Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

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死んだ後の世界でも一緒に生きていくと決めたこと

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 ブログの更新を怠っている間にいろんなことがあった。

 9月の末にタイに6日間旅行した。バンコクと、ホア・ヒンという静かな海辺の街を訪ねた。


 タイに行きたかったからタイに行ったのではなかった。以前からネットで海外に友人を見つけたらその国へ行くというようなことを決めていたが、数人見つけた友人がタイ人であったから行ったのだった。数人のうちの2人と会ってきた。

 2人とも三十代の女性だったが、そのうちの一人、バンコク在住の日系書店で働いてる人と恋愛関係に落ちた。彼女とホア・ヒンに行き、2日間過ごしたのだが、それが思いがけず忘れられない出来事となった。

 タイを去る日だったか、帰国してからだったか、僕はそのヴィクという女性を一生の伴侶にすることを考え始め、彼女もまた同じことを僕に求めてくれるようになっていた。


 当初はヴィクが来日して、一緒に我が家にある7つばかりの田畑を糧に農業でもして暮らそうという予定になっていた。だが構想が露見するや否や、僕の側の両親兄弟から激しく反対された。

 「結婚するなら家から出て行け」と言われて、相当不条理な思いを味わった。僕だけの家ではないけれども、僕の家でもある。両親に反対されるのは仕方ないと思ったが、離婚して出戻ってきて同居している姉に家から出るように言われたのは釈然としなかった。

 いろんな理由をこじつけられたけれど、要するにヴィクが東南アジアの女性だからという属性のみで、彼女の人格も内質もあったものではなく、無暗に排除されているとしか思えなかった。

 当然のことながらそのことを暗に理解してしまった彼女は傷ついて、僕は彼女を傷つけたことに傷つき、家族から剥き出しに不条理な本意に、近年味わったことのない絶望感に打ちひしがれた。


 数年ぶりに衝動的なオーヴァードーズをやってしまった。むろん、死ぬほどの薬は一度に飲めるはずもなかったのだが、その後、数日死ぬことばかり考えていた。

 ある晩、自分のなかに自分ではないなにかの思考が降りてきて、自分が瞬間に貫かれ、その結果、直感的にすべてを自分ではないところのどこかへ委ねようと悟る、というようなことを経験した。

 それが起こった直後に、僕はプロテスタントの熱心な信者であるヴィクと同じところを生きようと、すべてが型に収束するようにおもえるようになった。
 
 翌日から聖書を読み始めて、その日のうちに以前から知り合いだったルーテル派の知人の伝手をすがって、唐突な勢いに押されるようにして教会へ出向いた。

 牧師には部分的にしか告白しなかったが、ともかく入信の機会を与えてもらって、次の日曜の主日礼拝に参加することになった。以来、週末の朝は欠かさず礼拝に出向いている。


 僕は最初の一歩でヴィクに大きな夢を与えすぎてしまったことを大いに悔やんだ。彼女はタイで暮らし続けることを僕に告げ、僕の判断を試した。なんのためらいもなく、ヴィクの求めに応じてタイで彼女と生きることを僕は即断した。

 来年の秋をめどに、とにかく貯められるだけの金を一年間貯めた後に渡航することを決意した。

 まずは語学学校でタイ語を学ぶことから始まるだろうが、すぐにヴィクとの暮らしを始めること以外、あまり大きなことをはっきり決めてはいない。

 タイ南部の農村出身である彼女と田畑を持ち、できれば思い出の地であるホア・ヒンか、それ似た温暖で喧騒から離れた土地でゲストハウスを営めたら、というようなビジョンをヴィクとの間で共有している。だがそれもどうなるか分からない。

 はっきりしていることは、ヴィクと死ぬまで一緒に生きていくということ、それだけである。僕が洗礼を受けた後は、生きている間のみならず、死んだ後も約束された世界でやはり二人の関係は続いていくということにもなる。

 今よりも多くを稼ぐために10年ぶり以上くらい久しく職安を訪れて、仕事を探したりもしている。履歴書の書き方なんかすっかり忘れてしまっていたが、臆することなく願書を送り続けている。


 聖書はあまり読み進めていないのだが、それでもキリスト教がなんなのかは少しずつ理解して行きつつある。

 「神に関わることが信仰だ」と牧師が言うので、関わるということはどういうことかと聴くと、神様と触れ合うことだという。最近になってその触れ合うという感覚がなんとなく分かってきた。逆に言えば、目に見えないものと真剣に触れ合う人生を僕は送ってこなかったということだ。
 
 クリスチャンの友人の一人は「あなたが神様を選んだんじゃない。神様があなたを選んだのだ」という。ヴィクの祈りを通じて神様が僕を見つけ、僕を見出したのだという。

 「そうでもないとそう簡単に教会に来れるわけがない」。確かに僕を信仰へと押し出したのは自分以外の何かの力がなければ可能ではなかったようにも思う。






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LINEと気分変調症のジム・モリソン、空気のように反日を吐く

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 Lineにハマっている。

 スマホなんぞ死んでも持つかと決めているのだが、ネットで人と出会うと、必ずLineのIDを尋ねられる。

 ずいぶん前だが、どうしても友達になりたい人と肉声で喋りたくて、スカイプの有無を尋ねたらLineのIDを尋ね返された。仕方がないから、スマホなしでPCにLineを導入する術を調べたら、案外すんなり成功した。

 やってみると、なかなか面白い。スカイプよりも面倒ではなく、距離感の取り方が絶妙なアプリケーションだと分かった。

 ただ、一度だけLine友だちといざこざがあって、アンインストールしたことがあったが、わずか一日でもう一度インストールし直した。

 人と繋がりたいから繋がるためのアプリケーションを使う。これが普通は本当であって、そのためにスカイプやFacebookは機能しているのだろう。

 だがLineの場合、これが逆なのだと分かった。

 Lineをやっていると無性に人と繋がりたい欲求を刺激されるのだ。もともとそれほど対人関係に欲求がなくても、Lineを使っていると、なかった欲求が注入されて、体内に依存症のように巣食ってしまうのである。
 
 ドラッグに喩えるなら、Lineは覚せい剤のようなものである。試してみるだけで、本来不必要だったものが必要になって依存してしまう。
 スカイプやFacebookはそれを求める動機が先立って使用されるのであるから、精神病患者に向精神薬を処方するのと同じようなものなのだ。
 だが、Lineの場合、動機の有無に関係なく、最初から依存がやってきてしまう。

 今のところ、一対一のチャットしかやってなくて、グループ機能のような類には使ってはいない。なにしろLine友だちは皆、外国人だから。

 ブログも全然書いていないし、筆記が必要な作業が日常にほとんど存在しないので、日本語を全然書かずに英語ばっかり書いて一日が終わる場合が、しばしばある。
 いま、このブログを書いているけれど、日本語で思考して日本語で表現するのは実に一ヶ月ぶりぐらいのような感じがする。



 ドアーズにもハマっている。

 数年ぶりぐらい、久しぶりに聴いている。気分の状態に関係なく、いつも聴いている。朝目覚めて窓から明るい日差しを浴びながら、爽やかに『ジ・エンド』とか『ストレンジ・デイズ』を聴いていたりもする。

 いつだったか、『ブルー・サンデイ』だか『インディアン・サマーズ』だかを聴いていて、ジム・モリソンって実は僕と同じ気分変調症を患っていたのではないかと考えたことがあった。

 ドアーズの音楽はペシミズムとか無常観に彩られているのだけども、それが異様に美しいのである。厭世的な世界を常としてその上に自分の美意識をひけらかすなんて、気分変調症患者ぐらいしかやりそうにないことだ。

 だから勝手に、「ジムは僕と同じ気分変調症だったんだ!」という推論の延長でドアーズを聴いていると、すごく感情移入できたのである。
 高校ぐらいから聴いているけれど、なんか、「本当に分かった」という感じがしたのは、「ジムは気分変調症」という勝手な決めつけの後に生じたものなのである。

 逆に推論してみると、ドアーズを聴き始めた高校生のときぐらいから、僕は世界を厭世の産物としか見なくなっていた、ということも考えられる。

 そして、すなわち、僕の気分変調症は高校生ぐらいのときにはすでに発症していたという可能性を立てることもできる。

 前にも書いたと思うが、オリバー・ストーン監督の伝記映画を見て、僕はドアーズを知った。
 あの映画でのジム・モリソンの描かれ方はちょっとひどすぎるような気もするけれど、あれを見て彼らを知った人たちは僕の世代では多いんじゃないだろうか。

 映画館を出た後、自分の人生がなんだか一瞬で変わり果てたように思えたあのときの感覚を、今でもはっきり憶えている。

 数年後、大学に入ってだらしない暮らしをしていた頃、深夜の番組であの映画をもう一度見た。

 そんなに感慨深い気持ちは起こらなかったものの、見終わった後で同棲していた恋人と激しいセックスを数回やった。それがとてつもなく気持ちよかった。あの夜、汗まみれになって僕の腕の下にいた恋人の悶えた表情を、今でもはっきり覚えている。

 ドアーズ以上に官能的なポップスを僕は他に思いつかない。ジム・モリソンの声ほどにセクシーな男のボーカルを僕は今まで聴いたことがない。

 ペシミズムに満ちた世界で繰り返されるセックスほど、美しくて気持ちいいものはない。僕はセックスするときに音楽は聴かないけれど、なんで若い頃にドアーズを聴きながらセックスをいっぱい貪らなかったのか、そんなアホな後悔さえ覚える。



 反日にハマっている。

 台風通過で電話線が壊れ、家の周囲にどこから飛んできたか分からないトタンやら枝木が転がっていた。

 NHKの7時のニュースを見ると、台風被害よりも先に国立競技場の見直しとかなんたらを報じていた。「国の威信にかけても競技場建設を間に合わせなければならない」とNHKの解説委員が力説してるのを聞いて、脱力感を覚える。

 「国の威信」という言葉までもが堂々と発揚されるこの国に吐き気がする。

 いっそのこと、未曾有の災害で東京が地図から消えてくれたらスッとする。そんな悪意が自然に起こり、それが当たり前のことのように日々一層怨念が募っていく、下痢だらけの魑魅魍魎が気分を覆う時代。

 
 ドアーズの音楽だけが、そんなものから一番遠いところにあり、ルサンチマンの野糞のように成り果てた僕を少しだけ浄化して、安息の彼岸へと誘引してくれる。





拭い去ることの出来ない虚無感の心的光景

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 GW期間中はどこにも行く予定はなかった。しかし、4月の末からすこぶる調子が悪かった。

 久々に一日中寝込む日々が数日続き、鬱の重さ加減は2月前半の冬季うつと同じくらいの重さに感じられた。まったく食欲が湧かず、起きていると頭痛がした。

 原因はInterPalsで、三年に一回出会うか出会わないかというぐらいの変態女に遭遇してしまったことにある。少し前のハメ撮り偽装オナニー写真を送ってきた女もかなりのものだったが、今回の変態女はメンヘラ的に気持ちの悪い女だった。

 思い出すのも嫌なので敢えて記録しないが、そのメンヘラ的変態度はずっと昔に会った生活保護不正受給の多重人格偽装女に匹敵するほどだった。
 なぜ、こういう珍獣のような際立ったパーソナリティの人間ばかりを招き寄せるのか、僕ってなんでいったいどうしてこうなのか。

 とにかく、鬱はどうやっても慣れることはない。その苦しさはいつも鮮度が高い。頓服薬なんか飲んでもどうなるものでもない。
 鬱になったら寝るしかない。5日くらいは寝込む覚悟で、通過するのを待つしかない。


 
 5月5日が過ぎたが、今年の5月5日は特別な日になるはずであった。なぜならこのブログを開設してちょうど10周年になるからである。

 「なるはずであった」というのは、実際に5月5日を迎えてみても、何の感慨も起こらなかったからである。鬱に七転八倒しながら、ブログどころか、文字をタイピングするのさえ苦痛であった。

 いろいろなブランクを挟みながらも10年書き続けたということに、大した意味は見出せない。むしろ10年経ってweb環境は想像もしなかった速さで激変したが、僕自身は想像もしなかった驚きとともに何も変わっていないということの方が大きい。

 10周年を機会に、というわけでもないが、ブログの更新回数を減らすことを考えている。

 一ヶ月に10投稿を目標にやってきてはいたが、最近書くことがなくて困っている。政治経済時事問題にタッチしないようになったので、なおさらネタ不足に陥っている。自分の個人的なことを随想みたいに書くのは得意でもないし、あまり好きでもない。

 日記に添えているフォトコラージュの製作も、だんだんと活動が鈍ってきた。

 遊びのようにやっていたことが、芸術になってくると、だんだん面白くなくなってくる。より良いものを、と考え出すと、それは仕事みたいになってきて、発想も大胆さも膠着してしまう。
 ちょっとこの辺で、少し休ませてみたいと思う。ストックは十分に揃っていることだし。



 『ザ・ハングマン 燃える事件簿』を1話から3話まで見る。ハングマンを知らない人は、説明するのも面倒なので、ウィキペディアで調べてもらいたい。

 第1話はゴッドと呼ばれるリーダーによって偽装殺人・自殺して戸籍を消したメンバーたちがハングマンになる過程を描いた回。

 あべ静江演じるベニーについてゴッドが説明するナレーションがあって、「長所、優れた学識と大胆な行動力。短所、拭い去ることの出来ない虚無感」と読み上げられるのだが、この「拭い去ることの出来ない虚無感」というのを聞いて、鬱病真っ最中の僕は「おいおい、おれのことやん」という思いに駆られる。

 「拭い去ることの出来ない虚無感」。

 自分の気分変調症がいつを契機に始まったのか、それを考え始めると、直接的には大学時代にきっかけをみいだせるのだが、萌芽のようなものは幼年期にその根拠を見つけ出せる思いがする。

 子供の頃、宿痾と呼ぶべきほどひどかった喘息の発作に死ぬほど悩まされた。発作が起こると当然学校は休まざるをえないのだが、共働きだったので、教師だった母が年休をもらって夕方に帰ってくるまで、一人で孤独なマンションの中、ずっと待っていなければならなかった。

 夕方の時間になると、窓の近くに横たわって母を待った。車の音がすれば苦しい身体を起こして窓から駐車場を見下ろすのだが、それが母の車でなければひどく落胆させられた。
 車の音がするたびに身体を起こして、またしても母の車でないことを確認させられ、一人で泣いていた、あのときの苦しさ。あれは大人になって、喘息がほぼなくなった現在においても、つらい思い出として感覚がはっきりよみがえる。
 
 待ちわびることの苦しみ、その分離不安は大人になってから対象が恋愛関係の女性に移行する形で再燃した。待つことは今でも苦手で、待っている間に、僕の思考はどんどん自滅する方向へ勝手に走り出す。

 だから気分変調症の世界像を覆い尽くす僕にとっての「拭い去ることの出来ない虚無感」というのは、幼児期に形成されてしまったものだと考えている。
 だからといって、いまさらそれを覆すことなど出来はしない。そんなことはありえない。

 
 『ハングマン』は第一シリーズのエンディングのみ、昼間、ちょうど午後3時くらいだろうか、夕刻と昼間のちょうど間の東京の光景が映される。
 第二、三シリーズは夜景なのだが、僕にとってのハングマンはこの夕刻と昼間のちょうど狭間の光景が最も適したイメージなのだ。

 雨が流れ落ちる窓が映され、やがて雨がやむと、都心の高層ビルが窓越しに見えてくる。それをゆっくりとズームアウトさせながら都心全体の景色が広がってゆき、その間にエンディング・テーマの『あれから』が流れる。

 僕はこの終わりのシーンを見るたびごとに、自分の原体験の心的光景を象徴的に見る思いがする。母の帰りを待ちわび続けた幼児期や、恋人だった女性たちに突きつけた分離不安の景色を、この映像がカリカチュアのように物語っているように映るのだ。

 夕刻と昼間のちょうど狭間、ビルがひしめき合う都市の光景。僕はこのなかに、意味もなく戦慄を覚えたり、パニック寸前のときの予兆の不安に似たものを感じたり、どうしようもなく胸を掻き毟られるような切なさに意識を持っていかれる気分になるのだ。

 『あれから』の歌詞の中に、こんな一節がある

 「あの人のことだから今も 気楽な暮らしだろうか。男たちの胸を焦がして 笑っているだろうか」

 この部分を聞くたびに、忘れていた思い出の疲れがどっと背中に刺さってくるような思いになる。

 終わりも逃げ場もない分離不安の宿命に怯えながら、人生を永久に彩る「拭い去ることの出来ない虚無感」を、僕はこのフレーズの中にいつもハッと思い出させられるのだ。





断酒、そして自主映画、人生最後の目標

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 身体の中が、昼夜逆転状態になっている。

 昼間はちゃんと起きていて生活しているのだが、意欲が湧かず、感情が反応しにくい。むしろ夜の方がやる気が起こって、情緒も活発に働く。だから「身体の中」というわけなのである。



 ウイスキーをやめたら、途端に体重が5キロ減った。

 同時に「食」に関する好奇心も元通りに消え失せた。あれほど「余市」と一緒につまんで美味しいと思っていた子いわしにも興味がなくなった。

 夜食を食べなくなった。食事を自分で作るのも大層に感じてしまうようになった。やはり酒を飲んでこそ、肴としての食物に対して欲が生じるのだ。

 ウイスキーと同時にInterPalsもやめてしまうと、夜になると空虚感に襲われ鬱みたいになってしまったので、どちらかはしばらく残そうと思い、InterPalsのアカウントを復元させた。
 InterPalsを続けるのはフリーだが、ウイスキーはべらぼうに金がかかる。依存性がダイレクトに身体に直結する点においても、やはりアルコールの方を除くのが適当である。

 それでもなんだかウイスキーが恋しい。ブラックニッカ・クリアでも良いから飲みたくなってくる。



 大学時代に撮った自主映画をほぼ全作品、YouTubeにアップロードした。

 数年前にアナログテープを再生させてmpg2で取り込んだものが、古いパソコンの中に眠っていた。それを新しいパソコンの方に移動させて、アップロードしたのである。

 一番時間の長い映画はファイルをパソコンどうしに移行させるだけでもかなり苦労した。40GBある古いハードディスクにコピーしようとしたが、6.3GBのファイルがどうしても移せない。
 マイクロソフトのone driveにアップロードさせる方法も試してみたが、6時間近くかかって残り数パーセントのところでエラーが出て失敗した。
 ネットで調べてみたら20GBぐらいのファイルを吸い上げるサービスがあったので、やってみたら20分も経たずに成功して、新しいパソコンへのダウンロードはもっと早く、あの6時間の苦闘はなんだったのかと拍子抜けする。

 6.3GB、1時間33分なんてYouTubeにアップロードなんかしたこともない。最初にOperaからアップロードしようとすると1パーセント消化するのに10分ぐらいかかったので、グーグルでめぼしいソフトを検索する。
 見つけたフリーソフトだと確かにアップロードは早いのだが、映像だけで音声を押し上げてくれない。
 どうしたものかと、Google Chromeで地道にアップロードしようと試みると、30分弱で成功。Operaだと400時間が表示されたが、ブラウザによるこの大きな隔たりは、いったいどういうことだろう。

 ただし、アップロードしたファイルの処理には半日以上かかって、ようやく見れるようになった。

 今回、アップロードに踏み切った理由は、InterPalsで出会ったアート好きの中国系アメリカ人女性がぜひ見たいとのことで重い腰を上げて作業したのだった。まことに僕は女性に対して甘い、というか弱い。
 だがその女性とも自主映画の大半をアップロードした時点で、すでに喧嘩別れしてしまい、結局、見せる相手がいなくなった。

 今のところYouTubeでは「限定公開」扱いにしている。動画のリンクを知ってる人しか見れないという状態だ。

 これを普通の「公開」状態にするかどうか、考えあぐねている。

 画質が良くて、見てもらっても恥ずかしくない作品なら公開してもいいのだが、僕の作品のほとんどは8ミリフィルムやアナログビデオで撮影したものなので、当然ながらほとんどが画質が悪い。
 しかも現在あるノンリニア編集と違って、アナログ時代はダビングにダビングを重ねていく画質劣化式編集しか素人にはなかった。だから画質の悪さも、ちょっとどころではないのだ。

 夜中に、昔の自作を久々に眺めていたら、それこそウイスキーを飲みたい気分に駆られた。激しいノスタルジーなのである。

 友達も自分も、みんな、嘘みたいに若い。映画自体、当時の自分の感受性が思い出されて懐かしいのだが、実際に映像には映っていないけど、映らなくても記憶に焼きついた思い出がどんどん画面から放出されて、なんともいえない気持ちになる。

 画質は本当にクソみたいに汚いのだが、16:9のハイビジョンに見慣れてしまった感覚からすると、4:3で、ノイズに画面が揺れて、インターレースが走りまくりのクソ画質が、なにやらシュールで前衛的な作品のように見えてくるのだから、それもまた面白い。

 
 大学時代に撮ったアナログ映画を、すべてデジタルに転換して一から再編集するというのが、僕の人生の最終目標である。

 ダビングにダビングを重ねて劣化しているので、撮影時のオリジナルテープをデジタル化して、一番きれいな状態の画像を繋ぎ合わせて、最初から終わりまで編集しなおすのである。

 だがその作業には膨大な時間がかかる。だから今までそれを放り出して、一年が経ち、二年が経ち、最初にそれを企図してから15年以上が経ってしまった。

 YouTubeにアップロードしたのを契機に、再編集へ取り組まなければならないという気持ちが強くなった。

 今のパソコンでIEEE1394を使ってテープから動画を取り込むのにも成功した。Adobe Premiereも一応使いこなせるようにもなった。

 条件は揃っている。あとは始めるだけなのである。

 自主映画の再編集をやらなければ、僕は死ぬにも死に切れない。言い方を変えれば、作品を半永久的な形で残せる目処がつければ、もはやこの人生のしがらみに、なんら思い残すことなどない。





中国系米国女、晩酌の終わり、ルー・リード

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 Mくん、こんばんは。

 気候もだいぶ穏やかで暖かくなりましたが、その後、調子の方はいかがですか。鬱病の方は少しは寛解しましたか?

 僕は冬季うつの方は改善されたのですが、ネット上の人間関係のトラブルで、ここ最近少し調子を崩しました。

 そのトラブルというのは例の海外メル友サイトInterPalsのことでして、僕のビデオ作品が気に入ったという中国系アメリカ人が近づいてきたんですが、これがとんでもない痴女でした。
 
 「あなたの作品見て興奮しちゃって、オナニーしてるの」って、全裸の写真送ってきたりするんですが、どう見てもハメ撮りなんじゃないか、てな写真で、「これであなたもアソコこすって」って強要してきたりして、まあオナニーしちゃったんですが、「これでわたしたちの感情芸術は別の高域レベルまで上がった」とか、もう訳分からなくて。

 向こうから来たんであって、選んでるわけじゃないんだけど、もうこんな変な女ばっか。僕が独身なの、わかるでしょ?

 ・・・・・・実に不可解な出来事だったのですが、案外しょぼい話かもしれなくて、まあ気持ちに余裕が出来たら、この痴女体験、またお話しようと思いますが、どうなるか分かりません。

 InterPalsの件はアカウントをdeleteしちゃうことで、トラブルは終結させたのですが、案外長いこと、今回ものめり込んで遊んじゃったんですね。
 終結のダメージ、というか、のめり込んでPCに向かうときは他のこと何もやらなかったんで、空白状態になったというか、やる気とか意欲が失われて困ってます。
 
 日記とかコラージュ、ほとんどやらなかったんですね。特にコラージュは深刻です。新しい作品は全然造ってなかったです。
 コラージュとか映像作品っていうのは、定期的にやってないと腕が落ちる、っていうか、何をどうやったらいいか分かんなくなるんです。
 中国系米国女に作品を見せたりしてましたが、最後の方に作ってた、割りと「洗練」されている絵は全然関心持ってくれなかったですね。
 むしろ10年前くらいにアダルト写真を使って作った下手くそでやたらシュールなコラージュの方が受けたりしました。まあ、相手は痴女ですから・・・・・・。

 最近分かったことは、要するに「洗練」というのは、「普通になる」ってことで、つまり面白くなくなるってことなんですよね。


 もう遠い昔の話になりますが、マッサン、最後まで見ましたか?

 僕は2月の中旬くらいから見始めて、最終回まで見てしまいました。朝ドラの最終回を見るなんて、10数年ぶりです。

 ニッカのウイスキーにハマってしまって、シングルモルトを一ヶ月に3本買うぐらいになって、有名どころのブレンデッドや、「余市」だとか「宮城峡」は全部飲みました。初回ブラックニッカ復号限定発売まで手を出して飲んだくらいです。

 安物ですが、スコッチにも手を出し始めたところでした。

 ところが、人間関係のトラブルのせいで、純粋にウイスキーを味わえなくなり、自棄酒みたいになってしまいまして、これではいかんと、今朝、残っていた「余市」と「宮城峡」、スコッチの計3本を台所の流しに全部捨てました。

 実にもったいない話です、あと5日分くらいは酒盛りできた量がのこってたんですが。

 今夜は二ヶ月ぶりぐらいに真夜中の晩酌のない時間を過ごしてます。晩酌って言うより、もはや酒盛りっていう言葉が当てはまるぐらい、ほんと、毎晩大量に飲んでたんですが。

 予想はしてましたが、一気に飲酒をやめてしまったので、今夜はちと、プチ鬱です。

 どうにもつまらん話ばかり書いてますが、ここんとこ、ほんとブログの日記ネタに事欠いてまして。ネタ自体は浮かぶことは浮かぶんですけど。
 たとえば、英語の"Have fan?"っていう言葉に萌えちゃって、これ読むと、むらむらして、下半身が濡れる話とか。

 でもそれを実際に書かないってことは、どうでもいいことなんですよ、結局。自分とってね。残すほど意味ないんです。


 最近、ルー・リード、聴き直しています。アリスタ時代の『都会育ち』とか後期RCAの『レジェンダリー・ハーツ』とか。

 「ルー・リードって誰ですか?! れじぇんだりーはーつ???」、Mくん、洋楽聴かないからそうなるだろうけど、まあいいじゃない、ルー・リードです。
 最近、ルー・リード聴くと、精神衛生上、とても良いんです。

 基本的に透き通るようなトーキングスタイルのボーカルだった初期のころが、僕の一番好きなルーなんですが(カレーじゃなくて)、試行錯誤から円熟へ向かう過度期のアリスタ時代の作品愛聴してるのは、重要な理由があります。

 僕が40歳に到達したからです。

 「40になるって、アイデンティティの危機なんです、男には」って、ダンティヒ生まれのドイツ文化概論の先生が学生時代に言ってましたが、それがいま、よく分かります。
 女で言えば閉経の時期でしょうか、女じゃないから分からんけど、要するに、男としてのアイデンティティがどっちに転ぶかわかんなくなる、そんな時期なんですね。どっちっていうのは、それが「ダンディ」になるか、「おっさん」になるか、そういうことなんですね。

 「今もまだ学生気分なんです」だなんて、君は有名私大の近くで一人暮らししているから言えることなんですよ。Mくんも39だから、一年後、勝負の分かれ目で、悶え喘いで燃え尽きますよ、きっと。

 そんなアイデンティティの危機だから、ちょうどルー・リードがその時期に製作した『都会育ち』なんて、しぼんだリビドーが下品に暴れまくるほど、萌える良作なんですね。
 僕のお気に入りは、タイトル作の"Growing up in public "でしょうか。これで萌えますね、いまの僕。

 彼が死んでから分かったことなんですが、ルー・リードの音楽って、アメリカの歌謡曲なんですよね。

 前衛とか社会派とか、そういうのとまったく無縁なんです。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代との最大の違いは、そこなんです。これ、理解できない信奉者が、意外とたくさんいるんですよね。

 村上龍なんか、「ルー・リードの音楽は精神性がない、だから優れたポップスなんだ」なんて言ってますが、彼はたぶんアリスタ時代とかほとんど聴いてないでしょう。
 僕からすれば、ルー・リードを喩えるなら、日本のドリカムみたいなもんですよ。精神性、ダダ漏れで流れっぱなしですよ。

 彼がやりたかったのは、たとえばチャック・ベリーと同じことなんです。単純に軽快で気持ちいいロックンロールをやりたかっただけなんです。インテリだから無駄で余計なアイコンが付いてしまうんだけど。デカダンスとかね。

 唯一、ヴェルヴェッツ時代から引き継がれた音楽性、つまり「精神性のなさ」を反映した曲は、アルバム『トランスフォーマー』の各曲とか、「コニーアイランド・ベイビー」ぐらいじゃないでしょうか。
 アルバム『ニューヨーク』は社会派なんじゃないか、って意見が聞こえてきそうですが、僕からすれば、あれはロックの演歌のアルバムです。

 名曲「ワイルドサイドを歩け」は、本来なら通俗的なジャズっぽいアレンジの微妙さが逆に前衛に聴こえてきて、あれが全然飽きません。プロデューサーのミック・ロンソン、天才ですね。
 社会とか意味とか関係なく、他人事を他人事として空虚に歌う、あの歌詞世界こそヴェルヴェッツに共通するものであって、ああいう描き方がいまでもあのバンドが唯一無比な伝説になった所以と言うべきでしょう。

 それと比較すれば、「コニーアイランド・ベイビー」ってのは主観的な私小説の極致みたいで、全然方向が真逆です。実に、通俗的な曲になるべきであったはずのものだった。
 でもあれが信じられないほど奇跡的な神秘の名曲になったのも、やはりアレンジの妙が決め手なんですね、プロデューサー、誰だっけ。

 「愛? そんなもん、ほんまは奇跡なんちゃうの?」ってことを歌った曲は、通俗的で惰性のように、腐るほど書かれています。

 でも、「コニーアイランド・ベイビー」の「奇跡」っぽさって、半端ないです。ずっと長いこと、あんなこと、ありうるわけがない世界だって、ずっと思ってました。
 「愛の奇跡」を歌いながら、一人の人間にそれを20年以上信用させないって、それだけですでに名曲の条件に適ってるとは思いませんか?

 僕がその「愛の奇跡」をようやく理解したのは、ルー・リードが死んでからです。

 「コニーアイランド・ベイビー」ってのは、「もしかしたら君が愛ではなかったって思ってたことのなかに、本当は愛があったんじゃないの? 君はいつ、それに気づくんだろうね。ひょっとしたら、死ぬまで気づかないかもね」っていうことを、聴き手に問いかけないように問いかけてる曲なんだと思います。

 本当は、そこに愛があったんじゃなかったのか。

 一生かけてもそれを見落としていたり、気づけないってことはざらにあります。人生、そんなもん。
 愛なんて自分の過去の中で、目立つイベントに勝手に思い込んでいて、だから通俗的で惰性。バタ臭くて嫌になってきます。

 でも、愛だとは思ってなかったところに、あれ? あれって愛だったんじゃない?ってことを過去の中から見つけ出して、本当に愛してもらったことに感謝して、かき消される寸前だった事実に対していまの自分がようやく愛するようになることで、愛として生まれ変わるように昇華される。

 それこそ「愛の奇跡」なんだと、思います。

 40過ぎたからこそ、そういうふうに分かるようになったってことは、40もまた妙齢ってことでしょうか。歳をとるのもわるいことばかりではなさそうです。


 希望を持ってみます。






『マッサン』は朝の連ドラ版『プロジェクトX』ではなかった

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 シングルモルト宮城峡をイオン系列店で見つけて、数字前に衝動買いをした。

 やたらに高い酒専門店も含めて、いろんなところを見てまわったが、余市と竹鶴はあるが宮城峡だけはどこに行ってもなかったので、原酒不足で出荷停止しているのかと思っていた。
 普段は足を運ばないスーパーにトイレを借りに入店して、たまたまついでみたいに酒コーナーに拠ってみると、それはまるで奇跡のようにあった。
 
 結局、今月はハイボール用のジンジャーエールと肴の品々を合わせて、ウイスキー関連に一万円近く注ぎ込んだ。もはやニッカのお得意様である。

 サントリーとニッカ、両方のシングルモルトのなかで一番クセが薄いウイスキーと、よく見るウイスキー紹介ブログには書かれていた。
 甘くて飲みやすく、フルーティーであるとの触れ込みだった。

 だが実際には余市に劣らず、しっかりクセの強い味と香りだと感じた。

 いまだにピート香だとかスモーキーフレーバーというのがよく分からないのだが、余市を始めて嗅いだときに感じた草の匂いのようなものは宮城峡にも感じられ、むしろこっちの方が強く匂った。

 味の方は独特のクリーミーが漂う余市ほど強烈ではないが、やはりそれなりの個性は感じられ、グレーンの入ったブレンデッド・ウイスキーとは完全に別個の味わいが、しっかりとあった。

 余市と宮城峡しか飲んでないわけだが、肴のマリアージュはやはり、いかくんとか鰯の丸干しなどの海産物系が一番合うように感じられる。それと、チーズたら。
 ウイスキーにはチョコレートが合うようにいろんな人が言うけれど、それはニッカのシングルモルトには当てはまらないような気がする。
 チョコレートと一番相性がいいのは、僕が飲んだものの中ではブラックニッカ・クリア。逆に言えばブレンデッドウイスキーには海産物系はまったく相性が悪い。

 ニッカのウイスキーを飲むときは必ずニッカのサイトを眺めながら飲んでいる。ニッカのサイトは割合にデザインがよく、配色やフラッシュとか画像のセンスがなかなかいい。
 まさに飲む気を誘うようなサイト構成なのだ。
 
 写真で見る余市や仙台の蒸留所、付近の自然は本当に美しい。清涼な水とか空気が二次元の中から香ってきそうなほど、実にきれいだ。
 それらを眺めながらウイスキーに浸る真夜中の時間は本当に至福の一服である。

 「余市を気に入るようになれば、あなたも立派なスコッチ入門者」みたいなことが書かれてあったりするが、今のところは、ニッカだけで十分な気もする。
 人の手作業による石炭の直火焼きでの蒸留なんてことを想像すると、「これこそ本物」みたいに思わざるをえない。
 
 日本人は時として、実に非合理的な部分に美意識とともに合理性を見つけようとする。それは長所ともいえるが、やりすぎると性懲りもない悪癖と化す。


       *    *    *    *    *       


 『マッサン』の最終回を見る。朝の連ドラの最終回を見るのは『私の青空』以来だから、約15年ぶりぐらいか?

 全回視聴した姉は「回想シーンが多くて面白くなかった」というが、想像する限り、あれ以上に他に見当たらない終わり方をしたんじゃないか、というのが、2月から見始めた僕の感想である。

 最後の一週間でサーっと登場人物がどんどん去っていって、最後は主人公二人だけの世界に回帰する。あのドラマの骨子がロマンスである以上、そうやって終わるのが自然だと思う。
 最後の回想シーンにしても、映ったのはほぼ主人公の二人だけだったし、そういう細かな意図にも好感が持てた。

 マッサンがエリーの「ラブレター」を読むシーンは胸が詰まるような思いがした。それは感動に由来する感情ともいえるのだが、実のところ、「あんな完璧なまでに愛されて愛が完結したら、もはやウイスキーすら必要ないんじゃないか」と思えるような、ありえないものを見ているような気持ち、つまりは羨ましさだった。

 特に、自分が死んだら洗濯物はちゃんと表にして脱いでおいて、という遺言の部分と、ウイスキーのことは本当は何も分からなかった、「ごめんね」と最後に告白する箇所で、エリーの最大限のマッサンへの愛情を感じた。

 エリーが逝く場面も劇的だったが、あんな完璧なラブレターを最後に残されたなら、もう何もいうことなく、何も憂うこともない愛の完成形として、成就できるのではないか。
 というか、いくらドラマとはいえ、あんなにありえなさそうな幸福の頂点を見せつけられると、振り返って現実の自分自身の人生について反省してしまうような思いに、僕なんかは持っていかれる。

 ドラマが始まった当初は、いろんな人たちが指摘するように、これは朝の連ドラ版「プロジェクトX」みたいなもんなんじゃないかと、大っ嫌いだった番組と重ね合わせられる気がして、無視していた(いみじくも主題歌は同じ中島みゆきに拠るものだった)。

 印象が変わったのは、年を越して「北海道編」の宣伝CMを見てからだった。あのときに「ちょっとこれ、面白いのかもしれない」と思い始めた。

 実際に見始めたのは太平洋戦争勃発後からであって、エリーが特高に非を唱えて抵抗するという、いきなりクライマックスみたいな場面を見せられて、それに続く一馬の出征ときて、まったく息つく間もない名場面ばかりで、一話一話を見続けるのが正直重い気分だった。でも脚本と演出の素晴らしさがいつも期待以上に感動へと誘ってくれて、毎日爽やかな思いを与え続けてくれた。

 どのような時間軸に必要な場面を多く割くか、そういった配慮が行き届いた脚本だと思った。特に一馬の出征に関して一週間まるごと時間を割いたのには作者の意図の上手さを感じた。あれが後になってすごくドラマに深みを与えた。
 脚本に関しては、さすが『パッチギ!』や『フラガール』を手がけてきた作者だけあって、「上手いなあ」と何度も感嘆させられた。普通のTVドラマだったら台詞や直接的な造作で説明させたりしてしまうところを、間接的な表現で遠まわしに悟らせるところが映画的な手法に近く、共感した。

 最後にスーパーエリーを完成させる場面がそうであったように、懸念していたような「プロジェクトX」臭は微塵もなかった。
 端的にラブストーリーであり、家族や仲間とのいたわりの物語であった。

 朝っぱらから煩わしいと最初は感じていた中島みゆきの歌であったが、ドラマ終盤になるとだんだん歌詞が心にしみて、聴けるようになった。

 『麦の唄』は、あの『地上の星』のような暑苦しさ、男臭い押し付けがましさは、まったく感じられない。むしろ名曲『時代』と同じような道筋の、あどけないロマンティシズムを慈愛で包むような、時間をかけて長く聴き続けられそうな普遍性を持った歌だと、途中から気がついた。


 たぶん、『まれ』は見ないと思うけど、久々に心に残る朝の連ドラを見せてもらった。

 もちろん、DVDになったら買うつもりだ。





初号ブラックニッカ復刻版の再商品化を強く希望する

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 最近の生活について。

 寝込んでしまうほど苦しい冬季うつはなくなったが、春めいた季節の到来とともに、苦しくはないが、何事にも無気力な脱力感が日々を覆うようになった。


 ブログの日記をほとんど書いていない。いまアップロードしているのは、すべて以前に書き溜めていたものである。書きたいと思うことは時々浮かぶのだが、まとまった文章にならない。
 思い浮かぶことは感覚による短いフレーズのみであって、それが文書になるような思考まで到達しない。
 
 コラージュも全然作ってない。数週間前ぐらいから完全に製作がストップしてしまった。新しいアイデアが浮かびにくくなっている。というか、フォトショップを開く気分さえない。やる気が起こらない。


 新聞はまったく読んでいない。それどころかネットのニュースサイトすら見ない日もある。冬季うつ対策の中で「ニュースを見ない」というのを決めていたが、それが延長している。

 新聞なんて見出し一行見るだけで憂鬱になる。政治状況なんて関心はない。どうせ悪くなるばかりで、メディアは下痢ゴリラの太鼓持ちだ。
 現政権を僕は信任などしていない。
 僕には革命権が認められる。それが無政府主義者の論理だ。


 友達の中国人メイ・ティンの最近の写真を見ようとして、縁を切ったはずのInterPalsにアカウントをつくったところ、これをだらだらやり続けてしまっている。
 相変わらず反吐が出るくらい嫌なサイトなのだが、いいかげんなコミュニケイトをこころがけて投げやりにやっていると、案外没頭してしまう。

 外国人とのトラブルも以前と同じように起こる。
 20代のチリの女の子の発言にむかついて異議を唱えたら、最初は謝意を示していたが論理的に何が悪いかを説き続けていると逆ギレされて激しく罵倒された。
 そのまま縁を切っても良かったのだが、人を削除したり削除し返したりするのに疲れてしまっているので、仲直りを提言すると、逆ギレが嘘だったかのようにもう一度謝られて、「あなたは何も悪くない」とまで言われ、頭がくらくらしてきた。
 一応関係改善したふりをして無視しながら自然消滅的に離れようと思っている。

 一概に十派一絡げに言えることではないが、逆ギレというのはキリスト教文化圏の人々の文化みたいなところがある。論理的に非を質していくと、無茶苦茶な非論理で激高されることは珍しいことでもない。
 非論理的な人間の逆ギレ攻撃には一点を集中してぶれずに叩くというやり方が特徴的である。これは何も外国人に限らない。掲示板なんかで教養のない人間がこういう報復をするのはありふれた光景といえる。

 InterPalsというところは表看板はメル友探しサイトだが、ざっくりいえば犯罪の温床にすらなりそうな出会い系サイトである。
 「あなたに会いに行くから旅費を出して」なんて言われて、アメリカAmazonのギフトカードで支払いを求められたりしたこともある。ついつい「後払いで払うから」なんて半分のめり込みながら断ろうとすると、スカイプでおっぱいを見せようとされたりした。これにはさすがに引いた、というか激怒した。
 国にもよるが、彫りの深い顔をした文化圏の外国人はいかにも直接的に下品である。

 初めて香港・台湾以外の中国人と知り合って、先日スカイプで話した。上海の女性で日本企業で働いているから、日本語が使えて楽だった。

 僕のコラージュ作品のブログを見せたら、「マンガを描いているのか?」と言われて驚いた。フォトコラージュに過ぎないのだが、イラストと勘違いされたのだ。
 だがそういわれて注視してみると、作っている人間以外にはコラージュというよりイラストにしか見えないのではないかと初めて気がついた。肌のコントラストなどをいじくっていくうちに、素材の写真の質感がなくなっていくからだ。

 上海の子にメイ・ティンのことを話して、「彼女はミラン・クンデラが好きな変わった女の子なんだ」というと、ミラン・クンデラは中国では結構ブームなのだそうだが、これにはびっくりした。彼の小説は共産主義圏を舞台にしているから共感する人は日本なんかより多いのかもしれない。


 ウイスキーは相変わらず毎晩飲んでいる。

 シングルモルト余市以外は飲まなくてもいいと思えるくらい、やはりハマっている。この間、久々にブラックニッカ・クリアを買ってきたが、全然美味いと思えなかった。

 痛風に一回襲われたので飲酒後に夜食を作るのは控えるようにしているが、余市を飲むときは少量の肴は付けている。
 だいたいは鰹節とちりめんじゃこを混ぜた納豆だとか、昆布だとか、鮭フレークとか、塩分メインのものが多い。鰯なんかを買ってくるときは豪勢に感じられ、ものすごく幸せに包まれる。

 今までに飲んだ数少ない種類のウイスキーを格付けしてみる。

1. シングルモルト余市
2. 初号ブラックニッカ復刻版
3. モルトクラブ
4. ブラックニッカ・リッチブレンド
5. ブラックニッカ・クリア
6. 凛 (宝酒造)


 特にブラックニッカ復刻版は、とてつもなく美味かった。これが販売限定商品なんて実にもったいない。なんらかの形で新しく商品化してはもらえないだろうか。





シングルモルト余市にハマる

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 酒を愛飲するようになると、肴になる食事にも凝り始めるものだと聞いてはいたが、普段食欲が皆無に等しい自分がよもやそういうふうになるとは思ってもみなかった。


 ノンエイジのシングルモルト余市にハマっている。これさえ一本飲んでいれば、ブラックニッカ・リッチブレンドやモルトクラブを併用して飲まなくても満足できる。ブラックニッカ・クリアなどは薬を飲んでるような味気なさで飲む気にもなれない。
 ただ惜しむらくは他のブランドが700ミリリットルであるのに対し、500しか入ってないことだ。まあ2000円以下でシングルモルトが飲めるのだから、この点は致し方ない。

 最初は「草の匂い」としか思えなかったのも、なんだか「果実香豊か」と感じられるようになったし、「クリーミーな口当たり」だとか「バニラのような甘さと香ばしさ」というのも、だんだん頷けるようになってきた。

 これを飲みながらニッカのブランドサイトや蒸留所の文や写真を眺めていると、大変に気持ちよく、そのうち北海道の余市まで工場を見学に行きたい気分にもなる。
 ほどよく陽気なケルト音楽をYouTubeから再生させて飲んでいると、ウイスキー発祥の地であるスコットランドを俯瞰している心地にもなり、このような酒を文明にもたらしてくれた神にすら感謝したい思いにすらなる。



 さて、そのウイスキーを飲む際の、肴に関する話である。

 ビールやチューハイしか飲んでこなかった今までは、酒さえ飲んでいれば腹も膨れたような満足感が伴っていたので、飲酒するときは何も食べてなくてもよかった。特につまみについては考えたこともなかった。

 だがウイスキーというのはどうしたものか、飲んでいると必ず食を欲するようになる。酒だけ飲んでるとどうも胃の中に何か入れたくなり、酔いだけでは満足できないのだ。
 カナダドライのハイボールで飲んでいるのだが、この場合、炭酸はお腹を満たすのにはまったく関与していないらしい。

 仕方なく冷蔵庫やらキッチンの棚やらをいろいろ物色してみるのだが、うちの家族は間食という習慣がないのでめぼしいものが見当たらない。
 酒を飲むのも父が夕食時に焼酎を晩酌する程度なので、父のためのアテは夕食後にはきれいさっぱり片付けられてしまっている。

 最初は常時イオンで買っているトップバリュのベーコンを食していた。だがベーコンに限らないのだが、トップバリュの食品は続けて摂取していると、次第に飽きが来てしまう。

 そのうちに週に一回ほど、アテとなるべきものを求めて、タバコを買う以外は近寄りもしなかったコンビニやスーパーへと買いに寄るようにもなってきた。

 ブラックニッカ・クリアやリッチブレンドの場合、一番最適なのはビターテイストなチョコレートで、これだけでほぼ足りるとった感じだが、シングルモルト余市だとちょっと異なる感じがする。
 余市のブランドサイトにマリアージュ(食べ物との取り合わせ)として、チョコレートが筆頭に上がっていたが、僕が食べて見た感じでは余市とチョコレートは最も相性が悪い気がする。そのミスマッチぶりはなかなか言い表せないが、日本酒を飲みながらコーヒー牛乳を飲んでるような、そんな感じの悪さがしてならない。

 余市には塩分の際立つ肴が一番合っているように思う。

 だからカルパスだとか、いかくん、チーズたらなんかを買ってくる。だが今までアテなんか食して飲んだことがなかったから思うのだが、元来、店で売ってる酒のつまみなんてものはどれもこれも割合に高いものが多い。一品でタバコ一箱買えそうであり、毎日こういったものを買ってくるのは少々財布に響いてきてしまう。

 先日、何かないかと冷蔵庫を探索していたら、たまたま母が買ってあった「こいわし」を見つけた。
 魚屋でバイトしてたときに教わった要領で適当に火であぶり、朝食の漬物に添えるちりめんじゃこと吸い物用の塩昆布をこれにつけて一杯やってると、これが最適のマリアージュで、すこぶる美味かった。

 以来、夕方の家事をやりながら、夜が更けてから飲むときのアテのレパートリーを考えるようになり、案外いろんなレパートリーを思いつくようになった。


 
 深酔いはせず、酒の味覚がまだ判断できる程度にほどよく酔った感じで、一日分の飲酒が通常終わる。

 だがウイスキーの場合、どうも不思議なもんで、飲み終わってからもさらに食欲が湧いてくるのである。これは僕だけだろうか。
 だからそこからまた夜食を作り始めたりするのだが、やっぱり塩分の濃い料理が食べたくなってくる。

 最初は袋入りのインスタントラーメンにネギをかける程度のものを食べていた。だが、それに飽きてくると、白菜を入れてみたり、えのきやシメジを入れたり、野菜を炒めて加えてみたり、その野菜炒め自体も胡麻油や料理酒を使ってみたりと、なにかとアレンジするようになってくる。

 ラーメンに飽きてくると、今度はうどんや蕎麦を作るようになって、ここでも加える具材や調味料をいろいろ変えてみて、だし汁から自分で考えて作り始めて、自分でも驚くほど「にわか食通」みたいになってきた。

 いま凝っているのは和風スパゲティである。味付けもインスタントの製品は一切使わない。材料も野菜だけで6種類ぐらい入れていて、もはや夜食のレベルを超え始めている。大学で下宿していたとき、結構まめに自炊していた方だが、料理に凝るのはそれ以来ではないだろうか。

 元来、僕は一度面白くなると真っ直ぐに凝り性に向かう性質なので、たぶんこの、飲酒後の夜食作りもしばらく続くだろう。

 料理にハマり出すと、当たり前のことだが食べ物全般に関して以前よりも興味を示すようになるわけで、そうなると自ずから今までになかった食事に対する関心も高まってくる。

 ウイスキーを飲み始めて酒の弊害よりも、僕の場合、むしろ健康体に近づいたといえる。

 そのうち図書館に行って、壇一雄の『壇流クッキング』なんかを再読し始めるほど勢いが止まらなくなるかもしれない。





僕たちの顔は誰かに供給され、飽きられた僕たちは誰かに消されて

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 数日前、ニッカのシングルモルト余市を購入した。

 サントリーやニッカが売り上げ上昇とともに原酒不足に陥り、出荷数を減らしたり一時的に停止したりしているということは、報道によって知っていた。
 だが実際にディスカウントストアで「入荷未定」というラベルの貼られた空っぽの品棚を見ると、途端に焦燥感に駆られた。

 前から飲みたかったシングルモルトウイスキーの中でも特に関心の高かった余市がなくなっているのを見て、すぐさま別の店に駆け込んだのだが、あと2本ぐらいしか残ってなかった余市を最安値で買うことができた。

 封を切って、ボトルの先に鼻を近づけた途端に、驚愕した。

 すごい匂いなのである。
 しかもこの匂いをどのように形容したらいいのかわからない、そんな匂いなのだ。

 今まで嗅いだことのない匂いというのではなく、今まで飲んだすべての飲み物のなかでこんな匂いの付いた飲み物は飲んだことがないという意味だ。
 これがいわゆる、大麦麦芽のみで同じ工場で作られたスコッチ風のウイスキーに顕著な、「スモーキー」と呼ばれる匂い、つまり「ピート香」というものなのか。

 「果実香豊かで華やかな香り立ち。柔らかなモルトと爽やかに広がる樽熟成香の甘い香り。ほのかなスモーキーさも楽しめる」

 ボトルのラベルにはこんな風に書かれているのだが。「甘い」香りもしないでもないが、果実香というのは、ちょっと違うような・・・・・・。
 「スモーキー」とか「ピート香」を表す形容として、よく「煙臭い」という表現が使われる。

 だが僕からしてみれば、これはなにかの「草の匂い」というのが一番近いように思われた。

 味の方も独特で、こんな味の酒は飲んだことがなく、だが不味いというのではない。

 「柔らかくクリーミーな口当たり。力強さを持ちながらも、果実やバニラのような甘さと香ばしさがある」というのがラベルのコピーだが、こちらの方はやや正確であるように感じられる。だが、バニラってのはちょっと違うような・・・・・・。

 面白いことに、この匂いや味はジンジャーエールで3 : 1ぐらいで割ってみたところで、容易に失われることがないのである。
 また「ピート香」の方については、余市を飲んだ後にブラックニッカやモルトクラブを飲んでみると、同じ種類の匂いが、かすかながらも、割り出して嗅ぎ分けられるようになる。

 余市は他のジャパニーズ・シングルモルトウイスキーのなかでも、格段に個性の強い味覚と香りだと言われているらしい。だが、僕は案外これが気に入ってしまった。

 余市を飲んだ後に、ブラックニッカクリアなどを飲むのは、高い買い物をした後に数十円の菓子を買うみたいで、なんだか物足りなく感じてしまう。

 僕の経済事情からすれば安い酒ではないのだが、ウイスキー全般からしてみれば、これほど豊穣な味わいのウイスキーを2000円以下で買えるのは、庶民に優しいコストパフォーマンスといえる。




 久々にポリスのアルバムを聞いている。

 “Message in a bottle”や“Wrapped around your finger”を聴いていると、大学に入学した春、初めて一人暮らしを始めたころの思いがよみがえって、暖かくつつみこんでくれる感じがして、無性に切ない。

 昔は良かった、なんていうふうな懐古趣味はもともと持ち合わせていないけど、最近はあのころの時間にほんの一瞬でも戻れたら、などと、どうしようもないことでさえも、切実な気持ちで考えたりもする。

 でも、ただ「若かったから」、あのころは良かったなどと思っているのではない。

 「あのころはインターネットも携帯電話もなくて、ほんとよかったよな」と、この頃思うのである。

 IT社会が発達したから世界は縮まって、コミュニケーションは広がった、などというのは、もはや唾棄すべき幻想である。むしろ人々が個々に断絶される文明になったと思った方がいい。
 ・・・・・・というか、こういう文明論に手を伸ばすこと自体、バカバカしいというか、安易だというか。こんなことを今更ブログに書くことすら、消耗させられるような、今ではもう不毛でしかない。

 アカウントに依存した人々を見ていると、彼らは自分たちに起こっていることを本当に理解しているのかと思いたくなる。

 SNSの中に並んだ僕たちの顔は「陳列品」で、僕たちの存在のすべては「品物」に過ぎない。
 誰かの暇つぶしとして陳列品の僕たちは買われて、誰かに飽きられて僕たちは消されて、その反対もしかり。仮想とはいえ、誰かの存在を簡単に引き入れたり削除したりする行為、その非人間性に、もう僕はくたびれてしまっている。

 フランス語の授業でたまたま隣に座ったのが縁で恋人にまで発展したりとか、カルトな自主映画上映会の会場でエレベーターに乗り合わせたときに言葉を交わした相手が親友になってったとか、そんな昔はごく当たり前で今は奇跡みたいな出来事は、皆がスマホ画面しか眺めない街の中ではありえない物語になってしまった。

 『シンクロニシティ』のジャケットを眺める。

 神秘的なことがまさしく神秘性を持ちえた時代は終わった。3色の色の帯で描かれたメンバーたちの写真の神秘性は、ネットが現れてしまった現在、あの当時のイメージの深みは打ち崩され、今では通俗的なものしか語りえない写真に落魄れてしまった。
 
 “Wrapped around your finger”の倦怠的なメロディを聴きながら、僕は現在のこの通俗的な意味の低落を嘆こうとは思わない。

 あのアンニュイは僕たちの過去がまさしく神秘的であったころの、時代の官能として、僕は今でも聴いている。“Wrapped around your finger”を初めて聴いたころ、何も分からなかったことが何もかも官能で、神秘であったこと。

 生きるのがとても苦しかったけれど、今から思えばその苦しみさえもがロマンティシズムであったのだと、省みるあの時代。

 あのころの夕方のトワイライトを思い出しながら、僕はもう一度何も知らなかったころのイマキュレイトのなかへ落ちてゆきたい感傷とともにある。

 僕の完璧に永久化された過去をふりかえって、自分が低落な現在に至る寸前の時間を生きられたことの幸運を思う。





時間の藻屑に散っていくのもまた風流なのかな

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 抑うつ状態になりそうで、ならない、そんな気持ち悪い状態が昨日から続いている。

 先日、かつて恋愛状態にあった韓国人女性が僕のYouTubeチャンネルを3ヶ月前から登録していることを偶然に知って、僕の心は千々に乱れた。
 それ以来調子が悪いのだが、たぶんそれは今の状態の原因ではないだろう。

 周期的な抑うつのペースがやってきていて、それに天気の悪さ、低気圧の到来が重なって、抑うつと、抑うつを防ごうとするものが、僕のなかで綱引きをしている、そういう状態なのだと思う。


 遠隔地に住む双極二型障害を病むMくんから、メールが来る。

なんで毎日地獄の苦しみを味あわなきゃいけないんだろうと考えてみたんですが、結局行き着いたところは同じで、自分をあきらめられないからで。単に往生際が悪いだけで。

あきらめられられるものは全部あきらめて、中島らもみたいに朝からビールでも飲みながら、出勤して行くサラリーマンを嘲笑う自分にOKに出す、そこに一旦は腰を据えて見た方がいいのかもしれません。で、気が向いたら風俗に行く。

そうでも考えないとやってられなぃのが今の自分の人生です。そうやってなんとか爆発を押さえています。

夢とか目標とか自己実現とかいった体のいいことは、ときに人を殺すこともある、そう思います。それだったらいっそ落ちるところまで落ちて、そこから見えるものに向かって進んだ方がいいんじゃないか、そう思いました。今の自分にそれが出来るかどうかは怪しい、というか無理っぽいですが。今まで積み上げてきたものを0にするのは怖いですから。今まで通り行くか、それとも地獄の一丁目に立ってみるか、引き裂かれそうな気持ちです。


 それに対する僕の返信。

二者択一的な思考は苦しいので、「その中間」辺りで、ぼちぼち考える方が楽だと思いますよ。あと、「考えない」という時間も必要だと個人的には考えています。

自分のことについては、「そうではない自分」について思考するよりも、「いまそうである自分」について立脚する、というのが大事だと個人的には思 います。

夢とか目標の自分像や、中島らものような自分も、現在においては仮定なので、とにかく今の自分以外のことは考えない方が良いかもしれません。

「なるようになる」とよく言われますが、これは逆説的な意味だと思います。「どうなるかより、いまを生きるのが大事」ということを諭しているので はないかと思います。

僕の場合は、夢とか目標とか自己実現は想定していないですね。前にも書いたけど、「今は何が出来るか」、「今日は何が出来たか」、その2つだけですね。

僕はその2つだけで、僕の人生は足りていると思います。

ときどき詩を書いたりしているけど、遺言を生産しているつもりでやっています。これらが死後に評価されたら嬉しいなとか思いながら。死後も評価さ れなかったら、時間の藻屑に散っていくのもまた風流かなとか、そんな自己肯定に酔って、毎日を続けています。



 ニッカのモルトクラブをジンジャーエールでハイボールにして、アストル・ピアソラを聴きながら深夜に飲む。

 最近になって、リベルタンゴはピアソラのオリジナル原盤で聴くのが最も良いと思うようになった。以前は他のアレンジャーの演奏ばかり聴いていた。

 ウィキペディアで調べてみたところによると、失墜していた独裁政治家ファン・ペロンが大統領に返り咲くアルゼンチンの雰囲気に嫌気がさして、イタリアで活動していたころの作品がリベルタンゴなのだという。
 Libertangoは「自由」と「単語」を組み合わせた造語のタイトルであるとのこと。

 それを知ってから、オリジナル原盤の演奏志向に関する意味のようなものが感じ取れるようになった。そして後進の他の演奏家によるものとは完全に趣きを別にする差異が何なのか、なんとなく理解できるようになった。

 つまりこれは、たとえばファシズムだとか文革だとか、そういう激しい政治動乱を背景に人間を描いたような映画のサントラに使われるような、シビアでストイックなテーマを持った曲なのだという気がする。
 恋愛とか官能だとか、そういう平時に生きる人間の有閑ドラマになんぞ、間違っても引用してはならない。命に関わるような厳格な場面で生きる人々の魂を描いたのが最初の主題であったように思う。

 ドラムの叩き方とかギター(エレキを使ってるのか?)の弾き方が実にソリッドで、これなんか、そういう政治的主題をモチーフとするところの表現の現われのように感じられる。他のアレンジャーだと、こういう鋭敏さが抜け落ちて、甘ったるくなってしまってるように思う。

 だから、ピアソラのオリジナルのリベルタンゴは、いまのこういう危機的状況の日本で、反時代的な精神を持って生きる人たちにこそ聴かれるべき曲なのだろう。

 ピアソラが失望したのはファン・ペロンに対してではなく、彼を受け入れようとする母国の人々の空気にこそ失望していた。それゆえにLibertango、「自由」のための「タンゴ」と成りうるのだから。

 それにしても、ヨー・ヨー・マは別として、日本人女ヴァイオリニスト、寺井尚子や川井郁子やらによるリベルタンゴのアレンジや演奏、クソみたいにひどいものだ。聞くに堪えない。
 なんというか、「官能です」みたいな、フランス書院文庫みたいな、マン汁で弾いているみたいに、かったるくて、あまっちょろくて、ヒマでボケたような音の鳴り方だ。思わずモルトクラブの豊穣な香りを忘れてしまいそうなゴミの音だ。

 リベルタンゴも好きだし、「ブエノスアイレスの四季」とか「タンゴの歴史」ももちろん好きだが、一番よく聴くのはアディオス・ノニーノだ。

 以前、冬の五輪でキム・ヨナが使っていた曲だが、そのときに調べていてネットで見つけたすばらしい演奏がある。この人の演奏を聴かなかったら、僕はこの曲を好きにならなかったかもしれない。

 下記の外部プレーヤーで堪能していただきたい。





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