Hemakovichの半永久的平坦な戦場

パニック不全神経症者が落ちてゆくカムフラージュ

Mission of the small animal society

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         一

 清い艶やかな蓮華草は、矢張り野の面に咲き蔽ふてこそ美しいのである。谷間に咲ける白百合の花は、塵埃の都市に移し植うべく、余りに勿体なくはないか。跫音(あしおと)稀なる山奥に春を歌ふ鶯の声を聞いて、誰か自然の歌の温かさを感じないで居られやう。然るに世の多くの人々が、此美しい野をも山をも棄てゝ、宛(さな)がら「飛んで火に入る夏の虫」の如く、喧騒、雑踏、我慾、争乱の都会に走り来たるのは何故であらうか。

         二

 支那太古の民、壤(つち)を撃ちながら歌つた「日出でゝ作り、日入つて息ひ、井を鑿(うがち)て飲み、田を耕して食ふ。帝力我に何かあらんや」と。「帝力我に何かあらんや」なぞと如何にも不忠の民の様に聞え、堯の聖代の事実としては受取れない様に思れるが、決して、さうでは無い。是は堯の如き聖者の下に於ては、余り善く世の中が治つて、其恵が行き渡つて居ることを記したものである。宛(あたか)も太陽の恵を吾々が忘れて居る如く、天子の威力が眼立たないのである。こうして農民が鼓腹撃壤して人生を享楽することが出来るならば、農村は誠に明るい楽しい処となり、哀れな忙(せ)はしい都会なぞには行きたいとも思はないであらう。夏の虫が火を眼がけて飛び込むのは、暗い夜のことである。我慾の猛火が漲つてゐる都会に、世の人々が引き付けられるのも、矢張り暗黒の時代に限つて居る。

 自然は美しい。山下林間の静寂地に心の塵を洗ひ、水辺緑蔭の幽閑境に養神の快を貪るといふ様な事は、誰しも好ましく思ふ処である。然るに今日の農民は、美しい自然の中に生活しながら、其れを享楽することが出来ない。山紫水明の勝地は傷ましくも悉く都会のブルジヨア、金持達の蹂躙する処となつて、万人の共楽を許さない。資産ある者は、文明の利益をも、美しい自然をも、悉く独占して、その製造と耕作とに従事する労働者や農夫等は、却て其文明の為に、自然の為に、又資産家、地主の為に、徒らに労働の切売をして居る。之に於て、農夫も一箇の商人となつた。右手に鍬を持ち左手に算盤を弾く商人となつた。殊に其精神に於て全然商人と化して了つた。如何に能く地を耕やし、如何に善き収穫を得んか、といふことが問題ではなくて、唯だ如何に多くの利益(金銭)を得やうか、といふことのみが重大なのである。農夫の心は既に土地其ものから離れたのである。土地への愛着を喪つて、只管(ひたすら)金儲を夢見る農民が、夏虫の火中に飛び込む如く、黄金火の漲る都会を眼がけて走り寄るのは当然である。

         三

 素町人の商人と区別せられた昔の農民は、今日は既に存在の跡を絶つて了つた。「機梭(きひ)の声札々(さつさつ)たり。牛驢走りて紛々たり。女は澗中の水を汲み、男は山上の薪を採る。県遠くして官事少く、山深くして人俗淳し、財あれども商を行はず、丁あれども軍に入らず、家々村業を守つて、頭白きまで門を出でず」(白楽天の「朱陳村」)といふ様な美しい生活は地を払つて無くなつた。こう考へて見ると、今日は最早や、農民問題も、農村問題も無いのである。天下悉く商民商村と化した今日、特に農民自治などを叫ぶのは宛も時代錯誤ではないか。

 それは、その通り、時代錯誤に相違ない。今日の問題は、農民の自治といふことでは無くて、商を転じて真農と化するにある。然るに、同じく商と称するも、鍬鋤を顧みない純商人と、未だ鍬鋤を棄て得ない商人、即ち現在の農夫とは些か其境遇に差異がある。其心は兎に角として、其境遇が土着して居る吾等農夫は、尚ほ祖先の地を去り難く、一種の覊絆に繋がれて居る。吾等は生存競争、金力万能の風潮に溺るゝことを怖れつゝ、尚ほ吾等を生んだ土地を耕やして、美しい墳墓までも用意しやうと執着して居る。此執着心深き吾等をして、吾等の父母たる天地の恵みを充分に享楽せしめよ。他人の懐と他人の生産との間に介在して自己の利益をのみ貪る我利商人たることを避けて、吾等をして直ちに天地の創造に参与する農産業に没頭せしめよ。是が吾等農民の真の希願である。

         四

 然らば此希願は如何にして成就し得るか。其第一要件は即ち自治である。自治は万物自然の生活法則で、此法則は人間にも実現されねばならぬ筈である。鳥は飛び、魚は泳ぎ、地球は自転して昼夜をなし、太陽の周囲を廻つて春夏秋冬をなし、禽獣草木、風雨、山河、互に連帯関係を保つて互に自治し、無礙(むげ)自在であつて滞る処が無い。人間同志の生活もかうありたいものではないか。極めて少数の例として生物相食むの事実があるの故も以て、人間が自ら静思熟慮の上之を模倣して全生活の原則とする如きは、誠に浅ましい次第では無いか。蟻の集団が如何に宏大なる共同倉庫を造り、如何に巧妙に冬越しの食物を貯蔵するかを見よ。蜜蜂の活動が春から夏にかけて如何に激しきかを知る者は、直ちに其蜂殿に蓄積せられる蜜の豊かにして甘いことに想ひ到るであらう。彼等が其共同生活の為に一糸乱れず自治的労働にいそしむ様は、実に涙ぐましい程立派なものである。個々の者が自治の精神に生きなければ、真の共同生活は成立しない。此間に威力の干渉が加へられると共同も自治も共に傷けられる。蜂の営舎にも、蟻の村落にも、威権といふものは行はれない。かうして工業と農業とを綜合したる此等小動物社会の生活こそ、哀れにも疲れ果てた吾等人間の苦境を改善すべき好箇の模範では無いか。

 世界は今や生存競争主義の都会文化、商業精神に依つて暗黒になつて居る。自然から善いものを恵まれやう、世の為に善き物を生産しやう、自分の技術の為に全生命を打ち込まう、といふ様な精神は今の商業時代には存在し得ない。宗教も、教育も、産業も、芸術も、悉く一種の商売と化して世の中は陰欝暗憺たる修羅の街となつた。そして此暗い世の中を明るくし得るの第一の方法は、先づ吾等農民が自ら眼覚めて真に土の民衆たる本来の自己に立ち還へることである。自ら土の民衆となつて、世界の農作と工業と生産と交換とを自分自身の掌中に回復することである。蜜蜂の如く、蟻群の如く。

         五

 生存競争、金力万能の幻影的近代思想が築き上げたるバベルの塔は、即ち今の商業主義の都会文化である。何物をも生産することなしに、他人の懐を当にして生活する寄生虫の文化である。吾等は最早此バベルの塔に惑はされてはならぬ。吾等は野を蔽へる蓮華草の如く平等、平和の協同生活に立ち帰り、谷間に咲ける百合の如く、自然の芸術の芳烈なる生活を自ら誇るべきである。

 新しい春の陽光は、今当に山深き谷間をも照して来た。清浄無垢なる可憐な小鶯が伝へる喜びの福音をして、断じて都会の塵風に汚さしむる勿れ。



石川三四郎 『吾等の使命』 (改行は一部引用者による)






Sound of Silenceに気分変調症的な半生の光景を見る

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 うつ病らしい傾向が発症してからおよそ20年近く経つが、この頃になってようやく自分の病気の全体像がうっすらと見渡せるようになってきた気がする。


 以前に持病の気分変調症に関する新しい発見について書いたが、僕が見つけたこの病気の解説サイトのURLを主治医に教えていた。

 その次週の診察が二,三日前だったのだが、主治医は「治療法の宣伝がかなり入っていたけど、非常に詳細なサイトだし、よく研究されてると思う」と感想をくれた。

 自分の病気に関して、おおむねこのサイトに書かれてあることを信用してもよいと言われた。


 いつからどのようにして気分変調症が僕の人生の中に入り込んでしまったのだろうか。そのことを悩まない程度にいろいろ考えていた。

 いろいろこれまでの人生について思い巡らしていくうちに、最近サイモン&ガーファンクルに没頭して聴き入るようになっていた。

 変な話かもしれないが、サイモン&ガーファンクルの音楽はなんだか僕の精神病人生を言い表しているように思えたからだ。


 中学時代にビートルズを聴き始めて洋楽に嵌まり込むようになって、ビートルズの次に出会ったのがデビッド・ボウイとサイモン&ガーファンクルだったように思うが、どっちが先だったか思い出せない。
 学園祭でアリスの『君のひとみは10000ボルト』を弾き語りした古風な趣味の同級生が、ベストアルバムのカセットを貸してくれたのがサイモン&ガーファンクルを聴き始めたきっかけだった。

 最初はあんまり良いと思わなかったのだけど、だんだん好きになっていって、彼らの翻訳歌詞集まで買って当時はだいぶのめり込んだように思う。
 ずっと後になって、ポール・サイモンの1stソロも買った。

 「ボクサー」とか「スカボロー・フェア」だとか「四月になって彼女は」とか、音楽もさることながら歌詞の文学性の方に特別に魅力を感じた。
 なかでも「アメリカ」はお気に入りで、他の曲は聴かなくなってもこれだけは時々思い出して聴いている。

 ただ、「サウンド・オヴ・サイレンス」だけは、なぜか当時は理解できなかった。

 この曲はいつも飛ばして聴いていた。

 誰だったか忘れたけれど、ある小説家のサイモン&ガーファンクルの楽曲のみを批評するコラム本を読んでいて、「ボクサー」や「スカボロー・フェア」は大絶賛しているのに、「サウンド・オヴ・サイレンス」だけはクソミソに批判していたのを覚えている。
 詳細は忘れたけど、とにかく「青春を稚拙に表現した駄曲」みたいなことを書いてたと思う。

 それに影響されたわけでもないけど、僕も当時は「サウンド・オヴ・サイレンス」だけは好きではなかった。

 映画『卒業』で主題歌に使われていたせいかもしれない。初めて見たときは良い映画とは思えなかった。名作といわれてるけど僕には「稚拙」としか思えなかった。
 何か悩む必要もないのにさも何かが深刻であるような、空疎な映画だと思ってた。主人公と同じ大学生になった頃にもう一度見たときは少し感想が変化したけれども。


 そんな感じであまり好きではなかった「サウンド・オヴ・サイレンス」だけど、最近になってこの曲を久しぶりに聴いてみて、突如、瞬間的にという感じで、すごくこの曲の意味が理解できた。
 あまりに一瞬で「名曲だ」と思えた自分の変化に、自分でも驚いた。


 変な言い方だけど、僕の人生の中に密やかに気分変調症が入り込んで、いつのまにか僕がいろんなことがわからなくなった感覚、そういう雰囲気を代弁してリアルに表現してくれている曲のように思えたのだ。
 もちろん作曲した当事者は、自分の曲がそんなふうに受け取られるなんて、ぜんぜん意図せずに作った曲だろうけど。


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 “Hello darkness, my old friend. I've come to talk with you again”。この歌い出しの感情がなんかすごくリアルに突き刺さるように思えた。
 まるで幾つもの恋愛と出会ったときに、必ず僕の前に現れたカタストロフィックな認知の破壊を比喩しているように、勝手な解釈だけど、とても主観的な意味で切実なフレーズに感じられた(先に挙げた気分変調症解説サイトでの言い方で述べるなら「前操作的」思考と抑うつの対人操作の圧力というやつである)。

 「サウンド・オヴ・サイレンス」の歌詞の中ではいろいろと抽象的な文明批判みたいなことが歌われている。

 たぶん、この曲を「青春を稚拙に描いた駄曲」とこき下ろした作家は、その部分を青臭いと思ったのかもしれない。ポール・サイモンがボブ・ディランみたいなことを歌いたくて失敗したような曲、みたいに批評したいた人もいたけど、とにかくすべてにおいて「あからさま過ぎる」歌詞と言えなくもない。

 でもネガティヴに埋もれた歌詞を直接に触れず、とりあえず無視して、曲全体の醸し出す雰囲気の中に浸ってみようとすると、一人称で歌う話者を外側から観察するような視点が見えてきて、そうするとかなり興味深い曲に思えてくる。

 つまり、もはや自分とか世界の可能性に失望し、カタストロフィックな世界像しか見えなくなってしまった人間の人生において惰性のように繰り返される諦念、そんなところで哀しく生きるしか方法がなくなった人の姿を非当事者の眼から映し出すように触れてみる。

 そのようにして接してみると、「サウンド・オヴ・サイレンス」は、僕にとって「まるで気分変調症者の人生みたいだな」というふうな感慨を思い起こされるのである。
 
 だから“Hello darkness, my old friend”という語りかけは、病気によって彩られた、同じ苦悩の繰り返しの世界と対話している、そんなふうに感じられて、それゆえに切実なフレーズとして受け取れるのだ。
 
 自分が病気によって歪んだ認知に動かされて生きている。そのことを理解して、「じゃあ、今まで僕はどんなところをずっと歩んできたのだろう?」と思い巡らしていくうちに、ふと「サウンド・オヴ・サイレンス」を聴き直してみて、とても懐かしい気持ちになる。
 それは自分が訳も分からずもがき苦しんでいた時期の、その渦中にいた自分の姿を、映画で見ているような気持ちになるからだ。

 「ああ、僕って、そういうことだったんだな」というふうに、今なら納得できる形で過去の自分を理解できるように、そういう感傷的な思いで「サウンド・オヴ・サイレンス」は意味のある曲だと個人的に思えるのである。

 だから、「サウンド・オヴ・サイレンス」というのは、渦中にいるのではなく、自分の過去の時間と出会っているような、そんな曲だと僕には解釈できるような気がするのだ。そういう感覚ってのは、他のサイモン&ガーファンクルの曲とはちょっと違うような感じもする。「ボクサー」とか「アメリカ」の中にはそういう視点は生まれてこないように思う。

 ポール・サイモンの1stソロで言えば、「ダンカンの歌」とか「平和の流れる街」なんかは、「サウンド・オヴ・サイレンス」を聴くときと、同じような感慨で聴ける、似た視点を持った曲のように僕は思うのである。


 まあ、以上の解釈はすごく僕の個人的なものであって、他のファンの人たちからするとまったく無関係で意味のないものでしかないけど。

 でも「サウンド・オヴ・サイレンス」を聴き直してみて、僕は今までの人生を、自分自身から離れたところで初めて直視できたような、そういう今までになかった体験を得たような感じがして、それはとても僕にとって有意義で、肯定的な懐かしさで自分を振り返られた思いがした。


 話は変わるけど、サイモン&ガーファンクルの1stが全然売れなかった時、ポール・サイモンがイギリスに渡って製作したアルバム「ポール・サイモン・ソングブック」のレコードカバーの写真が、僕はとても好きだ。

 最近になって初めてこの写真を見たのだけど、「アメリカ」とかで歌われている当時の彼の恋人キャシーと一緒に写っている。
 「アメリカ」を今まで聴きながら、キャシーっていう女性をいろいろ想像してきたのだけど、彼女のルックスを見て、自分が今まで想像してきたイメージとほとんど違わなかったことに少し驚いた。

 そして、僕にはとても美しい人に思えた。僕が今まで愛してきた女性の幾人かと彼女がなんとなく似ているように見えたかもしれない。

 このアルバムとか最初は売れなかったデビューアルバムでは、「サウンド・オヴ・サイレンス」はアコースティックで歌われているけど、僕はエレキギターやベースをオーヴァーダビングされたヴァージョンの方が好きだ。

 ボブ・ディランの「追憶のハイウェイ61」で演奏していたバックミュージシャンによるダビング演奏だが、こちらの方がシリアスで、普遍的なカウンターカルチャーみたいな聞こえ方がして好きだ。





詩の死産

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愛してはくれない貴女に、


詩を読まれるなんて、


まるで我慢汁一杯の、


オナニーのお手伝いをされるみたいだった。










そんなことを、


ぼんやりうすうすと感づきつつある、


まさにその虚ろな射精介助の真ん中で、
        

わたしは毎日何億何千万もの、


この世に生を受けるはずであった、


あらゆる詩の死産の、


葬儀へと緩慢に追われ続けている。
        









先週、二度と会えなくなったあの人を描いた詩の通夜は明日、
翌日午前11時に出棺の予定。








僕が「この場所」を見限らない理由

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 以前にも書いたと思うが、僕は聴覚に対する反応によって刺激されやすい。

 だから好きな音楽は大音量でも聴けるが、煩わしい音についてはその場から逃げ出したくなるほど苦痛を感じる。


 うつ病が始まって以来、僕はTVとラジオが大嫌いになった。病院の待合室でTVのボリュームを大きくして眺めてる患者さんなんかを見ると、殺意すら覚えるほどだ。

 だからTVといえば、自分から見ようとするのは日本ハムの野球中継、それも一年に数回ぐらい見る程度である(野球中継はNHKで見ると絶対に決めている。民放は解説者の喋りが饒舌で煩いからである)。

 両親と一緒に夕食を摂るのだが、父親はTVを見てもいないのにTVをつけておかなければ気が済まない人で、その時間帯はだいたいNHKのニュース7を習慣的に見ることになっていて、仕方なくニュース7だけは毎日見なければならない状態になっている。

 NHKのニュースは煩わしいBGMなどは流さないのだが、それでもTVの音を聴いてしまうのは僕には苦痛である。70過ぎの父は難聴なので、補聴器をつけていても結構大きな音で視る。


 四月になってから土日祝のニュース7のメインキャスターが、小郷知子さんから守本奈美さんに変わった。これは僕にとって、たとえようもなく朗報といえる出来事だった。

 僕は小郷さんの声を30分近く聴き続けるのが激しく苦痛でしかたなかった。拷問といっても良いぐらい、彼女の声に悩まされながら、夕食を早食いして逃れようとしたものだった。

 なぜ小郷さんの声が駄目なのか、これを表現する喩え方が見つからない。ただ、仕事から帰って激しく疲れている状態で彼女の声が耳に入ると、やかましく感じられて、疲労を二重に背負うくらいの身体的苦悶が襲ってくる(小郷さんには何の罪もない話だが、実際にそうなので、誇張で言ってるわけではない)。

 僕だけなのかと思っていたら、姉も少し同調して、「頭にキンキン響いてくる」と話していた。
 だが小郷さんの声に対する苦痛を語ると、父は「わしは全然そう思わない! ええ人やで!」と突っぱねるように返されていたので、余計に苦痛に対する憎悪が煽られるような思いで、週末の夕食時間を過ごしていた。

 親父は面食いの女好きである。小郷さんは近年NHKの女性キャスターの中で群を抜くほどの超美人なので、そういうこともあって、小郷さんに対する批判めいたことには殊更親父は気に食わなかったのだろう。そういう親父の年甲斐もないスケベ心への反発も加わって、僕は小郷さんの声だけでなく、彼女に対する世間の評価にすら背を向けるような、不条理な嫌悪感さえも持っていた。

 守本さんは小郷さんと比べたらそれほど美人でもないが、彼女の声はまだ落ち着いて聴けるような、「ニュースキャスターの王道」をいくようなしっかりした低音を備えた声なので、「この人が土日のメインだったらいいのに」と、ごく早い時期からいつもそう思っていた。
 そういう話を親父にすると、やはり年甲斐もなくスケベで、小郷さんを贔屓にしてるもんだから、「小郷さんと比べたらまだまだ格下じゃ!」と怒り、僕がそれに応酬し、親子で不毛な争いを繰り返していた。

 先日、ニュース7の冒頭の、報道映像にかぶさる女性キャスターの声を聴いて、「もしかして守本さん? うそ、マジ?」と期待した僕の期待通りに彼女の姿が現れたので、心の中で小躍りするくらい喜んだ。
 「これでやっと、あの声から解放される」と、心底安らぐ思いで深い感慨に浸ったものだった。


 何度も言っておくが、僕は小郷さん自身にもともと嫌悪感を持っているわけではなく、単に彼女の声が生理的に苦痛だったに過ぎないのである。こんなことは今までになかったことで、他人の声に苦痛を感じるといった体験を他に僕は持ち合わせていない。
 あんなに綺麗な小郷さんが同時に人間的にも素晴らしい人であったとして、もしお付き合いするような機会があったとしても、僕はたぶん固辞させて頂くことになるだろうと思う。生理的感覚に属するものはどうしようもない、それだけのことなのだが。



 
 Interpalsのアカウントからメッセージが届いた旨のメールが来たので、誰だろうと久々にログインしてみると、なかなか美人の20代ウクライナ女性だった。

 彼女に対する返信を書いた後、ウクライナ女性のアカウントを検索して、「やっぱり世界的な評価に違わず美人産出国だなあ」と眺めながらIntepalsを暫し徘徊したのだが、やっぱり途中で嫌な気分が到来した。

 SNSにはもう本当にダメだ。ネットを介する会ったこともない人間との会うこともない交流は非人間的動作に感じられて、それはもう僕の中で覆ることはない。

 僕のプロフィールにアクセス履歴のあったハンガリー人のプロフィールを見ると、日本語を勉強している女子大学生だった。
 そのとき、ふと、以前交流を絶ってしまってメールの返事を送らなくなったフランス人女性のことを思い出した。

 日本が大好きで大学で日本語を勉強して、将来は日本に定住したいという二十歳の彼女と、なぜ僕は交流を断ってしまったのか、その合理的な理由を、ふっと降りてくるような瞬間的な感覚として、理解し気づくことができた。


 なんで汚らわしいレイシストがボコボコ現れ始めて、憎たらしい極右主義者が大手を振って跋扈する日本に「住みたい」とまで言うのか。

 「日本のことなんか全然知らないくせに」。

 彼女がこの国の現実を見てもないのに賞賛したりするから腹が立つ、僕はずっと、だから彼女に反発を感じたのだと思い続けていた。

 でも違った。

 日本と比較しながら自分の国フランスを「大嫌いだ、出て行きたい」と憎悪の念を、外国人の僕に対しても憚らないことが、それこそが僕が彼女を嫌悪し始めた本当の理由だと、今日になって一瞬で分かった。

 たかだか20年弱ぐらいしか生きてもいないのに、自分の国を「生きるに値しない国」として思い込んでしまう知的薄弱さが僕には不快に感じられたのだろう。
 彼女は日本のことも全然知らないが、本当は自分の国のことだって、たぶんそれほどまだ理解したとは全然いえない状態であるはずなのだ。

 要するに、「思慮の浅い人間」としか僕には感じられなかったのだろう。

 そうやって何でも判った気になってしまうぐらい知的怠惰の持ち主であるならば、日本だろうがどこの国だろうが、自分と違うものを少しでも見つけたら、早々に見限って、「嫌な国」というレッテルを貼るに相違ないと思う。

 そういう知的怠惰で大雑把に短時間で決め付けてしまうような態度は、レイシストと通底する部分だってあるかもしれない。
 よく、外国に長期間滞在して祖国に帰ってきたら極端なナショナリズムに目覚めた、なんて冗談めいた話を聞くけれど、彼女だって日本にたとえ定住したとしても、やっぱりフランスに帰るなんてことだって有り得て当たり前なのだ。

 それなのに、20年そこそこ生きた頭で物事を絶対否定してしまう態度が、偏狭で視野を塞いでしまっているように感じられてならない。

 知的態度として簡単に決め付けを下して、料簡を自ら粉砕するような人間は僕の友人になれるはずもない。

 そういうことだったのだ。




 最近新聞を読みながらびっくりしたこと。

 朝日の川柳欄に「小保方さん負けるなSTAPここにあり」という句を見つけて、その心理が全然理解できなかった。

 選者は「判官びいき」と選評を加えてあったが、「判官びいき」って、こういうトピックに使う言葉じゃないだろう、とそれにももう一度びっくりした。

 投稿者は男性だったが、やはり、あの割烹着と巻き髪で颯爽と現れたイメージに今も影響が続いていて、剽窃だとか不正画像だとか、そんなものどうでもよくなるくらい、知的怠惰なまま彼女を慕い続けているのだろうか。

 もしかしてうちの父のような、面食いで年甲斐もなくスケベ心を憚らないような、そういう御仁なのだろうか。

 そうそう、年甲斐もないで思い出した。

 週刊ポストは以前から小保方さんに批判的な人々を敵視してきたけれど、毎週連載している「死ぬほどセックス」、もうそろそろやめた方がいい。

 アホ過ぎて、痛い。





Untitled work 32206991

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あげられるものは


疾走だけ


スピードの 恍惚






  もう ぼくは ぼくの 嘘つきじゃないんだ


     ハーレーにも 乗れないし


     トカレフも 撃てやしないけど






ここは   世界と すれちがう 瀬戸際だ


これは   投げやりじゃなく 詩を生きる決意だ






  決して死なないことを 思い込んだまま


  地上の 破局的瞬間をめざして 投降する





    
     君の人生に  衝突する






     君は まだ無を仰いだまま



     君は 君を知らないまま   




            君に気怠く吹き上げられる


君の髪。







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