that girl”ツアーで訪日した頃まで、だいたいその間ぐらいのマドンナである。

 “Who's that girl”ツアーの頃は、僕はまだ小学生ぐらいだったが、なんとなく訳の分からない「反発感」と同時に、ものすごい衝撃を受けた。
 あのときほど、マドンナに対して強い衝撃を受けることは、それ以後、まったくなかった。

 高校生になって洋楽をまじめに聴くようになってからも、マドンナに対する「反発感」は容易に消えなかった。リアルタイムで話題がどんどん入ってくる大御所的存在になっていたマドンナよりも、当時スランプに陥って音楽シーンから消えたようになっていたシンディ・ローパーの方を、夢中になって聴いていた。

 デビュー当初からなにかと比較され続けていたマドンナとシンディだが、高校の頃は圧倒的にシンディの方がアーティスティックだと思っていたし、マドンナのファンよりもシンディ・ローパーを奉じる自分の方が、断然クリエイティヴな人間だと、そういう見下しすら含んでいた。


 僕の中でマドンナとシンディ・ローパーに対する評価が逆転したのは、大学に入って随分経った頃だけど、何が転機になったのか、はっきりとした理由があるわけでもない。

 自主映画を作っていた頃、ある晩にマドンナの夢を見た。

 あらゆる秩序が失われた未来の世界で、マドンナと数人の女性と一緒に、ゴーストタウンのような風景の中を、なぜか無人で動いている電車で旅を続ける、そんな夢だった。夢の中でずっと流れていたのは“Like a Virgin”だった。
 夢から覚めた後、これは何かの映画のシノプシスになるんじゃないかと思って、ずっとそのイメージを記憶し続けていたのだが、たった一回の夢をずっと憶えているというのも、なかなかすごいことだと思う。

 その夢を見てしばらくしてからアルバム“Like a Virgin”を買って、姉が持っていた“You can dance”を聴くようになり、やがて1stアルバムも買うことになった。

 当時愛読していた沢木耕太郎の『彼らの流儀』という本の中で、下積み時代のマドンナと出会った日本人男性の短いエピソードを描いた「ライク・ア・ヴァージン」というルポルタージュがある。

 ニューヨークで空手を教えていた孤独な日本人の男が、会話する人をみつけるためだけに美術学校に入ったが、学期途中で入学したので、そこでも友達が得られなかった。ある日、学校にヌードのモデルとしてアルバイトしていたちょっとエキセントリックな女の子が、学校の食堂で一人で座っていた男の前に偶然座った。
 コーヒーでも驕って話しかけたかったけど、男は貧しかったから、手許には夕食用のリンゴと食パンしかなかった。仕方がないからたった一個のリンゴを、モデルの女の子が見ている前で両手の握力で鮮やかに半分に割った。「まあ!」と驚いた女の子に半分のリンゴを差し出して、それから二人は友達になった。

 「いつか映画に出たり歌を歌ったりして有名になってみせる」と、モデルの女の子は日本人の男にいつも語り聞かせていた。
 
 数年経って、偶然に男はモデルの女の子と再会することになった。でもそれはマンハッタンの舗道でばったり会ったわけでもなく、立ち寄ったレストランに彼女がいたわけでもなかった。男が見ていたTVの画面の中で、彼女は“Like a Virgin”を歌っていた。

 僕は沢木耕太郎が書いたこの短いルポルタージュがとても好きだった。マドンナのことを考えるようになったのは、この話も僕の中で貢献したのかもしれない。


 今でもそうだが、マドンナの多くのアルバムの中でデビューアルバムが僕は一番好きだ。

 沢木耕太郎の本の中に出てくるマドンナのハングリーなイメージが伝わってくるし、いろんなミュージシャンがデビューアルバムで叩きつけてくる音楽の初期衝動のような勢いが最も顕著で、なおかつピュアな形で現れている名作だと思う。

 一時期友人たちに「このアルバムはパンクなんだ」とずっと言い続けてきたけど、本当のパンクが好きな友人たちには当然だが誰も賛同を得ることはなかった。 

 
 デビュー当初から数年の間のマドンナは、音楽シーンの中で本当にパンクな存在だったと、今でもそう思っている。

 マドンナとシンディ・ローパーを比較していた頃や、最初にTVでライブの生中継を見たバブリーな時代の日本でのマドンナを見ていた頃は、僕にとって、マドンナという存在はコンサバティヴなものでしかなかったのかもしれない。
 当初感じていた「反発感」のようなものは、訳もわからないメジャーで大きなビッグスターに対して保守性を見い出してしまうような、そういう感情だったのだろう。同じような意味合いで、プリンスに対しても最初の頃は僕は嫌悪感を持っていた(マイケル・ジャクソンには今でもそういう偏見を僕は持っている)。


 ただし、僕が好感を示すことができるのは、せいぜい“True Blue”の頃ぐらいまでで、“Like a prayer”とか“Justify my love”の頃になると、まったく「手に負えない」思いがする。確か『エビータ』って映画があったと思うけど、あのころやたらに称賛されまくっていたマドンナについては、僕は全然理解できない。

 90年代に入ってからのアルバムとか、レディー・ガガが現れてからのアルバムなんかも聴いてみたけれど、レディー・ガガと同様に、まったく音楽的に理解できない。

 ブラック・ミュージックというかハウス・ミュージックというか、その辺のことは全然知識がないけれど、90年代を境にテクノとかヒップホップとか、僕は全然駄目になった。今でもそういう流れのビートの効いた音楽を聴くと頭が痛くなる。スローテンポで踊れない音であっても、自分の好みとは距離感を感じる。

 そういう音楽のミュージック・ビデオを見るのも大変苦痛である。最近マドンナの“Rain”という曲のビデオを見たが、もうあの辺の時代のビデオからして、苦痛を感じる。
 
 いつ頃からかわからないけど、映画のPVとかミュージック・ビデオなんかで、わずか数コマの間隔でカメラのフラッシュを瞬間的に焚くような、そういうトランジションが使われるようになって、僕はその類の映像に激しい嫌悪を覚えるようになった。

 ミュージック・ビデオ全般に対しても90年代から「面白くない」と思うようになった。

 色の彩度とか、明るさのコントラストが際立って、インダストリアルなイメージが強調されるようになった。絶えずミュージシャンが口パクするシーンが続いて、物語性が失われたように思う。
 どのビデオを見ても、人や設定が違っても全部同じもののようにしか見えなくなった。たぶん、使われてるカメラや編集ソフトが限られているからだと思う。デジタル時代の弊害を感じる。
 


 マドンナの1st、“Holiday”や“Everybody”を聴いていて、今でも色褪せないように思うのは、さきほど言ったような初期衝動のような勢いのためだけだろうか。

 あの頃のブラック・ミュージックというのは、まだロックやニューウェイブと未分状態の余地が残されていて、メロディラインも豊富で分かりやすかった。加えて、マドンナやシンディ・ローパーの衣装は洗練を欠いていて、というか、「ストリート」という言葉のイメージが、そのまんまストリートであって、洗練を敢えて拒むようなそういう姿勢があったように思う。

 今はストリートだとかパンクとかいうのも洗練に取り込まれてジャンル化している。音楽にしてもそうだ。

 ネットの時代が影響しているのかもしれないが、ポップなものが均一化して、どんなに新しい人が売り込まれても、最初からコンサバティヴを背負わされている、そんな気がする。

 レディー・ガガなんか特にそうだけど、なにをやっても過激とか斬新というものが感じられなくて、彼女を支持するオーディエンスも、最初からコンサバティヴなものを求めていて、コンサバティヴの範疇の中での、ルールを保った「過激」とか「斬新」であって、ちっとも過激でも斬新でもないのである。

 80年代までに、いろんな人がいろんなことをやり尽くしたんじゃないかと、一時期そういう考え方をしていたけど、このごろ、いやそれは違うと思うようになった。


 世界を均一化させることができるものがあって、また、均一化されたものに価値を見い出すことがより良きものとされる雰囲気がある。
 音や映像が届くところすべてに、同じツールで作った映像とか音が届けられて、それがどういうわけか、テンプレートになってしまって、テンプレートを見聞きする人の中で固定化されて、その結果、同じような大衆が同じようなものを愛好する、その同調的な行動が保守性として居座ってしまった。
 そういうことなのではないかと、手探りの論理の中で思うようになった。

 80年代というのは、そうした時代に移行する過度期だったのではないか、最近そういう定義を僕は持つようになった。


 この先、マドンナのようなハングリーな衝動で叩き上がってくるような人が生まれてこないような、そういう望みのなさを感じるのは、単純にマドンナが非凡の人であったというだけではないような気がする。

 非凡の人を大衆が好まず、ルールの範疇で表現を抑制できるような人しか、保守化した大衆が求めていない時代が現在なのかもしれないと、そのように僕には思えるからだ。





だからいつだって日常は“New Sensation”を待ち望む

Posted by Hemakovich category of Music on


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 我が家の近所には「エホバの証人」の教会がある。そのため、たまにチラシ配りの信者さんが訪問してくる。

 中学のころだっただろうか、やってきた信者さんと玄関で「論争」したことがある。

 当時のエホバの信者さんたちは家にやってくると長話に引き込もうとする人たちが多かった。ある日やってきたおばさんは、人間は最初から今のような姿で神さまによって造られたというので、僕が進化論の話をすると、まるで問答集で用意してきたかのように、巧みに進化論批判を繰り出してきた。
 10分ぐらい玄関で立ち話をしていたのだが、どういう決着に至ったのか覚えてはいない。ただし、その「論争」がきっかけになったのか、それ以来、エホバの人たちがかなりの頻度で我が家を訪れるようになった。

 当時、うちの姉は不登校で家に引きこもっていた。だから姉がエホバの信者さんに会う回数が多くなったのだが、どういういきさつでそうなったのか分からないが、姉は新約聖書を彼らから購入していた。
 姉は信者になることはなかったが、その新約聖書はどういうわけか、最近部屋を改装するときに大掃除をしていたら僕の部屋から見つかった。

 昨日も数ヶ月ぶりにエホバの信者さんが来たのだが、とても若く、非常に美人で声の綺麗な人だったので、応対したアラフォーの僕は久々に女性に対してドキドキしてしまった。

 たいてい家にやってくるエホバの信者さんはおばさんで、子育てを半分終えたような、少しくたびれたような感じの妙齢の女性が多いのだが、昨日訪れた女性は「たぶん素顔は無茶苦茶綺麗なんだろうな」と感じさせるようなメガネ美人で、羽織ってるコートもシックな感じで、全体的に実に整ったお洒落を施した、こんな田舎にこんな美人がまだいたのか!というような、ハッとさせられるような美しい人だった。

 思わず母に、「いっぺん教会に行ってみようか」と言ってたしなめられる始末。

 「なんであんな美人が何を求めてエホバに入信したりするんやろか」

 「あんたもきれえな女の人だったらそれでええんか?」

 「あたりまえやん!!」

 そんなバカ話をしていたのだが、「あんたもきれえな女の人だったらそれでええんか?」という母の言葉がなんとなく気になるように僕の中に残った。



 ルー・リードのアルバム『ニュー・センセイション』のレビューをアマゾンで読んでいて、このアルバムがルーやヴェルヴェットの一般的なファンたちから酷評されていることを知って、軽い衝撃を受けた。

 僕はこのアルバム、というか、タイトル曲の“New Sensation”がルー・リードの曲の中でベスト3に入るぐらい大好きなので、酷評されてるというのが理解できない。

 なんでだろ。すごくいいアルバムだし、“New Sensation”はルーの代表曲の一つだと思うんだけどな。

 どうも僕は一般的な彼に対する評価と多少ずれてる部分があるみたいだ。『トランスフォーマー』は確かに代表作で、“Walk on the wild side”は大傑作だと思うけれど、あまりにこのアルバムにいれこんでる人を見ると、なんか冷めてしまう。
 『ベルリン』はとてつもなく鬱のときに聴くと感情と調和するけど、世間が言うほど傑作だとは思わない。『ニューヨーク』は僕が好きなのは最初の数曲だけ。歌詞を読み込むと深いアルバムだと思うけど、最初の神懸り的な数曲以外はキャッチーな感じがしないので全然聴かない。『ブルー・マスク』に至っては、なんでこれが評価されるのかまったく理解できない。

  “New Sensation”では、麻薬だとかセックスだとか暴力だとか、そういうルー・リードの十八番みたいなアイテムには全然触れられていない。当時の彼の日常を淡々と綴っているような私小説っぽい歌だ。

 二年前のクリスマスは逮捕されたりしたけど、俺は痛みは嫌いだし結婚したままでいたい、悲観的なことを言うのは簡単だけど、そんなの一晩中聴いていたくないし、すべてのネガティブを俺の中から抹殺したい、そんなこと思いながらバイクでちょっと旅行に出て地図を見ながら、こっちからここまで行こうと走ってて、お腹がすいたから途中の田舎町の食堂に入ってハンバーガーとコーラを飲んでたら、地元の連中が誰が死んだとか誰が結婚したかとかって話題に夢中で、俺はジュークボックスで田舎の歌謡曲に聞き入って、みんながフットボールの話題を始めてから店を出た俺はまたバイクに乗りながら、とても暖かい気分になった、このGPZってバイクがほんとに好きだ、キスしたっていいくらいだ。

 “New Sensation”で歌われているのはおおよそこんな内容。ここには「ワイルドサイドを歩け!」という挑発や「おれはヤクの売人を待ってるのさ」みたいな衒いは、どこにもない。

 あるのは"feeling warm inside"(暖かい気持ち)と、"new sensation"(新しい感覚)を待っている、穏やかな安定感、そういった誰にでもあるような、普通の日常だ。

 サビの部分で"Talkin' 'bout some new sensations"と繰り返されるたびに、スランプやアルコール依存に陥っていたルー・リードが「このままで終わるもんか、今に見てろよ」という気概を、落ち着いた姿勢で歌ってる、僕はいつもそんなイメージでこの曲を聴いている。

 再生への祈りを、穏やかな日常の中から見つけようとする、そんな朗らかさ、暖かさを感じるのだ。

 ベースラインがなんとも心地よくて、シンセや女性コーラスを含んだ明るいメロディに、都会的な80年代の明るさが垣間見えて、上昇する気分のなかでカタルシスを得られる。このいかにも80年代っぽい明るさも、80年代フリークの僕が“New Sensation”を偏愛する大きな要因でもある。

 三人称による物語的な語り口調や、内面世界を深くえぐり込むような特徴をもつ歌詞から離れ、自分の身の回りや社会的な事柄に関して視野を移して写実性を重視して詩を描き始めたのも、このアルバムからではないだろうか。『ニュー・センセーション』の歌詞世界でそういった「新しい感覚」をルー・リードが得ることがなかったなら、後の『ニューヨーク』という代表的名作も生まれることはなかっただろう。


 “New Sensation”を聴いていると、いつも昔の恋愛を思い出す。片思いの状態から付き合うところに至るまで、自分が精一杯頑張ってるときに、頻繁にこの曲を聴いていたからだろう。

 なぜなら新しい恋というのはいつでも、それまでの自分からの新規更新みたいなもので、新しい人との間から生まれる幸福は“New Sensation”という言葉に結実するような喜びだったから。

 今はとても歳を食ってしまったけど、今でもこの曲を聴いていると、若かった頃の向こう見ずな上昇する気分が思い出されて、懐かしさの中から力が湧いてきて、新しいステップに向かうような高揚感を僕に与えてくれる。

 僕にとって、「青春のルー・リード」みたいな位置づけにあるのが、この“New Sensation”であり、だから一生忘れられないような名曲なのだ。


 GPZというのは、やっぱり川崎のバイクのことなんだろうか。バイク乗らないから全然わかんないけど。

 



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