他人がどう思うかは別として、Julee Cruiseの音楽は主観的には「ハマってる」ような気がしてならない。なにせ、曲タイトルが"In your world of blue"なのだから。 僕のルックスがもっとセクシーであれば、さぞかしもっとアンニュイで気だるい「自己紹介ビデオ」ができたことだろう。
昨夜から編集をしているが、"In your world of blue"が耳にこびりついて離れない。物憂げで甘く頽廃的なJulee Cruiseのセクシーボイスが、「ブログなんて書くのやめて、薬を多目に飲んで一日ベッドで半分死んでみない?」と誘ってくるようで、平板化した僕は平板を通り過ぎて、形がなくなってしまいそう。
ご覧になって頂ければ一目瞭然だが、このビデオは前回ご紹介した"Process of Depression"(記事はこちら、動画はこちら)と同じ動画イメージを使用している。ただしカットの長さや順序はまったく違っており、エフェクトをさらに駆使して、新たなイメージを付け加えて、全体の雰囲気は別個のものになっている。
"Process of Depression"を作成している過程で、同じイメージを扱いながら全然作風の違う別のビデオを作りたいと僕は考えていた(そういう創作方法は僕にはよくあることだが)。"Process of Depression"で作り出したイメージがなかなか面白く感じられたので、これだけで編集を終えて他に転用しないのは「もったいない」と思った。
いろんな構想があったが、このイメージを新たに「リライト」して別の作品にするなら、バグルスの曲を使用したMusic videoこそ一番相応しいと即決した。"Process of Depression"を完成させてからすぐに編集を始めて、前作よりもかなり苦心しながら、2~3週間ほどかけて作成した。
なんでそのころバグルスだったのか、よく思い出せない。"Living in the plastic age"の歌詞の和訳を見つけたのが発端かもしれないが、とにかく聴きまくった。有名な1stだけでなく知名度の低すぎる2ndも聴いてたし、トレヴァー・ホーン関連でイエスとかアート・オブ・ノイズもついでに僕の中でリバイバルブームが起ってた。 バグルスがどれくらい素敵なバンドで、どのように僕が惹かれていったのか、それを語りだすとこのブログ記事の主旨から逸脱していってしまうので、とりあえずバグルスをよく知らない方はこのサイトをご覧下さい。
僕のこのビデオ作品"Love me, Miss Bot"は、タイトルが示す通り、バグルスの"I Love You (Miss Robot)"を音源に使用したMusic videoである。
もともとこの曲がとても好きだったし、ビデオを作るならこの曲が一番イメージを構想するのが楽しく感じられた。前作の"Process of Depression"の動画イメージを転用しリライトしてまったく別の作品に仕上げるなら、バグルスの" I Love You (Miss Robot)"が一番作りやすいと思った。
この動画を作る以前、2010年にバグルスが" I Love You (Miss Robot)"を小さなライブハウスで演奏している映像をYouTubeで見つけた(こちら)。 演奏するバンドの後方上部で映像がプロジェクターで流されている。ライブ映像自体がiPhoneか何かのカメラで撮影されているので鮮明ではないが、プロジェクター映像ではロボットの歩く動作のようなものと女性の顔が繰り返し現れている。よく見てみるとこの女性は東洋人、それも日本や韓国などの東アジアの人の表情らしいことが分かる。
これを見て、"I Love You (Miss Robot)"で歌われるロボットの女性のオリエンタルなイメージが、僕の中で膨らんできた。それまでは"Miss Robot"という存在をあまり意識して考えたことがなかったが、東アジア系の女性を照らし合わせてみると、なにかこの曲が描き出す"Miss Robot"のイメージがしっくりくるような思いがした。
だから前作"Process of Depression"をリライトしてまったく別個の作品を作るにあたって、すでにあった女性の動画イメージを"I Love You (Miss Robot)"を音楽に用いることで生かすことができると思った。 そして再編集の際には"Process of Depression"で用いた映像の他に女性を撮った動画を新たに付け加えることにした。とにかく"Miss Robot"をオリエンタルな肖像として強調することに留意した。
女性のイメージ以外の部分では、"I Love You (Miss Robot)"の持つ近未来的な雰囲気を多少デジタルなイメージで表現しながらも、ほとんど「近未来」を強調してはいない。"Process of Depression"で表した現実世界のイメージをそのまま転用した。 この"I Love You (Miss Robot)"という曲は80年代特有の「近未来的」な雰囲気と同時に、リアルタイムに進行する世界に対する倦怠というかアパシーのような空気を表現しているようにも見えたりする。だからこそ"Process of Depression"の映像イメージをこの曲にぶつけた。
ノイズ音楽を使用した"Process of Depression"では完全に音と絵の同期を無視して作ったが、今回のビデオは逆にある一定の範囲で音楽と映像が同期して重なり合うように編集した。音楽のリズムと展開にイメージの展開が盛り上がるように意図した。
"I Love You (Miss Robot)"の歌詞の中で、話者の男はロボットと電話で甘い会話をするけれど、お金が足りなくなってロボットの声が消えていくたびにコインを入れ続ける。そうやって孤独を満たそうとする。そうしながらも彼はロボットから去らなくてはいけないと思う。 僕はこれらのフレーズによって、SNSにはまり込む自分や他の誰かの心の衝動を、寓話的に喩えさせることが可能だという感じがした。それは安易といえばあまりに安易すぎるかもしれないけれど。
この"I Love You (Miss Robot)"は一言でいえば孤独を歌った歌詞である。それは人対人という自明の理の関係すら失ってしまった者が抱く孤独だ。そういう孤独は、一つの空間の中を共有するわけではなくて、インターネットのなかで特定できない誰かを対象化して本当の関係性と置き換えるような、現在の人々につきまとうある種の孤独に似ている。 そういう類の孤独の中では、実際のところ相手がネカマだろうが年齢詐欺していようがあまり関係ないのではないだろうか。それは言い過ぎだと自分でも思うけれど、Facebookのプロフの中の写真とか、スカイプで繋がる動画の中の相手だとか、多くを共有しない空疎のうちの、ほんの表層の部分で相手と繋がること、それへの執着が、ロボットを相手にする寓話とよく似ている。 そういう「空疎な表層の相手」を象徴化してしまえば、"Bot"という語句が適当な感じに僕には思えてくる。
空間を共有しない、写真や音声の回線のような表層だけの刹那で孤独な繋がりだからこそ、ロボットの寓話と同じく"Do you love me?"という希求が切実なのであり、孤独さゆえに歪なものにならざるを得ない。
そういう意味合いのことを込めて、この曲を使うビデオに"Love me, Miss Bot"という改題を行ったのだけれど、ビデオの内容自体はそうしたことを表現しているわけではない。
ただ単純に、「切なさ」を描きたかった。
余談ながら、僕が一番好きなバグルスの曲は実は"I Love You (Miss Robot)"ではなく、"Living in the plastic age"でもない。トレヴァー・ホーンがJ・G・バラードの小説に触発された(らしい)"Johnny on the Monorail"という曲である。ライブ演奏でも実にクールだ。