Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

まるで、最初から、この世界に生まれてこなかったかのように

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 ある殺人事件の被害者がつづっていた英語ブログを眺めていた。

 ある脈絡から、かつてInterPalsで交流していたフランス人、ちょうど被害者と同じ年齢ぐらいの少女を思い出す。ブログの文章から伺えるパーソナリティが似ている感じがした。

 InterPalsのアカウントを消して一ヶ月以上経つ。いまはフェイスブックも同じぐらい久しく開いてない。スカイプも同様。

 たぶん、数少ない海外のネット友達からコメントが来てるのだが、それに対して返事をする気力がない。だからコメントを見ないために当該リンクも開かないようにしている。

 ネットで人と接触しなくなった。ネットを介して繋がる人間関係への可能性を信用しなくなった。

 昨年11月に京都で会った香港の女性だけは「一応会った」訳だし、印象的な人物だったので、連絡を保ちたいと思っていた。でも彼女とも音信不通になってしまっている。

 日本人で、学生時代の友達にすら連絡を取るのを怠っているのだから、英語でコミュニケーションをすることなど、求める気持ちはあっても気力が伴わない。

 久しく誰にもメールを出していない。たぶんこれは、孤独な状態である。

 だが孤独が生じると、その孤独をどんどん極端に深めていくのが僕の性分である。

 孤独が深いときほど、夢の中で頻繁に人が現れる。それも、みんな、思い出すと微かに痛みが生じるような、僕の中でそういうポジションにいる人ばかり、頻繁に夢の中に訪れる。
 だから目覚めた後は、少しばかりの抑鬱が伴なう。


 生きていることは毎日、相対的である。

 それが苦痛だと思う人もいれば、それが生きていることの本質だと悟ってよいものかと、迷う僕がいたりもする。



 井上光晴の『明日』を再読する。最後に読了したときより、ずっと自分のなかに溶け込んでいくような思いがした。

 著者はこの小説に関して、読者の魂を揺さぶろうとするような意図をもって書いたのだろうか。そんな問いを立てたくなるのは、僕がそうではないように感じられたからだ。

 先日再読した遠藤周作の『海と毒薬』と比べてみれば、ずいぶん「不親切」な小説だと思う。無駄な文章がない。同時に説明的な文章をできるだけ排している感じがする。人によっては読みづらいと思う。

 それでも井上光晴の『明日』の文体には、いたわりのようなものが感じられる思いがある。読者を感動させようというような作為を放棄しているように、「不親切」だと見えるのに、優しい気持ちが感じられるのである。

 1章から9章まで原爆投下前日の人々の生を描写して、最後の「0章」では8月9日当日、原爆投下直前に子供を出産する母の独白体ですべてが物語られる。
 いまにも新しい命が宿ろうとする時間の流れのなかで、母が過去のいろんな記憶を想起しながら、わが子がこの世界へ訪れる瞬間を迎えようとする。
 その独白の流れが美しく、切なかった。何度も中断しながら、ゆっくり一つ一つ言葉をかみ締めるようにしながら、読み終えた。

 霧のごとくに多くの人々の命がかき消され、その連なりが持ちうるものが失われた。その連なりのなかに持ちうるものというのは、一人の人間のなかに宿った記憶であって、人への思いや、思いのなかに生きている人のことだと僕は理解する。

 僕が孤独な日々のうちに頻繁に夢見る人たちのことは、僕一人の命が絶えたとき、もはやそれがこの世界で意識される可能性の一部は途絶えてしまうことになるだろう。

 だが僕一人だけでなく、僕に連なる多くの人々の連なりが一瞬のうちに霧のごとくにかき消されるということは、互いに意識の連なりのなかで共有された人々の思い合う営み全体が、始まりも終わりもまるで存在しなかったかのように、時間の流れから「なかった」もののように、痕跡のすべてを根絶やしに遺失させられることなのだ。

 まるで、最初から、この世界に生まれてこなかったかのように。


 黒木和雄によって映画化された『Tomorrow / 明日』を最初に見た中学生のとき、原爆投下後の長崎がまったく描かれなかったことに違和感を感じて仕方なかった。

 「その日」の後が描かれないことが、物語の力不足であるかのように感じられた。
 原爆の惨状そのものが描かれなくとも、投下されて数年後の人々が描かれたりする形があってもよいのではないか、なぜここでこのまま切れてしまうのか、そういう作品への報われなさみたいなものを感じたりした。

 今になって思うのだが、人と、人の連なりが持ちうるものが、すべてあの時間で根絶やしにかき消されたということを、この物語は伝えていたのだと思う。

 あの物語のなかで描かれた人々はすべて「なかった」ことのように消されたのだと。だから、あの先以上の時間を描くことに意味は見いだされないのだということを。

 しかし、あの先に人々や人々の連なりのなかで生きうるものが立ち消えたからこそ、あの日の11時2分以前に世界と繋がっていた人間たちがこの地平に宿してきた連続的な確かさに対して意味を強調する意義がある。

 それが1945年の8月8日の再現に、ほとんど完全を尽くすかのようにすべてを込めようとした試みの意図であったのだろう。


 堅苦しい言葉しか吐けないことが、じれったく思う。

 生きていることは、毎日相対的なものだと、僕は書いた。

 このように生きていていいのか、このようにしか生きられないのか、通り過ぎていく時間のなかで僕はいったいなにを尽くして生きているのか。
 そのような自問と、主観的な不確かさに終わりがないからこそ、この一日はどの一日と比しても、永久に相対的なのだろう。

 でも、生きていること、その一つがこの世界の自分のすべてに尽きるのだと、それを僕は、いつか、できうるならば幸福なかたちで、理解することができるだろうか。

 懸命に命を次の時間へと繋いで、繋いで、その反復のなかから、気がつけばこの世界のなかで、連なりを日々遺し続けてきたのだと、この命が絶えるとき、僕はそのことをきちんと気づけるだろうか。





戦争証言を選り分けする高橋源一郎の審判的態度

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 昨日の朝日新聞・論壇時評、高橋源一郎は以下のような文章で書き始めていた。

 「映画『父親たちの星条旗』の冒頭、『本当に戦争を知っているものは、戦争について語らない』という意味合いのことばが流れる。深く知っているはずのないことについて、大声でしゃべるものには気をつけたい。これは自戒としていうのだが」

 そして彼は読売新聞主筆・渡辺恒雄の戦争体験談について、「『戦争について語りすぎるもの』への不信が覗く」と評して、その語り口に「真摯さ」を感じるのだという。

 (論壇時評)戦争と慰安婦 想像する、遠く及ばなくとも 作家・高橋源一郎:朝日新聞デジタル 2014年8月28日

 「本当に戦争を知っているものは、戦争について語らない」

 高橋自身が深く知らないことに対して、余計な口を挟まないのは大いに結構なことだ。
 だがそのことと、「本当に戦争を知っている」人たちは「戦争について語らない」ものだと高橋が型にはめた物言いをするのは僭越極まりないことである。
 「戦争について語りすぎるもの」かどうかを線引きする資格など高橋にはないし、どんな人にもそんな出過ぎた立場に立つことなどできようもない。


 最近の朝日新聞による「吉田清治発言」記事の取り消し騒動に関して、高橋源一郎が主張していることと僕が考えていた内容には、ほとんど乖離は感じられなかった。
 つまり「吉田発言」を朝日が虚偽だと判断したことを「従軍慰安婦に対して日本軍による強制性はまったくなかった」という内容に作り替えるのは右派の作為的なデマゴギーであるし、慰安婦自身の証言に裏づけが取れないからといって信ずるに足りないとするのは、加害者側の盗人猛々しい居直りでしかない。

 だが、慰安婦問題を考える材料として古山高麗雄の小説を肯定的に受け止める態度には、かなりの違和感を感じざるをえなかった。

 「彼女たちは何千回となく、性交をやらされているわけだ。拉致されて、屈辱的なことをやらされている点では同じだ。(略)私たちが徴兵を拒むことができなかったように、彼女たちも徴用から逃げることはできなかったのだ」 - 古山高麗雄「白い田圃」 -

 日本軍の一兵士が、自分が「正気」でいるために、「民間人を殺さない」、「慰安所に行かない」という戒律を自らに下す。

 だがそうすることによって、果たして彼の「屈辱」は慰安婦の「屈辱」と同じものになるのだろうか。

 兵士は慰安所に行かないという手段によって自らを清廉だと思っていられるかもしれない。だが彼女たちには兵士たちに強姦されないという選択などありえず、主人公が「屈辱」と看做す状態に耐え忍ばねばならなかった。
 慰安婦を抱かなかったからということが、慰安婦に性交を強要した日本軍全体の罪責から一兵士を免罪することには決してならない。加害者側の組織に属すること自体を命がけで抵抗しない以上、性交に抗うことが死を意味する慰安婦にとって、主人公のような兵士はたかだか「マシな犯罪者」に過ぎないだろう。
 
 同じ受難者であるかどうかは慰安婦が意識することであって、日本兵の勝手な思い込みで決まることなど到底ありえない。
 そして、それが勝手な思い込みである以上、日本兵は慰安婦と彼自身が背負った「屈辱」の種類が同一ではないことを知っている。
 被害者がその「屈辱」に対して拒む立場に立とうとすると、一転して日本兵の勝手な思い込みはより加害者らしく、いびつな変化が生じる。

 「彼女は……生きているとしたら……どんなことを考えているのだろうか。彼女たちの被害を償えと叫ぶ正義の団体に対しては、どのように思っているのだろうか。そんな、わかりようもないことを、ときに、ふと想像してみる。そして、そのたびに、とてもとても想像の及ばぬことだと、思うのである」 - 古山高麗雄「セミの追憶」 -

 古山と、引用者・高橋は元慰安婦とその援助者に向かって、「正義の団体」、「正義の告発」という揶揄的な言葉を想起する。
 「それは、ほんとうに『彼女たち自身の言葉』だったのだろうか」。一日本兵は戦場で会った過去の「彼女たち」と、現に抗議の声を挙げた元慰安婦の姿を対比させてしまうことで、いま起こっていることの意味を理解できなくなったことを吐露するのだ。
 
 古山にしろ高橋にしろ、なにか過剰な「文学」をぶち込むことで問題の本質を正しく見つめようとしていないように思われる。

 要するにぶっちゃけて言えば、真っ白なチマチョゴリ着たおばあさんたちがいきなり一身の憎悪をふりかざして旧日本兵たちを糾弾し始めて、びっくらこいたんでしょうな。だってそうでしょ、記憶のなかにある慰安婦たちは十代ぐらいの、いたいけで可憐な少女たちだったんだもの。それが歳をとっておばあさんになってから再び目の前に現れるなんて、これぽっちも想像してなかったんでしょう。
 
 「しおらしく言うことを聞いて無抵抗に従う哀しい女たち」みたいな、同情を含みながらも見下した視線で慰安婦たちを戦場で暗黙のうちに侮辱してたんでしょうね。そういう「しおらしい」少女たちがいきなり煩いばあさんになって現れた。「戸惑いを隠せない」なんて綺麗に言いながら、結局そうなんでしょ? 

 思い込みが裏切られたんでしょ?
 
 なぜ慰安婦たちがあの当時、いたいけで可憐な(無抵抗で従順な)少女たちだったのか、それすらも日本軍が意図してそういう年代の女たちを駆り集めたって事実すら把握せずに、加害者の、勝手な思い込みで、彼女たちを型にはめて看做してた、単にその程度の頭しかなかったってのが正直な話なんでしょ?
 
 
 高橋からすればこの古山という元日本兵は「当事者」の「もっとも近くにいて、誰よりも豊かな感受性を持った人間」なのだから、われわれは「謙虚」に口をつぐまなければならないらしい。
 「ことばを持てなかった人々の内奥のことばを想像してみたいと思う」という、「文学」の自慰に溺れきったセンチな結びを読み終えて、慰安婦に関する別の証言談を僕は思いだしていた。

 僕の田舎の後援会事務長は16歳で少年兵になった。朝飯を一緒に食べた同期の仲間が隣で頭を撃ち抜かれて死んだ。いずれ自分も死ぬ。その前に恋がしたい。それで慰安所に行った。行列ができていて、「早くしろ」と後ろからせつかれる。ようやく順番が来てむしろの仕切りの中に入ったら、朝鮮の女性が死んだように寝ていたそうだ。「申し訳なかった」。戦後、心の中で女性に謝り続けていたんだ。




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 ある人の戦争体験談から「『戦争について語りすぎるもの』への不信が覗く」感じがして、それが大きな声ではなく、呟きのように聞こえるという高橋の肯定的意味合いの言葉を見て、「このひと、戦争みたいなレベルのものに対する『繋がり方』が分かんなくて、びびってるんだな」と、直感で感じた。

 ずっと前から何度も何度もここで紹介しているが、『被爆者の声』という被爆体験証言サイトがある。

 そのサイトの、ビデオ版「被爆を語る」というコンテンツでは、広島・長崎の被爆者が文字通りカメラに向かって、自分の被爆体験を証言している。
 だいたい、短い話で10分ぐらい、長い証言になると40分、1時間という尺度で体験が語られるのだが、何十人もの証言者のなかで、ただお一人だけ、2分で証言が終わってしまっている被爆者のビデオがある。

 その男性は体を震わせながら、ほんの2分間だけ、語った。

 「被爆を受けたものじゃないと分からないですからね・・・・・・こういうむごいことは」、「被爆してないとわからないですよ」、「反対にアメリカにやってやりたいですよ、原爆を・・・・・・それでないとわからないですよ。」、「ああいうものを作った人間が憎いですよ」

 この人は、たったこれだけのことを話すことに、61年も時間がかかったのか、と思った。

 逆に言えば、61年間ずっとこの人は「自分の戦争」のことを語れなかった。その彼が61年後になんとか言葉にして僕たちに向かって言ってくれたことは、「経験してない人にはわからない」という一番大事なことで、それだけを搾り出すようにして口にしたのだろう。

 戦争体験に触れるたびに、あらゆる受け手(聴き手)が忘れてしまいそうになることだが、証言する人々のほとんどが自分の戦争体験を語ることを本当は忌避している。僕が戦争を知らなくても、僕が彼らから理解できることは、みんな本当は話したくないのだということ。

 高橋はまず最初に過ちを見落としている。人々は「語らない」のではない。「語れない」のだ。

 それでも語ろうとする人たちが特別に豊かな感受性を持ち合わせているわけでもない。

 語ろうとする人たちはどうしてもそれを語らざるをえないのであって、彼らが語ろうとする「かたち」がどのような現れ方であれ、彼らには彼ら自身の「かたち」で語る権利がある。
 受け手が彼らの「かたち」に対して審判することなど不遜極まりなく、それは相手の人生への越権行為とも言うべきものだろう。なぜそれに関して高橋が平然と審判的態度を保てるのか、倫理性の意味においては理解に苦しむ。

 他人が自分の話したくないことを話そうとするのに、話し方が気に食わないとか、そういうのが入り込むとすれば、もはやエゴイストだろうが、たぶん高橋の場合は戦争(とか原発)なんてものは「政治」が気になっちゃってしまうんだろうね。

 高橋の中では「戦争体験」というようなものはまず「政治」アレルギーから入り込んでしまって、「語る」とか「語りすぎる」なんてのが「政治」的か否かって二項対立でしか反応できないんだろうね。
 でも「政治」的とか非「政治」的とかって二項対立なんか持ち込まなければ聴き取れるもの、それがまさしく本当の「語られるもの」なんだけど、高橋は己のなかの二項対立を捨てて戦争体験に触れたことがないのだろう、そういう簡単な経験を積んでないだけ。

 彼は「ことばを持てなかった人々」なんて気取った言い方するけど、たぶんその対象は、高橋のなかの自滅的な「政治」アレルギーによって、「高橋がスルーしていった人々」、単純に彼が聴こえ方具合の問題で無視しましたって「かたち」の数のことなんじゃないかな。
 (「ことばを持てなかった人々」ってさ、作家が使う言葉としては、対象と態度によっては、物凄い冷酷で自惚れに溺れた言い方だよね)


 ぐちゃぐちゃな過剰な自我の話は放置して結論を急ぐ。

 右派週刊誌だとか朝日のヘタレっぷりから距離を置いて、そういうアレルギーとは無縁なところから、静かに、この慰安婦問題に触れてみたいと思う人がいるとすれば、僕は四方田犬彦氏の『ソウルの風景 - 記憶と変貌』をお読みになることを薦めたい。

 定期的にソウルの街角で開かれる慰安婦問題に関する集会に出かけた四方田氏が、元慰安婦のおばあちゃんと一つの約束を交わしたことで、彼女たちが集団で暮らしている施設を訪れたエピソードが淡々と記述されている。

 ハルモニ(たぶんおばあちゃんという意味の韓国語だが、元慰安婦の女性たちへの一般的な好意的名称である)たちを継続的に支援している人たちの実際の光景を知ることができる。実際の援助者が直面している課題は意外に政治的要素とは程遠く、むしろ一般的な福祉的側面から表れるものが多い。
 小説家が感傷的に想像するような一面的イメージとは異なって、ハルモニ一人一人のパーソナリティが現実味を伴って、われわれと近しい社会に属するものを抱えた女性たちであることが端的に理解できるだろう。特に精神障害を抱えたことで一般的なライフサイクルから逸脱してしまうことなどの問題に関心を持つ人ならば、ハルモニの特性と日常との関わりから得るものは多いと思う。
 加害者側の国民として、いびつなものとして考えがちな慰安婦問題だが、実は現地においては自ら望んでハルモニに会いにくる日本人が少なくない。リピーターのような人もいる。彼らが特別にポリティカルな人たちではないことも興味深い。「韓流」から入り込んで「一緒にいると癒される」と話す若い女性のエピソードなど、たとえ直線的ではなくても日本人を意識しながらも関われる可能性は多面的であることを理解させられる。
 自分がもらったお金をベトナム戦争時に韓国軍の虐殺に遭った村に寄付しようとしたハルモニがいたことも付記しておこう。


 「性急に結論を出す前に、わたしは目を閉じ、静かに、遥(はる)か遠く、ことばを持てなかった人々の内奥のことばを想像してみたい」などという、高橋のいかにも「文学」的インテリげんちゃんな無意味空疎の修辞に対して、僕が徒労感にとらわれるのは、要するに「知ろう」とか「向き合おう」とする態度がどこにも見当たらないからだ。

 「想像する、遠く及ばなくとも」なんてのは、綺麗な言葉だ。見事にインテリじみて感傷的だ。
 だが見事に無意味空疎でなんにも考えずに感傷してるから、同じように感傷じみた空疎な小説の、日本兵と慰安婦が同じ立場などという論理トリックに転げ落ちる誤謬を犯すのだ。「相手の立場に立ってみましょう」って小学生にドヤ顔で言われるような誤謬だ。

 己の「政治」的トラウマに自慰し続ける高橋がどんなに与太話に感傷していようが知ったことではない。だが朝日新聞の論壇時評を真面目に読むような若い人たちが、「正義の告発」などという揶揄を見て、「あ、そうか、そういう思い方でいいんだ」みたいな感じで、「高橋のレベル」に甘んじるようなことがあれば、僕はますますこの国を信じられなくなって困るのだ。


 「ことばを持てなかった人々」なんて、気障ったらしい修辞で綺麗に括る類の、語りたくなかったことを敢えて語ろうとする語り手の勇気と誠実に泥を塗るような抑圧者を敢然と見抜き、通過せよ。


 語ろうとする人々の「かたち」に向き合ってみよう。

 語らざるをえない人々の「かたち」に寄り添ってみよう。

 語ることができなかった「かたち」のなかに、受け手であるわれわれ自身の語らせなかった罪責を意識して、われわれがそのことに常に謙虚であることを祈ろう。
 

 去年の今頃も高橋源一郎の論壇時評を読んで憤慨したものだった。

 戦争を体験していない世代が戦争を知らずに過ごせるなら平和になるんじゃないか、そういう趣旨の怒りで腸捻転が起こりそうな高橋の世迷言が、「論壇時評」として世に出る事実に頭がクラクラしたものだった。
 だから「高橋源一郎の独りよがりな『平和物語』の虚妄」と、「戦争を知らないもの同士で今より仲良く殺し合ってくれ」を書いた。

 腐っても朝日、ヘタレでも朝日だが、たいがいにしてくれ。

 ヘイトスピーチに毒されて排撃的ナショナリズムに迷走してゆく若者たちは、間違いなく、われわれの過ちに責任がある。





『海と毒薬』のなかに『歎異抄』に通じる救われなさを感じる

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 昨夜なかなか眠れなかったので、暇つぶしに遠藤周作の『海と毒薬』を再読し始めたら、わずか1時間で半分読み終えてしまった。

 ピカートの『われわれ自身のなかのヒトラー』とは大違いで、格段に面白く、すいすい読み進められる。
 だがピカートのこの著書をかじっていた後に読んだせいか、幾つかの相似点が感じられるような気がする。

 アドルフ・アイヒマンが拘束されたのは1960年。『海と毒薬』が書かれたのはその3年前である。もしかしたら遠藤はピカートの『ヒトラー』を読んでいたか、知識として知っていたかもしれない。

 冒頭の数ページ、語り手の男が主人公の勝呂医師(かつて米軍捕虜の生体解剖事件にかかわった男)のところに気胸に通うエピソードの部分は、そのまんまピカートの『ヒトラー』での指摘と同一のことが語られる。つまり、どれほど戦争中に残虐な行為に手を染めた人間も、市民社会の日常に戻ってしまえば、よき夫であったり、よき隣人となってしまえることの奇異について語られる。

 この冒頭数ページの描写を1950年代に日本文学に提示した点に、遠藤周作の鋭敏さを感じずにいられない。

 実のところ、僕はこれまで『海と毒薬』を面白い小説だと思ったことはなかった。勝呂の親友で、同じく生体解剖に手を染める戸田の描かれ方、その露悪性が稚拙に思えて仕方なかった。

 ウィキペディアでは『海と毒薬』について、以下のような批評がなされている。


 「成文的な倫理規範を有するキリスト教と異なり、日本人には確とした行動を規律する成文原理が無く、集団心理と現世利益で動く傾向があるのではないか。小説に登場する勝呂医師や看護婦らは、どこにでもいるような標準的日本人である。彼らは誰にでも起き得る人生の挫折の中にいて、たまたま人体実験に呼びかけられて参加することになる。クリスチャンであれば原理に基づき強い拒否を行うはずだが、そうではない日本人は同調圧力に負けてしてしまう場合があるのではないか──自身もクリスチャンであった遠藤がこのように考えたことがモチーフとなっている」
 

 この「神なき日本人の罪意識」と言われるようなこの小説のテーマ、僕はそれ自体が大嫌いで、稚拙なテーマだとしか思えなかった。
 だからストーリー自体は面白いのだけど、描いてある主題みたいなのは、いかにも凡庸なインテリが構築しそうな薄っぺらいもので、それが戸田の露悪性と合致して、「くだらないなあ」と思っていた。
 だいたい、それは日本人固有の問題なのか。ナチスを生んだドイツだってキリスト教圏ではないか。遠藤は無理やり日本人を断罪しているに過ぎないのではないか、そう思っていた。

 だが昨夜は中途半端に眠い頭でこの本を読み始めたものだから、主題とかあんまり気にせずに、遮二無二ストーリーに没入して、物語りの言葉そのものを頭に入れていって読んでみたのだが、
 「意外とおもろい小説じゃないか」と、素直にそう思えたのである。

 ウィキペディアに評されているような文脈に沿って、「神なき日本人の罪意識」みたいなものを意識して読んでいると、全然面白くなくなる話である。
 キリスト教がどうだとか、神がどうとか、そういうのを完全スルーして、作者の背景とか批評家の言を無視して読みかかるべき小説である。
 そのように読み始めたなら、断然面白くなる。

 戸田の露悪性にしても、しっかり言葉を追えば、作者がそれを単なる露悪として描いているわけでないことは、はっきりと読み取れる。良心の呵責だったり罪への恐れからくると思われる仕草の描写が、ちゃんと織り込まれている。

 熊井啓によって映画化された『海と毒薬』では、戸田の役を渡辺謙が完璧に演じていた。

 だが熊井の戸田に関する演出の意図が露悪性やらニヒリズムみたいな部分に見事に偏っているので、渡辺の演技は完璧なのだが、戸田の人物像がのっぺりと、うすっぺらい人間としか描かれていない。僕の『海と毒薬』に関するイメージはこの映画に影響された部分が大きく、だからこそ「面白くない」と思ったのだろう。

 それじゃあ映画版が面白くないのかと問われれば、全然そうではなく、こっちはこっちで面白い。生体解剖という戦争犯罪の視覚化は実に上手い。グロいとか衝撃的とかじゃなく、上手く抑制が効いていて、物語り全体の一部として「見世物」にならないように描写されている。
 だからこそ却って「人間の罪」の部分がシンプルに浮かび上がってくる(中国映画の『黒い太陽731』などと比較してみればそれがよく分かる)。

 映画版の方では原作では明確に登場しなかった空襲のシ-ンがあったような気がする(もしかすると勘違いかもしれないが)。

 小説のなかで「毎日病院で人が死ぬが、病院で死なない者は空襲で死ぬ時代だ」というような台詞がある。映画の方ではこの点がむしろ強調されていて、だから「戦争映画」と言えるのかも知れない。

 だが映画版で描写されていた「戦争映画」のイメージは、もう少し丁寧に言うと「戦争中のアノミーを伝える映画」と言う方が的確かもしれない。

 病院で死なない人間は空襲で殺される。人の死が運命付けられていて日常のなかで当たり前の景色と化している時代。そんな時間のなかで人々が押し流されるアノミー。

 今回小説の方を再読していて、そのアノミーを強烈に感じ取った。

 内務班の残酷な日常を描いた『真空地帯』や、秩序を失った生の世界で死が曖昧に命の延長で彷徨う『野火』などがあるが、『海と毒薬』はそれらの話に共通する戦時下ならではのアノミーを、命を救うはずの場所で命が殺意をもって抹殺されるところとして、病院をアノミーの舞台に選んだ物語ではないか。そういうふうに理解すると、俄然面白く感じられるのである。

 「じゃあ『海と毒薬』は戦争小説なのか?」と問われたら、それはちょっとだけ違うような気もする。

 宗教文学の域に入り込んでると実感するのだけど、その文学性が「日本人の同調圧力に対する弱さ」などという、そんな低い次元の話とも思えない。

 ストーリーのなかで親鸞の末法思想に関するご和讃が出てきたりもするのだけど、そういうのを見ると、「これはカタストロフィに対する人間の向き合い方を描いた話なんじゃないか」と思えてきたりもする。
 ちょうど、フランクルの『夜と霧』の対極にあるような、一番絶望的な向き合い方を表現しているような、そういう物語であるような気もしてくる。

 それとか、同じく親鸞に関する『歎異抄』の、「わがこころの善くてころさぬにはあらず」のくだりを想像できたりもする。

 戸田 「断らんのか」
 勝呂 「うん」
 戸田 「神というものはあるのかなあ」
 勝呂 「神?」
 戸田 「なんや、まあヘンな話やけど、こう、人間は自分を押し流すものから、運命というんやろうが、どうしても脱れられんやろ。そういうものから自由にしてくれるものを神とよぶならばや」


 こういう件を読んでいると、神と救いと罪責というものが自明のこととしてあるキリスト教とか、そういう神の欠如を主題としているようには思えなくなるのである。

 むしろこれは『歎異抄』で論じられるようなことこそが、深く関わってくるんじゃないのかという気がする。

 教授夫人であるドイツ人女性ヒルダの「神さまが怖くないのですか、あなたは神さまの罰を信じないのですか」などという台詞が出てくると、かえって「神と救いと罪責が自明のこととしてある」世界が冷やかされているというか、軽佻にすら感じられてくる。

 ここでは、そういう自明のものと向き合ったところで、いよいよ救われなくなる人間が描かれているように思えるのだ。

 だからキリストよりもむしろ親鸞の説く世界の方が、『海と毒薬』の救われなさと通じ合っているように僕は思う。





Absent insurgents

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 生ということ、生の拡充ということは、いうまでもなく近代思想の基調である。


 近代思想のアルフアでありオメガである。しからば生とは何か、生の拡充とは何か、僕はまずここから出立しなければならぬ。


 生には広義と狭義とがある。僕は今そのもっとも狭い個人の生の義をとる。この生の神髄はすなわち自我である。そして自我とは要するに一種の力である。力学上の力の法則に従う一種の力である。


 力はただちに動作となって現われねばならぬ。なんとなれば力の存在と動作とは同意義のものである。したがって力の活動は避けえられるものではない。


 活動そのものが力の全部なのである。活動は力の唯一のアスペクトである。


 さればわれわれの生の必然の論理は、われわれに活動を命ずる。また拡張を命ずる。


 なんとなればかつどうとはある存在物を空間に展開せしめんとするの謂いにほかならぬ。


 けれども生の拡張には、また生の充実を伴わねばならぬ。むしろその充実が拡張を余儀なくせしめるのである。したがって充実と拡張とは同一物であらねばならぬ。


 われわれの生の執念深い要請を満足させる、唯一のもっとも有効なる活動として、まずかの征服の事実に対する反逆が現われた。またかの征服の事実から生ずる、そしてわれわれの生の拡充を障害する、いつさいの事物に対する破壊が現われた。


 そして生の拡充の中に生の至上の美を見る僕は、この反逆とこの破壊との中にのみ、今日生の至上の美を見る。


 征服の事実がその頂上に達した今日においては、諧調はもはや美ではない。


 美はただ乱調にある。


 諧調は偽りである。


 真はただ乱調にある。


 今や生の拡充はただ反逆によつてのみ達せられる。


 新生活の創造・新社会の創造はただ反逆によるのみである。



大杉栄 『生の拡充』 (改行は一部引用者による)






右翼とリベラルのマジョリティは共に反知性主義を共有する双子である

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 ピカートの『われわれ自身のなかのヒトラー』の読了に挫折する。

 良い本であることには間違いないし、いまこの現代に知るべきものが多く含まれた本であることは確かだ。しかし、これを読んでるといつも眠くなってしまって、一日1~2ページぐらいしか読み進められない。

 ピカートは同じ主張を言い方を変えて何回も、くどいくらい反復して書き続ける。そのなかで具体的な例えとかが書かれていれば理解しやすいだろうが、形而上的な言い草で同じことを何回も何回もくどくど繰り返すのである。
 また1946年に書かれた本ということもあって、ピカートの心がドイツ国民を批評するにあたって適切な距離が取れていない。

 メディア批判の部分などは現代の時代に置き換えて考えられるような考察も多いのだが、批判に対応する提言の部分で保守的な姿勢が感じられる。
 たぶんピカートの提言の部分を読んでも、それで納得させられる人は少ないのではないだろうか。



 終戦記念日前後に、いろいろ考えたことがあるのだが、最近頭の調子が良くないので、上手く思考できない。思いつくままに下手くそな文章で書き留めておきたい。

 15日にフジテレビで「金曜プレステージ 終戦記念スペシャルドラマ『命ある限り戦え、そして生き抜くんだ』」などという、タイトルからしてうんざりするようなドラマがあった。
 朝日新聞のTV欄で記者が内容空疎な美辞麗句でこれを絶賛していたので、思わず目を疑った。読売新聞などではなく朝日の番組批評である。

 以前、ウィキペディアでの太平洋戦争・ペリリュー戦の記事を見て、右翼にさんざん戦争賛美的に編集されているのを知っていた。フジテレビはウィキペディアを参考にドラマを描いたのではないか、そう思ったぐらいだった。
 両親らがこのドラマを見ていたので少しだけ鑑賞したけれど、案の定、旧軍の精神主義的言動が台詞に現れてきたので、気分を害する前にTVから離れた。

 うちの両親は集団的自衛権の行使にも反対だし、いまの極右政権の反動っぷりに腹を立てるような思想の立ち位置にある。
 だがそれでもこの『命ある限り戦え』みたいなドラマだとか、『永遠の0』みたいな作品には「これええわあ。感動させられるわあ」みたく情緒を引っ張られる類の人々でもある。
 そのギャップが僕にはどうにも理解できないのだが、要するに知性的な平和主義者ではない、ということなのだろうかと、思うようにしている。

 実際、日本にいるほとんどの反戦・平和志向のマジョリティは、だいたいが情緒的な思いに駆られた人たちであるだろうと、僕は考えている。
 右翼だとか、ネット右翼のような人たちも同様に情緒剥き出しの種類の人々であり、つまり根っこの部分では右翼もリベラルも、非思想職業的マジョリティは反知性的・情緒的礼賛や憂慮といった要素を互いに共有している。

 僕からすれば、反動右翼もリベラル平和主義者(主義者と呼ぶほど知性的な人は少ないが)は、心性は驚くほど酷似している。
 そしてどちらも非知性的であるがゆえに、危うい人たちである。

 僕の言い方が奇異に聞こえるならば、朝日新聞が声欄で定期的に掲載している、反戦主義的投稿の幾つかを読み、その傾向を熟知してみるとよいと思う。

 戦争に反対する人たちのなかで、戦争経験者が自分の戦争体験を披瀝するのは、その多くが太平洋戦争期の経験である。
 太平洋戦争は、国民が直接的に戦闘行為に巻き込まれ、総力戦に巻き込まれて、労苦や飢えといった「マイナスの体験」を心身に刻み込まれた戦争である。
 「マイナスの体験」によって散々苦しい目に遭わされたのだから、この戦争によって大量の国民に反戦志向を植え付けたのは、当然といえば当然である。

 だが、もし日本が日中戦争だけを体験して太平洋戦争を体験しなかったとすれば、マジョリティは反戦志向を持つに至っただろうか。その辺が疑わしい。
 反戦志向を基本にしていながらも、昨今の中韓に対して苦々しい思いを持ち、差別や偏見、反知性主義的眼差しで見る人たちは多いだろう。うちの両親がそうであるように。

 広島や長崎、本土空襲の史実をもってして「反戦」を唱える人たちは多いだろうが、そのなかのどれぐらいの割合の人たちが、南京事件や従軍慰安婦の加害的事実をきちんと受け止めることができるだろうか。案外少ないんじゃないかと僕は考えている。
 
 多くの「反戦」志向のマジョリティはアジアへの加害的事実に対して案外無知であるのと同様に、彼らは沖縄に対しても驚くほど無関心で冷淡であったりもする。
 第二次大戦後にアメリカが関わった戦争に沖縄県民が基地を通して否応なく加担させられたこと、米兵の犯罪に巻き込まれた経緯を考えると、「憲法九条にノーベル賞を!」などという発想はあまりに能天気で、深慮の欠片すらないように思えてならない。

 だから僕は、この国の反戦志向のマジョリティに関して迎合する気にはとてもなれない。

 多くの人々の「反戦」は知性に基づいたものではなく、それゆえに本物ではないと思っている。

 太平洋戦争での苦い経験でもって情緒的に「反戦」を唱える人たちと同じように、右翼や反動主義的傾向になびくマジョリティも、太平洋戦争での経験を軸にして、過去の日本を賛美する風潮を作り出している。

 なぜなら、太平洋戦争は国土を荒廃させられた戦いであり、それゆえに国土を守るための戦争であった、という論拠が成り立つからである。

 『永遠の0』が人々に受け入れられるのは、動員の形がどうであれ、特攻は「祖国防衛戦争」に殉じた犠牲であるという見方は、情緒的に捉える範囲ではそれは真実である。
 また、広島や長崎に米軍が原爆を落としたことは一種の戦争犯罪であるのだろうが、極右はこの行為に対する被害者的情緒を煽り立てることによって、米国を一方的な侵略国であるかのように見立てたり、抑止力の必要性の根拠として引用する手段に用いようとしたりもする。

 つまり、太平洋戦争の象徴的史実に対する感情論を志向の根っこしているのは、「反戦」主義者も右翼も実は同じなのである。
 そしてそれが感情論に留まって、知性的とは言えない、それゆえに視野狭窄やナイーブな喧伝の範囲に陥ってしまっているのも、その両者とも共通であり、それは「次元が低い」と言われても仕方ない代物なのである。


 反戦・平和を本物の思想として結実させるならば、太平洋戦争での象徴的史実を導き出した原因としての日中戦争を深く見つめなければならない。
 日中戦争は紛れもない侵略戦争である。
 中国への侵略がなければ、アメリカと戦争することもなかった。空襲や原爆投下もなかった。

 日中戦争当時、大多数の国民は戦争を支持し、無邪気に戦勝を祝っていた。
 軍人だけが暴走したわけではない。国民の支持があってこそ成立し得た侵略戦争だった。
 時には百人切り競争に加熱するような、残虐な好戦性すら社会に違和感もなく漂わせていた。
 
 過去の体験からわれわれが反戦主義者を志向するのであれば、それは無慈悲な侵略者としての罪責を永久に背負った反戦主義であることを、絶対に忘れてはならない。

 中韓が南京事件や従軍慰安婦の件に関して「未だにグダグダ因縁をつけてくる」などと感じてはならない。われわれの反戦志向が過去の受難と決して切り離せないものであるのと同じように、彼らもまた過去の受難を軸として現在を見ているのだから。

 反戦主義を過去の経験から導き出すのであるならば、われわれは過去に対して実証的に向き合わなければならない。

 実証的知性を欠いたまま過去を漠然と眺めるに過ぎないならば、自分勝手な感傷から特攻を賛美するような類の安直な感情論や危うい情緒性に足元を掬われる。国家の強制によって個々の人生を抹殺して特攻や玉砕を無理強いさせた戦争の非人間性に対して思考停止させてはならない。


 A級戦犯の靖国神社合祀を正当化する右翼の反動主義と、「憲法九条にノーベル賞を!」と唱えるような能天気な平和主義は、一見対極にあるように見えて、実はどちらも同じ性向の部分を共有しているように思えてならない。

 なぜなら、どちらも「国家」を究極の軸として発想しているように見えるからである。

 戦争における究極の加害者は「国家」である。「国家」が個人を抹殺する。

 だから僕の中の平和主義は、結局のところ、「国家」を完膚なきまでに叩き潰すところまで行き着かざるをえない。

 時々想像するのだが、もし日本が本土決戦に至っていたならば、この究極的加害者である「国家」というのは、どのような意味合いで現在に残っていただろうか、そんなことを考えたりもする。

 地上戦を経験した沖縄にとっての「国家」というのは、本土のそれとはだいぶ意味合いが異なるように思えてくるためである。

 余談ではあるが、原爆投下が大勢の人々を救って戦争を終わらせたという主張は、案外正当性があるのではないかと、この頃思えてきた。原爆投下の非人間性は当然のこととしても、沖縄の経験した状況を鑑みて、それが本土で起こったことを想像すると、アメリカの主張にも現実味があったように思えてくるのである。

 そして広島にとっての反戦志向と沖縄のそれとでは、内容とか意味合いが異なってくるように感じるのだが、その理由は「国家」に対する捉え方に根拠があるように思う。





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